没予定作品 転生者特典は『無職』でした(泣)
ジョナサン大陸では六歳になると、人生を左右する『天性職業鑑定』を行う。
これは『第一回目』の鑑定であって、必ず六歳で天性職業が判明すると言う事は無い。十歳になるまで定期的に行われるが、六歳で天性職業が判明する確率は三割程度だ。十歳になるまでに判明する人間もいれば、一生涯、天性職業が判らないままの人間もいる。また、天性職業が判明しても、その職業に就かない人間もいる。
天性職業は、騎士や祈祷師、錬成師を始めとした、特殊な職業が多い。戦闘時に必要になりそうな職業が多いが、錬成師のような加工系の職業にも当て嵌まる。
要は、才能と素質を必要とする職業だ。
本日、六歳となったアーシュラ・ルーティは天性職業鑑定を受けに、天性職業を人々に授ける女神スカエボラを祀る教会にやって来た。
初老の男性大司教の指示通りに、天性職業を調べる水晶板に手を乗せる。自分が鑑定に使う鑑定プレートの水晶版だ。手を乗せると天性職業の有無と職業名が判る。
『ああ、やっと来たんだね』
「……は?」
前の番の子供(どこかの貴族令息)と違い、自分が水晶板に手を乗せたら光を放った。光が収まると同時に、どこからともなく女性の声が聞こえた。この場に女性の大司教はいない。女性で司教や司祭役職についている人は存在するけど、今日はたまたま、いないだけだ。
『この世界に転生した君に与える職業は――無職だ』
待て。突っ込みどころしか無いぞ。
転生した自分に与える? 何で自分が転生者だって知っているの? それよりも、無職って何!?
『色の無い君が無限の職業にどんな風に挑むのか見せてくれ』
「えぇ?」
その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
周囲を見ると、滅茶苦茶困惑している。目の前にいる大司教も困惑していた。祖父母は『レア職業を引き当てたか。役立たずが残した娘にしては良くやった』と言わんばかりの満足げな顔をしている。見栄を張るしか能の無い馬鹿夫婦は、こんな時にまでそんな事を気にするのか。
それにしても、自分の順番が最後で良かった。絶対、噂になる。
「職業は判明しましたか?」
「判明しましたよ。それが、どうかしましたか?」
良し。怪訝そうな顔をしている大司教には悪いが、状況を打破する為にも、顔を近づけて小声でお願いする。
「すみません、私が公爵様に職業名を言っても信じて貰えません。私の代わりに説明をお願いしても良いですか?」
「構いませんが、それはどうしてですか?」
「不審死した母みたいに殺される可能性が高いです」
大司教の問いに頷く。すると、怪訝そうな顔をしていた大司教は一瞬だけ祖父母を見て、納得の表情を浮かべた。大司教の反応を見るに、前例が在りそうだな。
「分かりました引き受けましょう。個室で詳細を説明します」
「ありがとうございます」
大司教が祖父母を呼び、応接室らしき個室へ案内した。大司教は移動する前に、どこかへ早馬を飛ばすように指示を出していた。
さて、自分と大司教、祖父母に分かれて、二人掛けのソファーに座る。そして、大司教から説明を受けて、祖父母は予想通りの反応をした。
「無職だと!? そんな職業は聞いた事が無いぞ! 何かの間違いではないか? 何故そんな恥ずかしい職業が存在する!」
唾を飛ばしてキレ散らかす祖父を見て、大司教に説明の代理をお願いして正解だったと認識する。祖父の隣に座る祖母は無言で頷き、自分を汚物でも見るかのような目で見ている。このまま帰ったら、『恥ずかしいから毒を飲んで死ね』と言い出しそうな空気を纏っている。
確実に言われそうだから、『不審死した母みたいに殺されるかもしれない』と大司教に説明して欲しいとお願いした。大司教は始めこそ怪訝そうな顔をしたが、現在は『頼まれても仕方が無い』と言った顔をしている。
「公爵閣下。説明しますので落ち着いて下さい。そして、訂正して下さい。無職は恥ずかしい職業ではありません」
「恥ずかしいに決まっているだろう! こんな響きの悪い職業を引き当てるとは、役立たずが残した子供は役立たずだったのか」
「公爵閣下。孫娘様を侮辱する前に、私の話を聞いて下さい」
「聞く価値のある話なのか?」
祖父は低い声で大司教を睨むように言った。隣の祖母は無表情で大司教を見ている。
大司教は狼狽える事も無く、落ち着いた態度を取る。
「ええ、ありますとも。彼女は将来有望なのです」
「無職の一体どこが将来有望なのだ?」
「先ずは無職の正しい名称についてご説明しましょう」
「……正しい名称?」
祖父が訝しんだ。自分も正しい名称が在るのなら是非とも知りたい。
「はい。無職の正しい名称は『無差別職業スキル蒐集家』になります」
「は? 無差別?」
「はい。無差別職業スキル蒐集家。省略して無職になります。学んで修練を積めば『どんな職業スキルも習得出来る』、数百年に一人しか見つからない、非常に珍しい職業なのです」
魔力と適性と正しい知識が有れば利用可能な魔法と違い、職業スキルは天性職業を得ていない人間がどれ程足掻こうとも――仮に女神スカエボラに『ただのスキル』として認められたとしても、職業スキルか否かでは出来る範囲が違う――天性職業以外の職業スキルの習得は基本的に不可能だ。
職業スキルが『生まれ持った適性』と呼ばれる所以でもある。
例を挙げるとするのなら、最も分かり易いのは鑑定かな?
