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投稿悩み中 モブキャラとして無難にやり過ごしたい


 人型ロボットのパイロットになる。

 メカ好きかメカオタクならば、一度は夢に見るだろう。

 人型ロボットのパイロットになり、戦果を挙げてエースパイロットになる。夢に見たものならば垂涎ものの状況だろう。

 でもね。それは時と状況で羨望か憐憫に分かれると思う。

 具体例を挙げるならば、漫画やアニメなどの作品でたまに『誕生した時点で、パイロット以外の人生が許されない、人工的に生み出された子供の中の一人が主人公』ってものがあるじゃない。あんな感じ。

 何が言いたいのかと言うと『戦う為に産まれた存在』って状況だ。

 この状況に当てはまったら、正直どう思う? 喜ぶ? 悲観する?

 前世の記憶とかが有って、メカ好きだったら喜ぶかもしれないね。

 でもね。ロボットの操縦は実際にやって見ると、想像以上に難しいんだよ。



 菊理(自分)? 

 自分がこの例えの状況に当てはまった人生は……在るか無いかで言えば、確かに在った。

 まぁ、過去のファンタジーな世界でもたまに『戦う為に産ませた』と、真顔で大人に言われた経験も在ってか、余り動揺はしなかった。自分は記憶を持っていた状態で知ったので喜べなかった。

 悲観して、諦めた。本当に、超大変だった。結構な回数死に掛けたし。

 一度冷静に考えて、現役引退するまで生き延びようと目標を立て、手を抜いたり努力したりの人生を送った。

 何せ、魔法の無い世界――それも、遠未来の地球(西暦三千年過ぎぐらい)の日本だったから、魔法なんて使えない。オカルトは科学の前に潰れた世界で、占いが『お遊び』扱いされ、宗教に至っては殆ど意味を失くしていた状態だった。

 そんな状態の世界で『魔法が使えまーす』とか言って披露したら、大騒動だし、引退後の生活も監視を受けかねない。

 だから、隠しての生活を送った。でも使わないと死に掛けるような状況が非常に多かった。周囲にはバレないように『常人よりも勘が良い、身体能力が高い』程度になるように調整して使った。使っても死に掛けたけど。

 引退が目標なのだ。その途中で自分の不死性を試すような行動は取れないし、取りたくもない。

 何故こうなると嘆きながら、引退を目指してモブキャラに埋もれての人生を送ろうと頑張った。……うん、本当に頑張ったよ。

 運が無いと言うか、訓練学校で組まされた五人チームは全員年上。仲は険悪で、仲間意識は無く、協調性もチームワークも皆無で、大して能力がある訳でも無いのにエリート意識だけは無駄に強くて、本当に駄目な先輩の典型例だった。演習の度にチーム最年少の自分が全員のフォローに回り、フォローを受けると切れ散らかすわ、フォローしないと『何でフォローしないんだ』と逆上するわで、一人延々と貧乏くじを引き続けた。指導役の教官にチームメンバーの変更を何度も願い出たけど却下される始末。更にどう言う訳か、落ちこぼれチームは扱いを受けるから離脱したかったな。とほほ。


 余談になるが、過去の世界でロボットの操縦経験は確かに在る。けれど、どちらかと言えばフォローを受ける側だった。周りは十五歳以上年上の大人、それもベテラン揃いだった。今思うに、表向きは『民間人の保護』って形だったけどよく受け入れてくれたなぁ。結構アレな状況だったて言うのも有ったんだけど。


 頭痛薬と胃薬が手放せない状況が二年程続いたある日。中等部の三年生(訓練学校は中高一貫だった)に進級し、三ヶ月ぐらいが経った頃。

 演習の一環で戦艦に乗った。演習先は宇宙です。宇宙ゴミ塗れな環境での操縦訓練です。操縦するのは人型ロボットになります。

 そして、仮想敵は『太陽系外から来た宇宙人が駆る人型ロボット』です。


 話しは逸れるが、ここで仮想敵について語ろう。

 百年ぐらい前に前触れなくやって来た謎の軍勢。情報は殆ど公表されておらず、Unknown Army(略してUK)と呼称されている。

 仮想敵が人型ロボットなのは向こうの都合が有るだろうから良い。

 でも、どうして地球側の国連防衛軍も人型ロボットを使うんだよ! そこは人工知能搭載の無人機で良いじゃないか! 何で有人機なんだよ! ガンダムシリーズの宇宙世紀と同じようにミノ何とか粒子でもばら撒かれているんか!? レーダー死んでんの!?

 心の叫び(突っ込み)には確りとした回答が待っていた。

 最初期の対応として無人機が投入されたが、全て乗っ取られるか破壊されたそうです。乗っ取りを防ぐ為に有人機に変更されました。

 無情な回答に、オカルトを潰す程度に科学が進歩したんじゃないんかいと、関西弁風に心の中で突っ込んでしまった。

 その進歩した科学技術は別のところで発揮されていた。


 問.どうして向こうに合わせて人型ロボットを使用しているのですか?

 回.戦闘機系では一機も撃墜出来なかった上に、相手の戦闘に全く対応出来なかった。人型ロボットの方が戦闘のバリエーション豊かで対応可と言う事で採用。

  

 問.人型ロボットの方が操縦難しくない?

 回.操縦難易度を下げる為に、パイロットの脳波を利用した補助システムを創りました。これに併せて、パイロットも強化します。


 問.パイロットの強化とは? 具体的に何を強化したのか?

 回.遺伝子操作による身体強化。肉体強度を始めとした様々な能力を向上させました。これらを『デザイン(D)パイロット(P)計画(略してDP計画)』と今後呼称します。


 問.既に在籍しているパイロットの遺伝子操作ですか?

 回.いいえ。そちらも行いますが、有志による遺伝子や精子と卵子の提供者の子供を人工的に生み出し、受精卵の時点で遺伝子操作します。


 問.人道や倫理はどうなっているの?

 回.現在地球の危機と言う緊急事態なので無視です。国連非公式会議で決まりました。


 問題しかねぇ。人権団体は何やってんだよ!? 叩いて金が得られないところは叩かないってか!?

 頭を抱えたのはそう昔ではない。

 ん? 何かのアニメ作品の世界じゃないかって?

 確かにうろ覚えだがとあるロボットアニメと世界観が似ているなぁと思い、もしかしてその作品の世界か? とか考えたけど。

 現実は違った。

 うろ覚えな知識と照らし合わせたが、火星に移民は出ていないし、そもそもテラフォーミングすら出来ていない。

 敵との戦闘が既に百年以上も続いた結果、月に軍事基地は有るけど、月面に民間人用の居住空間すら造れていない。

 よって違うと判断した。

 それに、公表された本来の計画通りなら、月面への移住、火星のテラフォーミングと移住、木星と木星衛星群からの資源回収計画初動、の三項目が完了している。

 五百年近くも経過していれば、月面移住と火星のテラフォーミングの二項目は完了しているんじゃないと思った方。

 地球の寒冷化に伴う異常気象に、食糧資源争奪戦や経済冷戦、止めに局地的な戦争が群発し、完全に収まったのが今から二百五十年前の事。

 やっと色々と終ったかと思えば、今度は宇宙の彼方から未知の敵がやって来た。

 泣きっ面に蜂と言えば良いのか、一難去ってまた一難と言うべきか。敵の敵は味方かもしれない。

 混乱が残る地球側は、共通の敵を前に一致団結した。それでも、利権がどうのとかで犬も食べない争いは無くならない。

 更には、自分のようにパイロットとしての生を受けたもの達を『戦闘奴隷』や、『生体兵器』だの、『亜人』などと罵る不良軍人も出て来る始末。

 自分達『第五世代』まで生み出されている程に追い詰められているのに、よくもまあ、罵れるものだ。実際に言っても、厳重注意と謹慎程度の処罰しか受けないのが原因かもしれないが。


 愚痴が混じって来たので話しを戻そう。

 この時の演習も、何時も通りにフォローに忙しく動き回った。途中成績は赤点以下。もう何もかも投げ出したい。

 戦闘空域から数十キロ離れた場所での船外活動中、その応援要請はやって来た。

 後方での支援活動と言う、安全地帯での活動だったから教官も要請を受けたんだろうね。演習は中断となり、急遽、現場に向かう事に。

 訓練機に念の為の実戦装備を所持させての支援活動は、最初こそ安全でした。ええ、暇なぐらいに安全でしたとも。

 支援活動の内容は、後方に下がった戦艦の補修作業の警備だった。ここまで敵が来るのかってぐらいに後ろと言うか、最後尾にいた。

 自分以外のメンバーは『何でこんな担当なんだ』と延々と愚痴を零していた。教官から『煩い、黙れ』と一喝される程に。

 愚痴りたい気持ちは分かる。何しろ、三十分近い時間警戒しても何も起きないのだ。暇で退屈だが、こう言うのは何も起きないのが良い。何か起きろとフラグは立てるもんじゃない。

 補修作業を終えた戦艦を送り出した直後、極太の閃光が背後から駆けて来た。閃光は送り出したばかりの戦艦の背後、エンジン部分に着弾し、爆発。連鎖発生した爆発で、目の前で戦艦が一つ爆散し、宇宙の藻屑と化した。

 背後から攻撃がやって来ると言う、想像の埒外な出来事に全員が声も無く唖然茫然としていると、警報が鳴り、教官から敵襲を知らされた。

 機体を操作して閃光がやって来た方向を見ると、数キロ先に敵兵団の姿が在った。数は約五十機。

 ――挟み撃ちにする作戦だったのか。

 頭の冷静な部分がそう判断する。その思考でパニックを起こす事も無く冷静になれたのは僥倖だった。

 通信で教官に指示を仰ぎながら、装備を再確認。実弾銃と予備マガジンに、実剣タイプのロングソードとダガー二本ずつ。両肩と両脚部にミサイルポット。

 戦艦が回頭しながら弾幕を張り、友軍機が敵兵団に向かって行く。しかし、友軍機が次々に閃光に包まれて爆散して行く。友軍機が目にも明らかに減って行くのに、敵兵は余り減っていない。

 機体性能に差が有ると授業で聞いていたが、ここまで酷いものなのか。

 戦力の数は地球側の方が圧倒的に多いと言われているが、機体性能の差が、その数の差を覆している。

 回収した敵機を解析し、量産機に日々改良が施され、常に新しい兵器が開発されている。にも拘らず、この状況。

 過去の人生で実際の戦場に立った経験は有るし、有利な状況も不利な状況も経験した。だからこそ、理解してしまう。

 これ負け戦じゃね、と。

 防衛側は不利と誰かが言っていたが、正にその通りだと思う。技術的な面でも負けているのならば尚更。

 それでも、戦う以外の選択肢が与えられていない自分達は当然のように出撃が命じられた。

 突然の事態にまごついているチームメンバーを放置して、自分は機体を操作した。

 ここで何としても生き残らないと、引退後の生活が消える。

 撤退戦になろうが、どうなろうが、ともかく生き残ろう。それだけを考えた。

 訓練通りに機体を動かした。実戦で痛感するが、機体性能の差が冗談抜きで酷い。

 滅多に使わないスキル魔法『先見』――少量の魔力消費で一秒から数秒先の仮定確定事項を見る――をガンガン使い、魔法で知覚も強化して攻撃と回避を繰り返す。その合間にメンバーのフォローもする。銃の命中率は低く、直接斬り捨てた方が早かったので両手に実剣装備に切り替えて接近戦を繰り返す。

 何機撃破したかなんて数える余裕もない。攻撃回避にフォローを気が遠くなるような時間、繰り返し、遂に敵兵団がいなくなった。味方もだいぶ減ったけど、チームメンバーは全員無事だった。

 生き残れたと、喜べたのは束の間。

 追加で一機現れたのだ。しかも、今までに撃破した量産タイプとは明らかに見た目が違う。色も黒じゃなくて銀色だし。

 両手にロングソードに似た実剣を持ち、左腕には小型の円形の盾を装備。

 古代の剣士を連想させるスタイルだ。

 この銀色の機体は単機で突撃した来た訳だが、異様に強かった。スピードも機動性も先程までの量産機とは比べ物にならない。指揮官機だろうか。

 気づいた友軍機が攻撃するも、銃弾は剣で弾かれ、ミサイル類は剣で斬り飛ばされて、あっさりと距離を詰められて、真っ二つ。

 先の悪夢再来としか言いようがない。

 チームメンバー達は完全に怖気づいていた。弾幕を張るように銃を乱射し、パニックを起こしながらも斬り掛かるが、これまたあっさりと弾き飛ばされていた。

 救助を兼ねて戦闘に割って入り――マジで後悔した。

 この銀色、実際に戦って見ると滅茶苦茶強かった。何と言えば良いのか。ボールで白い悪魔と言われたガンダムに挑んでいる気分(?)と言えば良いのか。

 機体性能の差で負けている以上、常に数手先と数秒先を視続けて攻撃と回避を行う、綱渡りのような操作を強いられた。リミッター解除しても追い付けないってどうなってんの?

