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第98話「連堂VSパッチ②『刀と鎌』」

パッチの大鎌に肩を斬られた連堂の傷口からは噴水のように血が噴き出し、その後方ではパッチは鎌を観察して付着した血液をじっと見つめて傷を与えたことを確認した。

「…」

 当然しゃべることはない。しかし、振り向いてから肩を揺らして連堂を観察する。


 連堂は、自分が受けた傷を改めて自覚するように自分の傷口から流れている血液を指の腹ですくって舌を出し、舐めた。

「久しぶりに骨のあるやつと刃を交えたな」

 連堂はスーツの内ポケットからタバコとライターを取り出して火を点けた。まるで、今ダメージを受けたなんて感じさせないほど悠然としている。赤いタバコの先端からはゆらりとした赤い煙が天に向かって伸びており、連堂は一つ煙を吐いた。

 それから、攻撃を受けて破れているシャツとジャケットに視線を向けると自分の胸元を鷲掴みしてシャツもスーツも片手で引きちぎった。上半身が顕になった筋骨隆々の肉体には歴戦の傷が数十いや、数百は刻まれている。

「お前のそれは本気か?」

「…」と少し首を傾げる。


 連堂の目つきがさらに鋭くなる、刀を握り直し構え直す。切っ先相手に向けて、肩の力を抜いた。無駄のない構え。素人が見てもそう感じる構えだった。

 一方、パッチはだらりと腕を下げ、大鎌を地面に引きずっている。

 これがお互いの無駄のない構え。

 一瞬にも満たない静かな時間の流れた後、再び刃が交わる。

 交わったことによる衝撃波は辺りに広がり、パッチが崩した山の瓦礫を粉砕していく。

 連堂はパッチが振り上げて雨のように降り注ぐ瓦礫を華麗に交わしながらパッチと距離を詰め、確実に一撃一撃を当てていく。一方、パッチは細い腕と体では考えられないほどの大鎌を軽々とあちこちに振り回し、確率は低いものの強烈な一撃を連堂に与える。さらには、パッチが崩した山の隣にあった小さな山もパッチの大鎌で平にされたところもあれば、地面に大きなクレーターのように大穴を空けたところもあった。


 繊細かつ正確な攻撃、大胆で豪快な攻撃。両者対照的な剣技がぶつかり合う。

 2人の撃ち合いはまた長く続いた。その間、2人の間で会話はなくただただ周りの山や木々、たまにある民家を破壊する音が聞こえるだけだった。山は平になり、あちこちに大きな穴が空き、元あった国の形は姿を変えた。この国が田舎で人口も少なくすでに避難済みであることが何よりの救いであった。


