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程々はっちゃけ人生

 小腹が空いたので市場の屋台で何か買い食いしてから領館に帰ろうと、屋台の品を見定めしていた時に、菊理の記憶を取り戻した――自分はそれを見た。

 視界の端を掠めたその子供は、顔を隠すようにマントのフードを目深に被った姿と相まって、王都の庶民向け市場において非常に浮いていた。

 浮いていたとは言っても、浮浪児のように身なりが悪い訳ではない。その逆だ。貴族の子供ではないかと思う位に身なりが良過ぎた。この市場は貧民街にも近く、治安は余りよろしくない。事実、身代金目当ててと思われる、ガラの悪い男が何人も、迷子のように歩くその子供を見ていた。

 ……ちなみにここジプサム王国で『人攫い』をすると、最悪、高いところから突き落とされる。それぐらいに重罪でもある。

 どうするか暫し考えて、念の為、声を掛ける事にした。

 最近治安が良くなったと喜ぶ女子供を恐怖に突き落とす必要性もないだろう。

 それに、今の自分は十歳児だ。どこの世界に転生しても変わらない黒髪黒目は、明るい髪と瞳を持つものが多いこの世界では目立つ。大人と一緒にいない子供なら尚更だ。これからも一人で歩き回る為に事前に防げる犯罪は防いだ方が良い。

 何時も通りに家族から忌み嫌われ、領館に放置され、家庭教師が来ない日には(使用人に内緒で)ふらっと彼方此方(あちこち)へ行き、何故か存在するダンジョンで『黒猫』と呼ばれながら戦技を磨く日々である。多少の荒事には驚かんし、対処は可能だ。ついでに言うなら、無断外泊しても使用人は何も言わない。

 子供を見ていた男共を見ると、見られている事に気づき、何処かに向かった。人攫い目的だったらしい。

 馬鹿は追い払った。自警団の詰め所にまで連れて行けばいいだろう。正面から歩み寄ると、こちらに気づいた子供の歩みは止まった。

「フードの貴方。こんなところで何をしているの?」

 なるべく丁寧な口調で声をかける。しかし、子供は肩をビクつかせてオロオロとし始めた。

「どうしたの?」

「え? あ、その……」

 見つかったどうしよう、みたいな反応にどうしたものかと内心頭を抱える。

 子供の外見を確認する。声音は女のように高い。俯き顔を見せまいとフードの端を掴む手指は細い。同年代の子供よりもやや低いと言われている自分の身長より頭半個分高い程度。全体的に線も細いし、女子だろうか? マントに隠れて全身が見えない。

 オロオロさせっぱなしは問題が有りそうなので、手を掴んで強引に自警団の詰め所にまで引き摺って行く。

「ちょ、ど、何処に行くの?」

「自警団の詰め所」

 上ずった声で行き先を訊ねられたので即答する。

「何で?」

「……? 迷子じゃないの?」

 迷子のように歩いていたので『訳アリ』だと思っていたが、反応からするに違ったらしい。

 歩みを止めて後ろに振り返る。顔は口元しか見えない。

「僕は迷子じゃない。それに、一緒は危ないよ」

「逃げてるの?」

 一緒は危ないの言葉に問い返すと子供は頷いた。

「危ないのなら、自警団の詰め所の方が安全でしょ」

 何から逃げているのかは不明だが、益々『放置は駄目だな』と確信を持つ。

 再び引き摺るように歩きだすと、市場が急に騒がしくなった。

 何だろうと首を傾げるが、一緒は危ないの言葉を思い出した。抗議の声を上げる子供の声を無視し、引き摺るように建物の間の細道に駆け込み、乱雑に積まれた木箱の陰に隠れる。

 そのまま待つ事数分後。騒ぎの原因がやって来た。

 隊列を組んで歩く重武装の騎兵達。その数、凡そ二十程度。ちなみにパレードの予定はない。仮にあるとしても、王都の、それも貧民街に近い庶民向けの市場のど真ん中を行軍するなんてまずない。普通は王城に続く大通りを行く。

 市場を闊歩する重武装の騎兵に、買い物客と屋台の店主は何事かと顔を見合わせ、女性や子連れの親は子供を抱きかかえ、急ぎ建物内に避難する。

 

 この国の貴族は横柄で平民には何をしても良いといった価値観を持つものが多い。見目の良い平民の女性を強引に愛人として拉致して囲う輩もいる。その女性に家族がいても無視だ。司法に拉致されたと訴えても平民の声は貴族には届かない。その為、女性は男性貴族が近いと知ると隠れるのが常識となっている。嫌な常識だが、身を護る数少ない手段なので定着していた。


 市場の活気が消えて行くその様子から『これは異常』と感じ取る。騎兵が放つ雰囲気も尋常ではないので『何かあった』と推測出来る。

 細道の物陰に隠れていると、掴んでいた子供の手に震えを感じた。視線を向けると、騎兵が怖いのか、子供は震えていた。

 騒がれて騎兵に感づかれると面倒な気がするので、抱き締めてやれば多少震えは落ち着いた。そのまま息を潜めるように隠れ続ける。

 やがて、騎兵が去り市場に活気が戻ると、自分は物陰から出て、子供を連れて細道の奥に歩く。事前に喋るなとジェスチャーする事も忘れない。

 奥に進みながら、気配探知の技能で周囲を調べて、怪しい人間がいないか調べる。

 ……いないので、歩みを止め、首から下げていた道具入れからボロ布状のマントを取り出す。子供からマントを強引に剥ぎ取りマントを渡す。自分も同じようにボロ布マントを取り出して羽織った。剥ぎ取ったマントは道具入れに収納する。

 腰まである髪は道具入れから取り出した簪を使いお団子にする。あとはフードを被れば問題はないだろう。

 子供は訳が分からないと言った顔で、マントと自分を交互に見ていた。白真珠のような銀髪の子供が裏路地にいると非常に目立つ。無言で羽織らせフードを被らせると、子供は何か言いたげな顔をした。口を開いたので、頭を振ると閉ざす。こう言ったジェスチャーが解るって事は貴族の子供か? 目立つ容姿をしているし。

 子供の正体が気になるが、手を引いて貧民街までの最短距離を歩く。

 貧民街に近いとは言えここは王都。高い塀に囲まれた都だ。本音を言えば空間転移の魔法を使って外に出たいが、塀には魔法の探知機能が有る。出来の良い塀で空間転移を使用した不法侵入にも反応する。勿論、魔法で飛翔して空から侵入してもバレる。

 この世界では、国家間移動に『空間転移の魔法』が使用される。使用者は各国の要人や貴族、使用認証を得た一部の商人のみ。個人で長距離転移可能な人材は大陸に存在する王族の合計数よりも少ない。自分が聞いた限りでは十人を超えるか否か程度の人数らしい。

 話しは逸れたが、こっそりと王都に出入りをするのなら塀に探知機能のない貧民街を経由するのが良い。正面からだと時間がかかるし、手続きも面倒だ。

 ちなみに不法侵入ではない。貧民街の出入り口を通るだけだ。見張りの兵が一人もいないので出入りが楽なのだ。代わりにギャングが監視しているが、迷彩障壁を展開すればバレない。平民で魔法が使えるものはいないので、感知はされない。


 この世界で魔法が使えるのは貴族のみ。没落貴族の血を引いていても、数代で魔法が使えなくなる。先祖返りもいない。

 不思議な事だが、魔力を持った者同士で交配をしているから貴族は魔法が使えると推測している。没落してしまうと、貴族と縁が結べないので数代で魔力を持った者が産まれなくなるのだろう。

 数は少ないが冒険者で魔法が使えるものは、家を継がない貴族だ。出奔して野に下っても、魔法の使い手は貴重なので、何処でも重宝されるから心配されない。


 貧民街の出入り口を物陰から窺う。人気はない。

 監視のギャング不在を気配探知で調べ、本日は連れがいるので念の為魔法を感知しそうな物品の有無を霊視で丹念に探す。

 どちらもない事を確認し、迷彩障壁を展開し、囁きのような音量の小声で一声かけて子供の手を引いて走る。子供は何度か転びそうになったが、必死について来た。

 貧民街から王都を出ても走る。見つかると面倒臭いからね。

 王都の郊外には数キロに亘って広大な農地が広がっており、農地を耕す平民の家が点在している。また、四ヶ所存在する王都と郊外を繋ぐ大門の傍は郊外庶民街となっていた。王都に入れなくても、この庶民街で王都でしか購入出来ないものがたまに売られているので利用者は多い。入都手続きが面倒な人間はこちらを好む。

 そして、今回通った貧民街の出入り口は余り使用されない。表向きは存在しない事になっている。

 使用されないのには理由が有る。『手続きなしで通ると不法侵入に当たる』と言う違法行為から使用されないのではない。通る際にギャングに見付かると通行料として法外な金銭を要求される。加えて、基本的にここを通る人間は国の暗部や闇組織のものである事が多い。誰かと遭遇して殺されても文句は言えない。好き好んでここを使う自分が珍しいだけだ。非常識だとか言ってはいけない。

