投稿計画中 騎士だと思って救助したら王子だった
菊理の記憶を取り戻したのは幼い頃。貴族の家に生まれたが、家を出る日まで一度も誕生日を祝われなかったので、誕生日は忘れた。
体が弱かった生みの女は五歳になった頃にこの世を去った。元々体が弱くて嫁ぎ先決めに困り、貸しを作ったとある侯爵家に『借金の清算』として送り出された。公爵家に生まれて育つも、生まれ付き体が弱いと言う一点だけで、好いていた男との縁を強制的に断たれ、無理矢理政略婚させられた。
我が儘だった女は相当キレたらしい。何せその政略婚の相手は『平民の愛人』との間に子供を作っていた。女はお邪魔虫だった。
好いた男と別れさせられて、愛人を囲う男に嫁がされ、社交界では不憫な女と笑われる。
踏んだり蹴ったりな状況で子供を一人産んだが、産まれて来たのは女の子。男を産めば見返せると息巻いていたのに、まさかの事態に女は発狂し、産んだ子を何度も殺そうとした。
この女の子が自分――オルトルートだ。まぁ、産みの女の殺人未遂で菊理としての記憶を取り戻したから、名前はどうでも良い。
度重なる凶行の果てに、女は自らこの世を去った。
残された自分は初めて会う父親を名乗る男の手で、王都から遠く離れた領地の館の一つに押し込められた。
記憶を持つ自分にとって、隔離される程度はどうでも良い。寧ろ都合が良い。
定期的にやって来る家庭教師から色々と学んだ。来ない日はこっそりと抜け出し、野山に生息している魔物(存在する世界だった)相手に修練を積む。
一番ありがたかったのは、この世界が『誰もが魔法を使う世界』だった事か。
これも家庭教師から教わった事。魔法に関する事は『魔力の暴走を防ぐ為』と言う名目で教わり、山のような教本を貰った。余り参考にならなかったけど。
あと、古代語と言うものも存在する……するんだけど。
地球の知識がある自分としては、
『古代語=ドイツ語。でも文字は違う』
この法則に気づいてしまったので、何とも言えない微妙な気分を味わった。人名もドイツ風。国名も殆どがドイツ語。歴史があると強調する為だ。
でも、英語が現代新用語なのか魔物名や魔法名は全部英語。ごちゃ混ぜ過ぎないか? 調査結果、この疑問の回答は得られた。納得出来る理由が有った。
厄介な事に、この世界では極稀に『転生者』と呼ばれる存在が産まれて来ると『認識されている』事。転生者は知識を国に献上して、国家繁栄に協力するのが使命とされていて、判明すると身分問わずに王城に連れて行かれる。下手をするとそのまま監禁生活だろうね。
この過去の転生者達は男女問わずに魔法に特化したものが多く、魔法の殆どはこの転生者達の遺産。転生者でなければ使えない魔法(英語)も存在したと記録に残っている。魔物の名前はこの転生者達が『呼んでいた固有名称(英語)』をそのまま魔物の名として使用している。転生者の中には、魔物の図鑑を作った猛者もいたので名称は英語風で統一されている。転生者は現代にも数名いるので、未知の魔物は彼らが名付けている。この理由は英語を知る人間がこの世界にいないからだね。
この転生者か否かを調べる儀式、平民は富裕層でもない限り調べないが、特定の歳になった貴族は全員転生者か調べるのが国法で決まっている。
そんな決まりが在るんだけどね、自分は十二歳の頃に『ギルドで仕事が出来る年だから』と、家を追い出された。
なので、誰も自分が転生者とは誰も知らない。
ちなみに、罰則が存在するらしいが、問答無用で追い出した自称父親が悪い。
荷物(教本込み)を纏めて、産みの女から唯一受け継いだペンダントを持って家を出た。このペンダントは白鳥が刻印された紫色の宝石で、どう言う訳か魔力が込められていた。これを持って出たのは売るに売れないから。売ったら絶対に窃盗品と間違えられる。
その後は予定通りに、薬師ギルドや冒険者ギルドで講習を受けて冒険者になった。登録名はオルトルートのまま。万が一を考え、偽名登録とバレると面倒だから。それに本名ではない冒険者名の登録は受け付けていないと断られた。ビジネスネーム(偽名)持ちは間者扱いされるから諦めた。
薬師ギルドで講習を受けたのは、ゲームや漫画で良くある『回復ポーションなどの回復薬品』の製作方法を知る為と、製作に関わるあれこれの登録類をする為だ。
面倒な事に、薬師ギルドで登録したもの以外が医薬品を製作すると罰則を受ける羽目になる。個人使用も対象になる。罰則類が厳しいのは、過去に無登録でやらかした奴がいたから。何て面倒臭い事をしてくれたんだか。
自分も登録と講習を受けるだけで面倒事が減るのならばと受けた。
特典として、購入する材料費が安くなるし、作った医薬品の販売も出来るから、あれこれ作っても『試作品』と言えば怪しまれない。
でも、武具を作ると怪しまれるのでは? と思ったが、この世界の冒険者は『剣の刃毀れ程度』なら『修繕魔法』と呼ばれる魔法を使い自力で直してしまう。凝り性な奴は自作もする。だから、自作で武具を作っても怪しまれない。
都合良く自分に有利な条件が揃った世界だ。薬品については色々と研究がしたかったから、本当にありがたい。
魔物の討伐で冒険者としてのランクを上げつつ、薬品の開発研究をしていると気づけば三年が経過していた。
冒険者のランクは金銀黒白紫緑黄赤青の九階級存在する。最上位が金級。初心者は青級。
冒険者も登録するだけで提携宿の宿泊代の割引や乗合馬車のタダ券や割引券が貰えたりする特典が在る。自分の場合移動は魔力駆動のバイクがメインだから、主に利用するのは宿泊代の割引と、自由民の権利。
自由民とは、黄級以上で得られる『国家間を自由に行き来出来る』パスポートとビザが一緒になったようなものだ。簡単に言うと『入国許可証を兼ねた旅券』と言えばいいか。
冒険者のランクに関わらず黄級以上で割と遠くに行ける。
自分は冒険者になってから半年程度で黄級にまで階級が上がったので、早々に故国シュヴァーン王国から立ち去った。
そして、あっと言う間に三年が経過したが、気にした事はない。何度かパーティを組まないかと誘われたが『研究がしたいから』と断った。
何時も探している尋ね人もいないこの世界で、どんな風に生きて行けばいいのやら。
現在地はリンドヴルム王国とゲトライデ王国(農業国家)の国境沿いの森の中。リンドヴルム王国は国土の三割が鉱山であり、山に棲みつく魔物も多かった。この世界の魔物は例外なく魔石を持っており、魔物が多いリンドヴルム王国の魔石の輸出量大陸一である。買取も積極的に行われている。
魔石は魔法発動を助ける補助になったり、粉末状にして建材や武具の強化に使用したり、果ては薬品の材料になるものから魔具――この世界における魔法具の名称だ――の材料になるものまで幅広く存在する。
作っても怪しまれない武具と同じく、魔具も似たような扱いだ。故に持っていても怪しまれなかった。自分の武器は全て魔具に該当するから、どうやって隠すかと考えていたが杞憂に終わり、ほっとした。
とは言え、使えば目立つ。国宝級の魔具は『アーティファクト』と呼ばれ、各国の宝物庫で厳重に保管されている。どの程度のものがアーティファクトと呼ばれるか知らないが、人目が有る時は魔法をメインに使うように心がけた。
……余談だが、アーティファクトと言うのは『人工物』を意味する英語で、間違っても『伝説・伝承級の道具』を示す単語では無い。厨二病を患った奴が命名したのかと思ったが、『現代技術では製作不可能な人工物』と言う意味で『国宝級魔具=アーティファクト』と数百年前の一人の転生者が名付けたそうだ。疑って済まん。
そんな理由も有り、人目を避ける為に今日も街で食料を買い込んで森で薬草を採集し、魔物を狩っていた。
数日前に降った雨の影響で川の水量が多い。
川の下流は農業大国ゲトライデ王国の辺境伯領。
五日前、イェーガー辺境伯領の冒険者ギルドで『ゲトライデ王国の国境沿いの川で毒が検出された。余裕が有ったらついでに原因を調べて』とギルド長に言われて、川沿いにまでやって来たんだけど。
水量が増えた川は近付くだけで危険。河川が整備された日本でも似たような事を言われたのだ。整備すらされていない川に近付くのは自殺行為だろう。ここは森だが、山麓の森。土砂災害などには遭いたくもないので、用がなければ滅多な事では近づかない。
調査の為に近づく今回が特別なのだ。
慎重に近づき、川に鑑定プレートを浸して鑑定魔法を発動。
「あれ? 毒がない?」
意外な鑑定結果に驚く。下流で毒が発見されたら、上流に原因があると思ってここを調べたのだが。
「あっ」
大事な事を思い出した。
ギルドで貰った手書きの地図を取り出して、毒が検出された川の『上流の本数』を確認する。
「やっぱりか」
忘れていたが、ゲトライデ王国に流れる川は複数の川が合流して大きな河川となる。合流する本数は五つ。今一つ調べたから残りは四つか。
地図に調査済みのマークを書き込み、近い川に向かった。
昼が過ぎ、日が傾き、四ヶ所目の川に向かう。
途中、魔物に何度か遭遇したが風刃を飛ばすだけで対処出来る雑魚だった。魔石を回収して魔物の骸を燃やす。
この世界の魔物は『食べて良い魔物と食べてはいけない魔物』の二種が存在する。後者は主に毒を持った魔物だが、弱い魔物も該当する。保有する魔力量の差が原因なのか、原因不明だが弱い魔物の肉は食べると例外なく腹を壊し、下手をすると死ぬ。
食用にして良い魔物か否かは『魔石の大きさ』で決まる。魔石の大きさが一定以下の魔物の肉は食べない事が広く認知されている。冒険者ギルドの講習で最初に教わる事だ。魔石の大きさを測る専用の定規も講習時に支給される。
先程倒した魔物の魔石は定規の半分以下だった。小さい魔石でも買取が行われるので回収して損はない。
魔石を道具入れに収納して、道なき道を進むと滝が近いのか、滝特有の落水音が聞こえて来た。近づくと音がどんどん大きくなって行く。
地図を見た限り、滝が在るようには見えなかったが、地図は手書きな上に、この辺りにまで来るようなもの好きがいないから知っている人間がいないからだろうと、適当に解釈する。
