ホオズキとポインセチア
自分には仲の悪い婚約者がいる。
会えば嫌味しか言って来ない男だ。顔を見るのも嫌になって、婚約一年目から無視している。
義務としてこいつの誕生日に品(こいつの母親に相談してカフスボタンにした)を送ったが、『お前が送って来たものなんか受け取れるか!』の言葉と共に目の前で砕かれて以降、手紙すら送っていない。
十歳から通う初等部にいた間の婚約期間中も、一度も一緒に行動をした事が無い。
出会いは七歳の頃に参加したお茶会だ。
ヤードリー王国でのデビュタントは二種類存在する。
成人式を兼ねた夜会で行う十六歳の令嬢令息を集めたデビュタントと、七歳の令嬢令息を集めて幾つかのグループに分けて顔合わせを行うデビュタント。
後者はどちらかと言うと、昼の社交界と言われるお茶会に出られる年齢に達した事を知らせる為の集まりだ。同年齢に誰がいるのかを知る為の集まりでもあり、ここで多くの知り合いを作る事が推奨される。
どちらも王家が主催するので、その規模は非常に大きい。
自分は会場の隅でお菓子を食べて、ジュースを飲み、会場を抜け出して王城内の庭園を歩き回っていた。子供だけの集まりなので、会場を抜け出しても目くじらを立てる大人はいない。
数人の子供のグループが庭園内を散策しても良いと、事前に言われていた。事前にそう言われていたのを良い事に、自分は庭園内を散策した。一人で歩いていると、同じ女の子グループに声を掛けられて、一緒に行動した。断る理由は無かったし、黒く染まっていなさそうな令嬢のグループだったので誘いを受けた。
結果を言うと、このグループの令嬢達とは今でも仲が良い。たまにお茶をするし、パーティー会場では必ず声を掛けて来る。
ここで『結果を言うと』になったのは、男子の中にスカート捲りを始めとした事を行う悪ガキがいて、一緒にいた令嬢達が被害に遭ったので、自分は落ちていた太めの硬い枝でその悪ガキ一同を泣かせた。
特にガキ代将っぽかった――後に婚約者に据えられた男子は護身用と称して小さな木製の短剣を隠し持っていた。武器を持っているのなら徹底的にやって良いよな? と、顔以外を枝で徹底的に叩いた。
途中から尻叩きに変更し、騒ぎを聞き付けた大人が来るまで徹底的に叩いた。
大人に事情を説明して、悪ガキ一同に頭を下げさせた。自分は怒られなかったが、『叩き過ぎは駄目』と口頭で注意を受けた。
口頭注意で済んだのは、木製とは言え、短剣を隠し持っていた奴がいたからだ。
悪ガキ一同は厳重に注意を受け、特に木製の短剣を持っていた奴は保護者のポートレット侯爵に怒られていた。
自分は『お尻を百回ペンペンして下さい。強めにやって下さいね』と、注文を付けた。
この場はこれで終わったが、『馬鹿の手綱が握れそうな女の子』として目を付けられてしまった。
この一年後、驚く事にポートレット侯爵家から婚約が申し込まれた。即座に断ったよ。七歳の頃から冒険者ギルドと薬師ギルドに登録し、既に仕事をしていたから時間は無いと正直に言った。
加えて、出会いの場が最悪だった事と、会う度に悪ガキ――ホリス・ポートレット侯爵令息が罵って来たので言い返して泣かせた――との相性の悪さを盾に婚約を断ったが、シスコン甥バカの国王が甥っ子が婚約者の女の子と一緒にいるところが見たいと我が儘を言って、『王命』と言う伝家の宝刀を使って無理矢理婚約を命じて来た。
マジで最低最悪だ。あのクソ王。
この王命を受けて以降、王家主催の集まりへの参加を全て拒否した。
代わりに、冒険者ギルドと薬師ギルドの活動に集中した。
婚約から二年後、全寮制の貴族学園に入学出来たから、今度は学校に引き籠った。父の辺境伯は自分に会うのを拒んでおり、一緒に行動しなくても良いと喜んでいた。
ポートレット侯爵から苦言を呈されたけど、『会う度に罵って来るクズと、無理矢理婚約させた国王に会ったら、確実に不敬罪となりそうな事を言いそうになるから会いたくない』と言ったら、何とも言えない顔をされた。そんな顔をするのなら、息子の教育を確りとやれよ。
バートルズ辺境伯家とポートレット侯爵家の領地は離れているし、接点は無いに等しい。ぶっちゃけるとこの婚約に旨味は無い。完全な国王の我儘で結ばれた婚約だ。
国王の我儘で結ばれた婚約なのに、何故か自分から申し込んだ事になっていて、しかも『素直になれないホリスが微笑ましい。何時ちゃんと告白するのか賭けよう』と社交界の話題の一つとなっていた。
これを知った自分は、相変わらず会う度に罵って来るホリスを張り倒した。
……何で、こんなクズに人生を滅茶苦茶にされなくちゃいけないのよ!!
父は胤撒きしか出来ないクズ。
押し付けられた婚約者は意味不明なクズ。
国王は自分が楽しみたいだけで人の人生を踏み躙るクズ王。
何でこんなにクズが一杯いるのか?
そう言えば、ポートレット侯爵夫人は末っ子のホリスを猫かわいがりしていたな。嫡男次男長女の三人は真面な良い人だったのに。
流石に国王の甥を張り倒した事で登城命令が来てしまった。迎えに来たポートレット侯爵と共に嫌々登城した。ドレスは着て行かなかったよ。持っていないし、国王に見せたくないから貴族学園の制服で行った。
非公式の謁見だからか、最初の挨拶は無かった。代わりに文句を言われた。
「ホリスを嫌う理由は何だ? 優良物件だ。何が不満だ? さして美しくも可愛らしさも持たないお前には過ぎた相手だぞ!」
余りの言い分に、キレてしまった自分は言いたい事を国王に言った。ポートレット侯爵の制止なんて、無視したよ。
「あんな会う度に罵って来るクズを押し付けられて迷惑だ!! 人の人生を踏み躙って何が楽しいのよ!!」
自分の本音を聞いて、国王はぽっかーんとしたが、隣にいる王妃は『やっぱりか』と言わんばかりの顔で頭を抱えていた。こっちは真面だったか。
その場で『慰謝料としてどちらかにサインしろ!』と国王に、離籍届と除籍届を出してサインを要求した。
この場でこの二枚の書類が出て来ると思わなかったのか。国王は慌てた。
「素直になれない微笑ましい甥っ子がデビュタントで婚約者とダンスをしているところが見たいから、あと三年我慢して」
「私が罵られて、嫌がらせを受けて、社交界から笑われているところのどこが微笑ましいのですか? あと三年待てと言うならここで死んだ方がマシです」
この時、自分の目が据わっていた自覚はある。国王に『嘘を吐くな』と言われたので、近くにいた警備兵の剣を奪った。奪った剣で髪を半分に切り落として嘘では無い事を示してから、首筋に剣を当てた。
国王は呆然としたまま動かなかった。だが、ギョッとしたポートレット侯爵が割って入り、王妃が国王を叱り飛ばして我に返らせた事で、婚約は解消となった。勿論、婚約に至った事実も公表された。
三年目にして押し付け婚約は解消となり、国王に批難が大量に集まった。己の愉しみの為に、関係の無い令嬢の人生を弄んだ愚王として見られるようになった。
王弟は他国に婿入りしておらず、王太子はまだ十三歳だった。王太子の年齢的な問題から、すぐに国王の退位とはならなかったが、王太子が貴族学園の高等部を卒業したら退位が議会で決められた。
被害者の令嬢の髪が短くなっていたので、『自身の思い通りにならないからと兵に切らせたでのは?』と止めを刺すように噂が立ち、批難に拍車が掛かった。
個人的な視点から言うと、社交界で賭けていた連中も同罪だ。この国の社交界に出る予定は無いけどね。
ポートレット侯爵家も、特に夫人が批難の的になった。こちらは夫人が積極的に『末息子の微笑ましい所業』をあちこちに広めていた事が原因だ。夫人は元王女(国王の妹)なので何かと無下にし難かった。
兄の国王に我が儘を言い、無関係な令嬢の人生に瑕疵を付け、社交界を騒がせた三点を理由に、領地に療養を理由に引き籠ったが、その実態は侯爵による幽閉だ。
婚約解消後、ホリスには別の婚約が持ち込まれた。こちらは完全な政略婚だ。
相手は隣国の第一王女で、王位継承権第一位を保有している。つまり、未来の女王様候補だ。
そんな人物の婚約者となったホリスは、朝から晩まで勉強漬けの日々を送る事になった。高位貴族の令息であるにも関わらず、マナーの授業は常に最下位争いをしている奴なので、毎日悲鳴を上げていた。国の監視が付いたので、自分に接触する事も出来ずにいる。十五歳になったら、留学してそのまま結婚するそうだ。
馬鹿と顔を合わせなくて済んだので、毎日が快適だよ。
代わりに親しい令嬢は全員去ったけどね。貴族の交友関係には親の意向が反映されるので、こればかりはしょうがない。最後のお茶会時に謝罪を受けた。
独りになったけど、何時もの事だ。冒険者ギルドと薬師ギルドに登録しているから、完全に独りになった訳じゃないし。丁度いいと仕事に集中した。
十一歳半ばの時点で婚約は無くなった。
自分は元々、社交界からは好奇の目で見られていたので、お茶会に出なければ問題は無かった。
けれど半年も経過しない内に、十二歳の誕生日を迎える前に最悪の出来事が起きた。
父バートルズ辺境伯の不正が発覚した。不正は祖父の代から行われていた。百年以上戦争が起きず、辺境伯家そのものが軽んじられるようになったから、見つからなかった不正だ。
不正と言っても国を揺るがすような事では無く、帳簿を見れば解る程に杜撰な不正だった。
辺境伯が『粗探しする程に見るものが無い格下』と軽く見られていたから、見過ごされていたとも言えるので、国の担当者も『職務を全うしていない』と罪に問われた。実際に、担当者はサボっていた。
言い方は合っているか分からないが、『担当者の首を挿げ替えれば済む』程度の事だった。辺境伯家の当主としての仕事を、担当者は調査をそれぞれしていなかっただけだし。
ただし、これ以上バートルズ家を辺境伯でいさせる事は出来ないと判断され、領地没収の上で子爵家に降格した。担当者は罰金の上で解雇されたけど、困った事に担当者はポートレット侯爵の分家出身だった。
ポートレット侯爵家は分家を潰す事で難を逃れた。本家が全く関与していなかったから可能となったのだ。
当然、この一件は自分にも影響を与えた。けれど、男児では無い事を理由に幼い頃より領地から追い出されて、ずっと王都で貴族としては質素過ぎる生活を送っていた事もあり、身分だけは『伯爵令嬢』のままになった。
父は王都への立ち入りを十年禁止された。五人いる異母兄も、父の不正に大なり小なり関わっていたので、『貴族の庶子』では無く、身分が正式に『平民』になった。
子爵ではなく準男爵にまで爵位を落としても良いと思うが、先祖の功績があるので落とし難いんだろう。
それに、唯一の直系であり、王家が散々迷惑を掛けた自分がいるから、批難逸らしで潰したと思われない為に降格に留めたのかもしれない。
ヤードリー王国では、女でも家を継ぐ事が可能だ。
実を言うと、建国当時は男だけが家を継げた。
けれど、婿入り当主が愛人を連れ込む事を始めとした、身勝手な事を堂々と行い、挙句の果てに愛人と一緒に家を乗っ取りを画策して、本妻を殺害する事件が発生した。
この事件が建国から僅か百年間の間に、十件以上も発生した為、女でも跡取りになれるようになった。
誠に嫌な経緯だが、法律上ではバートルズの跡取りは自分なんだよね。
あ、異母兄が五人もいるのは、単純に父が遊んだ結果出来た子供だ。
自分の母はどこぞの伯爵令嬢だったらしい。自分を出産して体を悪くし、父に男児を求められて二度目の出産に臨んだ結果、母子共に亡くなっている。自分が一歳を過ぎた頃に起きた出来事だ。
このままだと、自分が斜陽した家を継がなくてはならなくなる。
他国へ逃げる準備を始めた。薬師ギルドで留学を勧められたのはこの頃だった。
十二歳の誕生日を迎えて一ヶ月が経過したある日。
呼び出された薬師ギルドで、ギルド長より知らない国名を聞かされて、思わず眉根を寄せた。
「ブラックモア帝国?」
ギルド長が机の上に広げたナイティ大陸地図を見る。
大陸の形状は東西に横長だ。上下の長さもそれなりにあるが、地球のアフリカ大陸を右に九十度倒したような形をしている。
ヤードリー王国は大陸の西の端に位置する。
対して、ブラックモア帝国は大陸の中央に存在する大きな内陸国だが、大陸で最も大きな内海を保有しているし、大きな河川が何本も流れている。
「うん、大陸の中央に存在する『吸血族』が中心の帝国だ」
ギルド長の口から『吸血族』と言う、ヤードリー王国では馴染の無い単語が飛び出した。
