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キャラ名無き作品 その9

キャラの名前を考えずに、気晴らしで書いた作品です。

息抜きのように勢いで書いたので、キャラクターの名前はありません。これだけはご了承下さい。

エピソードタイトル

縁は切れていますので

 貴族学園の卒業式前日の放課後。

 自分は髪を結い上げてベールを被って顔を隠し、学園以外の制服姿で王城に出向いた。

 王の執務室で部屋の持ち主たる国王と王命で決まった婚約者の父親に当たる公爵の二人と共に自分は今後について話し合っていた。

 齎された隣国の情報と、我が伯爵家の現状を考えて婚約解消が決まった。公爵は王の期待に応えられなかったと肩を落としている。自分としてはやっと解放されると言う気持ちで一杯だが。

「愚息が誠に申し訳ございません」

「公爵。そなたが何度言っても改めなかったのは本人だ。そなたの息子は五年も言い続けても変わらなかった。我が息子もそうだったが、若気の至りと言うのは耳に痛い事をすぐに忘れる事を示すようだ」

 国王が言っているのは、去年の卒業パーティーで王太子が起こした婚約破棄騒動の事だ。


 乙女ゲームのテンプレ的な事が起きた。そのパーティーで王太子は婚約者でもある、『帝国からの留学生の皇女』を冤罪で断罪しようとした。当然のように国際問題に発展した。

 皇女の留学と言うのは建前だ。その本当の意味は『戦争で負けた側から、人質と言う形輿入れ』である。十年近くも前に、我が国の勝利で終結した戦争の影響でこちらから皇女の輿入れを希望した。時間が少し経過しているが、時間が掛かる戦争の後始末をどうするかで揉めた結果だ。

 王太子と冤罪による断罪を唆した子爵令嬢、及び、止めなかった側近の貴族令息一同の『首』と、領地の一部譲渡に、関税などで不利な条約を結ぶ事で見逃して貰えた。

 この一件で均衡していた国力のバランスは崩れて、こちらは戦勝国なのに各下扱いだ。

 件の皇女には意中の相手がいたらしい。その相手は侯爵家の次男だった。

 家が継げない相手では、皇女の臣籍降嫁の許可が下りなかった。だが、今回領土の一部を譲渡された事で管理者が必要となった。二人はすぐに半年の婚約期間を挟んでから婚姻し、領主となった。

 領地を奪い返されないように、皇女を領主に据えたんだろうね。ここは大事な土地だと領民へのアピールも含まれているのかもしれない。


「公爵家と伯爵家の婚約は、現時点を持って解消とする。慰謝料は王家からも公爵家とお主に出そう。教皇庁国との関係を考えての婚約だったが、こうなっては逆に関係を悪化させかねん。お主もそれで良いな」

「はい。私は実家がどうなろうと構いません。丁度良く、任期が終わり、これから自由時間になるところです。……王命の意味が解らない方々から、心無い何かを言われる事だけが唯一の懸念です」

 自分と公爵令息の婚約は王命だった。王命として公表されたのに、上は公爵家、下は男爵家からの嫌がらせが酷かった。お茶会に引き摺り出されて見世物にされる、人前でドレスをわざと切り刻まれたり、お茶や水に香りの強い香水を掛けられるは当たり前で、毒入りのお菓子やお茶を贈られる事もあった。

 嫌がらせの全てに対して、王家が伯爵家以上の当主を呼び出して説明をするなどの対応してくれたから、今となっては嫌がらせは減った。未だに嫌がらせをして来るのは子爵家と男爵家の令嬢だ。潰す予定なのか、下位貴族の当主は呼び出されていない。

 嫌がらせの対策は行っているが、婚約者の公爵令息が父の再婚相手の連れ子の娘(義妹)と仲良くするなどの愚行を繰り返しているから意味をなさない。

「例の留学生と下位貴族令嬢か。全く、皇国の不始末は向こうで済ませて欲しいものだ。それを考えると、お主は巻き込まれた形になるな。伯爵家は王家に無断で行ったとして取り潰す。公爵、そなたの息子を婿として送り出しても良いか? 婿入りさせてから潰して、ネズミと共に皇国へ送り出したい」