 暫く走り、ある程度離れたところで肩越しに後ろを見る。子供の息は上がっていた。運動による体温上昇で白い肌も赤くなっている。これ以上走らせるのは無理そうだな。何度もコケかけていたし。

 そう判断して止まれば、子供はその場に座り込み、肩で息をする。体力がないのではない。体感にして一キロ以上は走った。慣らしもせずにマラソンをすれば息も上がるだろう。そんな状態でも、手を離さない当たり『訳アリ』は確定そうだな。

 周囲を見回し誰もいない事を確認してから、手を引いて子供を立たせる。息がまだ整わないのか膝に片手を付いている。

 ある程度離れたのは、王都の塀の魔法探知機能に引っかからない為である。面倒な事に一キロ先で発動した魔法にも反応するのだ。知った時に『性能良過ぎ』と突っ込んだが。貧民街経由で王都に出入りするようになれば、どの程度離れれば魔法が探知されないかも判る。それは魔法の発動規模もだ。

 ここまで来れば探知に引っ掛からないだろう。それに、長距離空間転移をするのだ。まだ名前を聞いていないこの子供に長距離転移出来る事は知られたくない。バレると絶対に王城に連れて行かれる。罪人ではなく『貴重な人材』としてだ。

 こんな腐敗した国の王に仕えるとか嫌なんだよね。将来的には国から出る予定だ。

 子供が顔を上げる前に空間転移魔法を発動させる。一瞬で視界が変わり、農地のど真ん中から森の中に移動。

 自分の空間転移は点と点で空間を繋げて移動する。行先が明確にイメージ出来るのであれば、空間を繋ぐ門を作る事なく移動出来る。とある格闘漫画の瞬間移動のような動きになるが。今回は領館近くの森に転移陣を設置している。なので、門を作らずに移動出来る。本当は門無しで長距離移動出来ればいいのだが、こればっかりは習熟具合の問題だ。未だに短距離しか出来ないのは自分の限界かも知れないが。

 息が漸く整った子供が顔を上げ――森の中にいる事に気づいて戸惑いの声を上げて怯えた。

 転移しただけだと伝えるとギョッとし、自分の顔をまじまじと見たが……言葉が発せられる事はなく、ただ俯いた。変な子供に攫われたとでも思っているのか? まぁ、親の許可なくここまで連れて来たから『拉致』と言われても仕方がないのだが。今は保護したと言う事にしておこう。行先は一応『帰る家』だし。

 再びボロ布マントを剥ぎ取り、道具入れから収納していた子供のマントを取り出して返す。ボロ布は自分が羽織っているものと一緒に道具入れに仕舞った。子供はマントを受け取ったが、ぼんやりとマントを眺めている。

 普通の子供なら、手元の物がどこかに消えたり何もないところから出現する光景を見ると驚くのだが、こいつは全くの無反応だった。

 これまでの様子から『訳アリ』だとは思っていたが、精神状態も重症らしい。

 何故手を取ってしまったのかと嘆息しかけ、自分がこれからも一人歩きが出来るようにだったなと思い出した。自分の為にやったのに、何か厄介事に首を突っ込んでしまったのか。先とは別の意味で内心嘆息を零し、改めて子供を観察した。

 パールホワイトと言えばいいのか、白真珠を連想させる白みの強い銀髪は首の後ろで一つに纏められているが手入れが行き届いている。毛先が腰近くまで有り、一つに纏められているので尻尾のようにも見える。

 マントをぼんやりと眺める瞳はサファイアブルーのように濃い青色をしている。パッチリとした目をしているが睫毛が長く、やや幼く見えた。

 容姿は『親が絶世の枕詞を得る程の美形だった』と推測出来る程に整っている。人形のように整っており、やや非現実的だ。

 中性的な容姿の完成系と言っても過言ではない『ロン』と比べても見劣りしない。どちらが上かは、甲乙付け難い。しかし、見慣れた奴と同じ程度なので、普通の女の子らしい反応が出来ないのが悲しい。こいつがキャーキャー言われて喜ぶ奴か謎だが。

 そして最後に服装……マントで見えなかったがパンツスタイルだった。完全に男の子の格好です。手指は細いし、声音も高かったから女の子だと思っていたんだけど。王都でマントを剥ぎ取った時に服装の確認はしなかったな。不覚。

 まぁ、男装が趣味の奇特な令嬢かもしれないので、名前と性別の確認をしよう。

 先ずは、手を取って気を引き、礼儀として自分から名乗った。

「私はエル。名前は何?」

 因みに『エル』と言うのは本名ではないが、偽名でもない。強いて言うなら『ビジネスネーム』だろうか?

 自分の正式名は『アルディス・イゼット』だ。ダンジョンアタックの際には『アルディス』を『アルとディス』に分解し、『アルをエル』に変えて『エル・ディス』と名乗っている。責任者から許可を取って名乗っているので偽名扱いではない。

 この世界で会えたヴィック――ベネディクトの転生先名だ――にも何故と理由を聞かれっけ?

 エルに変えたのは『アルだと男っぽいから』と『エル・ディスで活動していた時に会ったか否かが判るから』である。

 ややこしい経緯だが、『エル』と言う名前はそれなりに気に入っているので、アルディス・イゼットとしての愛称呼びもエルにしている。

 最大の問題は、アルディス・イゼットとしての親しい人間がいない事なんだけどね。そこは気にしてはいけない。

 ……ついでに言うのなら、知らない間に呼ばれるようになった『黒猫』の異名で呼ばれる事が多い。責任者の野郎も黒猫と呼ぶし。

 さて、名乗り名前を問うたが、子供は無反応。

 急かして無理に言わせても警戒させるだけなので、ここは辛抱強く待つ。

「僕は……」

 名乗れないのか、名乗りたくないのか。

 名前か、呼び名は知っていないと色々と不便だ。どうするかと考え、地面に枝が落ちているのを発見。

 口に出したくないのなら書かせればいいか。名前の綴りも『別の読み方』が有るかも知れないし。ここで『敢えて名前を読み間違える』とは言ってはいけない。

「名前書いて」

「?」

 子供に枝を差し出して告げると、枝と自分を交互に見て首を傾げた。

 おや? 枝を差し出し名前を書けと言えば地面に書く――そう思ったが、子供は『何処にどうやって?』みたいな顔をした。紙にしか書いた事がない奴だな。やはり貴族の子供か? 商人の子供の可能性も有るが、豪商の子供が独りで街中を迷子のように歩いたりはしないだろう。

 それに、羽織っていたあのマントから僅かに魔力を感じた。効果がキチンと発揮されていたかはちょっと微妙だけど。そして、魔道具――この世界では魔法具をこのように呼ぶ――が使うのは主に貴族。布系の魔道具を持つのは高位貴族ぐらいなので、結構良いところの子供なのだろう。

「名前を地面に書いて」

 言い直すと子供は枝を受け取った。

 躊躇っていたが、しゃがみ込んで、地面に枝で一字一字をゆっくりと書き始めた。

 この世界の文字は地球で言うところの『アルファベット』に似ている。アルファベットの大文字を少し崩したような形で、文字の読みも数も同じだ。

 子供が書いた文字を追う。

 これは……『ライ』、いや、『リ』か?

 続きの文字を子供は書いて行く。しかし、ペンの代わりにしては渡した枝が柔らか過ぎたのか、子供はちょっと書き難そうだった。

「ライオ? リオ?」

「っ、あっ!?」

 どっちだろうと疑問を声に出した瞬間、子供は驚き、枝が折れた。

 ……これ、自分が悪い、よね?

 取り合えずごめんと謝る。

「ごめん」

「……いいよ」

 やや間が有ったが返事は返って来た。

 地面に書かれた綴りを見る。アルファベットに当て嵌めると『L』『I』『O』『N』になる。

 これは『ライオン』だろうか。いや、ライオンと言う名前は聞いた事がない。そもそもこの世界に『ライオン』はいない。獅子はいるけど。

 そうなると『リオン』だろうか。女っぽい気もするが。見た目が女の子みたいだから、何て安直な理由で付けられたのかもしれない。

 どっちだろうと首を捻っていると、子供が枝を持ち直した。家名でも書くのだろうか。でも、家名を聞くとあとが面倒臭そう。

「リオンじゃないの?」

「え?」

 思い切って訊ねてみると、何だか嬉しそうな声が返って来た。

 これはアレか? 名前を呼んで貰う生活をしていなかったから、呼ばれて嬉しいって奴か?