その予想は当たった。
辿り着いた滝は、魚止めの幅の狭い急な滝だった。落差は十メートル以上は有りそう。ここも雨の影響で増水している。水は濁っていないけど。
滝壺を中心に出来ている、ちょっとした池程度になっている滝口の端に近づき、足を滑らせないように慎重に鑑定プレートを浸し、鑑定魔法発動させた。
ここも外れ。水辺から離れ、地図に四つ目のチェックマークを書き込む。
「どうするかなぁ……」
次で最後になるんだけど、今のところ全て異常なし。
マイナスイオンを撒き散らす滝を眺めながら考える。
次で原因が判明しなかったらどうするか。合流地点にまで赴いて原因調査をするとなると距離が在る。ついでに言うと合流地点は他所の国。国境をホイホイ超えるとなると検閲所を通らないとあとが面倒なんだよなぁ。いや、ギルド長に川を調べたけど原因不明って、丸投げしようかな。
「ん?」
濁りのない水に色が付いた。色は赤黒。
上流で何かの骸が投げ込まれたのかと思った瞬間、ドボーンッ!! と落水音に負けない、何かが滝壺に落下した着水音が響いた。
「……何事?」
再び滝口に近付くと、何かが浮いて来た。緑色のマントらしき布と鎧らしい一部が見える。
「冒険者? いや、騎士か?」
冒険者が羽織るマントは大体が砂埃除け用。色もカーキー色か薄茶色が殆ど。自分のようにコートを着る奴はいない訳ではないが少ない。己の身長と同程度の長さの大判の布一枚をマントのように羽織った方が、費用が掛からないと言う事情も有る。
対して、騎士が羽織るマントは所属を示す事が多い。故に騎士が羽織るマントはカラフルだ。式典用のマントは煌びやかな刺繍が縫い付けられている。
それはともかく。
何で騎士がと思ったが、死んでいるのか意識がないのか、そのまま下流に流されて行く。慌てて水流操作の魔法を使って引き寄せ、川から引き上げに掛かる。
「お、もっ!?」
衣類が水を吸っていても、ここまで重くはないだろう。鎧が重いのかと一瞬思ったが、昨今の戦闘用の鎧は軽量化が進んでいるのでそこまで重くはない。
騎士が身に付ける鎧と聞くと、頭からつま先まで金属板で覆う『フルプレートアーマー』と呼ばれる鎧を思い浮かべるだろうが、アレは式典用。薄い金属板を使用した『見た目重視』の張りぼてで、爪で傷跡が付けられる程に柔らかい。
式典用でもない限り、基本的に騎士が着る防具としての鎧は魔物の皮をなめして鎧に加工したものに、鉄か鋼の金属板を急所を守るように縫い付けたものが主流。金属板の厚みと着ける面積にもよるが、必ず総重量が五キロ以下になるように製作される。
そもそも、馬鹿みたいに重い鎧を着る奴はいない。移動途中でコケるし、敵からすると足の遅い奴は良い的だ。盾を持って動かない、所謂、RPG系のゲームの職業の『ディフェンダー』のような事をする奴ならば重い鎧を着てても納得出来るが、現実にそんな役割を引き受ける奴はいない。
大抵は軽い鎧を身に着けて、敵の攻撃を避ける。盾を持つ騎士や冒険者は殆どいない。仮にいたとしても、三十センチの菱形の盾を防具の籠手に装着させる。使い方も『防具』と言うよりも、盾で直接殴るように使うので『打撃系武器』として扱われる事が多い。
これらの事情から、異様に重い原因は鎧ではないと推測出来るのだが、引き上げないと真実は分からない。
重量軽減の魔法を掛けて膝まで一気に引き上げると、騎士の足元で水面が揺らぎ、何かが蠢いた。
「うぉう!?」
騎士の全身を陸上に引き上げ終えると、何かが跳び掛かって来た。身を捻って回避するが体勢を崩して尻餅を着く。跳び掛かって来た『何か』は背後に着地。即座に全身を囲むようにドーム状の障壁を展開すれば、びたんっ、ききぃー、と何かが障壁にぶつかり爪を立ててずり落ちる(?)耳障りな音が響いた。
振り返ると、ヘドロを連想させる暗い緑色をした、馬鹿デカい蜥蜴が一匹、障壁に張り付いていた。面倒なので即座に全身を氷漬けにする。
こいつの名前は……泥蜥蜴だったか? 沼地や水辺に生息する、全長五メートルにまで成長する蜥蜴の魔物。体長の三分の二が尻尾で、この尻尾を使って獲物を川や沼に引きずり込み溺死させる。毒は持っていないが、肉は泥臭いので食用にならない。しかもしぶとくて中々死なない。魔石以外売れる箇所のない(その魔石の価値も低い)魔物だ。氷漬けにしたが強靭過ぎるしぶとさを思い出し、念の為、風刃を飛ばして首を切り落とす。断面は凍らせた。
一先ずの危機は去ったので、引き上げた騎士を見る。こちらは重傷だった。がっしりとした骨格の大柄な男。
色素の薄いプラチナブロンドのような金髪は、毛先に向かって色が更に薄くなる珍しい色味をしていた。ただし、半分以上が焼け爛れていた顔と一緒に焼け焦げている。右腕を中心に身に付けている深緑色の皮鎧も黒焦げでボロボロ。一体何と戦えばここまで鎧の金属部分まで熔けてボロボロになるのか。
男を引き摺って水辺から離れる。異様に重かったのは泥蜥蜴が原因だった模様。それでも、この男の体重は自分の倍近くあるだろう。
「さて、と……」
首筋に触れて男の脈拍を確認。体は冷え切っている。脈は弱いがまだ感じ取れる。しかし、水を飲んだのか呼吸が止まっていた。目に見えて最も重傷そうな火傷は、普通に治療したのでは後遺症が残るレベルの酷さだ。鑑定魔法を使って状態を確認すると、火傷は口内の粘膜や深部にまで達している模様。
右上半身を中心とした火傷を治す。止まっている呼吸を優先的にどうにかすべき何だろうが、火傷は口内の粘膜にまで達している。つまり喉の内部も焼けているのだ。呼吸を取り戻しても、自力で呼吸出来なければ意味はないだろう。
最大効力の回復魔法を掛けようと考えたが、体の深部にまで火傷の影響が及んでいる。二度同じ魔法を掛ける事になってはその間に心臓が止まりかねない。止まっても魔法による蘇生は可能だけど、手間と消費時間を考えて使用する魔法を選択する。
「時よ。歪み逆巻き、逆行せよ。歪みの果てに正常を齎し、新たに流れよ――清浄」
治癒魔法ではないが、この魔法でも治療は出来る。鎧などの身に着けているものまで直してしまわないように注意しながら慎重に魔法を掛けた。
この魔法は『時間に干渉して復元・再生』させる。治癒魔法では治る見込みのない負傷でもこの魔法なら再生出来る。再生対象は人間以外の動植物だけでなく、剣や鎧と言った『物』までも該当する。『元の状態に戻す』魔法だが、時間の経過具合と対象範囲で消費魔力量が変わる。
今回は『肉体のみを火傷を負う前の状態に戻す』と言った具合に掛けた。
この世界の冒険者が武器の修繕に使う魔法と似ているが、根本的には違う。あちらは使用回数が決まっている応急処置だ。掛ければかける程脆くなって行く。
器に入った砂の表面を例え話に使えば解るだろうか?
刃毀れを刳り貫いた表面の穴とする。刳り貫かれた砂の穴を埋める為に、周囲の砂を平らに均す。穴は埋まり表面は綺麗な状態に戻ったが、砂の全体量は減る。
これと同じ事が起きる。
剣に使用すれば、一見直ったように見えるが、全体が少し細くなり、何度も掛けると痩せて行く。ロングソードであっても何度も掛け続ければ細くなる。細くなった剣の耐久はたかが知れているので、折れる前に買い替えるか使い捨ての短剣かナイフに打ち直すしかない。
この世界の武器は『修繕魔法〇回まで対応』と言った具合で販売使用されている。替え時は修繕魔法の対応回数の上限に到達した時か、その手前。
金銭的に余裕のある冒険者は鍛冶師に頼んで直して貰う。騎士も似たようなもの。
応急処置なので常用はされないし、しないようにと冒険者ギルドの講習でも教わる。
金の粒子が混じった極光色の魔法光に包まれる事、僅か数秒。魔法光が消えると男は身に着けているもの以外『完治した』状態になる。焼け爛れていた顔や焦げていた髪も元通り。思っていた以上に、ちょっと厳めしい感じの美形だったよこの男。
マントや鎧はボロボロのままだが、時間に干渉出来る魔法は隠さねばならない。この世界に存在しない魔法だからね。
脈拍の確認を取るが、依然弱いまま。呼吸も戻っていない。火傷とそれに伴く負傷のみを指定したから当然だけど。
……人命救助と己に言い聞かせ鎧の胸元辺りを開けさせる。胸部圧迫に邪魔な胸当ての金属板が溶けて皮の鎧に完全にくっ付き外れなかったからだ。
コートを脱いで丸めて首の下に枕代わりに置く。気道を確保してから、人工呼吸を試みる。男の意識がないので『まうす・とぅ・まうす』の方になる。
一刻を争う事態なので、心を無にしてうろ覚えの人工呼吸を行う。
無心と、己に言い聞かせて、何も考えずに救命行為を行う。
「……っ、ゲホッ」
何度目かの人工呼吸後に男は漸く水を吐いた。水が再び気管を塞がないように男の体を転がすように横に向けてやると、自ら腕を地面に着いてうつ伏せの姿勢のまま、暫くの間、むせ込んだ。
丸めていたコートを手に取り広げる。汚れは着いていないが、立ち上がって干す前の洗濯物のようにバサリと上下に振り、埃を落として羽織る。
男はむせ込んだままこちらに気づいていない。今の内にこっそりと離れれば気づかれないかな?
道具入れの毛布を投げ付けて逃亡しようかと、考えて顔を上げ――男と同じ騎士格好をした栗毛と赤毛の二人の男と視線が合い、顔が引き攣った。
「「……」」
顔に驚愕を張り付けて、共に絶句している。一体何時からいたんだ? 誰もいないと思っていたのに、人がいて自分の思考も停止した。
足元で荒い呼吸を整えていた男が身を起こした。怪我が治っている事に驚きの声を上げている。その声を聞いて自分は男に視線を落とす。
そして、傍にいる自分に男が気がついた。
男の顔が上がり、エメラルドグリーンの瞳と視線が合った。男の口が開くよりも先に、森に向かって一目散に逃げ出す。背後から複数の制止の声が聞こえて来たが無視して走る。
暫し森の中を当てもなく走り続け、適当な樹に手を着いて寄りかかり息を整える。
「……待て。何であたしは逃げ出したんだ?」
ふと湧いた疑問が口から零れる。いや、それを言うのなら、何故あの男を助けたのだろう?
