ポンコツ王子は円滑なハッピーエンドへの道を夢見る
自室でふざけていた最中に転び、テーブルの角に頭をぶつけて、前世の記憶を取り戻す。
文章にしてみると、己がいかに馬鹿であるかが良く分かる。
普通はそんな事が起きる筈もないだろうと、言いたいところだが、現実に起きてしまった。
前世の記憶を取り戻して、色々と気付いて、近くにあった鏡を見て――俺は、やって来る遠い未来の情報に顔を青褪めさせた。
鏡に映るのは、見慣れない別人の顔。プラチナブロンドの髪に紫色の瞳の幼い男の子。幼いながらも容姿は整っており、将来は美形になる事間違いなしだろう、この容姿の男の子の名前を、知っている。いや、自分の名前だから知っているのは当然なんだけど、そう言う意味じゃない。
発狂こそしなかったが、恐慌状態に陥った。鏡の目の前で不審な行動を取り続ける俺を見て、一緒に遊んでいた五人が顔を見合わせているが気にならない。
遠い将来に起こる事を知ってしまった身としては、現在の行動の評価等どうでもいい。
ちょっと変とか言われても、デッドエンドの未来が変えられるのなら安いものだ!
紙とペンを用意させ、将来自分の側近となる五人に『今は信じなくても良いから、取り合えず話を聞け』とソファーに座らせ、現状の整理も兼ねて俺は語った。
姉貴がやっていた乙女ゲームに『神子に祝福を~乙女は祈れ~』と言うタイトル(略して神祝)のアプリゲームがあった。
ヒロインである貧乏子爵家令嬢が、国内で使用者の少ない魔法が使えるが故に通う事になった魔法学園に通い、五人の上位貴族の令息達と恋に落ちる――出だしはよく有りそうな乙女ゲームで、やり込み要素の有るRPG系のゲームだったのでやってみた。フルコンプした。
他のゲームとの違いは次の三つだろう。
・陥れ系悪役令嬢は二人いる。
・罪を擦り付けられた令嬢が無実の証拠を提示しても信じて貰えず失望から自殺すると、どれほど攻略対象からの好感度が高くても、国が亡び、巻き込まれて死ぬ、強制バッドエンドになる。
・王太子ルートのみバッドエンドでも王国滅亡阻止が可能だが、それにはヒロインが自殺した令嬢からの一定以上の好感度を得ている事必要で、彼女が自殺する数日前までに彼女から神託の杖を譲り受けていなければならない。神託の杖を以てして王国滅亡を阻止しても、百年後には国が亡びる。
このゲームは『王太子と婚約者の令嬢が婚姻しないとハッピーエンドに辿り着けない』仕様となっており、この事実に気付かず何度も強制的にバッドエンドに向かったプレイヤーは数知れず。攻略法が公式から発表されるまで『バグが発生している』と言われる程だったのだ。
『王太子が婚約者と結婚出来ないとクリア出来ないゲームってどうよ?』と、ヘビーゲーマーだった姉貴が嘆くほどの仕様だった。
自分も他人も幸せにならないと駄目って、ゲームとしてはどうなんだろうとは思ったが、バッドエンド含むクリア三回目で解放される王太子視点ルートを進めて考えを変えた。
既に述べたが、このゲームの悪役令嬢は二名おり、どちらも別の人物に罪を擦り付ける、悪役令嬢と言うよりも『亡国の悪女キャラ?』と言った感じで、ざまぁをされるのも一緒である。そして厄介な事は、どちらからも罪を擦り付けられるのが王太子の婚約者で、こちらは何もしてこない無害な令嬢。怪我をしたヒロインを助けて治療してくれたりもする程良い子だ。王国でただ一人『黒髪黒目の日本人風』な容姿の少女で着物が似合う少女だ。洋装が似合わないと言う訳ではないが、派手な格好が似合う可愛らしい容姿だ。
一人で大抵の事は何でもこなし、料理やお菓子までも作れる。
成績も良く、魔法の実力は国内最強と称えられ、ゲームの途中で出て来る『国を亡ぼす邪神龍』を単身撃破する実力者。スレッドでは、『国内最強ではなく、作中最強』、『闇落ちしたら人類の試練』、『どう足掻いても勝てないラスボスが、最初から味方をやってくれている』等などと言われる万能キャラ。困った時は彼女をパーティに組み込めばどうにかなると、言わせしめるほど。
ちなみに婚約者の王太子は『レベルを三百にまで育てたら婚約者のレベル五十とほぼ同じ』と言われる。国内ではそれなりに上位に位置するが、強いと言う印象は薄い、微妙な強さのキャラだ。炎と風の魔法を使う初心者向けのキャラなので、ある意味妥当なのだろう。
