キャラ名無き作品 その12
R15は念の為です。
キャラの名前を考えずに、気晴らしで書いた作品です。
息抜きのように勢いで書いたので、キャラクターの名前はありません。これだけはご了承下さい。
エピソードタイトル
悲劇の恋人同士のように振舞うのなら、お望み通りにしてあげます
現在、王城の大ホールで王家主催の夜会が開催されているが、抜け出して婚約者の父親の公爵と面会する為に王城内を移動する。
婚約者がいる身で、相手を放置して良いのかと言われるところだ。
けど、当の押し付けられた婚約者は幼馴染の聖女を連れて『あの女との婚約が解消出来ないから俺達は結ばれないんだ』と吹聴して回っている。他国の貴族が見ている中で、よくもまぁ、出来るものだ。
その吹聴のお陰で社交界で二人は『悲劇の恋人』のように扱われ、自分は『愛し合う二人を裂く悪女』と蔑まれている。他人を貶したいだけの人がそう言っているだけなので気にした事は無い。
そもそも、ね。
聖女は『聖なる力を無くしかねないから婚姻は認められない』と、神殿が公言している。
なので、どれだけ悲劇の恋人のように振舞おうが、婚姻は不可能だ。仮に出来たとしてもその時には聖女の地位を失っている。
そして、自分達の婚約は『先代の国王』が決めた、王命の婚約だ。
先代国王が存命の頃。
周辺国の情勢が悪化していて、国内貴族も、どの国に付くかで揉めていた。このままだと国が割れると、先代国王が危惧するほどに揉めていた。
国内貴族の分裂を防ぐ為に、公爵家同士の子供で婚約するしかないと結論に至った。
誰もが思い付きそうな策に思えるが、貴族の分裂を防ぐには、これ以上の策は無かった。
ただし、この策の最大の問題は、国内に五つ存在する公爵家に『令嬢が誕生していなかった』事ぐらいか。
国王なら、五つしかない公爵家の家族構成ぐらい把握しておけよと、言いたくなるような不手際だ。
だが、この策は貴族達に受け入れられた。
被害に遭うのは公爵令嬢一人だけ。貴族ならば政略婚が当たり前だ。公爵家の人間ならば受け入れて同然だ。でも、男は浮気しても良い。
そんな簡単な思惑と、男尊女卑が根強いから策は受け入れられた。
時間は流れて、今は先代国王の孫世代。
とある公爵家に一人の令嬢が生まれ、同じ年の令息と婚約が結ばれた。
だが、令嬢は聖女にべったりな令息との婚約を『これ以上、こいつの婚約者でいるのはもう無理』と拒絶した挙句、幼馴染の令息と駆け落ちした。
そこで代わりに選ばれたのが、三年後に生まれた自分だ。
十三歳の頃に王命を押し付けられて、そろそろ二年が経過するが、互いの歩み寄りは無い。
王命の婚約だが、令息は嫌がった。押し付けられたのはこっちも同じなのに、何故自分だけが悪者扱いされなくてはならないのか。
そもそも、王命の婚約だと、大体的に発表されている。
神殿も聖女の婚姻は認めないと正式に発表している。
発表しただけで神殿側が聖女の行動を諫めないのは、百年振りに見つかった聖女を甘やかした結果、強く言えないくなっている。更に聖女の実家の侯爵家からも寄付を止めると脅されているからだ。
その結果、自分にしわ寄せが来ている。
肝心の王家は、王太子が聖女と公爵令息の浮気を認めるような発言を公の場で何度もしている。そのせいで、他国から我が国は『浮気が公然と認められている』と認識されるようになり、かなり厳しい目で見られている。
王太子の王命を軽視する発言、聖女の略奪を容認する神殿、不貞を隠さずに堂々と悲劇の恋人のように振舞う公爵令息と聖女では、話題には事欠かない。
聖女に至っては、五年前に『他国から招いた王族』の前で公爵令息の前婚約者の公爵令嬢に堂々と嫌がらせをして顰蹙を買った。それでも、『この女が悪い!』と泣き叫んで被害者面をしたのだから、面の皮が厚過ぎる。
ただし、公爵家と侯爵家のどちらが上なのかは明確なので、公爵家から抗議を受けて裁判沙汰になった。
王命の婚約を邪魔した事を理由に、聖女の実家は裁判で負け多額の慰謝料を支払った。ついでに神殿も訴えられた。この裁判のお陰で自分は嫌がらせを受けていないが、社交界では貶されている。
