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入学式で言いたい放題言ったけど、ザマぁする相手がいなかった

 イーグリィ王国王立魔法学園の事務室で入寮手続きを行って早々、非常に嫌な目に遭った。

 すれ違う生徒の殆どが、会った事の無い兄姉が吹聴して回った悪評を信じて、自分に石を投げて口々に罵って来た。

 あの馬鹿二人は祖父母から止めろと言われたのに、止めなかったらしい。この分だと、両親も止めていなさそうだ。

 自分は明日の入学式で新入生代表として挨拶をする事になっている。丁度良いから色々と言ってしまおう。

 一思いに、捨ててやる。

 事務室で受け取った、軍服に似た黒い制服を胸に抱えてそう誓った。



 翌日の入学式は全校生徒を収容する大講堂で行われる。一学年千人の四学年の構成で、教員や来賓を含めて四千人を超える人間を収容する大講堂は非常に大きい。広さと天井の高さは地球のスタジアムを連想させる。

「新入生代表、ナタリア・アッシャー伯爵令嬢」

 自分の名前が新入生代表として呼ばれた事で、会場内が大きくざわついた。入学式で新入生代表を務めるのは、主席入学生だ。顔も知らない兄と姉が流した悪評を鵜呑みにした生徒の多さを知る。自分が領地に引き籠って、冒険者として活動していたってのもあるだろう。『貴族社会は他人(他家)を陥れるもの。他人の不幸は蜜の味で最高の娯楽』扱いだと再認識する。

 絶対に卒業と同時に家を出てやる。努力して伯爵家にした祖母には悪いが、馬鹿しかいない家を没落させ(潰し)たいわ。この国では、爵位を上げても三代に亘って功績を打ち立てる事が出来なかったら、元の爵位に戻ってしまう。だからってのもあるんだろうけど、祖父母は父と母(没落した元男爵令嬢でしかも庶子)の結婚を反対したらしい。祖父母の直感は正解で、母と兄姉が原因で家計が傾き始めている。子爵家に戻るのは、時間の問題だろう。

 司会進行役の教員が『静粛にお願いします』と何度も言っても、困惑の声は静まらない。壇上に上がると困惑に満ちた視線を一身に受ける。全てを無視して、事前に教員と打ち合わせした通りの挨拶文章を述べて行く。

 そして、最後に予定に無い事を言った。

「私達がこれから過ごす在学期間の四年は今日から始まったばかりです。どのように過ごすかで、長いか短いかの違いを感じるでしょう。四年も時間があれば、私達は様々な事に挑戦出来ます。例えば生まれてから一度も会った事の無い、顔も名前も知らない兄と姉に入学先で悪評を流されても、悪評を払拭する為に行動する事が出来ます。学園敷地内に入って早々、悪評を鵜呑みにした女子生徒達に罵り言葉と一緒に石を投げられ、男子生徒達からは揶揄われて嫌がらせを受け心無い言葉を浴びせられても、これらの事を私に対して行った生徒達を反省させ、行った事を後悔させる事も出来ます。祖母に似ている事が気にいらないと生まれた直後に暴力を振るって別居を強いた両親と卒業後に縁を切る為の準備も可能な限り出来ます。身分を捨てて、独りでやって行く為に様々な事を学ぶ時間もあります。私達が過ごすこれからの四年間と言うのは思っている以上に非常に長いのです。目標を立てて、目標に向かって行動し、目標を達成する事で、これからの四年間を有意義に過ごせば、良き人生に出来る程に実りあるものとなるでしょう。以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせて頂きます」

 頭を下げて壇上から去る。言いたい事を全て言い切ったので満足した。友を作る予定は無い。卒業後を考えて独りでやって行くつもりだ。

 大講堂内は静まり返っていた。今なら針を床に落とした音も聞こえそうだ。司会進行役の教員も大口を開けて呆然としている。

 入学式が始まる前から虐めを受けました――とか言ったら、普通は驚くか。自分は無視して空きの椅子に座った。


 この学園は平民の生徒も入学試験の成績次第で入学可能で、表向きは『平等に教育を受ける事が出来る』と謳っている。

 高位貴族から一般常識相当の『当たり前の注意』を受けた際に、身分を盾に『虐めだ』と騒ぐ事も規則で禁止されている。普通の虐めも禁止されている。

 そんな規則が有る原因は、今から百年前、この学園では乙女ゲームあるある『冤罪で婚約破棄劇』が行われた事が発端だ。王族男子と下位貴族令嬢か平民の女子生徒による婚約破棄劇では無い事がせめてもの救いだ。昼行灯な公爵令息(婿入り予定の公爵家三男)と平民の女子生徒(裕福な商家の末娘)が、公爵令嬢相手に引き起こした。

 この国の貴族は、『身分が高い人間は下のものを正しく導く』事が美徳とされている。不作法を見かけたら『見たものを不快にさせるから止めなさい』と声を掛けて、『正しいマナーを教える』のが、高位貴族の常識とされている。高位貴族はマナーに煩いのでは無い。指摘するのが常識と幼い頃から教えられている。それを『虐め』と叫ぶ奴は、貴族社会から爪弾かれる。都合が悪い事を理由に『虐めだ!』と叫んではいけないと言う事だ。

 時と場所と場合を弁えろ。周囲の人間に不快な思いをさせるな。この国の法律と常識を守れ。これらは指摘されても文句言えんな。逆切れしたら馬鹿扱い確定だ。

 件の馬鹿二人は慰謝料の支払い(借金返済)の為に、共に強制労働所へ送られた。強制労働所から出ても、身分が剥奪されている二人は平民として生きるしかなったそうだ。被害に遭った公爵令嬢は隣国の第三皇子を婿に迎えた。友好の為の政略婚だったらしいが、夫婦の仲は良かったらしい。


「くっ、くく……」

 静まり返り、誰もが息を潜めて動きを止めている。こんな状況で声をかみ殺して笑っているのは、来賓として入学式に参加している国王だ。右手で顔を隠しているが、肩が震えているので笑っているのが丸判りだった。

 笑いを堪えている国王を見た司会進行役の教員が慌てて入学式を再開させた。その後、入学式は恙無く進み、国王からの挨拶の時間になった。

 国王の挨拶となり、誰もが居住まいを正した。

 壇上に上がった国王は入学式として当たり障りのない挨拶と祝辞を述べて行く。

「ここからは個人的に言葉を送ろう。良いか。他人の言葉を簡単に鵜呑みにしてはいけない。人間の評価は、その人間を評価する人間ごとに変わる。評価対象の悪評を広めたい人間は、噓を吐いてでも評価対象の悪い事しか言わない。逆に好評を広めたい人間は、嘘を吐いてでも評価対象の良い事しか言わない。貴族の令息令嬢のならば、騙されない為にも真偽を見極める目を持たねば窮地に立たされる時もある。行動に移す前に確りと調べて裏取りを行うんだ。貴族にとって情報と言うのは、己を守る剣であり、盾でもある。情報の扱い方次第では諸刃の剣にもなり、己を傷付ける。商家出身の生徒ならば、情報の価値について幼い頃から聞かされているかもしれないが、時に情報は多くのものに影響を与える。情報を知っていたか否かが、商家としての命運を分ける可能性も有る。平民出身の生徒達も、『知らなかった』で済まされなかった事があるかも知れない。知っていた事で助かった事もあるだろう。情報が原因で命を落としたものもいる。情報は国家の運営に関わる時すらある。情報と言うものは粗末に扱ってはならぬ。情報の裏取りを行い、真偽を見極める目を養いなさい」