しかし、そんな万能キャラである彼女は、実家であるシモン公爵家で『教育と言う名の虐待』を受けさせられた経験から婚約者を嫌っている。いや、毛嫌いしていると言うべきか。
挨拶代わりに『婚約解消の手続き開始はいつですか?』と尋ねて来るほどなのだ。
貴族の令嬢がそれでいいのかよ、と突っ込み満載なのだが、原因は彼女の家族――と言うか主に妹にあった。
これらも王太子視点ルートで情報が開陳となるのだが、このルートで婚約理由や家庭内状況も判明する。
神から齎された神託で『神の子』として生まれ、政治利用を企んだ当時の国王(現在は先代国王)が無理矢理、未来の王太子妃に据えてしまった。
これが悲劇の始まりだ。
その二年後に生まれた妹は大事に甘やかされて育つが、姉は一切の賞賛も甘えも与えられずに育ち、妹を疎む――と言っても勉強を理由に遊び相手をしない程度――ようになる。妹は自作自演で『姉に虐められたと』両親に泣きついて姉を虐める。両親も妹の証言しか信じず、姉や使用人足りの証言を嘘と断言して信じない毒親。教育と称して長女に毒を盛るほどに頭のおかしい(王に指摘されると耐性を着ける為だと被害者面して許しを請う)両親と、両親に殴られる姉を見て楽しそうに笑う次女に挟まれ、長女は婚約者を『こうなった原因』として王太子を恨むようになる。
虐待が原因で上手く笑えない彼女が幸せそうに笑っているスチルは、やたらと気合が入っていて他のものよりも豪華だ。綾〇レ〇が笑うシーンにぐっと来るのと同じ感じです。
王太子視点ルートを終えた俺は、全ルートで王太子が彼女と婚姻出来るように色々とフォローに入って回るようにヒロインを動かしたら、これまでの苦労が何だったのかと思うほどに、簡単にハッピーエンドに入れた。
珍しく逆ハールートが存在しないこのゲームは、ヒロインで全ての攻略対象の五人の令息達とのハッピーエンドを迎えると、王太子攻略ルートが解放される。これもハッピーエンドで攻略すると、攻略対象令息達の視点で進む『各令息と王太子で挑むヒロイン攻略ルート』が始まる。ここでの王太子視点は三回エンディングを迎えると開放されるものとは別物で『王太子過去編』と言うべき内容だ。シナリオの難易度と量的に救済処置だろう。
やっと終わりかと思ったが、今度は王太子の婚約者がヒロイン役になり『令息五人と王太子』を攻略する。対象を攻略せずに、悪役令嬢二人をまとめて『身分を剥奪して娼館にポイ捨て』、『断罪して処刑』、『永久追放』等の、所謂『ざまぁルート』が出来る。
彼女の視点になると、作中の裏事情や神の正体を知る事が出来る。ヒロインや王太子では知る事が出来ずモヤモヤした部分もここで情報開陳となる。更に彼女の視点ではヒロインや王太子視点では戦えなかった、邪神龍と戦う事も出来る。始めは手こずるが、作中屈指のキャラなので『何ターンで倒せるか』研究するのは楽しかった。掲示板で『バフとデバフをどうかけるか』で議論した。楽しかったよ。
ここまでルートが存在すると、男女で分けて作り直せば良さそうにも見える。レビューも男女で分けろの意見が多かった。
その後、男女で分けたタイプが発売されたが、何と十八禁PCソフトだった。エロとグロの両方を取って十八禁になったんだろう。姉貴と折半して購入し、男だけど両方プレイしました。
十八禁版には悪役令嬢二人の末路のシーンまで入っていた。
大分脱線した。
判る方は判るだろうが、彼女の妹こそが二人いる悪役令嬢の片割れである。
姉と違い、さっぱりとした格好が似合う金髪碧眼の少女で、顔立ちは姉より整っているが性格の悪さが滲み出ているので、美人には見えない。
この妹は『罪を犯した二柱の女神の生まれ変わりの片割れ』で流刑として人間にされたと言う過去を持ちで、生まれた時から女神の記憶を持っていた。更に厄介な事に『魅了の魔眼』を持っていた。この魔眼はその名の通り『相手を自分の思い通りに操り動かす』能力を持っている。
両親はこの魔眼を使って操っていたが、神子である姉には一切通用せず排除を計画していた。また、自身が女神である事から異様にプライドが高く『女神である自分を差し置いて王子と結婚なんてあり得ない』と姉の婚約者を略奪の機会を虎視眈々と狙っていた。
