キャラ名無き作品 その2
キャラの名前を考えずに、気晴らしで書いた作品です。
息抜きのように勢いで書いたので、キャラクターの名前はありません。これだけはご了承下さい。
エピソードタイトル
番なんてクソくらえ
この国に来てから日記を一年間も書いていたが、それも今日で終わりだ。
いや、内容的に日記と言うよりも、報告書と言った方が正しい。その報告書を書くのも今日で終わりだ。報告書を書き終えたら次は置き手紙を書く。紙の残数が少ないので、冒頭に『紙の枚数が少ないから挨拶は省かせて貰う』と一文書いてから、置手紙を書き始める。
「これで良いな」
言葉を吟味しながら書いたせいか、思っていた以上に時間が掛かった。昼過ぎに書き始めたのに、窓から空を見ると一番星が見える程度に暗くなっていた。もう少し早くに書き上げる予定だったが、時間を掛け過ぎた。
「いや、逆に都合が良いか」
逃亡するのなら、夜闇に紛れる事が出来た方が良いに決まっている。私物はこの一年掛けて全て売り払い、換金済みだ。全てと言っても、来国時に持って来たものだけを売り払った。この国に来てから得たものは、足が付かないように全て置いて行く。
私物のガラスペンと黒インクを道具入れに仕舞い、城下町で購入した外套を羽織り、顔を隠す為にフードを被る。出発の準備は既に終えている。
机の上に日記帳と置手紙を残して、一年間過ごした王子妃用の後宮から出た。
緊急脱出用の抜け道を通って、後宮から脱走する。この抜け道は放置されていた時、暇潰しで後宮内を探索していた時に見つけた。見つけたのは、この竜族の国に来てから半月後の事だ。向こうの我儘で殆ど強制的に連れて来られたのに、来国以降、放置気味だ。
「番なんてクソ喰らえだ」
言い方は悪いが、こうとしか言いようが無い。
何が、『番を見つけて国境を跨ぐ程の距離を取ると、番を見つけた竜族は発狂するから一緒に来てくれ』だよ!
勝手に人を番呼ばわりして、帰国して我に返ってから『人間族が番だなんて恥ずかしい』ってほざくとか、王族としてもあり得ない。本当に番なのか調べる方法が在るのに、『息子が発狂しているところを見たくないから来てくれ』って、親バカかあのクソ竜王。
クソが付くのは祖国の王もだ。
半月で戻るかも知れないって、書面による記録も残したのに、自分の同意無しで人の爵位を他所の野郎に継承させるとか。あり得ないにも程が有る。あのクソ恥知らず。
この国に所業がバレて制裁を受け、すぐに王太子に地位を譲って北の保養地に隠居したと聞いた。祖国の北の保養地には、『王族の流刑地』と言う別名を持つ土地が存在する。その名の通り、罪を犯した王族を収容し、入ってから大体半年後に病死する事で有名な土地だ。病死と言うのは公表用の方便で、真実は『毒を使った処刑』だ。事実、保養地に入り、ピッタリ半年後に『先王は病死した』と公表された。ちなみに、先王を諫めた先王妃は王太后として城に残っている。
ま、元凶がいなくなっても、領地には戻れない。自分がいない間に勝手に爵位を継いだ、婿入り予定だった元婚約者と浮気相手の王女がやらかして、建て直し中だった家は没落した。領地は国預かりとなった。こうなるのが解っていたから、行きたくないって言ったのに……ため息しか出ん。