鑑定士の職業スキル『鑑定』で調べると、スキル所有者の熟練度にもよるが、下級レベル(六段階あるレベルの中でも最も下)でも『ある程度の詳細まで』知る事が出来る。
一方、職業スキルではない通常の『鑑定』では、どれ程練習をしても、鑑定したい対象の『名前と状態』しか知る事が出来ない。
説明を聞いた祖父が騒がない事を確認した大司教は話題を変えた。
「公爵閣下。唐突ですが、大陸で最も偉大とされる賢者は誰かと問われて、誰の名を思い浮かべますか?」
「大陸で最も偉大とされる賢者だと? ムハンマド・ヘルナンデス以外にはおらぬ」
祖父公爵が挙げた人物の名は自分も知っている。
ムハンマド・ヘルナンデス。
今から三百年前に実在していた人物の名だ。出身は他国だが、名前は大陸中で知られている。
当時のジョナサン大陸に存在した、全ての国の首都にゲートと呼ばれる特殊な転移門を開発・設置した人物として、商人を始めとした多くの人間から感謝されている。感謝されている理由は言わずも解るだろう。商人達は『移動が楽になった』と大変喜び、年に一度、ゲート設置を祝う『ムハンマド祭』を開催して、今も感謝の意を示している。このムハンマド祭が行われる影響で、誰もが知る人物となっている。
「そのムハンマド・ヘルナンデス様の職業も『無職』だったと、公式記録が残っております」
「かの偉大な賢者の職業が、無職?」
祖父は『嘘でしょ?』と言わんばかりの唖然とした顔になった。祖父の隣で一言も口を挟まずにいた祖母は呆然としている。あんた達二人の間抜け面は初めて見たよ。
「はい。そして、かの賢者を、賢者たらしめた職業が無職こと、無差別職業スキル蒐集家なのです」
「かの賢者と同じ無職」
「稀に『無限職業スキル蒐集家』と呼ぶものもおりますが、大体は無差別職業スキル蒐集家と呼ばれます。正しい略称については判りませんが」
大司教はそこで言葉を切り自分を見た。
「無職を授かったものは皆口を揃えてこう言います。『女神の声を聞いた。君に与える職業は無職だと言われた』と」
祖父母の視線が自分に向いた。確かにそう言われたし声も聞いたと肯定すれば、祖父母はギョッとした。
「女神スカエボラ様が『無職』と仰ったのなら、我々は『無職』と扱うしかないのです」
祖父母は顔を見合わせて困惑を深めた。大司教が言った事を納得したくないと言う事か。
天性職業を人間に与える女神がそう言ったのなら、そう扱うしかないのだ。人間がどうこう言っても、女神の発言は覆らないし、覆しようが無い。
祖父母が諦めたところを見計らい、大司教は再度口を開いた。
「公爵閣下。実は、もう一つお伝えしなくてはならない事が在ります」
「……まだ何かあるのか?」
祖父が心底嫌そうな顔をした時、遠くから足音が聞こえて来た。大司教はその足音を聞き、ため息を吐くように軽く息を吐いた。
「はい。ですがその前に、向こうから来ましたね」
大司教の言葉が終わると同時に、ドアが勢いよく開け放たれた。
誰かと思い全員で現れた人物を見て、再びギョッとした祖父が立ち上がった。祖母は立ち上がりもせずに目を見開いたまま固まっている。
「さ、宰相!?」
誰だか知らなかったが、やって来たのは宰相の地位にいる壮年の男性だった。大司教は誰がやって来るのか知っていたのか、驚きもせずに立ち上がり一礼した。自分もここは礼をした方が良いと判断して立ち上がり、スカートの端を摘まんで一礼する。
「お久しぶりです宰相閣下。わざわざお越し下さり――」
「回りくどい挨拶は不要だ。陛下が呼んでいる。公爵夫妻と孫娘の御令嬢はこのまま城に来てくれ。大司教殿。君も一緒に来るようにと言われている」
「陛下の命令とあらば向かいましょう」
宰相経由で王からの招請だと言うのに、言葉を遮られた大司教は落ち着いている。ふと思い出す。大司教は個室に入る前に、早馬を出すように指示を出していた。どこへか知らなかったが、王城だったのか。
「公爵閣下。出発の前に一つお教えします。実は無職の天性職業を得た子供を発見した場合、国王陛下に報告する義務が発生します」
大司教はにこやかに言い放った。
