第93話「楓VSケニー⑥『狂人同士』」
◇
「ねえ見てみて、瞳の色変えてみたの。あとね、綺麗な肌のヴァンパイアがいたから皮膚移してみたの、似合う?」
「ケニー、また自傷行為をして。頼むから、脳や心臓を取り出そうなんて真似はやめてくれよ」
「自傷行為じゃないって、これはオシャレなの」
「いいや、ケニーならやりかねない。命は大切にした方がいい」
「へーい。てかさあ、ジャックいつも本ばっかり読んでそっちの方が退屈じゃない? もっと刺激的なことしたいと思わないの?」
「知識は人生を豊かにしてくれるんだ。それが私にとっての刺激でもある。知っていれば知っているほど人生の選択肢は広がるし、私が勤める研究所では生活をより良くするために私たち研究員は常に自己研鑽が欠かせないのだ」
「ジコケンサン?」
「自分をアップデートするってことだ」
ジャックは本を閉じて立ち上がって空を見て希望に満ちたように両手を広げた。
「私はまだ知らなことが多くある。この世界は謎に満ちていて美しいが、地上にはもっと多くの謎があるはずだ」
「そうだ! 地上に行ってみようよ。ジャックは行ったことある?」
「いや、母が危険だから出るなというので一度も出たことはない。か弱い人間だがヴァンパイアよりも戦闘力のある組織があると言っていたので出ないようにしている。私はケニーのように戦闘力に長けているわけではないからな」
「大丈夫大丈夫、僕は今まで数えきれないぐらいの人間を狩ってきたけど一度も負けたことないから何かあったら僕が守ってあげるよ。地上ってねすごいんだよ、そこら中に人間がいるから食べ物に困らないし、上質なインクがあってね色のノリがすごくいいんだよ」
「私は地下で流通している血液で事足りているから、直接人間を襲わないし、タトゥーを入れるつもりはないのだが…」
「もう、細かいことは気にしないの。とにかく、行こ行こ」
そして、僕はジャックを引き連れて地上に出た。
「驚いた。資料でしか見なかったが、人間の文明はここまで発達しているのか」
「どう? すごいでしょ」
僕らはそこらへんにいる人間を捕まえて少し早い夕食をとって、それから僕がいつもタトゥーのインクを盗んでいる店や僕の人間の食べかすや臓器を展示しているコレクション広場とか紹介したんだけど結局ジャックが一番興味を持ったのは博物館だった。
「人間の文明というのは独特な形で急速に進歩しているんだな。地下ではこんなもの絶対に作れないし、使うことはできないだろう。それがこの地上では動いているのか」
「ねぇ、ジャックは今まで地上に出ようと思わなかったの? 地上からなんか盗んでくれば研究とかで地下でも使えるんじゃない?」
「地上の環境は特殊だ。盗んで使えるかどうか検証しているうちに人間にバレるだろうし、地下でそれを再現することは難しい。それに私は地下世界の文明発展に貢献できればそれで満足だし、我々研究員は戦闘力が低い。せっかく護衛をつけ、リスクを犯してまで技術を盗んでも、人間や地上の環境でしか使えないことが多いからな」
「ふーん、僕が協力すればいくらでも盗んで…」
「誰かいるのか!」
警備の人間は殺すとバレちゃうから気絶させておいて、誰もいないはずの博物館だったのにたまたま見回りに来ていたゼロのやつに見つかった。僕はジャックに静かにするようにジェスチャーで促して、地下通路から逃げるように足音を殺して博物館を出ようとした。
「ケニー…」
「ダイジョブ、ダイジョブ。何人かかってこようと僕が全部食べちゃうから。だから、ジャックは先に逃げて」
その時、急に周りが明るくなって真っ暗だった博物館の照明が点灯した。
急激な明るさの変化にちょっと目が眩んだけど段々視界がはっきりしてくると、駆けつけてきたゼロの人間がいっぱいいた。博物館を埋め尽くすぐらい大勢の人間が僕らを取り囲んでいる。
「通報を受けてきてみればこんなところにネズミが二匹入り込んでいたか。お掃除してやらんとな」
その男はこの集団を率いているボスなんだろうな。余裕で勝てる。でも、なんか僕は嫌な予感がした。後ろの方の隊が何かボソボソ話してる。隠し事は好きじゃないな。でも、それよりやることがある。
僕はジャックが地下に入りやすいようにゼロの雑魚たちを殺しながら道を開いていった。そして、ジャックを無事に地下に逃すことができた。これで一安心。