当の王太子が妹を、教養が一切感じられない事から、蛇蝎の如く嫌っていたので、そもそも略奪が不可能だった。しかし、妹が王太子に向かって魅了をしつこいほどに重ねがけし、もう一人の悪役令嬢と手を組み、姉から略奪を成功させるルートも存在する。無論、バッドエンド直行だ。
姉が自殺した直後、宙から『愚か者。貴様の罪は更に重くなった。永久に地獄で生き苦しめ』と声が響いて、雷が妹に直撃し、彼女にかけられていた魅了が全て解かれる。『王族に魅了の魔法を駆けたら死罪』の法律が有るんだが妹は知らなかったらしい。
その場で王太子に裁かれ斬り捨てられると、足元に空いた穴に悲鳴を上げながら引きずり込まれて世界から追放される。
もう一人の悪役令嬢は虚空から現れた棘に全身を貫かれ、妹と同じ穴に落ちる。
あっさりとしているようにも取れるが、後日談では地獄のようなところでまだ揃って生きているのが確認出来る。二人は発狂防止策を講じた状態で『ありとあらゆる苦痛を叩き込まれる刑罰』を『神に許される』か『百万回絶望する』まで受けているシーンがあった。当然ながらグロ過ぎるのでスチルはない。悲鳴にスカッとしたが、俺はリョナではない。
結末まで述べてしまったが、もう一人の悪役令嬢は伯爵家の令嬢で王太子の婚約者の妹と同じ『罪を犯した女神の生まれ変わり』で、魅了の魔眼を持っている。煩かった両親を好きなように操っている。伯爵家の中でも指折りの財力を誇る家なので、傲慢かつ金遣いの荒い女だ。悪女のような容姿で『美しくも可愛らしくもなく、魅了でカバーしている』と公式でも認定されている。
貧乏子爵令嬢のヒロインを見ては『貧乏人臭い』と罵り、ワザと物を壊しては『貧しくて買い直せないだろうから、新しいものを買って差し上げる』と嫌味を言って来る。差し上げるじゃなくて、弁償だろと何度突っ込んだ事か。
こちらの悪役令嬢も王太子の婚約者に罪を擦り付けるが、面識ななく、相手の方が身分的には上なので濡れ衣が発覚するとあっさりと『お家取り潰し』となり、身分も剝奪される。
妹の方とは違い、こちらの濡れ衣を証明するのは楽に思えるが、魅了の魔眼でしつこく妨害をするので中々に難しい。
双方共に、都合の悪い事は魅了の魔眼で誤魔化すので、何時かボロが出る。ボロが出ると情に訴えて来るので気持ち悪く質が悪い。
「長く話したが、悪役令嬢と言うよりも、悪女な女二人を排除し、王太子とその婚約者がくっつかなければ、この国に未来はない!」
最後の締めとして、拳を握って大事な要点を力説する。
五人が非常に冷めた目で俺を見ているが気にならん。
俺の推しは誰かって? もちろん王太子の婚約者の令嬢だよ。気を抜いて笑っているところは可愛いし、十八禁版限定の猫耳かウサ耳を付けているおまけスチルが俺の性癖に突き刺さったからだよ。悪いかっ!
五人に長々と語り、状況の整理が済んだので、今直ぐやるべき事を紙に書き出して行く。実行するのなら、父に相談した方が良さそうだな。
「よし、俺は今直ぐ父上に相談して来る!」
紙を片手に部屋を出ようとしたが、五人を代表して常に沈着冷静な幼馴染の一人に待ったをかけられた。
「何だ? 一刻も早く対策を取らないと俺の未来が真っ暗になるんだが」
「下手をすると遠い未来よりも近い未来が真っ暗になるので、幾つか質問をさせてください」
質問? 何が聞きたいのか? 首を傾げていると、五人は揃ってため息を吐いた。本当にどうし……あっ!
「そうか、証拠が欲しいのか!」
一人納得していると、全員が違うと言わんばかりに頭を抱えた。
「どうした?」
転生前に読んだ、何かのゲームに転生しちゃった系漫画では『話しても信じて貰えないよね』と言って周りに相談しないで動き、見事に失敗していた。他の作品で成功していたものは『周りの協力を得て成功させた』ものか、『本人の能力が元々高かった』と言ったものが多かった。
そう言った系しか読まなかったとも言うが。
何は兎も角、失敗は出来ない。失敗したら国が亡びるのだ。
五人の内の一人が呆気に取られたかのように呟いた。
「俺らが落ち着く時間は必要ないってか……」
「だって、国が亡びる要因の対策排除と、お前らが悩む時間どっちが大事よ?」
「そう言われると、対策と排除の方が大切ですが……それよりも大事な事を一つ忘れています」
「え、何っ!?」
『忘れている事が有る』と指摘を受けて驚く俺。そんな俺を見て五人は、額に手を当てるか、ため息を吐いた。
はて? 何を忘れているんだろう?