そんな自分の、他国での扱いは『可哀想な生贄』だ。全くもってその通りだな。
けれど、聖女が堂々と浮気をしているからか、三年前から聖女としての力が落ち始めた。現在の力は聖女として認定された時の三割にまで落ちている。神殿では大騒ぎになっているが、当の聖女は全く気にしていない。
王家も神殿もそうだが、一番の馬鹿は聖女な気がして来たな。
部屋に移動し、少し待っていると公爵がやって来た。互いに無言で挨拶代わりに一礼をしてから、テーブルを挟んで向かい合って座る。
「互いに時間が無いのだ。手短にしてくれ。それでお願いと言うのは?」
相対したものを委縮させる鋭い眼光が向けられた。だが、王城並みに大きなドラゴンから向けられる殺気に比べれば可愛いものだ。
「ご子息と聖女様は悲劇の恋人になりたいそうなので、二人の願いを叶えたいのです」
「……ほぅ。具体的にどうして欲しいのだ?」
よし、公爵が興味を持った。
いかにして公爵に興味を持たせるか悩んでいたが、成功して何よりだ。
手短に手順だけを公爵に説明した。
公爵に行って貰う事は、婚約解消の承認、令息の廃嫡、奥方との離縁、分家から養子捜し(これは既にやっていると聞いた)、神殿と王家と聖女の実家の侯爵家(目の前の公爵とは別派閥に属する)に慰謝料請求などだ。
自分は婚約を解消したら、当主の祖父に絶縁状を叩き付けて家を出る。
「王家が何と言うか気になるところだな」
「まぁ、ご存じないのですか? 王太子殿下は常々ご子息に『お前の婚約はあって無いような王命だ』と仰っているのですよ。時と場所を選ばないで仰っているので、私も耳を疑いましたわ」
「確かにそれは聞いた事があるな。ふむ、陛下が一度も諫めていないところを見るに、どうやら、同じ思いを抱いていらっしゃるようだな」
公爵と視線が合った。
「現在の国際情勢は落ち着いている。無理をする必要は無い。何より、王太子ともあろうお方が『あって無いようなものだ』と公言していて、陛下も諫めていらっしゃらないのならば可能だな。私もいい加減、息子と同い年の女性の愛人を勧められる事に嫌気が差して来たところだ」
事前に集めた情報は合っていたか。公爵は天井に向かって嘆息を零した。
目の前にいる公爵は、現在様々な人から『娘を愛人にしないか』と声を掛けられている。
原因は、聖女と悲劇の恋人ぶって浮気をする公爵の息子と、それを諫めない公爵夫人にある。
何をどう思えばこんな発想に至るのかね?
公爵夫人が息子の浮気を諫めない=それは公爵夫人も浮気をしているから諫めないのでは?=諫めていないと言う事は、夫の公爵にも愛人を作っても良いと認めているのでは?=愛人を作っても良いと認めているのなら、娘を愛人に勧めよう。
こんな感じで目の前にいる公爵は『下は豪商の二十歳前後の娘、上は十代後半の伯爵令嬢』と言う年齢層の女性を愛人にしないかと毎日のように話を持ち掛けられている。
この公爵は根っからの貴族なので、愛人は不要と拒んでいる。それ以前に、こんな事に時間を使いたくないと苛付いている。
「妻の行動が不貞に走る息子を擁護する事が原因で、夫が方々から愛人を勧められる。前代未聞だな」
そうだろうなと、心の中で公爵に同意した。
「君は婚約を解消したい。私は無駄な事に時間を取られたくない。無能な王家と神殿に、事の深刻さを教える機会にもなる。荒削りの策だが、その分、私が好きに動ける。君は婚約が解消出来れば良いのかね?」
「はい。立場を弁えない男は要りません」
「そうか。当主に絶縁状を叩き付けたあとは、どうするのかね?」
「その足で家を出ます。元々、家を出る準備だけは終わらせていました」
家は四つ上の兄が継ぐから心配は不要だ。唯一の心配は兄共々領地に押し込められている両親か。『女は要らん』と言って、生まれたばかりの自分を殺そうとした、何を仕出かすか分からないクズ。
母親には何度も『お前なんか産むんじゃなかった』と言われたな。
祖父母は典型的な貴族なので、両親に比べればマシな部類に入る。その証拠に、両親と兄が領地に押し込められて十年以上も経過しており、最後に会ったのは兄のデビュタントの時だ。