 国王は最後に長々と語っていたが、言葉を一度切り、大講堂内を見回した。居心地悪そうに身動ぎした生徒が見えたけど、結構な数がいた。

「それはそれとして、情報を鵜呑みにしてナタリア・アッシャー嬢に対して虐めや暴力と受け取れる事をやった諸君には、このあと教員から一言あるかも知れない。だが、甘んじて受け入れなさい。吹聴した生徒と尾鰭を付けて楽しんだ生徒には、厳重な注意や処罰が行くかもしれないが、自業自得である。例え家族であっても、身内を悪く言って陥れて己の株を上げる行動は良くない。そもそも嘘と言うのは、時と場合にもよるが、己を蝕む遅滞性の毒のようなものだ。そして他人を陥れる行動を取ったら、何時か己も他者から陥れられると心得よ。貴族が体面を気にするのは、家を守る為であり、家を興した先祖の誇りを守る為だ。他者を侮辱したものは、他者から侮辱されると思え。何事も『やったら、やり返される』のだ。これは国家間でも言える。嘘を吐いても許されるのは幼い頃のみだ。十代半ばの諸君は己の意思で、この学園に単身で来る事を選択したのだ。自分がやった事は自分で償いさない。一番悪いのは誰だとかは関係無い。行動を起こした時点で同罪だ。貴族ならば、全く関係無い家族を巻き込む可能性もあるだろうな」

 国王が再び言葉を切って大講堂内を見回すと、顔を青褪めさせたものや、顔色の悪いものが続出している。心当たりのある奴しかいないのか。

「最後になるが、謝罪にも幾つかの種類が存在する。罪悪感や後悔を減らす為の謝罪に意味は無い。謝罪の言葉を口にすれば、必ず許されると言う事は無い。行った内容によっては、誠心誠意謝罪しても許されない時もある。謝罪して許される時と言うのは、相手の溜飲が下がった時だけだ。そして、謝罪をする時に行う慰謝料の支払いは『この件に関して互いに終わらせて縁を切る』も同然なのだ。国家に属し社会で生きて行くには、人は縁なしでは生きて行けん。だが、金の切れ目が縁の切れ目と言う言葉があるように、縁と言うものは結び難く切れ易く、維持するのは難しい。これは国同士の関係でも言える事だ。扱いが難しいから、誰もが苦労してでも大事にするのだ。入学式の挨拶にしては、少々説教臭くなったが、君達にはまだ時間が有る。時間を有効に活用して、次に繋げなさい。余からは以上だ」

 国王の言葉が終わり、大講堂内にいる面々は拍手を送った。

 含蓄が有ると言うか、経験から来る言葉は重いな。

 国王からの祝辞で入学式は終わりなのか、ここで解散となった。



 一学年千人を誇る王立魔法学園にはクラスが存在しない。

 自分で授業を選択する形になるが、それは二年生からで、騎士科と魔法科のどちらかを選択する。

 最初の一年は基礎を学ぶ事になっている為、一年生の頃だけ学園側が授業の割り振りを決める。

 この時の組み合わせが一年間限りのクラスになるんだが、この仮初のクラス分けは成績順になる。一クラスは四十人だ。この四十人と、一年間クラスメイトのような関係になる。

 なお、留年制度は一年生のみ適用されない。留年可能なのは二年生からで、最大三回までだ。一年で基礎を完全に覚えろと言う事だ。

 まぁ、この学園には行事らしい行事が無いので、付き合いが無くても困らない。

 


 入学式終了後、指定の教室に入った。一度に四十人を収容する教室は広々としていた。二十組の長テーブルと長椅子が並んでいる。教科書類を仕舞うロッカーは廊下に置かれている。

 教室に足を踏み入れると、先にいた生徒達から視線を貰った。壇上の黒板を見ると『席順は決まっていない。好きなところに座れ』と書かれてあった。全てを無視して窓際最後尾の教室の隅の席に座り、頬杖を突いて窓から空を眺める。

 卒業後は家から出て、他国に移住するか、冒険者ギルドに就職する予定なのだ。今ここでクラスメイトと交流しても、一体何時、役に立つか分からない。身分も数多の国々の往来が可能となる『自由民』に切り替わる可能性もあり、仮にそうなったら貴族の生徒との縁は切れる可能性が高い。

 一年限りのクラスの担任が来るまで窓の外をぼんやりと眺めていると、室内がざわついた。

 ちらっと壇上周辺を見たが、担任が来た訳では無かった。視線を窓の外に戻すと今度は足音が近づいて来た。だが、足音は近くで止まると聞こえなくなった。担任が来た訳では無いのならどうでも良い。

 ぼんやりとしていると、担任となる教員がやって来た。襟足で切り揃えられた色素の薄いオレンジに近い赤い髪と黄色い瞳が印象に残る男性教員だが、何故か腰に剣を佩き、イーグリィ王立騎士団の騎士服を着ていた。その後ろには、何故か同じ格好をした紙束を抱えた四人の男性がいた。

 疑問は湧くが、これから判るだろうと己を納得させて、視線を窓から教壇に向ける。そのついでにクラスメイトの男女比率を確認すると、男子の数が多かった。

 

 この学園は『ダンジョンで実戦訓練』を行う、非常に珍しい授業(他国では騎士団に入ってから行う)が組み込まれている。

 そのせいか座学の授業は少なく、実戦を想定した授業ばかりになっており、女子生徒の数は非常に少ない。このクラスでも例外は無く、自分を含めて十人程度だ。

 王族男子が入学する年の前後となると、王族男子との接触目当てで入学する女子もいる。だがそう言う女子に限って、一年が経過する事には大体退学してしまう。実際に卒業した根性の有る『王族目当ての女子』は少ない。

 入学試験も男子が入学する事を前提とした試験内容が多く、実技七割・座学三割と言った感じか。座学もかなり高度な知識を要求されるので、実技満点・座学無得点では入学試験を突破するのは難しい。でも、入学出来た生徒の殆どが『実技ほぼ満点』なので座学でどれだけ点数が取れるかが勝負となる。

 難関試験を突破する能力が有るのなら、女子でもやって行けると思うんだけど、『普通』の貴族令嬢や平民の女子では無理があるのかもしれない。

 王族男子とは関係無く、この学園に入学する女子の殆どは『騎士を目指している』と言うのもあるんだろう。騎士を目指してもいない女子は去ってしまう程に厳しい。国によっては、この学院の騎士科を卒業したのなら女子でも騎士に成れるので、入学前からの覚悟が違うのだろう。

 そんな事情があり、授業内容も実戦向けなので、他国からの留学生(ダンジョンで実地訓練を経験したい王族含む)も多い。

 座学の授業は少ないが、四年掛けて学ぶ内容は非常に高度だと祖母から聞いている。

 騎士科に行かなきゃ、授業には付いて行けるだろう。


 壇上の男性教官は生徒数を数えて、全員いる事を確認してから口を開いた。流石に担任らしいので、姿勢を正面に直した。

「全員揃っているな。先ずは、入学おめでとう。私は王立教導騎士団第一班所属ジャック・ハーディ班長だ。イーグリィ王立魔法学園の一年生のクラスの担任は、十年前から王立教導騎士団から派遣される事になっている。事前に知っている生徒は少ないだろうが、そこは勘弁して欲しい」

 教導騎士団と聞いて、思わず目を丸くした。聞いてないよ。自分と似たような反応をした生徒が何人かいたのか、ジャック・ハーディと名乗った教導騎士の口から『勘弁して欲しい』なんて言葉が飛び出した。しかし、十年前か。比較的最近だが、十年前に何か起きたっけ? 祖母が戦場で功績を立てた、隣国との戦争は三十年前だ。

「今日は各クラスを担当する教導騎士との顔合わせと、明日からの授業についての説明を行う」

 ハーディ班長の言葉が終わると、四人の騎士の自己紹介が始まった。それが終わると、彼らは抱えていた紙束を生徒一人一人に配り始めた。生徒同士の自己紹介は不要なのか? 別に良いけど。

 自分のところにも教導騎士の一人が来たけど、渡されたのは小冊子のような印刷物だった。五十ページもあるよ。


 ここはファンタジーな世界だが、魔法科学が発達していた。そして、所々に英単語が散見出来るが、文字はギリシャ文字に似ている。謎だが、考えても判らない。

 魔法科学で生み出されたものは『マジックアイテム』と呼ばれて、上中下の階級が存在する。マジックアイテムの中でも起動が大掛かりで複雑なものや、一人の人間では扱えない大きいものが『アーティファクト』と呼ばれて区別されている。

 個人使用=マジックアイテム、不特定多数使用=アーティファクトの区分で大体合っている。

 さて、魔法科学が発展しているが故に、ファンタジーな世界で見掛ける回数の多い『写本を職業とする人間』はいない。手元に来た小冊子は魔法科学で作られた印刷機を用いて、一括大量印刷されたものだ。活版印刷から発展したアーティファクトらしいが、詳しい事は知らない。