元婚約者と王女は、王位を継いだ王女の兄の手でそれぞれ処分された。
王女はハーレムを築いているどこぞの好色王の十何番目かの側妃として輿入れとなった。泣き叫んで嫌がったらしい。元婚約者と一緒に身分剥奪の上で国外追放とどっちが良いか選べと兄に迫られた。どっちも嫌だと暴れた為、拘束して強制的に送り出したらしい。
王女の扱いが決まると、元婚約者は追放とならず鉱山に送り出された。人の家名で借金していたらしく、借金返済が終わるまでそこで強制労働となった。
仮に国に戻ったとしても、竜族の国に連れ戻されるだろう。一応、王子の番扱いだし。
色々と思い出していた間に隠し通路の終わりに到着した。隠し通路から顔だけ出して周囲を探る。魔法を使って見張りの有無も確認してから出た。
向かう先は事前に予約していた宿屋だ。日が落ちた時間に王都から出ては怪しまれるので一泊する事にした。
翌朝。朝市で朝食を取り、日持ちする食糧を購入し、王都から堂々と出た。
自分は王子妃だけど、平民に顔が知られていない。他国から輿入れしたって言うのもあるかもしれない。出るのは楽だったよ。
王都脱出が楽だったのは、王子妃用の後宮仕えの侍女達がサボる為に虚偽報告をしたからだろう。
種族の違いから自分を見下し、侍女としての仕事を何一つしなかった馬鹿は知らん。サボりのツケは己でどうにかしてくれ。
己の目で確認しない王子も悪いので、自分は擁護しない。
王都から出て向かう先は決めている。空中飛行用の魔法具を取り出して乗り、王との南に存在する湖へ向かった。
昼休憩を挟んで飛び、夕暮れの時に湖の端に降り立つ。ここで一泊する予定は無い。休憩を挟んでから次の移動先――湖の中心に存在する小島の霊廟に用が有る。
ここ一年間で王宮の図書室で調べた限りだと、『番断ちの宝珠』がここに存在する筈だ。
確りと休んでから、霊廟へ飛び立った。
月無きの深夜の時間帯。
手元の灯り (懐中電灯型の魔法具)を頼りに移動を始めたが、ちょっと後悔した。
理由は不明だが、霧が立ち込めている。千里眼と透視を併用すれば空路で迷う事は無いのが救いだ。迷わずに小島に降り立つ事が出来た。
「ん?」
小島に降り立つと同時に霧が晴れた。
霧の中を進んだが、アレは自然現象で魔法の気配は何も感じなかった。偶然か、誰かの意図か。どちらにせよ、先に進むしかない。
深呼吸をしてから、小島の中央に存在すると言われている霊廟へ向かう。
霊廟が建立されたこの小島は草一本生えていない岩島だ。霊廟が建立された場所は、小島の中央だ。霧の水分で濡れた足場は滑りやすくなっていた。
足を取られないように慎重に歩き、霊廟の入り口と思しき洞窟に到着した。一見するとただの洞窟の入り口にしか見えないが、ここだけ空気が違う。
厳かと言えば良いのだろうか。張り詰めた空気が漂っており、『来るものは拒む』と言われているようにも感じる。
けど、番断ちの宝珠はこの先に存在すると言われている。今は先に進むしかない。
洞窟に足を踏み入れると、奥から風が吹いて来た。
「ん?」
だが、風に交じって何か、声が聞こえた。
獣の唸り声とはまた違う、大型の生物の――過去の人生で遭遇したドラゴンの声に似ている。
ここは竜族の国だけど、本物の竜は存在しない。
竜族――いや、竜人族と言えば判るだろうか?