「跡継ぎは次男に変えております。幸いにもまだ十歳なので、教育は今からでも間に合うでしょう。妻もそのつもりで教育に励んでおります」

「流石に抜かりないな。子爵家と男爵家と、未だに嫌がらせを行っている中位以上の家はもう不要だな。これを機に国内の掃除もせねばならんが、それは宰相と話し合う事だ」

 多くの家が傾くか、没落するのか。

 王命の意味が解らない馬鹿がそれだけ多かった事になる。

『王命だ』と、国が公表しているのに、何で伯爵家から持ち掛けたって事になるんだ? 縁の無い家同士の婚約だよ? どう考えても国王か公爵家が無理矢理に押し付けた婚約にしか思えないのに。

 馬鹿をやった夫人と令嬢がいる家の当主は国王に呼び出された。これが二度以上となると、悪く言われるけど、流石に伯爵家以上の当主の殆どは、一度で夫人と令嬢が行った嫌がらせを止めさせた。素晴らしい。

 自分も立場を利用して意趣返しをやったよ。夫人と令嬢は一族内の立場が悪くなったみたいだけど知らん。

 このあとも細かい話し合いを行い、公爵と自分は婚約解消の申請書にサインを行った。自分の父親の伯爵のサインは不要なのかって? 今日の呼び出し内容は極秘なので、そもそも父は知らない。

 自分も伯爵令嬢として登城していないからバレない。父は自分の『もう一つの身分を知らされていない』から気づかないだろうね。

 本来ならば知らされて当然の立場なんだけど、王に事前申告せずに再婚した結果、知らせない事になった。

 婚約解消を認めるサインをこの場で国王が行ったら、次に行うのは、護衛騎士を解任するの書類作成だ。

 こちらは作ったら教皇庁国に送れば良いが、近い内に教皇がこちらに来るので作るだけだ。

 書類の作成が終わったら、執務室から出る。廊下で待たせていた護衛騎士の案内で、学園の寮に戻る準備の為に馬車に向かう。

「おい、あれって……」「筆頭聖女様?」「今、陛下の執務室から出て来なかったか?」「教皇庁国と何か起きたのか?」「帝国の次は教皇庁国か」「最悪だな」

 移動で城内を歩くと、遠巻きにコソコソと声が聞こえる。この国の文官は全員男なので、喋っているのは男だけだ。


 そう、自分のもう一つの身分は『筆頭聖女』だ。

 単純に怪我を治す技量が高いからこう呼ばれている。父に聖女としての身分を明かさない事が決まってからはベールを被って顔を隠している。

 治癒魔法が使える人間を聖女と呼ぶ世界だが、幸いにも任期があった。任期は六年。婚約は聖女になってから決まった。本来ならば教会で過ごさねばならないが、自分は国の判断で週に一度教会に出向けば良い事になっている。これは、他の聖女にも仕事を割り振る為の判断だった。

 自分の場合、一人で何百人も治療可能なので、他の聖女の仕事を奪ってしまう。暇な聖女を生み出しては教会の威厳に関わる。

 そこで、『筆頭聖女は、日頃から手が離せない別の仕事を行っている』作り話が作られた。

 週に一度しか教会に出向けない事にして、任期を二倍の六年に延ばし、普段は出向かない魔物討伐にも同行しているが、他の貴族令嬢の聖女から反発を買った。

 聖女は、例え公爵令嬢であっても教会で生活する事になっている。

 それが教会側の判断で例外対応となったのだ。

 特に公爵家出身の聖女の怒りは凄まじかった。家の力を使って教会への圧力を掛けようとしたが、教皇庁国に察知されて未遂で終わり、公爵家は伯爵家に格下げされた。

 当の公爵家出身の聖女は任期まで二年半も残っていたが、切り上げて聖女の身分を返上する事になった。

 問題を起こした聖女の末路は、侯爵令息(一目惚れで押し掛け)との婚約解消と領地への追放だ。一年後、彼女は若干十四歳で豪商(五十歳)の妻になったらしい。

 三年間の任期を終えた聖女の価値は高く、国から個人へ男爵位が贈られる。

 ただし、任期を切り上げた聖女への対応は厳しい。

 

 城から教会へ戻り、教皇庁国から派遣されている大司教に王城での事を報告し、個人で使用している部屋に行く。個室でベールを脱ぎ、学園の制服に着替えて、魔法を使って学生寮に戻る。

 ベッドに腰掛けて一息吐く。暫くして、寮母がやって来た。何でも、不在中に元婚約者と義妹がやって来たらしい。部外者は学生寮への出入りが禁じられている。会う予定は無いと寮母に伝えた。

