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防人の辺境公爵

 塔の屋上に出ると、目に入った空は雲一つない快晴だった。

 季節は秋梅雨。最近の天気は曇天か雨だった。日差しを浴びるのは十日振りだろうか。風もやや吹いており、上下同色の濃紺のシャツと膝丈スカートの裾が揺れる。

 今朝まで降り続いた雨で屋上は濡れているが、魔法で乾かせばいい。最も、直座りはしないが。

 久し振りに見る日差しに目を細め、大きく伸びをする。

 時刻は昼過ぎ。ここまで天気がいいのなら、屋上でお茶をするのも良いだろう。昨日、時間潰しに作ったお菓子が幾つかある。

 早速準備に取り掛かろう。

 そう思い、キッチンが在る一階にまで移動と、念じると視界が一瞬で切り替わった。



 塔敷地内部に限定されるが、主が念じるだけで目的の部屋や場所にまで魔法で空間移動出来る。今の移動もこの一つである。

 自分の手で弄らずともそう言う造りになっていた。更にこの塔には他にも便利な仕掛けが大量に存在する。しかし、どれもこれも魔力で起動する魔法の一種である。初代主はよっぽど自堕落な人間だったんだろうと、推測出来る程に便利だっだ。

 これらの恩恵を受けられる塔の主は『魔力を持った人間』だけがなれた。

 だが誰でもなれる訳ではなく、この塔は主を自動で選ぶ機能が付いていた。選ぶと言っても『主に相応しいか否か選別する』だけだ。

 一度主に認定されると、十年程度は主としていられ、塔の様々な恩恵を受けられる。期間の延長も可能だ。

 しかし、この塔の本来の機能を考えると主になりたがる人間は少なかった。

 その証拠に、自分が主になるまで、約五十年間も空座だったのだ。ノトス辺境公爵の爵位が得られるとしても、如何に人気がないか解る。



 保温ポットの中は空っぽだった。お湯を沸かす為に、やかんに水を注いで竈の上に乗せる。

 薪に手を伸ばした瞬間、ガンッガンッ、と金属同士を打ち合わせたかのような音が響いた。続いて、獣の鳴き声が聞こえて来る。

 本日一度目の仕事の時間がやって来てしまった。

 その事実に気付き、周囲に誰もいないのを良い事に盛大にため息を零す。

 いつもの黒コートを首から下げて居る道具入れから取り出して羽織り、合わせて漆黒の日本刀――漆も取り出す。そして、敷地の防壁へ、と念じて移動する。視界が切り替わり、重力に引かれて着地すると、そこは防壁の上だ。



 一見すると城壁にも見えなくはない――と言うよりも、国と言う城を守る壁なので、ある意味城壁だろう。王都の防壁よりも更に強固な造りで、壁は魔法探知機も兼ねている。この塔の敷地に近付くものがいれば先程のように知らせてくれる。

 魔物が存在する世界なので、接近が魔物であった場合は先程のような警告音が敷地内に響くのだ。

 この塔の周辺は森だが、ここよりも南は数多の魔物が棲み付いている『魔の森』となっている。

 三十年程前、大陸最南端のプルートーン王国が魔物のスタンピードで滅びた結果、森の範囲は更に広くなったと調査報告が上がっているらしいが、ここはアステール大陸の最北端へ―リオス王国なので、今一、実感が湧かない。

 

 

 探知機で魔物が向かって来る場所を調べて移動。魔力で視力を強化して、森の隙間に目を凝らし、向かって来る魔物を視認して――下がっていたテンションが一気に上がった。

「今日は……アゲラダ! バーベキューが、出来る!」

 アゲラダと言うのは、牛のような見た目の魔物だ。基本的に牛のように四足歩行で走り、頭の両脇から生える角を突き出して突進をするが、前後の足に蹄はない。蹄の代わりに鋭い爪を持つ。稀に二本足で立ち、熊のように爪を振り回し噛み付いて攻撃して来る。