 銃とミサイルは目暗ましに使用し、空きのマガジンや残骸となった友軍機や敵機を、投げ付け蹴り飛ばして無理矢理死角を作り、剣を交えた。

 それでも、埋まらないものは埋まらない。

 危険予知で数十回以上も己の死を見た。知覚を強化し、数手先と数秒先を視続けた結果、脳に過負荷を掛け続け、熱で何度も意識が飛び掛けた。

 最もヤバかったのは、敵機の剣が二回もコックピットを掠めた事か。

 最初の横薙ぎを回避する為に、片手操作による自動操縦で機体を後ろに数メートル下がらせ、同時進行でシートベルトを外して足元の狭い隙間に体を捻じ込んだ。あと一瞬遅かったら、シートの上部と一緒に体が真っ二つにされていた。そして、ビームサーベルじゃなくて助かった。間違い無く、機体が爆発を起こしていたし、ビームの熱で死んだだろう。思いたくは無いが、小柄で本当に助かった。

 数かな時間を休息として利用し、自身に治癒魔法を掛けて色々と回復させる事も忘れずに行い、剣が通り過ぎたあとにシートに座り直した。シートベルトは一部がシートと共に引き千切れていたので外して捨てて、腰回りだけ装着。パイロットスーツを着ているから、酸素の心配は不要。小型の酸素ボンベは二十四時間使用可能なもので良かった。

 モニターは死んだが、操縦桿は無事だった。

 そんな事を確認している間に、敵機は動かない事に疑問を持ったのか。それとも、ただの死亡確認か。

 左の剣を右腰に接続し、こちらのコックピットのカバー兼シールドに当たる部分と出入り口の隔壁を手で引き剥がし始めた。慌ててヘルメットのサンバイザーを下した直後、敵機と視線がバッチリ合った。

 まさか生きているとは思わなかったのだろう。

 驚きか動揺か。敵機の動きが停止した瞬間に機体を操作し、剣を持っていた右腕の斬り落とした。

 人型だから関節の可動範囲も、脆さも同じだった。人間の右肘の関節を斬るように右の剣を突き立てて切り離した。予想外だったのは、この攻撃で最後の武器である剣の片方が折れてしまった事か。

 敵機の反応も中々で、即座に腰の剣を抜いた。左の剣で防いだが、耐久限界を迎えていたのか、左手と一緒に砕かれてしまった。これでは盾以外に使えん。

 武器は無い。反射的に斬り離した敵機の腕を掴んで追撃を防いだ。

 そこからは、コックピットに横薙ぎを受けるまでの戦いの繰り返しだ。違いはモニターが死んだので視認による操縦である事か。途中、縦の斬撃がコックピットを掠めた。露天コックピットをリアルに体験中なので肝を冷やした。

 戦いはどれ程続いたのか。

 何度目か分からない鍔迫り合いに負けて吹き飛ばされた。吹き飛ばされた反動を利用し、仕切り直しに間合いを大きく取った直後、色違いを先頭に敵の量産機十数体が割って入って来た。

 続いて通信機から、背後より援護が来た知らせが流れる。

 通信経由で銀色は量産機よりも強い事を知らせようと、通信機を操作する為に手を伸ばした瞬間。

 銀色の前に移動した黒い敵機の一機が、銀色の手で縦に真っ二つにされた。

 仲間割れが発生したのかと訝しむが、銀色を中心に撤退を始めた。もしかして、一騎打ちの邪魔をされてキレたのか?

 思うところは色々と在るが、撤退してくれるのならありがたい。黙って見送った。通信機から敵兵団の撤退の知らせが入る。

 ……やっと戦闘が終了したのか。

 気が抜けたところで、最後の危機がやって来た。

 機体の燃料切れ。締まらないなぁと思ったが、戦闘途中でよく燃料が切れなかったものだ。リミッターを解除して滅茶苦茶な操縦していたのに。

 通信で、燃料切れによる自力移動が不可能運んで下さいと、友軍機に頼んだ。それが最後の電力だったのか。友軍機からの応答の声が聞こえるよりも前に、通信機の電源も落ちた。生き残ったと言うのに締まらない。思わず『締まらねぇ』とため息を零してしまった。

 体に加速の慣性が掛かる。運搬が始まったか。

 運ばれながら先の戦闘を回想する。実に酷い戦闘だった。

 生身での戦闘経験はそれなりに有ると自負しているが、計器とボタンの多いロボットを操縦して行う戦闘経験ははっきり言って少ない。ゴーレムの遠隔操作と比べる事が烏滸がましい程に、ロボットの操縦は難しい。電話帳並の厚みを誇る操縦マニュアルと教本を読破し、内容のほぼ九割以上を覚えなければならない。更に操縦感覚も覚えないと操縦は難しい。

 ぶっちゃけると、ボタンと計器が多過ぎる。操縦感覚は――比べちゃいけないんだろうし当然だが、マニュアル運転の自動車よりも難しい。

 だからこそ、脳波による操縦補助システムなんてものが開発されたんだろう。恩恵が感じられないので、何処まで役に立っているかは不明だ。

 ガコンと、一際大きく揺れた。サンバイザーを上げて確認すると、ぼんやりとしていた内に着艦したようだ。機体がレールで格納庫に運ばれる。その途中でチームメンバーの訓練機が見えた。先に帰艦していたのか。格納庫の定位置で機体が固定されると、整備兵達がやって来た。

 シートベルトを外してコックピットの外に出る。整備兵達に『荒く操縦したんで念入りにお願いします』とだけ言って、格納庫から去った。

 更衣室に続く通路に出ると、体に重力が掛かった。思わず体がふら付いてしまい、壁に手を着いて倒れ込む事だけは防ぐ。

 船内の特定箇所以外では重力制御器により、地球と変わらない重力が体に掛かる。これにより地球と同じ重力環境が再現され、筋肉量維持の為の筋トレ類をしなくても済んでいる。何時間も筋トレするのは流石に嫌だ。

 けれども、こうして歩いて移動しなくてはならないのは、宇宙にいるのに無重力体験が出来ないので風情が無い。訓練で来ているから感じる暇も無いんだけど。

 壁に手を着いて歩くが、完全に気が抜けた影響か、数歩進んだところで床に座り込んでしまった。ヘルメットのバイザーを上げると二十度に保たれている艦内温度が涼しく感じられた。

 先の戦闘で脳を酷使した影響による発熱だな。制服に着替える前に医務室で解熱剤を貰った方が良いな。

 そう判断して立ち上がるが、足がガクガクと震える。思っていた以上に重症だな。

 壁に手を着きながら、ふらふらと歩を進めて何とか医務室に辿り着く。ドアを開けると男性軍医を驚かせてしまったが、症状を話して解熱剤を所望すると直ぐに用意してくれた。

 しかし。

 解熱剤を受け取ろうとした瞬間、体が限界を迎えていたのか、そこで意識が途切れた。


 ※※※※※※


 目の前で訓練生の体が前触れなく傾いだ。軍医の男性は慌てて駆け寄り、訓練生の体が床に叩き付けられる前に受け止めた。

 訓練生のヘルメットを外し、赤い顔の額に触れると異様に熱い。取り合えず空きのベッドに運んで寝かせ、女性スタッフにパイロットスーツを脱がすように指示を飛ばし、彼女の教官に倒れたと連絡を入れる。

 十数分後。スーツを脱がせ終わり、検温と解熱剤の投薬までが完了した頃に、連絡を受けた男性教官は大急ぎでやって来た。走って来たのか、肩で息をしている。

「ほ、星崎の、容体は?」

「解熱剤を投薬したので、少し経てば落ち着きますよ」

「そう、ですか」

 明らかにほっとした顔で男性教官は胸を撫で下ろした。息を整えてから、星崎と呼ばれた訓練生が眠っているベッドに近づく。

 顔は高熱により、赤みが差している。額には汗が滲み、苦しそうに息をしている。

「自力でここまでやって来たのか」

「ええ。ヘルメットを被ったままで来たので、少々驚きました」

 医務室にやって来た状態を告げると、男性教官は口に元に手を当てて何かを考え始めた。

「……月面基地に着くまで、可能な範囲で良いので、彼女の精密検査を行って貰えますか?」

「精密検査? ただの高熱じゃないのかい?」

 思わず軍医がそう尋ねると、数十分前まで行われていた訓練生の戦闘の話しを聞かされて、納得した。

「事情は解った。そう言う事なら、精密検査を行おう」

「お願いします」

 その言葉を残して、男性教官は医務室から去った。

 残された軍医はスタッフに指示を飛ばして、精密検査の準備を始めた。



 数時間後。彼らを乗せた戦艦は月面基地に着艦した。

 実戦に参加した四人の訓練生は軌道衛星基地に向かう星間運航船に乗り換えた。四人が所属しているチーム専属の教官である男性も引率として共にいる。

 四人が属するチームは、本来ならば五名が所属している。にも拘らず、一人足りなかった。ここにいない一名は先の戦闘で昏睡状態に陥った為、月面基地の医務室に運ばれた。移動中に目を覚ますかと思われたが、一向に目を覚ます気配が無い。

 チーム最年少でどんな時でもマイペースな一名がいないだけで、四人の顔は暗かった。誰が見ても『落ち込んでいる』と判断しそうな顔をしている。

 引率の教官は無言のまま。彼自身、どんな言葉を掛けるべきか判らない……からではない。何を言っても、現時点で効果が見込めないのが分かっているからの判断だ。一刻も早くこの四人を軌道衛星基地に連れて行き、検査を受けさせる事が最優先事項であり、それが彼の仕事だ。

 なお、ここにいない一名は『極度の疲労が原因の高熱で寝込んでいるだけで何処にも異常は無い』と軍医から診断されているので心配はしていない。彼自身、現代医療の世話になった身だ。進歩した現代医療がどんなものかは身を以って体験しているので、信頼もしている。

 移動しながら今後の予定を立てていると、あっと言う間に軌道衛星基地に到着した。到着した此処は『日本支部』と呼ばれている。軌道衛星基地は他にも複数存在し各国が保有・共有している。日本のように保有している国は少ないが。