「両陛下は視察で、現在王城にいらっしゃいません。御戻りは明日の昼です」
「あ」
言われて思い出した。確かに両親は国境沿いの視察として辺境伯の元に滞在しており、王城にはいない。
「確かに重要だわー」
余りにも間抜け過ぎて頭を抱えた。俺に待ったをかけた彼は、今度は俺の両肩に手を置いた。肩を掴んだとも言う。
「ジグムンド殿下。前世の記憶とやらが戻って混乱しているのは判りますが、落ち着いて行動して下さい」
「ソウダネ……」
力いっぱい肩を掴まれ、部屋のソファーに座らせられた。
「えーと、ごめん」
取り合えず謝った。今の俺の立場を考えると、日本人感覚でホイホイ謝るのはいけないんだろうけど、謝っておきたかった。
俺の態度に五人は困惑を深めて行く。
そりゃそうだろう。
机の角に頭をぶつけるまで、素直に謝る性格じゃなかったからなぁ。
大変遅くなったが、俺の事について語ろう。
前世の名前は松本清澄。純粋な日本人です。一字違いで有名なドラッグストアと同じ名前になるところだったよ。
年は二十八歳で、職業派遣会社員。家族構成は両親と二個年上の姉が一人。この姉は立派な貴腐人です。夏と冬に店を出してるよ。
現在別人になっているので、前世で良く流行った『異世界転生』を実体験したのだろう。貴重な経験だと思うけど、素直に喜べない。
そして、何で転生したのか全く思い出せない。姉貴と祖母ちゃんの墓参りの帰りだった覚えは有るんだけどね。
気付いている方は判るだろう。
現在の俺の名前は、ファルカシュ・ジグムンド。姓名の順番が逆じゃないかって? これで合ってるよ。
キャラの名前もそうだが、このゲームは何かとハンガリーを連想させる。有名かは知らないが、ハンガリーは日本と同じく『苗字・名前』の順番で名乗る。ハンガリー風に拘りが有るのか、名乗りもハンガリーと同じなのだ。
俺、ファルカシュ・ジグムンド(六歳)はファルカシュ王国の第一王子。立太子していないのでまだ王子だ。弟はいないけど、ゲームでは八歳年下の弟がいた。付けられる名前は『ベンツェ』だ。
ゲーム作中のジグムンドはどう言った性格をしていたかと言うと『努力家だけどプライドが高い』性格だった。
教養が感じられない女性を嫌ったりする一面からも分かるだろうが、女性に対して求める理想も高かった。ジグムンドの婚約者は大抵の事はほぼ何でもこなす女性で、神子と崇められていたので自尊心を満たすには十分だった。
でも、実家での扱いが元で出会って早々に『婚約解消して下さい』と迫られて『俺に何の問題が有る!?』と困惑するなど、ややナルシスト系だった。
プライドの高さから愛想も悪い。常に無表情で割と不機嫌顔でいる事が多い。幼少期から『王太子ならば~』と『あれが出来ないなんて何て情けない』とか『これが出来ないと王太子に相応しくない』と周囲からプレッシャーと嫌味な言葉をかけられまくったのが原因である。
王である父が『息子を潰す気か?』と何度か注意したが、効果はなかった。
何でこんな扱いを受けているのかと言うと、ジグムンドと言うか――王家を引きずり下ろし、王位に就きたい奴がいるからだ。
諸悪の根源と言ってもいい奴らの正体は『元先王弟の息子一派』である。王の従兄弟で、ジグムンドの再従兄弟だ。
父は一人っ子で、幼少期は体が弱かった。成長するにつれて健康になって行ったが、十歳のある日、食事に盛られた毒に倒れた。迅速な手当てで大事に至らなかった。調査の結果、犯人が王弟で有る事が判明したが、同時にとんでもない事が発覚した。
幼少期、父の体が弱かった原因は、父の乳母が盛っていた毒だった。
乳母が毒を盛るとは考えられないと、父は最初乳母を庇った。だが、乳母自身が『金の為にやった』と自白したので、一族郎党巻き込み即刻処刑された。乳母の自白で王弟にも捜査の手が入り、貴賓牢に繋がれた。
王弟が甥の殺害計画を立てたのは『王位を得る為』だった。
常々、兄より自分の方が優秀だと吹聴して回るも、一度も勝てなかった事への意趣返しとして、甥を蹴り落して息子を王にしたかったらしい。
王弟と言えど、国家転覆を狙った犯罪である。王籍剥奪の上で処刑された。使用した毒は元々、所持しているだけで罪に問われるものだった。それも加味されての刑罰だ。