自分との接触を最小限にする為に、この三人は王都に来ても本邸は使えず、離れにしか出入り出来なくなっている。普段は領地で仕事をしているのかと思えば、割と遊んでいる三人なので、今後どうなるかは知らん。家計が傾いているけど、元凶は領地にいるから、どうでもええわ。
「家を出るのなら、使っていない当家の別邸を使うと良い」
「お気遣いだけ頂きます。冒険者ギルドへの登録は済ませておりますので、すぐにでも出国します」
「近々、神殿がもう一人の聖女を探す為の儀式を行う」
「今更ですか?」
神殿内部の行動までは流石に知らなかったので、思わず目を丸くした。
「確かに、今更だ。神殿の評判は取り返しがつかないところまで落ちている。市井でも『聖女様が浮気をしているのに、何故、女の私は浮気をしてはいけないのか』と訴える女性が増えたらしい」
「神殿が教育しなかった結果ですわね」
同情の余地が無い。呆れるわ。
『聖女様が浮気をしているのに、どうして同じ女性の私は浮気をしてはいけないのですか?』
神殿が一番言われたくない言葉だろうな。
「今になって、神殿の金看板を変える為に躍起になっている。念の為に、君も受けてから出国すると良い」
「まぁ、私は選ばれても、聖女の役目は引き受けませんよ」
「それで良い。――全ては役目を放棄した神殿の落ち度だ」
交渉成立として、自分は公爵と固い握手を交わした。
時間をずらして部屋から出て大ホールに向かう。
壁の花になるつもりは無い。認識を阻害する眼鏡を掛けて、飲み物が乗るテーブルに近づいた。
この国では、毒見が必要な人でも無い限り、料理は自分で取るのが決まりだ。その決まりが存在するので、この状態で料理や飲み物を取っても怪しまれない。
公爵と喋って乾いた喉を潤し、夜会が終わるまで料理とデザートを堪能した。
夜会が終わったら、自分の家の馬車に乗って帰る。
婚約者は聖女と一緒に馬車に乗って公爵邸に帰り、聖女はそのまま宿泊している。
どう考えても向こうの有責の不貞行動なんだが、他人の不幸は蜜の味なのか、他人を陥れる事が楽しいのか、悪く言われるのは自分だけだ。
でも、公爵が自分の提案に乗ってくれた。
明日以降、いや、今夜以降が楽しみだぜ。
結論を言おう。
公爵の行動は速かった。
迅速な対応と言って良い。
昨晩の内に、夫人に離縁状を叩き付け、聖女といちゃつく息子には絶縁状を叩き付けた。そのまま、夫人と息子と聖女の三人を家から叩き出した。
一夜の内に何が起きたのか、社交界の関心を集めるように、公爵は真実を公言した。
浮気を公認する夫人のせいで、公爵が大勢の愛人を紹介されている事。
愛人を紹介される理由が『夫人が息子の浮気を肯定するのは、夫人も浮気をしているからだ。公爵も夫人のように、愛人を作って見てはどうか』と勧められていると、ハッキリと公言して、愛人紹介が鬱陶しくなった公爵が夫人に離縁状を叩き付けた。
聖女が息子と浮気をしている事が市井にまで広く知れ渡っており、『聖女様が浮気をしているのに、女が浮気をしてはいけない理由は何なのか?』と訴える女性が増えている事。
息子は王命の婚約者を蔑ろにして、聖女と堂々と浮気しているせいで、公爵家の教育が疑問視されて色々と言われている事。
当主の公爵が何度言っても、夫人が息子を庇うので効果が無いからと、夫人と息子を公爵家から追放した。
公爵家の子供は息子一人しかいない。だがこの国では、最低でも子供を二人産む事が推奨されている。夫人は体形が崩れるからと、二人目を拒んだ。
実は、夫人は『二人目が出来ないのは、種が少ない夫のせい』と社交界で言いふらしていた。その嘘が発覚しただけでなく、公爵のせいにしていた事も発覚した。
更に、夫人は宝石などが好きで公爵に限度額を決められているのに無視して、宝石を買い漁っていた。そのせいで公爵家の家計が度々傾きかけた。
公爵家の家計が傾く気配を感じ取ると、夫人は公爵家の調度品や、代々伝わる家宝を当主に無断で売り払っていた。
息子の事と思いきや、夫人の悪行を暴露するものだった。