 教官は無言の四人に一声掛けてから船を降り、検査と称して医務室に向かう。

 検査が有ると聞き、四人は不思議そうな顔をしたが、『訓練生の身で実戦に出た場合は検査を受ける事になっている』と言えば納得した。真実は検査と言う名のメンタルケアだ。

 四人を検査員の振りをした精神科医に託す。彼の仕事はここまでとなり、教え子の四人と会う事は、もう無い。

 精神科医に軽く頭を下げてから、来た道を戻る。月面基地に戻る次の便を確認しなくてはならない。インターネット環境が整備されていても、何が起きるか分からない為、こればかりは受付でしか確認出来ない。

 受付の端末で最短で出航する便を確認しながら、四人を検査に向かわせたと報告も行う。


 約十三時間後、彼は再び月面基地に向かった。

 それから更に時は過ぎ、前回の戦闘から五日が経過した頃。倒れた訓練生が目を覚ましたと、彼は連絡を受けた。

 


 ※※※※※※

 

 高速で動く銀色の機体。数手数秒先を視ながら、その動きについて行く。

 ――これは夢か。

 意識が途切れる前の戦闘を夢で見るとは……。思うところは在るが、それだけ密度が濃かったと言う事なのだろう。

 しかし、今になって思うが、もう少し魔法を使っても良かったのかもしれない。それも高速移動系の。

 機体が動く、一挙手一投足の時間を魔法で短縮すれば、もう少しマシだったかもしれない。だがその代わり、変な目で見られただろう。リミッター解除しただけで出来る動作じゃないしね。

 そう考えると、未来視系の魔法だけを使う選択肢で良かったのかもしれない。

 ぼんやりとそんな事を考えていたら、場面が切り替わった。

 宇宙空間から一変して、今度は見覚えの有る荒れた都市に移る。

 ――懐かしい。

 一つ前の人生でいた場所。惑星セダムに存在した、ディフェンバキア王国の首都ランタナ。

 元は美しい街並みの王都だったが、度重なる戦争が原因で荒廃し、都市としての最低限の機能しか残っていない。

 崩れた城壁に、瓦礫がうず高く積まれた空き地、民家は焼け、避難民が日に日に増えて行く。

 これが国家の首都なのだと思うと、修繕すら出来ないこの状況は本当に嘆かわしかった。

 夢の中の自分は、この都市を見下ろしている。位置的に現在位置は、クリアンサス城のテラスだろう。

「クゥ。本当にやるのかい?」

「仕方ないでしょ。ここまでズタボロなんだもん。それに、利用出来る大気中の自然魔素の量が十分な内にやらないと、もっと困った事になるでしょうね」

「それは、そうなんだけど……」

 隣に立つ男と眼下を眺めながら話し込む。『クゥ』と言うのは、過去の別の人物に『ククリでは言い難い』からと短く名乗ったもの。

 この男の名は、トリキルティス。自分はティスと呼んでいた。ディフェンバキア王国の国王で、魔法に関しては教え子の一人。

 そして珍しい事に、こいつは日本人だった前世の記憶を持つ。元日本人同士だからか、師弟関係を超えて気安い仲になっていた。

 今思えば、こいつの前世が元プログラマーだったから、復興が出来たのかもしれない。

「さっさと終わらせるよ」

 そう言って隣を見上げる。陽の光を浴びて、僅かに緑色の光沢を放つセミロングの銀の髪。アメジストのような紫色の瞳。それなりに整った容姿をしているが、童顔のせいで青年と言うよりも『十代半ばの少年』に見える。

 種族的な分類は長命な『吸血種』なので、こいつはこの外見であるにも拘らず、既に二百年近く生きている。惑星セダムの住民は、吸血種が過半数を占めるので珍しくも無いし、吸血種の国はディフェンバキア王国以外にも多く存在する。

 張り合う訳ではないが、こいつの指導役を引き受けた時点で(諸事情在り)自分は五千年以上も生きていた。

「そうだね。……それにしても、転生してもプログラミングを仕事でやる事になるなんて、夢にも思わなかったな」

「その辺は諦めてくれない? 流石にあたしもプログラミング系はやった事が無いんだもん」

「教えるから、マスターして欲しいよ」

「マスターしろって、ティスの場合C言語でしょ? 流石に時間が掛かるよ」

「それでも、多少は覚えてくれ。この星で魔法が使えるのは君だけなんだから」

 軽口を叩き合いながら、共に城内へ戻る。

 懐かしい過去の記憶。『復興』と言う名の許に色々と好き勝手やった、忙しくも充実した日々。

 復興が終わると周りが騒がしくなり、今までのようにいられなくなってしまった。己の血が利用されないよう、ティスとは親友のような間柄を保ったまま、惑星セダムから去った。

 去り際に、色々と頼んだがやってくれただろうか。

 そんな事を思い出していると、目の前が真っ白になった。 



「んぅ、んん~?」

 小さく呻き声のようなものを上げながら、目を開く。

 視界一杯に広がる白い天井に、ここは何処だろうと思考を回し、解熱剤を貰いに医務室に向かった事を思い出す。

 首を動かし左右を見れば、清潔そうな白いシーツと、仕切り代わりのカーテンに、点滴懸架台。

 解熱剤を貰おうとした途中で記憶が途切れているから、倒れたと判断して起き上がる。どれぐらい眠っていたのか頭痛がする。頭痛のせいか頭の回りが悪い。

 右手で蟀谷(こめかみ)を擦りながら起き上がり周囲を見回す。

 点滴懸架台の反対側、サイドチェストがベッドの右傍に置いて在り、その上には訓練生用のパイロットスーツとヘルメットと髪紐と、何故か更衣室のロッカーに在る筈の、見た目は学生服にしか見えない(見ただけで訓練生と認識出来るように何処の国もこのデザインが採用されている)訓練生用の制服が置いて在った。反射的に己の姿を見下ろす。上下黒色の三分袖のTシャツと七分丈スパッツと言う格好。パイロットスーツを着る際のインナーウエアとして支給されているもの。インナーとは言え下着の類では無いから、見られても問題の無い格好だ。

 取り合えず制服を着よう思考を回す。その為には左二の腕の点滴を外す必要が有るけど、医務スタッフを呼び出すコールボタンが枕元に無い。

 勝手な行動だが外して仕舞おう。

 管を固定するテープに手を伸ばすと同時に、前触れなくカーテンが音を立てて開いた。やって来たのは白衣を肩に引っ掛けた軍医だが、知らない男性だった。

「起きたのか。調子はどうだ?」

「え? えっと、頭痛が酷いぐらいで……」

「そうか。もう少し寝ていろ」

「はぁ」

 気の抜けた返事しか出て来ない。

 意識が途切れる前に会った軍医は三十代半ばの男性だった。たった今、こちらの返事を待たずにカーテンを閉めて去った軍医は五十歳過ぎの男性。

 ここ何処だろう? 

 疑問が湧くが、軍医の指示通りに横になる。

 戦艦内の医務室にいた筈なのに、どうなっている?

 思考を巡らせるが答えは出て来ない。

 それから暫くして。ドタドタと、騒々しく走っているような音が聞こえて来た。一体誰だろう。走ってはいけないのは学校の廊下だけではないと思うんだが。

 ……それにしても、頭が痛い。

 寝過ぎによる頭痛だと思うが、あの戦闘で脳を酷使した後遺症じゃないよね?

 鑑定魔法で一回調べて見るか。自分の体の調子を見るだけなら、鑑定プレートを使わなくても結果を知る事は出来るし。目を閉じ、鑑定魔法で体の状態を調べようとしたところで、カーテンが再び音を立てて開いた。音に驚いて目を開く。

「星崎!」

 今度は誰かと思えば、やって来たのはチーム専属の男性教官――高城俊郎(たかぎとしろう)教官だった。その後ろには先程の軍医もいる。

 ちなみに、星崎と言うのは今の自分の名前だ。正確には『星崎佳永依(ほしざきかなえ)』だ。

 起き上がろうとしたら軍医に制止された。指示に従うと、軍医が白衣のポケットから取り出したコントローラーらしきものを操作し始めた途端、ベッドが動いた。昇降機能付きベッドだったのか、ベッドボード無しで上体を起こした体勢になる。やる事はやったと軍医が去ったところを見計らい、高城教官に用件を訊ねる。

「教官、どうしました?」

「どうしたもこうしたも無いだろう! お前、あれから五日も眠ったままだったんだぞ!」

 ベッドに寄り掛かったまま首を傾げて問えば、高城教官の口から予想外の回答が飛び出した。

「え゛」

 想像もしなかった返答に、口元が引き攣ったのが判った。

 五日も眠っていたのか。そりゃあ、頭痛もする筈。頭痛の原因が判明すると同時に、ここが何処なのかも判った。

 あの戦闘から五日も経っているのなら、ここは月面基地か地球の訓練学校が存在する島か。軌道衛星基地も存在するが、演習終了後に月面基地を経由して地球の訓練学校に戻る予定だったので、軌道衛星基地ではないのは確かだ。

「ええと、ここは何処ですか?」

「月面基地だ。あの戦闘に訓練生のお前達を出したからな。日本支部への報告も兼ねている」

「チームの先輩方は?」

「……一足先に地球に降りた」

「降りた? 演習は?」

「中止だ。そんなものをやっている状況ではない」

 そんなものって。演習って大事だよね?

 その後も自分の独り言に近いブツ切り質問に高城教官は律儀に答えてくれた。しかし、普段ならば自分で考えろと、突き放されそうな質問にも返答してくれた高城教官を『何時もと対応が違うなー』と、まじまじと見てしまう。

「教官。何時もと対応が違いますが、どうしました?」

「こんな状態になってまで、気にするのはそこか!?」

 思わず尋ねたら、頭を抱えた教官から盛大なツッコミを受けた。

 だってさ、根性理論主義者の典型的な体育会系の教師が妙に気を使ってくれるって、『何か変なものでも食べました?』って聞きたくならないか? 鬼の霍乱かって思うじゃない。

「はぁ……何時も通りのマイペースっぷりだな」

 深いため息と共に呆れられてしまった。

 そこまで呆れる事かと思わなくも無いが、目を覚まして訊ねる事でも無い、か?

「まぁいい。今はそんな事よりも、お前に知らせる事が在る」

 咳払いを一つ零して、教官が姿勢を正した。

 真面目な内容だなと察し、こちらも態度を正す。

「知らせだが、その前に――訓練機で良く生き残った。お前が敵大将機の相手をしてくれたお蔭で、撤退戦は成功した」

 サラッと、とんでもない情報が出て来た。

 あの銀色、大将機だったの!?