その言葉を聞き、祖父母はダラダラと脂汗を掻いた。
今更だけど、我がルーティ公爵家は現国王(御年六十五歳)から睨まれている。
原因は祖父母だ。
とある公爵家と夫婦で意地の張り合いを何十年もやり続けた果てに、何もしていない長女と忘れ形見の孫娘(自分の事)の殺害計画を立てた、大馬鹿なのだ。
意地を張り合っていたとある公爵家の当主夫妻も同じような人間だ。こちらはルーティ家を乗っ取る計画を立てた(他にも罪状が大量に存在した)為、『一代限り』の公爵家にまで落とされた。三年前に当主が亡くなった(謎の病死)事で没落している。残りの分家は長男(未来の公爵候補で老公爵が亡くなったら爵位を受け継ぐ予定だった)が当主を務める伯爵家を中心にして残っている。侯爵家以上の家が無かった事もあり、家の力は大分削がれた。
ルーティ家も同じ道を辿りそうだな。元々、家を出る予定だから別に良いんだけど。
では参りましょうと、宰相に促されて五人で移動する。移動先は教会の裏手で、そこには王家の紋章が掲げられた豪奢な馬車が待機していた。
子供の自分は一人で乗り込めず、大司教の手を借りて馬車に乗り込んだ。
全員の乗車が完了すると、御者がドアを閉めた。出発すると声が掛かり、宰相が対応すると馬車が動き出した。
車内の空気は重い。祖父母は脂汗を掻いたまま終始無言でいる。頭の中でこれからどうやって乗り切るか考えているんだろうけど、見栄と意地を張る以外に役に立たない頭では妙案は思い付かないだろう。
しかも、教会から王城までの移動時間は十分程度だ。貴族の子供が天性職業鑑定を受ける教会の場所が決められていたのは、もしかしたらこういう呼び出しの事を考えてなのかもしれない。あるいは、呼び出しの事を考えて近くに教会を建てたのか。
会話が無いまま約十分後。王城に到着した。宰相の案内で城内を移動する。
到着先は王の執務室だった。
「よりにもよって、貴様らの孫娘があの職業を得るとはな……」
形式的な挨拶を得てからの国王の第一声はため息交じりだった。数秒間、目を閉じただけで考えを纏め終えたのか、目を開いた国王は祖父母をぎろりと睨んだ。御年六十五歳とは思えない鋭い眼光だ。
先王が若くして(と言っても四十歳)崩御した結果、現国王は十九歳の若さで即位したと聞いている。
即位後に受けた侵略戦争で陣頭指揮を最前線で執っていたからか、理由は知らんが、未だに剣の素振りを始めとした鍛錬を欠かさない武闘派な王様だった。ギックリ腰とは無縁そうだな。
国王は再度祖父母を一睨みしてから、何故か自分に視線を移した。武将のような鋭い眼光と目が合った。
「アーシュラ嬢。お主は『明日から一ヶ月後に、ルーティ公爵家が没落する』と判明したら、どんな行動を取る?」
「はい。……時間が許す限り、市井で生活して行く為の勉強を行います」
返事をして、少し考えてから国王を真っ直ぐに見て回答する。祖父母は『マジでそうなる』と思ったのか血相を変えて取り乱し、宰相から怒られた。
時間があるのなら、平民として生きて行く為に必要な情報を得なくては生活は不可能だ。孤児院に放り込まれる可能性もあるが、そこは魔法で見た目を誤魔化してどうにかしよう。
通貨単位と通貨価値基準に、お金を稼ぐ方法が判ればどうにかなる。冒険者ギルドみたいなところが存在するのなら、お金を稼ぐ手段に困らない。
この世界には魔法や魔物が存在するから、ファンタジー系異世界の定番『冒険者ギルド』みたいな組織は存在するだろう。ダンジョンとかもあれば、なお良いな。適当に荒稼ぎして隠居生活でもするのも一つの道だ。
職業については、深夜に教会に忍び込み、降臨術を使って女神から直接聞けば済む。
「そこの虚勢を張るしか能の無い夫婦の孫娘とは思えない聡明さだ。爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
自分の回答を聞いた国王は満足そうに頷いた。
「家の取り潰しはしないが、そこの老害は爵位を弟に譲り、即刻、領地にて永蟄居せよ。二度と外に出るな」
「そ、そんな……」
蟄居の意味は謹慎とほぼ同じで、それに『永』が付くと終身になるんだったか?