 このマジックアイテムは簡単に作製可能なものから、難しいものまで存在する。使い捨て品をその場で作る事もあり、冒険者の中には捨てる短剣をマジックアイテムにして使い捨てるようなものまでいる。そこまで出来るのは一級ライセンス保持者の中でも少数だ。

 自分は隠居した祖母からマジックアイテムの作り方について手解きを受けているので、作った経験は多い。自分が所有する魔法具の名称が、この世界では『マジックアイテム』に名前を変えただけなので、同年代に比べれば経験豊富だろう。


 渡された小冊子を開くと、年間の授業スケジュールを始めとした授業に関する内容が書かれていた。嫌な予感を感じて、メモを取る為に自作の鉛筆(絵画用の黒炭)をポケットから取り出した。ついでに、音声を録音するマジックアイテムも取り出して起動させる。

 全員に小冊子が行き渡った事を確認してから、壇上のハーディ班長が小冊子の内容を読み上げながら、時々書かれていない注意事項を口にした。すかさずメモを取る。冒険者ギルドに行く時には、必ず事務室に報告してからなのか。知らなかったよ。

 座学はこの教室で行うらしいが、席順は毎回好きなところに座っていいそうだ。座学担当の教員もハーディ班長が行うらしい。他の四人は実技の補助だ。

 口頭による注意事項とおまけ情報を小冊子の空きスペースに書き込んで行く。

「――説明は以上だ。明日の午前中は座学なので、解らない事は明日の午前中に聞きに来なさい。それから、冒険者ギルドに登録しているものは、このあとライセンスカードを私達に提示してくれ。記録を取る。では、解散」

 ハーディ班長は『解散』と言った。けれど、椅子に座っていた半数近い数の生徒がほぼ同時に立ち上がり壇上へ向かった。成績四十位以上ともなると、冒険者ギルドに登録している生徒は多い模様。意外な事に、自分以外の女子も全員登録しているようだった。冒険者ギルドに登録していない他の生徒達は小冊子を読み直している。

 この世界には収納魔法と呼ばれる高等魔法が存在する。小冊子を収納魔法で作った空間に仕舞うように見せて、道具入れに仕舞った。周囲から視線を浴びたが、無視だ。

 五人の教導騎士の周辺から人が減ってから自分も提示する為に壇上へ向かった。ハーディ班長以外の教導騎士にライセンスカードを見せると、彼は動きを止めた。それどころか、自分が提示したライセンスカードを二度見どころか三度見した。

 冒険者ライセンスにも、一~五までの階級が存在する。最高の一級保持者の数は、ユーディアル大陸の全冒険者の中でも一割にも満たない。自分の冒険者ライセンスの階級は一級だが、同年代でも大陸中を探せば、同じ階級保持者は数人いる。

 それを知っているのかは不明だが、自分のライセンスカードを見た教導騎士は顔を引き攣らせて動きを止めた。

 この学園に入学する意味が存在するのか聞かれそうだが、祖母と冒険者ギルドのギルドマスターから勧められて入学試験を受けた。冒険者ギルドから入学に関する推薦状も出ているんだが、知らないのか、あるいは知らされていないのか。

「どうした?」

「あ、いや……。この階級のライセンスカードを見るのが、初めてだっただけだ」

 手隙になった他の教導騎士の一人がやって来た。そして、自分のライセンスカードを見て動きを止める。異変に気づいた残りの二人もやって来たが、同じ反応を見せた。ハーディ班長が来る前に、そして奇妙な質問を受けるよりも先に質問をする。

「不備でもありましたか?」

「あ、いや、入学時点でこの階級保持者は滅多にいないんだ。私が知っている限りだと、先代の総騎士団長ぐらいだな」

「……そうですか」

 教導騎士に提示していたライセンスカードをポケットに仕舞おうとしたが、登録番号を記録するから待てと止められた。登録番号の記録が終わったら、速やかにライセンスカードをポケットに仕舞い、ふと午後の予定を思い出した。午後に冒険者ギルドの王都本部に顔を出すように言われていたんだっけ。

 午後に冒険者ギルドの王都本部に向かうが、一年生の頃も事務室に言いに行けば良いのか? 確認を取ると、事務室で良いらしい。

 教導騎士四人に礼を言ってから教室から出た。王都本部へ行く前に調べたい事があるので、図書館へ向かった。



 学園が保有する図書館は予想よりも大きかった。

 図書『室』ではなく、図書『館』なのだ。名称からしても規模と蔵書数が違うのだろう。地上四階、地下三階の巨大な建物には、本以外にも数多の情報資料が収蔵されている。図書司書と警備員以外には誰もいない、静かで厳かな空気を持つ図書館に足を踏み入れる。案内表示を見て移動し、目的の本を本棚から探す。


 実は、入学式が始まる十日前に新しいダンジョンが見つかった。

 ファンタジーな世界で定番のように存在するこの世界のダンジョンは『魔力溜り』と呼ばれる、自然界の魔力が集まってしまった場所を中心に出来上がる。

 魔力溜りは自然に出来た水溜りのようなものだが、一定以上の魔力が一ヶ所に溜まってしまうと、石のように固まる『結晶化現象』が起きる。魔力溜りが結晶化してしまうと、今度は周辺の魔物を誘き寄せてしまう性質が生まれる。魔物は魔力溜りの魔力を求めて集まり、独占する為に縄張り争いを行う。その結果、一ヶ所に大量の魔物が集まってしまう。

 魔物がただ集まるのならば、魔物が集合した場所を『ダンジョン』とは呼ばない。魔力溜りは地中に存在する(しかも大小様々で複数ある)事が多く、魔物は魔力溜りに向かう為に地面に穴を掘る。そうして出来た穴が『魔物の棲み処』となり、『魔力溜りへの道』となり、『ダンジョン』と呼ばれる地下空間となる。たまに地上にも存在するが、その場合は山上もしくは山腹か、枯れた谷底になる。

 ダンジョンと言えば聞こえは良いかもしれないが、一帯に魔力溜りが複数存在する事が多く、その実態は『蟻の巣』と殆ど変わらない。

 違う点は棲んでいる存在か。

 魔物は他の魔物を捕食する事で強くなり、キメラのような進化を遂げてしまう。その為、ダンジョンが見つかる度に新種の魔物が発見される。

 ダンジョンで新種の魔物だけが発見されるのならば良いが、魔力溜りは周辺の植物にも影響を与えてしまう。そのせいでダンジョンが見つかると周辺の植物の生態も変わり、新種の植物が稀に見つかる。

 ダンジョンが見つかると、新種の魔物と変異した植物が発見されるのは、何時もの事だ。

 植物の生態系に影響を与えるダンジョンは発見次第速やかな攻略が要求されるが、ダンジョンのボスは縄張りのボスの頂点に立つので非常に強い。まぁ、倒せば巨大な魔力の結晶と、魔物の余剰魔力が体内で固まる事で出来た魔石が手に入る。

 魔力の結晶はアーティファクトの動力源となるので、大きなものは国が買い取ってくれる。

 魔石は魔物の能力の一部を受け継いでいるので、様々なものに利用可能となる。こちらは生産ギルドで買い取りか、冒険者ギルドに採集依頼を出した人間が買い取る。

 

「あった」

 本棚に収納されている本のタイトルを片っ端から眺めて本を探したが、中々見つからない。出ようかと思った時に、たまたま視界に入った本が目当ての本だった。本棚から目当ての本を抜き取って、目次と索引に目を通し、目的のページを開く。

「……無い、か」

 だが、探していた情報は書かれていなかった。本を閉じ、元の場所に本を戻し図書館から出た。

 お昼は冒険者ギルド王都本部に行く道中に、外で食べれば良いな。これからの予定を立てて、学園の敷地外へ出る為に事務室に連絡を入れに移動を始めた。

 

 

 辿り着いた事務室のカウンターで用件を告げると、外出時の注意事項の説明を受けた。注意事項の内容はどれも想定内で常識範囲内だった。教科書と一緒に受け取った生徒手帳に書いてある通りのままだった。事務員に『生徒手帳通りなのですね』と言うと驚かれてしまったが、普通に喜ばれた。事務員は『校門が閉まる時間までに戻るように』と言うと事務室へ引っ込んだ。