「何やってんだか」
体が勝手に動いたと言うのか。『助けない』選択肢が浮かばなかったのも事実だ。お人好しで良かった経験は少ない。貴族以上が相手で、最悪なパターンに発展した事さえある。今は家から追い出されて、三年以上経っているから大丈夫だとは思うけど。
はぁー、と瞑目して息を吐き、寄りかかっていた樹に背中をもたれるようにの根元に座り込み頭を抱える。
「って、野宿場所探さないと!」
西日を浴びて、野宿場所が決まっていない事を思い出す。はっと気付き、目を見開いて立ち上がると、
「子供がこんなところで野宿をする気か?」
「……何故いる?」
先程の男が三名揃っていた。結構全力で走ったのに、もう追い付いたのかよ。体格差で追い付かれたのか? 足が長いからか? 心に空しい風が吹くなぁ。
結局、男三人の仲間がいる野営地に付いて行く事になった。付いて行く振りをしてこっそり離れようとしたら赤毛に腕を掴まれ、逃亡を断念。
暗くなって来た道中、首と胴体が泣き別れした泥蜥蜴の氷漬けについて聞かれる。『そういやいたなぁ』程度の存在だったので、簡潔に『引き上げた際に足にくっ付いていた。襲い掛かって来たから氷漬けにした』とだけ答える。魔石回収し忘れたけど、買取価格は基本的に安いから、まぁいいか。
不審者の可能性を考えて、男三人の素性を聞くと『リンドヴルム王国の騎士団所属』と返事が返って来た。騎士団なら王都中心が活動の場で、国境近くなら辺境伯が動くのが筋じゃないかと、尋ねると『辺境伯が対応し切れない程に、国境沿いの街道で魔物が続出したから数減らしの討伐で来た』と返答が来た。
約一ヶ月前、辺境伯領の冒険者ギルドに顔を出した時に、そんな事は言われなかった。自分が来たのが騎士団が着た直前だったからか?
逆に森にいた理由を尋ねられた。薬草の採集と魔物相手の魔法練習に、余裕が有ったらついでに調べてと頼まれた調査をしていたと答える。
採集と練習については何も言われなかったが、調査については突っ込んだ質問を受けた。
「ゲトライデ王国の国境沿いの川で毒が検出された? そんな報告は聞いた事がないぞ」
「一度引き上げて、辺境伯に応援要請しますか?」
「……そうだな。予定が少し早まるが、一度引き上げ情報を集めて、日程を組み直すか」
「城への報告はどうしますか? 城に報告してからだと調査に時間が掛かります」
「城には投函で報告する。ギルド長にも情報提供して貰う必要が有るな」
金髪の騎士中心に話し合いが進む。自分の身長は三人の肩にも届かない。自然と三人の会話が頭上で行われる形になる。それにしても、金髪は騎士団の隊長各なのか? ホイホイ決めているから、責任者なんだろうけど。
投函と言うのは、魔法陣が書かれた専用の封筒に手紙を入れて指定場所に転送する魔法だ。専用の封筒が有れば国を跨いだ距離でも手紙をが送れる。便利だけど、紙と専用の封筒がいる。この専用の封筒は高いので使用者は主に王侯貴族のみだ。
日が沈み切ったが、森の中を歩く。魚止めの滝を迂回した道を歩いているからか野営地はまだ遠い。暗い中を歩くのは色々と危険なので魔法で灯り代わりの光球を出そうとしたら、赤毛が威力を抑えた火球を出した。熱波の放出を抑えているのか、松明代わりの火球から余り熱を感じない。炎の熱が周囲に伝わらないようにするのは地味に高等技術の部類なので、ちょっと驚いた。
そのままもう暫く歩き続けると、小さな灯りが見えて来た。炎のような赤い灯りではなく、蛍光灯のような白色の光。更に近付けば屋根と壁だけのテントと、数人の騎士も見える。彼らはこちらに気づいて、驚きの声を上げ誰かを呼びに行く。その様子を見て、金髪が怪訝そうな声を上げる。
「重傷者が出たと聞いていたが、全員治ったのか?」
赤毛が灯り代わりの炎を消しながら答えた。
「ええ。辺境伯経由で購入した回復薬のお蔭です」
「薬師ギルドには良い顔されませんでしたがね」
頭上で行われる男三人の会話に、奇妙な引っ掛かりを覚えた。薬師ギルドが良い顔をしない回復薬?
回復薬と言えば、森に入る前に薬師ギルドに『販売用回復薬試作三種(体力回復・魔力回復・異常状態解除)』を三百本近くも卸したが……違うよね? 街に戻ったら聞いてみるか。
コートのフードを被りながら採集した薬草の種類を思い浮かべるが、採集量も採集種類も多いので確認しないと取り忘れが有りそうだ。
野営地に足を踏み入れると、騎士格好の男が集まって来た。全員男で背が高いので、実にむさ苦しい。
「殿下! ご無事でしたかっ」
不意に響いた単語に『ん?』と首を傾げる。今『殿下』って言わなかったか?
「見ての通り無事だ。鎧は変える必要が有るがな」
「被害が鎧だけで良かったですよ。……ん? そちらは?」
視線が集中したのを感じ、逃げ出したくなったが両肩を抑えられているので諦める。ここに到着しても未だに赤毛に手を掴まれた状態だったし。幼児扱いかと内心突っ込んだが、逃亡防止としては正しいのかもしれない。
「森で会った。彼女から手当てを受けた」
金髪の簡潔な説明に、フードでよく見えなかったが男が仰け反るように驚いたのだけは見えた。周囲もちょっと騒めいた。
「えぇっ!?」
「何だ、その驚きようは?」
金髪ちょっと不機嫌そう。怒っているのか声が少し低くなった。
「だ、だって、女性嫌いが酷過ぎて、男しか近づけないから一時期、同性――」
「それ以上言うなら、今ここで、剣を捧げて貰うぞ」
剣を捧げろとは『自害しろ』の別の言い方だ。王侯貴族や騎士にしか分からない隠喩みたいなものだ。
「あ、はい、申し訳有りません」
素直に謝った。聞き分けが良い。金髪が本気っぽいのを感じ取ったんだな。
少し気になったが、『同性』の後ろに何が付いたんだ? もしかして『愛』か? 首を捻って考えていると頭をポンポンされる。気にするなと言う事か。
仰け反ったり謝ったりしていた男が、今度は屈んで下から自分の顔をを覗き込んだ。金髪碧眼の軽薄そうな青年と視線が合う。
「それにしてもこの子、まだ子供ですよね? 殿下もしかしてロリコ――」
「ブルーノ。クルトは不慮の事故で死んだとこいつの家に報告しておけ」
「承りました。事故内容は適当にでっち上げます」
「冗談ですよ! つか、ブルーノ! お前も本気にするなよ!」
「この状況で冗談を言うお前が悪い」
「フリッツ!」
「お前が悪い」
「くっ、味方がいない」
不真面目な方の金髪は地面に四つん這いになり地面を叩いて悔しがる。しかし、何かに気づいたように顔を上げて自分を見る。救援を見つけたような目で見られて、ちょっと引いた。
「いや、一人――」
「巻き込むなっ」
「あだっ!?」
金髪の脳天に拳骨が落ちた。ゴキンッ、と人体で鳴ってはいけない音が響く。金髪は頭を押さえて『頭が~、頭が~』と地面を転がり回る。
「全く……」
頭上でため息が聞こえて来る。お調子者な部下を持った人間がたまに漏らすタイプのため息だ。転がり回っているこいつみたいなお調子者はいるとウザいけど、ムードメーカーとしての役割が有るから、いなくなるとちょっと困るんだよね。実力が無いなら切り捨てても良いんだけど。
それはともかく。『ロリコ』のあとに何が付いたんだ? もしかして『ロリコン』か? 転生者の中に日本人がいて、『年下少女趣味=ロリコン』と広めたのか? 何て余計な知識を広めたんだ。
「気にしなくていいですよ。寧ろ、忘れた方が良い」
再び頭をポンポンされる。完全に幼児扱いだ。そのまま手を引かれて進む。痛みに転がっている金髪は完全に放置。
野営地内を歩くと好奇の視線が自分に集中し、そこかしこから『誰だ?』『子供らしい』『しかも女の子だってさ』などのひそひそ話しが聞こえて来る。
ぶっちゃけると、居心地が悪い。物凄く悪い。フードで顔を隠して良かったと思える程に。あー、逃げ出したい。
男三人のあとに続いて、野営地のテントの一つに入る。仕切り布で作られた内部には、むき出しの地面の上にカウチとテーブルのセットが置かれ、奥にはもう一つの仕切りがあった。栗毛は真面目な方の金髪と一緒に仕切りの奥に向かう。自分は赤毛と取り残されたが、テーブル前のカウチに座らされた。赤毛はテントの入り口の布を降ろし、自分の正面に座った。
何の話しが始まるのかと思えば、ここに来る途中でも話した『ゲトライデ王国の国境沿いの川での毒物検出』の一件の詳細を教えて欲しいと切り出された。
詳細と言っても、ゲトライデ王国に向かって流れる川の上流に異変がないか調べていただけで、しかも調査は途中。ギルドで貰った地図を出して、調査済みの川の位置を教え、明日にでも最後の一ヶ所の調査に向かう予定と話す。
野営地からだとかなり離れており、早朝に行って帰って来るだけで日が暮れる距離だ。