 撤退戦成功の功労者として褒められた事よりも、その事実に驚いた。

「お前がズタボロにした訓練機だが、今回に限り始末書は無しだ」

 すっかり忘れていた事を思い出して内心焦ったが、続いた『始末書無し』の言葉にホッとする。

 不可抗力だとしても、演習中に訓練機の装備品を無くしたり、損壊させると始末書の提出を求められる。これが命令と言うか義務だから本当に嫌なんだよね。

「ほぼ大破に近いが、今回の戦績と緊急要請に応えた事での特別処遇だ。それだけは忘れるなよ」

「……はい」

 あとに続いた言葉にやっぱりかと思ってしまう。

「お前が眠っている間に、精密検査も済ませた。異常は見つからなかったが、最低でもあと四十八時間は安静にする事。点滴が終わったら、兵舎に移動しろ。荷物はベッドの下に全て置いて在る。支部長と面会は有るが、それは向こうの日程調整が済んだら追って連絡をする」

「分かりました」

 教官の言葉に返事を返す。知らぬ間に精密検査まで行われたのか。でも、異常無しなら良いか。荷物は支給のボストンバッグに入れっぱなしだったから、そのまま運ばれたのだろう。何時も首から下げている道具入れは、パイロットスーツを着るから宝物庫に入れた。

 ちなみに、技術が進んだ今、玄関口の端末を操作すれば割り振られた部屋の場所を知る事が出来るので、今ここで教官から兵舎の部屋の場所を聞く必要はない。

 療養後に日本支部長と作戦指揮官と面会が有るみたいだが、今考えても仕方が無い。追加の連絡もあとから来るみたいだし。穏便に済めば良い。

 知らせと言うか指示を言い終えると、今度は教官からの質問が飛んで来た。

「望遠カメラで戦闘は見ていたが、コックピットへの横の斬撃はどう対処したんだ?」

「自動操縦で後ろに下がらせつつ、片手でシートベルトを外して、フットペダル当たりの隙間に体を捻じ込んだだけです」

「……よくそんな判断が出来たな」

 真面目に答えたのに、何故か呆れられた。

 時間が経過した今だからこそ思うが、普通はシートベルトを外してコックピット内を移動したりしないな。あの時は『ここで死ぬと、このあとが面倒だから』と、常識を忘れて行動した。生き延びたからこんな事が思えるんだろうね。

 この質問を最後に、教官は医務室から去った。

 入れ替わりにやって来た軍医の手で、ベッドは元の状態に戻された。

 点滴が終わるまで、天井を眺めながらこれからの事を思う。

 うっかり行動してしまったが、訓練生と言う立場を利用して逃げるしかないかな。

 モブキャラとして無難にやり過ごしたいのに。何であんな敵に遭遇してしまうんだか。

 ため息を零しても状況は変わらない。

 どうやって逃げ切るか、ぼんやりと考え続けた。

 そして、点滴が終わると制服を着こみ、荷物を持って早々に兵舎へ移動する事になった。用が無いならさっさと行けと、言わんばかりに医務室から追い出されたからだ。サボタージュ精神が見え隠れする対応には本当に呆れる。これが軍医で良いのかと思ってしまうが、業務に支障がないのなら文句を言ってもしょうがない。

 ボストンバッグと支給品のスマホのアプリで表示した案内図を手に、月面基地内を移動する。

 すれ違う正規兵は『何故ここに訓練生がいる?』と疑問顔をして去る。基本的にこの基地には訓練生は殆どいない。大体の訓練は地球で行っているし、ここは最前線に最も近い基地でも在る。

 最前線に放り出される訓練生はそういない……いないんだけど。何の因果か、五日前に前線に向かう羽目になった。運の無さを嘆けば良いのか判断が難しい。

 到着した兵舎(日本支部用)の玄関口で端末を操作しながら嘆き、指定された一階の部屋に向かう。

「個室?」

 意外な事に、指定された部屋は個室だった。教官が気を使ってくれたのか、空きがここだけだったのか不明だが、個室なのは純粋にありがたい。顔も知らない正規兵との同室は嫌だしね。

 ドアに鍵を掛け、ボストンバッグを床に置き、ベッドに寝転がる。移動中、嫌になる程に視線が集中し、妙なひそひそ話が聞こえて来た。その気疲れが出て来たのかベッドの上で、ぐで~と、伸びてしまう。

 四十八時間は安静にしろと言われているし、報告書の提出も求められていない。時間的に少し仮眠と言わずに、睡眠を取っても良いだろう。

 スマホを操作してアラームをセット。制服を脱ぎ、インナーウエアのままベッドで眠る事にした。



 ※※※※※※


 黒髪の青年が硝子窓越しに下で行われている作業を眺めていた。

 何時もならば退屈そうな光を帯びている紫色の瞳は、今は楽しげに細められている。その視線の先に在るのは、右腕が半ばから欠損している銀色の人型兵器。

 この銀色の機体はこの青年の専用機だ。

「くくっ」

 青年が数日前の激しい戦闘を回想すると、喉の奥から笑い声が漏れそうになった。

 圧倒的な機体の性能差が有るにも拘らず、片腕を持って行かれて、水を差されるまでその後も激しい戦闘は続いた。

 これまでの侵攻も含めて、討ち取れなかったのは初めてだった。

 あの機体を操縦していたのは誰なのか。性別は問わない。是非とも会いたい、会って見たい。

「あぁ――」

 特定の誰かに会いたいと、ここまで思い焦がれた事は無い。

「片腕を持って行かれたと言うのに、随分と楽しそうだな」

「!? ……父上、気配を消して近づくのは止めて下さい」

 背後から気配も無く声を掛けられて、青年は大きくその場から飛び退ると同時に護身具に手を伸ばした。しかし、背後に立っていたのが自身の父親だと知り、護身具に伸ばした手を引っ込めて胸を撫で下ろす。

 青年と同じ紫色の瞳だが、青年と違い彼の父親は髪色が違った。肩下にまで伸ばした髪は光の反射加減で緑色に輝く銀色をしている。顔立ちも似ているが青年と違ってやや童顔な為、親子と言うよりも兄弟にしか見えない。

 青年の父は、息子の隣に立って片腕の無い機体を見下ろす。予想外の機体損傷を聞き、息子の様子を見に来たが杞憂だったかと軽く息を吐いた。

「資源の確保は進んでいる。貯蔵庫も満杯になりかけているし、そろそろ手を引いても問題は無いぞ」

「父上、何を仰るのですか? 少し先に手を加えれば移住出来そうな資源を抱えた惑星が見つかっています」

 元々今回の遠征は『資源回収』を最優先としている。それなりの量の資源が回収出来たら、早々に撤退する予定だった。

 予定外だったのは、他惑星の住民と資源を巡り争う羽目になった事か。共同参加している他国は既に百年以上争っている。だが、所有する技術力の差のお蔭で我が国の被害は軽微だった。それは、我が国の参加がここ十数年だからかもしれない。

 息子からの進言に父は否を返す。

「見つかっているから何だ? 移民を出すにしても、星間距離を考えろ。どれだけ離れていると思っている? 超長距離転移門の限界距離に在るんだ」

「ですが……」

「それに、だ。その惑星の更に先に既にある程度文明が発展した惑星が存在しているだろう。仮定の話しだが、移民が不満を抱えて何かを機に反乱を起こしたら、技術提供代わりに協力を求めるのは何処だ?」

 言い募る息子に起きうる可能性を告げて問う。少し考えて青年は答えた。

「……今我らが争っているもの達ですね」

「そうだ。技術の流出は、何処にどんな影響を与えるか判らない。『技術は開発者の手を離れると予想外の事に使われかねない』からな」

「それは、確か母上の言でしたね」

「よく覚えていたな」 

 会った事の無い母の言葉だが、青年は父から何度か聞かされていたので覚えていた。

「次の戦闘で撤退するような事が起きたら、いい加減引き上げも考えろ。今回の遠征は『共同で行う資源の回収』が目的であって、『資源場所の確保』では無いんだ。それに、立て直しが終わりそれなりの時間が経ったとは言え、まだ狙っている奴らは多い」

「分かりました」

 不満は有るが、父が何を懸念しているのかも知っている。何より、跡取りの己を心配している事を知っている。千年前に母を失っている父はやや過保護だが、立場を考慮せず純粋に心配してくれる数少ない人物だ。

 故に青年は素直に頷いた。

 そして、父の仕事の手伝い要請を受けて青年はその場から離れる。

 次の出撃に青年は出ない。他国からどんな報告が上がって来るのか楽しみだった。



 ※※※※※※


 疲労が完全に抜け来ていないのか、思っていた以上に熟睡してしまった。けれど、眠った事により頭がすっきりとした。

 スマホで残り時間を確認する。残り四十時間は切っているが、一日半以上の時間が残っていた。

 個室備え付けのシャワールームで、シャワーを浴びる。やや冷たい水を浴びれば目が覚める。ついでに備え付けのアメニティで体も洗う。欲を言えば湯船に浸かりたいが、水が貴重な月面基地にそんなものは無い。地球の訓練学校に戻ったら浸かるか。

「うっ」

 備え付けのバスタオルで体を拭いていたら、お腹が空腹を訴えるように鳴った。

「……そう言えば五日も眠ってたんだっけ」

 今更ながらに思い出す。良く兵舎へ移動中に鳴らなかったものだ。

 魔法を使って(こう言うところで使わないと感覚が鈍る)髪を乾かし、ボストンバッグから新しい下着を引っ張り出して手早く制服を着こむ。

 スマホのアプリを起動させて月面基地内の案内図を表示。食堂を探す。兵舎からさして離れていないな。食堂が開いている時間は……二十四時間開いているのか。しかし、購買部は無く、日用品類は自販機で二十四時間販売されている。

 最前線基地と言う事も在り、二十四時間無休のコンビニのように基地は動いている。基地内の時間は『世界標準時間』を適用されている。これにより発生する時差に対応する為、食堂は二十四時間開いている。ちなみに訓練生か正規軍人の身分証明書を提示すれば、無料で利用出来る事が一番ありがたい。

 身成を整えて食堂に向かった。

 その十数分後。

 紙袋に大量のパンを詰め込み、自販機で購入した数本のペットボトル(五百ミリリットル)入りのジュースとスープ缶を手に寮部屋に戻った。

 本当は食堂で食べる予定だった。食堂の料理はビュッフェ形式で、多種多様な料理が並んでいたので思わず喜んだ。

 しかし、食堂へ足を踏み入れた途端視線が集中、自分を見るなり聞こえるようにひそひそ話が始まった。この食堂は上級階級の兵士向けではない。念の為。

 ハッキリ言って、カウンター席や空いている個人席で暢気に食べられるような雰囲気ではなかった。嫌がらせに近い値踏みするような視線を浴びながら食べる気はない。泣く泣く、持ち替えれるパンを手に寮部屋に戻った。温かいスープが飲みたかった。

 魔法や技能を駆使すれば十分可能だが、食堂の出入り口には監視カメラが存在するし、赤外線センサーでドアが開閉する。なので、誰もいない時にドアが自動で開くと言った『オカルトな現象』は起きない。故に、意図的に起こせば目立つのは必至。諦めるしかなかった。

 ため息と共にテーブルの上に紙袋を置き、備え付けの冷蔵庫にジュースを入れる。

 スツールに座り、冷めない内にスープ缶を開けてパンを食べる。料理人に日本人がいるのか、総菜パンが幾つか在ったので助かった。

 辛子マヨネーズが絡んだ焼きそばパンやサンドイッチ、焼き立てではないがピザパンやチーズパンなども美味しい。

 思っていた以上に空腹だったのか、胃が丈夫だったのか。持って来たパンの半分近くを食べてしまった。

 空腹が解消されると、色々『そう言えば』と思い出す。

 洗面所で手を洗い、ボストンバッグを引き寄せて中身を漁る、もとい、悪戯を受けていないか中身を確認する。

「下着類の着替え異常無し。時間潰しのタブレット……起動するし、異常も無いな」

 おまけで持って来た飴にも異常無し。常備薬は艦内で貰えば良いだろうと思って持って来ていない。

 昨今は電子化が進んでいるので、財布や身分証明書などの貴重品類は支給のスマホが有れば十分。

 本当の意味で大事なものは道具入れに容れている。その道具入れも、状況によっては宝物庫に容れている。

 所持品全ての異常無しを確認し、タブレット以外をボストンバッグに戻し、ジッパーを引き上げて口を閉じる。

 起動させたタブレットを操作し、アプリを起動させてネットに接続。アプリ起動後に表示される検索サイトのトップページをざっと見る。

 トップページの中に『撤退戦、逆に迎撃成功!』などの見出しが有ったが無視。マスコミの誇張記事は読む気にならない。仮に読むと、何処まで情報が公開されているか考えてしまうし、表向きの情報から裏を読む癖が出てしまい、憂鬱になるのだ。