王弟の妻は唆しはしなかったが、計画を知っていて止めなかった事から修道院に送られた。
当時まだ未成年だった王弟の息子は無関係だった事から臣籍降下が決まった。伯爵として王都から離れたところの領地を治める事になった。本人と妻の実家である侯爵家は反発したが、『ではお前の家の養子にするか?』の一言で諦めたらしい。
だが、面従腹背の言葉通り、未だに王位を狙っているのだ。
神子との婚約はジグムンドの王太子地位を安定させるものでもある為、婚約解消は非常に困る。
作中でも再従兄弟から『まだ婚約解消していないのか』、『俺ならばもっと上手く出来るぞ』と嫌味を言われるシーンが有り、彼が王位を狙っている事が分かる。こいつも悪役令嬢の魅了にかかり、彼女を貶し陥れて――断罪される。
こいつの場合は自己責任だ。俺はこいつがどうなろうが知った事ではない。国の為に放置だ。
かなり脱線したな。
このあと、両親に相談する為の内容について五人と話し合い、今日はお開きとなった。
これで行ける、勝ったぞと、テンションが上がりガッツポーズを取る。しかし、食事の時間になってどん底に落とされた。
何故かって? 食事の作法です。王族だから煩いんだよ! 幸いな事に、ジグムンドの記憶と経験がしっかりと、残っていたので『いつも通り』の手順を思い浮かべて食事を進めると注意を受ける事はなかった。もう庶民じゃないんだね。
食後、読書に時間を挟んでお風呂となった。だが、食事の時と同様に『俺王族だったな。庶民じゃねぇ!』と内心で絶叫した。湯浴みはされるがままで良かったので、どうにか切り抜けられた。しかし、これが一生続くのかと思うと、ちょっと憂鬱になった。
翌日、専属侍女のイレーンに起こされて目を覚ました。寝ぼけた状態で対応した為、異様に不審がられたが、元乳母だった事も有り流された。
緊張感溢れる朝食を取り、午前の勉強を終え、再び緊張感溢れる昼食を取り――ついに両親が帰って来た。侍従経由で話しがしたいと伝えて貰い、この日の夜、就寝数時間前にやっと両親と話が出来るようになった。
両親の居室に足を踏み入れると、打ち上げでもしていたのか室内が酒臭かった。顔を若干赤らめた両親は揃ってワイングラスを傾けており、空の酒瓶が十本以上有る。王様と王妃様のイメージが音を立てて崩れる。色々と突っ込みたいが我慢して声をかける。酔いが回っているのか、こちらに振り返らないので声をかけた。
「お久しぶりです。父上、母上」
「一ヶ月振りだな。……どうした?」
「あらま。随分と神妙な顔をしているわね」
入室を許可しておいてと、やさぐれたくなったが我慢。
何としても両親の協力を得ないと、俺に未来は暗くなる。その決意が顔に出ていたから、母は神妙な顔と言ったのだろう。俺の雰囲気に父が人払いをした。
俺は、室内にいるのが自分と両親の三人だけである事を――壁の中とか、床の下とか、天井裏にいそうな隠密の気配とかまでは流石に探れないので数に入れない――確認してから、昨日記憶を取り戻してから得た情報を両親に話した。
流石に両親も、前世の記憶が戻った辺りで『馬鹿を言うな』と笑い飛ばしたが、俺の婚約者(予定)になる子が虐待を受ける件になって表情を変え、国を滅ぼしにやって来る邪神龍フェルニゲルシュの話しで息を吞み、彼女が死ぬ事で来る王国滅亡の話しになると、難しい顔をして考え込んだ。
母はグラスをテーブルに置き、俺の話しを聞き入っている。
全てを話し終えると、父はグラスに残っていたワインを一気に飲み干した。
「ジグムンドよ。お前が語った情報が全て真実ならば、父に話した理由は判る」
国家滅亡に関する情報の扱いは難しい。国家存続を考えると、滅びの原因になるものは排除しておくべきだろう。
「だがな、罪を犯していないものを排除する事は出来ぬ」
父の言う通り、『将来国を亡ぼす要因になるから』と言う証言だけで排除は難しいだろう。
「そう言われると思いましたよ」
「判るなら――」
「でも、今からでも罪に問えると思いますよ」
「どう言う事だ?」
父の言葉を遮って断言すれば、怪訝そうな顔になる。
「国が亡びる要因になる二人は『魅了の魔眼』を持っています。双方共に、この魔眼を使って両親を含めた周囲の人間に魅了の魔法をかけて好きに使っています。姉である彼女は高い魔力を持っているから効果がないだけです」