自分一人で行くのなら、空を飛んで移動するので時間はかからない。こう言う時、飛翔魔法が使えると便利だ。しかし、団体行動を取るとなると使用は出来ない。この世界に飛翔系の魔法は存在するが、使用者の数が少ないし、習得者はほぼ宮廷仕えのものばかり。一冒険者の自分が使える判明すれば、しつこく勧誘されるのは目に見えている。自由の為にここは我慢だ。バラしてはならん。
検出された毒の種類は不明だが、川の水が農業用水や飲料水に使用出来ない状態に有る事から『人体に有害』である事は確実。別の川の水や井戸水を使用している為水不足には陥っていないが長くは持たない。ゲトライデ王国はこれから乾期に入るので、迅速な解決が望ましい。
と、ギルド長経由で聞いた見解も併せて話す。
「俺の許にはそのような報告上がっていないぞ」
ボロボロの鎧から、金属板のない新しい簡素な皮鎧に着替えて、栗毛と一緒に合流した金髪が険しい顔をする。それは討伐の方を優先して欲しいからじゃないかと思う。口には出さないけど。
「国の討伐隊が何時から森にいたのかは知らないけど、雨が上がった日にギルド長から聞いた」
平民である事を強調する為に敬語は使用しない。敬語を使うのは商家か貴族か、貴族に仕える人間だけ。冒険者はまず使わない。子供と認識されている事もあって、誰も目くじらを立てない。
「それだと、我々が森に入ってから三日後に聞かされた事になりますね」
「何時ギルドに連絡が行ったかは不明だが、こちらが森に入った直後と見るべきか」
「時系列的には近そうですね」
「しかし、辺境伯が調査員を出していないでしょうか?」
栗毛の疑問は尤もだろう。自分もギルド長にやってくれと言われて『辺境伯にやらせろよ』と速攻で返したし。
「領地内の別件で討伐隊を出しているからだろう」
「ギルド長に聞いたら、別で派遣した討伐隊に人員を割いたから人手が足りないって返って来た」
金髪の推測を肯定すれば、男三人が揃って嘆息を零した。
「そもそもの話し、どうして魔物が増えたんでしょうね?」
何時やって来たのか。何時の間にか復活した不真面目な方の金髪が、淹れたお茶を全員に配りながら疑問を口にする。
「確かに原因不明だったな」
真面目な方の金髪は『何時やって来たのか』と突っ込まずに不真面目な方から受け取ったお茶に口を付ける。赤毛と栗毛も突っ込まない事から『これが日常の光景』であると容易に想像出来た。そして出されたお茶は、意外な事に紅茶ではなくハーブティーだった。一口飲むと意外と少し酸味を感じるが美味しい。軽薄そうな見た目の割りにお茶の入れ方上手いな。
「おチビちゃん砂糖入れる?」
「ちょっと酸っぱいけど、このままでいい」
砂糖は断った。ハイビスカスとローズヒップのブレンドティーのような酸味を感じるが、飲めない程に酸っぱくはない。
「ははは。しかし、貰ったモンをホイホイ飲むのは良くないぞ」
不真面目な金髪は角砂糖を三つ入れ、笑いながら自分の頭を撫でて来る。子供扱いが酷いと思ったが、この世界の成人年齢はどこの国でも十八歳。十五歳の自分は未だに未成年なので我慢する。
「先に飲んだ人に、何も起きていないのに気をつける必要が有るの?」
「……意外と強かだな」
忠告っぽい事を言われたので、暗に『周りの奴を毒見役代わりにした』と言えば、不真面目は笑顔を引き攣らせた。黙って先にお茶に口を付けた金髪と赤毛も口元を少し引き攣らせている。栗毛に至ってはちょっとだけお茶を噴いた。
「森の中を歩いていた時、この辺りの魔物の数は多かったけど、こっちは少なかった」
逸れた話しを戻す為に、遭遇した魔物が多かった場所を地図上で示して行くと、不真面目男以外の三人の顔が引き締まった。
ついでに遭遇した魔物の種類を上げて、辺境伯が討伐隊を派遣した場所と未調査の川の場所を教えると、意外な事が判明した。
「この川が中心ですね」
赤毛が深刻そうに口にすると他の男三人も同意した。
「偶然か否かは不明だが、行ってみるしかないな」
「ですが、この野営地からは離れ過ぎています。一度街に戻って、物資の確認と補充をしてからの方が良いでしょう」
「けどさ、斥候を何人か出した方が良いんじゃないか? この川の下流だけでも調べた方が良さげだし」
「往復でどれだけ時間がかかると思っているんだ」
「早朝にここを出ても、戻りは日没後、確定」
「遠過ぎる。辺境伯とギルド長から情報を得てからの方が良い」
真面目な方の金髪の鶴の一声で、一度街に戻る事になった。自分? 子供扱いだから街に戻れと言われたよ。
で。
今後の方針が決まり、遅い夕御飯となった。
野営地にいた騎士達は保存食の干し肉などで先に食事を済ませていた。方針決めの四人も当然の事ながら同じ食事らしい。
しかし――
「うめぇ」「おい、見張りの分も残して置けよ!」「分かってる! てめぇらも確りと見張っておけよ!」「当たり前だ!」「俺の肉を奪うなぁっ!」「はっ、欲しくば俺の屍を超えて行け!」「うんめぇ」「肉ー。新鮮な肉ー」
焼き台を中心に行われる肉の奪い合い。見張り番の騎士は『きいぃぃぃっ』と高周波を漏らしながら焼き台を凝視している。いや、仕事をしろよ。
「美味いな」
両手に持った串焼きを優雅に食べる真面目な方の金髪改め、リンドヴルムの第三王子は食べる手を休めない。それは側近三人も同じだった。
方針決定後に、今更感溢れるが自己紹介を交わした。
真面目な方の金髪はリンドヴルム王国のエーベルハルト第三王子だった。責任者どころか王子だったよ。川で拾った男が王子って、どんな確率だよ。何度目か分からない、加護と言う名の呪いに戦慄を覚えた瞬間だった。
他の三人は側近で赤毛はブルーノ、不真面目な方の金髪はクルト、栗毛はフリッツと言うそうだ。三人揃って貴族らしいが、誰一人として家名を名乗らかった。
……家名を名乗らない貴族。近衛騎士とはまた違った立場の側近か。揃って公爵家の人間だと面倒臭さが増すな。
などと思ったが、おくびにも出さずに『冒険者オルトルート』と名乗った。
名乗り合ったあとに晩御飯となったが、クルトが取り出した干し肉を見て待ったを掛けた。この世界の干し肉は非常にしょっぱく、堅くて、美味しくない。
「血抜き途中の森林魔豚の消費を手伝って欲しい」
数日前に手に入れたが、血抜き途中で魔物がわらわらと寄って来たので作業を中断した、高級豚肉が手元に在る。
この豚肉、名前に『オーク』と付いているので見た目は『人型の豚の魔物』を思い浮かべるだろうが、見た目は迷彩柄の四足歩行の豚の肉。全長が三メートル半も有るけど、地球で家畜として飼われている『ピンク色の豚』にそっくり。毛皮が迷彩柄になっているだけ。一応魔物なので突進を始めとした攻撃もして来る。
でも豚だ。市場に出回れば高級肉扱いされる豚肉だ。臭みも少ないので血抜き処理をして焼いただけでも結構美味しい。
それが十数匹単位の群れで襲い掛かって来た。全部氷漬けにしてゲットした。誤算は血抜き作業が出来なかった事か。
森にいた間は体長二メートル半の三つ目の狼の魔物を捌いて燻製にしたものを食べていた。この狼も群れで行動するタイプだったのか、ニ十匹以上が道具入れに入っている。どれも三メートル越えの大物で、一番小さい奴を捌いたのだが……消費し切れていない。
この狼よりもデカい豚を消費するとなると、毎日食べて何ヶ月かかる事やら。下手をしたら数年単位で時間が掛かる。
消費し切れないと判断し、お裾分けとしたのだ。十体以上いるから三体提供した。
新鮮な高級肉に『不審な子供』を見るような目付きだった野郎共は大喜び。血抜きしカットして、鉄串に刺して焼いただけの肉を『美味い』と貪っている。
流石に王子は臭みを感じたらしく、少しだけ顔を顰めたが、臭み消しの香辛料と塩を振って焼いた肉を差し出したらガツガツと食べ始めた。
自分も臭みは気になったので、贅沢な、とは文句は言えん。
豚の燻製肉を作っている傍ら、欠食児の集団と化した騎士達を眺める。騎士になれるのは貴族だけの国もあり、リンドヴルム王国もそうらしい。
干し肉に飽きていたところに新鮮な高級肉がやって来て、理性が多少飛ぶのは解るが……。
貴族あるまじきスラングが飛び交い、肉を食べるものは『酒が欲しい』と身悶え、二交代の見張り役は嫉妬に怒り狂う貴族令嬢のように高周波を漏らす。
実にカオスな光景だ。騎士に幻想を抱いていたものが見たら、間違いなく幻滅するだろう。
「この燻製肉も美味しいですね」
「それ三つ目狼の燻製肉」
いい加減消費しなくてはならない、狼の燻製肉をブロック状に切って出したらこちらも高評価だった。一口食べたフリッツでさえも『酒が有れば』と唸っている。リンドヴルムって酒好きの国だったかと思ってしまう光景だ。