 相変わらずの馬鹿っぷりだ。

 多分だけど、元婚約者には筆頭聖女の護衛役の聖騎士を解任された事が伝えられていない。公爵が意図的に教えていない可能性が残っているが、時間的に公爵がまだ帰宅していない可能性の方が高い。

 未来の義兄と仲良くしたいと言って、定期的に行っているお茶会に乱入は当たり前。元婚約者は未来の妹とも仲良くしたいと受け入れる。マナーを知らんのか? 公爵に尋ねたら、後日謝罪された。

 公爵家で公爵夫人とのお茶会にも無理矢理ついて来て、公爵夫人に怒られて泣いて帰り、何故か自分が父と義母から怒られる。事を知った公爵夫妻が父と義母と義妹にブチギレる。

 これが婚約してから最初の一年間、毎月起きた。お茶会を始めとした交流会は、最初の一年間で行わなくなった。これで歩み寄る気は失せた。

 元婚約者に手紙を書いても自分に返事は来ないのに、義妹との手紙のやり取りは行っていた。誕生日の贈り物も、自分にはメッセージカード一枚で、義妹には花束や宝飾品を送っていた。

 最初はカフスボタンを贈ったが、砕けた状態で送り返されて、自分も腹を立てた。二年目以降はメッセージカードだけにした。そしたら向こうから苦情が来たけど、公爵夫妻は『自業自得だ』と怒っていた。

 筆頭聖女としての活動していた間、この馬鹿二人は仲良くしていた。

 婚約を解消したいと、大司祭経由で国王に何度お願いしても聞き入れて貰えず、三年経過しても変わらないようなら考える事になったけど、結局五年も婚約していた。

 貴族の義務とか無視して六年前に、父が再婚して義母と義妹を連れて来た次の日に出奔すれば良かった。元々父とは仲が悪かった。母は自分を産んでから、流行りの病を父から貰いこじらせてそのまま病死した。

 でも、その時点で既に治癒魔法が使える事が教会にバレていたから無理だったかな?

 任期を終えたら、無理強いしない誓約書を書いて貰った。でも、その任期が延びるとは思わなかった。

 ぶっちゃけると家に居たくなかったから、教会暮らしでも良かったのに。他の聖女の仕事が無くなるからって、週に一度だけになった。

 色々と起きたけど、もう終わるんだよね。卒業式が終わったら、その二日後に退任式が行われる。

 全ての柵がやっと消えて無くなる。

 それを考えるともう少しの辛抱だ。

 身に着けるだけで認識阻害の魔法が発動する眼鏡を掛けて、小腹を満す為に食堂へ向かった。学生寮を抜け出して街に出ても良いけど、この時間帯では込み始めるのでもう遅い。

 諦めて学生寮の一階にある食堂へ向かう。ここでは寮生に限り、お茶以外にも軽食などが無料で貰える。当然だけど、カウンターで寮生の証のバッチを見せる必要が有る。このバッチの偽造は不可能なので、顔が認識出来なくなっても疑われる事は無い。

 人気の無い食堂のカウンターでバッチを見せてから、お茶が注がれた陶器のカップとハムとチーズのサンドイッチを二切れ乗せた皿を貰い、トレーの上に乗せた。そのまま近くの席に座って食べる。少しゆっくりと食べたら、トレーごとカウンターに返し、個室に戻る。

