表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

No.01







 目を覚ますとそこはいつも通りの天井で,まぁ変わり映えもなく人を小馬鹿にしたような表情のシミが俺の寝ぼけた顔を見つめていた。


 「あと6回は寝直せる」


 頭の上の方にあるであろう置時計に手を伸ばして時刻を確認する。六時半。いつもの登校時間は七時。一回につき五分は寝直せる計算だから,安心した俺は置時計を盛大に殴ってこれ以上叫ぶことがないよう対処した。


 乱雑にばら撒かれた教科書類に目を向けることもなく一瞬にしてミノムシ状態になった俺は,あんぐりと口を開けた鞄のことを忘れて睡眠の世界へと帰還していく。さらば現実世界。今度帰る時はもう少し住みやすい世の中になっていますように。


 そして時刻は運命の七時。うちで飼っているミニチュアピンシャーがまるで地獄の番犬ケルベロスのように吠え始め,何事かと驚いた俺はそのケルベロスを倒すべく剣を構えるように鞄を構えて布団の上に立っていた。


 まず目に映るのはケルベロスではなくうちの飼い犬のブラッキーである。よし,取り敢えず今日も世界は平和だ。


 次に視界に入ったのは剣だと思って構えた鞄。ムンクの叫びのように口を開けているこいつははて,何か中に入っていないといけなかった気がするのは気のせいか。


 のっそりと布団の上から降り立ち,冬眠から目覚めたクマの如く鈍い動きで洗面所へ。鏡の表面では自分が女体化しているなどということもなく,鏡の中の世界も平和に俺の顔を映し出していた。まぁアニメや漫画みたくそんなことはないとは知ってはいたが,それでも何故か沸々と湧き上がる当てのない怒りを前につい鏡を叩き割ろうとする。


 丁度母親がそこにやって来たので急いで歯磨きをし始めた俺だったが,まだ九割は寝ているであろう俺専用のスーパーコンピューター,つまるところ脳で何やら警報アラートが鳴り響いているのに気が付いた。


 空っぽな頭の中で虚しく響く警報アラート。どこか身体の中でガス漏れでも発生したのか,はたまたパイプが詰まっちまったのか。


 そんなことを考えつつも,現段階では特に不自由していない身体を動かし再び自室へ。部屋は原生林のようにムッとしていて,足元は教科書やプリント類で埋もれてしまっていた。そんな地面を踏みしめて移動する自分はさながら冒険家のようである。


 そこで俺は地球崩壊よりもより現実的でより信憑性の高い大問題に気が付いた。




「今日新学期じゃねぇか」




 新学期とはいかなるものか。忌々しいその響きを持ってしてそいつは俺の心の余裕を奪い,海は干上がり大地は割れ,担任は離婚宣告を受けた夫のように焦り,稀に転校生がやってくる。この稀というのは本当に稀なもので,この世に生を受けて早十六年だがたったの二回しかない。しかもその内の片方は結局元いた学校へとんぼ返りという呆れた結末を迎えたのだった。


 いやそんな友人でもなかった奴の説明はどうだっていい。何より先に今は学校へ行く用意をせねばならないのだ。


 俺はとんでもない速さで両腕をてきぱきと動かし,ヒュンッという風の音が聞こえるほど早く支度を済ませた(俺主観)。生まれた時代が核戦争の後だったら俺は北斗神拳の後継者となっていただろう。


 孫悟空も驚愕の表情を浮かべるであろう速度で一階へと駆け下り,それを見ていた母親はまんまその表情を浮かべ,姉は猿でも見るかのような表情でこちらを見つめ,その二種類の視線を掻い潜るようにして俺は玄関からジェット機の如く飛び出した。


 そしてその速度は衰えることなくいつもの体育の時間でもこれぐらい出せばいいのにと皆に呆れられるような加速度を周囲の人間に見せつけながら登校する。自転車を追い抜き,軽トラさえも優に越える……ことは出来なかったが,この時タイムを計っていれば確実にクラス一位にはなれていただろう。きっと陸上部にも推薦されるに違いない。


 そしてそのまま地下鉄の入り口へブラックホールにでも吸い込まれるかのように飛び込んでいき,ほぼ転がり落ちるのと同じくらいの勢いで階段を降り,丁度そこへやって来た地下鉄へ入り込む。満員電車ではないもののそれなりに人はいて,危うく暴走した車のように人混みの中に突っ込んで死人を出すところだった。