 ……貴族社会のような世界での生活が長いせいか、嫌な癖が身に付いてしまったものだ。

 ブックマークを選択して、訓練学校の『裏掲示板』に向かう。

 この訓練学校(日本支部校)の掲示板を誰が始めたかは知らないが、有益な噂から、匿名による誹謗中傷まで様々な事が記載されている。

 最新の掲示板を見て、意外な事が書いて在り、正直に驚いた。

「は? 解散?」

 悪口雑言の限りを尽くした、こき下ろしと言うか見下しと言えば良いのか。もしくは団栗の背比べと言うべきか。

 自分が所属していたチームが五日前に解散となった。所属していた高等部の四人は卒業するまでの間、一からの再訓練が決まり別の訓練学校に向かったそうだ。

 これに関して悪口雑言と誹謗中傷の言葉が大量に書き込まれていた。中には悪質極まりない悪戯をしたと言う事も書かれている。

「うわぁ。この掲示板、教官達がたまに巡回で見ているのに、こんな事までやったとか書く馬鹿いるのか」

 この裏掲示板は虐めの温床と化しているから、教官達が定期的に見ているのだ。

 当然、誰が書いたかもバレる。他人のアカウントを乗っ取って書いてもバレる。バレたら『二十四時間フルマラソン』と呼ばれる懲罰を受ける羽目になる。実際にバレて毎月何人かはこの罰を受ける。そして、『二十四時間耐久訓練』と称して徹夜で校庭をぐるぐると走らされている。

 最近は『この懲罰を受けるものが出ても虐めが無くならない』からと、近い内に懲罰内容が『二十四時間フルマラソン』から、五十キロの荷物を背負った『七十二時間フル装備強行軍』へと重くなる予定だ。

 悲鳴を上げる生徒が続出しそうな内容だ。それでも虐めは無くならないんだろうけど。

 しかし。

「解散か……」

 目が覚めた直後、高城教官は何も言わなかった。知らないと言った感じも無かった。面会後に言う腹積もりだったんだろうな。

 チームメイトが目の前でむざむざと殺されるのは目覚めが悪いからと、これまで助けていた。チーム解散と言う事は、もう一緒に行動しないと言う事。寂しいかと問われると、微妙だ。散々貧乏くじを引き続けていたからか、フォロー役をやらされて忙しかったからか、薄情にも『世話しなくて良いのね』としか思えない。

 属していたチームが解散となった生徒は不満を溜める。暫くの間、素行が荒れる生徒も出て来る。

 表向きは『選ばれて入学したエリート』なので、選民思想を持つものがそれなりにいる。

 原因が学校に有るとしか思えない。何せ、一般家庭出身の生徒がいないのだ。

 訓練学校――正式名称は『中高一貫私立柊学園』――は産まれた時点で入学出来るものが決まっているので、一般家庭の人はまず入学不可能。表向きは『パイロット養成のエリート学校』で通っているが、その実態は『パイロットとして生み出された子供が通う事を義務付けられている、国が管理する学校』なのだ。

 それでも表向きはエリート学校なので、此処に通う生徒の殆どがエリート意識を持っており、プライドも高い。卒業後は国連の防衛軍に全員が入隊するからね。

 自分のように『どうやって群衆に埋もれるか』を考える『やる気の無い生徒』などは皆無だ。

 彼らの無駄に尊大なプライドのせいで、校内は割とギスギスしている。実力主義とは言え、年下に追い抜かれると嫉妬から嫌がらせが酷い。足を引っ張り合いをしても『その程度の事しか出来ないのか』と教官から叱責が飛び、懲罰訓練が課される。

 本当に面倒臭い。過去の世界で、貴族学校に通っていた経験がなければ雲隠れも検討する程だ。

「あー、やだやだ」

 余計な事まで思い出してしまった。アプリを閉じ、気分転換に冷蔵庫から買って来たジュースを取り出して飲む。半分程飲み干してテーブルの上に置く。一息吐き、残りの時間潰しに何を行うか考える。

 暇な時は電子書籍やネット小説を読んだり、動画を見たり、ネットサーフィン(解除不可の制限付き)などで時間を潰していた。

 座学はある程度の点(平均より十点上)をキープしていれば文句は言われないので、自主学習は余りしていない。やる気の無い生徒が一位を取ると、周りの生徒が煩いのが目に見えている事も在り、そこまで上を目指していない。目指す気も無いが。

 どうするかと首を捻る。こんな事ならノートパソコンを持って来れば良かった。一つ前の前世で学んだプログラミングを完全にものにする為に、個人的にプログラミングの勉強をしている最中なのだ。

 一回勉強してみようかと思っていたところなので、彼から教わる事が出来たのはありがたかった。しかし、教わったのは『C言語』と言う、難易度の高いプログラミングソフトだった。彼からマンツーマンで教わらなかったら途中で挫折していた。

 難易度は高かったが、ある程度は修得出来た。ブラインドタッチで簡単にプログラミングを行っていた彼はどれ程勉強したのか。想像したくもない。

 タブレットを操作して、入っている電子書籍の一覧を見る。

 このタブレットは『奨学金と言う名の給料(成績で金額は変わる)』で買った私物だ。入れている電子書籍も個人的なもの。娯楽小説や漫画の類でなければとやかく言われない。入っているのはプログラミング関係本、料理やお菓子のレシピ集、辞書や辞典、地図、図鑑など。

 時間潰しで読むのなら図鑑だな。でも、どうせならゲームがやりたい。RPGやアドベンチャー系などと贅沢は言わない。テトリスみたいな無限ループ系で良いからやりたい。マインスイーパーやソリティア、パズルとか黙々とやるゲームがやりたい。

「あ」

 パズルで思い出した。

 プログラミングの練習でゲームアプリを何個か作っていたんだった。そして、作ったその中には『数独パズルを自動作成して遊ぶ』、『撮った写真でパズルを作り遊ぶ』と言ったものが有った。今回の演習直前に完成したもので、まだテストプレイをしていない。

 不具合と改善点の書き出し用に、紙とペンを道具入れから取り出す。タブレットを操作して、自作アプリを起動。まずは数独パズルからやろう。

 


 時間を忘れてのテストプレイは、存外良い息抜きになった。時間潰しが目的だったが、のめり込み過ぎて教官に言われた療養時間は一気に無くなった。食事はパンのみだが、三食確りと食べた。パンだけで五十種類以上も有ったが全部制覇したよ。

「んん~」

 柔軟体操をして凝り固まった体を解す。何時間も同じ姿勢でいたので念入りに行う。

 これも時間潰しの一つだ。療養の最低時間の四十八時間を過ぎても、教官から連絡が無い。既に十二時間以上も過ぎている。時間調整に手間取っているのかは分からないが、待たされる身にもなって欲しい。

 念の為、療養から五十時間を過ぎた頃に一度教官に連絡を取って状況の確認をした。どうやら、作戦指揮官が何やらごねているせいで、日程が決まらないらしい。

 結局、追加で三十時間以上も待たされて、漸く日程が決まった。初実戦から十日も経過している。


 で。


 教官と共に向かった会議室っぽい部屋で、薄茶色のサングラスを掛けた佐久間日本支部長(エヴァで有名な組織の司令似の男性)を始めとした日本支部の幹部や作戦指揮官と面会となったが。

「はっ、訓練生如きには過分な事だがな」

 これが作戦指揮官だと言う男の第一声だった。肥え太り頭頂部分が寂しい男だった。この場でなければ『禿げ豚』と罵ってしまいそうだ。

 支部長を差し置いての発言に、幹部達が顔を顰めた。支部長に至ってはため息を吐いている。

 このオッサンが原因で散々待たされた挙句の果てに、このセリフ。

 プッツンと、何かが切れた。目が据わったのが判った。言ってしまおう。

「過分と仰るのならば全て辞退して訓練生らしく訓練学校に戻らせて頂きます。では失礼します」

 イラっとしたので早口で言い、唖然とするオッサンを無視し敬礼してから部屋を出た。あの禿げ豚がどうなろうが興味は欠片もない。記憶からも抹消しよう。

 部屋に帰る道すがら、訓練学校に戻る為の手順を確認する。月面基地に来る為の手順を逆にすれば良いので、そこまで難しく考える必要はない。

 ただし、日本支部が所有する軌道衛星基地を経由する必要が有る。ここを経由しないと訓練学校に戻れない。

 各国の軌道衛星基地と、月面基地間を運航する星間運航船の定期便の日程を調べる為に、離着陸港へ向かった。受付で端末を操作して軌道衛星基地日本支部行きの便を調べる。面会時間中に一便出てしまっていた。次の定期便は約十二時間後。席の予約は取れたが、半日も待たなくてはならない。

 余りの間の悪さに頭痛がして来た。何故か空腹まで感じる。

 食堂に寄りパンを貰ってから部屋に戻る。自販機で飲み物を買う事も忘れない。

「ふぅ……」

 数個のパンを食べると空腹が紛れた。

 一息吐き、部屋を見回す。何時移動になるか分からなかったので、荷物は可能な限りボストンバックに入れていた。なので、部屋は散らかっていない。なお、替えの下着は日用品を販売する自販機で衣類用の洗剤(柔軟剤入り)を購入し、洗面台で洗った。部屋干しはせずに、魔法を使ってささっと乾かす。

 定期便が出発するまでの残り時間はまだある。

 部屋の掃除は不要。出て行く為の手続きは玄関口の端末を操作すれば事足りる。荷物は纏まっている。シャワーを浴びるか仮眠を取るのも良いかも知れない。

 妙案に思えて来たので、座っていたスツールから立ち上がった。

「はぁ!?」

 立ち上がると同時に警報が鳴り響いた。この基地で警報が鳴る意味は一つしかない。英語でアナウンスが流れる。所有する技能のお蔭で日本語にしか聞こえないが。

『敵襲を確認! 各自、持ち場に着け! 繰り返す――』

 アナウンスを聞き、嘆息しながらスツールに腰を下ろした。

「マジで……」

 厄日か何かかな。

 頭を抱えつつも、敵襲が発生した以上取るべき行動は決まっている。

 訓練生なのだ。教官に指示を仰げばいい。仮に出撃する事になっても、搭乗機がなければ出る事にはならない。訓練生に貸してくれるとは思えないけどね。

 どうなるかは不明だが、一先ず、スマホを操作して教官と連絡を取ろう。


 ※※※※※※


 時を少し遡る。

 村上中将の発言に訓練生――星崎佳永依は目を据わらせたのを、日本支部長の地位に座る佐久間はハッキリと見た。

 佐久間が『これは何か起きるな』と思った瞬間、それは現実となった。

「過分と仰るのならば全て辞退して訓練生らしく訓練学校に戻らせて頂きます。では失礼します」

 彼女は早口にそう言うと、唖然とする村上中将を無視し、さっと敬礼してから会議室より退出した。

 余りの対応の早さに、共にいた高城教官を始め、室内にいた日本支部幹部達も茫然としている。

 佐久間は事前に提出された報告書の内容を思い出した。『大人に対して不信感を抱いており、態度と言動に出ている』と記載が有った。実際にその態度を目の当たりにすると、不信以上の何かが感じ取れる。

 ちらりと、横に立つ女性を――日生(ひなせ)秘書官見る。彼女に至っては顔面蒼白で今にも倒れそうだった。

 無理も無いと、佐久間は内心で独り言ちた。

 公表出来ない情報だが、彼女こそが先程去った星崎佳永依の遺伝子上の母親だ。

 未だに誰一人立ち直らない中、漸く我に返った高城教官が慌てて退出しようとした。退出した星崎のあとを追うつもりだったんだろうが待ったを掛ける。そこで漸く室内にいた村上中将以外が我に返った。