 外出カードを持っていないと駄目だとか、そんな事は無いのか。意外と言うか、もうちょっと色々と言われそうだと思っていたので拍子抜けした。

 でも、最低限の規則は守った。このまま外に出よう。

 自分は制服を隠す為の外套を羽織ってから、意気揚々と学園の外に出た。



 イーグリィ王国の冒険者ギルド王都本部は大きく広い。

 広大な敷地には幾つもの建物が存在する。

 依頼受付所や、依頼委託所、ダンジョンから持ち込まれた様々な素材の買取所。

 様々な事務処理を行う事務棟と本部勤めの事務員と事務員用の宿舎。

 持ち込まれた魔物と植物と魔石の調査と研究を行う研究者達が利用する研究所と宿舎。

 冒険者達が訓練する為に利用する大小様々な広さを持つ二十近い数の訓練場。

 ダンジョンへ向かい、負傷して戻って来た冒険者を治療する巨大な治療院は平民でも利用可能だ。

 ここまで様々な建物を所有しているのには、相応の理由が在る。各国の冒険者ギルドは拠点の人口が多さに比例してその規模が変わる。イーグリィ王国そのものがユーディアル大陸でも比較的大きい国なのだ。その王都ともなれば、非常に広い。

 その為、冒険者ギルドの王都支部は高位貴族の邸宅十軒分以上の広大な敷地を保有していた。比較的治安の良い、王都内の三等地では最大の広さを誇る。

 ちなみに、一等地での最大規模の敷地面積を誇るのは王城で、二等地では王立魔法学園が最大規模の敷地面積を誇る。



「予想以上に広いな」「我が国でも、ここまで広くは無いぞ」「三等地とは言え、ここまで広大な敷地が良く手に入ったな」

 到着した冒険者ギルド王都本部の威容を見て、一緒に訪れる事になった――食後の移動中に貸切の魔力駆動車に乗っていた七人に見つかった――クラスメイトの七人の男子生徒が目を瞠っている。この男子生徒は全員留学生だ。

 事務棟の出入り口で、警備員に保有する冒険者ライセンスカードを提示して中に入る。後ろの七人は『諸事情より、事前に留学受け入れ先の学園でのトラブルを無くす為にも、ギルドマスターに会わせたい』と言って押し通した。

 留学の一単語が決め手になったのか、警備員から反対は受けなかった。

 この七人の場違い感が強いと言うのもあるんだろうね。王族とその護衛だし。他国から留学生が来るとは聞いていたけど、同じクラスになるとは思わなかった。

 六階建ての事務棟の二階に存在する、冒険者ギルドイーグリィ王国支部ギルドマスターの執務室を目指す。自分の後ろをついて歩く七人は、移動途中も廊下の窓から見える外の光景に目を奪われている。玉突き事故でも起きればいいのにと、思う程度に鬱陶しく感じる。

 さっさとギルドマスターに押し付けてしまおう。

 辿り着いた部屋の前で、物見遊山気分の七人に一言掛け、ドアをノックしてから部屋に入る。

「んあ? 何だ、ナタリアか。……って、う、後ろのガキどもは、な、何だ!?」

 自分の顔を見るなり初老のギルドマスターは刈り上げた色素の抜けた金髪を掻いて鷹揚な反応を見せた。だが、自分の後ろにいる七人を見るなり、ギルドマスターはギョッとして腰を浮かせた。見覚えの無い顔の場違いな空気を持つ、学園の生徒らしい男子生徒がいきなり七人もやって来たら、驚くか。

 狼狽え始めたギルドマスターを落ち着かせてから、七人を連れて来た経緯を教える。

「あぁ~、今年もか」

「今年『も』?」

「そうだ。今年もだ。去年は王族と皇族が一人ずつで、揃って一年限りの留学だったんだが、在学中、何かと張り合って揉めていてんだ。攻略済みとは言え、ダンジョン内で揉めたと聞いた時は、肝が冷えたぜ」

 ギルドマスターから聞かされた去年起きた揉め事の一端を聞き、『もしかして』と疑問を抱く。

「もしかして、一年生の担任が教導騎士なのはそれのせい?」

「それは違う。十年前に犯罪組織の下っ端が留学生として堂々と来たんだよ。犯罪歴が無いから誰も気づかなかった。卒業式の日に引き起こされた魔物を使った騒動が原因で、監視役として教導騎士が教師の真似事をするようになった」

「襲撃事件が起きていたの!?」

 今度は自分がギョッとした。でも、『卒業式でやるのは効率悪くない?』と思考が回り、すぐに落ち着きを取り戻す。

「そうだ。ま、卒業生と陛下の護衛騎士の活躍で速攻で鎮圧された。陛下も剣を手に、魔物へ突っ込んで行ったらしい」

「訓練を受けていない奴が多い入学式でやれば確実だったでしょうね。何で卒業式でやったの?」

 成功率が低くないかと、疑問が口から出てしまった。ギルドマスターは自分の疑問を聞いて、額に手を当ててため息を零した。

「それは知らん。つぅか、怖い事を言うんじゃねぇよ。それよりも、見つかったのか?」

「無かった」

「そうか。新種の可能性が高まっちまったか」

「研究所の連中にも言いに行った方が良い?」

「悪いが頼む。後ろの七人との話をしなくてはならねぇんでな」

「秘書課に寄って八人分のお茶頼んでおくね」

「ああ、頼んだ」

 ギルドマスターに簡単な報告を行ってから部屋を出た。

 ずっと空気だった七人は『えっ!?』みたいな顔をしていたけど知らん。用件があって自ら来たんだから、そこからは自分でやって欲しいわ。

 七人をギルドマスターに預け、隣の秘書課に顔を出す。ギルドマスターと何度も会っている事もあり、すっかり顔なじみ状態だ。将来的には冒険者ギルドの幹部になって欲しいとか言われている身でもあるからか、割と待遇は良い。

 ギルドマスターから無茶な事を頼まれて、それを達成しているからでは無いと思いたい。

 秘書の一人に声を掛けて、学園で貰った小冊子のコピーと八人分のお茶を出すように頼み、研究所へ向かった。



 冒険者ギルドの研究所は、国が保有する国立研究所並みの設備を誇る。設備によっては、冒険者ギルドの研究所の方が国立研究所よりも格段に良く、たまに設備の貸し出しも行われる。

 そんな研究所の所属人員の割合は、国立だと貴族、ギルドだと平民が多くなっている。

 それぞれで妬みや僻みと言った悪感情を持つのはごく一部だが、たまに嫌がらせ合戦が起きる。嫌がらせ合戦が起きる度に、人事異動や厳重注意を始めとした処罰が下るのだが、完全に起き無くなる気配は無い。互いに余計なプライドが邪魔しているせいだ。

 過去に一度、当時の国王が事態を重く見て介入した結果、嫌がらせ合戦の回数は減った過去がある。

 国王が介入する程の事態を招いたとして、双方の研究所は罰として予算を削られたらしい。

 それでも嫌がらせが無くならないのだから、本当に迷惑だ。



 一介の冒険者が研究所内を闊歩するのは本来ならば珍しいんだけど、魔法薬の研究を個人で行っていた事が早々にバレた為、一級冒険者ライセンスを取得して以降、ギルドマスターの判断で小さい研究室を一室借りている。一部屋を借りる対価として、魔法薬の研究結果の報告が義務付けられている。

 そんな経緯があり、冒険者なのに研究室を借りている。冒険者兼研究員として扱われているので、研究所では割と顔見知りが多い。自分が伯爵家の次女である事は早々に明かしたが、嫌がらせの類は一切ない。要請が有れば他の研究を手伝っていたからかもしれない。もしくは、学園卒業後に家を縁を切ると宣言した事が原因かもね。

 広い研究所内を歩き、所長室へ入る。

 冒険者ギルドの研究所の所長は『没落貴族』と言う、ちょっと珍しい経歴を持つ壮年の男性だ。

 見た目は三十代半ばで、色素の薄い金髪を蓬髪にした、色の濃い青緑眼を持つ儚げな外見の男性だが、過去に行った魔法薬の実験が嫌がらせで失敗しただけでなく不本意な事に浴びてしまい、そのまま老化しなくなってしまったそうだ。その影響で、現在『九十歳』なのに未だに若々しい外見を保有している。