「リオンで良いよ」

 ……その通りだったらしい。

 そして、子供――リオンを連れて自分は領館に帰った。因みに『散歩して来る』と言って出たので外出していても問題はない。外出するなとも言われていないしね。

 そうそう、帰る直前にリオンの髪の色を金色に変えた。家に帰す前に戻せばいい。うろ覚えだがこの国では銀髪も目立つ。金髪に変えただけでリオンも群衆に埋もれる――事はない。こいつの容姿は変態レベルで整っている。群衆に紛れるなんて絶対にないだろう。顔を隠せば行けるかもしれないが。

 館の使用人達はリオンを見るなり怪訝そうな顔をしたが、堂々と『しばらくの間ここで預かる』と言うと『そうですか』しか返さなかった。両親に報告が行くかもしれないが、何をしても無視されていたし、魔法を使って使用人の心の声を聴いても『放置、不干渉。報告面倒臭い。ま、いっか』以外は聴けなかったので大丈夫だろう。報告を怠ったと怒られるのは使用人達であって自分じゃない。

 その証拠に、魔法で使用人の声を聴いて確認をした。

『全く、良い御身分ね。この年で男を連れ込むなんて。当主に報告はいいか。追い返さないとは何事だって、注意を受けたくもないし』(侍女その一)

『この年で盛りの雌犬か? 報告は誰かがするだろうから、俺はしなくても良いよな』(料理長)

『何で仕事を増やすのよ! 我が儘な餓鬼ね。報告は誰かがするだろうから、どうでもいいか』(侍女その二)

 こんな声が聞こえて来た。この分なら誰も両親に報告はしないだろう。

 なお、客室は物置部屋と化していたので、自分の部屋に泊める。ベッドは子供二人が寝っ転がっても大きいので問題はない。リオンは躊躇っていたが『客室が使えない』理由を語ると諦めた。

 共に食事を取り、風呂に入り、今日は寝た。

 館内の案内は明日でいい。

 眠る際、リオンは何か言いたげな顔をしていたが、抱き枕にして横になるとスヤスヤと眠ってしまった。

 完全に眠った事を確認してからそっと離れると、小さく唸りながら手を這わせて何かを探す。手を掴むと抱き着いて来た。

 リオンに何か遭ったとは思っていたが、随分と重症そうだ。

 無言でリオンの顔を眺める。魔法で色を変えたままなので未だに金色の髪を手櫛で梳くように撫でれば……寝入っているのに、くすぐったそうに、嬉しそうに、ほにゃっと相好を崩す。

 王都で何が起きたのか。知る為にベネディクトに手紙を書いても良い。だが、他国に属するベネディクトにどこまで調べられるかは不明だ。情報が手に入らなかった場合を想定して、リオンを帰してから調べても良い。

 そんな事を考えながら、眠りに就いた。



 そして、リオンと一緒に過ごす一ヶ月間は、そこそこ新鮮だった。

 始めはオロオロとしていたが、次第に慣れたのだろう、嘆息するだけとなった。

 家庭教師が来ている間だけ、書庫に籠って貰った。悪いとは思ったが、本人は周囲を気にせず本が読めると喜んでいた。実家で何が有った?

 また、魔法に関して色々と教えると大喜びした。やはり貴族だったのか、リオンも魔法が使えたのだ。

 自分と違い、精霊術は使えないが。


 この世界には精霊がいる。

 精霊を召喚使役する『精霊術』も存在する。

 自分の場合、遠い昔に取得した『神性』が原因で、精霊や妖精と言ったものに『懐かれ』、傅かれる。精霊や妖精は神性を持つものを好み従う性質を持っているから何だろうが。調べてもよく分からない。


 転移魔法で王国内各地へ連れて行き、共にあれこれ一緒に見て体験をした。流石にダンジョンには連れて行けなかったが、森の中で魔物相手の戦闘訓練は行なった。剣は基礎訓練を終えたばかりと言っていたが、動きに迷いはなかった。聞けば『筋は良い』とお世辞は貰わなかったそうだ。『筋は良いはお世辞』と教えると顔を引き攣らせていた。

 魔法も簡単な攻撃系と補助系は使いこなしていた。防御系と回復系は余り使えないようだったが。

 そして、一ヶ月たったある日、

「僕は家に帰る」

 リオンはそんな事を言い出した。

 出会った一ヶ月前に何が有ったか聞いていないので知らない。聞くと話し辛そうに俯くのだ。『聞いてはいけない』類の話だと容易に想像出来る。

 けど、確認しておかなければならない事が有る。

「家に帰って大丈夫なの? 今まで一度も『帰りたい』何て言わなかったでしょ」

 そう、リオンはこの日まで一度も『家に帰りたい。家族に会いたい』と言った事を口にしていない。

 出会ったあの日、迷子のように彷徨い、市場にやって来た騎兵に怯えていた。今でこそ『リオン』と呼んでいるが、リオンの『正しい名前』を自分は知らない。リオンも改めて名乗ろうとはしなかった。

 これらから、リオンは『貴族のお家騒動に巻き込まれて身内を亡くした』と推測している。真実は知らないが。

 目を閉じて少し考えたリオンは、自分の目を確りと見て言った。

「帰る方が危ないんだけどね。でも、何時までもここにいて、エルに甘えているのも駄目だと思うんだ」

「甘えって……。帰って危ないのなら、ここにいるのは『一時的な避難』だろう? 居ても甘えにはならないって」

「いや、逃げている事には変わらないから『甘え』だと思う」

 それに、とリオンは少し間を置いて続けた。

「母上と一緒にいた時、僕は『何がしたい』とか考えた事がなかった。でも、エルと一緒に色んなものを見て、僕は『やりたい』って思える事を見付けた」

「やりたい事をやる為に帰るのか」

「うん」

「危険な目に遭っても、あたしは助けに入れないぞ」

「解ってる。それでも、帰らないと」

「そうか」

 理解を示すとリオンは笑顔で頷いた。覚悟の決まった笑みだった。

 これ以上異を唱えるのは野暮だな。

「分かった。帰りは王都のどこら辺にまで送ればいい?」

 ここは王都から離れている。リオンは送ると言う言葉に目を丸くし、ここが王都から離れている事を思い出した。

「あたしが連れ出したんだから、責任を以って近くまで送る」

「ありがとう、エル。どうやって帰るか悩んでいたから助かるよ。王城を目印にすれば自力で帰れる」

 王城は王都の中心に建っている。目印としては確かに使えるだろう。王城を目印にすれば家に辿り着けるって事は、リオンはやっぱり貴族なのか。

「解った。王城だな。……で、何時帰るんだ?」

「成るべく早くに帰ろうかと思う」

 成るべく早く。明日にでも帰りたいんだろうが、明日と明後日は家庭教師が来るので送れない。

「家庭教師が来ないのは明々後日だから、その日で良い?」

「うん」

 こうして、リオンが家に帰る日程が決まった。

 タダで帰すのも心配なので、餞別の品を贈る事にした。

 渡すのは二つ。

 一つは光の大精霊の加護付の杖。打撃攻撃と防御を考え、長さは三十センチ程度なので『短杖』と言うべきだろうか。杖だが円柱形でなく『楕円形』にした。勿論意味は有る。この杖は『仕込み杖』で、仕掛けを作動させると刃渡り二十センチ程度の両刃が出現し、緊急用の短剣となる。楕円形にしたのは刃を仕込みと握りやすくする為。

 材料は強度を考えて、鋼玉ルビ コランダム――所謂サファイアにした。雑学になるが、コランダム類の鉱石は『赤がルビーでそれ以外はサファイヤ』と呼ばれている。今回使用したサファイヤは色が青ではなくガラスのように透明な『カラーレスサファイヤ』と呼ばれるもので、その透明度から立ち寄った市場で『水晶と間違えられた』ものだ。比較的安価な水晶と誤認されていた為か安かった。まとめ買いしたよ。購入後にダンジョンの奥の方に鉱脈っぽいところが有ったので何度か採集した。

 更に、光属性の魔法の補助魔法を二種類付与させたので、両刃の長さを最大一メートルにまで伸ばせ、実体のない対象にも攻撃出来るようにした。本当はもう一種類付与を考えたのだが、『二刀流じゃないとちょっと不便だな』と取り止めた。実際に自分がこの魔法を使う時は鉄扇二つの時が多い。

 光の大精霊の加護が付いているので、別の意味で不要なのかもしれないが。

 おまけで、刃を納めている状態の時に発動する、自動修復機能を付けた。これで手入れは不要になる。追加で体力もなさそうだったので、持っていると体力と魔力も気休め程度に回復出来るようにした。

 餞別の品その二は、自分も使っている道具入れだ。形状を指輪ではなくヒンジブレスレットにした。バングルに開閉式の留め具の付いたこのタイプなら手首の太さが変っても装着出来る。金属製のバングル部分の中心に水晶をワンポイントであしらう。

 デザインセンスが有ると思っていないので、シンプルにした。

 短時間でパパっと製作し、リオンに渡す。使い方を教えるとリオンの顔が引き攣って行った。おかしいな? そこまで凝ったものは作っていないんだが。疑問はさて置き、短杖は練習が必要なので、軽く練習に付き合う。

 リオンが帰る予定が少し伸びたが、気にしない。



 そして、リオンが帰る当日。

 王都郊外の庶民街にある喫茶店――リオン曰く、庶民の味を知らないらしい。大変美味しそうに食べていた――でケーキを食べて、王都脱出時に使用した貧民街の出入り口を経由して王都に戻った。