この世界は吸血族――オーガを始めとした『鬼』と言う存在がこの世界にはおらず、一つの種族である事から『吸血族』と呼ばれている――と共存する世界だ。
日本人が抱く一般的なイメージの吸血鬼とも大きく離れている。魔法適性が高いのはイメージ出来るかも。
日光とニンニクが平気。日中を平然と出歩いているし、ニンニク料理を好む吸血族もいる。純銀製のものを触っても平気だ。その外見は、総じて顔面偏差値が高いだけで、人族と変わらない。
蝙蝠を従えていないし、蝙蝠に化けたりもしない。そもそも、この世界に蝙蝠が存在しない。
吸血行為はするけど、吸血衝動に駆られる事が少ないので、殆ど行わない。体調不良や魔力の異常が発生しない限り、血を求める事は無い。
仮に吸血衝動に駆られても、『ブラッディ・フィサリス』と呼ばれるホオズキに似た植物の実を食べると落ち着く。
このブラッディ・フィサリスは地球のホオズキによく似ているが、吸血植物の木の実に該当し、満月の夜に実を付ける。採集は翌日の昼間でも可能だが、夕方には実が萎れてしまう。その為、採集に適した時間は早朝が良いとされている。
ホオズキに似ているが、その大きさは十センチもあり、実の皮は硬く、中にはプチトマトのような実が入っている。
授業で知った簡単な事を思い出す。
人族中心のヤードリー王国で吸血族に遭遇する事は無い。
そもそも、ヤードリー王国は西の果てにある小さな国で、知名度は低い。王弟が婿入りした国の方が有名だ。近隣で最も有名な国はまた別の『スコット王国』だ。
そして、吸血族は大陸の中央から東側にしか存在せず、ブラックモア帝国以外にも吸血族の国は存在する。
「実は、東の薬師ギルド総会で『東西の若手同士で交流をしよう』って案が出たんだ。西側としては断る理由は無いんだけど、吸血族は馴染みが無いから渋る声が出たんだ。そこで、誰かを派遣して様子を見てから決めようってなったんだ」
「その派遣役を私にやれと?」
ギルド長の言いたい事を先取りして問うと、ギルド長は首肯した。
「交流会の場がブラックモア帝国なんだ。若手でも、吸血族に対する固定観念が出来上がりつつある十代後半より、まだ十二歳の君から見た視点の方が柔軟性に富むと判断されたんだ」
「……まぁ、私は最年少で所属していますけど、国が何を言うか判りませんよ? それ以前に、家督を押し付けられそうなので、現在、出奔準備をしています。行っても、ヤードリー王国に戻って来る可能性は低いです」
既に、冒険者ギルドと薬師ギルドに他国に移動した際についての注意事項など問い合わせた。
冒険者ギルドの回答は『特に無し』だったが、薬師ギルドは『紹介状を書くから待って』だった。現在交わしている会話は、紹介状の提出先の紹介として行っている。
「そのままいてくれても良い。寧ろ、西側に所属していた子が、東側に馴染めるかを気にしている。そのまま永住出来るようなら、今後の交流会を定期的に行う事も検討出来る」
「子供に任せる役目ではないですね」
ギルド側の思惑を知ると、人選が違う気がする。
「押し付けるようで悪いけど、冒険者ギルドにも登録していて、ある程度の戦闘もこなせる人材は他にいないんだ」
「つまり荒事が発生しても大丈夫な人間として、私の名が挙がったんですね」
「簡単に言うとそうだね」
ギルド長の言い分を言い直すと、確かに自分が適任だろう。
詳しい話を聞くと、自分を派遣するに当たり、ブラックモア帝国で『魔法薬学の授業を行っている学校』の推薦枠を用意してくれるそうだ。
この大陸では、魔法薬学と通常の薬学は十把一絡げの扱いを受けている。『通常の薬も品質維持の魔法具か精霊法具を使うから、魔法薬扱いで良いんじゃね?』と言わんばかりの扱いだ。
学校名と授業の一覧が書かれた紙を見て、どこの学校が良いか考える。
ここは、魔法薬学以外の授業で選ぶべきだろうな。
「古代魔法?」
授業一覧を眺めていた時、その学校だけ唯一この授業が存在した。ヤードリー王国の貴族学園の授業で『古代魔法』などと言うものは聞いた事が無い。自分が興味を示すと、ギルド長は素っ頓狂な声を上げた。
「え? その授業に興味が有るの? 止めた方が良いよ。魔法適性の高い吸血族でも習得が難しいって言われている魔法だ」
「難易度はどれぐらいですか?」
「六年掛けて一つ習得したらなら優秀と評価されるね」
ギルド長の説明を聞いて計算する。六年間学んで一つと言う事は、現代魔法の五倍以上の難易度か。
古代魔法の詳細をギルド長に尋ねると、『古代魔法の習得難易度は現代魔法の六倍だが、その効果は十倍』と回答を貰った。
現代魔法に関して自分が学ぶ事は殆ど無い。しかもヤードリー王国は小国で、侵略しても旨味の無い国なので、戦争を仕掛けられる可能性が低い。そのせいで辺境伯家が軽んじられているんだが。
古代魔法の授業がある学校の他の授業に何があるのか一覧を見る。
あ、こっちではマイナー扱いの精霊言語が存在する。しかも、六年間も学べるのか。ヤードリー王国では高等部の二年生になってから触りしか学べないのに。
精霊言語と言うのは、この世界に存在する二種類の内、片方の魔法具を利用する際に使う『音声入力用の言語』と言えば良いか。
この世界の魔法具には二種類が存在し、大雑把に分けると『魔法具』と『精霊法具』に分かれる。
魔法具は主に『魔力を持ったもの』が使い、精霊法具は『魔法が使えない人間用』だ。
魔法が使える人間が大陸の全人口の半分ほどいる。逆を言うと全人口の半数が魔法が使えない。
全人口の三割を占める吸血族は例外なく魔法が使える種族だ。なので、人族に範囲を絞ると全体の二割程度の人間しか魔法が使えない計算になる。
ちなみに、平民の魔力持ちは貴族と一緒に学ばない。国が用意した別の学校で通う。これは魔力を持たない貴族が魔力を持った平民に『家族単位で嫌がらせを行う』ケースが多発した為だ。
こんな感じで魔力持ちの人数の偏りが在るが故に、『魔法具は吸血族用』、『精霊法具は人族用』と認識されている。
人族が使う精霊法具は簡単なものしか使わないので、最大で三単語の組み合わせが使えれば生活に困らない。利用に三単語以上を必要とする精霊法具は、王城にしか存在しない高価なものになり、使えるのは宮廷魔法士ぐらいだ。一単語で起動するようなものは平民階層にも広まっている。
自分も何度か精霊法具を見たけど、これは精霊術が使える人間ならば、問題無く使用出来る道具だ。その名の通り、目に見えない下位の精霊の力を借りて使う道具なので、発揮する効果は弱い。けれど、日常生活を始めとした場面で精霊法具を使うには全く困らない。
悩んだ結果、古代魔法が学べるワトソニア学院を選んだ。
「ワトソニア学院の魔法科の推薦枠を頂けますか?」
「その紙に書かれている学校なら可能だけど、マジで古代魔法に挑戦するの?」
「精霊言語が六年も学べるようなのでここにします」
「……まぁ、どっちも選択授業だから良いか。でも魔法薬学だけは必ず専攻してね」
自分が行きたくないとゴネる可能性を考えてか、ギルド長は同意してくれた。
ギルド長は精霊便(指定の場所まで高速で届けてくれる精霊法具)を使って、東の薬師ギルドに返事を出した。
こうして自分の留学は決まった。
自分の留学を知った国王が何やら文句を言ったそうだが、流石に他国の思惑が絡んでいた事もあり、反対はされなかった。薬師ギルド長が文句を言われたらしいけど、自分の耳には届かなかった。
また、入学試験はワトソニア学院から派遣された教員に、現時点での魔法の実力を見せるだけで良かった。面接はしなかったよ。対話をしながら魔法を使ったからか、これが面接として扱われた。
ワトソニア学院は数え年で十三歳からの入学になる。
そして、今の自分の年齢は十二歳だ。初等部を卒業したらワトソニア学院に入学可能となる。大陸で使われている言葉は共通なので、今になって他国語を覚える必要は無い。入学の時期もほぼ同じで、春入学だ。
卒業までの日々は、派遣された教員から渡されたブラックモア帝国の学校の初等部で使われている教本の読破と、留学の準備に費やした。留学の準備以上に、読破せねばならない本を十冊も手渡されたので時間が掛かった。身分だけは伯爵令嬢だけど貴族籍から離籍予定なので、持って行く荷物は大きなスーツケースに似た鞄と大きなボストンバッグの二つだけだ。それ以外で持って行くものは道具入れに入っている。
向こうでの生活費は自力で稼ぐ事になる。だが自分は既に冒険者ギルドで荒稼ぎをしていた。貴族としてのものを買わなければが付くが、暫くの間は冒険者として活動しなくても大丈夫だ。薬師ギルドからの仕事を請け負う予定なので、収入源に関しては心配ない。
学費を始めとした費用に関してだが、今回は『国費留学生扱い』になる。学費を始めとした費用の殆どはブラックモア帝国が負担してくれる。
貴族学院初等部の卒業式を終えた翌日、自分はブラックモア帝国に向けて出発した。
ナイティ大陸に置いての長距離移動手段は飛行車(誤字に非ず)になる。勿論、精霊法具の一種だ。大陸の端から端まで半日で移動を可能とする優れものだ。
飛行車の見た目は馬車そのもので、車輪は搬入作業用扱いされている。馬の無い馬車が空を飛んでいるようにも見えるので、見ようによってはホラーかもしれない。
今回利用する飛行車は一番小さいもので、最大四人まで乗車可能だ。今回は独りで利用するので、広々と使える。
利用料金は、格安の乗り合い定期便が存在し、平民でも奮発すれば利用可能だ。貴族は基本的に貸切飛行車しか使わないので、乗り合い定期便を利用すると社交界で『貧乏人扱い』される。
今回は薬師ギルドが料金を負担してくれたので、ありがたく利用する。
ナイティ大陸の端のヤードリー王国から大陸中央のブラックモア帝国まで、片道三時間で到着するらしいが、どれだけ速いんだ? 地球の飛行機よりも速い事は確かだろう。
時間を掛けても良いのなら、陸路でも良い気がするけど、空路を移動するのは理由が存在する。
ナイティ大陸中央に行く為には『ロスマリヌス大砂漠』を越えなくてはならない。
この大砂漠は大陸を縦断するように広がっており、『大』砂漠の名にふさわしい広さを誇る。確か、大陸面積の二割がこの砂漠だとも言われている。
この大砂漠では、砂嵐が日に何度も発生するので道に迷いやすく、陸路を行くと遭難者が必ず発生する。この砂漠地帯に住む魔物は凶暴かつ悪食で有名なので、狙われたら斃すしか生き延びる方法が無い。
故に、悪食の魔物に襲われずに砂漠を横断するには、海路か空路しか手段が無い。
けれども、海路も魔物が出没するので、空路が一番安全かつ最速だ。流石に砂漠の上空を飛んで移動する魔物は存在しなかった模様。
「おおー……」
読書の休憩として、飛行車の窓からロスマリヌス大砂漠を見下ろす。
眼下に広がる真っ白な砂の海は迫力満点だった。白い砂丘を連想していたが、上から見ると風に吹かれて形を変える砂は『海の波』にしか見えない。
息を吞む程の広大な光景の真上を通り過ぎたら、遂にブラックモア帝国の上空に差し掛かる。
ブラックモア帝国とロスマリヌス大砂漠の境界線に大きな河川が存在する。その為、ブラックモア帝国は砂漠の浸食対策に費用を割く事が無い。また、河川の流れは非常に速いので、気にするのは河川の浸食の方だ。
幾つかの河川を越えて、幾つもの農村や街を越えて、ブラックモア帝国の帝都飛行車駐車場に到着した。荷物を持って飛行車から降り、近くの大きな建物に向かう。
この建物は、地球で言うところの入国審査所だ。
職員に、薬師ギルドの紹介状とワトソニア学院の入学許可証を見せて通過する。変な顔をされたけどこの際無視する。貴族令嬢が付き人を付けずに、一人でやって来たら変な顔をされるのは仕方が無い。
荷物を持って王都の街中に出る。
最初に向かう場所は薬師ギルドだ。これからお世話になるし、何より届け物がある。
ヤードリー王国の薬師ギルドで貰った地図を見ながら、帝都内を歩いて移動する。
時間帯的にお昼前なので、早々に終わらせてお昼を食べに向かう。
「えーと、ここか」
流石に大国の薬師ギルドなので、本部の建物も大きかった。
ドアを開けて室内に入り、受付嬢で荷物から取り出した手紙を見せる。場違いに見える自分を不思議そうに見た受付嬢だったが、手紙を見るとすぐに奥まで案内してくれた。
案内された部屋には数人の男女がいた。
ブラックモア帝国の薬師ギルドの幹部かな?