 しかし、この魔物の肉は食用可能で……非常に美味い、最高級肉扱いなのだ。

 王都の市場に出回ればまず王城に買い取られる。侯爵家以上の貴族ならば何度かは入手可能だろうが、伯爵以下の貴族は不可能だろう。

 そんな高級肉が五匹もやって来る。

「バーベキューも捨てがたいが、焼肉、いや、贅沢に極厚ステーキ。ミンチにしてハンバーグ。餃子も良い。出汁を準備してしゃぶしゃぶも良いなぁ。燻製も作らないと」

 口の中に溜まった唾を飲み込む。涎は垂れていない。

 何としても高級肉をゲットする。食欲に忠実過ぎるとか突っ込みは要らぬ。

 肉との彼我の距離が通常の目視で可能な程度の距離になった。土埃を上げてこちらに向かって走って来る。鮮度は良さそうで何よりだ。

 彼我の距離が三十メートルを切った。確実な高級肉ゲットの為に行動を開始する。

 手始めに、十メートル手前に正面に障壁を展開して五匹の頭突きを受け止める。次に左右と背後に障壁を展開して行動範囲を狭める。アゲラダは頭突きや爪による攻撃で障壁の強行突破を試みている。突破出来ず、不満そうに土を蹴って唸っている。その程度で突破される程の軟な障壁を展開する訳ないだろう。そう言っても狩られる側には届かないだろうが。

 仕上げとして、五匹まとめて氷漬けにする。イメージとしては立方体の氷を作るだろうか。障壁内部をまとめて凍らせるのだから。

「雑な仕上げだけど、氷筍!」

 魔法名を唱えると、地面から氷が生えて氷柱となり、その生え切る過程でアゲラダを吞み込んだ。時間にして五秒にも満たない。その極僅かな時間で魔物五匹は凍結死した。瞬間冷凍のような状態だ。肉は新鮮だろう。

 氷柱に歩み寄り、道具入れに回収する。

 戻って捌こう。そう思って踵を返した瞬間、先程と同じ警告音が響いた。今度は地鳴りのような足音が聞こえて来る。

「この揺れ具合だと、ギガンナス系か?」

 ギガンナスと言うのは、巨人系の魔物の事だ。分類はかなり大雑把で『二本足で行動する巨躯』であれば大体ギガンナスと呼ばれる。頭部に角が生えていようが、単眼だろうが、牛頭だろうが、尻尾が生えていようが関係ない。

 見た目は巨体で怪力持ち。直径五十センチ越えの石を投げ、太い木の枝を振り回す事もある。ただし、動きは鈍く大雑把で、正に『大男総身に知恵が回りかね』の格言通りの存在だが、人間との体格差から『強敵』扱いなのだ。

 ……通常ならば、ギガンナスは一体現れただけでも討伐隊を編成する必要がある。しかし、この辺りに自分以外の人間は居ない。必然的に単独で斃さねばならない。

 修練も兼ねているので、増援は呼ばない。仮に呼んでもここに増援が来る事はない。ここはそう言う場所なのだ。

 塔敷地内に戻り、塔の機能を使用して、追加でやって来た魔物の居場所を調べて移動する。

 移動先に到着すると、何故か、人間の悲鳴が聞こえて来た。それも複数。

 現在位置は塔の北側。塔は王国の最南端の領地に建っている。ここより南は魔の森であり、北側は王国領地である。

 塔の北側で人間が襲われている。ここに来る人間は限られており、滅多な事では来ない。王国内で最も魔物の生息地域に近い場所に行きたがる人間はほぼいないから当然なんだけど。

「行商が襲われているのか? 次に来るのは十日以上先の筈だけど」

 一昨日来た一行を思い出し、首を傾げて走って移動する。

 ここに来るとしても基本的には、敷地内に設置している転移魔法陣を経由して来る。それ以外でやって来るのは、盗賊か転移魔法陣の使用許可が下りなかった人間。行商と言っても『国の命令』で『食料を運んで来る』だけの人間だ。欲しいものが有る場合は、半月に一度食料を運んで来る奴にリストを書いて渡せば次回届けてくれる。手紙を出す必要はないし、代金はすべて国持ち。食料品なら『高級嗜好品』でもない限り却下は受けない。料理に使う酒は『庶民でも買える安い奴で良い』と言ってある。平民にとっての高級品である砂糖は『唯一の娯楽が料理とお菓子作り』だからと融通して貰っている。

 では誰だろう?