 そんな重い過去を持つ所長――テール・ポッターは机で実務作業をしていたが、前触れ無くやって来た自分を見るなり微笑んだ。

「おや、今日は入学式と聞いたのに来たのかい」

「学園の図書館で調べた結果、見つからなかったからその報告で来た。元々ギルドマスターに今後の予定を組む為に呼ばれていた」

「――あぁ、一級ライセンス保持者が学生生活を送るから、ダンジョン攻略の予定を組むのか」

「今日、年間の授業スケジュール表みたいなものを貰った。秘書課に寄ってコピーの作成を頼んだから、ギルドマスターに頼めば見れるかもしれない」

「うん、良い事を聞いた。私にもコピーを作ってくれるように頼もう」

 ポッター所長が微笑んでいる。ポッター所長は際立って整った容姿を持っている訳では無い。だが、その儚げな容貌は女性受けする。事実、ポッター所長の微笑みを見て、彼の秘書官の女性が顔を赤らめた。

 中身が九十歳の年寄である事を無視すれば、そこの秘書官みたいに大抵の女性は騙されるだろう。秘書官の女性はポッター所長の要望通りに秘書課へ向かう事になったが、その前に二人分のお茶を準備してくれた。

 ポッター所長と応接セットのソファーに対面で座り、秘書官が出してくれたお茶を飲む。茶飲みの話題は教員とクラスメイトについてだ。

「あの教導騎士団が学生相手に教師の真似事ですか。ふふっ、学園の教員も随分と落ちぶれましたね」

「ギルドマスターが言うには、十年前の卒業式の騒動が原因らしい」

「確かにありましたね。最も楽しんだのは陛下だったと聞いています。陛下は立場上、魔物の相手をする機会がないからと、嬉々として突撃したそうです」

「……ギルドマスターもそんな事を言っていたけど、事実だったのね」

「ふふっ、そうですよ」

 ポッター所長は紅茶が注がれたカップを優雅に傾けた。ポッター所長が『没落貴族』だってのは聞いていたけど、無意識の所作を見る限り厳しく躾けられた事が伺える程に優雅だった。元貴族とは言え、格式の高い家の出身だった事が判る。

「そう言えば、今年も他国の王族男子が入学されたそうですね」

「同じクラスに四人もいるよ。自己紹介とかしていないからまだいるかも」

「今年留学して来た王族男子は四人です。他のクラスにはいないでしょう」

「成績四十位以内に全員入ったのか。その四人は今日一緒に来る事になって、ここに来る前にギルドマスターのところに預けたけど、会う?」

「止めておきます。国立研究所の方々に何を言われるか判りません」

「それは好きにすれば良いよ」

 ポッター所長は『そうします』と微笑んだ。



 ポッター所長とお茶を飲みながらの雑談を終えて秘書課に戻る。貸し出した小冊子の複製は終わっていた。最近になって『紙媒体限定の複製機』と呼ばれるマジックアイテムが開発されたらしい。

 魔法で転写するよりも速くて正確だと高評価を受けていた。

 転写魔法は使用する人間の魔法制御技量がはっきりと出る。正確かつ緻密な制御が出来なければ、文字が滲み、絵がブレる。しかも、時間が掛かる。

 下手をすると、手動で書き写した方がマシと言う評価を得てしまう。

 だからと言う訳では無いが、転写魔法の使い手は少ない。

 そこへ、代わりに仕事をやってくれる道具が登場したら……そりゃあ、喜ぶか。

 面倒な仕事を代わりにやってくれる道具の登場で、仕事が圧迫されずに済んだと喜色満面の笑みを浮かべる秘書課所属の女性に同情した。

 一緒に来た七人はギルドマスターに丸投げしたままで良い。再び遭遇する前に、良く利用している喫茶店に向かった。

 

 この大陸の食文化は非常に発達している。

 調理器具系のマジックアイテムが活躍している結果だ。

 特に、食べ物を冷やす冷凍冷蔵庫の恩恵は計り知れない。これの登場で長距離輸送が可能になり、内陸でも新鮮な魚介類が食べる事が可能となった。更に夏場は、氷菓が食べられる。実に最高だ。自力で作らなくても食べられるのは素晴らしい。

 

 そんな事を思い返しながら、レアチーズケーキを食べる。

 現在利用している喫茶店で取り扱っているケーキは注文の際に、カットされたピースタイプと、直径十センチ程度のホールタイプの二種類から選べる。

 自分が今食べているレアチーズケーキはホールタイプだ。レモン以外の柑橘が使用されているのか、爽やかな香りが口内に残る。

 お供に飲んでいるのは、最近流行っている黒茶だ。この黒茶の見た目は地球のコーヒーと瓜二つだが、色々と違う点が存在する。でも似ているから自分はコーヒーと呼んでいる。

 自分が黒茶をコーヒーと表現しているのは、単純に使用しているコーヒー豆が地球産と違う。

 このコーヒーをブラックで飲むと一発で判るのだが、ほろ苦いのではなく、アクセントのように後味がほんのりと苦い。そして、コーヒー特有の酸味を一切感じない。更にカフェインが入っていないのか、がぶ飲みしても眠気は覚めない。飲み過ぎても胃荒れは起きないし、腹も膨れない。

 ただし、地球産のコーヒーと同じく、豆を焙煎してから挽いている工程だけは同じなので、色と香りは全く同じだ。

 これでカフェイン入りだったら、良かったんだけど……そこは仕方が無い。

 砂糖抜きで気軽に飲めると思えば良いだろう。利尿作用が無いので、トイレが近くならないのは別の意味で良いかもしれない。夏場に飲んでも脱水症状を警戒しなくて良いとかね。

 そんな事を思いながら、レアチーズケーキを食べ終えた。コーヒーを飲みながら、店内の時計を見て時刻を確認する。

 時間に余裕は残っているが、そろそろ学園に戻った方が良さそうだな。

 会計時に持ち帰り用のケーキとクッキーを購入し、学園へ戻った。



 学園の事務室のカウンターに顔を出し、戻った事を連絡するついでに、兄と一緒に入学している筈の姉の寮部屋の場所を尋ねた。この学園の寮は希望者のみで、貴族は王都の屋敷から通う事が多いんだけど、念の為だ。

 そして、予想外の事を聞く事になった。

「申し訳ありませんが、アッシャー伯爵家から入学されている生徒は一人だけです」

「は?」

 アッシャー伯爵家から入学している生徒は一人だけ? 嘘でしょ?

 思わず唖然としてしまった。事務員に確認を取ると、兄と姉はこの学園に入学していなかった。何てお騒がせな馬鹿共なのか。一発殴りたかったが、これで両親共々卒業以降も会う可能性は低くなった。

 頭が痛くなる事実だが、事務員に礼を言ってから寮に向かう。

 寮へ向かう道中、遠巻きに自分を見る生徒を何人も見たが、一瞥すると蜘蛛の子を散らすように逃げだした。これは女子寮に入ってからも同じだった。

 ……めんどくせー。

 自室に入り、予想外の状況にため息を吐いた。

 静かな学園生活を送りたかったが、この分だと無理そうだ。

 