「すまないケニー」
「すぐ行くよ、地下まで行けば安全だから」
「お前ら、全員でかかれ! 再生できない程ぐちゃぐちゃにしてやる」
何百人もいる隊員たちが一斉に低い声で返事をした。
「いいよ、どっからでもかかってきて。全員皆殺し☆」
僕は博物館にいたゼロの人間を(いきがってたボス含めて)全員殺してジャックに会うべく地下通路へ向かった。流石に300人も相手していると僕も怪我しちゃって、アキレス腱が切れてて走れなかったから、壁を手をつきながら地下通路を進んでいく。
そうすると、地下世界に繋がるゲートの目の前に座り込んで、1人の男性が僕のことを待っているのを見た。
「ジャックただいま」
疲れて寝ちゃったジャックを起こしてあげようと肩をゆすると壁を滑りながらジャックは横になった。壁には赤い液体がべっとりとついていた。ちょっとびっくりした。
僕はジャックに刺さっているゼロが使っている刀や矢みたいなのを一本一本抜いて、飛んでいった腕や足を元の位置に戻してあげて、ジャックの本来の姿に戻した。そして、仰向けにしてそのそばに僕は腰を降ろした。そして、ちょっとの時間、ジャックを見つめた。
「おはようジャック。僕帰ってきたよ、いつまで寝てるの? こんなとこで寝ちゃダメだよ」
ジャックは僕の問いかけに答えてくれない。
「あのボスみたいなでっかい人間八つ裂きにしたよ。体がでかい割にはサクサク刃物が入ってってさ、あの体はハリボテなのかな?」
ジャックは僕の問いかけに答えてくれない。
「あ、そうだ。ジャックにプレゼントがあるんだよ。はい、これ。ジャック欲しがってたでしょ?」
僕はジャックのそばにあのでっかい人間の首とジャックが博物館でみてたすごくて小さい機械を置いた。
ジャックは僕の問いかけに答えてくれない。
ずっと、僕のことをシカトするジャックに怒ったけどまたジャックから何も返ってこなかった。
ちょっと、冷静にならなきゃ。ジャックは考え事をする時、必ず精神を落ち着けて冷静にならないといけないって言ってたから僕もそうしよう。
僕は脳が飛び出る寸前まで地面に頭を打ち付けて、やっと冷静になった。
そして、初めて気がついた。
死んじゃったんだって。
「…ごめん。ごめんね、僕が無理やり連れていったばっかりにこんなことになって」
目の前で誰かが死んで僕が悲しいと思うなんて初めて知った。涙腺は除去したはずなのに生まれて初めて涙を流した。
「僕も向こうに逝こうかな」
そう思って、割れた頭蓋に手を突っ込んで脳を掴み、取り出して潰そうとした。
けど、良いこと思いついた。
いつまでもずっと一緒にいたい。いると思ってたのに。いや、違う一緒にいるんだジャックは死んでない。僕の中で僕が生きている限りずっと一緒に生きていくんだ。
僕はまずジャックの頬に軽く唇を付けた。その後、うつ伏せにして背中の傷口に手を差し込んで片手いっぱいに肉をかき集めた。それを口の中に運んで頬張る。人間の血液とは違う味がする。なんというか苦い。食べ物じゃないものを食べていてこれは決して食べ物じゃない。何を言ってるんだろう? 何回か吐き出しちゃった。
「たしか、味覚って舌で感じてるんじゃないっけ?」
舌を引き抜いて再チャレンジ。再生が終わるまでのタイムアタック。
最終的には噛まずにほとんど飲み込んだ。
でも、こうすることでジャックは僕の中で生き続けるんだ。
僕はジャックの臓物から骨までその場に血の跡以外に何も残すことなく全て僕の中に取り込んだ。
僕が向こうに行くんじゃなくてジャックがこっちに戻ってくるんだ。
満腹になって眠っていると誰かが僕の肩を叩いて起こした。よく考えればここはまだ地下通路。人間がうろついていてもおかしくない。
ただ、僕を起こしたのはヴァンパイアだった。そんなヴァンパイアは青い目をして少年のような少女のような中性的な顔立ちをしている。綺麗だった。
そのヴァンパイアは名前をルイって言ってた。
ルイはジャックと同じ研究所で働いていてジャックの同僚に当たるらしい。そういえば、ジャックから若くて優秀な研究者がいるって話を聞いた気がする。彼が将来地下世界を牽引する存在になるだろうって。僕とは無縁すぎて「へー」としか言わなかったけど。
「ケニー、ジャックから話は聞いてるよ」
ルイは僕に手を差し伸べて、僕はよくわからないままその手を掴んで立ち上がった。