 悲鳴と怒号交じりに指揮の声が聞こえる。盗賊にしては統率が取れている。

 ギガンナスの後頭部が見えたので、誰かと言う誰何はあとで考えよう。

 身体強化魔法発動。走る速度を上げて地面を蹴って宙に跳び上がり、ドロップキックの要領で両足を揃えた蹴りをギガンナスの後頭部に叩き込む。

「ガァッ!?」

 背後から頭部への攻撃に、ギガンナスは怒りの混ざった声を上げつつ、上体を捩じるように丸太のような腕を背後に振り回す。即座に反撃が来る辺り、自分の蹴りでは体はふら付かせる事も出来ないらしい。

 とは言え、行動は相変わらず大雑把だが。

 そう思いつつ、膝を曲げて後頭部を足場に跳び、漆を居合斬りの要領で抜刀――ギガンナスの腕を斬り落とし、ギガンナスに背を向ける体勢で地面に着地。即座に距離を取って背後に振り返る。

「ギガアアァァッ!?」

 二の腕半ばから斬り落とされ、ギガンナスは痛みに悲鳴を上げ暴れる。人間の成人男性が上げる絶叫のような大音量に、煩くて思わず顔を顰める。

 暴れるギガンナスと視線が合った。

「白刃」

 反射的に、刀身を拡張させる光属性魔法で漆の刀身をギガンナスの身長と同程度にまで伸ばす。白い光が黒い刀身を包み、長大な刃と化す。

「ふっ」

 その場から動かずに漆を袈裟斬りに振るった。

『おお……!』

 声にならない断末魔の叫び上げて、ギガンテスの上体が斜めにズレて落ちる。僅かに遅れて下体も倒れる。ギャラリーがどよめく。そう言えばいたな。

 獣と魔物除けに炎の魔法でギガンナスの骸を燃やしながら周囲に視線を配る。他の魔物はいない。討伐完了と判断して、魔法を解除し漆を納刀する。

「あれ? 賊じゃない?」

 どこかの制服っぽい黒い服を着た負傷者多数のギャラリーに、賊じゃない事に首を傾げた。人数もそこそこおり、ざっと二十人以上はいる。全員男だ。賊と勘違いされていた事を知って僅かに顔を顰めている。こいつら騎士か?

 へ―リオス王国の一般の騎士は赤色、近衛騎士は青色、それ以外の兵は灰色と別れている。

 なので、この三色以外の色を纏っているとなると『他国の兵士か騎士』である可能性が高い。位置的には隣国が有力候補か。

 アステール大陸地図を思い浮かべる。大陸中央の魔の森を囲むように九ヶ国(かつては十ヶ国)が存在する。

 大陸北側のへ―リオス王国の隣国は西側の『クロノス帝国』、東側の『ヘルメース共和国』の二ヶ国である。北は海で、南は魔の森だ。

 残りの六ヶ国は魔の森過去の二ヶ国を通過するか、船を使って海を行くか、転移魔法陣を使うかしないと行けない。

 では、どこの国の人間なのか?

 服にどこの国か判別出来る意匠は入っていない。知っている顔もいない。どうしたものか。

 顔ぶれを眺めていると、この日三度目となる警告音が響いた。

 ギャラリーを放置し、走って塔に戻ると、何故か団体で来客がいた。赤と青の服が目に痛い。金髪碧眼の見知った顔もいるが、魔物の討伐が優先なので無視する。この場所の存在意義を考えると、優先順位は討伐の方が高い。なので抗議を受けても『王命の仕事を優先』しただけなので、不敬罪に問われない。

 相手もそれを知っているので、これでは怒らない。そもそも、任命した人物の息子なので怒れない。

 横を素通りし、塔の機能を使用して魔物の場所を調べ、討伐に向かった。



 本日の討伐は、アゲラダ十一体とギガンテス一体。

 三度目の討伐でやって来たのは、高級肉アゲラダ六体だった。一度目同様に氷漬にした。

 回収して塔に戻ると、ギガンテス討伐時のギャラリーがいた。来客の一部だったらしい。怪我の手当てをしないで放置したが、救助したので問題はないとの事。

 いつもならばアゲラダの解体作業に入るのだが、来客の身分を考えると、対応を優先せねばならない。

 王子随伴の侍女がお茶を頼み、団体客代表の数名を塔一階の応接室に通した。応接室も王子随伴の侍女が簡単に換気と掃除してくれたらしく、三ヶ月振りに使うにも拘らず、埃っぽさはなかった。

 ローテーブルにお茶が並ぶ。王子持参の茶葉なのか、芳醇な紅茶の香りが離れていても鼻腔に届いた。これまた王子持参の茶菓子も並んだところで、口火を切った。王子は微妙に脂汗をかいていたが無視する。