 迷彩障壁を展開したまま、人気の減った王都の大通りを手を繋いで歩く。

 王都の雰囲気は一ヶ月ほど前よりも剣吞としている。本当に何が起きたのやら。

 リオンの情緒不安定が結構深刻だった事も有り、結局、帰してから調べるのが良いと判断したが、これは調べておいた方が良かったかも。

 王城の周囲は近くの河から水を引いた深い堀が有り、四つ点在する跳ね橋のどれかを経由しなければ王城敷地内には入れない。

 跳ね橋には当然検問所が有るが、今回、そんなところに行く必要はない。

 堀の傍でお別れだからだ。

「ここで良いよ」

 ずっと繋いでいた手を放す。リオンは名残惜しそうだったが、家に帰るのならばここで別れなくてはならない。

 元の色に戻した白銀の髪を撫でると、くすぐったそうに笑う。

 リオンの長い髪は背中で緩い三つ編みにしている。遊びでやったのだが、リオンのお気に召したらしい。やり方も教えたので、リオンは自力で出来る。

「エル、また会えるかな?」

「どうだろうね。……ま、学園には通うんだから会えるんじゃないの?」

 学園とは、数え年で十五歳になったジプサム王国の貴族の子女が通う魔法学園の事だ。国の法律で通う事が決まっているので拒否は出来ない。

「そっか。なら、学園で会えた時に驚かせる事が出来るようにするよ」

「驚かせるって、何を考えてるのよ」

「内緒」

 微笑んで人差し指を口元に当てる仕草は……何処からどう見ても『美少女』のもの。人の事は言えないが、どうしてこいつは女として生まれなかったんだろうね。きっと縁談が大量に来ただろうに。

「女みたいね」

「う、煩い!」

 揶揄うとリオンは頬を赤くして怒った。むすっとした顔になるが、長続きはしない。このやり取りが『最後』なのだ。

 心配事も幾つかあるので、一つ、約束をする。

「リオン。学園でもう一度会おう」

「うん。約束だよ」

 硬く握手と約束を交わして、自分とリオンは互いに反対方向に進んだ。



 その後。一ヶ月前に王都で何が有ったのかを知る。

 国王が略奪婚した、男爵家出身の側妃が正妃の手のものに暗殺された。

 これを知ってマジか、と呟いてしまった。

 ――いかに平和ボケしていても、王城は伏魔殿。何が起きるか分からない。

 そう言う事なのだろう。 

 正妃がその後どうなったか興味は有ったが、深く絡んで疑われても面倒なのでこれ以上の情報収集は止めておこう。



 そして、一年が経過した。

 特段、深く語るような事はない。

 家庭教師からの勉強は十一歳の時に終わった。これ以上は教本を読んで自主勉強しなさいと、大量の教本を貰った。家庭教師が来ないのならば外泊し放題である。ダンジョンに泊まり掛けで行けるのはありがたい。

 館の使用人は自分がいない方が楽しそうだ。三人で酒盛りしていたし、自分の顔を見ると嫌そうな表情になった事からも明らかだ。

 なお、父に怒られるのは無断外泊をしている自分ではなく向こうである。勿論、報告義務を怠ったと言う『職務怠慢』で怒られるのだ。最悪解雇されても文句は言えないだろう。



 十一歳の頃。家庭教師が来なくなって二ヶ月後のある日。

 人生初、父伯爵から手紙が来た。妙に重くて首を傾げたが、高額決済用の硬貨――大金貨三十枚(日本円で三百万円位)近く入っていた。何事かと手紙を読み、片手で目元を覆った。見た目が気に入らない、会いたくもない次女だからって、これは親失格だろう。

 転生先ではこう言う親にばかり当たっているが。

 手紙の内容を簡単に纏めると次の通り。


 ・数え年で十五歳になったら学園に通え。

 ・制服は学園都市で既製品を買い求めろ。金は出す。

 ・資金援助はしない。同封の大金貨三十枚は手切れ金だ。

 ・侍女は付けられないので一人で向かえ。

 ・館は今月一杯で取り潰すが、本邸の敷地に足を踏み入れるな。

 ・イゼットを名乗っても良いが、イゼット家の人間として扱わない。当家が所属する派閥に属していると思うな。

 ・卒業後はイゼットを名乗るな。

 ・卒業までにどこかに嫁入り先を自力で探せ。紹介はしない。

 ・卒業後は縁が切れるものと考えろ。出戻りは許さん。


 と言った感じか。ご丁寧に絶縁状まで入っている。入学証明書と身元証明書も入っていた。

 随分と徹底している。普通の令嬢ならば頭を抱えるだろう。もしくは泣く。

 だが、今のアルディス・イゼットは菊理としての記憶を持っている。つまり、菊理と言っても過言ではない。

 故に手紙の内容は、すっごく自分にとって有利だった。


 制服は学園都市で既製品を買い求めろ。金は出す。

 ――つまり、採寸とか受け取りとかしなくていいって事。代金は家持ち。面倒事が減った!

 資金援助はしない。

 ――ダンジョンアタックで稼ぎまくっているから不要です。

 侍女は付けられないので一人で向かえ。

 ――元より一人で行く気満々です。むしろ要らん。

 館は取り潰す。本邸の敷地に足を踏み入れるな。

 ――家に帰らなくていいって事だよね? 挨拶もしに行かなくていいって事だよね? よし、好きなところに行けるぞ。

 嫁入り先を自力で探せ。紹介はしない。

 ――結婚願望なんて有りません。政略婚しなくていい。何て素晴らしい事か。

 イゼット家の人間として扱わない。当家が所属する派閥に属していると思うな。

 ――それって、向こうを助ける必要がないって事だよね? 派閥を気にしなくても良いって事だよね。面倒な派閥争いに巻き込まれずに済みそうだ。

 

 自己流解釈後に、それにしても、と首を傾げる。保護者としてアウトな事をやりまくっている自覚はないんだろうな。

 ここまで不干渉だと逆に不気味だが、正直に言って、ありがたい。

 手紙を読み、館のものはどうなるのかと思ったが、全て廃棄されるらしい。館の取り潰しも、焼却処分何だとか。

 これを聞き思った。

 ――本が勿体ない、と。

 手紙が来た翌日の朝、使用人三人は本邸に戻れると喜びながら館から去った。――売れそうなものを持って。無断で持ち出して良いのかと思わなくもないが、自分で責任を持つのだろう。つーか、持て。

 館に一人取り残された自分が最初に行った事は、残された食材で朝食を作る事だった。

 あの料理長、最後の最後で仕事を放棄しやがった。覚えていろと言いたいが、久し振りに食べたいものが食べれるので、直ぐにどうでも良くなった。

 残された食材は思っていた以上に有った。四人分だから、一人分に換算するとおよそ七日~九日分と言ったところか。

 ここを出るまでに余ったら、宝物庫に入っている冷凍冷蔵庫に仕舞えばいい。

 朝食後、館が焼却処分されるまでの予定を立てる。今月は本日を入れて残り七日しかないが、館内を散策して『売却可能・不可能』に分別する。

 食材と調味料は持って行く。調理器具と食器は買い取ってくれそうなところに持って行くか、孤児院に寄付するしよう。元々道具入れに食器類一式が入っている。追加は不要だ。

 家具はボロい。経年劣化もあるだろうが、これ以上使うのならば修繕するしかないだろう。なので、廃棄だ。

 衣服は最小限しかない。寝具はまだ使えそうだが不要。どちらも調理器具や食器と共に孤児院に寄付しよう。

 本は、全部持って行くか。棚ごと全部道具入れに収納する。筆記用具と紙は有ると便利だから持って行こう。

 昼食後、荷造りをしていると外が騒がしくなった。

 何だろうと窓から外を見ると、手紙に合った館を焼却処分する業者らしき連中が準備していた。慌てて外に出て確認を取ると業者で当たりだった。ここに手紙が来たのは昨日で日程を知らないと言うと教えてくれた。焼却するのは明日らしい。荷造りが終わっていないので胸を撫で下ろした。

 逆に内部を聞かれたので『焼却処分して良いものだけを残している。今自分の荷造り中』と答える。内部に入らなくて良いのかと業者は喜んだ。

 業者は夕方までに事前作業を終えて宿に去った。

 自分は荷物入りの小さい旅行鞄を出して置く。道具入れが有るので荷物は持たなくてもいいのだが、怪しまれない為にはこう言う手間が必要なのだ。

 この館で取る最後の夕食を取り、入浴し、就寝する。

 翌朝、朝食後。鞄を椅子にして外で待っていると業者がやって来た。未だに去らない理由は立ち会いであると言えば納得された。済まない。本音は内部に入られたくないからだ。館があっと言う間に焼却処分され、火の後始末後に業者が去る。

