第十二話 私は精霊にふたつ目の願いをします。
私を指差して、プラエドー様が叫びます。
「ラインハルト様、アイツです! アイツがアタシに罪を着せようとして、こんな真似をしたんです!」
『うん。今髪と瞳の色を変えたのは、あの子が育てた精霊だねー。でも去年アンタの髪と瞳の色を変えたのは、アンタに言われてアタシがやったんじゃない』
「うるさいっ!」
『願いは叶えられなかったけど、これまで力を使ってきてあげた代償はもらうよ。アンタの言うことはいつも厄介過ぎて、その場で代償をもらってたら死んじゃいそうだから制御してたんだよねー』
プラエドー様の顔が青ざめます。
「いっ、嫌よ! 死ぬのは嫌! ちょっと! アンタ精霊を育てたんでしょ? その精霊にアタシを助けるように願いなさいよ!」
必死の形相で私にしがみついてきた彼女を、ガートルード様とジークフリード殿下が引き剥がしてくれます。
ラインハルト殿下は動きません。腰の剣に手を当てて、なにかを待っているかのようです。騎士団に交じって訓練をしていらっしゃるときによく見た顔です。
ヘイゼル陛下は私の隣で呆然とした表情をしてらっしゃいます。せっかく愛する人が見つかったのに、あまり嬉しそうではありません。先ほど私の名前で彼女に呼びかけたときは、喜びで瞳を輝かせていらしたのに。
(……アンリエット、最初の願いが終わったから次の願いをする? でも僕、断るよ。あの子のこと、好きじゃない。あんな子の髪と瞳がアンリエットと同じ色なのは嫌だから、もう元に戻すね)
私の心は凪いでいました。
なにをする気にもなれません。
もしかしてヘイゼル陛下に頼まれたら、プラエドー様を助けるという願いを口にしていたかもしれませんが、その前に精霊から断られてしまいました。
蝶の精霊が、元の髪と瞳に戻ったプラエドー様を見て微笑みます。
『殺したりしないわよ』
「ほ、本当に?」
『たぶんギリギリ命は残るわ』
「いやあああぁぁっ!」
プラエドー様の体から水分が無くなり、乾いて皺だらけになっていきます。
彼女は生きたまま亡骸になっていくようでした。
瞳から光が消えていきます。
『あら、ごめん。アンタのために力を使い過ぎてたわ。殺しちゃうかもねー』
蝶の精霊が楽しげに言ったとき、ラインハルト殿下が剣を抜きました。
彼の剣が閃いて、蝶の精霊が消え去ります。
「……あ、あ、ラ、ラインハルトさ、ま……」
亡骸のようになったプラエドー様が掠れていても嬉しそうな声で名前を呼んで、ラインハルト殿下へと這い寄ります。
殿下は感情が感じられない瞳で彼女を見つめました。
「貴様がしたこと、このまま無かったことにはできない。プラエドー、貴様はちゃんと罰を受けろ。俺を惑わし、アンリエットとの婚約を破棄させた罪で。そして精霊に願いを叶えてもらったものの末路として、その姿を知らしめろ」
そう言うラインハルト殿下の声は、五歳のときから婚約者だった私も初めて聞く冷たい氷のような声でした。
崩れ落ちたプラエドー様を護衛騎士が引き立てていきます。
(……私もあんな風になるのかしら?)
私は頭の中で精霊に問いかけました。
(……ううん。アンリエットはそんなにたくさん僕の力を利用してないもん。だけどもし良かったら、さっきの精霊みたいに実体を作れるくらいの生命力が欲しいかな)
(……ええ、構いませんよ。ふたつ目の願いにしましょう。あなたが実体を作れますように)
すうっと、体から力が抜けていきます。
ガートルード様、こんなところで申し訳ありません。実家の父と兄にも心の中で謝ります。侍女達にも迷惑をかけます。でももう疲れてしまったのです。殺され続ける心を抱いて、体だけ生き長らえていくのは嫌なのです。
もう立っていることもできなくなって、私は崩れ落ちました。
(……精霊さん)
(……なぁに?)
(……私から得た生命力が少しでも余ったら、次の方の願いを叶えるときに使ってあげてください。願いが叶っても亡骸のようになってしまうのでは悲しいでしょう? それと、あなたも幸せになってくださいね)
「アンリエット!」
意識を失う瞬間に、だれかが私の名前を呼びました。