ブロック状の肉を一つ口に放り込み、燻し中のオーク肉の燻製をチェック。
もう少し時間がかかりそうなので、自分のご飯を一品作ろう。と言っても、簡単な奴だけどね。
まず冷凍保存していたパン種を一つ取り出し魔法でゆっくりと解凍。食パン用として作り置きしていたものだ。これを型に詰め、焼いて半分にカットし、肉と野菜を挟めばサンドイッチになる。魔法を使った解凍中に挟むものを手早く作る。
どうせならパテを作りたいが、ここは森の中なので我慢。血抜きした豚肉をパンの大きさに合わせてカット。厚さは二センチ、長さ十センチの長方形を四枚切り出す。内二枚に塩と臭み消しの香辛料のミックスと胡椒を振りかける。残りの二枚は塩胡椒のみ。塩胡椒のみは作り置きの柑橘マーマレードジャムとマスタード合わせたソースを絡めて焼くので少しこのまま置いて味を馴染ませよう。
解凍が終わったので、油を塗った直方体の型にパン種を敷き詰めて魔法を使って手早く焼く。全方位から均一に熱が伝わるようにすれば、予熱不要であっと言う間に焼ける。オーブンだと予熱だのと一手間必要だが、魔法を使うとそんなものは不要となる。
型から出した焼きたてパンが少し冷めたら半分に切り、片方を八枚に切り分ける。断面の白さが眩しい。残りは明日の朝食。八枚の内四枚を更に半分にカット。パンに馴染ませる工程は今回省く為。キャベツに似た葉物野菜の酢漬けを千切りにしてバターを塗ったパンに載せたら準備よし。
最後に馴染ませていた肉を取り出したフライパンで焼いて行く。胡椒のみの方にはソースを絡めて焼く。焼き上がったら酢漬けの上に乗せてパンでサンドし、完成。一切れ食べる。臭みゼロ。うん、美味しい。そのまま残りも全て食べ切る。
食べ切ってから燻製をチェック。やや高温で燻しているのでそろそろ良いだろう。
燻製台から肉を降ろし粗熱を取る。朝食分は出来た。明日の朝は食パンと燻製とリエットだな。あっ。冷凍保存していたコンソメスープもそろそろ飲まないと傷むんだった。小分けにして冷凍したコンソメスープを取り出す。スプーンで端を削って味見。朝食にする分には問題なさそうなので、道具入れに戻す。
「随分と広い収納魔法を持っているのだな」
「平騎士の五倍以上の魔力を誇る殿下でも、十キロ程度しか収納出来ないのに」
「広さが魔力量に比例するとは言え、どれだけの魔力を持っているんだ?」
「このオチビちゃん。ホントに、普通の冒険者なの?」
燻製の粗熱をチェックしていると背後から、会話と言うよりも独り言のような声が聞こえて来た。感心ていると言うよりも呆れていると言う方が正しいか。そんな感じの声音だ。うっかり口を滑らせて王城に連行されたくもないので、聞こえないふりをするしかない。
収納魔法と言うのは、簡単に言うと自分が持っている道具入れを魔法で再現したもの。手元に小さな閉鎖空間を作りそこにものを収納する。念じるだけで出し入れ可能なので非常に便利。だけど、独り言にも在った通り『収納可能な広さと重量』は魔力量に左右される。普通の人は大体一キロ程度の三十センチ四方程度の空間しか作れない。冒険者でも三キロ前後で五十センチ有れば良いと言われている。
自分が持つ道具入れは、参考にしたものが『広大な空間を作る』となっていたのでそのまま再現したようなもの。広さは完全に把握していないが、少なくとも、日本の小学校の敷地(校庭含む)よりかは遥かに広いだろう。収納物の重量は現時点で数十トン単位のものが収納されている。
しかし、自分の道具入れはその重みを感じさせない。
何しろ見た目が『大きめの石が付いた指輪』なのだ。指に装着するか、紐かチェーンで首から下げていればアクセサリーと認識されるだろうしね。
自分が習得した魔法とこの世界の魔法の『仕組みの差』を感じる。
仕組みの差と言えば、この世界には強化系の魔法が存在しない。広域・遠隔発動の魔法もない訳ではないが種類が少ない。付与系の魔法もない。剣に炎を纏わせるとか、ファンタジー系の創作物だと結構な頻度で存在するのに、この世界ではない。
参考にはならなかったが、群衆に埋もれる為には『ありふれた魔法か否か』を知っておく必要が有る。オリジナルと言い張るには限度が有る。特にこの世界には転生者がいるのだ。その内の一人と認識されると、どうなるか分からない。
余計な事は言わないに限る。
嫌な鉄則を再認識した瞬間だった。
夕食後。お肉を提供したと言う事で見張り番は免除となった。代わりに明日の朝食分の肉の提供を求められた。『血抜きなどの下処理をしてくれるのなら』と条件を出したところ、あっさりと受け入れられた。朝食分の肉は三つ目狼で良いか尋ねたところ了承が得られた。五体出して処理をお願いする。
なお、提供した六体分の豚肉(三体追加した)は全て騎士達の胃袋に納まった。王子と側近もガッツリ食べていた。
欠食児しかいないのかと突っ込みたい。我慢したけど。
許可を取ってから野営地の一角に持参の三角錐型のテントを張る。このテントは自分の身長に合わせて作ったもの。見た目は自分が寝っ転がる程度の広さしかないように見える。天井の高さも一メートル程度と低いからね。ま、自分が作った一品なので当然の事ながら違う。
テントの布地は防水防汚加工を施し済み。骨組みの金属には遮断障壁を付与し、『音・振動・外気温』をテントの外と遮断する。内部の床布に敷いているラグマットはふかふか。この上に座るか寝転がるだけで『疲労回復と体と衣類の自動洗浄』が可能となる。
寝る時はこのラグマットの上に『賢者も駄目になるクッション』を敷いてベッド代わりにする。クッションは大きく作ったので大活躍だ。
内部がここまで快適でも広さがないと意味がないと思った貴方。キチンと対策はしている。
魔法を使って内部空間の拡張を行いました。これも骨組み内部に指定している。
拡張された空間は、とっても広い。見た目の三倍近い広さだ。天井も高いよ。
内部を明るく照らすランプには室温自動調整機能を付けた。点けると自動でテント内部の温度が快適になる便利品です。
で、何でここまで凝ったものを作ったのかと言うと、理由が有る。
作業の為でもあるが、一番の理由はお風呂。転生先がどうもヨーロッパに近い世界が多く、湯船に浸かれないのだよ。妙なところで日本人の性が出た。
テント内部でも楽しめるお風呂タイムの為に、無駄に技術を注ぎ込んで作りました。
名付けて『何処でもシステムバス』。ネーミングセンスのなさは目を瞑って。
一見すると直方体の金属の箱だが、内部に在るのは湯船とシャワー。入浴方法は広さの関係から洋風にした。湯船に浸かりながら体を洗い、出る時にシャワーを浴びる。使用済みの水は魔法で処理。テント外で使用するのなら普通の排水も出来る。使用する温水も魔法で作っている。魔法が便利過ぎる。
利便性を追求したとも取れるが、自分の我儘を叶える為に技術を無駄に使いまくってるんだよね。
テント内で使用すると湿気が籠りそうと考えて金属の箱にした。流石に入浴中にテントに入られたら困るからね。
ラグマットを敷く意味がないとか突っ込まないでね。シャワーを浴びるのと魔法で汚れを落とすのでは気分的に違うのだよ。
長々と説明したが、本日はシャワーのみを使用。理由は王子がいるからです。側近らしい男共がこの設備を知ったら貸して欲しいぐらいは言いそうだしね。
シャワーのみなら、蒸しタオルで拭いただけと誤魔化しが可能。石鹸の香りは香油で誤魔化す。
いざシャワーを浴びようとして、採集した薬草のチェックをしようと考えていた事を思い出し、採集籠を道具入れから取り出す。籠から出して種類を確認すると試作品三種がそれぞれニ十本前後作れる量があった。他にも薬になる薬草を幾つか採集していた。これらは薬師ギルドに売ればいい。
自作用と販売用に薬草を分けて道具入れに仕舞う。
「ん~スッキリ」
気を取り直して、シャワーを浴びて汚れを落とし、軽く伸びをする。タオルで手早く体を拭いて服を着る。髪の水気をタオルで拭き取り、ランプの光量を落とす。道具入れから毛布を取り出してクッションの上に転がる。
「ふぁ……」
欠伸が出る。ラグマットの効果かシャワーを浴びた結果か。最早、どちらでも良いな。
毛布を被る。やって来た眠気に任せて、眠りに就いた。
翌朝。夢も見ずにぐっすりと眠った。寝惚け眼を擦りながらテントの入り口を少し開け、隙間から野営地を見る。
「肉ー。に、くぅぅぅぅぅ」「ああ。うめぇ」「ぜーたくー」「交代分を残せ!」「はっ。運のないお前が悪い」「ちっくしょうぅぅぅっ」
昨夜の続きが発生していた。五メートル級の大物を五体の提供したのだが、追加いるかな?