 翌日から授業が始まった。教科書類は入学前に入手している。授業中の席は昨日と同じで、クラスメイトは各々好きなところに座っている。

 昨日遭遇した七人は一塊になっていた。今後、彼らに絡む予定は無い。干渉して来ない限り無視だ。

 遂に始まった座学はそれなりに難し――くも無かった。無念。

 この世界の魔法技術は発展しているけど、各国はマジックアイテムやアーティファクトの開発に注力している。

 この世界では、魔法技術=高度な技術を用いて開発したマジックアイテムかアーティファクト、と言う認識が強い。けれど、個人の魔法技量が蔑ろにされている事は無い。

 作成者が高い魔法技量を保有しなければ、アーティファクトはおろか、マジックアイテムすら作れない。

 空間に干渉する魔法は存在するが、収納魔法しかない。空間転移系の魔法が使える人間は国に一人いれば、隣接する周辺国に対して威張れるレベルなのだ。

 授業が望んだレベルで無くとも、この学園を卒業したと言う事実は色々と役に立つ。祖母にもそう言われてここの入学を目指したのだ。

 四年間だが、のんびりと過ごそう。



 午後。

 実技の授業になった。だが、薪に使えそうな太めの木の枝を一本渡されて、何故か二メートル程度の高さの岩の前に立たされた。

 ハーディ班長が言うには、この枝を使って岩を割れと言う事だ。

 枝で普通に叩いたのではこの岩を割る事は不可能だ。岩が割れやすいところを、所謂『岩の劈開(へきかい)』を正確に見定めて、枝で打撃を叩き込む必要が有る。

 クラスメイトのほぼ全員が苦戦していた。教導騎士五名は皆苦笑しているけど、時々枝の振り方を指導している。何となくだが、各々の剣の振り方を見ているように見える。

 さっさと岩を割って、周りの見学をするか。そろそろやらないと何か言われそうだし。

 岩の周りを見て回り、劈開と思しきところに枝で一撃を叩き込んだ。すると軽い手応えと一緒に岩は、パカッと、真っ二つに割れた。

 割れた岩の断面を観察して気づいたが、この岩は魔法で作られていた。手応えが軽かったのは、岩の密度は低かったからか。

 一人で納得していると、周辺が無音になっている事に気づいた。周りを見ると、教導騎士とクラスメイトの全員が、顔を引き攣らせてこちらを見ていた。

 悪い事は何もしていないし、授業は枝で岩を割る事だ。それは既に達成した。

 残りの時間は、クラスメイトが岩を割る事が出来ずに四苦八苦しているところを眺めて過ごした。



 このあと、自分以外で岩を割ったクラスメイトは出現しなかった。岩の次は木剣を手にクラスメイト同士で軽く打ち合う。模擬戦では無く、軽い打ち合いだ。念の為。

 自分は次席入学者だと言う男子生徒と打ち合う事になった。頭一個分以上も背の高い、体格の良い制服越しでも鍛えていると判る男子生徒だったが、その剣の振り方は力任せで『雑』だった。

 全身を使った斬撃なので、普段から長さと重量の有る大きい剣を使用しているんだろうなと思う。でも、今授業で使用しているのは軽い剣だ。男子生徒が剣を振ると体が泳いでいた。隙だらけだ。

 最小限の動きで男子生徒の斬撃をひょいと横に避けてガラ空きの腹に、両手で持ったバットでスイングするように、両手で持った剣で横薙ぎの一撃を叩き込んだら……白目を剥いて倒れた。男子生徒は泡を吹いて小刻みに痙攣している。

 弱過ぎないか? それとも、強く叩き過ぎたか?

 首を傾げていると、教導騎士の一人が男子生徒を担いで医務室に運んで行った。

 去って行く二人の姿を見送り、暇になった自分はクラスメイトが打ち合っている姿を見学しようとしたが、ハーディ班長と打ち合う事になった。

 先の男子生徒と違い、ハーディ班長が剣を振っても体が泳ぐような事は起きない。当然だよねと思いながら、何度か剣で打ち合う。見た目以上の腕力保持者なのか、打ち込んで来る剣は重かった。何度も受けると手が痺れそうだと判断し、打ち込まれる剣は横に弾いて対処し、一歩踏み込んで一撃を放つ。

 自分が放った一撃を受け、ハーディ班長は慌てて剣を手元に戻して、自分の一撃を受けた。その後、ハーディ班長に三度剣を打ち込んだところで、打ち合いは終了となった。

 今度こそ暇になった自分は、クラスメイトが打ち合っている姿を見学した。



 初日の授業が終わり、放課後になった。

 やる事は無い。早々に図書館に避難して、本を読んで時間を潰す事にした。

 翌日になると、クラスメイトの自分を見る目が変わった。

 これまで兄と姉が流した噂を信じて向けられていた、猜疑的な視線が無くなった事は良い。絡まれない限りは自分も無視する予定だ。

 警戒していた留学生七人は接触して来ない。

 初日にうっかり気絶させてしまった男子生徒も絡んで来ない。

 平和だったが、授業初日から数えて十日目の放課後。

 何故か王立騎士団の訓練場に呼び出された。クラスの担任のハーディ班長も一緒に、と言うか自分をここに連れて来た本人だ。

 何で呼び出されたのかと首を傾げたが、自分を呼び出した相手が王立騎士団の総騎士団長だった事で、合点が行った。

 何せ、剣を背負った総騎士団長が訓練場の中心で、一人で待っていたのだ。

 勧誘なら殴り倒して断れば良いな。

 訓練場の中央で壮年の男性っぽい外見の総騎士団長と向き合った。総騎士団長は自分の姿を見るなり、ジロジロと観察し始めた。不躾な視線なのでちょっと鬱陶しい。

「馬鹿息子が殴り倒されたと聞いた時は、どんな女丈夫かと思ったんだが……本当にお嬢ちゃんが俺の息子を殴り倒したのか? 女学院の淑女科の生徒じゃないよな?」

「息子?」

 誰の事だと首を傾げると、総騎士団長は渋面を浮かべた。

「授業初日の実技で、木剣使って軽く打ち合っただろ? その時に嬢ちゃんの一撃を受けて気絶した馬鹿が俺の息子の一人だ。忘れたか?」

「……ああ、あの。それで御礼参りですか?」

 呼び出しの本当の理由を察したが、出て来た声は低かった。

「違う。ハーディに無理を言って連れて来て貰ったんだ。軽く模擬戦したいから、ここを選んだ」

「一応、冒険者ギルドから勧誘を受けているのでお断りしています」

「冒険者ギルドよりも、騎士団の方が待遇も良いぞ」

「騎士は性に合いません」

「やって見ねぇと判らないって」

「男尊女卑の価値観が根付いている職場は選択肢にありません」

「魔法士族の騎士が一人欲しいんだ。ちょっと考えてくれねぇか?」

「一考に値しません」

「取り付く島も無いか。……よし、模擬戦をするか」

 何がよしなんだよと突っ込みたくなったが、イラっとする勧誘だった。全て断ったが。

 と言うか、自分が魔法士族だと知っていて勧誘する気だったのか。

 確かに、祖母が功績を立てた際に『アッシャー家の先祖には魔法士族がいた』と有名になった。


 この大陸には二つの種族が存在する。

 人族と魔法士族だ。

 魔法士族と言うのは、高い魔力と魔法適性を持った長寿種族だ。見た目は人族とほぼ同じで、見分けは付かないが、例外なく黒髪黒目を保有していた。ただし、人族と共に暮らしていたからか、純血の魔法士族はいない。現存する魔法士族は、例外なく、混血の先祖返りだけだ。

 髪と瞳の色がどちらか黒いと、先祖に魔法士族がいた可能性が高いとされている。

 先祖に魔法士族がいて、黒髪黒目を持って誕生した場合は先祖返りと判断される。先祖返りの場合、種族も人族では無く、魔法士族となる。

 自分も黒髪黒目を保有しているので、魔法士族として扱われている。

 