文字通り、人の姿になった竜の種族が、竜族だ。飛び抜けて力の強い竜族であれば、本物の竜に変化する事が出来るらしい。そんな奴は実際にはいないけどね。
少し悩んだが、このまま進む事にした。
勿論、戦闘準備をしてからだ。手に持つのは剣ではなく鉄扇だ。戦闘になるか不明である事と、剣を所持した事で相手に誤解を与えない為に、武器に見えないものを選んだ。
鉄扇を手に洞窟内を慎重に進む。向かい風の中を歩く事になったが、魔法障壁を鋭角に展開して、風を受け流せば問題は無い。
暫くの間、暗い洞窟の中を進んだ。時折、ドラゴンの鳴き声に似た声が聞こえる。唸り声でも、咆哮でもない、ただの鳴き声だ。
警戒すれど、身構える必要は無い。
無言で歩き続けて、やがて広い空間に出た。天井が高いと思ったけど、ぽっかりと穴が開いていた。 開いた穴から夜空が見える。月が出ていないから、天井に穴が開いていようが光が差し込んでこない以上、意味は無い。更に奥へ進もうとしたが、黒い何かが蠢いた。
身構えると、それはゆっくりと動いた。
『人間? いや、これは神の匂い。まさか、転生者か?』
響く声は洞窟内で反響しない。念話と同じように脳内に直接声を届けている。
手元の灯りを消し、魔法で大きな光球を生み出した。光球の光度を上げてから天井付近へ飛ばし、広い空間そのものを明るく照らす。
「うっそ……」
明るくなった空間に居たのは、見上げる程に大きな巨体を誇る黒いドラゴンだった。金色の瞳が自分を射抜くように細められた。
『小娘? 貴様何奴だ?』
喋るドラゴンに『お前誰?』と言われた。竜族に崇める神はいない。初代国王もドラゴンだったらしいが、今は返答しよう。番断ちの宝珠に関する情報を持っているかもしれないし。
ドラゴンに対して名前を名乗り、ここに来た事情を話して、最後に探し物の情報を求めた。
自分が喋っていた間、ドラゴンは目を細めたまま無言で聞いていた。
『番断ちの宝珠か。そんなものは存在せぬ』
「え!?」
『この霊廟は、番う運命を断つ、儀式を行っていた場だ』
「儀式? そんな事をするだけで……。いや、行ってい『た』って何?」
過去形である事に気づいてドラゴンに尋ねた。
『そのままの意味だ。ここは儀式を行う場としての力を失くしている』
「マジか……」
嫌な事実を知って頭を抱えた。
どうし――いや、儀式は行われていたんだ。『儀式の内容だけでも教えて貰えば』と立ち直ったが、このドラゴンは使えない事に儀式の内容を知らなかった。
思わず『使えなねぇ』と言葉が漏れそうになった。
ドラゴンは『済まぬ』と一言謝罪の言葉を口にし、番断ちの宝珠について教えてくれた。
番断ちの宝珠と言うのは、儀式を行う事で入手可能となる宝珠だった。宝珠を見に宿す事で、番う定めを断てるらしい。
宝珠の正体を知っても、肝心の儀式が行えない以上、その入手は不可能だ。
腕を組んでしばし考える。
ここで番の運命を断つ事が出来ないのなら、これ以上ここにいても意味は無い。
ドラゴンに礼を言って去ろう。行動を決めたがドラゴンが待ったを掛けた。
『娘よ。そなたが番に対して悪感情を抱いてしまうのは判る。一年我慢しても相手が態度を変えぬのならば猶更だ。だが、一度話し合わぬか?』
「向こうから一度も来なかったのよ。手紙を出しても返事は無いし、丸一年無視され続けたの。その間に帰る場所は無くなるし、行く当ても無いし」
心の中で『最終手段しかないか』と考えながらドラゴンを睨む。
「話し合いなんて、もう無理。色々と教えてくれてありがとう」
最後にドラゴンに礼を言ってから、飛翔系の魔法で天井の穴を通り、洞窟から出る。手製の懐中電灯のスイッチを入れて光球を消し、行きと同じく飛行用の魔法具に乗って移動を始めた。
竜族の国から出て、大陸のあちこちを見て回った。
ドラゴンと出会った後日、もう一度だけ、日中に霊廟を訪ねた。霊廟の周辺の調査を行う為だが、何も無かった。
諦めて出国したが、行く当てなど無い。手持ちのお金が尽きるまでゆっくりとした日々を送る。
竜族の国は自分がいなくなった事で、上へ下へと揺るがす大騒動となったらしい。
自分を番だと言っていた王子が発狂したとか、仕事をサボっていた侍女が処刑されたとか、もう知らん。その侍女が自分が書いた王子への手紙を握り潰していたとしてもだ。
全ては、直接来なかったあの王子が悪い。
そう言う事にして、自分は転生の術を使ってこの世界から去る事を決めた。
未練は残っていない。
やり残した事も無い。
竜族の国に行かなければ良かったと、後悔だけが残った。王命とか外交問題とか、全部無視すれば良かったよ。
番なんて言葉は幻想だ。これだけを胸に確りと刻んだ。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
キャラ名すら考えずに書いた作品です。
エピソードタイトルの候補に『男のツンデレに需要は無い』がありました。
王子が登場しないので、没になりました。