 明日の卒業式に向けて準備を始める。

 荷物の殆どは、既に協会に運び済み。

 明日の夜に行われる卒業祝う夜会で、何も起きなければ寮に一泊してから教会へ向かう。

 予定を再度確認し、少ない荷物を纏めた。

 警戒対象は元婚約者の親友の留学生だけど、逃げれば良いや。



 翌日。

 恙無く卒業式は行われた。元婚約者とその留学生を避けて行動した結果、一度も会う事は無かった。クラスが違うありがたみを感じた。

 卒業を祝う夜会は学園の講堂で行われる。

 ドレスに着替えて一人で会場に向かうと、あちこちから自分を蔑む笑い声が聞こえた。婚約は既に解消されたから、どうでも良い。

 テーブルに並んだ料理を更に給仕に声を掛けて盛り付けて貰い、近くの椅子に座って食べる。

 自分と同じ卒業生は幾つかのグループに分かれて盛り上がっている。盛り上がっているのに自分をチラチラと見る事は忘れない。

 本当に貴族は噂話と他人の醜聞が好きだなぁ。他人の不幸は蜜の味とは、よく言ったものだ。

 一皿食べ終えた。皿を給仕に返し、テーブルの上に並んだグラスを手に外へ移動しようとした時、怒鳴り声が響いた。誰の声かと思えば、元婚約者だった。

 怒声を上げ、ズカズカと足音荒くこちらに近づいて来る。

「おい、どう言う事だ?」

「何がですか?」

「何故、俺の有責で婚約が解消になるんだ!! しかも、伯爵家に婿入りで、筆頭聖女様の護衛役解任って、どうなっている!!」

 公爵令息の有責で婚約解消、伯爵家に婿入り、護衛役解任の三つの情報を聞いた参加者達がどよめいた。

「ご自身の行動を顧みてはどうですか? 公爵夫妻も散々注意していましたのに、誰に唆されたのか知りませんが、自身の行動を顧みなかったのはそちらでしょう? ああ、王命の婚約は解消されていますので、呼び捨てにしないで下さいね」

 暗に自業自得だと言えば元婚約者は顔を真っ赤にした。ついでに『こいつを唆したのはお前か?』と言わんばかりに会場内を見回した。すると、野次馬モードになっていた参加者は一斉に目を逸らした。

 王命だと知らずに『婚約解消させよう』と、自分に犯罪紛いの嫌がらせを行った令嬢達に至っては顔色が真っ青になっている。

 言うまでもないが、王命の婚約は『国益に関わる』もの同士で行われる。それは国内の貴族同士の婚約でも同じだ。この反応を見るに、王命の婚約だと公表されたにも拘らず自分が嫌がらせを受けたのは、『公爵が我が儘を言って王命と言う形で落ち着いた』と捉えられていた模様。

 真実は違うけどね。

「こ、このっ、……」

「誕生日にはメッセージカードしか送らず、自身には物品を要求しておいて、砕いた状態で送り返すとか常識を疑いました。そのくせ、父の再婚相手の連れ子には貢ぐように色々と送り、手紙の返事をきちんと返す。私には一度も返信を頂いた記憶が有りません。そんなに義妹が良いのなら、義妹と婚約すれば良いだけです。義妹は伯爵家の血を一滴も引いておりませんが、陛下から特別に許可を頂き、義妹でも婿が取れるようになりました。良かったですね」

「それとこれで、何故、関係の無い事で筆頭聖女様の護衛役を解任されなくてはならないのだ!」

「当然の結果でしょう。婚約者に対して不誠実な態度を取り続ける男が、何時までも筆頭聖女様の護衛でいられる訳もないでしょう?」

 解任の本当の理由は婚約解消で、就任も婚約が決まったからである。公爵の事だから教えていなさそう。

「で、では何故、伯爵は婚約解消に一切関わっていないのだ!」

「あら? 連れ子の義妹を一度も諫めなかった父如きが、陛下の視界に入れるとでも思いましたの?」

 元婚約者は悔しそうな顔をした。

 暗に父は王に嫌われていると言っただけだが、元婚約者もその対象に入っていると明言されたくないと思ったのか。反射的に何かを叫びそうになって黙ったのが解った。

 会場内では暴露した自分が受けた仕打ちを知り、皆嫌悪の表情を浮かべている。

 その中には『自分よりも義妹の方がお似合いだ』と、ケタケタと笑いながら噂をしていたものまでいた。国家の調査の手は入っているから色んな意味でもう遅い。特に下位貴族令嬢どもよ。お家が残ると良いね。

 会場内の参加者を見てからクスクスと笑えば、皆の血相が悪くなった。自分の事を嗤っていた奴は掃いて捨てるほどにいた。逆を言うと、去年と一昨年の卒業生を含むこの学院のほぼ全生徒が加害者と言っても良い。