「チビちゃん、起きてるー?」
テントが少し開いた事に気づいたクルトが近付いて来た。乱れた髪を手櫛で軽く整えてから、入り口をもう少し開けて顔を出す。
「おはよう。起きたよ」
「おう、おはよう。飯食って少し休んだら出発だぜ」
「? 一緒に行く約束はしてなかった筈だけど」
四人が騎士団と一緒に街に戻るのは知っている。だが、行動を共にすると言う流れにはなっていなかった。街に戻れは言われたけど。
「……ああ。ここも片付けちまうんだよ」
クルトは少し首を傾げたが、言葉足らずに気づいてそう言った。
「成程」
野営地から撤収する事を告げに来たのか。
そう納得すると、入り口を閉めて身だしなみを整えテントから出る。意外な事クルトは外で待っていた。不思議に思い訊ねる。
「どうしたの?」
「聞きたい事が有んだけどいいか?」
頷いて了承を示すと、クルトからの質問を口にした。
「魔物の肉ってまだ余ってんの?」
「沢山有るよ」
オークは十体以上いるし、三つ目の狼もいる。出してはいないが、亀のような甲羅を持ったドラゴンや猪もいる。在庫過剰状態だ。
「それさ、何処に売るか決めてる?」
「辺境伯領の冒険者ギルド」
魔物の肉の買取所がギルドの他に在るとは聞いた事がない。冒険者ギルドを経由せずに魔物の肉の売買が出来る場所が有るのなら、逆に教えて欲しい。
自分が今回売り払う分で保管庫が埋まるかも知れないが。
「それさ、俺らが買っても良い?」
「良いけど、予算足りるの?」
「殿下が足りないなら個人資産から立て替えるって言ってたから大丈夫だと思う」
繰り返すが、オークは高級豚肉。平民は当然だが、下位の貴族でも金銭的問題から入手が難しい高級品。
手元のオーク肉は血抜き処理を始めとした、下処理を済ませていない氷漬けにしただけの状態。
処理を自力でやって貰う事を条件に少し安く売っても良いかも。
テントを道具入れに仕舞い、クルトと一緒に歩きながらそんな事を考えた。
移動途中に野営地を見ると、殆どのテントが片付けられていた。
「チビちゃん飯食った?」
「まだ」
「殿下達のテントで食べな。他の奴と一緒じゃ食い難いだろ」
「……それは確かに」
肉の奪い合いをしている騎士達に交じって食べるのは……流石に遠慮したい。
さして離れていない、昨晩方針決めに使用されていたテントに入る。中では、王子、ブルーノ、フリッツの三名が食事(串焼き肉)を取りながら『あーでもない、こーでもない』と話し合っていた。それでも、テント内に入ると三人同時に気づくのだから、『やっぱり騎士なんだな』と再認識する。
挨拶もそこそこに、テーブルの端に着く。
会話には加わらなくても良いそうなので、朝食を食べてしまおう。
昨晩焼いて八枚切りにカットした食パンの残りの四枚を皿に乗せる。作り置きのリエット、バターナイフとスプーンに金属カップを続いて取り出す。金属カップには小分け保存のコンソメを一つ投入し、魔法で解凍&加熱。適温になったら一口大にカットしたオーク肉の燻製を投入し、簡易スープの出来上がり。
食パンにはリエットを塗り、半分に折ってそのままかぶり付く。やっぱり、リエットはバゲットみたいな固めのパンに塗り込むのが良いな。贅沢は言えないけど。
燻製を投入したスープは良い味だった。ただ、コンソメは一度に大量に出来上がるから毎回消費し切るのが難しい。
そろそろ魔法で行う『フリーズドライ製法』の研究を始めるべきか。
いや、ゲトライデ王国に行けば味噌が手に入るから、味噌汁生活に戻るのも悪くないな。
コンソメスープをお代わりしながら考え、リエットを塗ったパンを食べ進める。
「チビちゃん。そのスープって何?」
「コンソメ」
「コンソメ? あれ作れるの?」
「一度に大量に出来上がるけど作れるよ」
「マジで!?」
問いかけて来たクルトが驚いている。まぁ、コンソメってレストランとかで作ってるイメージが有るもんね。家庭で作れる料理じゃないと思っても当然か。
クルトの質問を皮切りに、質問が続いた。
「そのパンに塗っているのは?」
「リエットの事?」
「リエット? 聞いた事が有りませんね」
「豚肉の塊に塩を振って、水分抜いて、ブイヨンと臭み消しの香辛料や白ワインと一緒に柔らかくなるまで煮て、冷まして手で割いて練った奴」
「聞いた事がない調理法だな」
「鶏肉や魚でも出来る。牛肉は試した事がないけど」
「へぇ、そうなんですか」
「水分を抜く量次第では、長期保存も可能で、最大一ヶ月ぐらいは持つけど、かなりしょっぱい」
「一ヶ月!? 硬い干し肉に比べれば、多少しょっぱさは無視出来ますね」
「そうだな。パンに塗るだけで良いのなら、警備兵の夜食に向いていそうだな」
「前に夜勤の人に差し入れたら喜んでた」
「手軽に肉が食えるんだからそりゃそうだろうよ」
予想外に、わいわいと賑やかな朝食となった。
食後、食休みついでに今後の予定を尋ねられた。
いかに冒険者でも、子供を独りで残すのは問題が有ると判断しているんだろうね。それを差し引いても、ギルドに調査の件について尋ねるから一緒に来いってところか。調査は粗方終わっているから、辺境伯にバトンタッチでも良いかもね。一緒に戻るかどうかは別だけど。
それと、今更になって思い出した、この王子の大火傷の原因について尋ねる。
「あれは火炎蜥蜴が原因だ。刺し違えに近い形で川に落ちた」
火炎蜥蜴。ファンタジー系のゲームでお馴染みの魔物。この世界だと体長十メートルの赤い蜥蜴だ。頭部は鰐に似ている。
蜥蜴なのに鰐似とはこれいかに? と思った瞬間だった。
細長い体長の割に素早く、鉄をも溶かす炎を吐く。
そう言えば、王子の鎧の金属板も溶けていたな。あれは火炎蜥蜴の炎が原因だったのか。
「右腕と頭部に大火傷を負って、川に落ちて、長時間川の水に浸かって溺れて、滝壺に落ちて……」
「……溺れたのか、俺は」
「水を吐かせるのが大変だった」
「殿下。滝壺に落ちて無事だった事を喜んで下さい」
溺れたと言う事実がショックなのか、王子は遠い目をした。でも、フリッツの言う通りでもある。
そんな王子を観察しながら思う。自分が回収するまで良く生きていたなこの王子。耐久力高過ぎやしないか?
リンドヴルム王家は『竜の血を引く一族の末裔』ってのは聞いた事が有るけど、それを含めても頑丈過ぎないか? 魚止めの滝の滝壺に落ちたのに。
「おチビちゃんさ、どうやって殿下の水吐かせたの?」
「胸部圧迫」
クルトの質問に短く答える。嘘は吐いていないから、首を傾げるな。状況は記憶から削除して二度と思い出す予定はない!
しかし、目撃者は非情だった。
「その答えで一応合っていますね」
ブルーノッ!? それ以上言うな!
発声は抑えられたが、肩をビクつかせてしまう。
溺れたと言う事実を知って、やや憂鬱そうな顔をしていた王子が『一応って何?』みたいな顔をしたではないか!
「殿下はある意味責任を取った方が良いかも知れませんね」
裏切り者ぉ!
「はぁ?」
「フリッツ。どう言う意味だ?」
「ご自分で考えて下さい」
そう言って、フリッツはにっこりとほほ笑んだ。
意味が分からない王子とクルトは顔を見合わせた。
「胸部圧迫、責任……あっ!?」
だが、クルトは何かに気づいたのだろう。小さく声を上げ、フリッツが言った意味に気づいた。妙に憐みの籠った眼で見られる。
「あ~、知らぬは本人だけって事か」
「そう言う事です」
首を傾げたままの王子を放置してフリッツは話しを切り上げた。
別行動を取ろうと、こっそり動き始めたら輝く笑顔のブルーノに掴まった。
そのまま引き摺られるように街まで連れて行かれた。
昼過ぎ。数日振りに街に戻った。辺境伯が住む館(見た目は小さな城に近い)の傍の街だからか、そこそこの大きさが有り、活気も有る。辺境伯領でギルド関係の建物が有るのもこの街のみ。故に、冒険者が最も多くいるのもこの街である。
辺境伯のお膝元で馬鹿をやる奴はいない。巡回している辺境伯直属の兵も犯罪に目を光らせているので、比較的治安も良い。
一時的にとは言え、自国の王子が領地に滞在するとなれば、警備も厳重になる。それを住民が歓迎するか、不満を溜めるかは不明だけどね。
街に一緒に入って別行動かと思ったが、ブルーノと共に行動となった。ギルド長から詳細を聞く為か。
……そう言えば、今朝クルトが『魔物の肉を買取たい』って言っていたな。買取る肉を決めるのか?
かなりの量が有る。資金不足でギルドで一部買取になる可能性はないと思いたいが、在庫過剰になると途中で切られそうだ。個人で食べる分と他所で売る分を残せばいいんだろうけど、どうしようかな。
そんな事を考えていたらギルドに到着。ブルーノと一緒で視線を何時も以上に浴びる。ブルーノに見とれていた受付の女性にギルドの登録証を見せる。女性から嫉妬に満ちた視線を貰うが、提出した登録証を見た瞬間にギョッとして、『少々お待ちを』と言い残し、風のように去って行く。
あれは、ギルド長に何か言われていたな。
僅か数分で女性はギルド長の秘書を務める小豆色に似た赤茶色の短い髪の男性と共に戻って来た。
「辺境伯の三男の方が何故?」
隣のブルーノが意外な人物の登場に驚いている。ここのギルド長の秘書は現イェーガー辺境伯の三男、ヴェーヌス・フォン・イェーガーが務めている。修行として冒険者として活動していたが、辺境伯家より、ギルドで働いていた方が楽しいと、家を出た変わりもの。荒々しいイメージの辺境伯で唯一の美形なので、言い寄る女も多い。香水臭くて鬱陶しい貴族令嬢が嫌で家を出たんじゃないかと思っているが、尋ねていないので真相は闇の中だ。
王子付きの騎士が知らないって事は『家を出た話し』は余り有名じゃないんだね。いや、辺境伯家出身じゃ珍しくもないのか?
やって来たヴェーヌスは自分に笑顔を向け――受付の女性陣が一斉に睨んで来た――て、次にやや慇懃無礼にブルーノに軽く頭を下げる。
「お初にお目にかかります。ブルーノ・フォン・ノイナー公爵令息。そして、五日振りですね。オルトルート殿」
ヴェーヌスから妙な棘を感じる。ブルーノも何か言いたそう。と言うか、公爵令息だったか。ここに居ない残りも二人も同じか。
睨み合う男二人に挟まれると、色んな意味であとが面倒なので形式的な挨拶を返したブルーノを『待て』と手で制し、自分も返事を返す。
「うん。五日振り。ヴェーヌス、ギルド長はいないの?」
「おりますが、調査結果の報告で戻られたのですか?」
「報告と買取。甲羅持ちのドラゴンの買取余裕有る?」
ヴェーヌスの問いに頷いて答えると、受付に指示を飛ばす。倉庫に余裕がないのか?