「ジャックは職場でずっとケニーの話をしてるんだ。君らは本当に仲がいいんだね」
「うん、小さい頃から親友だから」
「でも、ジャックはもういないね」
「いるよ、僕の中でジャックは生き続けてるから」
「ジャックの姿はどこにあるの?」
「姿がなくても、僕の中にいる!」
「姿が見えなのに生きている存在は証明できないんじゃないかな?」
僕は話のわからないそいつに苛立って、首を掻っ切ってやろうとした。ついでに、皮膚も削ぎ落とせたら僕に移したいし、瞳も綺麗だから欲しかった。でも、僕の攻撃は当たらなかった。
「もし、ジャックを君の中で生き帰らすことができたら。生きている存在を証明するできたら、君は僕を信じてくれる?」
気がつけばルイは僕の耳元でそう囁いていた。僕の方が先に動いたし、刀を振ったタイミングもバッチリだった。でも、相手に傷もつけられなかった。
背筋が凍るような恐怖。初めての体験だった。ただ、その言葉に少しだけ希望を見出している僕もいた。
ルイは今仲間の研究者と秘密裏に負の力を利用せずヴァンパイアの最大の能力を発揮し、そのヴァンパイアが望む強さを手に入れられる薬を開発してその実験に参加しないかって言われて、僕は面白そうだから参加することにした。
僕の中にいるから姿は無くなっちゃったけど、ジャックの顔をまた見たいから僕は、ルイが差し出した注射器を奪い取るようにとって脳に注射した。
初めはかなりやばかった。何度もゲロを吐きそうになったし、身体中穴だらけになった。普段感じる気持ちの良い痛みとは違って何か体の内側から何か飛び出してきそうなそんな気持ち悪さがあって初めての体験だった。
「え? ジャックだ! やっぱり生きてたんじゃん」
「ケニー、これは一体?」
そして、ジャックは頭がいいからすぐに状況を把握した。
「ルイ、鬼化の薬が完成していたのか」
ルイは僕らの再会を喜んで穏やかに笑っていた。
「よかったね。ジャック、ケニーが君を生き返らせたんだ」
「ありがとう、ケニー」
ジャックは僕の中で生き続ける。これからもずっと。
ありがとう。ルイ様。
◇
「だから僕はジャックと一緒に戦う。敵は絶対に…」
(打つ…はずだったのに)
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
聞こえるのは笑い声と刀が肉や骨を裂く音。見えるのは横たわるヴァンパイアに嬉々として刀をめった刺しにしている化け物の姿だけだった。
(なんで、なんでコイツはこんなに強いんだよ。ねぇジャックお願いだよ助けて!)
残されたのは頭、首、胸の部分だけという、ヴァンパイアがかろうじて生命活動できるだけの部位を残し、それ以外は全て削ぎ落とされたケニー。
その化け物はケニーの胸を踏みつけて、刀をケニーの口の中に刀を差し込む。喉の奥に当たったのかケニーは「おえっ」と声を漏らした。
「なんで、僕とお前に力の差があるか分かるか?」
喋れないケニーは何も答えることが出来ない。かろうじて首を振って意思表示をする事はできた。
「答えは簡単、経験だよ」
「経験?」
楓は口を刺されても普通にしゃべるケニーに少し驚いたが、そんなことよりも数回頷き話を続ける方を優先した。一度、顔を上げてから首を振り下ろして白い髪の毛をふわりと揺らし、ケニーを再び見下ろした。刀を押し込む手にも少し力を入れる。
そして、軽く息を吸ってから捲し立てるように一気に言い放った。
「お前は首をはねられた事があるか? 額に槍を刺されたことがあるか? 心臓に刀で貫かれたことがあるか? 心臓を目の前で握りつぶされた事があるか? 頭をかち割られ脳を潰された事があるか? 死にぞこないのヴァンパイア共に体が残らなくなるまで共食いされたことがあるか?…」
長々と言い終わると、数秒間の沈黙の後、息を吸って再び口を開いた。
「お前らみたいな有限の命を生きるものにとって最も恐ろしい恐怖は死だ。生きている中で最後に味わう痛みは死であり、死以上の痛みを経験することは出来ない。でも、僕はそれに相応する痛みを何度も何度も経験してきた」
化け物は笑いながら自分の手のひらに目を落とした。
「死にたいって何度思ったと思う? 感覚もおかしくなってくるんだよ、腕が一本二本無くなるぐらいなんてもう痛みじゃない、下半身が無くなったって痛みなんかないんだよ。死を何度も経験することが僕にとって痛みに変わるんだ」