 手を叩き、未だに唖然としている村上中将の意識をこちらに向けさせる。

「さて、村上中将。君は何階級降格すれば反省するのか教えてくれないか?」

「……はっ!? 降格!?」

 質問をぶつけると、村上中将はやっと正気に戻った。

「散々口頭で『DP計画参加者への暴言侮辱発言は止めろ』と注意した。彼女で丁度百人目の大台だ。作戦指示に失敗した挙句、責任を周りに擦り付け続け、緊急事態を理由に無許可で訓練生を実戦に放り出し、功労者を侮辱。君はどう言う扱いを受ければ反省するのかな? 君が散々ごねたせいで、日程が大幅に狂ったのだがね」

 サングラス越しにじろりと、佐久間に一睨みされて村上中将は『うっ』と小さく呻いた。

 視界の端で高城教官がギョッとしている。これは許可済みと嘘を吐いていたのかも知れない。あとで問い質す必要が有りそうだ。

 実を言うと、過去にも訓練生が演習中に実践に駆り出された事例は確かに在る。だが、極度の精神的ストレスとトラウマが原因で、駆り出された訓練生の殆どがパイロットの道から降りざるを得ない状況になった。だがまれに見事に耐えきった訓練生は確かにいる。しかし、その訓練生を飛び級卒業させて実戦に送り込んでも、今度は周りと折り合いが付かない。何とも難しい問題だ。

 ダラダラと脂汗を流し、回遊魚のように目を泳がせ、しかし何も言わない村上中将に佐久間は沙汰を言い渡す。

「村上中将。君に階級降格を言い渡す。現時刻から君は大尉だ。定期便の船長からやり直せ。――以上だ」

「ええっ!? そんな無体な!」

 村上中将改め、村上大尉は仰け反って仰天した。定期便の船長は閑職と呼ばれている。指揮官から閑職の船長に降格は、暴言侮辱発言だけでは一見すると重いように見えるが、彼の犯した罪はこれだけでは無い為、これが妥当と言える。

 考え直しを求める村上大尉に『頭を冷やして来い』と警備兵を呼び、懲罰房に放り込むように佐久間は指示を飛ばす。警備員に拘束され喚きながら連行されて行く村上大尉を見送りながら、最低でも星崎佳永依が地球に降りまでは懲罰房に入れて置こうと、佐久間は心に決めた。彼が頭が冷えて、現状を正確に認識するかどうかはまた別問題だ。村上大尉のような軍人は一定数居るが、少しずつ減らして行かねばならない。今回の処罰はその見せしめも兼ねている。

 壁越しに聞こえて来た喚き声も聞こえて来なくなると、会議室に沈黙が降りた。

 佐久間は内心で嘆息してから沈黙を破り、高城教官に暈して訊ねた。

「高城教官。あの四人の状態はどうだ?」

「はい。思っていた以上に深刻です」

 高城教官は顔を顰めながら報告をした。その報告を聞いた他の幹部は眉を顰める。

『深刻』と言う暈された報告内容は、星崎佳永依のチームメイト達は『パイロットとして今後使い物にならない』事を示している。それは、パイロットを四人も失った事と同義だ。村上大尉はそれを理解していないが、高城教官と幹部達は理解している。

「引き続き隔離病棟での治療に専念させろ」

「分かりました」

 遣る瀬無い思いをさせる事になってしまったが、高城教官は目に力を入れて返事を返した。

「次に、星崎佳永依だが――」

 どのように扱うか最も悩んだ訓練生の今後の進路に、他の幹部達も興味を示す。

「ガーベラのテストパイロットをさせようと思っている」

「テストパイロットですか?」

「ああ。正式な通達と決定は二ヶ月後の九月頃にするつもりだ」

 その場にいた全員が驚いている。何処かのチームに入れると思われていたようだ。

「星崎佳永依の戦闘映像とデータは興味深かったのでな。ガーベラを操縦させてデータの収集を行いたい」

「支部長、それはっ」

「ああ。実戦には何度か出て貰う事になる。他の四人と違い、あの分なら二・三度程度なら大丈夫だろう」

 危険な賭けだと、幹部達が待ったをかけて来る。高城教官と日生は顔色を変えた。

 少しの期待を込めて二・三度と言ったが、佐久間の本音としては正規のパイロットとして今直ぐにでも前線に出て欲しい。今回の撤退戦の成功のお蔭で、軍人達の士気は非常に良い状態だ。

 確かに星崎佳永依は初実戦後に倒れて一時昏睡状態に陥った。しかし、高城教官より聞いた回復後の様子と、実際に目にした村上大尉への態度から『彼女ならば大丈夫だ』と確信した。あそこまで肝の太い訓練生はそういない。

 最大の問題は『星崎佳永依が抱く、大人への不信感の対処』だ。こればかりは時間が掛かけて少しずつ不信感を解いてもらうしかない。つまり、現時点ではどうにもならない問題なのだ。その原因が判明しても。

 賛成と反対に分かれて議論を始めた幹部達を止める為に、佐久間は一度手を叩いて己に注目を集める。

「あくまでも、現時点での予定であり、私の『願望』だ。今後の戦況次第で変わる」

 議論を始めた幹部達に願望の部分を強調して言えれば、納得したのか落ち着きを見せた。

 予定外の事が起きたが、佐久間はここで解散にした。高城教官は星崎と合流を考えているのか足早に退出した。

 幹部達は日生を気づかう視線を送りながら退出する。

 室内で秘書官の日生と二人っきりになると同時に、佐久間は彼女に尋ねた。

「大丈夫か?」

「はい。……覚悟はしておりましたから」

 微笑みながら、日生は佐久間から視線を逸らさずに答えた。その様子を気丈と取るべきか、健気と取るべきか……佐久間は少し悩んだ。

 佐久間の秘書官は他にも数名いるが、今回共に来たのは彼女だけ。加えて言うのなら、日生の専門分野は軍事関係ではない。本来ならば佐久間と共に月面基地へ随行する秘書官は別の人物だ。

 その事を奇妙に思った幹部はいただろうが、二度も顔色を変えた彼女を見て『何故いるのか』察してくれたらしい。星崎に日生の面差しが有るから判るのだろう。

 自分の娘が実戦に放り出されたと知った時の彼女は非常に取り乱した。生還の知らせを聞き一旦は落ち着いたが、今度は倒れたと知り再び取り乱した。そのまま昏睡状態に陥ったと知って、仕事に身が入らない状態になった。五日も経過して目を覚ましたと報告が上がった時の安堵した顔は、完全に母親の顔だった。

 日生の言動は本来ならば上官として諫めるべきものだ。だが、別の秘書官から訓練生の出撃が無許可で行われた可能性を指摘され、気を揉みながら調査指示を飛ばしていた為に、すっかり忘れてしまった。

「本当に、記憶が無いんですね」

「ああ。それが決まりだからな」

 彼女が覚悟していたのは『記憶』についてだ。日生は星崎佳永依の母親だが、その娘は日生を視界に入れても無反応だった。私立柊学園に送り出す直前まで、彼女が育てていたにも拘らずに。

 原因は簡単な事。入学前に検査と称して『記憶が消されている』からだ。残酷だが、帰る場所を断ち、逃亡を防ぐ為だ。元々は精神治療目的で開発された三百年前の技術だが、現在は軍事目的で利用される事の方が多い技術と化している。三百年前に没している開発者に、使用状況について教えたらどんな反応をするのか、佐久間は少しだけ気になった。

 全ての訓練生が記憶を失くしているが、星崎佳永依は他の訓練生と違う点が有った。

 記憶が消された直後に『交通事故』に遭遇している。……厳密には『幼い子供を助けて重傷を負った』が正しいか。

 この時の負傷が原因で入学が遅れたと言った事は無い。負傷した彼女を収容する時に――現場に到着した救護班の隊員が問題を起こした。

 事後報告でこの問題を知った佐久間は、目頭を揉みながら人目を憚らず盛大にため息を吐いた。事故の知らせを受け取った日生はその場で倒れた。

 一体どんな問題が起きたのかと言うと、救命活動をしながら暴言を吐くと言う耳を疑う事が起きた。更に、この暴言の内容が守秘義務違反ものだった。典型的な腐敗軍人と言える村上大尉のような人間が救護隊にいると知り軽く失望した。守秘義務違反をしたにも拘らず、処罰が口頭による厳重注意だけだった。抗議したが、謹慎一日と非常に軽く、聞いた瞬間に頭痛がした。同時に、これ以上抗議しても無駄と分かった。

 状況は嫌な方向に転がり、星崎佳永依は見事なまでに『大人への不信』を抱いた。一見すると分からないが、時折、態度や言動に出る。先程の退出するまでの様子を見れば一発で判る。怒りではなく、嫌悪がはっきりと顔に出ていた。目の据わり方が少女のものではない。良く敬礼してから去ったなと、内心で感心した。

「テストパイロットをさせるのであれば、接触回数が増えるかもしれん。異動するか?」

「いいえ。会えなくなると、今度は覚悟が鈍りそうです」

「気丈だな」

「そんな事はありません」

 日生はそう言って苦笑する。内心でどう思っているか分からないが、これが母親としての覚悟なのかもしれない。

 会話を切り上げて、佐久間達は会議室から出た。

 日生を連れて新型機の他のテストパイロットの名前を思い出しながら無言で廊下を歩いていると、突然、警報が鳴り響いた。思わず日生と顔を見合わせる。

『敵襲を確認! 各自、持ち場に着け! 繰り返す――』

 警報に続いて、英語のアナウンスが流れた。

 悩むは一瞬。

 佐久間は軌道衛星基地日本支部に連絡を入れる事を決めた。


 ※※※※※※


 教官と連絡を取り指示を仰いだら『パイロットスーツに着替えて部屋で待機していろ』と言われた。

 スツールに腰掛けて膝にヘルメットを乗せ、髪紐で腰まである髪をお団子に纏める。飾りの無い金属製の簪を使えば早いのだが、気の引き締めに髪紐を使っている。主な理由はヘルメットを被っている途中で折れたりしたら困るからでもあるが。

 髪紐を使っていると、髪ゴムがどれ程便利なものか実感する。髪紐で髪をポニーテールなどに結い上げるのは難しいし結構手間なんだよね。あとそれなりの長さを巻き付ける必要が有り、これが面倒なのだ。侍女のようにやってくれる人のありがたみを感じる瞬間だ。だったら髪ゴム使えよって話しだけど、髪紐しかない世界に転生する事が多いから慣れてないと、いざと言う時に困る。

 髪を纏め終えると、やる事が無くなる。電子書籍が読みたいけど今は我慢。読んでいる途中で呼び出しを食らう可能性が高い。

 スツールに座ったまま、ぼんやりとする。

 しかし、何か作業をしていないと無意識に色々と考えてしまう。

 主に今後の事とか。

 予想以上に目立っちゃったけど、売り言葉に買い言葉で『辞退する』って言ったからなー。そのまま受け取ってくれるとありがたいんだよね。何となく無理な気がするけど。こんな事なら情報収集として、魔法を使って思考の読み取りを行えば良かったな。訓練学校でも、公表されていない情報や、訓練生に開示されていない情報を魔法を使って教官達からこっそりと仕入れているし。でも、日本支部長の思考を読み取るのは流石にヤバいか。

 情報収集をしたお陰で、自分が置かれている現状は他の生徒よりも理解しているつもりだ。

 極一部の生徒の中には、己の状況に疑問を抱いているものもいるが、殆どの生徒は気にしていない。調べる方法を証有しているか否かの差なんだろう。自分が正にそうだし。知る事が出来ても『現状を変える事は出来ない』から意味は無い。

「それにしても遅いなぁ」

 思考が嫌な方向に傾き掛けたので、スマホを弄って気を逸らす。

「ん? 来た」

 スマホを弄り始めたら、教官から着信が来た。直ぐに出る。

「はい。星崎です」

『星崎。今何処にいる?』

「兵舎にいます」

 あれ? 『部屋で待機していろ』って言われたから、間借りしている兵舎の部屋にいたんだが、何か不味かったか? 部屋の指定は無かったし、正規兵の邪魔にならないように此処にしたんだが。

『……そう言えば指定しなかったな。こほんっ。そんな事よりも、今直ぐに離着陸港に向かえ。詳しい事はそこで指示を受けろ』

「分かりました」

 意味が全く分からないが、向かえば分かるだろう。了承の返事を返すと通話は切れた。

 急ぎである事は解ったが、……一体何が起きているんだろう。

「まぁ、行けば判るか」

 パイロットスーツのウエストポーチにスマホを仕舞い、ヘルメットを手に部屋を出る。鍵を掛ける事も忘れない。

 普段は走ってはいけないのだが、今は緊急事態なので基地内を走る。不思議な事に、誰にも遭遇しない。月面基地には正規兵かおらず、全員が持ち場にいるから当然なんだけどね。

 走って目的地に向かいながら、場違いな感想を抱き、目的地に到着した。

「え? 何で?」

 目的地に、ここにいない筈の人が、秘書官を連れた日本支部長がいた。司令室にいなくてはならない人が何でいるんだ?