 十一年過ごした館は跡形もなく消えた。帰る場所はなくなったが、これで何処にでも行けると悲壮な気分にもならなかった。

 鞄を道具入れに仕舞い、歩き出す。近くの森に設置していた魔法陣も撤去する。

 この地でやる事は全てやった。

 転移魔法でたまに利用するダンジョン近くの宿に向かい一部屋取る。

 ベネディクト宛に状況説明と当座の住む家を紹介して欲しいと手紙書き、転移魔法で出す。この日は宿でのんびりと過ごした。

 しかし、手紙を出した数時間後。怒り顔のベネディクトが回収にやって来た。

「どうして、こんな状況でのんびりと出来るんですか! 今直ぐウチに行きますよ!!」

 ウチと言う事は、ベネディクトの生国であるセプタリアン王国に行くのか。面倒だなー。



 セプタリアン王国と言うのは大陸有数の強大国だ。完全実力主義らしく、実力のない貴族はあっと言う間に下へ落とされる。平民でも実力が有れば上に行ける。けれど、他人の足を引っ張って蹴り落とすのは『上に行く実力がない証明であり、忌むべき事』とされている。想像以上に厳しいお国柄だ。

 ジプサム王国とは隣接しないない。間に三つほど小国を挟む。友好国ではないが国交は有る。何とも言えない微妙な状態だ。

 ……そんな国でベネディクトは持ち前の有能さを活かして上に登り詰め、現在王太女の側近の一人で、ロアー公爵家の養子でもある。嫡男でなくとも平民を公爵家の養子にって、大丈夫なのかと思わなくもない。

 そこはお国柄。例外が存在する。セプタリアン王国では『有能な平民の保護(捕獲とも言う)を貴族が進んで行うべし』と言う大義名分を国が掲げている為問題はないとの事。一族繁栄の為の有能な人材確保(捕獲)は貴族の嗜み。そう言わんばかりに人材の激しい奪い合いが日々水面下で行われている。

 なので、ベネディクトのように『平民が公爵家の養子入り』する事自体は、前例自体は少なくとも『国から公認』されている。

 因みにベネディクトの実家(元没落貴族)は養子出しに反対しなかったそうな。聞けば『貴族への養子入りは没落貴族にとって大変名誉な事』で基本的には断らない。勘当されての出戻りは恥なので、養子入りした奴はより一層の努力が必要になる。

 ベネディクトの性格と能力は知っているので、勘当される心配はなさそう。



 そんなお国柄を思い出しながら連れて行かれた先は、ベネディクトの現在の実家であるロアー公爵家。

 事情は話してあるので問題はないらしいが、何処まで話したんだ?

 自己紹介するよりも先に、ロアー公爵夫妻が抱き着いて来たのは何故?

「娘が欲しかったそうです」

 ベネディクトよ。明後日の方向を見て言う台詞じゃないぞ。

 その後、人生初の会った事もない父親からの手紙を見せ、自己流解釈が合っているか公爵夫妻とベネディクトに確認を取る。三人揃って合っていると回答を貰った。この時、公爵夫妻が顔に出さずに怒っていた事に気づかなかった自分は鈍かったんだろうね。

 解釈が合っているならば大丈夫かと思ったが『しばらくウチの子でいなさい』と、強制的にロアー公爵家で生活する事が決められてしまった。

 いや『ウチの子でいなさい』って、どんだけ娘が欲しかったんだろう?



 自分がロアー公爵家での生活――貴族教養、お茶会参加、その他諸々。ダンジョンには行けなくなったが我慢――慣れた頃。

 ヴィック――ベネディクトと呼ぶと周囲の混乱を招くので以後はこう呼ぶ――が所属する国である、セプタリアン王国のヒルダ王太女の話し相手にヴィック推薦で選ばれ、王城に強制連行と相成った。ロアー公爵夫人に気合の入った格好をさせられて。

 ……知らない間にドレスやアクセサリーが増えていて、少し恐怖心を抱いた。

 おかしいな。気晴らしの話し相手として、お茶会に行くだけの筈なんだけど。

 王城に着き、サロンでヒルダ王太女と挨拶を交わし、お茶を飲み、世間話をする。他に令嬢がいないのは何故なのか。

 世間話も婚約者の話しとなり『人生を振り回す事になるので相手が決められない』とヒルダ王太女が遠い目をして何度もぼやくようになった。その度に取り繕っているが、ちょっと思い詰めている。

 もしかしてヴィックは『人生相談の相手』として自分を推薦したのだろうか。

 確かに、女王経験(めっちゃ遠い昔だが)はあるが。人生相談出来る程自分は人間が出来ていないぞ。それに王配を迎えず側近の一人を跡継ぎに指名したからなー。人生を振り回す事になると、確かに悩んだ。選出の判断基準は何だったかと記憶を辿って思い出す。

 王配の選出基準の参考にはなるだろうと思い、助言した。

「相手の人生を振り回すと心配しているのなら、コキ使い潰せると断言出来る程に、気の知れた優秀な部下から選らべば良いじゃない(意訳)」

 と、アドバイスしたら、とんでもない事になった。

「そのような事、初めて言われましたわっ!」

 王太女殿下何故か大喜び。妙に吹っ切れた顔をしているのは気のせいかしら?

 翌日、ヴィックが選ばれ、……当人は大変怒った。

「何故そんな要らんアドバイスを送ったぁっ!?」

 こんな感じに。

 ちゃんと祝ったのに、笑顔で人の頬を抓りながら怒るとは器用な奴だな。美女顔が台無しだぞ。

 セプタリアン国王夫妻は喜んでいたし、王配として他にも三名選ばれたんだから諦めろ。男同士の友情を深めて乗り越えろ。

「そもそも、お前が茶飲み相手に推薦したのが原因でしょーが」

 そう返したらヴィックは膝を着いた。義理両親が喜んでいるんだし、己の行動が原因なんだから諦めて受け入れろや。

 この一件でヒルダ王太女と仲良くなった。

 それは良いんだけどね。

 どうして妹分扱いを受けるのだろうか?

 どうして姉御呼びを強要されるのか?

 王太女に聞くと『少し年の離れた妹か弟が欲しかった』、『お姉様呼びは飽きた』と返答が返って来た。

 ヴィックに聞けば『令嬢憧れのお姉様』と慕われている。何処に行っても『王太女殿下』ではなく『お姉様』と呼ばれるらしい。

 王太女の性格は豪快でレディースの総長っぽいし、外見は高笑いの似合う悪役令嬢っぽいんだけどね。見事なストロベリーブロンドを縦ロールにしているし。

 ヴィックからも『人脈は有った方が良い』と押し切られて、姉御呼びを了承する事になった。公の場で使わなければ大丈夫だろう。

 一人ならいっかと、諦めたのも束の間。もう一人現れるとは……当時、夢にも思ってもいなかった。



 一年後。十二歳になった。

 ジプサム王国でよく利用していたダンジョンに一ヶ月に一度行けるようになった。ロアー公爵夫妻がやっと許可してくれたのだ。

 行先であるダンジョンはオーソクレース王国との国境上に存在する。名を『トライゴニックダンジョン』と言う。

 


 国境にダンジョンがあった場合、どちらの国に属するかで国家間で揉める事から『ダンジョン特区』なる特殊な街が生まれた。

 どちらの国でもない代わりに、互いに協力し合う特別な街。どこの国にも属さない為、ある意味『自治街』の様相を呈している。住民はいるが、必ずどこかの所属でなければならないと言う条件が有る。

 住まなければどこかの所属である事を証明する必要もない。

 異世界魔法系漫画でたまに見かけるダンジョンから魔物が溢れ出て来る『スタンピード』もない。

 何の為に生まれたのか分からないダンジョンだが、特殊な鉱石を始めとした資源が得られるので誰も存在理由は気にしない。

 自分の場合は小遣い稼ぎと戦闘技能の向上目当てでダンジョンに潜っていた。



 騒動の始まりは、姉御とセプタリアン王妃とのお茶会。精霊術師は数が少ないので、あれこれ聞かれた。

「精霊術師なのにエレスチャル聖王国に行った事がない!? 是非とも一度は行くべきですわ!」

 かの聖王国に公務で行く予定が丁度良く一つあったと、王妃に随伴を命じられてしまった。所属する国が違うのに。

 当然のようにヴィックを巻き込んだ。滅茶苦茶嫌そうな作り顔をされたが。何も企んでいないよな?