夫人が公爵に無断で売り払ったものは、全て買い戻し済みらしいが費用を夫人に請求するそうだ。この費用以外にも夫人に対して、慰謝料などを請求するそうだ。
また、公爵は聖女の実家の侯爵家と神殿と王家に対して、訴訟を起こした。
聖女は言わずとも分かるが、王家までもが訴えられた。
王家が訴えられたのは、王太子の『婚約はあって無いような王命だ』の発言が原因だ。
王命で押し付けられた婚約なのに、王家の人間が王命を軽視し、聖女との浮気を推奨しているとも取れる。
神殿は『聖女の教育をちゃんとやれ!』と言う内容の、二度目の訴訟だ。神殿の顔とも言える聖女が浮気をしているのに止めさせず、市井が聖女をどう見ているのかを知っていて野放しにしているとも取れる。
自分の婚約だけど、公爵が訴訟ついでに婚約白紙にしてくれた。公爵が動き始めて僅か十日後の事だ。
ここで婚約『白紙』なのは、無かった事にして色々と回避したいと言う王家の目的が見える。
でも、王太子の発言を国王が諫めていない。
公爵はそこをうまく突いて、慰謝料を搾り取り、王に頭を下げさせた。
我が公爵家も王家から慰謝料と謝罪を受け取った。
婚約が白紙になった自分に対して、祖父母は早々に出て行けと言い、絶縁状を突き付けて来た。
元より出て行く予定だったから、正直に言って、ありがたかった。
笑顔で『こちらから言う前に言ってくれてありがとう』と言って、その日の内に家から出て行った。狼狽える祖父母の顔は見ものだったわ。
意気揚々と家から出て行って、公爵が指定した別邸に向かった。
別邸に移ってから二ヶ月後。
社交界は――いや、国内は混沌としていた。
まず、悲劇の恋人ぶっていた二人は、本物の悲劇の恋人になっていた。
社交界に助けを求めようにも、笑ってしまう事に、誰にも助けて貰えず仕舞いだった。
まぁ、当然だろうな。
誰も彼もが、悲劇の恋人(笑)を見て、面白がっていただけなのだから。
聖女の実家の侯爵家も『流石にコレは不味い』と、今更になって気づいたらしく、聖女を神殿に追い出した。
神殿はそんな二人を受け入れる羽目になったのだが、ここで聖女が力を完全に失った。
これ幸いと、神殿は二人を追放した。
でも、二人が追放された事を知った大勢の市井の人々が、神殿に苦情を入れた。
聖女を失った神殿はあっと言う間に落ちぶれて行った。
ここで、神殿は『聖女の実家を訴えなかったのか』と、疑問が残る。
その真相は『出来なかった』で合っているだろう。
神殿は、聖女の実家から『娘を大事に扱え』と、多額の喜捨を受けていたのだ。それも、賄賂のようにたっぷりと貰っていたので、神殿の財政状況は『聖女関係の賄賂で潤っていた』と言っても過言ではない。
特に、神殿の何ヶ所かは侯爵家の金で新しいものに再建されている。
侯爵家の金をどれだけ湯水のように使ったんだが。
その結果がこれだが、侯爵家を訴えたら『金を返せ』と言われかねない。神殿は沈黙するしかなかった。
離縁された夫人は実家(聖女の実家とは違う侯爵家)に帰るも、公爵家からの数多の慰謝料を始めとした支払いを要求され、多額の借金を背負う事になった。
夫人は公爵家で購入したものが一切持ち出せず、嫁入り道具は全て買い換えて処分していたので、売るものが無かった。
ここで公爵が、夫人の実家にも『夫人の散財を止めるように説得して欲しい』と相談を持ち掛けていた事が明らかになった。公爵は夫人の実家にも責任があると言い、侯爵家の家計が火の車になるまで資産を毟り取った。
なお、夫人が公爵家で購入したものは全て売却された。
侯爵家は没落寸前にまで落ちぶれ、事の原因となった夫人はどこぞの金持ち男爵のところに売られた。買う男爵がいる事に吃驚だよ。
これだけで終わらず、家の嫡男と二人の令嬢の、婚約が『出戻り夫人のやらかし』を理由に解消された。特に嫡男は結婚式まで残り半年を切っていたので、大騒動となった。
今から新しい婚約者を探すのは難しい。出戻りした人がいなくなろうが、醜聞が社交界どころか、市井にまで広まっており、商家ですらこの家からの縁談を断っている。