薬師ギルド長を名乗った、赤毛を縦ロールにした碧い瞳の妙齢の女性――ヴァージニア・デイモン侯爵夫人と名乗った女性と、自己紹介をしてから簡単な挨拶を交わし、推薦入学枠をくれた事にお礼を言った。ここで他の男女の自己紹介が無かったので、ブラックモア帝国の薬師ギルドに属する人達と判断した。
デイモンギルド長にヤードリー王国の薬師ギルド長から預かって来た手紙を差し出し、ローテーブルに荷物――半透明の白い小石を並べる。
「これが、月光石なのね」
デイモンギルド長は手に取った月光石に、宝石を見るようなうっとりとした視線を向けている。
月光石は内部に特殊な魔法陣が刻み込まれているので、光の当たり加減で宝石のように輝く。大きさは最大で直径三センチ前後なので、月光石の存在を知らない人が『大振りな宝石』と紹介されたら多分騙される。
他の女性陣も、デイモンギルド長と同じような視線を月光石に向けている。
「それにしても、月光石を二十個も頂いて大丈夫なのか?」
「これらは全て事前に頂いた予算で購入したものです。月光石の魔力の補充もしてありますので、すぐに使用可能です」
女性陣と違い、月光石を宝石のように見ていない男性陣の一人から来た質問に『問題無し』と回答した。自分の回答を聞いた男性は目を丸くしたが、すぐに何かを思い出した。流石に予算の事は知っていたか。
「まぁっ、すぐに使えるの! それなら、実際に一つ作りましょう」
「待て、デイモン。使う前に聞く事があるだろう。それに、我々の自己紹介も済ませていないんだ」
大人のやり取りの聞き、内心で首を傾げる。
ブラックモア帝国の所属じゃないのか?
改めて自己紹介を受けたら、恐ろしい事に、室内にいた全員が東側国家の薬師ギルド『長』だった。
勢揃いしていたとは驚くしかないが、改めて人数を数えると東側国家の数と人数が一致した。
ロスマリヌス大砂漠から西側は、千年前の戦争が原因で、国家が誕生し滅びてまた再興してを繰り返した。この治乱興亡は八百年近くも続き、ここ二百年弱は一度も戦争が起きていない。
西は小国が乱立しているから国家の数が多いけど、ブラックモア帝国から東側は数える程度の国しか存在しない。
祖国ヤードリー王国も建国してから二百年弱が経過しているけど、ブラックモア帝国を始めとした東側の国々の建国年数は千年近くもある。
中央から東は、千年前の戦争で滅びずに残った国々が融合する事で、戦後の苦難を乗り越えたと聞いた。この東西の温度差は何なんだろうね。
大陸の歴史をちょっと思い出していた間も、大人達は薬品を作る・作らないで揉めていた。
ヒートアップし始めていたので割って入り、月光石を使う際の注意事項と魔力の補充方法を教えると、水を打ったかのように静かになった。
女性が月光石の魔力を使用する際に、稀に魔力酔い――魔力に当てられて、一時的に酩酊状態になる特殊な状態――を起こす。
月光石を使用する際の最大の注意事項を聞くなり、月光石を宝石のように見ていた女性陣は、手にしていた月光石をそっとローテーブルに戻した。その様子を見て、自分は月光石を持ち運び用の袋に戻した。
「月光石の魔力は男性でなければ使用出来ないのか?」
「いえ、お酒が体に合うか、合わないかレベルの、体質の一種のようなものです。月光石の魔力を使用しても魔力酔いを起こさない女性はいます」
「ふむ。魔力酔いが発生する人数の割合を聞いても良いかね?」
「私が見聞きした範囲では、五十人に一人いるかいないかの割合です。ただしこれは、魔力を持たない女性での割合で、魔力を持ている女性であれば、魔力酔いはほぼ起こしません」
「あら、そうなの?」
女性陣の一人が嬉しそうな顔になった。その態度が男性陣から顰蹙を買ったのか、女性は男性陣から咎めるような視線を浴びても全く気にしない。
「はい。私が知っている範囲でになりますが」
「女性が使用する際に注意が必要なだけか。西側では女性の薬師が少ないのか?」
「確かに少ないですが、女性の病気関係は女性の薬師に作って欲しいと言う方がおり、どこの国の薬師ギルドも、最低でも二十人は確保して、花街近くに配置しています」
「確かに、花街には女性の薬師が多い。それは西も東も同じなのか」
東西の意外な共通点が発覚したところで、デイモンギルド長が手を叩いた。
「はいはい、そこまで。来国したばかりの子に質問攻めをするんじゃありません」
「月光石を宝石みたいに見ていた奴が言う台詞か?」
「んんっ……、コーネリアちゃん、ワトソニア学院の入学手続きとお昼は済ませたの?」
指摘を咳払いで無視したデイモンギルド長は自分に話を振った。
「どちらもまだです。挨拶と月光石を届けてからでも遅くは無いので、後回しにしていました」
「そうだったの? なら、このあと一緒に行きましょう。専科に孫息子がいるから、ついでに紹介するわね」
「………………孫息子?」
デイモンギルド長の申し出はありがたかったが、そのあとに続いた言葉を聞き、聞き間違いかと思った。
「あの、孫息子と言うのは?」
「そのままの意味よ?」
? 話が噛み合っていない? 思わずデイモンギルド長と顔を見合わせたが、横から救いの手が入った。
「バートルズ嬢。君は吸血族についてどこまで知っているんだい?」
「犬歯が牙のように発達している。吸血行動を取る。体調不良などの異常が発生しない限り、吸血衝動に襲われない。仮に吸血衝動に駆られても、ブラッディ・フィサリスの実を食べると落ち着く。その他は、魔法適性が高い。これぐらいですね」
男性陣の質問に対して、指折り数えながら口にする。本当は顔面偏差値が高いも付け加えたいところだが、この場で言わなくても良いだろう。
「ブラッディ・フィサリスは西側には生息していない筈だが……」
「女性用の造血剤の材料の一つとして、乾燥したものを輸入しているんです。その他の材料の一つが輸入品なので、少し高価な薬として扱われています」
ブラッディ・フィサリスの祖国での扱いについて簡単に説明した。ブラッディ・フィサリスを使った造血剤は高価だけど、その分投薬した患者に高い効果を齎す。
自分の回答は意外なものだったらしく、大人は皆大変驚いていた。そうか、東側では造血剤の材料の一つとして認識されていないのか。
「そうだったのか。そこに寿命が長いと、赤い瞳を持たないものが大勢いる、吸血族として生まれて来る子供は必ず男も加えてくれ」
「寿命の長さは種族の違いとして想像出来ますが、男児しか生まれないのに、どうやって子供を儲けているのですか?」
「人族の女性を吸血族化する術が存在するんだ。吸血族に嫁いだ女性は皆、その術を使って吸血族となる」
「それだと、デイモンギルド長は吸血族の方だったんですか?」
「そうよ。嫁いでからもう三百年ぐらい経つわね」
デイモンギルド長に笑顔で予想外の事を言われて吃驚した。
……おい、ヤードリー王国の建国年数よりも長生きしているのか。……あれ?
ふと気づいた。
ここにいるのは東側の薬師ギルドの長達で、東側は吸血族が中心の国も多い。
「もしかして、ここにいる皆さん全員、吸血族の方だったんですか?」
「そうよ。一番若いのは、ジェイデンで百七十歳ね」
デイモンギルド長が名指しした人物で、自分の十倍以上も生きている人だった。
「吸血族はある程度成長したら、そこで成長が止まってしまうの。だから、吸血族に老人はいないし、成長が止まったままの姿で、寿命を迎えるわ」
「老人の方もいないのですか」
「ええ。だから、皆年齢を気にしないで活動するのよねぇ」
「うんうん。デンプシー家の縦ロール女として悪い意味で有名だったデイモンの、若かりし頃の悪名『デンプシーロール』を聞かなくなる程度に時間が経過している」
「余計な事を言わないで頂戴」
目の前で気安いやり取りが行われている。
しかし、デンプシーロールか。そんな名前の格闘技の技があった気がする。どんなのだったっけ?
思い出すその前に、一つ気になる事を尋ねた。
「あの、不躾ですが、新しい手法の取入れを行って反発は無いのですか?」
「無いわ。日々、常に新しい事に手を出す事が、吸血族にとっては良い事とされているのよ」
「そうでしたか」
祖国とは違う思想を胸を張って言われては、受け入れるしかない。
なお祖国では、新しい技法の取り入れに難色を示すものが一定数いる。その過半数が高齢者だ。この大陸で高齢者と言うのは六十歳以上の男女の事だが、目の前にいる人達はその何倍も生きている。
西の歳よりもこれぐらい思考が柔軟だったら良いのに。
思考が愚痴で締められる前に、デイモンギルド長が解散を言い渡した。
解散を言い渡しだデイモンギルド長に連れられて、富裕層向けの食堂にやって来た。
荷物は邪魔になるので、薬師ギルドに置いて来た。
食堂二階のテラスのテーブル席に案内され、デイモンギルド長と対面で座った。デイモンギルド長が注文したコース料理を食べる。
使用している野菜は西側と同じだが、肉料理が中心で、濃い目の味付けだ。香辛料を臭み消し程度に使用しているが、ソースがちょっと濃い。付け合わせの野菜にソースを絡めると、丁度良い濃さになった。
デイモンギルド長に感想を求められたので思った事を正直に言った。
「味付けが少し濃いですが、使用している野菜は西側と変わらないです」
「あら、西側は薄味なの?」
「そうですね。肉よりも魚の方が多いからか、香辛料を余り使わないので味付けが少し薄目なんです」
「え? 海沿いでも無いのに、お肉よりもお魚を食べるの?」
「はい。内陸の国や領地では、人工的に作った溜池で行う、淡水魚の養殖が盛んなんです。西側は二百年ぐらい前までゴタゴタしていたので、畑や畜産に適した土地が荒らされる事が多かったんです。生活用水と飲料水を確保する為に作った溜池で、食料にもなる魚を育てていたんです」
「そんな歴史があったんじゃ、お魚を食べる機会が増えるのは当然ね」
デイモンギルド長と東西の料理の違いについて感想を出し合い、昼食を終えた。
なお、食事代は今回限りで経費になる。接待飲食代と言うか、歓迎飲食代と言う扱いになるんだとか。
昼食を終えたら薬師ギルドへ自分の荷物を取りに戻った。荷物と言っても、貴重品は道具入れに入っている。
荷物を回収したら、デイモンギルド長と一緒にワトソニア学院へ、デイモン家の馬車で向かった。
到着したワトソニア学院の外観は一言で表すと、豪華で大きかった。
ヤードリー王国の貴族学園よりも大きい。同じ国立なのに、六年制の学校の方が、九年制の学校よりも大きい。国力の差か?