「それで、団体で何しに来たんですか?」

 来客の代表である、ヘルメース王国のアイアス第一王子に来訪理由を尋ねる。

 金髪碧眼の色彩と絵に描いたような『如何にも王子様』的な外見の男は『ちょっと用が有ってね(意訳)』と、奥歯に何かが挟まったような返答をする。質問を続けても妙に困り果てた感の有る返答だったので、こちらから切り込む事にした。

「三日前に送った新しい料理のレシピに何か不備でも有りましたか?」

「いや、不備はない。強いて言うなら料理長が指導を欲しがっていた位かな?」

 料理人は妥協を許さぬ執念と奇妙な向上心を持つものが多い。けれど、いつもの事だ。

「毎日送っている討伐した魔物の報告書に不備が有りましたか?」

「報告書か。特に問題はないかな。最近数が少なく感じるけど、以前報告に会った通り『雨が降っていた』からだよね?」

「その通りですね。雨が降っている間は『巣穴に引きこもって隠れているから探すのが面倒』と学習しているのかもしれませんが」

「そんな風に学習している魔物がいたら、不安になるな……」

 王子は思案顔になった。反応を見る限りいつも通りだ。

「では、我が国の騎士でもない男がいるの何故ですか?」

「あー、魔物の倒し方について何か聞きたい事が有るんだって。報告書を見せたけど、直接聞きたいって――」

「「殿下!」」

「あ」

 側近兼護衛のレヴァンとマカリオスに名を呼ばれて、王子は何かに気付いて固まった。

 一方、自分はため息を吐いていた。

「戦技指導は出来ません」

 直接聞きたいで済む筈がないので、先手として断りを入れる。すると王子は慌てて訂正を入れるべく、口を開いた。

「違う! 戦技指導じゃなくて――」

「この塔について教えて頂きたいのです」

 王子の台詞に食い込むように一人の男が口を開いた。

 王子はギョッとして口を開いた男を見た。自分も男を見るが、全く知らない顔だった。容姿と服装は王子並みだったが。



 辺境公爵などと言う爵位を持っているが、実際は『防人』も同然なので社交界何てものにはまず出られない。辺境伯と違って領地はこの塔敷地内と周辺だけなので領民もいない。辺境公爵はこの国にしか存在しない特殊な爵位なのだ。

 生まれも育ちも貴族だが、生家は六年前に没落しているし、この塔に来たのはその更に二年前の八歳の頃。菊理としての記憶が有るので家事全般はある程度出来る事から、使用人は一人も連れて来なかった。

 食料は定期的に届くし、手紙のやり取り(と言う名の報告書の提出)はあるけど、気分的には無人島で一人暮らしをしている感じだ。

 無人島にいるかの如く、外部と隔絶した場所にいるのでどこかの有名人であっても分からない。

 生家は『男尊女卑』の固定観念に憑りつかれた子爵家で、『女に社交は不要』と他所の家の情報は全くと言って良い程に教えて貰えなかった。貴族の令嬢としての知識と作法は必要最低限しか教わっていない。

 なので、貴族どころか様々な情報に非常に疎い。国についての事は全く教えてくれなかった、そう言ったら異様に同情を貰ったからね。時間が有ったら読みなさいと、大量の教本を貰いましたよ。何せ『自国についての情報は国名しか知らん』とか貴族としてあり得ないもんね。

 そんな事情も有るが、社交界には出られないので情報も得らえれず、辺境公爵を名乗っている間は領地から出られない事も知っていて、ここに来る事を選んだ。

 事務的なやり取りの人付き合いだけで良いんだから、ここはヒッキーの就職先としては最高なのだよ。取り繕い嫌味に笑顔で対応しなくていい、足を引っ張る奴もいないし、社交辞令も要らない。何て素晴らしい住み込みの職場か。

 実は使用人を連れて来なかった事も理由が有る。

 給料を出さなきゃならんし、生家の使用人は女を見下すしか能がない奴らばかりだった。ここまで来てくれる新しい使用人を探すのも手間だし、何より、この世界の料理は美味しくない。味付けは塩と砂糖と酢だけで付けるものが多く、自分で作った方が遥かに美味しい。日本人の性が出た瞬間だった。

 