王家も影響を受けている。と言うか、全ての始まりは王家にある。影響を受けない筈が無かった。
自分も最初は公爵に『現状で王太子を入れ替えたら、混乱の収拾が付かなくなる』から、廃嫡は思い留まるように説得した。王太子に社交界の混乱をどうにかさせた方が良い、とまで言った。
「この程度で駄目になる国に仕える価値は無い」
けれども、公爵はそう言い切った。どれだけ怒りを溜め込んでいたんだろうね。
焚き付けたのは自分だが、公爵は暴走列車と化してしまった。
そして、公爵にお願いしてから三ヶ月が経過した。
社交界どころか国内が盛大に荒れ、半年近い時間が経過しても一向に収まる気配が無い。
始まりとなった公爵は国王から何を言われても無関心を貫いた。
こんな状況下で神殿は新しい聖女を探す為に動くのだ。針の筵だろうね。百年振りに見つかった聖女を駄目にした実績がある以上、神殿は次の聖女に厳しい教育を施すだろう。
誰も聖女になりたくない中で行われた聖女を探す為の儀式だが、駄目になった聖女が百年振りだった事から判るように、捜索は困難だった。
国内にいる女性を、年齢身分問わずに片っ端から調べても聖女は見つからない。他国からの旅行者や商隊にいた女性にも声を掛けるが見つからない。
こんな状態が更に三ヶ月も続いた。
この世界の聖女は『国ごとに確保するのが暗黙のルール』なので、本来ならば他国からの旅行者や商隊にいた女性に声を掛けるのはやってはいけない事だ。だが、駄目になった聖女がサボり魔だったので、本来やらなくてはならない仕事が溜まっている。
駄目になった聖女は『ちやほやされたいだけの女だった』とかそんな事は無いが、他の女を見下すのがとにかく好きだった。その結果がこれだがな。
聖女探しは難航し、更に半年が経過した。
婚約を解消してから半年間、自分は何をしていたのかと言うと、公爵から借りている屋敷の一画でのんびりと化粧品を作っていた。
本当は冒険者として活動する予定だったが、公爵に禁止されてしまった。代わりに薬師ギルドへ向かい、自作した薬用化粧品の買取をお願いした。
作ったのはあかぎれ用のハンドクリームと肌荒れ用の化粧水の二種類だ。
余り多くの種類を作ると撤退する時に色々と言われなねないので、二種類だけを作った。
売れ行きは想像以上に良いが、増産と種類の増加を求められているので困っている。
……そろそろ、薬師ギルドにレシピを売って、撤退しようかな?
公爵が屋敷を訪れたのは、そんな事を考えていた最中だった。
やって来た公爵の要件は、『一緒に神殿に向かって欲しい』と言うものだった。
「王家と神殿には魔法誓約書に署名させた。誓約書の内容は『検査結果、聖女だったとしても無理強いはしない』と言うものだ」
「状況が変わった。国家の都合。この二つの言い訳で撤回されそうですね」
「その可能性は高いが、実行に移したら王家と神殿の信用は地に落ちる。既に落ちるところまで落ちているから、これ以上落ちようが無いと開き直る可能性は有るが、次の聖女が君だと言う可能性を考えていないから署名したとみて、良いだろう」
公爵閣下。最後の五文字を笑顔で言うのは止めてくれ。王家と神殿を馬鹿にしているのが丸判りだぞ。
まぁ、短いが公爵とこんなやり取りを終えて、自分はこのまま公爵と神殿に向かった。
貴族籍から既に離れているが、簡素なドレスに着替えてから神殿に向かった。誓約書存在を考えて王家の誰かがいる可能性が高いと判断しての服装だ。
この判断は正しく、神殿には恨めしそうな顔をした大司教と、国王と王太子がいたけど、簡単な挨拶だけをして無視した。この三人に良い印象無いからね。
さっさと聖女か否かの検査をして帰ろう。
公爵のエスコートで検査用の水晶が安置されている部屋に向かった。
検査用の水晶は直径十センチ程度の球体だった。台座には金細工がふんだんに使われている。
聖女がこの水晶に触れると、金色か銀色の光を放つそうだ。
大司教からそんな説明を受け、水晶に触ると、ピカーと金色に光った。駄目になった聖女は銀色だったらしい。