 グラスの中身を一気飲みし、一礼をしてから会場から出た。

 学生寮に戻り、荷物を手に魔法で教会へ移動した。

 大司教は自分が突然現れた事に驚いていたが、夜会で起きた事を説明すると納得顔になった。

 何時も利用してる個室でドレスを脱ぎ、そのまま就寝した。

 けれど、ここで漸く気づいた。

 会場内に例の留学生の姿が無かった。



 翌日。

 大司教経由で王に連絡が届き、昼過ぎに自分は筆頭聖女の姿で登城した。

 案内された王の執務室には、部屋の主たる国王と宰相に、公爵がいた。

 昨夜の夜会で起きた事を説明すると三人は呆れ、公爵からは謝罪された。

 明日の退任式の打ち合わせと書類のサインを済ませてから教会に戻った。



 聖女の退任式は教会では無く、王城で行う。これは教皇を招いて行う警備上の都合だ。

 王城内で最も広いホールで退任式が行われる。希望する国内の貴族が退任式に出席する為だ。

 特に今回は、顔をベールで隠していた筆頭聖女の退任式なので、国内の貴族の殆どが出席を希望した。退任式を得て、遂に筆頭聖女の顔が判明するとあれば、誰もが興味本位で出席したがった。

 雛壇上で教皇の挨拶から退任式が始まった。

 筆頭聖女の扱いについて改めて教皇が説明して理解を求めた。数年前に起きた公爵令嬢の暴走は未だに痕を引いていた。

 退任式は進み、遂にベールと一緒に聖女の称号を返上する時間になった。

 教皇の手でベールが取り払われて、自分の顔が露わになった直後、出席していた貴族の殆どが絶句した。

 筆頭聖女の正体が、散々嫌がらせをして侮辱をした伯爵令嬢だったのだ。驚くのは無理もない。

 ここで出席している貴族の顔を見回して、初めて父と義母と義妹の三人がいる事に気づいた。元婚約者の姿も見える。この四人は、目を見開いて固まっていた。そして、元婚約者は護衛役が解任された理由を正しく理解し叫ぼうとして、隣の公爵から顔に平手打ちを貰っていた。

 退任式終了と同時に教皇が手を振って合図を送り、四人が拘束されて雛壇上前にまで連行された。遅れて卒業式後の夜会で姿を見なかった留学生が連れて来られた。

 ここで、国と教皇庁国の調査結果が公表された。

 義母の正体が、十数年前に起きた政変で処刑された隣国の先代国王(現在は皇国となっているが、先代は王国だった)の複数人いた側室の一人だった。

 義妹は義母の血の繋がった娘だが、隣国先王の娘でもある『元王女』だった。

 父が王に無断で、他国の元王族と知りつつ匿っていた。

 元婚約者は義妹の正体を知るも密告しなかった。

 そして留学生の正体は隣国の皇室関係者だった。元王女が戻って来ないように、義姉の代わりに公爵夫人にする事が目的で、積極的に自分のデマを流していた。それだけでは無く、筆頭聖女の誘拐も計画していた。

 とんでもない事が公表されて、ホール内は騒然とした。

 筆頭聖女の身内がとんでもない事をしていたら、正体を知る以上に驚く。

 計画が潰れた原因は、間違い無く『筆頭聖女の正体が自分だった事』だ。聖女の身内は徹底的に調査されるから、発覚したとも言える。

 教皇庁国が動いたのは『筆頭聖女誘拐計画』が発覚したからだ。『物』みたいに貸せとしつこく要求し、要求が通らないと拉致を計画するとか、計画が杜撰過ぎないか?

 嘆息していた間に国王が留学生に向かって、『皇国の御家問題は国内でやれ、他国でやるなよ。今回の一件を教皇庁国と一緒に正式に訴える。賠償金も請求する。お前が使者団のトップだ(意訳)』と言った。

 留学生の顔が青ざめて行く。国王は無視し、教皇も『確り役目を果たせよ(意訳)』と追い打ちを掛けた。

 拘束された四人は使者団の一員として共に送り出す。使者団の一員として皇国行きが決まり、義母の顔から血の気が引き、声を上げようとしたが教皇に睨まれて口を噤んだ。

 命辛々助かったのに、皇国に連れ戻されたら娘共々処刑される可能性が高い。発生した政変では、先王の側室とその子供も全員断頭台送りとなった。先代派の生き残りがいる可能性はあるが、接触するまでに処刑される可能性の方が高い。

 ここで往生際の悪い元婚約者が『何故私まで行かなくてならない!? 長女は無罪なのか!?』と叫んだ。

「書類上とは言え、お前は既に伯爵家に婿入りしただろう。長女は昨日の時点で伯爵家から籍を抜いている」

 何故知らないのだと、国王は胡乱気に元婚約者を見た。

 公爵から聞かされていないのか、あるいは聞き流したのか。そのどちらかだとしか思えないが、父親の公爵が『頭痛がする』と言わんばかりに眉間を揉んでいたので、後者の可能性が高い。