デイモンギルド長と一緒に事務室に向かう。現在長期休み中なのか、学院内は静かだった。
ここに来るまでの馬車の中で説明を受けたが、ブラックモア帝国内ではデイモンギルド長が自分の後見を務めてくれる。
一介の留学生として学生生活を送ると思っていたので、申し出はありがたい。祖国での身分は『伯爵令嬢』だが、小国の貴族令嬢では侮られる可能性が高い。
でも、ブラックモア帝国内の侯爵家(当主の許可は取得済)の後ろ盾があれば、絡んで来る馬鹿は減るだろう。完全にいなくならないと言えないのが悲しい。
生徒や教員から無碍にされる可能性が減っただけマシか。
事務室で入学手続きと入寮手続きを行い、赤を基調とした制服と教科書を貰った。
手続きを終えて荷物を受け取ったは良いが、ここで問題が発生した。
中等部と高等部で寮が変わる為、卒業生の退寮手続きと在校生の寮部屋の移動がまだ終わっておらず、寮に入れるのは十日後だった。
これに関しては、初等部を卒業した次の日にここに来た自分が悪い。一分一秒でも早くに国を出たかっただけなんだが、失敗したな。
「十日も時間があるのなら、ウチに泊まりなさいな。夫も会いたがっていたのよ」
宿で部屋を借りようと考えていたが、デイモンギルド長に誘われて――デイモン侯爵に挨拶は必要だから、受けたんだけど割と強引だった――デイモン侯爵家に向かう事になった。
事務員に入学式が終わってからの予定を尋ねると、入学式の夜に講堂で歓迎会が行われるそうだ。入学式の翌日にオリエンテーションが行われるが、服装は制服なので問題は無い。
歓迎会のドレスコードは制服では無く、盛装だった。困った事に、盛装用のドレスは持って来ていない。
デイモン侯爵邸に向かう途中の馬車内で、デイモンギルド長にドレスを持って来ていない事を相談した。ついでに厚かましいがドレスを貸して欲しいとお願いする。
「何を言い出すのよ! どうせなら一着仕立てちゃいましょう!」
借りれれば良いのに、デイモンギルド長――後見人だから『ヴィー夫人と呼べ』と言われてしまった――こと、ヴィー夫人は『女の子のドレスを仕立てる機会が少ないのよ!』のと叫んだ。
既視感のあるヴィー夫人の言動を見て、教えられた事を思い出した。
……そう言えば、吸血族は男児しか生まれないんだっけ?
吸血族は男児しか生まれない。
完全に種族の特性だと思うが、女の子を着飾りたい嫁入りした女性からすると、物足りないのだろう。
この認識は間違っていなかった。だが、予想外な事に、デイモン侯爵とその息子夫婦も同じだった。挨拶直後に発覚したので、暫しの間絶句してしまった。
お祭り好きの夫婦かと、突っ込まなかっただけ自制心は働いていたと思う。
あれよあれよと、デイモン侯爵夫妻達に色々と決められてしまった。
それから『十五日間』は激動の日々だった。
デイモン家が懇意にしているデザイナーさんが行ったドレスの採寸が終わると、喧々諤々の大騒ぎだった。思い出したくないぐらいに、大騒動だったよ。
あ、そうそう。
学院が春休みに突入し、一時帰宅したヴィー夫人の孫息子(名前はサイラス高等部一年生)も紹介して貰った。押しの強いヴィー夫人の孫息子とは思えないぐらいに謙虚だった。
そして、バタバタしていた結果、予定を五日も超える日数を滞在してしまった。
デイモン侯爵一家(孫息子以外)を宥めて学生寮に移り住み、遂に入学式の日がやって来た。
入学式はワトソニア学院の大講堂内で行われた。
新入生代表や生徒会長の挨拶は無いが、学院長とブラックモア帝国の皇帝の挨拶だけは行われた。
入学式を終えて、クラスごとに教室に入ってから知ったが、魔法科に入学する女子生徒の数は少なかった。自分が所属するクラスだけで、六人だった。
後にサイラスから教えられるのだが、普通科でも魔法の基礎知識を学び、高等科である程度の応用を学ぶ。
クラス分けが行われ、簡単な自己紹介を済ませたら、今日は解散となった。明日の午前中に授業の説明などが行われ、午後から授業が始まる。
今日が午前中で解散となったのは、夜に歓迎会が行われるからだ。その証拠に、『歓迎会に参加する準備しろ』と担任からも言われた。
教室から出て昇降口へ向かうと、青い制服を着たサイラスに掴まり、馬車に乗せられた。行先はデイモン侯爵家だ。
着替えは寮で行う予定だった筈なのに、サイラスから追加情報を聞かされた。
歓迎会に保護者は参加しないが、在校生は参加する。ここまでは理解出来るが、祖国と違い、こちらでは十二歳以上の令嬢が会場に入り際には、エスコート役が必要だった。
しかも、ブラックモア帝国で行われるパーティーは基本的に男女で会場入りする。
男児しか生まれない吸血族かいる国なので、これは夫人と令嬢だけの常識だ。
ヤードリー王国では、令嬢や夫人がエスコート役を必要とするパーティーは、国賓の歓迎会などの格式の高いものだけで、しかも参加年齢は『十六歳以上』と制限も付いている。
普通の学校行事でエスコート役が必要だなんて思ってもいなかった。
こんなところでカルチャーショックを受ける日が来るとは思わなかった。
そう内心で愚痴り、教えてくれたサイラスに礼を言う。
「いやいや、僕も婚約者がいなくて困っていたんだ。毎回、エスコート役を引き受けただけなのに相手の女子生徒から『婚約した』って、嘘をばら撒かれるのが嫌で……」
割と切実な理由があった。
嘘でも、婚約したって、言われるのは嫌だろうね。
自分の場合、婚約絡みで良い事が無いので、同情してしまった。
馬車に乗ってデイモン侯爵家に移動し、到着するなりデイモン侯爵家の侍女に連れられて、ドレスに着替える為の準備をする。
侍女の皆さん目がぎらついていて少し怖かった。
ドレスを着るだけで疲れ果てるわ。
「皆、女の子の髪をいじったり、化粧をしたりするのが好きなの」
以上がヴィー夫人の言だった。
げに恐ろしきは、女子不足か。
疲れ果てた状態で再びサイラスと一緒に馬車に乗り、歓迎会の会場へ向かった。
今回サイラスが自分のエスコート役を引き受けてくれたのは、ヴィー夫人の意向もあるが、デイモン侯爵家が後見人を務めている事を知らせる為だった。
アナウンスと一緒に会場入りすると、会場内にいた女子生徒から殺気立った視線を貰った。
隣に立つサイラスが、一瞬だけ、女子生徒からの視線に怖じ気づいた。
立ち止まっては邪魔になる。サイラスを引き摺って会場内の端っこ近くのテーブルに移動した。水が入ったグラスを取り、顔色の悪いサイラスに渡す。
水を飲んだ事で、サイラスの顔色は幾分マシになった。そこで、複数の男子生徒がやって来た。
誰かと思えば、サイラスの友人だった。種族専科に通うサイラスの友人と言う事は、吸血族の生徒か?
自分が男子生徒の事について考えていた間、サイラスは『エスコートをしている令嬢は誰か?』と、自分の紹介を求められ対応していた。
サイラスに呼ばれて、男子生徒達に一礼をしてから名を名乗った。
「彼らは僕と同じ吸血族だけど、今年一年間だけ、専科から普通科に転科するんだ」
「転科が出来るんですか?」
「希望者は可能なんだ。まぁ、転科の試験は難しいし、一年だけって決まりがあるけど」
「珍しい制度ですね」
「専科限定の制度だから、珍しいだろうね」
サイラスから男子生徒の紹介と専科の説明を受けて、『はへぇ~』と感心する。
自分の予想は半分当たっていて、男子生徒達は吸血族だった。でも、普通科の生徒なのか。専科の生徒は優遇されているんだね。お国柄を考えると、ある意味当然か。
一方、サイラスを含めた男性陣は自分の反応を不思議そうに見ていた。『はて?』と首を傾げる。
けれど、質問をするよりも先に音楽の演奏が始まった。この音楽はダンス用のものだ。会場の中央で、何組かの男女がダンスを踊っている。
自分もサイラスに手を引かれて、会場の中央へ向かいダンスを踊る。この手のダンスは一曲だけで、何曲も踊らない。ダンスのステップを踏みながら、サイラスから質問を受けた。
質問の内容は、ブラックモア帝国に来た理由だった。
ヴィー夫人から聞いていないのかと、疑問に思いつつも回答する。
「薬師ギルドで、そんな計画が出ていたのか」
「はい。ヴィー夫人から聞いていませんか?」
「……そう言えば、交流会がどうとか言っていたなぁ。あれは薬師ギルドのものだったのか」
サイラスも『交流会の存在』だけは知っていた。それが薬師ギルドで行われるものだと知らなかっただけ。
ダンスを踊りながら、途切れる事の無いサイラスの質問に答えて行く。
婚約者の存在についても聞かれ、サイラスが本当に知りたい事を察して、祖国で起きた一件も話した。最終的に貴族籍も抜き、祖国に帰らずに西側で独り立ちをする予定までも教えた。
ぶっちゃけると、婚約とかもういい。ヴィー夫人が婚約話を持って来ない事を祈るしかない。
冒険者としての資格は保有しているし、活動経験も有る。薬師ギルドの一員なので、作った薬を納品する事で生計を立てる事も可能だ。
ワトソニア学院卒業後の予定まで語り、『自分は婚約者探しで来た訳では無い』と言外に教えると、サイラスは目を丸くした。
「そ、そうだったの!? 疑ってごめん」
「いえ、令嬢が留学して来たら、そう疑われるのはある意味仕方が無いでしょう」
国外へ行く事だけを考えていたので、『留学生の令嬢がどう見られるのか』をすっかり忘れていた。
……ま、サイラスの友人達も同じような疑いを自分に向けているのは明白だろう。
専科の説明を受けた際に自分が感心した様子を見て、彼らは不思議そうに自分を見ていた。『何しに来たんだろう?』と思われたかもしれない。
けどさ、サイラスは気づかないと駄目だろう。自分の荷物に『一着のドレスも、装飾品も入っていない』事を知っているんだから。あとで、ヴィー夫人に怒られる可能性が高いぞ。
一曲の間にサイラスに説明したので、明日以降、彼が有人一同から質問攻めにされるだろう。
ダンスを一曲踊り終えて、サイラスと一緒に中央から移動した。
歓迎会は恙無く進行した。
サイラスの友人達と、何故か一人ずつ一曲踊る羽目になったが、特筆するような事は起きていない。
そんな事よりも、たまに女子生徒からの嫉妬と殺気に満ちた視線の方が怖い。サイラスもその視線に気づく度に、小さい悲鳴を上げていた。
こちらを睨んでいた内の一人が、サイラスと同じクラスの女子生徒だったらしい。
明日以降の学生生活を円滑に送る為に、サイラスとの関係は『デイモン侯爵が後見人を務めている他国の貴族令嬢と、後見人の孫』と言うとこにして、口裏を合わせた。
事実だから、詮索されても心配は無い。学院で会っても、『問題無く生活出来ているかの確認』で済ませられる。
入学式初日はこうして終了した。
翌日以降は授業に集中したが、昼休みには必ず食事に誘って来るサイラスの謎行動に――実は一度だけ、『友人と食べないのか?』と尋ねたら、サイラスの顔が凍り付いた――首を傾げた。
サイラスの友人一同は憐みを込めた目で、サイラスを見ていた。
さて、授業の方だが、今のところは問題無い。
ヤードリー王国よりも通常の授業レベルが高い事は予想していた。けれど、中等部で祖国の高等部と同じ事を学ぶとは思わなかった。事前に貰った、初等部の教科書を読破しておいて正解だったよ。絶対、付いて行けないって。
魔法薬学は祖国との違いに戸惑う部分があり、全体で見ると些細な違いなので混乱しやすい。
精霊言語は、一から学ぶ事を前提にした授業だったので問題は無い。
授業の中で最も困惑したのは、古代魔法だった。受講者は自分一人だが、難易度を考えるとしょうがない。教師とタイマン授業で、他学年の奴と一緒の授業じゃないのが、せめてもの救いだ。
さて、何故困惑したのかと言うと、古代魔法の魔法陣と使用している言語が『自分が使用していたものと完全に同じだった』のだ。過去に自分のパーティメンバーの誰かがこの世界に転生して広めたのかな?