国王と王太子と大司教が一斉に目を剥いた。すぐさま三人に魔法誓約書を突き付けて、自分は公爵と一緒に神殿から去った。後ろから怒声が聞こえたけど無視したよ。
公爵邸に向かい、公爵と今後について話し合う。
「指名手配されそうなので、すぐに王都から出ます」
「それが最善か。既に追手が放たれている可能性は高い」
「いざとなったら、こっそりと出ます」
「それしか手段は無いか」
公爵は自分の犯罪に含まれる王都脱出方法を止めなかった。寧ろ、笑顔で肯定した。
実を言うと、すぐに王都から出る事は出来ない。薬師ギルドに連絡を入れてからじゃないと出られないのだ。手紙を出して済めば良いが、そうはならない。
薬師ギルドに、在庫とレシピと余っている材料を全部、いや、在庫だけを売ろう。その方が後々面倒な事を防げる。どうなるか不明だが、他所の国で同じものを作って売る可能性も有る。
公爵と最後の挨拶を交わして見送ったら、行動を開始した。
そして、五日後。神殿に向かってから今日で六日目になるのか。
薬師ギルド長に泣き付かれたが、どうにか王都から出られた。
レシピに関してだけど、結局売る事になった。
ただし、このレシピ通りに作ったハンドクリームと化粧水を、『自分が他国で売って訴えない事に同意する』契約書にサインをさせた。これでレシピの盗用だとかで揉めずに済む。
王家と神殿だけど、公爵が『愚行の果てに金の聖女を逃がした』と情報を社交界に流したので、僅か五日で色々と失墜した。
王太子は廃嫡。国王夫妻の子供は一男一女だった為、妹の元第一王女で現侯爵夫人(他国の皇子と婚姻済で、侯爵位を貰っていた)が立太子(この国では男女問わずに、次期国王を『王太子』と呼ぶ)した。
国王夫妻は、新王太子になった第一王女が五年の実務経験を積んでから、王位の譲渡と隠居が決まった。
神殿は存続すら危ぶまれる状況に陥った。孤児院と施療院を残して解体になるんじゃないかって状況だ。聖女の実家もヤバい事になっている。
そして、この五日間で衝撃的な情報は『元聖女と元公爵令息が撲殺死体で発見された』事だろう。
死体の発見場所は貧民街に近い場所で、犯人は不明。顔だけが奇跡的に無事だったから、死体の身元が判ったと言われるぐらいに、死体の損傷具合がヤバかったらしい。
流石に神殿が二人を弔った。信用信頼評判は、これ以上、下がりようは無いし、二人を弔わなければ神殿の存在意義が問われる。
追い出したとは言え、公爵が息子を弔った事に対して神殿に感謝を伝えた。感謝だけ伝えて、喜捨はしていないよ。公爵もある意味、神殿に振り回された側だからね。寧ろ、よく感謝だけでも伝えたな。
これに関してはマジで感心したわ。
変装して王都から出て、早くも十日が経過するけど、王家が接触して来る気配は無い。
流石に魔法誓約書を無視する事は出来なかった模様。無視したら、それこそ周辺国から白い目で見られる。
トラブルが何一つ起きないまま、自分は悠々と出国した。
五年後。
祖国は女王を頂点とした国になった。男尊女卑の価値観は未だに根強く残っているが、女王が女性の社会進出を促すなどの努力を続けている。また、夫の元皇子(実は、皇太子になるのが嫌で他国に婿入りを選んだ人物だった)が献身的に支えて周辺国と良好な関係を築いている。
この情報を聞いた時、自分は他国の山奥で、仲良くなった魔女(見た目は十代半ばにしか見えない二百歳)と、魔女が拾ってしまった女の子(五歳)三人で一緒に暮らしていた。この二人とドタバタハートフルコメディな日々を送っていた。
その為、祖国の情報を知ったのは実は『出国してから十年後』の事なんだけど、帰国の予定無いので、すぐに忘れてしまった。
と言うか、思い出す暇が無い程に『ドタバタしていた』が正しい。
でも、今の方が楽しいから、思い出してもすぐに忘れそうだ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
キャラ名すら考えずに書いた婚約解消系作品となりました。
主人公。魔女と一緒に暮らしていますが、女の子から『ママ同士で結婚している』と勘違いされて、誤解を解くのに十年掛かります。