 公爵は息子に聞かせておらず、今ここで『聞き流された……』と演技している可能性も考えられる。だが、普段から父親の諫言を無視していた事が原因で聞き流したと判断された。

 日頃の行いの結果だな。

 五人がホールから連れ出されそうになった時、父伯爵と元婚約者が喚いた。口撃の対象は自分だ。

「往生際が悪いにも程があります。書類上とは言え、縁は既に切れています。私を散々ないがしろにしておきながら、都合の悪い時だけ助けを求めるのは止めて下さい。見苦しいですよ」

 縁は切れていると、明言すると二人は顔に絶望を浮かべてから項垂れた。

 伯爵家においての自分の待遇の悪さは貴族社会に広まっている。そこに王命の婚約が重なった事で悪化し、留学生が学院で噂をばら撒いた事で名誉棄損レベルの誹りを受けている。

 伯爵家は自分の名誉回復を一切行わなかったし、元婚約者は義妹と仲良くしていた。

 自分を蔑ろにしておいて、助けを求めるとは恥知らずもいいところだ。

 五人がどこかへ連れて行かれた。一言も声を上げず、状況が理解出来ず呆然としたままだった義妹はずっと自分を見ていた。

 助けを求めていたのかもしれないが、それは口に出さなくては相手に伝わらない。

 そもそも義姉妹の縁は切れているし、仮に国王に何かを言っても却下される。

 最早、助ける事は叶わない、助ける気も無い。

 五人が連行されて行く様子を、自分は黙って見送った。

 


 そして翌日の日の出と共に、自分は教皇と共に教皇庁国へ発った。

 聖女の役目は終わっているが、以前より教皇から魔法具の製作を頼まれていた。任期が終わると同時に教皇庁国へ向かい、そこで魔法具を作る事を約束していた。

 教皇庁国へ行く必要は無いように思えるが、筆頭聖女の正体を知った貴族が挙って助命嘆願して来そうだし、これから国内の大掃除が始まるので、国内にいない方が安全なのだ。

 何より、国王から教皇庁国に退避してくれと言われて去るしかない。

 元々、出て行く予定だったから、去る口実を考えなくても済んだのは都合が良かった。

 一人で乗る馬車の窓から空を見た。

 朝焼けの空を見ても、もう二度とこの国に戻らないのに何も感情が湧かない。

 思っていた以上に自分が薄情だった事を知り、小さくため息を零した。



 教皇庁国に来てから二ヶ月が経過した。

 依頼された品は全て作り終え、図書館で本を読んでいた頃にその知らせを聞いた。

 故国と教皇庁国から訴えられた皇国は、留学生を切り捨てる選択を選んだ。つまり、『我が皇国はそんな事を計画していない』としらを切った。留学生は国際問題を引き起こした重罪人として処刑された。

 使者として共に送られた四人もまた、協力者として処刑された。

 死人に口は無いと言うが、何の躊躇いも無く処刑を選択したところを見るに、教皇庁国との揉める事だけは回避したいようだ。

 十数年前の皇国の政変は非常に強引に行われたみたいで、先王派閥の人間が多く残っていた。一緒に送られた四人の処刑が問答無用で行われたのは、先王派閥への牽制らしい。牽制と言うか、希望を消す行為だ。

 これに合わせて、実家は完全に没落した。未だに爵位が残っていた事に驚きを禁じ得ない。仮に生きて帰国したとしても、色々とやっていたから身分剝奪は免れないし、毒杯を賜るだろう。

 故国では大粛清が行われた。下位貴族はほぼ全滅し、中位貴族は八割もの家が没落した。高位貴族で没落する家は無かったものの、本家と分家の人員の入れ替えが行われた。

 大粛清後に新たな下位貴族と中位貴族が誕生したが、その全てが高位貴族の分家に当たる。新しい国内貴族の派閥が誕生する事で、貴族間の政治的なバランスが保たれた。

 高位貴族の数だけ派閥が出来上がったようなものだが、公爵家を中心にバランスが保たれて、国王が困らないのならばそれで良い。自分は関わる事は無いから、見ているしか出来ない。

 教皇庁国から何時出立するかを考える事で、故国について忘れる事にした。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

キャラ名すら考えずに書いた聖女ものの作品となりました。

とあるの小説を読んで、こんな風にすればもう少し面白そうだなと、感想を抱いて書いた作品です。

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