 エレスチャル聖王国での公務は『第二王子誕生のお祝いの品を持って行き、祝辞を述べる』だった。

 随伴していいのかよと、思わなくもないが『大精霊の召喚使役出来る人間の紹介すると非常に喜ばれる』からと王妃に押し切られた。

 ……後に思う。予定をねじ込んで、何が何でも拒めばよかったと。

 聖王国に着き、謁見の間で姉御と(何故か)お揃いの色違いドレスを身に纏い、国王夫妻に御挨拶。姉御が祝辞を述べる。祝辞と言っても定型文を述べるだけなんだよね。それが終わると、自分は光の大精霊を召喚して一緒にお祝いする。

 大精霊出現で、謁見の間はパニックに陥った。喜ぶんじゃなかったの? と、姉御に聞けば王妃様から『光の大精霊の召喚は難しい』と解説が入った。解説を聞いて騒動に納得したが、何故か教皇まで出て来たんだよね。誰がこんなジジイを呼んだんだよ。

 城の応接室に移動して改めて教皇に自己紹介。そして、厄介事が湧いた。

 この時『エレスチャル聖王国は精霊信仰の総本山として相応しくない』と他派閥から責め立てを受け困っていた。

 理由としては『政治癒着』と、『聖地でない』事。

 教皇曰く、『精霊信仰の聖地と呼べる場所は大陸にない』んだと。

 では何故、エレスチャル聖王国が精霊信仰の総本山扱いなのかと言うと、複数の大精霊の召喚使役出来た『聖女』と呼ばれた人物の子孫が聖王国の王族でだから。聖女誕生の地ではないが、『聖女の子孫』が治める国がエレスチャル聖王国なのだ。他派閥は人数が多いだけ。

 政治癒着は、エレスチャル聖王国が教皇庁を構えているのを問題視しているだけだ。実態は司祭や修道女の人事、修道院や孤児院の管理維持を目的とした組織だ。汚職は今のところ見つかっていないが『なかった事に』されているかもしれない。好奇心が湧いたが『好奇心、猫をも殺す』と言う格言が有る。他派閥に守銭奴で超俗世なところが有るらしいが、深入りは止めよう。

 さて、教皇が持って来た問題だが、この時の自分はバカだったのだろう。

 解決策なんて思いつく訳ないだろうと、一蹴してもしつこく縋りつかれ、『作るのが本領なのに』と頭を抱え、『創る』と言う点に解決策を見出した。

 そう、『ないなら創ればいいじゃな~い♪』と言った感じである。

 具体的には、エレスチャル聖王国の大聖堂に他派閥の幹部を『聖女候補のお披露目』と言う名目で呼び寄せ、大精霊を召喚し、とある術を行使した。

 この世界の精霊には王がいる。名を精霊王『エレメント』と言う。

 その精霊王を地上に降臨させた。会った事がないので『炎水風地氷雷光闇時空の九つの大精霊』を召喚し、彼らを縁にした。

 九つの大精霊が同時に召喚されてパニックが起きかけたが、降臨術で呼び出した精霊王を目にして治まった。流石は幹部と言うべきか、茫然としながらも先を争うように恭しく跪いた。

 精霊王は『神』に分類する存在なのだろう。自分の正体にも即座に気付いた。

 余計な事を言われる前に『精霊を信仰するもの達の纏め役に加護を与えて』と念話で伝えて、当時隣にいた教皇に加護を与えさせた。ついでに、事前に作った神託が下せる水晶の石板を見せ『何かあったらこの石板に神託を降ろせ』と、これも念話で伝えて同意を得た。

 精霊王降臨の地であるエレスチャル聖王国は間違いなく『大陸初の聖地』だろう。ついでに聖遺物級の扱いを受ける『神託の石板』の保管場所だ。

 この二つを以って、エレスチャル聖王国を『精霊信仰の総本山』と認識させたが、問題が起きた。

 一言で言うのなら『やり過ぎ!』である。

 全てが終わり教皇から、

「『九つの大精霊同時召喚』と『降臨術』は列聖ものじゃぞ! お主を『聖女』に認定しなければ、別の問題が発生する!」

 なーんて、言われてしまったのだ。

 この時ほど、自分の迂闊さを呪った事はない。

 頭を抱えたが、ヴィックを巻き込み、家庭事情を話して『正式な認定は学園を卒業してから』にして貰った。ヴィックの手際が良過ぎたが、何か隠していないだろうな? 頬を抓りながら聞いたが、美女の笑みが返って来るだけ。

 ……そう言えば、この世界にもう一人『パーティメンバー』がいる。

 誰か尋ねても否定はないが、教えて貰えず『あちらも忙しいので、予定が合う時に会いに行きましょう』と微笑みが返って来るだけ。今一件に絡んでいないよな?

 そうそう、今後の窓口として教皇の専属秘書の一人であるオリヴァーを紹介された。年齢が自分と近い事を理由の人選である。聖女認定を受けたあとの事まで考えての人選だな。

 教皇から窓口紹介を受けたあと、エレスチャル聖王国の国王夫妻――特に王妃とお茶会で友好を深めたのだが、王妃はヒルダの姉御と『同類』だった。類は友を呼ぶ、その通りの結果だった。

「響きが好いわぁ~。お姉様呼びは飽きちゃったし、この際だから私も『姉御』って呼んで~」

 本人からの申し出だから不敬罪にはならないだろう。ヒルダの姉御同様に、公の場で言わなければいいのだ!

 


 エレスチャル聖王国にて、自分は二人目の『姉御』と『聖女称号』を手にする結果となった。

 将来が決められてしまった気がしなくもないが、聖女認定は自業自得なので諦めるしかない。



 更に半年後。十三歳の誕生日を過ぎた頃。

 セプタリアン王城――ヴィックの執務室に呼び出された。

 何が起きたと内心首を捻りながら顔を出すと、執務室に知らない男性がいた。

 短く切り揃えられた灰銀の髪。切れ長の灰色がかった緑色の瞳。眉間の皴は深いが容姿が整っている為か『老い』は感じない。年齢は三十代半ばは過ぎているだろう。



 この世界の貴族は()老長寿(誤字ではない。本当に老化速度が遅いのだ)である事が多い。

 平均寿命は百歳を超す。高い魔力を持つもの程この傾向に有り、稀に千年近く生きたものもいる。

 魔力を持たない平民の平均寿命は七十歳前後。医療技術はそこまで進んでいないが、意外と長い。

 どこの国の王も高い魔力保持者である場合が多いので、一人の王の治世は意外と長く、平均五十年前後。ジプサム王国の現国王の治世ですら四十年を超え、年齢は百を超えている。ヴィックから聞いたが外見年齢は五十代後半のオッサンらしい。

 この遅老長寿最たる例は『騎士の国』と呼ばれる、ロードナイト王国の国王だろう。在位だけで二百年を超す。理想の為政者とも呼ばれ、大多数の貴族や平民から圧倒的な支持を得ている。当の本人が王国最強と言われている為、表立って喧嘩を売る馬鹿はいない。ドラゴンに変化出来る王に喧嘩を売る度胸の有る馬鹿がいないが正しいのだろう。……身内に竜に化ける『竜化』の特殊技能保持者がいるんだが、まさかだよな?

 この王の唯一の欠点は伴侶がいない事か。三百年以上生きているのに、未だに独身を貫いている。

 老化速度が遅い為、どこの国の貴族の婚姻許可年齢は二十歳を過ぎてから。外見と年齢が一致しないので、二十歳と九十歳が結婚する例すらある。

 この嫌な例が、ジプサム王国の国王と数年前に殺された側妃だ。片や二十歳の美姫、片や九十歳越えの外見アラフィフのオッサン。どう見ても外見年齢が釣り合わないだろう。 



 取り合えず、男性と目が合ったので軽く自己紹介。知らない男性はウォーレス・アーバイン。ジプサム王国隣国のギベオン王国の若き宰相様だった。

 室内応接セットのソファーに座るようヴィックに勧められ、取り合えず腰掛ける。対面に宰相様が座り、自分の横にヴィックが座る。侍従がローテーブルにお茶と茶菓子を並べ終えたところでヴィックに呼び出し理由を尋ねる。内容を聞き、立ち上がってヴィックの胸倉を掴んで揺さぶった。

「はぁっ!? ロードナイトからの依頼!? あの国に知り合いなんていないよ!」

 ロードナイト王国。騎士の国と呼ばれている。騎士のレベルが他国と段違いだと言われているが、真偽は定かではない。行った事がないから判らない。

「貴女から見ていないのは知っています」

 ヴィックは己の胸倉を掴む手を簡単に外しながら言った。

 何か引っかかるもの言いだが、少し考えると意味は理解出来た。

『貴女から見て』と言う事は『ロードナイト王国にいる会った事のない知り合いがいる』と言う事。

 まだ会った事のない自分の知り合い。それは、この世界にいる『もう一人のパーティメンバー』意外に考えられない。そして、ヴィックと手を組んで策を好む腹黒が丁度一人いる。あの特殊性癖大食漢、何を考えている? 

 ソファーに腰を下ろし、ヴィックに問い質す。目が据わっているのが何となく分かった。

「何を企んでる?」

「企んではいないですよ」

「訂正。誰に何の利益が有る?」

「人脈。学園に通う為に、ジプサム王国にあとに一年程度で戻るのでしょう。あの国の状態は駄目ですからね。国外の上層部に少しでも多く知り合いを作っておいて貴女に損はない。違いますか」

「腐敗政治による、国内状況が悪いのは彼方此方回って実際に視たから知ってる」

 十歳の時にリオンを連れて国内を見て回った。リオンの気晴らしになれば良いと思ってだが、見せない方が良かったところも見た。

「国外に人脈が有れば困らないのは身を以って体験している。でも、人脈を増やしただけで……」

 そこまで言って何かが引っ掛かった。

 ヴィックの言葉を反芻し、引っ掛かったのは『国外の上層部に』の部分。

 何故、上層部に知り合いを作っておく必要が有る?