 互いに体力も消耗し、ようやく破壊されるだけの音が落ち着いて肉眼で2人の対峙する姿を捉えることができた。

「お前のそのパワーそして大胆な剣技。敵ながら賞賛する」

「…」

「ただ、お前は俺を倒すことはできない」

「…」とパッチは首を傾げて不思議そうにしている。

「教えてやるよ」

 連堂は火が消えていたタバコに再度ライターで火をつけて煙を吐いた。そして、足元に落ちている自分が放り投げた鞘を足で蹴り上げて再び腰に装着する。

 刀を再び鞘に納め、そして腰をやや落とす。右手で刀のつかに軽く手をかけて、左手の親指で鍔を軽く押し出す。居合の構えだった。


 パッチの視界から連堂の姿が消える。

 パッチの大鎌は地面に落ちる。遅れて腕も地面に落下した。

 連堂は地面の片膝をついてゆっくりと刀を鞘に収める。連堂の後方ではパッチの方から血が噴き出す。振り返りそれを見てから言った。

「お前の剣をこの肩で受けた時、俺は確信した。『軽い』とな」

「…」

「お前の剣には思いが宿っていない。ただ力任せに振っている剣の威力の限界は高が知れている。それは、ヴェードが下だろうが上だろうが関係ない」

 パッチは首を激しく左右に振った。その動作から否定を意味している様子だった。

「お前たちは人間の命を奪い続けてきた。奪われる危険を感じないものが一方的に命を奪い続ければ命の価値は薄れていく」

 連堂は手のひらに視線を落としてつぶやいた。

「俺の命はあの時、大垣さんに全て預けた」




「京介。本当に行くの?」

「ああ、心配いらない。これからは1人でも生きていける」

 母は手元に視線を落として必要以上に指先をいじったり視線を合わせなかったりとやけに落ち着かない。それからようやく口を開いた。

「これだけは守ってくれる?」

 俺は問い返すと母は真っ直ぐ俺の目を見て言った。

「私たちは人間のおかげで生きることができるの。だから、人間を酷い目に合わせたり殺したりしないって約束できる?」

「またそれか。大丈夫だ、必ず守る」

 ヴァンパイアが人間に食料を提供してくれていることに直接感謝しているなんて伝えることはできない。せめても、感謝の気持ちだけは大事にしてほしい。うちの母は俺が小さい頃からそう言っている。

「お母さんとの約束ね」と母は小指を自分の胸の前に差し出した。

「そんなことする歳じゃないだろ」

「いいじゃない最後ぐらい」と母はさらに手を俺の方へ近づける。

「わかったよ」 


 俺は生まれ育った家を、そして国を出て旅に出た。若気の至りというやつだが国内の武闘会で優勝してからこの広い世界でもっと強いやつと戦ってみたかったし、世界を見て回りたかった。

 自分の国を出てから要人の用心棒や大会にで賞金を手に入れて日銭を稼いで生きていた。国内で行われる大会やその国で強いやつを見つけては喧嘩を挑んでいた。大会に出て俺を見かけたやつが逆に喧嘩を仕掛けてくることもあった。時にはボコボコにしたし、ボコボコにされた。戦いを通じて仲間ができ、戦いを通じて語り合った。これはこれでいい思い出でもあり楽しかった時期でもあった。

 放浪しながら戦う。そんな生活を数十年続けていた。


 だが、人生には大きな山もあれば大きな谷もある。

「なあ、地上に出て狩に行かないか?」

「俺は遠慮する」

「連堂って、人殺したがらないよな。ここは俺みたいな優男がいるからいいけど、行く国間違えたらお前殺されるぞ」

「わかってる」

 俺が仲間と飲み屋で朝まで飲んでいた時、手紙を加えた一羽の鳥がテーブルの上にその手紙を置いて飛び立っていった。

「なにそれ? 連堂宛て?」

 俺宛てにくる手紙は珍しく、差出人を見て嫌な予感がした。それは俺がいた国の医師からだった。

「悪い。急ぎの用事ができた、これで足りるだろ?」

「おお、よくわかんないけど気をつけろよ」


 今まで進んできた道のりを引き返して国に戻り手紙を差し出した医師が勤めている病院へ向かった。

 病室に向かうとそこに母親の変わり果てた姿があった。旅に出る前の俺の記憶にあった母親とは全く違う。顔色は褐色の健康的な色から真っ白になり、手足はやせ細りベットに横たわって生きているのがやっとという状態だった。

「ヴァンパイアでも治癒することが難しい病気です。今夜が山場かと」と医師は言う。

 俺は唯一の肉親である母のその冷たく骨張った手を握った。すると、母はこちらを向いて指を少し動かした。そして、小さな声で言った。

「おかえりなさい」

「ただいま」

「約束は守ってくれた?」

「ああ」

「そっか。お母さん、京介いい子だから悪い人と連んでも絶対守ってくれると思ってたの」

「約束は必ず守る。あの時に誓った」

 俺がそう返事をしてから母の反応がなかった。

「母さん? 母さん!」

 母は俺にそれだけ言い残して眠るように天国へと旅立った。


 母がいなければこの国に居続ける必要もない帰る場所もない俺は再び旅を続けた。

 これから何をどうしていけばいいのか? 自分の中にポッカリと空いた大きな穴をどうやったら埋められるのかただひたすら考えた。

 考えて行動して、考えて行動して、繰り返していくうちにある組織が俺の強さを認めて仲間にならないかと持ちかけてきた。

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