そう思い、図書室で一度調べたけど、答えは違っていた。
古代魔法は、吸血族の始祖『ブラッドリー・ナイト』と言う人物が広めたらしい。覚えている限りだが、自分にそんな知り合いはいない。
千年前まで大陸を統一していた人物で、肖像画は残っていないが『黒髪と赤い瞳の男性』だったそうで、現在の吸血族は『始祖の血を分け与えられて吸血族になった、元人間の末裔』となっている。
ブラッドリー・ナイトの直系の子孫はいないと言う事か。
この人物は、千年前に交流があった大陸国家から侵略戦争の最中に行方不明になり、今尚、行方が分かっていない。どこかに封印されたと言う仮説があり、これが最有力視されている。
この侵略戦争を仕掛けて来た大陸国家は、逆に侵略を受けて滅ぼされた。一部の生き残りは西へ逃げ延びた。この侵略戦争は西から発生した。その為、ロスマリヌス大砂漠から西に吸血族がいない理由も、この侵略戦争が原因らしい。
……侵略戦争が発生していたなんて、初めて知ったな。
祖国での授業では教わらなかった内容だ。
東西が分断されている理由に、砂漠以外に理由があった事にも驚いた。何故祖国の授業に含まれていないのか。高等部で習う内容なのか。分からないな。
分からないが、この大陸に知り合いがいる事だけは判明した。
しかし、いざ捜すとなると、伝えなくてはならない情報が幾つもあるので躊躇ってしまう。
知り合い捜しを実行するか否かは留学中に決めて、今は薬師ギルドからの依頼でもある勉強の方に集中しよう。
学校が休校日には薬師ギルドに顔を出して仕事を行うか、冒険者ギルドに行って採集系の仕事を請け負った。
授業には付いて行けている。古代魔法については、殆ど学ぶ事が無いお陰で割と余裕だ。そのせいで『天才?』みたいな扱いを受けている。真実を語る訳にはいかないので、謙遜して誤魔化すしかなかった。
サイラスの行動は変わらないまま、季節は順調に進み、夏休みに突入した。
ワトソニア学院の夏休みは一ヶ月半もある。学生寮は解放されているので、泊まる場所には困らない。
けれども、ヴィー夫人に『ウチに来なさい』と言われているので、顔は出したよ。お茶会に連れ回されて疲れ果てた。
薬師ギルド主催の交流会も夏休み中に行われた。
自分は西側代表として出た。
最初こそは色眼鏡で見られたけど、ワトソニア学院に生徒である事をヴィー夫人が明かすと、態度が少し軟化した。
忌避対象から、観察対象に変わったとでも言えば解るかな? そんな感じの扱いである。
この交流会で、思わぬ出会いがあった。
何とね、ペドロに会ったのよ!
ヴィー夫人経由で、=ブラッディ・フィサリスを使った貧血薬の作り方について聞かれ、その相手がペドロで驚いた。
周囲には髭面のやたらとデカいオッサンを見て驚いたように見えたらしく、『見た目の割に良い人だから大丈夫よ』と声を掛けられた。
そうですかと曖昧に返事をし、ペドロに貧血薬の作り方を教えつつ、念話で色々と話をした。
聞けば、自分とペドロ以外の八人も人族として、この大陸にいるらしい。流石に一ヶ所にいる訳では無く、それぞれ別の場所の学校に通っているらしい。
珍しいけど、ブラッドリー・ナイトの正体の候補が全て消えた為、古代魔法に関する謎が深まった。
数日後に行うペドロと貧血薬を患者に投薬する日に立ち会う約束をして、この日は一旦別れた。
そして数日後。約束の立会日を迎えた。
昼過ぎにペドロが一人で運営している個人診療所を訪れると、捜す予定だった他の八人もいた。八人への対応は仕事を終わらせてからだ。
自分の指示通りに貧血薬を作ったペドロの代わりに、投薬を受ける患者の貴族女性に貧血薬の説明を行った。ペドロも女性と一緒に説明に聞き入っている。
ブラッディ・フィサリスを使った貧血薬の効果は高い。即効性は余り無いが、三日ほど飲めば大抵の貧血症状は治まる。服用の際の注意事項や、飲むタイミングなどを教え、女性から気になった質問に全て回答して行く。
説明に納得して貰った女性に、今ここで、一度服用して貰った。不思議そうな顔をした女性に簡単な説明する。
実際にここで飲んで貰い、飲んだ際に感じた疑問類にも答える為だ。たまに、実際に飲んでみると『飲み難い』って言う人がいる。こう言う人への対応を忘れると、後々面倒な事になる。飲み難いから出した薬を飲まずに症状を悪化させたケースが実際に発生したので、渡した時に目の前で飲んで貰うようにしている。
飲み難い事を理由に、薬を飲まなかった人がどうなったかまで教えると、女性は薬をここで飲む事に同意してくれた。この大陸の薬は粉末薬が多く、水かお湯に溶かして飲む。服用一回分をコップに入れたお湯で溶いて、もう一つのコップに半分を注いだ。女性にコップの片方を渡す。変な目で見られたが女性は薬を飲んだ。
案の定、薬の味が不味いなどと訴えられた。
もう一つのコップに柑橘の果汁を少量入れた。こちらを女性に飲んで貰うと、『今度は飲みやすい』と喜ばれた。
飲み難かった時、実際にこうして飲めば大丈夫だと、実体験して貰う事と確実に飲んで貰える。
女性にどの柑橘の果汁を、どれだけの量を使えば良いのかを教えた。
薬の代金を支払い、女性は去った。
女性が去ったら、八人が集まり始めた。
ペドロに今日の診療は良いのか尋ねると、本日は元々休診日らしい。患者が貴族の女性だから、休診日に来て貰ったのか。平民と一緒に待合室で待つのは嫌って貴族はたまにいる。そんな理由で、休診日に先の患者を呼んだのか。
去った患者よりも、尋ね人との再会が優先だ。
十人で食堂らしい場所に移動し、お茶を飲みながら再会の挨拶を交わし、近況報告と共に現在どこにいるのかを教え合う。
全員が揃っている。
それは、気まずい別れ、と言うか別行動を取りそのままだったアルゴスとギィードもいる事になる。
当然のように、色々と質問を受けた。他の面々も事前に聞かされていたのか、攻めるような視線を貰った。
……本音を言うと、明かしたい情報では無い。でも、教えるしかないんだろうなぁ。
深いため息を吐いてから、皆にギィードとアルゴスの二人と分かれて起きた事を話した。うん、あの野郎が死んだ事だけを話したよ。そのあとの世界で起きたゴタゴタは流石に話せん。
特に、あの世界に記憶が戻っていないとは言えロンがいたのに、自分が接触しないで終わらせた。接触しないで終わらせた以上、その後の詳細を離す訳にはいかない。
あの野郎が死んだ事と呪いの解除方法が存在しない事の二点を明かすと、皆言葉を失った。
皆の気持ちは解る。
知らない内に、旅の目的が失われたも同然なのだ。取り乱さないだけマシだ。
「ごめん、達成出来なかった」
自分はそんな皆に対して、頭を下げて謝った。あと一歩のところで、と言う訳ではなかったが、碌な情報が得られないままで終わってしまった。
皆が絶句している中で、最初に我に返ったのはミレーユだった。
「いや、ごめんじゃないし……。そもそも、そんな邪魔が入ったんじゃ、達成どころじゃないでしょ!!」
ミレーユの叫びを聞いて、残りの面々も我に返った。
「こればかりはミレーユの言う通りです。どこをどう聴いても、そんな状況ではどうしようもない」
「言いてぇ事はあるが、今回はミレーユとベネディクト(ルビ:こいつら)の言う通りだ」
「そうだな。あの時、お前と違って介入しなかった俺が言う事じゃねぇけどよ」
「現場にいなかった我々には、ククリをとやかく言う資格は無いな」
「ええ。現場に居合わせる事が出来なかったのは残念ですが、こればかりは完全に『運任せ』です」
ベネディクト、ギィード、アルゴス、ルシア、マルタの順に慰めの言葉を貰った。
「どうしようもないけど、コレって、振出しに戻ったって事?」
「……ロン、こんな時に言うな。確かにそうなるが、元より進捗状況は芳しくなかった以上、これまでと余り変わらん」
「その通りだけど、ペドロの言っている事はロンと変わらないよ」
ロンが素直な感想を口にして、ペドロに窘められていた。そんなペドロはクラウスから苦言を貰っていた。
皆もロンの感想を聞き、黙り込んだ。
ロンの感想は、誰もが思うも、口にしなかった事だ。事実だからロンを責める訳にもいかない。強いてロンに言うのなら、『空気を読め』程度だろう。
重い沈黙が下りたが、『全員揃っており、今は時間がたっぷりとある。ゆっくりと考えろ』と、ペドロがそう言った事で空気は少し和らいだ。
珍しく十人が揃い、これからどうすれば良いのか、それについて話し合い、考える時間は沢山ある。何より、この大陸には長命な種族が存在するので、常人より長生きでも好奇の視線に晒される事は無い。
この事実は変わらないし、全員が揃っている一点は心強い。
ここで、クラウスからの提案で、『女衆四人だけでお茶して来ると良い』と女衆四人は診療所から出された。
クラウスが一体何を考えての提案なのかは不明だが、性別で分けて話し合った方が良い時は確かにあった。
ただし、自分合この辺の土地勘に疎い。幸いにも、マルタがこの辺りに詳しい――と言うよりも、バイト感覚で空き時間にペドロの仕事の手伝いする為に、ここに来ていた――ので、マルタおすすめの喫茶店に移動した。
訪れた喫茶店は、ランチタイムを過ぎているのに繁盛していた。テーブル席の八割が埋まっている。
空きの四人掛けのテーブル席に座り、二つ置かれていたメニューを手に取る。席順は自分、ミレーユ、ルシア、マルタだ。
「ここはタルトが美味しいお店なんですよ。ただ、他のお店よりもタルトが大きいので食べ切るのが難しいんです。だから、大抵の人は一ピース食べたら満腹になります」
「ほう」
マルタの説明を受けて、ルシアが目を光らせた。ルシアと対称的な反応を示したのはミレーユで、こちらは一瞬だけげんなりとした表情を浮かべた、
この四人の中で最も食べるのはルシアで、最も小食なのは、意外かもしれないがミレーユだ。
四人でメニュー表を見るが、気を利かせたマルタが『お茶とおススメのミニフルーツタルトを注文してからにしないか?』と提案した。
ミニサイズを見てからの方が、通常サイズの大体の大きさが判明しそうだ。
三人でマルタの意見に賛同し、お茶とミニフルーツタルトを注文した。
「ねぇ、これでミニサイズなの? 普通サイズの大きさじゃない!?」
ミレーユの発言通り、お茶と共にテーブルに届いたミニフルーツタルトは大きかった。
ミニサイズと聞いて、自分は直径十センチ以下のタルトを思い浮かべた。だが、出て来たのは直径二十センチ程度はありそうな、カットフルーツてんこ盛りのタルトだった。
大きいと事前に聞いていたが、流石にコレは大き過ぎる。
ミレーユの反応を見て焦ったマルタが、素早くタルトを四つに切り、皿に取り分けて配った。配分は、ルシアが半分、ミレーユが八分の一、自分とマルタは残りを半分にした。
タルトを食べると、大きさはともかく、味は良かった。予想を超える大きさに気後れしたミレーユも、一口食べるとそのままタルトを食べ進めた。
ルシアはハイペースで食べ進め、ミレーユとほぼ同じタイミングで食べ終えた。追加注文をする為に、ルシアはメニュー表を手に取った。自分も少し遅れて食べ終えたのでメニュー表を手に取る。
「ふむ。ミニサイズ以外に、半分と四分の一でも注文可能なのか」
ルシアは熟考の末に、通りすがりのウェイトレスに四人分のお茶のお代わりと一緒にミニサイズのタルトを二つ注文した。
「種類によってはジャムの追加も出来るのね。ミレーユ、レアチーズケーキっぽいの四分の一と、ブルーベリージャムのセットを注文するけど食べる?」
「へぇ~、そんな注文が可能なの? だったらお願いするわ」
「ククリ。私も食べてみたいので、注文のサイズを半分にして下さい。ジャムはマーマレード系でお願いします」
ミレーユとマルタの希望を聞いてから、お茶のお代わりを持って来たウェイトレスに自分も注文した。
「しっかし、晩御飯の前なのによく食べたわね。ねぇ、ルシア。アンタの胃袋はブラックホールにでも繋がっているの?」
「胃がブラックホールに繋がっている訳ないだろう」
「例えの表現に決まっているでしょ!?」
