第三話 私は恋の亡骸
二度目の死を迎えた亡骸に、シニストラ王国のヘイゼル陛下が語ります。
「去年の夏、長患いだった父が亡くなって正式に即位した私は、母の許しを得てデクストラ王国の夏祭りにこっそり参加した」
シニストラ王国とデクストラ王国は友好国です。
デクストラ王国の夏祭りにはシニストラ王国の大公殿下のご家族が、シニストラ王国の秋祭りにはデクストラ王国の王太子殿下と婚約者のガートルード様が訪問なさいます。
本来ならシニストラ王国も王太子であったヘイゼル陛下が訪問するべきだったのでしょうが、幼いころから寝たきりの先王サイモン陛下に代わって政を取り仕切る彼にそんな余裕はなかったのです。夫であるサイモン陛下を看病しながら息子であるヘイゼル王太子殿下を支えていたお母君のクラウディア様も、当時はおひとりで国を回すまでの余裕はなかったそうです。
「いつもは祭りを開催する側で、参加する側に回るのは初めてだった。そして夜、私は第二王子ラインハルト殿下の婚約者で辺境伯令嬢のアンリエットだと名乗る女性と抱き合い、キスをした」
「……さようでございましたか」
「よく考えれば、身分を詐称した罪人なのだろう。君はそのせいでラインハルト殿下との婚約を破棄されてしまったと密偵から聞いている。だが……私は彼女に恋をした。彼女の言うことを信じて、婚約破棄の噂を聞いた直後にデクストラの王家を通じて辺境伯家に結婚を申し込んだのだ」
結婚前の顔合わせで困ったように苦笑なさったのは、私が目当ての人間ではなかったからなのでしょう。
そして違うと気づいていても、今さら止められないところまで結婚話は進んでいたということなのでしょう。
デクストラの王家としては、第二王子が冤罪で婚約を破棄したことで辺境伯家との関係が悪くなっては困ります。国境を接したシニストラ王国とは友好国でも、辺境伯家には国内外の森から襲い来る魔物と戦うという役目があるのですから。それで隣国の王という、自国の第二王子よりも条件の良い相手との結婚話を与えて機嫌を取ろうとしたのでしょう。
「わかりました」
「アンリエット殿?」
「ヘイゼル陛下が私を愛せないというのなら仕方がありません。私も陛下の愛する人が見つかるよう協力させていただきます」
「ありがとう。しかし、無理だろう。私も探したのだが、君と同じ黒髪に紫の瞳を持つ貴族令嬢はほかにいなかった。自分が犯した罪の重さもわからない平民だったのかもしれない」
「彼女が見つかっても罰を与えるつもりはありませんわ。すべてはもう……終わってしまったことですもの」
時間は戻りません。
その女性の罪が明らかになったからといって、元に戻るものはなにもないのです。
私はヘイゼル陛下のお妃になりました。ラインハルト殿下は伯爵令嬢となったプラエドー様と婚約していて、いずれ結婚なさるのです。
「髪を染めて……いえ、瞳の色は変えられませんね」
「ああ。あのときは私も髪を色粉で黒く染めていたが、精霊にでも頼まなければ瞳の色は変えられない」
黄金の髪に緑色の瞳のプラエドー様を疑ってしまった自分を恥じます。
私と似た見た目の愚かな娘の戯言だったのでしょう。
本当は許してはいけないことです。私だって、ヘイゼル陛下がいなければ湖で死んでいました。罰を受けないと知られてこんなことが繰り返されたら、いくつもの悲劇が訪れることでしょう。ですが──
「学園に通っていたころに平民のお友達もできました。私ならヘイゼル陛下よりも詳しく探れると思いますわ」
「留学していたネビルに聞いているよ。君は目立つ生徒ではなかったが、辛いとき苦しいときにそっと手を差し伸べてくれる精霊のような人だったと」
ラインハルト殿下が感情的で気性の激しい方だったので、いつしか人の顔色を読んで密かに手助けするようになったのです。
正面から言葉をかけると反発されてしまうことがありますもの。
あくまで、相手が自力で解決するのを手助けするだけです。それ以上のことができるほど、有能な娘でもありませんでしたしね。
「ヘイゼル陛下。私は陛下の愛する人をお探しします。ですので、ひとつだけお約束してくださいませんでしょうか」
「約束?」
「そうです。いつか陛下の愛する人が見つかったなら……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
初夜だというのに、私達は同じ寝台の真ん中に剣を置き離れて眠りました。
あの焚き火の日を思い出します。
私が別人だとわかっても彼が結婚に踏み込んだのは、デクストラの王家の後押しのせいだけではなかったのかもしれません。私と結婚することで、愛する人の罪を償うつもりだったのでしょう。
泣いたりなんかしません。
だって私は亡骸なのですもの。報われない恋の亡骸。
せめて最後にヘイゼル陛下を愛する人と巡り合わせて、結婚して良かったと思われたいだけの愚かな亡骸なのです。