「来たな。時間が惜しい。行くぞ」

「??」

 合流するや否や、支部長に手を掴まれて高速船に連れて行かれる。乗船するとシートに座るよりも前に船は出港した。

「えーと……」 

 状況が分からない。何処に向かっているのか、これからどうするのかの説明すらない。そろそろ説明して欲しいんだが。

 こっちの状況は知らんと言わんばかりに、掴んでいた自分の手を離した支部長は指示を飛ばす。

「日生。彼女にマニュアルを渡せ」

「はい」

 支部長の秘書官から起動状態のタブレットを手渡される。開いている手で反射的に受け取り画面を見る。見た事の無い機体のマニュアルが表示されていた。

 ……益々状況が分からないんだが。

 タブレットと支部長を何度も見比べる。到着時間を確認した支部長は徐に口を開いた。

「星崎。お前にはこれから試作機に搭乗して戦場に出て貰う」

「……は?」

 支部長の言葉の意味が理解出来なかった。

 試作機に搭乗して戦場に出る? 何で? と言うか、試作機に自分が乗るの? 訓練生なんだけど。

「タブレットに表示されている機体は、日本支部で開発され保管されていた機体だ。その機体にお前が搭乗しろ」

 ……マジで? 訓練生を試作機に乗せるとか、そう言う冗談は創作の世界だけにしてくれよ。

「向こうの基地からも輸送艦が出ている。これから宇宙空間で合流し機体を受け取る。十数分後に合流予定だ。それまでにマニュアルに目を通せ」

 正気か。支部長の表情はサングラスで読み難いが、声音からは『本気』しか感じ取れない。

「確認ですが、正規兵の方でなくて良いのですか?」

 一応の確認を支部長に取る。正規兵にも、自分と同じ第五世代のものはいる。割合で言えば四割に届くか否かだが、いない訳ではない。

「十日前の実戦の結果を考慮しての決定だ。既に訓練機の戦闘データを送っている。微調整は出来んが、訓練機のデータからある程度の調整は済ませた」

 抗命にも取れる質問をしたが、支部長は眉一つ動かさずに回答した。予測される質問だったのかもしれない。

 支部長の思惑は不明だが、分かった事はただ一つ。

 試作機に乗る事だけは、どう足掻いても避けられない。

 何故自分なのか問い質したいが、マニュアルを読む時間と合流までの時間を考えると、……その余裕は無い。

 そもそも、今回の襲撃を乗り切らなくては――引退後のスローライフを夢見るのなら、ここで駄々をこねている場合では無い。

「分かりました。拝命します」

 運の無さと間の悪さに、内心で嘆息しながら、諦めて了承した。

 そして、適当なシートに座って読めと言われ、その通りに少し離れたところのシートに座って、ガーベラと名付けられた試作機のマニュアルを読む。

 基本操作は訓練機と変わらないが、搭載されているシステムが違うのでそこを重点的に読む。

 合流までの時間はあっと言う間に過ぎ去った。



 何ページか飛ばし読みをしたが、着艦ギリギリでマニュアルをどうにか読み切った。

 読み切ったけど、機能が多いと言う訳ではないが、何と言えば良いのか。変に技術が詰め込まれていて、訓練機と仕様が完全に違っている。本当に試作機なのか。マニュアル自体は機体にも搭載されてるらしいから、困ったら目を通せば良いだろう。その余裕が有ればの話しだけど。

 ヘルメットを被り、支部長と秘書官に見送られて高速船から降りる。その後、輸送艦の整備兵の案内で格納庫を移動。

 到着した先、固定器の中で安置されていたのは、両腰にサーベルが一振りずつ、右肩に見覚えのある剣、左肩にバズーカ砲らしいものを、装備した赤い機体。数名の整備兵が期待を取り囲んで最終チェックらしい作業をしている。

「……この赤い機体ですか?」

「そうですよ」

 思わず二度見して、案内してくれた整備兵に尋ねてしまった。無情にも肯定されてしまったが。

 何故、迷彩カラーでは無く、赤色何だろう。誰の趣味?

「最終チェック完了! ガーベラ、出られます!」

 呆然としていたら、声を掛けられた。慌てて返事を返し、案内してくれた整備兵に礼を言い、急いで試作機ガーベラのコックピットに乗り込む。ハッチを閉じると揺れを感じた。カタパルトへ移動しているのだろう。

 ……色々思う事は有る。有るけど、目の前の状況をどうにかしないとなのだ。

「四の五の言っている暇はない。今はやらないと」

 座席型のシートに座り、シートベルトを装着。訓練機と同じ手順でガーベラを起動させながら、声に出して己に言い聞かせる。

 今必要なのは集中力。あとの事を考えている暇は無いし、そんな場合でも無い。戦場に近づいたらアラームが鳴るようにセットする。何か忘れそう。

『カタパルト移動完了。出撃、何時でもどうぞ』

「了解。出ます」

 通信に短く応えて機体を操作し、出撃する。ガンダムシリーズと似た出撃だけど、気分の高揚は無い。

「ぬおっ!?」

 何故なら、感じる余裕が全く無かった。訓練機と同じようにカタパルトから出たが、想像以上の慣性を受けた。シートに押し付けられ、驚きの声が漏れる。

「……戦場に到着するまでに、この速度に慣れないと危ないな」

 速度は訓練機の数倍。重力制御器は搭載されているけど、緩和し切れていない。どんだけ速度が出るんだよ。生身での高速戦闘には慣れているが、流石にこれは無い。ガーベラの移動速度を落とし、自分の反応速度で対応可能な速度を探しながら移動。十日前は魔法で知覚を強化したが、アレは機体性能の差を埋める為で、普段の操縦では強化しない。自慢じゃないが、過去の世界でロボットの操縦経験は有る。操縦方法は違うけど、その時の経験から知覚強化は普段からしない方が良いと実体験した。

 それにしても、マニュアルに最高速度は書いて在ったかな? 今更になって飛ばし読みしたページが気になるが、これでは読む暇は無い。

 代わりに、熟読した装備に関する項目を思い出す。

 両腰と右肩に実剣、左肩に粒子砲。頭部にバルカンらしいものが着いている。この五つだけだ。他は無い。

「速いし、遊びが無い。量産前提の機体じゃないでしょ、これ」

 誇張ではない。訓練機と同じようにガーベラを動かすと、予想を超えた動作になる。実際に右腕を軽く曲げる操作をしたら、右腕を折り畳む動作になった。右腕を伸ばすついでに肩の剣を持っておくか。

 慣らし操縦をしながら移動を続ける。魔法で知覚を強化しなくても良い速度を探し出していたら、何故か『トールギス』と言う単語が浮かんだ。『殺人的な加速だ』だったか。仮面の搭乗者にそんな事を言わせた機体がガンダムシリーズに在ったよね。

 機体の性能を優先したが為に、乗り手を選ぶ機体だからか、何となく連想した。まぁ、こんな速度で動いたら『赤い何たら』と別の呼び名が付きそうだが。

 ピピピッ、と思考を断つようにアラームが鳴った。セットしておいて良かった。

 戦場にもう着くのか。そう認識したらもう戦場に着いていた。戦場を高速で突っ切る。

「やばっ」

 減速が間に合わず、戦闘中の他国の機体に左肩から激突してしまった。

 しかし、不幸中の幸いで直後の攻撃が回避成功。即座に反転して接近して来た敵に叩き付けるように剣を振り下ろすと――敵は縦真っ二つになり、爆散した。

「うえっ」

 切れ味が良過ぎると言う、予想外の結果に思わず呻き、改めて剣を見る。目を凝らして剣を見て、予想外の結果に納得した。

 ……コレ、初実戦時に戦った銀色の機体の剣だ。

 見覚えが有って当然だった。戦利品のように持ち帰ったし。

『済まない。助かった』

「あ、すみません、ぶつかって」

 低い男の声音で通信が入った。内容からしてぶつかった機体のパイロットからだろうね。ぶつかった機体が近づいて来たし。そう判断して素直に謝る。日本語では無かったが、便利な技能『無限の言語』のお蔭で会話には不自由しない。日本語のように喋っても通信相手には母国語で聞こえているだろう。

『そんな事は無い――っと』

 意外にも良い人だった。ありがたい。

 感動していたら警告音が鳴った。敵の攻撃が飛んで来た。ビーム弾だったので左右に分かれるように回避行動を取る。

『幸運を祈る!』

 それだけ言うと通信は途切れ、機体は敵に突撃するように去った。

 マジで良い人だな。

「おっと」

 感動している場合では無い。敵がいるのだ。接近戦に持ち込んで戦う。左肩の粒子砲は使わない。経験上、威力が分からない代物は余程の事が無い限り、使わない方が良い。操縦にも慣れていないし、味方に誤射をしたくもない。これ大事。左手にサーベルを持って盾代わりにすればいいだろう。

 加速と操作性に振り回されながらも、敵を一機ずつ確実に倒して行く。何機倒したとか数える余裕は無い。体に掛かる圧力で意識が飛ばされないように、意識を維持しながら操縦するだけで手一杯なのだ。徐々に、時間感覚すら分からなくなって行く。

「はぁ、あ、ああああっ」

 何時もの操縦中ならば、不要な声を出したりしない。うっかり舌を噛んだりしないようにする為だ。

 しかし、今は体に掛かる重力の負荷で意識が飛びそうになる。声を出して己の耳朶を打ち、意識を飛ばさないようにする必要が有る。

 魔法を使えば――多少のではあるものの――体に掛かる重力の軽減は出来る。魔法は割と便利だから使いたくなる。魔法を使えばどうにかなりそうな状況に遭遇すると『使えれば』と思ってしまう程に。

 でもね。

 忘れそうになるが、ガーベラは試作機なんだよ。自分が耐えられたら、『他にも耐性持ちがいる筈』、『これに耐え切れるのなら』って流れになる可能性が高い。主に後者。

 速度は半分も出していないのに……ハッキリ言って、これ以上の速度を出したら体が持たない。

 旋回時に掛かる荷重に至っては――ある意味当然何だろうけど――直線移動よりもキツイ。半分以下のこんな状態なのに、バーニアを全開にした状態での操縦なんて想像したくもない。絶対何処かで骨折が起きるだろうし、内臓も痛めそう。戦闘終了後の精密検査が義務化しそうだ。

 戦闘終了後に言いたい文句が次々に浮かんで来る。背を向けた敵機に追い付いて真っ二つにする。

「次。次。……あれ、何処、いない?」

 無我夢中で戦闘していた弊害か。探しても敵影が見つからない。レーダーを使って調べるも見つからない。こんなにステルス性能高かったっけ?