つまり一生涯、領地の家から出るなって事か。
「アーシュラ嬢はこのまま王城で預かる。ルーティ公爵家そのものを一度調べ直す必要が出て来たしな」
大司教に『このまま帰ったら母みたいに殺されるかも』と言った事が原因か? 早馬で大司教に言った事が全て伝えられていそうだ。
祖父母が待って欲しいと言い出すが、警備兵に連れて行かれた。
祖父母が連行され、ついでに人払いがされた。その為、室内にいるのは自分以外に、国王と宰相と大司教だけになった。室内にいる人間が四人だけになり、応接セットのソファーに国王と宰相、自分と大司教に別れて腰を下ろした。ほぼ同時にカートを押した侍従がやって来て、四人分のお茶がローテーブルの上に並ぶ。
侍従がいなくなったところで、国王が『さて』と口火を切った。
「さて、老害はいなくなったな」
「陛下。アーシュラ嬢の王城滞在期間は、騒動が落ち着くまでですか?」
「それが理想的だな。アレの二人いる息子の、次男は下が盛んで遊び回っていた阿呆と聞く。長男は情に絆され易く、泣き付かれて亡き友人の妻とその娘を養っていると聞いた。その妻は金銭的な支援を受けているだけで、同居すらしていないのに『第二夫人になれた』と勘違いする馬鹿で、娘は『公爵令嬢になれた』と威張り散らしていると聞く。アレには今から孫の教育に集中して貰わねばならん」
国王が言う『アレ』と言うのは、祖父の弟――自分から見ると、分家の侯爵家の当主を務めている大叔父の事だろう。
「救いようがありませんな」
宰相の言葉に国王も頷いた。大叔父一家が本当にそうなっているのなら、宰相の言葉に頷くしかない状況だ。しかし、何でそんな没落街道を爆走しているのか。謎だ。
「一度に公爵家を二つも潰しては他国から勘繰られるから、被害者と扱える方だけを残したと言うのに」
「孫の教育に失敗したら、本家が消えると伝えねばなりませんな」
「それは爵位の相続時に、本家で何が起きたのか知らせれば良い。今はアーシュラ嬢についての事を決めるとしよう」
国王と宰相は揃って自分を見た。二人は一頻り嘆きつつも、ルーティ公爵家の今後について色々と決めていたが、後回しにするそうだ。国王は咳払いを一つ零してから、自分を見て目を細めた。ずっと無言で出されたお茶を飲んでいる大司教は空気になっていた。
「前置きが長くなったな。さて、大司教よ。アーシュラ嬢が得た天性職業の無職こと、無差別職業スキル蒐集家についてどこまで教えた?」
「はい。無職の正式名称と、どのような職業であるかを簡単に説明しただけになります。その他は、かの賢者『ムハンマド・フェルナンデス』と同じ天性職業である事を教えただけです」
大司教の返答を聞き、国王は顎に手を添えた。
「アーシュラ嬢よ。正直に言うが、無職については判明していない事が多い。判明している事は少ない。女神スカエボラの声を聞いたものだけがこの天性職業を得る。学んで修練を積めば、どんな職業スキルも習得出来る。そして、別の人生の記憶――『前世の記憶』と呼ばれる特殊な記憶を持っている事。この三点だけだ」
国王の説明を聞き、自分は思わず絶句した。
こんなタイミングで『前世の記憶持ち』って事がバレるの?