「ねぇ、ヴィック。複数ヶ国の上層部に人脈を作った奴が誕生すると、国にどんな利益が生まれるか分かる?」

「そうですね。無関係な第三者を挿む事で『複数国家で行う陰謀論』はなくせるかと」

「いけしゃあしゃあと。本音を言っていないのが丸分かりだぞ」

「おや、バレてしまいましたか」

「笑顔で言って、残念がってもいないのか」

「ふふっ、仕方がないですね」

 美女のようにコロコロと笑い、ヴィックはカップのお茶に口を付けた。

 腹立たしくなって来たので、お決まり揶揄い文句を言おう。

「笑うと本当に美女顔だよね」

「煩いですよ!」

 お茶を飲み下してから反論している。いい加減『慣れ』が――

「言われ慣れないですからね! 私は心身ともに男ですよ!」

 心を読むな。

「つまり幼少期に散々『女』に間違えられたのね。同情はしないが」

「同情は結構! 貴女に至っては『黒猫』呼ばわりされているじゃないですか」

 ビジネスネームその二に当たる『黒猫』を知っていたか。情報収集能力は流石と言ったところか。

「いつも黒服で、猫のように俊敏だからそう言われているだけなんだけどね」

「吟遊詩人のあの歌は何ですか?」

「……今はどうでも良い事だ」

 ぼやきながらヴィックの脇腹を肘で突っ突き『早く言え』と催促する。

 ヴィックはカップをローテーブルに戻し、正面に座る宰相様を見た。

 この宰相様目の前で騒ぎが起きても、止めるどころか、一言も発していない。何と言うか『観察されている』気分だ。

 宰相様は一つ頷いて、口を開いた。

「それなりに頭が回るのだ。ある程度話しても問題はないだろう」

 さりげなく貶された気がするのは気のせいだろうか。

 思わず半眼で宰相様を見てしまう。が、宰相様は涼しい顔でお茶を飲む。

 暫し沈黙が降り、徐に宰相様は口を開いた。

「鉄を買い漁っている国が有る」

「……ああ。ダンジョン特区の買取所でも聞いた事が有ります。確か、アマゼツって国が鉄や魔石を買い集めているとか」

 記憶を掘り起こして口にすれば、宰相様は眉根を寄せた。

「魔石も買い漁っていたか。……国が買い漁っている意味は解るか?」

「? 国内軍事の増強以外だと、どこかの国に戦争でも仕掛けるんですかね? 魔物の異常発生何て聞きませんし」

 それ以外に思い浮かばん。魔物が大量に発生しているのならば解るが、そんな話は聞いた事がない。



 買い集めている国は厄介な事に、祖国ジプサム王国の南に位置する隣国だ。横に長い国でギベオン王国やオーソクレース王国とも隣接している。

 腐敗政治が続いているジプサム王国に比べると、アマゼツ王国の為政者は『比較的』マシな政治を『表向き』行っているらしい。国王は高齢だが強健で、退位はもう数年先と言われている。

 国土のおよそ八割が野山で、おもな輸出品は野山で採れる薬草類。平地は農耕地にも酪農地にも適さず、食料の九割は輸入品。

 財政は常にギリギリだが、『国家事業』で稼いだ残り分でどうにか持ち堪えている。

 アマゼツ王国の国家事業は――傭兵業。魔物対策で兵力の足りないところに『傭兵として』自国の兵を送り出し謝礼金を貰っていた。その為か、この国の人間は荒くれものが多い。『弱者は飢えて死ね』と言わんばかりのお国柄が原因か、大陸で唯一『奴隷制度』が残っている国でもある。この制度が原因で、国家事業も立ち行かなくなっており、国交が有る国も皆無となっている。

 この奴隷制度で奴隷に堕とされるのは『犯罪者』だけでなく、『他国から攫われた』平民も堕とされる。

 過去に他国の有力貴族子弟を攫い奴隷にした事がバレ、唯一残っていた農地を武力で奪われ、現在の国土が残った。自業自得な状況だが、対象が平民に変わっただけで、未だに他国の人間を拉致している。この事実が残っている為、輸入出来ている食料も年々減少傾向に有る。輸入が止まるのは遅くても十年後と予想されている。

 しかし、『奴隷制度廃止』の動きはない。足枷にしかなっていない制度を廃止しないのは、秘密裏に他国から犯罪奴隷や『奴隷に落としたい人間』の受け入れをしているから。その受け入れの謝礼金が国庫にそのまま入る。

 悪循環の領域に入っているが、自浄機能のない国に目を向ける国はなかった。 



 つらつらと、ロアー公爵家で貴族教養として得た知識を確認として口にすれば、宰相様は深く頷いた。

「基礎知識がそこまで有るのなら問題ないな」

 頭痛がするのか、眉間の皺を軽く揉み解してから口を開いた。

「そのアマゼツ王国で奇妙な動きが有り、ロードナイト王が、ロードナイト王国、セプタリアン王国、エレスチャル聖王国、ギベオン王国が『素早く連携して動いても、アマゼツ王国を嵌めたように見せない為に、都合良く人脈を持ち動かせる人間を作る』と発案した」

「都合のいい人脈を持った第三者を作るって事ですか?」

「そうとも言えるな」

 宰相様に意訳して問えば、肯定が返って来た。宰相様は目を眇めて自分を見る。背中にいやーな汗をかいた。

 何故かって? 

 自分はセプタリアン王国とエレスチャル聖王の上層部と人脈を持っている。

 そして、目の前には『ギベオン王国の宰相』がいる。

 どう考えても、その都合のいい第三者って――自分か?

「言っておきますけど、拒否権はないですからね。クラウスから直々の指名なので」

「やっぱりアイツだったか」

 ヴィックが開陳した情報を聞いて、嘆息を零した。あの野郎。王になったからって、前よりも腹黒くなっていないか?

「おや、驚かないのですか?」

「ヴィックが手を組みそうな奴はあの特殊性癖大食漢しかいない。見た目の割りに誠実なギィードだったら『説得』に来る。アルゴスとロンはこの手の策は好き好まない。ペドロと女衆は論外だろう」

「成程。消去法で当たりを付けていましたか」

 意外そうな顔をしていたヴィックは自分の推測に納得した。していいのかと突っ込みたいが我慢。

「ですが、エル一つだけ訂正をして下さい」

 突然キリリと引き締めた顔で、ヴィックは訂正を要求した。要求内容は何となく判るが、断る。

「女の好みは『金髪巨乳天然』と言い張っている点を『特殊性癖』と言っている事か?」

「ええ。『特殊』ではありません。ただの『個人趣味』です」

「親ですら見分けがつかない双子の姉妹を『胸の揺れ方で』見分けている時点で特殊でしょうか!」

「……そんな事も有りましたね」

「今思い出して目を逸らすな」

 自分とヴィックのやり取りを眺めていた宰相様が引いているが無視。

「はぁー……」

 今ここでヴィックを締め上げても意味はないだろうな。元凶のクラウスをどうやって〆るか考えた方が建設的か。

「取り合えず、アーバイン宰相の話しを聞いて下さい」

 ヴィックの台詞を聞きながら、何が何でもこいつを巻き込もうと心に誓った。



 宰相が話す内容は完全に『依頼』と言って良いものだった。

 自分に依頼となった流れはこんな感じか。

 

・貴重な輸出品である銀シルクの原材料畑がスライム被害に遭う。

・対策取ったが効果が見られず、畑は更に荒らされる。

・他の対策が思い付かないのでロードナイト王に相談。

・ヴィック経由で自分の事を知っていたクラウスが『セプタリアンにいるアルディス・イゼットに依頼しろ』と話す。


 実に迷惑極まりない。

 スライム対策程度、自力でどうにかして欲しい。畑に限ってはクラウスでも出来そうなのに、何故自分になるのか。嘆息しつつ茶菓子を貪る。

「ねぇ、ヴィック。畑を『元に戻す』だけならクラウスでも行けるでしょ。何であたしなの?」

 段々腹が立って来たので思った事をそのまま訊ねた。

「確かに『元通り』にするだけならば、クラウスでも出来ます。時間がかかっても良いのなら私でも出来ます」

 ヴィックの回答に宰相様が『え? 出来るの?』と言った感じの顔をしている。そっかー。知らなかったのか。

「でも、今回は貴女が適任です。畑を『荒らされる前』に戻す事は出来ても『土壌の回復と向上』は出来ませんし、スライム対策の防壁類の作成も無理です」

「あー、出来ないんだっけ。専用の魔道具作って畑に等間隔で埋める? スライムは種類にもよるけど、専用捕獲ネットでも作る?」

「それも妙案ですが、最終的な決定はギベオン王国に有りますので、そちらで話し合って下さい」

 唐突に水を向けられた宰相様だが、やや反応が鈍い。

「何言ってるの? あたしに黙ってクラウスに報告をするんでしょう? だったら一緒にいた方が報告しやすい。違う?」

「違いませんが……怒っています?」

「怒らないと思った?」

 散々巻き込んでおいて良くもまぁ、バレなければ良いとでも思っていたのか?