「倉庫の余裕を確認するので、買取は報告のあとでお願いしますね」
「分かった。執務室に行っても大丈夫?」
「ええ。では行きましょうか」
笑顔を向けて来るヴェーヌスから視線を移して隣のブルーノを見る。
「一緒に来る?」
「御一緒します」
ヴェーヌスとブルーノの視線が一瞬交錯し、目に見えない火花が散る。その光景を見て胃痛を覚える。早く別行動が取りたい。
本当に、美形な男に挟まれても良い事ないな。
二人に挟まれる形で共にギルド長の執務室に向かった。
到着した執務室に足を踏み入れると、案の定ギルド長は自分と両脇の男二名を見て……何が面白いのか、ぷっ、と吹いて笑い出した。殺気を込めて睨み付けると笑いは噛み殺したものに変わるが、噛み殺し切れないのか目尻に涙が浮かんでいる。
「おい」
「わりぃ……んで、どうした? 報告か?」
目尻に浮かんだ涙を拭いながらも、用件を訊ねて来たので頷く。まぁ、自分が執務室にまで顔を出す案件は一つしかない。
ヴェーヌスから来客用のソファーを勧められてブルーノと共に腰を下ろす。対面に移動して来たギルド長が座る。
「そっちは見ねぇ顔だが、服装を見るにリンドヴルム王国の騎士か。何の用だ?」
ギルド長は自分の横に座るブルーノが誰かは誰何はしないが、騎士と判断して用件を尋ねた。
「初めまして。エーベルハルト殿下付きの騎士、ブルーノと申します」
ブルーノは笑顔でギルド長に挨拶したが、お茶を三人分出しながら、ヴェーヌスが本人には不要そうな情報をさらりと入れる。
「ノイナー公爵家の次男に当たる方ですよ」
ブルーノとヴェーヌスの視線が交錯し、再び目に見えない火花が散る。双方共に笑顔なのが恐怖をより一層煽る。
その光景を見たギルド長も、流石に顔をやや引き攣らせた。
美形が黒い笑顔で睨み合っていたら恐ろしいだろう。その片割れが自分の秘書だから尚更か。
手を叩いて自分に注目を集め、用件を切り出す。
「国境沿いの川の毒。該当箇所を何ヶ所か調べた」
「おっ! 時間が有ったらでって言ったのに調べてくれたのか」
地図を取り出してテーブルに広げ、国境沿いに流れ着く該当四ヶ所を指で指し示す。
「下流に流れる川は全部で五ヶ所。そのうち四ヶ所は白」
「残り一ヶ所が黒か?」
ギルド長の質問に首を振る。
「そこはまだ調べていないから不明。でも、この近辺で魔物と多く遭遇した。ここから離れた場所だと遭遇は少なかった」
「ふむ。黒に近いな」
野営地で王子達に話した事と同じ事をギルド長に教える。遭遇した魔物の種類も上げると驚いた。
「甲羅竜と森の中で遭ったのか。基本的に水辺から動かない魔物が森の中を移動していたって事は」
「こちらはその川が黒だと思っております」
ギルド長の独り言めいた言葉のあとを継いだのは笑顔のブルーノ。
「一つお尋ねしますが、子供にさせる調査ではないでしょう。何故彼女に依頼したのですか?」
「子供って。頼んだ時にこいつよりも上の階級の冒険者はいなかったんだよ。仕方ねぇだろ」
背後に黒いものを背負った笑顔のブルーノだが、呆れて手をひらひらとさせるギルド長の台詞に怪訝そうな顔をした。
「彼女よりも上の階級の冒険者がいなかった?」
「ああ。オルトルートは見た目は子供だが、冒険者の階級は黒。しかも、何時銀級に上がってもおかしくない実力者だ」
「……凍結に強い泥蜥蜴を氷漬けにしていたからそれなりに上と思っていましたが、想像以上ですね」
ここに来てブルーノの口元が少し引き攣る。それを見て良い笑顔を浮かべるヴェーヌス。それに気づいたブルーノがヴェーヌスを睨み、睨み返され再び見えない火花が散る。
無言で火花を散らす野郎共はどうでも良い。それよりも、確認しなくてはならない事が在る。
「階級が上がるのってもう少し先じゃなかった?」
「ん? ああ。言っていなかったな。お前が前に買取で持って来た魔物、黒大猪と鱗狼に緑大蛇、それ以外も上級ばっかりだっただろ」
「そうだっけ? 魔石は売らなかったし。あとは美味しかった鷲獅子しか覚えてないけど」
魔物から採れる魔石は個人所有としている。ギルドで売るのは魔石以外。食料になる肉とかは手元に残すけど食べ切れないから殆ど売ってしまう。
「食いもの以外も覚えて置けよ。次も上級の魔物を大量に持って来たら銀に上げる申請を出す予定だ」
色気よりも食い気な女だなと、ギルド長は笑う。
……野郎共に興味はないし、食べたいご飯の方が重要だから否定が難しい。今回の仕事を引き受けた理由も、『ゲトライデ王国のお米が食べられなくなっては困る』と言う、極めて個人的な理由からだし。
「随分と大物ばかり倒していたのですね」
「全部大きいから魔法でスパッと切って氷漬けにしただけ」
「……普通は出来ないですよ」
何故かブルーノが引いている。
おかしいかと首を傾げてギルド長とヴェーヌスを見る。二人も若干引いていた。
ため息を一つ零して話しの軌道を修正する。
「最後の一ヶ所もあたしが調べた方が良い?」
「へ? あ、ああ。出来る事ならお前に頼みたい。鑑定魔法が使えるのはお前しかいないからな」
鑑定魔法が使える冒険者は少ないが、いない訳ではないのでバラされても問題はない。
了承の意を伝えると、ブルーノから待ったが入る。
隣国に影響が出ているので辺境伯を交えて対応を決めたいとの事。
王族が現地にいるにも拘らず、隣国に影響が出ている事に対応をしないってのは確かに不味いか。
ギルド長に新規情報の有無を尋ねるが答えは否だ。
これ以上は辺境伯を交えて話し合いをした方が良さそうなので、強引に話しを打ち切る。ヴェーヌスに買取魔物を出す場所へ案内を頼んだ。そう言えばこいつ、確認するとか言って置きながら向かっていないけどいいのか?
ブルーノも付いて来る。食糧として魔物の肉を幾らか買い取りたいってクルトが言っていたからついて来ても不思議はない。
到着したのは解体所。指定された空きスペースに氷漬けにした魔物を出して行く。
森林魔豚十数匹、三つ目狼二十数匹、甲羅竜十数体を出して行き、ヴェーヌスとブルーノの顔が強張って行く。更に追加で体長五メートルの鱗猪三体、一抱えもある大きな灰色兎十二体その他にも色々と出して行く。
「これで全部。解体場所がなかったから自分で食べる分をここで解体しても良い?」
「構いませんが、この数と種類だと昇級ものですね」
「? 上がるの?」
「魔物の種類と数的に上がるでしょう」
何時も笑顔のヴェーヌスの顔がちょっと引き攣っている。
「ヴェーヌス。昇級するって事は王都の支部に行かないと駄目何だっけ?」
「銀級か金級に昇格する場合は、各国王都のギルド本部に推薦状を送り承認を受け、『ギルドからの指定の依頼を三つ』もしくは『王家からの指定依頼を一つ』達成する事で昇級となります」
面倒だな。
「ギルドと王家のどちらからか依頼を受ければいいの?」
「ええ。そうですよ」
「両方でないだけ、まだマシな方か」
でも、熟す数を考えると王家からが良いけどそう簡単には受けられない。
ギルドからの指定依頼三つで良いかと決め、食べる分の魔物の血抜きを始めとした処理をする。肉と魔石以外も一緒に買取してくれるらしい。
食べる分は森林魔豚と亀甲蛇で良いかな。猪肉は硬いし、甲羅竜の肉は食べ飽きたけど、鶏肉に近い触感だから一体捌くか。
森林魔豚と亀甲蛇。この二種は地球の食材に例えると、高級豚肉と高級マグロになる。
亀甲蛇の見た目は『頭部に亀の甲羅を持った紫色の蛇』と言えばいいか? こいつの甲羅は亀裂を入れると一定方向に向かって綺麗に割れる性質が有り、非常に加工がしやすい。耐火能力が高く、防火壁や防火用の盾に加工される。殆ど防火壁に加工されるから盾は余り売られていない。
こいつの見た目は『毒持ってますよ!』と主張しているかのような鮮やかな紫色だが、この色は皮の部分だけ。身は白く、腹の部分の肉を火で炙ると脂が大量に落ちる。尻尾と頭に近い部分は逆に淡泊。バターでソテーして食べるとカジキマグロのようだった。
肉と魚がセットで手に入った。
食べる分を冷凍していると、背後から聞き覚えの有る、茫然とした声が上がった。
「凄まじい光景だな」
「こんなに狩って来たのかよ」
「領地内で捌き切れんな」
振り返ると、王子とギルド長にイェーガー辺境伯の茫然とした三名がいた。その後ろに唖然としているクルトとフリッツ他、お付きの面々が絶句している。
何しにやって来たんだ?
「殿下、話し合いは終了したのですか?」
「あ、ああ。ギルド長と詳細を詰めに来たんだが」
ブルーノの問いに歯切れ悪く返答する王子。
「俺も魔物はそれなりの量を倒して来たが、この量はないな」
王子が遠い目をしている。心なし、煤けているようにも見える。
「殿下。オルトルートは別格です。こいつを基準にしては駄目です」
心なし口元が引き攣っている王子の肩を叩いて、辺境伯が慰める。
「こりゃ、銀級に昇級確定だな。王都の本部に推薦状送らねぇと」
ギルド長は、仕事が増えたと、げんなりしている。別に昇級は今回じゃなくても良いだけど。
自分の心の声は届かず、ギルド長が鑑定士や解体作業員に指示を飛ばし、ヴェーヌスを呼び寄せて指示を出し、移動を始めてしまった。
一旦ギルド長の執務室に戻り、王子と辺境伯とギルド長の三名が遠征用の食糧として魔物肉の購入についての商談を始めた。それを少し離れたところのテーブル席から眺める。値切り交渉を行う堅物王子と辺境伯。ちょっとシュールな光景だ。遠征費も有限だからしょうがないんだけど。
しかし、こうして見るとヴェーヌスが『熊みたいなおっさんの息子』だと言う事を忘れる。顔が母親似ってのも有るんだろうけど。
何故かクルトが淹れたお茶を啜りながら、終わりの見えない話し合いを眺めていると布袋を持ったヴェーヌスがやって来た。査定が終わったのか。
「こちらが今回の査定金になります」
ヴェーヌスが買取金をテーブルの上に並べた。
白貨三十二枚と金貨六十八枚。
日本円にすると、三千二百六十八万円前後かな? 金貨一枚で一万円と同等の価値だし。でも、物価は日本に比べると安い。高級品は滅茶苦茶高いけど。
この世界の通貨は白金銀銅の色の貨幣四種のみ。百枚刻みで貨幣の色が変わる。珍しい白貨は一枚で金貨百枚に相当する。今回の査定金は三千二百六十八枚の金貨と言えばいいか。しかし、予想以上の結構な大金である。
「大量に持って来たから少し下がると思ってたんだけど」
「亀甲蛇がいただろ? あれの甲羅の値が、最近になって高騰してんだよ」
口から漏れた疑問に即ギルド長が解説を入れる。商談は一旦休憩らしい。王子と辺境伯もこちらのやり取りを見ている。
「亀甲蛇の甲羅二メートル四方で金貨五十枚にまで高騰しています。今回買い取ったのは全てが五メートル級。状態も良いですし、オークションに出したらあれ一つで白貨二枚越えは確実でしょう」
ヴェーヌスの補足を聞いて納得する。