「かの賢者がゲートの開発に全力を注いだ、最大の理由が『前世のやり残し』だったそうだ」
まーじーでー……。
国王の話を聞いて、そんな心の声が漏れそうになった。
「アーシュラ嬢。女神スカエボラの声を聞いたのなら、何と言われたのか教えてくれないか」
「聞いたままで良ければ、報告します」
「良い。報告せよ」
「分かりました」
国王から許可を取り、女神から聞いたままを教える。
教えると言っても、『やっと来たんだ』と、『この世界に転生した君に与える職業は無職だ』と、『色の無い君が無限の職業にどんな風に挑むのか見せてくれ』の三つだけだ。改めて思い返すと意味が分からない。
国王と宰相、大司教の三人は顔を見合わせた。やっぱり分からないようだ。
「大司教よ。どう思う?」
「私個人の考えになります。最初の二つを聞いた限りですが、彼女は女神スカエボラ様の手で『この世界に招かれた存在』とも感じ取れました。女神スカエボラ様によって招かれたものにのみ、無職の天性職業が授けられると言う事なのでしょう」
「では最後の一つは?」
「アーシュラ嬢がどのように挑むのかその姿が見たい。つまり、職業スキルを『習得した数』が知りたいのではなく、職業スキルを習得するまでの『過程』が知りたいと言う事なのでしょう」
やっぱりそうなるのか。現存する職業スキルに何が存在するのか、それを知るところからになりそうだ。
「習得するまでの過程か。では、我らが用意するのは学ぶ環境だけか」
「そうなりますな。教育担当者の人選は後日決めましょう」
「宰相閣下。人選の前に、アーシュラ嬢に何を学びたいか聞く事が先です」
「おお、そうだったな」
置いてきぼりにされていたが、急に話を振られた。
しかし、個人的には学びたい事よりも先に、とある事についての許可が欲しい。
「私はどのような職業スキルが存在するのかを、全く知りません」
「確かにそうだろうな」
国王の言葉に他の二人も頷いている。
「職業スキルについて色々と知る為に、許可を頂きたいです」
「許可? 何の許可だ?」
「本日深夜、教会に立ち入る許可を頂きたいです」
「それは大司教に求める許可であろう。何故、王たる我に許可を求めるのだ?」
「降臨術を使用して、女神スカエボラに根掘り葉掘り直接質問します。その為に場所をお借りしたいのです」
「「「……はっ?」」」
大人三人の動きが止まった。
確かに、『女神に直接聞くから場所を貸せ』と言われたら困るか。
「女神スカエボラ様に直接質問をする? か、可能なのですか?」
「あの場所で声が聞こえました。同じ場所で降臨術を試せば、可能だと思います」
一早くに再起動した大司教の問いに答える。すると、大司教がギョッと目を剥いた。
「ま、待ちなさい。それは私ではなく、教皇様から許可を頂かなくてはなりません」
内心で舌打ちをする。いたのか教皇。
神々を奉祀る教会を『一括りにした教会』のトップなのか。あるいは、神を祀る『教会単位』のトップなのか。
後者ならば、神の数だけ宗教が存在し、その数だけ教皇が存在する事になる。
自分は教会の組織構造について何も知らない。最も詳しそうな大司教に教皇の人数を尋ねると、『一人だけ』と回答を得た。
「現在、教皇様は別のところへ慰問に出かけている最中なのです。教皇庁へお戻りになるのは、今日から十日後になります」
十日後か。今から手紙を出しても、教皇の手元に届いて返事を貰うまでに、更に時間が掛かりそうだ。返事が手元に来るまでに、一ヶ月前後掛かっても驚かないぞ。
長いけど、質問事項を纏める時間が出来たな。あとで、紙とペンを用意して貰おう。
自分が一人、今後について考えている間も、大人三人が何やら議論紛いな事をしている。大人しく議論が終わるまで待った。
暫し待ち、一通りの議論を終えた三人は自分を見た。
最初に自分の今後の扱いについて、次に公爵家について、最後に女神スカエボラに質問をする時に関する事、それぞれ宰相から説明を受けた。
自分は公爵家の掃除が終わるまで城にいる事になった。
色々と埃が溜まっている公爵家は、王家が直接大掃除を行う。大掃除の範囲は本家分家に留まらず、親戚筋全てを対象に入れるそうだ。
女神スカエボラとの接触だけど、これまでの疑問点を全て解消する絶好の機会でもあるから、教皇以外にもいろいろな国と組織を巻き込むそうだ。