「魅了の魔法、か」
「国に混乱と災いを齎す禁忌の魔法ですわね。生まれついて魅了の魔眼として持ってしまった事は罪に問えませんが」
母の言う通り――他国での昔話だが、魅了の魔法を王子に使用して罪なき令嬢とその家族を死に追いやって国に混乱を齎し、他国の王族にまで使用して戦争を引き起こした、下位の貴族令嬢がいた。本人は『王子と結婚出来れば贅沢な暮らしが出来ると思った』と馬鹿な思考の元に行動をした。
当然だが、二つの国に対して多大な混乱を貰たし、戦争までも引き起こしたとして本人は処刑された。
この一件で『未了の魔法は禁忌』と言う認識が広まり、どこの国でも『意図しての使用は死罪か重罪』で、魅了の魔眼を保有している事が発覚したら封印処理が行われる。
我がファルカシュ王国で意図しての使用は――重罪だ。疑いがかかると強制的に取り調べを受ける。魅了の魔法は非常に重大な問題でもある。
父は少し考え、答えを出した。
「意図して使用しているのであれば罪に問えるな。罪に問うたあとに、封印処理すれば問題はない」
「そうですわね。ジグムンドの話しが本当なら、シモン公爵家の次女は魅了の魔眼を持っていて両親と使用人に対して、既に自らの意志で使用している事になります。それに、ジグムンドの話しが本当かどうかも分かります」
「うむ。どんな理由でシモン家の家宅捜査を行うか考えねばならんな」
母は父に同意しつつ、俺の話しの真偽の見極めにする気らしい。
家宅捜査の理由について、唸りながら考え始めた父に、ついでとしてもう一つ情報を与えておこう。魅了の魔眼よりかは脅威は少ないが、犯罪の摘発にもなる。
「父上、家宅捜査の理由に『フェケーテの毒』を利用すると良いです」
俺の提案に父の眉間に皴が寄った。
「フェケーテの毒だと? 先々代が所持しているだけで罪に問われるように法改正した毒だぞ。仮に所持していても、何に使用する気だ」
「それが、シモン家で『毒の耐性を着けさせる為』と称して長女に使用されます」
「何っ!?」
作中で毒の保管場所を調べるシーンとかも有った。驚愕する父に、当主寝室クローゼットの天井裏に作られた隠し金庫が保管場所と教えると、顔に手を当てて天井を仰いだ。母は息を呑んで固まっている。
それもそうだろう。
フェケーテの毒は、かつて父にも盛られた事の有る毒なのだ。王国歴史何度かこの毒を用いた毒事件も起きている。
よく使われる程に有名なだけで、所持するだけで罪に問われるのはおかしいと思うだろうが、原因はこの毒の特性にある。
この毒は魔力を持った人間にのみ効果が表れる。微量では体調不良を起こす程度の効果しかないが、蓄積が一定量を超えると急激に致死性の猛毒と化す。猛毒と化す一線までの量が個人の魔力量(魔力が高い程大量に使用する)によって変わり、猛毒と化すと魔力を暴走させる。
この魔力を暴走させる部分が問題視されて、所持しているだけで罪に問われるようになったのではない。
厄介な事に、この毒の解毒剤が未だに開発されていないのだ。
どこの国でも王族は高い魔力を保有しているものが多く、この毒で魔力を暴走させた日には、どうなるか分からない。更に解毒剤も存在せず、魔法で毒を除去しようにも、猛毒と化すほどに体内に溶け込んでいる為、取り除く事も出来ない。毒を盛られた本人は毒の効果が消えるまで苦しみ続ける。
故に、王族の暗殺に用いられる事が多かった。
他国では所持するだけで『不敬罪として処刑される』毒だが、先々代の王の代までこの毒を所持していても罪には問われなかった。しかし、父の一件で他国と同じ扱いになった。戦争が五百年以上も起きていないからか、平和ボケしているのかと他国から疑われるような状況だ。先々代は孫の身を以って現実を見たと陰で笑われていたかもしれない。
この毒が、神託の神子に用いられている。神託はこの国だけでなく、大陸中に知られている。
他国に知られたら、間違いなく王国が亡びるまでの汚点と化す。下手をすると『神に仇成す異端』扱いされる。
「ジグムンド。フェケーテの毒は今もシモン公爵家で使用されているのか?」
父の問いに、ゲーム内の情報を思い出して答える。