ミレーユの言う通り、ルシアはたった一人でミニサイズのタルトを合計五台半も食べた。自分もミニサイズのタルト一台分は食べたが、ルシアには敵わない。ミレーユはミニサイズの四分の一分、マルタはミニサイズの半台分をそれぞれ食べた。
なお、ミレーユは健啖なルシアの様子を見て、胸やけを起こしたような顔で途中から胃の辺りを擦っていた。
会計を済ませて、四人で喫茶店を出た。空を見上げると、日が大分傾いていて、薄っすら茜色に染まり始めている。
診療所に戻って、時刻を確認すると大分イイ時間だった。すぐに戻るつもりだったから、宿の部屋を確保していない。
ペドロに相談すると、空き部屋を借りる事が出来たが、他の面々も泊まる予定だったらしい。協力して夕食を作って食べて、交代で入浴した。
この日は女衆四人で一つの部屋を使い、ペドロを除いた男衆は二つの部屋に分かれて泊まった。
翌日、料理技能を保有する、自分、マルタ、ギィードの三人で朝食を作り、食べたら解散した。
想定外の再会が起きた。
皆に会えた事は嬉しいけど、教える事を躊躇ってしまう情報を抱えている身なので、どうしても気後れしてしまう。
夏休み中は、可能な限り会う事は控える方向で行くしかない。
幸いか不明だが、薬師ギルドと冒険者ギルドの活動があるし、ワトソニア学院の長期休暇課題が大量に存在する。会わない理由には事欠かない。
スマホのような通信機を皆で保有しており、何時でも気軽に連絡が取れるから、直接会う必要も無い。
何より、六年間も学生でいるとは言え、現在、入学してから半年も経過していない。
会う回数を増やすのは来年以降にして、今は学業に集中しよう。
デイモン侯爵邸に戻り、サイラスと一緒に課題を片付けていたら、夏休みはあっと言う間に過ぎ去った。
そして、夏の終わりが見えて来た頃。
その日、自分は採集した薬草類を入れたリュックを背負い、門限ギリギリの時刻に学生寮に転がり込んだ。寮母がお小言を言い始めたけど、自分は窓の向こう側の光景を見て、その言葉を遮ってしまった。
「誰かが倒れた!」
「はい? こんな時間にですか?」
言葉を遮ったが、寮母は怒らずに窓に張り付いた。自分が方向を指すと、寮母は驚きの声を上げ、玄関から外へ飛び出した。自分も便乗して、一緒に寮の外に出る。
寮母と共に俯せに倒れている銀髪の人物の許に駆け寄った。倒れていた人物を抱え起こすと、青い制服を着た『種族専科の男子生徒』だった。
華奢な男子生徒の顔色の悪さに寮母が悲鳴を上げた。自分は男子生徒の脈拍を計り、負傷の有無の確認を行った。男子生徒は大量の冷や汗を掻き、苦しそうに顔を歪めて、浅い呼吸を繰り返している。転倒した際に出来たと思しき、打ち身を見つけたがそれ以外に負傷らしいものは見当たらない。
専科の生徒は例外無く、男子で、吸血族である。
これはヴィー夫人から教わったのだが、女性が吸血族化するのは、基本的に吸血族の男子と『婚姻後』に行う。
これには確固たる理由が存在し、吸血族化すると妊娠は可能だが、今度は成長が止まってしまう。その為、成長がほぼ完全に止まる『二十代に吸血鬼化する』のが望ましい。
この為、ワトソニア学院の種族専科には女子生徒がいないのだ。
おろおろする寮母に、現在時刻で開いている医務室の場所を聞いた。
「え? 今の時間だと、……あ、でも専科の生徒だから、専科の生徒用の寮に連れて行くのが良いわ」
寮母の回答を聞き、少し考えた。
……種族専科の生徒だけ、寮が違う? 何で、……いや、今は疑問の解決よりも、これを運んじゃおう。聞いてもどうせ、『種族の違い』で済まされそうだし。
心の中で考えを纏めて行動を決め、身体強化魔法を己に掛けてから男子生徒抱き抱え、寮母の案内で男子寮に向かった。
寮母と二人で男子生徒を抱き抱えて、男子寮の玄関口に駆け込んだ。寮母が事務員に説明をすると、医務室に案内された。
案内された医務室には常駐の男性医者がいた。医者は自分と寮母の登場に驚いたが、男子生徒の様子を見るなり、冷静さを取り戻した。医者の指示に従い、男子生徒をベッドに寝かせる。
自分が男子生徒をベッドに寝かせている間に、医者は棚から診療記録書らしき紙束を抜き取った。男子生徒の容態を確認しながら記録を取り、診断結果を出した。
「原因は判らんが、現在吸血衝動に襲われているな」
「は? 吸血衝動? 見ただけで判るものなんですか?」
吸血族が体調不良で、吸血衝動に襲われる事は知っている。だが、我慢出来るなんて知らなかった。それ以前に、見ただけで判るのか?
「種族専科の一年生、クラレット・レヴァイン。吸血族にしては珍しい、虚弱体質の持ち主だ。長期休暇に入る前に十回以上も倒れて、ここに運び込まれた」
医者の説明を聞き、自分は納得した。十回以上も医務室に担ぎ込まれたら、流石に見ただけで判るか。なお、寮母は未だにおろおろとしている。
「だが、奇妙だ。こいつはブラッディ・フィサリスを常に持ち歩いている。そのお陰か、吸血衝動に襲われて倒れた事は、入学以降、一度も無い」
「それは、全部食べ切ったのでは?」
「その可能性は無い。そうなると、虐めか嫌がらせで盗まれたか、食せない状態にされたんだろう。今回は命に係わるから、学院長に報告する。沙汰は基本的に十日間の停学になる」
「命に係わるのに、十日程度の停学で済むんですか?」
「虐めと嫌がらせの内容によっては伸びる。だが、困った事にここにブラッディ・フィサリスは常備していない」
事務員が『個室に取りに行くか』と医者に尋ねたが、医者は首を振った。
「女子寮の近くで倒れていたんだろう? 恐らくになるが、常備しているものは全て駄目になっている可能性が高い」
医者の回答を聞き、事務員は渋い顔をした。けれど念の為に、残っていないか確認する為に退室しようとした。自分は事務員に待ったを掛けてから医者に尋ねる。
「そのブラッディ・フィサリスは一個で足りますか?」
「足りると言いたいが、状態によって変わる。こいつは大体、三個食べていたな」
「三個か。なら、足りるか」
医者の回答を聞き、自分はずっと背負ったままだった大量の薬草が入ったリュックを下ろした。
道具入れが公に使えない為、学院にいる間は空間魔法を使って、容量を十倍にしたリュックを使用している。誰かに不審に思われても、『古代魔法を使った』と言えば怪しまれない。一度、ヴィー夫人に聞かれた時には、実際に目の前で現物を作って見せた。お陰で薬師ギルドに、このリュックを百個納品する羽目になったが、今思い出すのは止めよう。
リュックの蓋を開けて、中からランチボックスのような四角い籠を取り出した。籠の蓋を開けて、中に入っている自分が採集したブラッディ・フィサリスの個数を数えた。
「ええと、三個だから……」
籠からブラッディ・フィサリスを三個取り出し、医者に渡した。出て来るとは思っていなかったのか、医者は目を丸くした。自分が薬師ギルドの所属である事を教えると、医者はすぐに納得し、礼を言ってブラッディ・フィサリスを受け取った。
吸血衝動に襲われている吸血族に、ブラッディ・フィサリスを与えれば衝動は落ち着く。でも、そのまま食べるのかまでは知らない。知っていそうな医者に渡すしかなかった。
棚から小振りなナイフを取り出した医者は、一個のブラッディ・フィサリスの皮に慎重にナイフの刃を当てた。そのままブラッディ・フィサリスを半周させる。医者のやり方はアボカドの種取とほぼ同じだ。
確かに、ブラッディ・フィサリスの皮は硬い。自分も採集したブラッディ・フィサリスは他の薬草を潰さないように、籠に入れるなどの対応を取っている。
医者はブラッディ・フィサリスの皮剥きを終えて、プチトマトみたいな大きさの真っ赤な実を取り出すと、男子生徒の口にそのまま入れた。ブラッディ・フィサリスの実を小さく切ったりせずに、そのまま口に入れたので、ちょっと驚いた。
「口に入れる際、指で押して少し潰すんだ。そうする事で割れ目から、果汁が口の中に広がる。気を失っていても、吸血族ならブラッディ・フィサリスの果汁は飲める。果汁を飲めは意識を少し取り戻し、口の中のブラッディ・フィサリスを食べる」
「……そうなんですか」
医者の説明を聞いた限りだが、ここまで来ると最早『種族の違い』と言うしかないな。事実、ブラッディ・フィサリスを摂取した事で、男子生徒の容態が少し落ち着いた。
ここで、種族の違いと言う単語を思い浮かべて、ふと思った。
「留学生なので吸血族について詳しくないのですが、吸血衝動って命に関わるものなんですか?」
「関わるぞ。尿意を我慢し過ぎて膀胱炎になるように、吸血衝動を我慢し過ぎると心筋に影響が出る。滅多にない事例だが、吸血衝動を我慢し過ぎた結果、心臓病や心筋梗塞を発症した奴がいる」
「重病ですね」
医者は二個目のブラッディ・フィサリスの皮を剝き、男子生徒に実を与えながら、自分の疑問に回答した。
意外な情報を聞かされてしまい、思わず顔が引き攣った。風邪をこじらせて、肺炎になるようなものかもしれない。
三個目のブラッディ・フィサリスの皮を剥きながら、医者の解説は続く。
「そうだ。だから、こいつみたいな奴から、ブラッディ・フィサリスを奪う行為は犯罪扱いになっている」
「犯罪なのに、停学十日ですか」
「基本的にはな。例え日数が伸びなくても、実家に連絡が行く。爵位を持っていない奴が、子爵とは言え、爵位持ちを害したとなれば問題になる」
「爵位持ち?」
今日はこの短時間で、あと何回驚けばいいんだろうなってくらいに、知らない情報ばかり聞かされた。
医者は三個目のブラッディ・フィサリスの実を男子生徒に与えながら、『留学生なら、知らなくても困らん』と言って、詳細は教えてくれなかった。
明日、ヴィー夫人に聞くしかないか。
ブラッディ・フィサリスを三個摂取した事で、男子生徒の容態は完全に落ち着いた。
医者は事務員に学院長に報告するように依頼した。事務員は医者の指示通りに退室した。
「さて、ブラッディ・フィサリスの提供感謝する。代金は馬鹿共の実家に請求する」
「分かりました。薬師ギルド長のデイモン侯爵夫人に、そのまま伝えますので、受取人は薬師ギルドでお願いします」
「……別の意味で大事になるな。薬師ギルドに手紙を書くから、届けてくれないか?」
医者は真顔でそう言った。
これらの薬草は薬師ギルドの依頼で採集したから、報告義務があるのよ。
医者のお願いを承諾し、男子生徒の容態が安定した事を確認した。部外者がこれ以上ここにいる訳にはいかない。ブラッディ・フィサリスが入った籠をリュックに戻した。リュックを背負い、ずっと黙ったままだった寮母と一緒に医務室から出る。
男子寮内を部外者だけで歩かせる訳にはいかないと、医者の見送りを受けた。
医者との別れ際に名前だけ名乗り、自分は寮母と一緒に寮に帰った。
翌日の放課後。事務員経由で医者から手紙と資料を預かった自分は薬師ギルドを訪れた。
ヴィー夫人に昨日採集した薬草を提出し、手紙と一緒に昨日の放課後に起きた事も報告した。
「成程ね。それでブラッディ・フィサリスの個数が減っていたの」
医者からの手紙を読んだヴィー夫人の言葉はこれだけだった。ブラッディ・フィサリスの無断使用について一言貰うと思っていたので、ちょっと驚いた。
「はい。すみません、無断で使ってしまって」
「今回に限っては仕方が無いわ。寧ろ、薬師ギルドに所属するものなら当然の行動ね。そんな事よりも嫌がらせでそんな事をする馬鹿が、あの学院にいる事の方が驚きよ」
そう言うなり、ヴィー夫人は執務机の引き出しからレターセットを取り出した。
手紙を書くのは一目瞭然だが、問題は手紙の送り先だ。手紙の送り先と内容を聞くのは止めよう。
「倒れていた生徒の名前は分かる?」
「はい。クラレット・レヴァインです」
「……え? レヴァイン?」
質問に回答しただけなのに、ヴィー夫人は目を丸くした。ブラッディ・フィサリスを出した時に、医者が書いた診療記録書の一部を書き写しと、医者が書いた診断書の二つをヴィー夫人に提出した。
ヴィー夫人は診療記録書に目を通すが、読み進めている内に顔が険しくなり、診断書を読み終える頃には何やら悟った顔になった。百面相と言う程に、表情が変化している訳では無いが、ひしひしと厄介事の気配を感じる。