 何事もなかったかのように平然そうな顔をして汗をハンカチで拭きつつ,空いている席を偶然にも見つけてIT関連で一山当てた社長のようにどっかりと腰を下ろした。勿論,両側にいる方々には気を使って。


 ここでようやくジェット機なり暴走車なりのハイスピードだった俺の心臓も一定の長いリズムを刻むようになり,寝坊をしたにも関わらずゆっくりと瞼のシャッターが降りていった。


 すると直に見覚えのない美少女がうにゃぴ……本日三度目の夢の世界への帰還を果たしたのだった。





 ―――23分後―――





 丁度電車が行ってしまう直前に電流でも流されたのか飛び起きる俺。くそ,ついさっきまで見ていた美少女はどこに行った。そして俺の聖剣エクスカリバーは。


 勿論そんな夢の話は意識の彼方へ吹っ飛んでいき,そのままダッシュで出ていって,地下鉄へ入った時とほぼ逆の動きをして地上へ出る。


 照り付けるようなじわじわと人間の生気を削る太陽の下を歩いてどうにか学校へ。学校と地下鉄がほぼ真隣ということもあってさほど歩くわけでもないが,それでも確実に俺の体力はドレインでもされているかのようにゴリゴリと削れていった。


 砂漠の中のオアシス目掛け這いずるゾンビのように校舎内へ入り,靴箱で靴を履き変えながら,時計で残り五分であることを確認していささかほっとした。新学期から遅刻ともなればクラスの中での俺の印象は最悪となってしまうだろう。まぁ日頃の成績からしてとっくに問題児であるのは手遅れだが。


 暑すぎるどんよりとした空気をまるで掻き分けるように歩き,逆に冷え切った廊下の壁に持たれるように教室へ。


 這う這うの体で辿り着き,クーラーが南極レベルに効いている教室を想像しながらガララと鉄の取手を引いて扉を開ける。そして「おはよう…」と定例句を級友達に叫ぼうとした,まさにその時。





 「どっりゃああああああ!!!」





 文字に表すところの「猪突猛進」「暴虎馮河」「 直情径行」はきっとこの女の為にあったに違いない。


 後頭部を鷹か鳶が突っ込んできたかのような衝撃が襲い,重力がぐるっと反転したかと思えば俺は痛みも感じずに床に倒れ込んでいた。


 痛みよりも先に遺憾を感じ,ホワァイ何故?と反芻しながら考える。


 


「あ,ドアだと思って蹴り倒しちゃった。アッハッハッハ」




 実に能天気でサイコパスで人のことを微塵も考えたことがないであろう人間の笑い声が木霊する。こんな奴うちのクラスにいたっけか。馬鹿な奴は多いけどこんな問題児は記憶の中にはいなかったはずだ。


 考え込んでいると次第に俺の意識は突如として朦朧とし始め,ようやく回ってきた痛みを後頭部にずきずきと感じながら暗転。喜ばしい事に,予定していなかった本日四度目の夢の世界へと……もういいって睡眠展開は!!


 流石にこのまま昏倒して寝たきりになりましたとなれば笑い話じゃ済まされない。ふわりと雲のように浮かんでいた自分の意識をどうにか脳が鷲掴みにし,無理矢理電池をはめ込むようにして俺は復活した。バッタの如き反射神経で飛び起きつつ退いてから犯人に目を向けた。


 振り返るとそこには,セミロングで綺麗な髪に爛々と光る瞳,整った顔立ちに神様が意味なくこいつに贔屓したのか終いには決まりに決まった紺色の髪留めで前髪を留めていた。一見美少女だが忘れてはならない。コイツはさっき俺の後頭部を確かに蹴っ飛ばし,あわよくば昏倒させようとしてきた相手だ。




 「誰だお前は!?」




 俺が特撮で言う悪役怪人枠が言いそうなセリフで尋ねる。相手の女はポーズも付けずに,その代わりまるでこの国の女王であると言いたげな堂々とした態度で俺に言い放ったのだった。





「迷井トドメっ!今日からこのクラスでお世話になる迷井トドメです!!宜しくお願いしまーすっ!!」





 いや,お前は選挙に出る議員か何かなのか。


 ズキズキ痛む後頭部を抑えながら,この時こそこんな風に俺は冷静にツッコんでいたが,後から思えばこれが全ての始まりであり。







 迷井トドメと俺達と世界を巡る,壮大な物語の出発地点だったのかもしれない。

読んでいただきありがとうございます。

評価・コメント・ブクマ・レビュー等々お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