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ソルジェニーツィン『収容所群島』を読むー第二巻(三・四部)を中心にー  作者: 坂本梧朗


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10/14

第10節

  b 堕落


 第二章「それとも堕落か」は「向上」と反対の「堕落」の問題を取り上げる。「多くの収容所の囚人たちは私に反論して、どんな《向上》にも気づかなかった。そんなことはナンセンスだ、だが堕落となれば、あらゆるところに見られた、と語っている。」ここでソルジェニーツィンは、「誰よりも執拗に、その言葉に重みをもたせて反論する」者としてシャラーモフをあげ、その言葉を引用している。コルイマの収容所で十七年間を過ごし、『コルイマ物語』を書き残したシャラーモフ(ソルジェニーツィンは彼に『群島』の共同執筆を申し入れたが、断られた)は言う、「収容所という条件のなかで人間は絶対に人間たりえない。収容所はそのために創られたものではない」「すべての人間的感情―愛情、友情、羨望、人間愛、慈悲、名誉欲、正直―は筋肉の肉とともにわれわれから落ちてしまった……われわれには誇りも、自尊心もなかった。(略)残ったのは憎しみだけ、この人間の最も根強い感情だけであった」「収容所は隅から隅まで悪い人生学校である。誰もそこで必要なことや有益なことを何一つ学びはしない。囚人はそこでおべっか、嘘、大小さまざまの卑劣な行為を学ぶのだ」と。

 ソルジェニーツィンは「堕落」を「基本的な方向であり、法則的なものである」と認める。そしてその実例をいくつか挙げている。だが、「私はここでこうした堕落についての無数の例を検討するつもりはない。そうしたことは皆が知っており、今までにも書かれてきたし、これからも書かれるだろう」と述べ、「酷寒(マローズ)のときには家の中が寒くなると、ひとつひとつの家について繰り返す必要があるだろうか? いや、酷寒のときでも暖を保っている家がある、と指摘するほうがずっと驚きをもって見られるのである」と書く。

 ソルジェニーツィンはシャラーモフに問う。「私が元ゼックを思い出したり、出会ったりするたびに、それはいつも立派な人格の持ち主なのである。シャラーモフ自身も別のところではこう書いているのだ――私はほかの人のことを密告するわけにはいかない! ほかの人びとを働かせるために私が班長になるわけにはいかないのだ、と。それはいったいなぜなのですか、ヴァルラム・チーホノヴィチ(シャラーモフ)? 」堕落の下り坂を転げ落ちるのを防ぎ止めた「太い枝」や「石」があったのではないかと問うのだ。ここからソルジェニーツィンの筆は堕落しなかった人びとの実例を力をこめて描くことに転じる。

 そして、「収容所で堕落するのは、娑婆ですでに堕落しかけていた人びと、あるいはその要素をもっていた人びとである」という考察が述べられている。「収容所で堕落するのは、収容所に入る以前にどんな道徳をも、どんな精神教育をも身につけず、心が豊かでなかった人びとである(この例は理論だけのものではなく、わが国の名誉ある五十年間にこのような何百万という人びとが育ったのである)。」さらに、「たしかに、収容所の堕落は片っ端から人びとをおかした。しかし、その原因は収容所がひどかったというだけではなかった。われわれソビエトの人間が精神的に無防備のまま《群島》の土地へ足を踏み入れたからでもあった」。ここで注目されるのは、革命後のソ連社会では人びとは「どんな道徳をも、どんな精神教育をも身につけず」、「精神的に無防備」であったと述べられていることだ。ソ連におけるマルクス主義が精神性を完全にスポイルされたものであったことがここでも示されているように思う。こうした「無防備」のうえに無頼漢の世界観も広がることになる。

 「たしかに、収容所は堕落させるために、その方向で創られた。しかし、それは一人びとりの囚人を踏み潰すことに成功したというわけでもないのだ。自然のなかでは酸化が還元なしでありえない(略)のと同様に、収容所でも(いや、人生一般もそうだが)向上なしには堕落もないのである。この二つは隣り合せているのである。」これがこの問題についてのソルジェニーツィンの結論だ。


 

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