 総騎士団長が背負っていた剣を鞘から抜いた。総騎士団長の武器は大剣だった。

「木剣を振り回す度に体が泳いでいたから、もしかしてと思ったけど、親と同じ剣を使っていたのか」

「嫌な事を聞いたな。……嬢ちゃんも、とっとと得物を取りな。流石に、素手じゃねぇだろ?」

 総騎士団長の挑発を聞き流し、どの武器を使うか考える。

 剣を使っても良いが、切れ味が良過ぎる。どこで入手したのか質問されても面倒だから……。

 深呼吸をしてから、道具入れより戦槌を取り出した。大工道具の鎚と変わらない見た目だが、色々な機能を保有している。

「……嬢ちゃん。剣は使わないのか?」

「私が何を使おうが、自由でしょう?」

 取り出した戦槌を見た総騎士団長の顔が引き攣ったものに変わった。自分が戦槌を引き摺って移動を始めれば、総騎士団長は慌てて剣を構えたが、遅かった。

 身体強化魔法を己に掛けてから戦槌を肩に担ぎ、間合いを一瞬で詰めた。

「ちょ、ま――」

 ギョッとした総騎士団長が何か言おうと口を開いた。大剣を盾に使われたら面倒と判断した自分は、大剣の間合いを無視して戦槌を振り回した。

「ぶ」

 戦槌の打撃面が総騎士団長の顔面を真正面から捉えた。戦槌は総騎士団長を木っ端のように背後へ吹き飛ばした。宙を舞い、床に点々と落ちた白い欠片は総騎士団長の前歯だ。

 放物線を描いて背後へ飛んだ総騎士団長は、訓練場の壁に後頭部から突撃した。ガラガラと壁が轟音を立てて崩れて、総騎士団長は瓦礫に埋まった。

 総騎士団長が持っていた大剣は、吹き飛んだ直後、音を立てて床に落ちた。気を失った事で握力が無くなった結果だろう。

 唯一、瓦礫に埋まらずに見える総騎士団長の足が、陸に打ち上げられた魚のように跳ねている。

「そ、総長―――――ッ!?」

 一瞬の沈黙を置いてから、状況を把握したハーディ班長が血相を変えて悲鳴を上げた。

 轟音を聞いてか、それとも木霊した悲鳴を聞いてか。

 訓練場の出入り口が開き、『何事だ!?』と叫ぶ騎士が何人かやって来た。やって来た騎士は訓練場の惨状を見て呆然とするか、ハーディ班長と同じ悲鳴を上げた。

 轟音と共に自分達の上司が瓦礫に埋まっていたら、流石に驚くか。

 しかし、一発ではイライラは発散出来なかった。もう一発叩き込もう。軽く息を吐き、止めを刺す為に戦槌を引き摺って移動を始める。大盾を持って来いとか聞こえるけど、無視しよう。

「待て待て待て待てぇっ!! それ以上の攻撃は流石に駄目だ!!」

 ハーディ班長が慌てて、救助作業が始まった瓦礫を背に自分の行く手に立ちはだかった。これ以上先へは進ませまいと強い意思を感じたので、一言問うた。

「何で?」

「いや、何でって……。総長が戦闘不能なのに、これ以上攻撃する必要は無いだろ!?」

「この手の勧誘は確実に止めを刺さないと何回でも来る」

「いや、止めを差したら駄目だろ!? 攻撃だって、殆ど不意打ちだったじゃないか!?」

「模擬戦をするかと言い放って得物を抜いておいて、不意打ちも何も無い」

「そ、それはそうかもしれないが……」

 ハーディ班長も反論に困ったのか、言葉が尻すぼみになった。それでも、周辺を見回しているから、アイコンタクトを取っているのだろう。距離を取った状態で騎士達に取り囲まれているのが、何となく解った。距離を一切詰めて来ないところを見るに、何と言うか情けない。戦槌を肩に担いだだけで、小さく悲鳴が聞こえた。

「盾で取り囲め!」

 不意にそんな声が聞こえた。声の方向を見ると、大盾の下部が前に出るように斜めに傾けた大盾が迫って来ていた。

「待て! 早まるな!!」

 拳と戦槌のどちらで迎え撃つか考えていたら、ギョッとした声までもが聞こえて来た。

 早まるなが、どちらに当てはまるのか知らない。

 ただ、拳でやったら指を痛めそうだと思い、担いでいた戦槌を大盾に振り下ろした。

 脆い大盾だったのか。戦槌で大盾に打撃を加えたらあっさりと砕けた。大盾は二人で持っていたのか、二人分の潰れた蛙のような悲鳴が聞こえた。周囲からも声なき悲鳴が聞こえた。

 戦槌を持ち上げて下敷きになった物体を確認する。白目を剥き、泡を吹いて痙攣しているが、大盾の残骸に埋もれた騎士二名は生きている。総騎士団長と同じように痙攣しているけど……いっか。

 生きているのなら放置で良いよね。

 騎士二人から意識を外して、移動を再開する。自分を取り囲んでいた騎士達は腰が引けていた。遠巻きの騎士達に至っては、産まれたばかりの小鹿のようにガクブルと震えている。

 来ないのなら良いかと判断して、戦槌を引き摺って進んでいた方向へ向かっていると、新たに軽快な足音が聞こえて来た。

「何じゃあこりゃあっ!」

 足音が途絶えて代わりに轟いた声には、何故か歓喜で満ち溢れていた。

「うっひょーっ!! 治験が、出来るぞおおおっ! 何をしとる!? さっさと担架で運ばんかい!」

 声の方を見れば、やって来たのはマッドな医者だった模様。白衣を着た猿のような小柄な爺さんが、うひょうひょと小躍りをしていた。その姿を見て周辺の騎士達が顔を青褪めさせた。

「喜ばないで止めて下さい!」

「嫌じゃ! 死に掛けているのだ! 治験を! 一杯! やりたいのじゃあああああっ!」

 中々にぶっ飛んだお爺ちゃんだった。

「治験は何人必要なの?」

「ここにいる全員と言いたいが、そんな贅沢は言わん! 『追加』十人で良い!」

 試しに質問を飛ばしてみたら、喜色満面の笑顔で爺さんが中々にぶっ飛んだ事を言い放った。

 訓練場に来ている騎士は、ざっと数えても、三十人近い人数がいた。これを全員、半殺しにするのは流石に不味い。でも、十人も追加で半殺しにして良いものか。

 ちょっと悩んだけど、五人ぐらいなら良いかもと妙案が浮かんで来た。ただし、これ以上戦槌で暴れて良いものかと思ってしまい、何となく爺さんを見た。

「ワシが責任を持って必ず治す!!」

「……んじゃいっか」

『良くないっ!!』

 爺さんは笑顔で責任を取る問い放った。同時に騎士達が慌てふためく。大盾が小刻みに揺れる。

 再び戦槌を方に担いで少し考える。生身の人間では無く、人数的に周辺の大盾を狙うか。二人で持つ大盾が自分の周囲に七つも並んでいるのだ。

 戦槌を振り被らずに使えば適度な手加減になる。死人が出なければ良い。

 適当に選んだ大盾に近づき、戦槌を腰だめに構え直してから横に振るった。

「「ギャァァアアアッ!?」」

 大盾は呆気無く砕けた。持っていた騎士二人が放物線を描いて背後へ飛んで行った。だらりと力なく垂れた二人の手足は、気を失っている証拠か。二人はそのまま、同時に背中から床に叩き付けられて、二回バウンドしてから転がった。数秒待っても、一向に起き上がる気配が無い。小刻みに痙攣したままだ。

「騎士の癖に、根性が無いわね」

『アンタがおかしんだよ!!』

 ぽつりと呟いたら、突っ込みを受けた。おかしいなと首を傾げてから、次の得物を選択し、合計六回も戦槌を振るった。

 追加で合計十四名を戦槌の餌食にした。

「いっやー、久々に腕が鳴るのぅ。掠り傷にもならん傷を治せとギャアギャア騒ぐ騎士共では物足りんかった。新入り共の訓練じゃー! 何をしている! とっとと医務室へ運べ!」

 ウキウキしているマッドな医者の怒声が訓練場に木霊した。騎士一同が慌てて、負傷した同胞を背負って運んで行く。とばっちりを受けたくいない残りの騎士達は、瓦礫の中から総騎士団長を掘り出し、担架に乗せて慌てて走り去った。途中で何度かコケていたけど、仲間の救助訓練はやらないのか?