 目を細めてヴィックに尋ねれば、視線を逸らされた。

 覚えてろよ。嫌って言う程に仕事を割り振ってくれる……!

 自分はヴィックへの意趣返しを誓った。



 エレスチャル聖王国のオリヴァーに『ギベオン王国に仕事で行く。仕事を回さないで(意訳)』と手紙を一通出し、己の予定を確認。姉御二名とのお茶会まで二十日程の猶予が有るが、念の為『仕事が入りました。もしかしたら出られないかも知れない(意訳)』と一報出して置く。

 ヴィックを引き摺ってギベオン王国に向かい、現場を視察してから対策の協議を行う。

 今回は速攻で終わらせ、ヴィックへの意趣返し(仕事の押し付け)を心に誓っている。

 協議を終え、材料ギベオン王国持ちで魔道具を量産して行く。量産の光景が珍しいのか、ギベオン王国の宮廷魔術師が見学にやって来た。邪魔をしないのなら好きにどうぞと、言えば喜ぶ。何が珍しいのか。

 見慣れているヴィックは何も言わないのに。

 作る魔道具はスライム捕獲ネット。触れると凍結するタイプだ。本当は干物にするのが良いんじゃないかと思ったが、降水量の関係で『凍結出来るのなら再利用を検討したい』と申し出が有りこの形で落ち着いた。

 スライムだから水分は多い。それの氷漬が確保出来たら、乾期の農業用水に保存転用出来ないかと協議中の話題の一つに上った。氷漬けにしたスライムの水分を、農業用水として転用実験は捕まえた端から行うそうだ。これは国が行うので関与しなくていい。捕獲後の事は考えていなかったので好きにしてくれ。

 耐久を考えてワイヤーを芯にした特殊ネット。目は細かく作ったので、体長五センチを下回るような小型スライムでもない限りすり抜けは不可能だろう。そんな小型なスライムは今のところ確認されていないが。

 畑の周りに捕獲ネットを張り巡らせて数日待った。

 上々の成果だった、と言うよりも予想以上の成果にちょっと呆れた。

 何せ、ネットを張った翌朝、畑の周囲に大小様々な氷漬けのスライムが大量に転がる結果となったのだ。スライムの回収に時間が掛かったのは言うまでもない。

 銀シルクの畑は無傷。体長五センチを下回るような小型スライムはいなかった模様。捕獲したスライムで最も小さかった個体は体長ニ十センチ程度。想定以内の大きさだが、捕獲したスライムの殆どが体長二メートル前後だった。ネットが傷んでいないか心配だけど、修復方法はギベオン王国の宮廷魔術師達に作りながら教えたので、確認作業は彼らに丸投げしよう。

 さて、スライム問題が一段落した。

 次の問題『畑の回復』に取り掛かる。

 これに関しては魔道具で解決する。国内全ての銀シルクの畑を回るとか時間が掛かり過ぎるし、銀シルク生産農家だけを優遇する訳にも行かないからね。

 魔力を込めると一定範囲の土壌回復効果を齎す魔道具製作に取り掛かり、試作品を見せたら――ここでも協議が始まった。面倒臭い。

 畑が荒らされる前の状態まで土壌を回復させるだけじゃなく、複数の効果――例えば、農業有害物質の除去とか――を持たせる事は出来ないかとギベオン王からリクエストが入った。

 何故そんなリクエストが来るのか。首を傾げたら宰相様から銀シルクに関する情報を貰った。

 何でも、銀シルクは生長過程で『土壌に毒素を撒く』性質を保有しており、一度収穫したら最低でも五年程度の時間、土壌を休ませないと再び畑として使用出来ないそうだ。この性質が有る為、銀シルクの畑は広大だが実際に使用しているのは全体の二割程度。休ませている畑は毒素が抜けるまで『雑草一本生えない』不毛な土地になる。更に、この毒素を吸うと『呼吸困難や痙攣、下手をすると意識不明の重体』等の症状を齎す。故に、土を深い場所と入れ替え作業も行えない。

 魔法が使えるのなら解決方法は有りそうだが、この世界で魔法が使えるのは貴族だけ。畑を耕すのは魔法が使えない平民。

 付け加えると、ギベオン王国の宮廷魔術師の実力は余りよろしくない。

 ――これらの諸事情から、魔道具である程度の事は一括で解決出来るようにして欲しい。

 それがギベオン王の、漏らしてはいけない本心だった。

 宰相様が沈痛そうな表情を浮かべて、言ってはならないと王を諫めない当たり、ギベオン王国全体の現実は涙を誘う程に重かった。実情を聞いたヴィックも目元にハンカチを当てている。

 そんな訳で、複数の機能を詰め込んだ魔道具を作る事になった。

 機能としては、土壌回復をメインに農業有害物質収集分解、農作物の成長促進でいいかな? 形状は土を掘り起こせないから、杭のように地面に深く突き立てるタイプにしよう。効果範囲は魔道具を中心に三キロ程度で良いか。

 一つ作り実際に使用して貰う。効果が確認出来るのは早くても五日は掛かるだろう。そう思ったんだけど……。

「大至急、同じものを大量に作ってくれ」

 翌日。呼び出されて顔を合わせるなり、開口一番にギベオン王はそう言った。

 何が起きたのか説明が一切ない。まずは状況の説明から求めた。

 聞けば、魔道具を突き立てた畑が一夜で完全に回復したらしい。畑は今年から休ませるところで、毒素も強い場所だ。今年から五年間休ませる畑で使用されるとは思っていなかったので、内心少し焦った。けれど、効果は十二分に発揮され、五年かけて毒素抜きする予定の畑が一夜で完全回復。早急に他の畑にも使用して効果を確かめたい……との事。

 マジですかー。それしか感想が思い浮かばない。

 昨日畑に埋めた魔道具は、今朝方回収されて手元に戻って来た。使用後に不備が起きていないかチェックする為に戻してとお願いしておいて正解だった。

 手元に戻って来た魔道具は微妙にボロボロだった。毒素の酸性か塩性が強いのか微妙に腐食している。

 腐食対策をするのなら、硝子か水晶のような鉱石で作らないと駄目だな。材料を手軽に集められそうと言う理由で鉄で作ったが、腐食するとは思わなかった。

 取り合えず、使用する材料を硝子に変更し理由も併せて伝える。耐久性を考えると水晶の方が良さげに見えるが、費用的に硝子の方が安い筈。

 そう判断したが、銀シルクで稼いでいる国が、銀シルクに関わる出費に遠慮がある筈も無く。僅か数時間で大量の水晶が手元に転がり込んで来た。トン単位で買い込んだのかよ。思わず二度見したぞ。

 期待している。作れ。

 そんな思惑が透けて見える。

 仕事だから作るけど。

 で、材料が無くなるまで作り、魔道具はギベオン中の銀シルク畑の毒素解消の為に運ばれて行き、その効果を発揮した。

 ギベオン王国に来て二十日も掛からない内に、問題はこれで解決となった。

 セプタリアン王国への細かい報告? 全てヴィックに丸投げさ。姉御達とのお茶会の方が重要だからね。



 ギベオン王国で起きた事をお茶会で姉御達に話す。意外にも二人揃って驚いた。

「ギベオンでそのような事が……」

「ん~、銀シルクの輸出量が減っていなかったから知らなかったわね」

 驚きの理由を聞き納得した。

「銀シルクの加工は最低でも十年掛かるそうですよ」

「そんなに掛かるの!?」

「はい。加工に時間が余りにも時間が掛かるので、毎年の販売数量は決まっていて、備蓄分も有るそうです」

 ギベオン王国で知った知識を披露すると、姉御達は目を丸くした。

 驚く気持ちは分かる。自分も『どんだけ加工が難しいんだよ!』と驚いた。

「ですが、エルが作った魔道具でこれからは大量生産される見込みも有りますわね」

「そうね~。商人達に連絡して銀シルクの価格変動の推移を毎年確認させようかしら」

「加工に時間が掛かる事を考えると、変動が起きるのは十年ぐらい先だと思いますけど」

「……そうでしたわね」

 加工に掛かる年数を思い出した二人が顎に手を当てて何やら考え込む。経済を気にする女王の顔になっている辺り流石だ。

 お茶会は終始こんな感じだった。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

最後まで書いて投稿するか悩んでいる作品です。気楽なギャグノリなので、悩んでいます。


私事で済みませんが、六月半ば頃から、見直したら書き終わった作品が増えたので、ストックが無くなるまで時系列無視で書き上がった順に投稿する計画を立てています。

その為、感想を頂いても返信が滞ると思うので、ストックが無くなるまで感想欄を閉じます。

個人的な判断で済みません。

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[良い点] うっかり菊理、創造無双編。
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