第92話「楓VSケニー⑤『仕返し』」
楓は脱力して振り子のよう肩を左右に振って腰を屈めた。その瞬間、ケニーの目の前に現れる。ケニーは咄嗟に自分の刀で攻撃を止める。楓は片手一本で刀を押しているのに対して、ケニーは両手では先の方を持ってなんとかこらえていた。
しかし、楓が少し力を込めるとケニーの力は押されて胸元まで楓の刃が迫ってくる。こらえきれず、ケニーの顎先に刃が触れて皮膚は簡単に破けて血が流れる。
顎に刀が食い込んでもう少しで真っ二つにできそうだったが、ここはALPHAのNo.4、うまく身を翻して一旦距離を取った。
楓は紫色に光る刀の先端に付着した血液を舌でひとすくいしてから、残りは振り払った。
「か…えせ。ユキをかえ…せ」
「あのねぇ、死んだ人間は戻ってこないの。もう諦めな、君の好きなユキちゃん死んじゃったの。わかる? この世にいなくなっちゃったの」
物分かりの悪い少年に言い聞かせるみたいにため息を吐きながらケニーはそう言った。
そんな言葉は聞こえていなかったかのように、楓の容赦のない連撃が始まった。今度のケニーはわざと食らうようなことはなく真面目に交わしていた。軟体動物のようにグネグネと体を曲げて、急に早くなった楓の剣さばきにちょっと驚いていた。その証拠にひたいに汗をにじませて、呼吸も少し粗い。
「ケニーが汗をかくなんて珍しいな」
「おかしいな汗腺除去したはずなのに」
「そんなことよりそろそろ、反撃をしないとまずいぞ。私が思うに彼のあの様子、今まで相当な修羅場をくぐり抜けてきた証拠だ。負の感情がここまで進化してるなんて私は初めて見た。さすがはALPHAの実験の成果といったところだな、非常に興味深い」
「修羅場をくぐり抜けてきたゴキブリだけが飛べるようになるのと同じだね。てか、そんなことより一緒に戦おうよ」
「断る」
「ええー一緒に戦おうよ。一生のお願い」
「はあ、ケニーは何回一生のお願いをするんだ。まあいい、ケニーの意志は私の意志だ。それに、このままでは私達は不利だからな、止む終えまい」
「いちいち、理由なんて付けなくていのもっと素直になってよ」
ケニーは着ていたマントを掴んで破り、脱ぎ捨てた。すぐにポケットから注射器を取り出して何もためらうことなくこめかみに突き刺した。本来の注射では針は浅く入るものだがケニーは注射器の針が見えなくなるまで奥深くに刺して、脳に直接注入しているように見える。そして、勢いよく一気に液体を脳に流し込む。
「ああ、良い」と目が逝っている。
注射を打ったケニーの体は皮膚がゴムみたいに、あちらこちらで激しく波打って、首がパキッと音を鳴らして60°程傾いた。首筋から小さな泡のようにボコボコと皮膚が上下していると、その皮膚を破って何かが現れた。
首筋から現れたのは彫りの深い西洋人。例えるならイースター島にあるモアイにそっくりの男性の顔が入れ墨と継ぎ接ぎだらけの顔の隣に鎮座している。そして、ケニーの額には鬼の証拠。角がそびえ立っている。
「久しぶりに外の世界に出たな。眼球に得体の知れない液体を注入しているケニーの眼を通して視界を共有していたため、ぼやけて見づらかったが、自分の目で見る外の世界は実に鮮明だ」
表情豊かなケニーとは対象的に隣りにいるジャックは表情1つ変えることなく淡々と述べた。
「ユキを…返せ」
「死人をまだ取り戻そうとするか、力はあっても知性のかけらもないな」
「僕らが向こうの世界へ送ってあげようか」
「ケニーやつは死なないんだぞ。今更そんなこと忘れないでくれ」
「あ、ごめん。じゃあ、二度とあの子に会えないんだね。超かわいそ。あ、そうだジャック」
「ん? どうした」
「どうせ死なないなら僕らの性奴隷にしようよ。死なないならヤリたい放題じゃん」
「それはケニーの好きにしてくれ。あいにく、私は男性に興味にはないからな」
「あ、そうだったね。さてと、僕らもやりますか」
楓は脱力した両右腕を揺らし、2人の前から姿を消すと、すぐに正面に現れた。
ケニーが突いた刀を楓は手のひらで刺さりながら受け止め、楓はそのまま手を鷲掴みする。片手を固定されたーケニーに楓は額を貫こうとしたがジャックの好判断で攻撃は交わされた。
「そういえば話の途中だったな混血の若造。せっかく、外の出れたんだ少し話そう。君の友人が君の監視役を請け負った経緯についてだ」
「グルルル」
「会話もできないのか。まあいい聞くだけ聞いてくれたまえ、これはただの独り言だ」
ケニーが鬼化してからムラのある動きから一転して無駄がなくなった。攻撃的なケニーの性格と相手の動きを分析して、判断を下すジャックの良いところが合わさって楓の攻撃は回数を重ねるごとに交わされることが多くなったし、楓が攻撃を食らうことも多くなった。と言っても、すぐに回復するが。
「我々ALPHAは混血の周りにいる人間で利用でそうな人間をピックアップした。調査の結果、その候補は二人新地竜太と片桐ユキに絞られた。初めは私が新地を監視に置くことをルイ様に告げたが、ルイ様はそれを拒んだ。結果、片桐ユキになったわけだが今思えば、ルイ様はルイ様で新地の利用方法を考えていたのかもしれない」