ただし、内容が内容なので、大袈裟にせずこっそりと行う。
想像を超えた大事に発展してしまった気がする。
何か失敗したな。
それから、しばらくの間は城に滞在する事になった。
やる事があるか不明だったが、宰相が厳選した人物からあれこれと教わっている間に、三ヶ月近い時間があっという間に過ぎた。
転生職業鑑定から三ヶ月後。
自分は非公式で教皇庁国に国王と共に招かれた。場所を提供してくれるらしい。
ただし、時間帯は夜で、降臨術で女神スカエボラを呼ぶ際の場所は――教皇庁が保有するアメジスト大聖堂だ。ここが女神スカエボラをメインに祀っている聖堂らしい。聖堂の名前の通りに。あちこちにアメジストを使用した置物やステンドグラスが飾られている。
中でも圧巻なのは、アメジストを贅沢に使用した高さ三メートルもある、女神スカエボラの像だ。
今夜、その女神像の前で降臨術を使用する。
降臨術を使って女神を呼ぶともなれば、奇跡の瞬間に立ち会いたい人間は掃いて捨てるほどにいる。
三ヶ月もの時間が空いたのは、立ち会う人間を選別していたからだ。
結果、非公式なのに『大陸各国の王が勢揃いする』と言う、異常事態が発生した。立会人は教皇と大陸に存在する全ての国の王と言う豪華な顔ぶれだ。
自国の国王と教皇の三人だけで行えれば良かったのに。王城近くの教会で良いのに。
昼に会った老齢の教皇が言うには、『長年の疑問を解決する機会になりそうだから、協力して欲しい』との事だった。自分が女神スカエボラに聞く事と内容が被っていたから、良いんだけどね。
口から重い息を吐いても状況は変わらない。
とっとと終わらせて、とっとと帰るぞの心境で、各国の国王との挨拶もそこそこに教皇の合図と共に降臨術を使用した。
直後、アメジストで出来た女神像が眩い光を放ち、女性の声が降って来た。
『こんな形で私を呼び出した子は、君が初めてだよ』
「そうなの? 色々と教えて欲しい事があるの。質問に答えて」
『ふぅん。……知らない間に随分と失伝していそうだね』
クスクスと笑っている姿が想像出来る声に、思わず額に手を当てた。降臨術の使用者だからと言う理由で、自分が代表して女神スカエボラと会話をしている。
自分と女神スカエボラの会話を聞いている教皇と各国の王は神妙な顔をしている。これまでに抱いていた女神像崩れているのかもしれない。
深呼吸をして気分を入れ替えてから、この三ヶ月間で教皇が纏めた質問を全て女神スカエボラにぶつけた。
女神に直接質問した結果、大量の情報を喪失している事が発覚した。
代表的なのが、『転職を司る女神ピオニー』の存在だろう。
女神スカエボラが言うにこの女神は、自身を祀る神殿に詣でた人間に合わせた試練を与えて、『転職か天性職業を与える』事が出来る神らしい。
転職の女神がいたのに、どう言う訳か人々から忘れされれていたらしい。
しかもこの女神は、『天性職業を与える女神』でもある。
これまで天性職業を得られず、人生ハードモードだった人々からすると、救いの女神だろう。何故忘れ去られていたのか謎である。女神スカエボラが言うには、女神ピオニーは恥ずかしがり屋で、想像を超えた人気の余り、引き籠ったそうだ。
立会人が絶句するような質問に対して、女神スカエボラは鈴を転がすような声で回答している。
全ての質問を終えたら、最後の大仕事を行う。
女神と交信する為の石板を、今日の為にこっそりと作って来たのだ。
教皇がギョッとしたけど、『女神スカエボラから神託が貰える石板(アメジスト製)』だと説明したら、すぐに落ち着きを取り戻した。各国の王も似たような反応をしていた。
ここで意外だったのは、女神スカエボラが協力的だった事か。転生職業鑑定の時にしか、人間が住む世界(下界)に干渉――と言っても声を届けるだけ――出来ないらしい。
歯痒い思いをしていたから、自分が持って来た石板は渡りに船なんだとか。
女神が乗り気だった事もあり、石板に女神スカエボラの力が宿った。
ちなみに、この石板を無断で作った理由は、大事にしてくれた教皇への当て付けだ。女神にあれこれを尋ねる為だけに、一々呼び出されるのを防ぐ為でもあるが、これは些末な理由だ。
当然、石板の管理も教皇に押し付ける気でいる。