 繰り返すが、諸々の事情から、情報には非常に疎い。

 王子の顔を知っているのは、単に叙爵時に顔を合わせたから。もう一つの事情が有りこの王子は一ヶ月に一回はここにやって来る。なので、気負わずに話しが出来る間柄なのだ。

 ……王家の内情を知っている身としては、敬意なんぞ払いたくもないが。

 改めて知らない顔を見る。

 光加減で紫紺に見える短い黒髪と切れ長の紫色の瞳に整った容姿。中性的ではないが美人って感じの容姿。だが鍛えているのか騎士と言われても納得できる体格をしている。そして身長も高い。百九十センチ近くは有りそう。

 女受けの良さそうな外見だが、警戒心を抱かせる程に何やら黒いものを感じる。奇妙な青年だった。

「……どちら様ですか?」

 暫し見つめ合っていたが、微笑むだけで何も喋らなくなったので、思い切って訊ねてみた。

 黒服連中から突き刺すような鋭い視線を貰った。どちら様は不味かったか? 名前を訊ねるのは不味いかと思ってこっちにしたが、駄目だったらしい。

 これでキレるようなプライドの塊だったら追い返そうかと思っていたが、黒髪の青年は驚くどころか逆に笑みを深めるだけだった。

 肝の太い男だな。

「慕われていますね」

「ありがとう。彼等は忠誠心が高くてね」

「……ああ。主の顔と名前は有名なのに知らないとは何事かって言う奴でしたか」

「君の事情は知っているよ。けれど、私自身それなりに有名でね。もしかしたらと思ったんだけどね」

「期待に沿えず申し訳ありません。ここに八年近くもいるので他国の情報を知る手段が有りません」

「アイアス殿下が月に一度ここを訪問していると聞いているが?」

「施設の老朽化の確認ですね。その時に国内の情報をたまに頂きますが」

 言葉を一度切り、王子を見る。王子は冷や汗をかいて目を逸らした。

「殿下が最後に来たのは、今から三ヶ月前の事です」

「成程。それなら知らなくて当然か」

 心底、愉快そうに笑っている。

 本当に誰何だろう?

 こう言う時、『王家筋の身体的な特徴』が有ればいいのにと思う。例えば『〇〇国の王族の血を引くものは皆紫色の瞳を持つ』と言えばいいか。そんな感じの特徴である。

 貴族情報にすら疎い自分はそんな情報を持っていない。この王子からもそんな情報は貰った事がない。たまに情報を齎す癖に、こう言う時には本当に役に立たないな。

 黒髪の青年は優雅に一礼した。

 王族を彷彿させる洗練された挙措だな、おい。他国の王族か?

「先々月半ばに即位した、クロノス帝国のラビスだ」

「……」

 隣国の王族ではなく、隣国の皇帝だった。思わず絶句し、思考が停止しかけた。顔が引き攣っているのは間違いないが、停止していない思考が『一応貴族に属するんだから一礼返せ』と囁いた。囁きに従い、コートの上からスカートの端を摘まんで、淑女の礼を取る。

「……ククリ・ノトス辺境公爵になります」

「丁寧にどうも、辺境公爵」

 皇帝の笑みに冷や汗をかいた。



 その後、皇帝たっての希望で塔内部の見学が行われた。理由を聞くと、隣国でもこの塔に似たものを造って魔物対策を考えているんだとか。ここには、参考物件の内視として来たんだと。