普段は金貨三十枚前後の品が倍近くにまで値上がりしていたのか。
納得している自分とは逆に王子の表情はちょっと険しい。高騰の原因を知っているのだろうか。
「どこかで防火壁か防火盾を大量に作ってるの?」
「それは分からん。けど、今回の買取で少し落ち着くかもな」
「ふ~ん」
今後の展望も聞いたが、正直に言うと興味はない。
これ以上聞いても意味はないだろうと見切りを付けて、受け取った買取金を道具入れに仕舞う。お金の残金の確認は宿か何処かでしよう。
「川の調査は結局どうなったの?」
辺境伯を交えて話し合い対応を決める。
それで話しは保留になっていた。やや不満げな顔をした辺境伯を無視して、結局どうなったかをギルド長に尋ねる。
「辺境伯と国側で、協同で調査に当たる。道案内をお前に頼む」
「案内だけで良いの?」
「ああ。黒以上の冒険者はお前だけ。他に頼める奴もいない」
これは調査依頼を受けた時にも言われた事。この辺りは辺境伯領と言う事も在ってか、中級以上の冒険者の数が少ない。仮にいても黒の二つ下の紫だ。
了承してから、出発の予定を尋ねる。
目的地は街からだと、徒歩で半日少々の距離。片道でこの距離なのだ。往復するとなると、二泊か三泊野営をする必要が有る。
「出発は?」
「調査に出す辺境伯の部隊がここに戻るのが明日。休息を含めて、三日後」
辺境伯が淀みなく回答する。
「協同とは言え、事前に幾つか打ち合わせをしておく必要が有る。それを明日からの三日間で終わらせる」
「打ち合わせ以外にも二泊分の野営の準備をする必要が有るのでこの日数です」
王子とフリッツの補足が入る。
てか、二泊野営をするのか。
「分かった。それまであたしは、ギルド運営の宿にいるね」
ギルド運営の宿は二つ在るが、出発の前日にギルドに出向くと言えば情報の共有は出来る。
細かい話しはそっちでやってくれと、自分は逃亡を図る。
三日後の集合場所と出発時間を、前日ギルド長に聞きに出向くと言って自分は立ち上がり、そう言えばと思い出し、ギルド長に尋ねる。
「そう言えば、薬師ギルドは今どうなってるの?」
「薬師ギルド? あそこがどうしたんだ?」
「いや、野営地で『辺境伯経由で購入した回復薬で薬師ギルドに良い顔されなかった』って、話しを聞いたからさ」
視線をギルド長から辺境伯に移す。辺境伯は脂汗を流して視線を逸らす。
「薬師ギルドで何やったの?」
「あー……、お前さんが納品した回復薬を買い占めた」
「おいっ」
「済まん」
まさかと思った推測が当たった事を知り、謝罪する辺境伯に突っ込みを入れる。
話しの内容が判らないと言った王子と側近達から説明が求められたが、辺境伯に説明を押し付け、大急ぎで冒険者ギルドを出る。
行き先は少し離れたところに在る薬師ギルドだ。
受付に行って納品した回復薬の残数を尋ねると、見事に完売していた。買ったのは申告通り辺境伯。
思わず天井を仰ぐと、受付の誰かが知らせたのか、薬師ギルド長がやって来た。そのまま執務室に連行され、次の納品は何時か尋ねられる。
次の納品予定は不明。
そうとしか答えられない。材料は有るけど作っている時間がない。三日後にはもう一度森に行かねばならないのだ。
そこまで言うと薬師ギルド長は肩を落とした。
ここに卸したあの回復薬を同じ本数作るとなると最低でも十日掛かる。日数は掛るが一度に大量に作れる一品なので三百本以上も納品で来たのだ。
全て買い占められるとは思っていなかったけど。
再納品を頼まれ、自分は肩を落とした。
※※※※※※
オルトルートが去ったあと。執務室に取り残されたもの達は閑談をしていた。
三日後のについてある程度の話しを詰めてあるから出来る事だ。しかし、現状は国境沿いの件で外交問題手前の状況に陥っている。エーベルハルトは今朝城から投函の魔法で届いた手紙で、その情報を知っている。それでも閑談をしているのは、エーベルハルトが気になる事についての情報を、ギルド長や辺境伯との会話から探っているから。
冒険者オルトルート。
見た目は十代前半の少女だが、実際の年齢は十五歳。三年程前に突如として現れた新人だが、成している事には目を見張る。
イェーガー辺境伯が買い占めた回復薬はその代表例と言えるだろう。
誰に師事して作ったか分からない回復薬。彼女が作る回復薬は上中下の三階級に分かれている。しかし、階級が『下』でも市場に出回っている回復薬の『中の上』に位置する程の効果を齎す。階級が『上』に至っては、王室献上品と言われても疑われない程の効果を持つ。
そんな品が市場に流れたら、混乱が起きるのは必定。事実、彼女が薬師ギルドに初めて持ち込んだ際にちょっとした騒動が起きていた。
回復薬に目が行きがちだが、オルトルートは冒険者としての功績も残している。
特に、単身で三つの邑を滅ぼした魔鳥を斃した功績は金級並みと讃えられている。
他にも、大量の魔物を倒して食料や素材として売り払う事で有名。
ただ、オルトルート本人はこれらの功績に興味を示していない。
理由として挙げられるのは、彼女が『努力をひけらかさない事を美徳とするシュヴァーン王国の出身である事』が、最有力候補だが実際は不明だ。他には望まない婚約を押し付けられそうになったなどの何かしらの理由で家を出た、何処かの貴族令嬢か没落した元貴族令嬢とも言われている。
実際は親の都合で追い出されたシュヴァーン王家の血を引く侯爵令嬢で、現国王の従兄妹姪なのだが……エーベルハルトが真実を知るのは王都に着いたあとの事である。オルトルートが『王の姪』と言う情報は当の本人ですら知らないので、真実を知る人間はここにいない。
それらの話しを閑談として聞き、三日後の準備の為に解散した。
馬車での移動途中、エーベルハルトは火炎蜥蜴との戦闘で火傷を負った右腕を眺めながら独り考える。
(どう治療しても、後遺症が残ると思っていた負傷を完治させた手段は結局判らずじまいか)
右手をぐっと握る。何時も通りの感覚が伝わり、どうやって治療されたのかと思う。
(回復薬は治療対象に飲ませる必要が在る。当時俺は溺れていたと聞く。溺れた人間に飲ませるとは思えない。どうやって治療したのだ?)
滝の傍で再会したフリッツとブルーノも、彼女が回復薬の瓶を持っていなかったと証言している。
……滝の傍に辿り着いた時点で『既に人工呼吸を受けていた』と、いかに幼馴染の側近で在っても教えていなかった。根が真面目で変なところに拘る幼馴染を気づかっての行動であり、断じて、愉快犯的な理由はない。
「殿下。そんなに彼女が気になるのですか?」
「治療方法を考えていただけだ。アレだけの重傷を負ったにも拘らず、負傷前の状態にまで治療する方法が在るのなら気になるだろう?」
隣に座るブルーノの質問にエーベルハルトは素っ気なく答える。実際に考えていた事をそのまま口にしただけなので嘘も言っていない。
本当かと、冷やかすクルトに一撃加えて黙らせ、暫しの沈黙のあと三人に尋ねる。
「……シュヴァーン王国の王家の秘術は何か知っているか?」
「いえ。流石に他国の秘術は存じません」
突然関係のない話題を振られ、ブルーノが否を返す。エーベルハルトが同乗しているフリッツとクルトにも話しを振るが、二人も否を返す。
「加護と祝福だ。厳密には他者の強化と回復」
エーベルハルトが教えると、何かに気づいたクルトが鸚鵡返しに尋ねる。
「回復?」
「そうだ」
エーベルハルトが肯定すれば、残りの二人も『とある可能性』に気付く。
「シュヴァーン王国で行方不明の令嬢がいないか調べる必要が有りますね」
「あの国に王女はいない。調べるとしたら、王家筋になるな」
薬師ギルドが治療院の代わりをしているので、勘違いされている事が在る。それは治癒魔法の限界についてだ。
実は治癒魔法は『骨折治療』が限界で、先日エーベルハルトが負ったような重傷を治せる治癒魔法は、存在しない。出来る可能性を持つ人間はシュヴァーン国王のみ。
この時点でエーベルハルトの治療行為が、オルトルートのうっかりミスだった事を知らない四人は、宿に着くまで彼女の正体について頭を悩ませた。
※※※※※※
三日後の調査終了後に、薬師ギルドで回復薬を生産納品する事で今日は一旦解放して貰った。妙な気疲れを感じて宿までの道を歩いていると、一台の馬車が通り過ぎて止まった。直後、馬車の窓から見覚えの有る男が顔を出した。
「クルト?」
「おチビちゃん、宿に行く途中かー?」
肯定すると、途中まで乗ってけ、と言う流れになった。
こいつがいるって事は王子も乗っているんじゃないかと思ったが、有無を言う間もなく馬車に乗せられ――現在クルトの膝の上に座っている。クルトの膝の上なのは、単純に座る場所がないからだ。
大柄な男が四人も乗っている馬車に座るスペースが有るのかと、思い付かなかった自分を叱りたい。あとの祭りだけど。
そのまま、宿に着くまで質問攻め。
特に王子の治療についてしつこく尋ねられたが、『緊急時用に持っている振りかけるタイプの試作回復薬を使った』と回答して逃れた。実際に持っているから嘘は言っていない。売り物にしていないから市場に出回っていないだけだと言い逃れる。
この世界の治癒術は『光属性』のみで、『水属性』の治癒術は存在しない。普段使っている治癒系の魔法は光属性なので、影は薄いが自分の水属性魔法で治癒術も行える。臨機応変に対応出来るように二つの属性で治癒術を開発したんだけど、これがまた扱いが難しいんだよね。
水を掛けると負傷が治るって一見すると怪し薬に見える。備えで持ち歩く際は、不透明な小瓶に入れている。
元は『魔法行使が難しい場所でも回復出来る』か、『光属性の魔法を使う負担軽減』を目的だったけど、今の魔力量を考えると意味が薄れている。
案の定、王子も訝しそうに見て来た。現物を見せて『使ったのは一本しか作っていなかった上級』と言い切った。微妙に信じて貰えなかったけど。やっぱ瓶が不透明だからか?
宿に到着し、質問攻めが終わる。礼を言ってから馬車を降りる。去って行く馬車を見送り、宿に入った。
受付で部屋を借り、一階の食堂でお昼を食べる。食べ終えたら部屋に向かう。部屋の鍵を掛けてベッドにダイブ。やる事が大量に出て来たので一先ず休憩する。
森の調査同行に、薬師ギルドにポーション納品。この二つに加えて、自ら首を絞めた形になったが、振りかけるタイプのポーションも作らないと。
「いいや。明日やろう」
一度休んで頭をスッキリさせた方が良い。
そう考えて、眠りに就いた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
投稿するか否かを考えている作品です。
今回の投稿分で三万字を超えているので、正式に投稿するのなら長編になるのは確定しており、削るか書き直すか、長編として書き上げるか少し迷っています。
ある程度書き上がったら投稿するかもしれません。お蔵入りにならないようにしたいと思っています。