「コーちゃんはブラックモア帝国の皇族について、どこまで知っているの?」
「すみません、ほぼ知りません」
「西にいたから、知らなくて当然か」
嘆息したヴィー夫人の、ブラックモア帝国皇室解説が始まった。
吸血族が頂点の国なので、生まれて来る子供は皆『男児』である事は分かる。何でも、赤系の瞳の持ち主が多いらしい。
種族の違いとかを考慮しても、、ブラックモア帝国の皇室は他国と違う点が多い。
最大の違いと言うべきか。ブラックモア帝国では『皇子が誕生しても公表しない』のだ。
普通なら『国家の慶事』として、国を挙げて祝うものなんだけど、ブラックモア帝国では行われない。
皇帝の結婚式は国家行事として行うのに、皇子に関しては皇太子が決まるまで、何も行われない。そのせいで、互いが兄弟であっても分からない。皇太子が決まり、皇族男子の名が公表されて初めて兄弟だったと知る。
これには理由がある。皇帝が複数の妃を娶らなくてはならなくなった時に、どの妃が子供を産んだとか、どの皇子を次の皇太子にするとか、国内の権力争いを可能な限り抑制する為だった。
その他にも、皇室には『己の配下は、自力で集めろ』の教育方針が存在する。この教育方針が存在する為、各皇子は配下になる人物を探す為に奔走する。
奔走するのは、各貴族達も同じだ。
身分を問わずに次期皇太子の側近になれる、千載一遇のチャンスをものにする為に、貴族達も行動する。
個人的に気になったのは、『ノーヒントで公表されていない皇族を見つけられるのか』だ。皇帝に似ているなんて理由で『貴方は皇子ですか?』とか、質問しそうな馬鹿が続出しそうだ。
皇子が公表されないって事は、それなりに権力を持った家じゃないと、調べるのが難しそう。逆に、皇子が自ら身分を明かしたとしても、信じて貰えないケースも発生しそうだ。
この辺はどうなのかと思ったら、皇子は生まれた時点で『子爵位』を授かる。
つまり、十代で子爵位を持っていたら、『その子爵は皇子その人』って事になるのか。逆に分かりやすい目印だな。でも、皇子は様々な都合上、帝国議会の参加権を保有していないから、下位の貧乏貴族と勘違いされる事が多い。
帝国議会に参加するには、国家への貢献が皇帝に三度認められるか、国に収めた過去五年間の税収平均が規定数値を越えなければ、参加権が得られない。
また、帝国議会の参加権を十回以上得ている貴族で、領地で自然災害などが発生して税収が下がった場合は、救済処置として税収の平均値を出す年月が十五年に伸びる。
帝国議会の参加権を保有する下位貴族は、ヴィー夫人が言うには『少なくは無い』らしい。下位貴族全体の四割程度が、帝国議会の参加権を得ているそうだ。
その四割に入っていない、残り六割の下位貴族は『貧乏貴族』だと、帝国議会の参加権を得ている貴族から蔑まれる。
ヴィー夫人が言うには、残り六割の実態は『本家の意向に従う為に返上している』か、『面倒事に関わりたくないから、参加権を得ても返上している』か、『本当にギリギリの生活を送っている』かの、どれからしい。そして、この情報は殆ど出回らない。
なので、『下位貴族=貧乏貴族』と決め付ける奴は、問答無用で『情報の価値を知らない馬鹿』として扱われる。
それ以前に、『下位貴族の中に皇族が混ざっている』のだ!
下位貴族だからと虐げた相手が、『実は皇子で、気づいたら皇太子になっちゃった』なんてケースも多い。その皇子は虐げられた恨みを忘れず、その相手を家ごと冷遇した。皇太子に冷遇されたので、その家は色んな家から縁を切られた。
そんな事態を防ぐ為に、高位貴族は子供に『下位貴族である事を理由に、他者を虐げてはならない。侮ってはならない』と徹底的に教育する。
子供が虐めた相手が皇子だった場合、例え皇太子にならなくても、『子供の教育を怠った』として、今度は『皇帝と他の高位貴族』からの印象が悪くなる。
故に、己の子供がデビュタントを迎えても、価値観の矯正に失敗した場合、その子供を家から追放するケースも存在する。
この教育のお陰で、家の爵位を理由とした貴族間の虐めは減ったが、完全には無くなっていない。
ちょっと長い、ヴィー夫人の説明を聞き、『ん?』と首を傾げる。
昨日介抱した男子生徒は、確かに子爵位を持つものだった。
「ヴィー夫人、もしかして……」
「そこから先は言わないで頂戴。でも、虚弱体質の吸血族なんて珍しいわね。双子の弟でも無い限り、虚弱体質の子供は基本的に生まれないのよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。でも、双子のお兄さんらしい人は見ていないんでしょう。どうなっているのかしら」
男子生徒に関しては、ヴィー夫人が夫のデイモン侯爵と話し合ってから調べる事になった。昨日使用したブラッディ・フィサリスに関しては、薬師ギルドに丸投げした。
この日は、昨日門限ギリギリに寮に帰った事を気にして、早々に寮へ帰った。
それから暫くの間、何も起きなかった。言い換えると、それは日常に戻ったとも言う。
どれだけ印象的な事が起きても、流石に一ヶ月近くも何も起きなければ記憶は薄れる。まして、定期試験が近づいて来れば、勉強に集中せざるを得なくなるので忘れてしまう。
大過なく定期試験を乗り越えた数日後の午前中に、その男と遭遇した。
魔法科中等部で古代魔法を選択しているのは自分一人だけだ。同級生はおろか、上級生でも選択しているものはいない。
この授業を選択したのは、自分で十年振りだと言われた。十年前まで、各学年の一人は古代魔法の授業を選択するものがいたらしいが、大体一年しか持たないらしい。
本来の難易度を考えれば当然としか言えないのだが、自分の場合は『己が開発した魔法を、改めて他人から教わっている』も同然の状況なので、授業に難無く付いて行けている。
新しい発見がある為、最も気楽な授業となっていた。
この日も、古代魔法の授業を受ける為の教室へ移動していた。
古代魔法の担当教員は吸血族の男性だ。ワトソニア学院では十年以上も給料泥棒と呼ばれ、雑用の仕事ばかり押し付けられていたらしい。
自分が古代魔法を選択した事で、『やっと、真面な仕事が来たどー!』と、職員室で歓喜の声を上げて他の教員から『煩い』と怒られたそうだ。
そんな事を思い出しながら、校舎の階段を三階から二階へ下りて右折した時、背後から声が響いた。
「従弟が世話になったと言う、黒髪の留学生と言うのはお前の事か!」
階段の周辺には、自分以外に多数の生徒がいた。その中には黒髪の生徒もいる。足を止めてそれを確認してから、自分は歩を進めた。そしてこの時の自分は、一ヶ月近くも前の事をすっかり忘れていた。
「おい、貴様! 無視するな! 先輩に対して失礼だろ!」
相手が特定されていないので、自分は無視した。古代魔法の担当教員は授業に遅れると、『俺の授業、そんなにつまんないの!?』と泣き出すぐらいにメンタルが脆く、授業の進みに支障が出る。
それ以前に、授業に遅刻するのは生徒がしてはいけない事だ。留学生の身なので、模範生のような行動を取って損は無い。
声を無視して歩を進めていたら、急に肩を掴まれた。肩を掴む手を引き剥がして、窓から外にポイ捨てしたくなる気持ちを我慢して振り返った。
そこには、どこかで見た事があるような顔の、銀色の短髪に、発色の良い赤い瞳の青い制服の男子生徒がいた。容姿は端正で、顔に見覚えはあっても、知らない生徒である事に違いは無い。この男子生徒の声は余りにも大きく、周囲の耳目を集めていた。
授業に遅刻しなくない自分は、男子生徒に一言言った。
「ウザい」
「う、ウザい!?」
オーバーリアクションで男子生徒は騒いだ。その背後へ、マナーに関して非常に煩い御婦人が、教鞭を手に鬼のような形相で近づいて来ているのだが、男子生徒は気づいていない。
教鞭を手にした御婦人の存在に気づいた生徒は、我先にと教室に逃げ込む。背後に忍び寄る存在に気づいていない専科の男子生徒は声を張り上げた。
「き、貴様! 先輩に対して無礼では無いか!」
「大声を上げて周りの生徒に迷惑を掛けて校則を破っている先輩をどう敬えと?」
「お、俺は専科の生徒だぞ? 二年生だぞ?」
「だから何ですか? 専科の生徒は校則を破っても良いとか、そんな暗黙の了解でもあるんですか?」
分かりやすく嘆息してから、男子生徒の背後にいる御婦人に視線を動かして尋ねた。
「マダムハイジ。そのような校則が存在するのでしょうか?」
「そんな事はありません」
地獄の底から湧き出て来たかのような低い声が、自分の疑問に『否』と答えた。
その声を聞いて、男子生徒は背後に忍び寄っていた存在に今になって気づき、大量の脂汗を掻き始めた。
男子生徒の背後に立った御婦人――ワトソニア学院で上級マナーの授業を受け持ち、更にマナー授業総括者であり、元皇室マナー講師だった特殊な経緯を持つ、マダムハイジは手にした教鞭の素振りをその場で始めた。ひゅんひゅんと教鞭が空気を裂く音が聞こえる。
顔を青褪めさせた男子生徒が後ろを見ずに口を開く。
「ま、マダム?」
「種族専科中等部二年生カーマイン・パーセル。言いたい事があります。このあと一緒に来て貰いますが、その前に、校則を破った件もそうですが、下級生に対して何をしているのですか?」
マダムハイジの背後に怒りの炎と思しきものが見える。カーマイン・パーセルとマダムハイジに呼ばれた男子生徒は直立不動の体勢になった。
「い、従弟が世話になったと言う留学生を探していまして」
「探す為にそんな大声を上げる必要は有りますか? 無いですよね?」
「は、はい」
男子生徒の最初の威勢の良さが完全に消えた。それを確認した自分はマダムに一礼した。
「マダムハイジ。次の授業に遅れてしまいますので、私はここで失礼します」
「授業の遅刻は教師として容認出来ません。コーネリア・バートルズ嬢。行っても良いですよ」
「え゛っ!?」「分かりました。ありがとうございます」
マダムハイジの許可が下りたので、自分はその場から去った。男子生徒は絶望に満ちた表情を浮かべたが、こいつの自業自得なので無視した。
背後から聞こえる悲鳴を無視して廊下を歩き、授業が始まる前に教室に入った。
昼休み。何時ものようにやって来たサイラスに午前中に起きた事を話した。
「専科中等部二年生のカーマイン・パーセルか。う~ん。知らない。どうしても気になるのなら、放課後に薬師ギルドに行けば、何か判るんじゃないか?」
「薬師ギルド長か……」
サイラスに言われて気づく。確かに、薬師ギルド長とデイモン侯爵夫人としての二つの立場を持つヴィー夫人なら、何か知っていそうだ。
サイラスに礼を言い、放課後になったら薬師ギルドへ向かう事にした。
放課後。
薬師ギルドの受付に顔を出して、ヴィー夫人に取次ぎをお願いしたら、現在来客の対応をしている最中だと教えられた。既に来客が帰る時間を過ぎているのに、未だに去る気配が無い事も教えられた。
少し考えた自分はヴィー夫人宛に伝言を書き残し、明日もう一度来る事を告げて薬師ギルドから去った。
けれども、翌日もヴィー夫人には会えず、代わりに手紙を貰った。
受け取った手紙を読む為に薬師ギルドを出て、適当なお店でお菓子を購入し寮に帰った。
寮の個室で手紙を開封して読む。
手紙の内容は、暫くの間会えない事についての謝罪と、クラレット・レヴァインとカーマイン・パーセルとの接触は可能な限り控えるようにの二点と、この手紙は返信不要の一文だけだった。
ヴィー夫人に会えないのはしょうがない。侯爵夫人で薬師ギルド長の立場を持っている以上、気軽に会うのが難しいのは当然だ。今までは後見人だったから、会えただけだろう。
しかし、指定の二人の人物との接触を極力控えろ、か。
カーマイン・パーセルは先日会ったから覚えている。
問題はクラレット・レヴァインが誰なのかだ。顔どころか名前さえすぐには思い出せなかった。
どんな奴だった思い出そうとしたが、全く思い出せない。
仕方が無く、カーマイン・パーセルとの会話を思い出す事にした。あの野郎はなんと言っていたか?