化け物は口に指した刀を抜いて、無抵抗に横たわるケニーの顔の近くにしゃがんで耳元で囁いた。
「僕はいつでもお前を殺すことができる。死への恐怖を感じるか? 死にたくないか?」
「うん」とケニーは軽く頷いた。
「お前もジャックの元へ送ってやるよ」
「安心しろケニー。俺とお前はいつでも一緒だ、たとえあの世でもな」
ケニーの顔が急に真顔になってジャックはそう言った。
真顔のままケニーは涙ながらに最後に一言だけ言い残した。
「ジャッk…」
「次は、ルイ。お前を倒しに行…」
楓は、脳天からへそにかけて縦に真っ二つに割られた死体を後にして、3歩ほど進んだ時だった、充電が切れたように力なく地面に膝を着いて、白目を剥いて倒れ込んだ。紫色に光っていた刀はただの金属の塊としてコンクリートの地面の上に横たえる。
そして、すぐに楓がうつ伏せに倒れている前方で地下通路のコンクリートの壁が急に大穴を開けて砂埃を巻き上げた。壊された壁の向こう側の壁には引っかき傷のような跡が残っている。
「ケニーの加勢に来たがこれはこれで丁度いいな」
そういったヴァンパイアは、鉢巻のような白い布で目を隠して頭の後ろで結んでいる。人間であれば20代後半ほどの顔立ちをしている。そして、右手には鉄扇を持ち、自身に向かって軽く仰いでいる。
その男は足元の瓦礫に対して、持っている鉄扇を下から上に振り上げて、岩のような大きさの瓦礫を粉々に砕いた。その鉄扇は青緑のヴェードを持ちその武器で壁を破壊したことが分かる。
そして、もう一人鉄扇を持つ男の奥から人影が現れた。
「juste à droite!(ちょうどいい!)」
そういった男は、焦げ茶色の革靴で目の前に倒れている混血の頭を踏みつけて、少し乱れたオールバックの髪型を白いタキシードの内ポケットから櫛を取り出して整えている。そして、両手の人差し指で口ひげをなぞり整える。
「A氏、さっさと回収しよう。私の体が彼を欲している」
Aは仰いでいた鉄扇を片手で勢いを付けて一気にしまい、その先端をキースの顎に突きつけた。
「命令するな死にぞこないが。ALPHAの幹部にも入っていないにもかかわらず特別に鬼化の力を得たんだ身分をわきまえろ」
キースはおどけたように両手を広げて首を傾げた。
「おいおい、穏やかじゃないな。わかったよ、仲良くしようじゃないか。で…」
キースは楓の奥に転がっている真っ二つの死体に視線を送った。そして、それに指を指す。
「あれはどうするのかね? A氏」
「死んだものなど知らん…でもまあ、このままALPHAの幹部クラスがこんな醜い死体で転がっているとなると示しがつかないな。とりあえず…」
Aは楓を通り越してケニーの死体に近づき近くに落ちているジャックの頭を足でケニーの元へ寄せた。
「処分しておかないとな」
手に持っている鉄扇を下から上へ振り上げた。すると、青緑色の3本の光がケニーとジャックを通過して、原型を留めないほどの肉片になり赤い水たまりだけになった。
「人間に殺されたジャックの元へ帰れてよかったなケニーよ。見た目もそうだけど、腹話術で一人二役するのは流石に俺も見てらんなかったな。惨めで」
「ケニー氏は非常に友達思いだった。素晴らしい友情には私も涙を禁じえないよ」
「そんなことより余計なことに時間を使ったな、さっさと回収するぞ。混血は暴走したら反動で動けなうなるんだろ?」
「ああ、そうだね。あの時の彼と戦った私がいうんだ間違いない」
「わかった。ルイ様がお待ちだ。おい、岩巻」
2人が開けた大穴から、身長2m以上はありそうな大男が出てきた。四角い顔に逆三角形の肉体。
「はい」と岩巻は短くそれだけ言うAは「連れてけ」と顎で岩巻に命令した。
岩巻は楓の体を片手で軽々と持ち上げて肩に担ぐ。
そして、キースは何か感じ取ったのか前方、向かい側の壁を見ている。
「どうした?」
「うーむ、そう簡単には返してくれないそうだねぇ。見たまえA氏」
二人が向けた視線の先では、キースとAが壊した壁の向かい側。地震のように揺れを感じる。天井からはパラパラと小石が降ってきた。壁の向こうからドンドンと大きな音が響いてやがて壁が打ち破られる。
穴から出てきた一人の男性が辺りを見回した。
「チッ、遅かったか」
隣りにいる女性が倒れている少女を見てつぶやいた。
「そうね。遅かったかもね」