話が聞こえているのかいないのか独り言をブツブツとつぶやいている楓は無尽蔵の体力で壁を伝い、空中を回転して回避したり縦横無尽に暴れまわっている。
「片桐ユキを私達に従わせるのにそれ相応の材料が必要だった。人間はやけに身内の同種を好む傾向にある。彼女の両親を誘拐して解放する代わりにこちらの条件に彼女をこちら側へ取り込んだ」
楓の攻撃はさらに力強くなっていく、同じヴェード紫の刀同士は徐々に力の差が見え始めていた。それでも、淡々とジャックは続ける。
「彼女には毎日混血が何時何分にどこにいて身体的な変化がないかどうか日没後、監視のヴァンパイアに報告するように命令した。しかし、彼女は混血の力が発芽したあの夜になっても報告に来なかった。彼女には混血を利用する目的を伝えていなかったがどこで聞いたのか知らないが、彼女は私達ALPHAを裏切ったのだ」
ジャックは無表情な顔がようやく和らいだ。片眉を上げて白い歯を見せる。
「条件は条件だ私達は片桐ユキの両親を始末した。最後まで両親と混血の安全を懇願していたが全く契約の内容を理解していない頭の悪い人間だった。そんな人間は死んで当然だろう」
「も…一度、言って…ろ」
楓の中で楓と楓ではないもののせめぎあいの中、楓らしき声が聞こえる。
「ん? 何だ会話できるのか。いいだろう、君の要求通りもう一度言おう。『頭の悪い人間は死んで当z…」
楓の紫の刃はジャックの広げた口から喉の奥へ、そして貫通して後頭部に抜ける。後方の壁に刺さる。あんぐりと空いた口をするジャックに対して真っ赤な瞳で楓は言う。
「おま…達…は、ここ‥でコロス。ゼッタイ」
ジャックはなおも冷静に自分の口を貫かれた刀を両手で掴んで顔を横にスライドするように動かした。ジャックの口が裂けて楓の拘束から逃れる。
裂けた口からぼたぼとと血を流しながら、
「そうか。君の気持ちはよくわかった。では、お互い真剣勝負といこう」
「…」
「いいかケニー、奴は紛れもなく化け物だ。力も体力も速さも全てにおいてALPHAの上位クラスの力を持っている。長期戦にもつれ込むのは得策ではない」
「じゃあ、どうするの?」
「一太刀に賭ける。安心しろ、やつはまだ攻撃に安定性がない私がケニーの脳になる。ケニーはそれに従って刀を振れば良い正確性はこちらの方が上なのだから」
「わかった。ジャックを信じるよ」
「…コロス」
獣のように唸り声を上げ続ける楓は、刀を構えて地面に顔が付くぐらい腰をかがめる。一方、ケニーとジャックの方は長い瞬きの後、刀を構える。ケニーが一人で戦っていたときよりも構えに無駄がなかった。
両者紫色の閃光が交わる。お互いが3歩ほど歩を進めた時、お互いから赤い水しぶきが上がる。
片方は肩からしぶきを上げ、もう片方は、2つあるうちの1つの首が切られ、断面から滑るように落ちていく。
「ジャック!」
ケニーは落ちてゆくジャックの首を着地寸前で拾い上げて、青ざめていくジャックの顔に涙が一粒、二粒と落ちてゆく。
「私としたことが彼の動きを完全に計算に入れていたはずなのに…」
楓は自分で外した肩と肘の関節を元に戻すためもう片方の手で関節を押し込んだ。腕の長さが元に戻る。
「ジャック! 死んじゃダメだ、僕たちは二人で一つなんだよ? またジャックがいなくなったら僕はこれからどうしたらいいんだよ」
「すまないなケニー。お前と最後まで一緒にいることが出来なくて。これからはお前一人の力で生きて行くんだ…お前と一緒にいる時間は私にとって大切時間だった。ありがとうケニー」
ジャックの生命はここで事切れた。生首を抱きかかえるケニーは大粒の涙を流して、天を見上げる。
一方、楓は自分で切り落としてやった刀を見つめて嬉しそうに刀に映る自分の顔に向かって話しかける。
「殺してやった。ユキ…これで敵は取ったよ」
しかし、ケニーはこのまま黙って引き下がるつもりはない。
「お前、よくもジャックを殺したな。もう決めた、お前の存在をこの世から消すには僕がお前の血を全て取り込んでやる。そうすれば、お前を…」
短刀を両手に握り、楓を切った方の短刀の刃を長い舌でなめる。初めて見るケニーの真剣な表情だった。
「殺せる」
「アッハハハハハ!」
「何がおかしい!」
楓は腹を抱えてしばらく笑い続けた、ようやく笑いが治まってから両手を広げておどけたように言う。
「僕は絶対に死なない。お前ら全員根絶やしにするまで、バラバラになって肉片だけになってもお前らを殺し続ける。お前たちを全員殺せば元の世界に戻るんだ」
ケニーはいつも通りのニタニタとした笑いはなく、前方にいる敵を睨みつけている。
「僕は頭が悪いから何か重要な決断するときは必ず間違えるからジャックに任せてきた。でも、今回は僕が選ぶ決断はきっと正しい」
ジャックの首が元あった場所はまだ出血が収まっておらず断面から血が滴り落ちている、ケニーはその断面に手をそっと置いて真っ赤に染まった手で自分の顔を拭った。
(そうだ。僕とジャックはいつも一緒だ。あの時から、僕らは…)