『従弟が世話になったと言う、黒髪の留学生と言うのはお前の事か!』
そうだ。あの野郎は『従弟が世話になった』と言っていた。そして、あの野郎を見て、どこかで見たと思った。
どこで見た? 何時見た?
ヴィー夫人から貰った手紙を読み直し、一ヶ月近くも前に女子寮近くで倒れていた、専科の男子生徒の事を思い出した。そうだ、あの男子生徒の名前が、クラレット・レヴァインだ。
アレが昨日の野郎の従弟か。従兄弟にしては髪型以外、双子のように似ている二人だが、これ以上先について考えるのは止めよう。
ヴィー夫人から聞いた、ブラックモア帝国の皇室についての情報を思い出す。
皇族男子は生まれた時に子爵位を授かる。クラレット・レヴァインは子爵位を保有していた。そして、クラレット・レヴァインと双子のように似ているカーマイン・パーセルの存在。
『双子の弟でも無い限り、虚弱体質の子供は基本的に生まれない』
ヴィー夫人の言葉を思い出し、これまでに出て来たパズルのピースが噛み合った気がした。
……けれども、結論は出さない方が良いわね。
結論を出してたら、高確率で面倒事に巻き込まれる。
次の年末年始の休暇まで残り一ヶ月半も残っている。残りの日々は、最近疎かだった冒険者としての活動に力を入れよう。
翌日の昼休み。サイラスにヴィー夫人へ『手紙は読んだ。暫くの間は冒険者活動を優先する』事を伝えて欲しいと頼んだ。
これから一ヶ月半、冒険者としての活動を優先したお陰で、指定された二人との接触が無いまま、冬期休暇を迎えた。
年末年始は別の意味で忙しい。自分も薬師ギルドの事務仕事を泊り込みで手伝った。
ブラックモア帝国の年始の夜会には参加しなかったが、冬休み期間中はデイモン侯爵邸でお世話になった。ただ世話になったのではなく、デイモン侯爵邸の女性陣にモニターを頼んだ。
現在自分は、将来東側で独立する為に、固定の客が付きそうな商品の開発を行っている。
芸が無いけど、化粧水、乳液、美白クリーム、コンシーラー、テカリを抑えるチーク、ハンドクリーム、シャンプー、トリートメント、コンディショナー、入浴剤のこれらを売るつもりでいる。
女性陣の食い付きは恐ろしく良かった。
偏り無く好評だったが、性別問わずに人気が出たのは意外な事に、ハンドクリーム、シャンプー、入浴剤の三点だった。途中から興味を持った男性陣が参加した結果だ。
ヴィー夫人のお気に入りはコンシーラーだった。『これで徹夜明けの化粧の誤魔化しが楽になった』と大喜びしていた。
「目の下の隈を誤魔化す化粧は難しいのよ」
義娘さんと侍女さん達もヴィー夫人の言い分に頷いていた。
一番人気は化粧水か、美白クリームだと思っていたので、ちょっと意外だった。
でも、試しに一つだけ販売するとしたらどれが良いかと尋ねたら、コンディショナーだった。
サイラスを除いたデイモン侯爵邸の面々と協議した結果、髪のお手入れ四点セット(シャンプー、トリートメント、コンディショナー、入浴剤)を年明け頃に、試しに薬師ギルドで販売してみる事になった。販売個数は百個である。
入浴剤は髪の手入れと関係無さそうに思えるが、『髪や肌に着けない香水として使えるから、是非とも入れて欲しい』とデイモン侯爵に懇願された。
宣伝はデイモン侯爵夫妻が引き受けてくれた。
ちなみに、育毛剤は必要かと聞いたら、男性陣の反応は微妙だった。理由を尋ねると、髪のお手入れ四点セットで十分らしい。人族の貴族男性だったら欲しがるかもしれないとだけ、意見を貰った。
年が明けて、薬師ギルドで『髪のお手入れ四点セット』を百個販売した。
買占めを想定して、販売個数は『一人二セットまで』と、制限を掛けた。一部から『融通が利かない』と苦情を受けたが、『幅広い人に使用して貰い、今後も販売するか否かを決める為。買占めが発生したら、今後、二度と販売はしない』と言えば引き下がった。その結果は、お一人様二点限りにしたのに、僅か二日で完売した。
勿論、販売の準備は一人でした。魔法で時間を伸長して、無理矢理どうにかした。年末年始だったので、他の人に頼むのは難しかった。デイモン侯爵邸の人達にも頼んでいない。相談はしたけどね。
評判は上々だった。宣伝以上の効果だったと。
ただ、転売目的で買い占めようとしていた貴族が多数いたから、ヴィー夫人と相談して、今後の販売については見合わせる事にした。様子を見て、たまに作って販売するけど、それは半年後だ。
反発はあったけど転売者の存在を明かすと黙った。代わりに転売者捜しが始まったが、咎める気は無い。
大騒動の年始が過ぎ、新学期が迫った。
ヴィー夫人と接触を控えるようにと言われた二人について話し合う。
二人について持論を語ると、ヴィー夫人は頷いた。
「コーちゃんの予想通りだけど、あの二人、特にカーマイン・パーセルとの接触だけ控えて頂戴」
「何故、片方だけなんですか?」
「積極的に活動しているのが、カーマイン・パーセルなの。クラレット・レヴァインは虚弱体質のせいで、活動はしていない。いえ、正確には出来ない。だから、放置されているのかもしれない」
「カーマイン・パーセルが接触して来た場合はどうしますか?」
「仲が良くない事を示すだけで良いわ。嫌なら、物理的に追い払っても良いわよ」
「つまり、鉄扇で叩いたり、階段か窓から蹴り落とせば良いって事ですか?」
「ちょっと乱暴だけど、吸血族の男の子は頑丈だから、それで良いわね」
突っ込み不在のまま、カーマイン・パーセルへの対応が決まった。
なお、この時に『虚弱体質の吸血族』についても質問したが、教えて貰えなかった。
さて、新学期が始まった。
進級するまで残り二ヶ月程度の時間しかない。逆を言うと、残り二ヶ月程度で進級してしまう。
留年制度は無く、二年生から成績順のクラス分けになるので、皆必死に勉強している。
自分も勉強を頑張った。魔法で時間を伸長してズルをしたけど、薬師ギルドの仕事が入ったのでこれだけは許して欲しい。
そして、学年最後の定期試験を満足が行く点数で乗り越え、進級する時期になった。
カーマイン・パーセルとの接触は無い。
クラレット・レヴァインは、事務員経由で一度だけ会った。『遅くなったが、ブラッディ・フィサリスを提供してくれた礼を言いたい』と言う、拒めない理由だった。馬鹿げた理由だったら、定期試験の勉強を理由に断った。
医者立会いの下で、クラレット・レヴァインからお礼を言葉と物品で貰った。
物品は要らないと拒んだが、物品の中身はお菓子だった。医者を見ると、ニヤリと笑っていた。医者の入れ知恵である事が判明した。
……物品の中身が装飾品系だったら拒めたのに。
お菓子を無駄にする訳にはいかないので、仕方なく受け取った。
運良くこれ以降は、学院の敷地内でたまに見掛けるか、挨拶を交わす程度で済んだ。
こうして最初の一年が過ぎ去った。
出会いと再会を始めとしたイベントがてんこ盛りだった。
でも、一つだけ気掛かりな事が残っている。
それは、古代魔法についてだ。
ワトソニア学院で学んでいる古代魔法は、自分が使用している『根源干渉魔法』とほぼ同じだ。
ここで『ほぼ』が付くのは、これまでの転生の旅で微妙に手を加え続けているからだ。手を加え続けているが、原形はとどめている。その為、転生の旅が始まる前とは微妙に変わっている。
パーティメンバーで魔法を得意とするものも、己が使いやすくする為に微妙に弄ったりしている。自分もやっているから気にしない。
けれど、自分が創った魔法を教えた人数は、十人だ。九人ではない。
パーティメンバー以外で、ただ一人だけ、自分が使う魔法の殆どを教えた人物がいる。
その人物と出会ったのは、転生の旅が始まった『最初期』と言って良い頃で、パーティメンバーと再会する前だ。
たまたまあの人に拾われ、何度も起きる転生について相談した。解決の糸口を求めて、互いに使える魔法の情報を交換し合い、魔法について教え合った。根源干渉魔法を教えた時期は、この頃だ。
魔法と情報を交換し合った結果、出来上がったのが『転生の術』だ。
この頃は、霊力に目覚める前だった。霊力に目覚めたタイミングがこの頃だったら、色々と相談出来たんだけどね。
転生の旅を続けた結果、自分はあの頃よりも使用出来る魔法が増えている。増えたと言っても一割増えた程度だ。
自分が使う魔法の残り全てを使える人物がいる訳なんだが、……この人はあの時の戦闘で死んでいる。
九人のパーティメンバーの手を借りた、神々の王との激しい戦闘の最後に、魂に影響を与える攻撃を受けて、あの人は死んだ。
逆を言うと、あの神々の王でもあっても、単独で勝てない相手だった。
それだけ強い人だったが、流石に魂にまで届く攻撃には耐え切れなかった。
この人物も転生の術を使用する事は可能だが、あの時、そんな余裕があったとは思えない。
仮の話。
ブラッドリー・ナイトの正体が、あの人だったら、自分はどうすればいいのだろう。
同じ転生の旅を続けた九人を取るべきか。それとも、家族のように接してくれた恩人を取るべきか。
その答えは無い。
投稿予定作品の一つで、現在書き進めているものです。
シリーズのエンディングは書き終わっていますが、終わりまでの間に色々と書きたい派なので、色々と書いています。
この作品もターニングポイントの一つなので、書き上げる為に頑張っています。