「教皇様。管理はお願いしますね」
笑顔で石板を教皇に押し付けたら、今夜にやる事は全て終わり、解散となった。
帰り際、国王から無断で石板を作った事について色々と言われたけど、物言いはきつくなかった。何と言うか、呆れていた。
用が済んだら、早々に帰国したけどね。
女神スカエボラの降臨術を行った翌日。
昨晩明らかになった女神ピオニーが祀られている神殿の捜索が行われた。
この世界では、大聖堂はここ五百年間の間に建てられた『神を祀る建物』の事を言い、それ以前に建てられたものを『神殿』と呼んで区別している。
神殿と言われると、豊穣と豊漁の女神アグロステンマと、勝利と栄誉の神ラブルヌムの二柱を祀る神殿が有名だ。この二柱の神殿は大陸各地に点在している。
女神スカエボラを祀っている場所が大聖堂なのは、『望んだ天性職業が得られなかった人々』が神殿を破壊したという経緯が存在する。
こんな天性職業が欲しいと願っても全く違う天性職業を得てしまった人や、そもそも天性職業を得られなかった人々の鬱憤が溜まった結果、女神スカエボラを祀っていた神殿が破壊された。
これが五百年前の事で、神殿を立て直した際に大聖堂と呼び名も変わった。
変わったのは女神スカエボラも同じだった。大聖堂に詣でて、運が良ければ習得した技術がスキルとして認められるようになった。
そんな雑学を思い出しながら、今日の予定について考えた。
六歳になってから、僅か三ヶ月間で自分を取り巻く状況は変わった。家の今後は大叔父に掛かっているけど、自分が家を継がないと潰れる可能性が高い。それでも、国王がどうするかを判断するのは、五年後だ。
大陸の状況も変わったけど、忙しいのは大人だけだ。
女神ピオニーを祀る神殿だけど、進展はあった。
降臨術を使って女神スカエボラから教えられてから半年後に、女神ピオニーを祀る神殿が見つかった。老朽化が進んでいたらしいが、教皇庁国だけでなく、各国が共同で復旧作業を行っている。
見つかった神殿はたった一つだけど、今後、多くの人々の人生を変える神殿になる。色んな意味でアメジスト大聖堂以上に賑わう事になるだろう。
他にも女神ピオニーを祀る神殿が無いか探索を行うらしいが、見つかるのは大分先だ。
そして、ある意味世界に混乱を齎した自分が何をしているのかと言うと。
生活の拠点を王城に移して勉強をしている。
勉強の内容は多岐に亘り、貴族令嬢としてのものから、天性職業の職業スキルまで、ありとあらゆるものを学んでいる。覚える内容は多いが、テストを受ける事は無い。
自分も『いい機会だ』と、色々と学んでいる。
国の職業スキル研究所から、『職業スキルの習得可能最大個数が知りたい』と意見が出ているので、学びに終わりが無いとも言う。
また、本当に無差別に職業スキルの習得が可能なのか(割と半信半疑だったらしい)を調べる為に、指定の職業スキルについて集中的に学んだりもした。
その結果は、本当に習得出来た。
ちなみに習得したのは『占い』だ。習熟度が低いので、コイントスで『吉凶』を占うしか出来ない。しかも、的中率は五割だ。カードを使った占いで的中させるには、更なる修練がいる。
しかし、何故『占い』を習得させられたのかその理由だけは教えて貰えなかった。
ただ勉強しているのも退屈――と言うか、たまに体を動かしたいので、魔法で体格を変えてダンジョン(存在した)に行こうとしたが、国王から『ズルい』と言わんばかりの視線を貰い、首を傾げた。
訓練でダンジョンに出向いたりしなかったのかと、国王に尋ねれば『安全性』を理由に却下されたらしい。しかも、若くして王位を継いだので、ダンジョンの入り口を見る機会さえなかったそうだ。
隠居すればダンジョンの入り口を見る機会が来るかもしれない。だが、年を取り、若い頃のように動けないから結局行けない。
「ダンジョンに行けないのは、人生最大の悔いだ」
王様が深く息を吐いて、言う台詞じゃねぇよ。同席している宰相が呆れているぞ。
そんな言葉が出掛かったが、寸前で飲み込んだ。
このまま一人で行ったら多分、色々と言われそうだ。どうしようと考えて、とある腕輪の存在を思い出した。
国王が遠いところを見ている隙に、宝物庫から腕輪を収めている箱を取り出した。箱を開けて『二七月と刻印された、幅三センチの砂色の腕輪を取り出した。直径五ミリの丸い水晶を、横一列に五つ填め込んでいる。