「そこまでは判りませんが、俺との顔合わせをする六日前にこの毒で倒れて、前日の夕方に意識を取り戻します」
「ジグムンドとの顔合わせまで三十日を切っておりますね」
母の言葉で、顔合わせまで一ヶ月を切っていたと知る。運が良い。ここで助ける事が出来れば、顔合わせ早々『婚約解消して下さい』と言われずに済むかも。
「五日寝こみ、前日に意識を取り戻すか。それでは当日に登城は出来んだろう」
彼女の体調を考えて、顔合わせは無理ではないかと考える父。
「それがですね。シモン公爵夫妻は『王妃は体調不良如きで公務が休めない立場だ』と言って、彼女を無理矢理連れて来るのです」
これの回答に両親は揃って眉根を寄せた。実に不愉快そうだ。
母に至っては『体調不良が長引かせない為にきちんと休むのに』と怒っている。火に油を注ぐようだが、言わなくてはならない事がもう一つある。
「実は当日、シモン公爵は次女の方も連れて来るんですよ。『大事な時に体調不良を起こすような娘を王家に嫁がせるのは心配なので、どんな時でも元気な次女は如何ですか』って」
「公爵は一体何を考えているのだ? 長女だけを連れて来いと言ったのに、無断で次女を連れて来るだと? 六日前に倒れたのなら、この時点で連絡を入れるのが当たり前だ。連絡すら入れずに、何と言う身勝手な事を」
「公爵有るまじき行為ですね。王命が軽いとでも言いたいのかしらねぇ? 当日手打ちにしてもいいかしら?」
両親が怒る。母が言っている事が地味に怖い。手打ちってその場で斬り殺すって事だよね!?
そして、両親はひそひそと、あーでもない、こーでもないと、俺を放置して話し合いを始めた。
数分放置されたが気にしない。俺の未来だけでなく、この国の未来がかかっているのだ。この程度の我慢出来る。
満足の行く話し合いが出来たのか、両親が同時に俺を見た。思わず背筋が伸びる程の気迫だ。
「ジグムンド。お前が言っている事がどこまで現実となるかは不明だが、フェケーテの毒と魅了の魔眼に関しては無視出来ぬ。明日朝一で宰相と打ち合わせをして、シモン公爵家に隠密を送り調査する。お前は明日の昼までに所有している情報を全て紙に書き出せ」
「解りました」
父の目を見てしっかりと返事をすれば、両親は満足そうに笑みを浮かべて笑う。
そして、今日はもう遅いから寝ろと追い出された。
取り合えず両親に情報を話し、シモン公爵家の調査が決まった。宰相と打ち合わせ次第だが、一先ず『両親に情報を話す』目標は達成出来た。
侍従に連れられて部屋に戻ると眠気がやって来た。若干舟を漕ぐ。侍従の手を借りて寝巻に着替え、ベッドで眠りに付いた。
パチリと、何となく目を開けると、一面闇の世界でした。
……。
「いやああぁぁあぁぁあっ!? どーなってんのよー!!」
思わず女のように絶叫した。三百六十五度どこを見ても真っ暗。
「寝る前までが夢だったりする!? 今が現実!? どーなっているのよぉぉぉぉっ!?」
両頬に手を当てて『ムンクの叫び』のようなポーズで叫ぶ。恐ろしい事に声が響かない。つまり、室内のような閉鎖空間ではない。
狂人のように暫し叫んでいると、
「落ち着け。異世界の稀人よ」
男か女か分からない中性的な声が、どこからともなく不意に響いた。
ギョッとして周囲を見回すがどこにも声の主はいない。
しかし、この声には聞き覚えが在った。
そう、作中冒頭で神託を授かるシーンで流れる声だ。この声を担当する声優さんが元〇塚の男役出身の人で……いや、これは余計な情報だ。
自分に突っ込みを入れると、頭上が光る。見上げると、薄布で顔を隠した人物がいた。手には見覚えの有る木と宝珠が溶け合って出来ている杖。
誰だろうと、首を傾げてゲームの情報を思い出し……答えに辿り着いた。
「まさか、主神ヤノーシュ?」
作中に出て来る最高神で、神子の父とされている神だ。
「ほう。我が名を知っているか。ならば問題ないな」
「何が!? 何がですか!?」
俺の疑問はスルーされ、主神ヤノーシュは語り出した。
「我が神子の座に、似た容姿の別の女がいる。同じ名を与えられたがな」
「え!?」
「神を殺す『簒奪の権能』を持つあれに反逆されては、我ではどうにもならぬ。流刑にしたあの二人でもな」
サラッと重要な事を言われたよ!