 塔内部の案内と言っても、紹介する場所はほとんどない。塔の防壁や、魔物探知と警告辺りの仕組みの説明の方が長くなった。

 中でも、塔敷地内を念じるだけで自由に移動出来る『短距離空間転移』に興味を示していた。

 皇帝だから、帝城内でも使えそうとか思っていそうだな。

 一通りの案内と説明が終わると、黒服達――クロノス帝国の近衛騎士だった。赤服は平騎士らしい――から大型の魔物に討伐について質問を受けた。

 聞かれた内容に正直に答えると、クロノス帝国の騎士一同の眉間に皴が寄った。

 それもそうだろう。

 普通なら討伐隊を組んで討伐に当たる魔物を、十代半ばの小娘が一人で狩っている状態なのだ。異常、異様と言われるのは仕方がないだろう。

 皇帝は肝が太いのか、騒がず、独り感心していた。

「話しに聞いていた以上だが、最初からここに一人でいたのかい?」

「いいえ。最初は問題が発生していたので――」

 皇帝の問いに答えるが、途中で切って王子を見る。王子は自分が何を言おうとしているのか察し、言葉を引き継いだ。

「皇帝陛下。大変恥ずかしい話しなのですが、彼女がここにやって来て初めて『塔が機能不全を起こしている』と報告が上がったのです」

 皇帝は僅かに目を見開いて王子を見やり、どう言う事? と首を傾げていた。

「彼女がここに来るまで塔の上体を知るものは誰もいなかったのかい? 前任の辺境公爵はどこにいるんだい?」

 極めて真っ当な問いに、王子は視線を回遊魚のように泳がせ、決心出来たのか咳払いを一つ零して回答する。

「実は、五十年もの間辺境公爵を継ぐものが誰もいなかったのです。任期や好待遇を提示しても中々立候補者が現れる事も有りませんでした。そんな最中に彼女が塔の主に認定されました。父を始め多くのものが何かの間違いではないかと疑いました。何度やっても同じ結果になるので『国が亡びる前触れ』かとちょっとした騒動になりましたね」

 当時を思い出しているのだろう。王子は遠い目をしている。

 そりゃそうだ。

 何せ、八歳児が立候補しただけでなく、そのまま選ばれてしまった事で、国の上層部は大騒動となった。

 何度やり直しても同じ結果の為、諦めの空気が漂った。

 ある程度の反対は予想出来ていたが、ここまで『この国はもう終わりだぁ』みたいな雰囲気を醸すとは思わなかったので、転生者である事を明かすと、雰囲気は多少良くなった。更に実家の事を話して『家を出たい、縁を切りたい』と言った瞬間の上層部のしかめっ面は今でも記憶に残っている。

 因みにこの時の告発が元となり、母の実家主導で家は没落した。没落するに相応しい罪過を積み上げていた自業自得な父と二人の兄は自分を罵って来たが、父は処刑された。二人の兄は罪人が送り込まれる鉱山で強制労働だ。

 この時、家との縁を切る為に改名した。

「八歳児一人にやらせては、王家に批難が集中するのは火を見るよりも明らかでしたので、臨時で部隊を一つ立ち上げて一緒に塔に派遣し――塔の現状を知ったのです」

「私が辺境公爵になるまで五十年も放置されていましたからね。ここに来たがる人間もいません。知る人間なんていないんですよ」

「五十年も無人の状態で、良く持ったね」

 皇帝が意外そうに言う。しかし、その表情には『呆れ』が浮かんでいた。まぁ、放置されていたからね。

「この辺境公爵領後ろの辺境伯が頑張ってくれたお蔭でしょうね。大挙して北上して来なかった事も要因でしょう」

 三十年前、魔物によるスタンピードで国が滅びているので、各国大陸中央の森から出現する魔物対策に追われている。目の前の人物はその対策に追われている一人だ。王子の解説に思うところは有るだろう。

「塔の機能不全は二年程度で直しました。その後三年間、臨時部隊と一緒に活動しました。単身活動は三年程度ですね」

 そう締め括ると、皇帝は『やっぱりか』みたいな顔をした。どこか安心しているのは気のせいだろう。

 幾つかの質問の受け答えのあと、一行を王都に送り返した。

 アゲラダの解体作業を終えると、日は大分傾き夕方となっていた。

 予想外の珍客で夕食を作る気力がなく、簡単に一人バーベキューにした。

 数百キロの高級肉を手製のソースで味付けして焼いて行く。頃合いを見計らってひっくり返して焼いて食べる。うん。美味しくて最高。

 珍客を抜けばいつもと変わり映えのない一日だ。

 辺境公爵の任期はあと二年。任期を終えれば、正式に伯爵の爵位と領地が貰える。

 でも、ここでの生活に今のところ不満はない。

 任期を伸ばしても良いが、国家繁栄に尽力しろと言われている転生者がいつまでもここにいられるとは思えない。任期を伸ばしても数年程度だろう。

 食費が掛からない自由気ままな独り暮らし。

 あと何年続けられるんだろう?


思い付きである程度書いた小説になります。このあと菊理が巻き込まれる騒動はどうするのが面白いか考えましたが、上手くまとまらなかったので没。ギャグ路線にしたかった。

作中の『辺境公爵』は辺境伯とは違った扱いである事を示す、作中オリジナル爵位になります。説明作中に入れてあります。


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