「助かったぞ嬢ちゃん! 近頃の騎士共は掠り傷すら嫌がる軟弱ものばかりで、困っていたんじゃ」

「何が助かったのか知らないけど、こっちに責任を問わないでよ? 呼び出されただけなんだから」

「その辺は瓦礫に埋まっておったゴリラに聞くから心配は不要じゃ。しかし、魔法学園の生徒にはゴリラを瓦礫に埋める逸材がおったのか。将来有望じゃの」

「……それはどうも」

 うひょうひょと笑いながらマッドな医者が去って行った。

 ふと訓練場を見回すと、自分とハーディ班長以外には誰もいなかった。

 戦槌を道具入れに仕舞ってからハーディ班長に一言尋ねる。

「さて、学園に帰っても良いですか?」

「帰っても良いが、他に言う事があるだろう……」

「呼び出されて、模擬戦を行っただけですよ」

「確かにそうだが、そのあと、がな」

「責任を取ると明言した人がいるから良いでしょう」

 反論したらハーディ班長は肩を落とした。落胆しているのが判るけど、何も言わん。

 どうにか立ち直らせて学園に戻った。

 後日、呼び出し類は無かった。



 そして、入学してから一ヶ月が経過した。

 一ヶ月も経過すれば、自分を見る目は完全に変わった。身内が吹聴して回っていたとしても、噂は噂でしかないと、判断された。吹聴していた本人が学園にいないと言うのが大きかった。

 明確に変わったのは、上級生が使い魔として作成し、制御に失敗して暴走させた小型のロックゴーレム五体を、素手で粉砕した頃だ。丁度、昼休みに起きたんだよね。

 木の枝の上で昼寝をしていた時に、余りの煩さに苛々しながら起きた。

 諸悪の根源を叩きに移動したら、実験棟の傍で岩の体を持つゴーレムが暴れていた。自分が到着するまでにそこそこの時間があったにも関わらず、教員の姿は無く、生徒だけで対応していた。

 事情は知らないが、叩き起こされた自分の機嫌は悪かった。

 近くのロックゴーレムを飛び蹴りで破壊し、残り三体は拳で粉砕した。最後の一体を砕こうとしたら、『それは一番出来の良い奴だから待って!』と知らない男子生徒に縋り付かれた。機嫌が悪かった自分は、縋り付く手を振り解いて最後の一体を粉砕した。男子生徒の叫び声を無視して、自分は去った。

 その日の放課後に事情聴取を受けたが、見た儘だけを言った。号泣している男子生徒の説明と大差が無い事からすぐに解放された。

 翌日から『怪力女』、『怒らせたら肉片すら残らない』と女子生徒を中心に怖がられた。

 男子生徒の中には『真偽を確かめたい』と言い、面白半分で喧嘩を売って来る馬鹿が出た。

 大体は馬鹿を一発殴って意識を飛ばし、木の枝に洗濯物を引っ掻けるように、男子生徒を引っ掛けて放置した。二十人を超えて漸く喧嘩を売って来る馬鹿はいなくなった。逆を言うと、二十人以上も殴り倒さないと絡んで来る事だけは判った。

 在校生徒の八割以上が男子生徒で占められているだけあって、校風は少々荒かった。



 そうそう。自分が訓練場で総騎士団長をぶっ飛ばした事実だけは広まっていない。けれど、流石にギルドマスターの耳には入った。

 総騎士団長の負傷は『訓練中に負った』事になっている。流石に『学生にやられました』と明かしては、総騎士団長の信用問題に発展する。

 実際に一部の騎士嫌いの文官から、『訓練如きで大怪我を負うような男に、総騎士団長を任せて良いのか?』と意見が出たらしい。信用回復の為に近々魔物討伐に出るらしいが詳しい事は知らない。

 自分はのんびりと授業を受けて、時に冒険者ギルドから依頼を受ける日々を送っていた。

 入学前に発見されたダンジョンは、発見から二十六日目で攻略された。どこかのクラン(五つ以上のパーティで構成された冒険者の集まり。一パーティは五人前後で構成される)が攻略したらしい。ギルドマスターに聞けば判るけど、興味は無い。

 


 魔法学園の行事について語ろう。

 この学園には行事と呼ばれるものが無い。

 あるとしても、定期試験と林間学校だけだ。

 年間に五回実施される定期試験前になると、生徒と教員は慌ただしくなる。定期試験は筆記と実技の両方を行う。赤点を取ると、補修と追試を受ける。

 林間学校は夏休み期間中に、三週間掛けて行う課外授業だ。

 参加は自由で、成績には一切反映されないが、王立教導騎士団から指導を受ける事が出来る機会でもある為、二年生から四年生の参加希望者が多い。

 一年生でも参加は可能だが、クラスの担任が教導騎士だからか、希望者は少ない。

 自分は騎士に成る気が無いから、参加はしない。



 入学してから二度目の定期試験を大過無く乗り越え、夏休みまでの登校日数が十日にまで減った。

 実に静かな日々だ。入学式の前後の嫌がらせが嘘のようにない。

 夏休み期間中の活動予定について話し合う為に、放課後にギルドマスターの許を尋ねて奇妙な事を知らされた。

「ダンジョンが復活した?」

「ああ。新しいダンジョンかと思って調査隊を派遣したら、百年前に攻略済みのダンジョンだった。調査隊からの報告によると、魔力溜りらしき箇所も見つかった」

「たった百年で魔力溜りは出来ないのに、変ね」

 魔力溜りが自然発生するには長い年月を要する。たかが百年で出来上がる事は無い。

「どこかの犯罪組織が研究用の根城にしている可能性を考慮して国にも報告した」

「回答は?」

 犯罪組織の根城の候補の一つとして、しばしば攻略済みのダンジョンが上がる。蟻の巣のようになっているダンジョンは大変迷いやすいので、トラップハウスに改造しやすいのだ。

「犯罪組織は絡んでいない。ただ、ダンジョンのボスがドラゴンなんだ」

 新たなダンジョンのボスの正体を知り、ダンジョンが復活した経緯を何となく察した。

「あー、つまりどこかで結晶化した魔力溜りを入手したドラゴンが住み着いたのね」

「有識者もそう言った。空を飛んで移動出来るドラゴンが住み着くとは思わなかったぜ」

「それはそうでしょうね。その反応だと、過去に同じ事例は起きなかったんでしょう?」

「今回が初だ。……ナタリア。お前には攻略を依頼したいんだが、半月程待ってくれ」

「半月? 随分と微妙な日数ね」

 この大陸での一年の日数と月の数は地球と同じだ。季節も同じである。半月は十五日の扱いだ。

「済まん。実は、国から『ドラゴン討伐の経験を中堅層の騎士達にも積ませたい』って、要望が来たんだ。ナタリアには、騎士団が討伐に失敗したら動いて欲しい」

「それさぁ、関係無いのにこっちが悪く言われるんじゃない?」

 騎士団にはプライドの高い人間が多く存在する。失敗したらケチを付けられそうだが、プライドが高いのなら『必ず達成しろよ』と言いたい気分だ。

 だが、バツの悪そうな顔をしたギルドマスターが裏情報を口にした。

「わりぃ、陛下の決定なんだ。陛下もドラゴン退治が出来るって乗り気なんだよ」

「騎士団が動くのは無茶振りの結果なのか。……あと十日で夏休みだから別に良いけど」

「ウチで空戦の出来る奴はお前しかいないから助かる。ナタリアに依頼する時には、報酬に色を付けておく」

「色? 口止め料でしょ」

 ギルドマスターの発言を訂正したら、首を横に振られた。

「そいつは違う。陛下は成功しても失敗しても公表するらしい。失敗を公表したくない騎士団は気合入れて訓練をしている」

「訓練をしているのは良い事でしょ。夏休みに入ったら、騎士団の進捗状況の確認で顔を出すで良い?」

「今のところはそれで良いな。ああ、騎士団のドラゴン討伐は公表される予定の情報だ」

「ふうん。だったら、聞かれても尻拭いをする役割って事を言わなければ良いか」

「それで良い」

 ギルドマスターとの確認を終えて、冒険者ギルドから去った。



 そして、十日後。国は復活したダンジョンでドラゴン退治を行うと正式に発表した。

 ギルドマスターに進捗状況の確認をしたら、今のところは問題無いらしい。

 このまま問題無く退治してくれればいいんだけど、事はそう上手く運ばなかった。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

短編して書いている作品です。

思っていた以上に進みが良いので、没作品にしないで正式投稿を考えています。

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― 新着の感想 ―
同じクラスにいる他国の王族たちは絡んでこないのですね。珍しい。沢山いるから呪いだか祝福だかが薄まっているんだろうか。単に自国の国王が関わってくるだけかもしれませんね
続きが楽しみです
続き気になるけど没ネタなんだよなーからの正式投稿予定ヤッター! しかしザマァ相手が学園に所属すらしてないの草 貴族的におパーティーの場で悪評ばら撒いたんやね その結果有望な人材の国外流失とかお家終わら…
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