え? 神子って神を余裕で倒せるぐらいに強い子なの? 別の子なのに? いや、元の子も強いんだけど。
俺の混乱を無視して、手にしていた杖を俺に投げて来た。慌てて手を伸ばし、キャッチに失敗して頭を強打した。地味に痛い。夢なのに。
「餞別だ。上手く使え」
痛みに蹲る俺を無視して神は去った。
「……んか。殿下! 殿下!」
イレーンの声に目を開くと、俺は飛び起きた。
「っ!? ……あれ? 夢? 頭を打って痛かったのに?」
キョロキョロと左右を見回すと、ジグムンドの自室でした。さっきの空間が夢で良かった。胸を撫で下ろしていると、イレーンは持って来た濡れタオルでやや豪快に汗を拭い始める。暫しされるがままになる。
「酷く魘されておりましたが、どのような夢をご覧になったのですか?」
「夢?」
「はい。……もしや、またいつもの方々に夢の中でも誹られたのですか?」
いつもの方々――先王弟一派の連中の事だろう。作中での描写はなかったが、この頃からジグムンドを潰す為に、嫌味や悪口を徹底的に言い聞かせていたのだろう。
心配そうなイレーンに違うと否定する。ベッドから降りようと思って右手でシーツを掴むと、硬い何かも掴んだ。たらりと、嫌な汗が流れた。
イレーンが再び心配そうな顔をするので、意を決して『硬い何か』の確認を行い。
「う、嘘だろう!?」
俺は悲鳴のような絶叫を上げた。宗教画にすらこの杖は描かれないので、何の杖か分からないイレーンは首を傾げるばかり。
そう、『硬い何か』は夢の中で主神ヤノーシュが俺に投げわたして来た『あの杖』だった。
『餞別だ。上手く使え』と、あの神が言った言葉を思い出す。
気の休まらない寝起きだった。
一先ず着替えて、杖は取り合えずイレーンに頼んで持って来て貰ったシーツに包んだ。このままだと非常に目立つ。朝食後に両親に渡したいから、あとで持って来てくれと頼む事も忘れない。
向かった食堂で両親に挨拶をし、食後に大事な相談が有ると伝える。昨日の今日でまだ何か相談が有るのかと、両親は首を傾げているが、今朝の突発的な事態は流石に両親に相談すべきだし、何より保管場所に困る。
朝食後、タイミングを見計らってやって来たイレーンから荷物を受け取る。父は不審に思いながらも人払いをする。
人がいなくなった事を確認してから、俺はシーツから杖を取り出した。
杖を見た両親が驚いている。流石に知っていたか。俺は夢の中での出来事を報告し、杖を父に渡した。
「『上手く使え』か。神ヤノーシュは何を考えておられるのだ?」
杖を手に父が茫然と呟く。母はしげしげと杖を見ている。
父の呟きに何も答えられない俺はひっそりとため息を吐いた。
非常に申し訳ないが、この杖の使い道が判らない。姉貴なら知っているかもしれないが、転生した今、会える筈もない。
結局、杖は宝物庫行きとなった。貴重品通り越した『伝説級のアイテム』なのだ。当然と言えよう。
朝食後の午前中、俺は何をしているのかと言うと、父の言いつけ通りに『知っている情報の書き出し』を行っていた。
まず、日本語で紙に『ゲームの流れ』を書き出し、
「ルート多いな」
今更だけど、ルート数が多い。
ヒロインの攻略対象の令息五人+王太子と、王太子過去編は必ず通る。これで七つ。
その後の令息五人+王太子でヒロイン攻略ルートで六つ。
最後に王太子の婚約者で令息五人+王太子を攻略ルートで六つ。
そして、ほぼ共通の流れで進むバッドエンドが存在する。
合計十九個のルートとバッドエンドが存在する。
改めて書き出すと本当に多い。
個々のルートの簡単な流れを書き出し、キーポイントを書き出し、覚えている限りの裏設定を書き出す。
結構な枚数になった。薄いノートだな。
これをこの世界の文字で追加修正を加えながら書き直し、気付けばお昼になっていた。
昼と理解すると空腹がやって来る。
イレーンに昼食の時間を訊ねると、直ぐに昼食が運ばれて来た。
食べ終えて再び机に向かい、情報を書き出す。
ハッピーエンドを目指さないと国が滅びるのだ。
俺の老後の為にも、見たいスチルを見る為にも、ハッピーエンド以外に目指すルートは存在しない。
円滑なハッピーエンドへの道を夢見て、俺は改めて気合を入れてペンを握った。
勢いで書いたが、進みが悪く没候補になった小説です。
初の菊理以外の視点で書きましたが、当の菊理が登場する前にダウン。
これはこれで、短編として挙げても良いかなと思いましたが、上げるのならもう少し推敲が必要と判断しこちらに上げました。
ジグムンドならぬ事故モンドと呼ばれるシーンとかも構想でありました。使用予定シーンが書き上がったらまた投稿するかもしれません。