「アーシュラ嬢、その腕輪は何だ?」
「これは昔、個人的な理由で作った腕輪です」
復活した国王の視線が『二七月の腕輪』に注がれている。『昔、作った』と言っても、国王は驚かない。転生者だとバレているから、過去の人生で作ったものだと勝手に判断されても、その通りなので何も思わない。
「この腕輪は二七月の腕輪と言います。ここの水晶に魔力を込めてから装着すると、肉体年齢が二十代後半にまで若返ります。時間は魔力が尽きるまでです」
「二十代後半にまで若返る?」
「はい。私が身に付けると、二十代後半にまで成長する形になります。陛下が身に付けると、二十代後半にまで若返る形になります」
自分の説明を聞き、国王の目が『ギラリ』と光った。飢えた肉食獣みたいな目だな。
「陛下」
「流石に一人では向かわん。隠居の楽しみが出来たな」
国王は喉の奥で低く笑った。
宰相から『ダンジョンに向かうのは流石に十歳になってからでないと駄目』と言われて、今日は引き下がった。多分だけど、国王が二七月の腕輪を装着してダンジョンに向かう事を阻止する為の発言だったと思われる。
それでも、十歳になったら良いと許可が下りた事の方が重要である。
でもね。何で二七月の腕輪の量産を依頼されるんだろう?
変な事に使われなければ良いな。
数年後。『ダンジョンバーサーカーズ』と呼ばれる、ダンジョン内で暴走する仮面の集団が誕生し、強制的に加入させられるのだが、この頃はまだ知らなかった。
登場人物・用語
・アーシュラ・ルーティ
菊理転生先。職業・無職。
公爵令嬢。結局、家は継ぐ予定。
・ダンジョンバーサーカーズ
身分や地位を始めとした様々な理由で、ダンジョンに赴く事が出来なかった元国家重鎮(王族含む)で構成されている。元国家の重鎮である事を隠す為、全員仮面を付けている。
日々ダンジョンで、『若かりし頃に考えた、最高最速のダンジョン攻略方法』を、攻略に行き詰ったダンジョンで試している。
主人公が作った逆月齢シリーズ二三月か『二七月』を装着し、若返った姿で挑んでいる。
職業・無職
女神スカエボラの声を聞いたものだけがこの天性職業を得る。
学んで修練を積めば、どんな職業スキルも習得出来る。
『前世の記憶』と呼ばれる特殊な記憶保持者。
上記三点しか判明していなかった。
女神スカエボラが招いた人物=女神スカエボラの接触者しかなれない。
魔法
魔力と適性と正しい知識が有れば、誰でも利用可能。
職業スキル
天性職業を得たものが使用出来るスキル。
非常に色々な事が可能となる。
下位互換として、ただの『スキル』も存在するが、女神スカエボラに認められなければ得られない。
登場予定の神と過去の偉人一覧
・ムハンマド・ヘルナンデス
三百年前に実在した賢者。ゲートと呼ばれる特殊な転移門を開発・設置した人物。
主人公と同じく職業は無職で、転生者。
・女神スカエボラ
人々に天性職業を授ける神として崇められている。愉快犯気質。無職と無色を掛けている。
メイン大聖堂は、アメジスト大聖堂。
・女神アグロステンマ
人々から豊穣と豊漁の神として崇められているが、実際は気候を司る神。気性が荒く、少しキレ気味になるだけで嵐が起きる。
・女神ピオニー(シャクヤク)
転職の女神。詣でた人間の素質に合わせた試練を与えて転職か天性職業を与える神。
忘れ去られていたが、アーシュラが降臨術でスカエボラに尋ねた時に発覚した。
祀る神殿には赤・黄色・白のシャクヤクの花が至るところに咲いているらしい。
・神ラブルヌム(キングサリ)
人々から勝利と栄誉の神として崇められている戦神。
・神ネム(合歓木)
ジョナサン大陸のあちこちに、遊び半分でダンジョンとそこに住まう魔物を創っている神。
・神ロードデンドロン(シャクナゲ)
神々の王。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
ほのぼのとはしていないが、日常系になりそうな予感がしたので、キリのいいところまでをこちらに投稿しました。
終わらせどころの判断が難しそうな作品です。没候補に上がっていますが、ある程度書いて『ここで終わらせても良いかな?』ってところまでは書く予定です。