『――こえるか、おい、星崎!』

「えっ!? はいっ! ……って、支部長?」

 通信機から呼びが響いた。驚きつつも反射的に返事を返し、独特な低い声が支部長のものだと判り首を傾げる。

『星崎。敵は撤退した。位置情報を送る。輸送艦に帰艦しろ』

「分かりました」

 有無を言わせぬ指示に了解を返す。通信は途切れた。

「……って、戦闘終了!?」

 正面のメインモニターに位置情報が表示されて、漸く支部長からの情報を理解した。

 え!? 終わり? 終わったの!?

 愕然として周囲を見ると、他国の機体は既に帰還したのか一機も見当たらない。大慌てで輸送艦に向かう。

 輸送艦までの距離は意外と短かった。向こうも月面基地に向かって移動しているのだから当然か。

 ニ十分と掛からない内に輸送艦と合流出来た。

 着艦し、指定の場所へ移動する。ガーベラの動きを止めると一際大きな揺れを感じた。固定器と接続した揺れだ。固定器に接続後は自動で格納庫へ移動となる。

「はぁ~……しんどい」

 機体の停止操作を行う。再び大きな揺れを感じ、シートベルトを外した。

『格納庫固定完了』

 通信機から整備兵の声が響いた。ハッチを開けてコックピットから出る。格納庫では重力制御が行われていない為、コックピットから出ると無重力状態特有の浮遊感を味わう。

「お疲れー」

「荒く操縦したので、整備お願いします」

 何時もの癖で、整備兵に一言言ってから移動する。命を預けるものを他人に託す経験が余り無いからか、それとも他人に頼る癖が無いからか。『一言言ってお願いする』この癖は簡単に身に着いた。

 連絡通路を移動し始めて、ふと大事な事を思い出した。

 ……何処に行けばいいんだ?

 何とも間抜けな疑問に移動の足も止まる。艦内の内部構造は何処も大体同じだと、授業で聞いたので道には迷わないだろうが、一時着艦の身で何処にいれば良いのかは流石に分からない。

 少し考えて、最初の合流時に乗って来た高速船に行けば良いかと判断し、高速船が在った場所を見る。しかし、高速船は無かった。

「マジで……」

 何時の間に移動したんだよ。

 何度目か分からないため息を零す。

「あ、いたいた。おーい、そこの訓練生」

「? 何用……ですか?」

 背後から声が掛かった。振返って何用か尋ねたが、やって来たのは整備兵では無く、救護兵だった。

「君に簡易検査を受けろと、支部長から指示が出ている。医務室に来てくれ」

 何でそんな指示が出てんの?

 疑問が出そうになったが、ぐっと我慢して、返事を聞かずに踵を返して移動を始めた救護兵のあとに続く。

 その後、月面基地の兵舎に戻れたのは、輸送艦内での簡易検査が全て終わり、医務室で精密検査を受け――戦闘終了から実に十時間後の事だった。

 そうそう。定期便の予約は知らぬ間に、支部長の手でキャンセルされていた。訓練学校に戻れるのはもう少し先になりそうで、憂鬱になった。


 ※※※※※※


 防衛戦終了から数時間後。佐久間は会議室に日本支部の幹部を全員集めた。その中には高城教官の姿も有る。

 集めた理由は『星崎佳永依テストパイロットにするか否か』で、幹部達の割れた意見を実際の戦闘映像を見て統一する為だ。

 佐久間の指示を受けた日生が備え付けの機器を操作し、壁に埋め込まれていたモニターを起動させる。一拍置いて、モニターに映像が映し出された。

 映し出された映像は先程の防衛戦――星崎佳永依が操縦するガーベラの戦闘映像だった。

 高速戦闘を行う紅色の機体は、国連防衛軍各国の、どの量産機よりも速い。滑らかな動きで敵の攻撃を掻い潜り、接近して斬り捨てる。左肩の粒子砲を使用していないが、誰も気にしない。右手に持った剣の切れ味に、全員の視線は釘付けだった。注目されないが、左手のサーベルは防御に使用している。

 撤退行動に移った敵機に追い付き、背後から真っ二つにし、映像はそこで終了となった。

 モニターはブラックアウトして何も映していないが、余韻を感じるように皆モニターに目を向けている。

「…………想像以上ですね」

「そうだな」

 長い沈黙のあとに幹部の一人が感想を零す。同じ感想を抱いた佐久間も同意する。

「ガーベラに装備させて正解でしたね」

「私の独断だがな」

 ガーベラが右手に装備している剣は地球の技術で作られたものでは無い。十日前の戦闘で星崎佳永依が戦利品のように持ち帰った敵機の武装だ。

 手に入れた本人に持たせるのが良いだろうと、佐久間が独断で装備させた。その結果、想像以上の戦果を挙げた。反対した幹部達も文句の付けようがないのか、黙っている。

 幹部の一人が機器を操作した。モニターは操作通りに再度映像を映し出す。

「それにしても、あの『パイロット殺し』と言われたガーベラが、このように動いていると呆れを通り越して感動しますね」

「確かに。カタパルトから出ただけで失神ものだと言うのに……」

「ガーベラの開発者達が創りたかったのは『兵器では無かった』のかもしれませんね」

「それはそれで困るが、確かにデチューン前提で創られた可能性は否定出来ないな」

 実際にガーベラに搭乗した経験の有る幹部達も口々に感想を漏らす。会話に登場した『パイロット殺し』は、ガーベラに搭乗したテストパイロット(十九名)を負傷させた事が由来の異名だ。

 幹部達の過半数がやや興奮気味になって感想を述べ合っている中、一人だけ表情の暗いものがいる。高城教官だ。視線が合うと、慌てて表情を取り繕った。

 佐久間はここに来る途中で聞いた『星崎佳永依の検査の結果』を彼に教える事にした。

「高城教官。精密検査は途中で、簡易検査しか終わっていないが、星崎は心身ともに問題無いそうだ」

「そ、そうでしたか」

 精神的な疲れは見られるが、心身共に問題は無い。

 その事実を喜ぶべきか迷ったのか、高城教官の表情は硬い。

「問題が無いのなら、このままガーベラのテストパイロットにしますか?」

「それは今後の状況を見ながらだ。正式な決定は、どれ程遅くても九月までに決める」

「九月? 少々遅過ぎませんか?」

「逸るな。飛び級で卒業させるか否かもまだ決めていない。何をするにしろ、処理と手続きに時間が掛かる。それに細かい事を決める必要性も有るからな」

 反対派だった幹部からの疑問に返答し、佐久間は解散させた。

 集めた幹部達は残りの仕事を片付ける為に退室して行く。仕事の途中だったものも数名いたが、ガーベラに関する事だった為強制的に集めた。その事に関して、佐久間は悪いとは思っていない。反対派に『星崎佳永依をガーベラのテストパイロットにするか早々に決める』事を求められていたから。文句は反対派に言えと言う奴だ。

 実を言うと、佐久間も他国から『日本支部籍の赤い機体』について情報の開示を求められ、その対応に追われていた。『日本支部の幹部から今後の運用について意見を聞いてから開示する』と回答して開示を先延ばしにしているが。

 幹部と高城教官が退出した事を確認してから、佐久間は機器を操作してモニターを収納している日生をチラリと見た。

 何事も無かったかのように振舞っているが、その動作は何処かぎこちない。

 佐久間は『やれやれ』と内心で軽くため息を零し、日生にどう言った言葉を掛けるべきか暫し悩んだ。



 ※※※※※※


 簡易検査及び精密検査で異常無しの太鼓判を貰い、兵舎への道のりをふらふらとした足取りで歩く。戦闘終了後だからか、何処も彼処もバタバタしていた。それでも防衛戦に成功した戦果が原因なのか、誰も彼も何処か浮ついている。

 そのお陰でヘルメットを抱えて、パイロットスーツ格好で基地内を歩いていても誰にも注目されない。本来ならば更衣室で着替えるところだが、自分は兵舎で着替えたから仕方が無い。更衣室は正規兵用だから、訓練生が使用したら邪魔だろう。本音を言えば、正規兵の方々と顔を合わせたくない。面倒事が起きる未来しか見えない。

 操縦後の疲労は検査の待ち時間で多少は抜けたが完全では無い。部屋に戻ってシャワーを浴びてから寝たい。欲を言うのならば、訓練学校に戻りたい。知らない間に支部長の手で定期便の席がキャンセルされたのは正直に痛い。更に待機命令が出てしまっている。

 あぁ、訓練学校に戻って、怠惰な日々を送りたい。そこまで真面目な生徒でいなかったから、多少だらけても『何時よりもだらしない』程度でどうにかなる筈。

 あと一ヶ月程度で夏休みに入るけど、夏休みの半分ぐらいは『林間学校と言う名の訓練』で潰れる。去年の訓練内容を思い出し、口からため息が漏れた。

 シャワーを浴びて一回寝よう。それが良い。食堂から貰って来たパンも何個か残っているし。

 気を持ち直して基地内を歩いた。


「ふぁ~……」 

 部屋に戻り、シャワーを浴びてから一眠りした。思っていた以上に疲れていたのかかなり爆睡した。八時間以上も眠ってしまい逆に頭痛がするようになったが。

 空腹を満たす為に残りのパンをモソモソと食べる。全て食べ終え、胃に優しくないがベッドに寝転がる。

 ぼんやりと天井を眺めて軽く息を吐いて思うのは、十八時間以上前の戦闘で操縦したガーベラについて。

 機体に振り回されての戦闘は、正直に言って疲れた。もう乗りたくない。乗りたくないけど、

「他に候補がいなさそうだなぁ」

 ある程度の微調整が終わっていて、今回の戦闘データで更に調整されるだろう。憂鬱過ぎる展開だ。搭乗する度に精密検査を受けるとか、マジで嫌なんだけど。


 こっちはモブキャラとしていられれば良いと言うのに!

 群衆に埋もれて、無難にやり過ごす予定が、一気に遠ざかったよ!

 

 頭の痛い状況に今後どう過ごすべきか、妙案が浮かばない。

 待機命令が解除されるまで、ここでぼんやりと過ごした。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

ロボット系第二弾。

二章分ぐらい書き上がっている上に、エンディングまでのプロットが固まっているので、投稿するかマジで悩んでいます。

ロボット系と政治が絡んでいるので更に難易度アップ。千年後ぐらいの地球なのに、魔法も登場。

今回の菊理は、主人公補正をセルフでやってしまうドジっ子で、知らない間に病んだ子も生産してしまう、子でのお送りとなります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 異色作になりそうな要素満点ですが(特に敵父って…)、ここからシリーズ中の一作になるよう落とし込まれるんですよね?この後の展開が想像つかず、正投稿を楽しみに待ちます。 [気になる点] 500…
[良い点] 宇宙戦争! ロボ! 試作機! 訓練生vsエリートライバル! 全部大好物です。続きを待ってます。
[一言] ロボットもの嫌いじゃないし、シリーズをずっと読んでて悪役令嬢ヒロインざまぁ系に若干飽きてきたから新鮮で良かった 親と縁が薄いのは代償のせいで変わらずだけど、虐待ではない親の愛を得れない立ち…
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