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第91話「楓VSケニー④『試合開始』」

「怪我はない?」

 楓はユキの方を抱き寄せて少しでもユキの安全を確保しようとした。もうどこからどんな攻撃が着ても守るつもりでいる。それほど、周囲を警戒してどこから来るかもわからない攻撃に備えていた。

 ユキは喉を潰されて声を発することは出来ないが、大きくうなずいて楓の問いに答える。

 そして、楓は緑色に光る刀を目の前にいる敵に向け、睨みをきかせる。自分の大切な人間を奪って、しかも人質に使ったヴァンパイア。睨んで叱るべきである。


 

 ケニーは不機嫌そうな顔になる。これから食欲を満たそうと思っていた食料が、自分の目の前からいなくなった。そのストレスに対して、沸々と湧き上がった怒りをぶつけるように声高に叫んだ。

「おーい! 僕の獲物は? なんで取ったの? おかしいじゃん、僕が最初に持ってたのに」

 ケニーは急に黙り込んだ。何か自分の中で考え込んで吹っ切れたように「ああ、もういい」と吐き捨てた。

「力づくで二人共僕のものにするから」


 本気で戦うことを決めたケニーは今度は遊び無しで楓としばらく打ち合った。多少体に受けるダメージはほぼ無傷のように痛みに快楽を感じながら楓にもあちこちを短刀で刺す。何を考えているのかわからないケニーの攻撃は全く予測できず、それどころかまっすぐに腕が伸びたと思ったら関節を外して楓のガードを交わして攻撃を当てるなど、奇想天外な攻撃を仕掛けてくる。それに楓は苦戦を強いられた。


「ユキ、先に洋館の方へ逃げて」

「…でも」

 ようやく絞り出した声はかすれてしぼんでいった。

「本当は一緒に安全な場所まで送り届けたかったんだけど、こいつは一筋縄ではいかない。洋館に戻れば大垣さん達が助けてくれる、だから僕が時間を稼ぐから早く!」

 ユキは楓を置いて自分だけが行くことをためらったが、楓の背中を見つめて強くうなずいた。

「終わったら会いに行く」

 楓がそう言うとユキは楓から遠ざかり必死に走って洋館の方角へ向かっていった。

「あー逃げるのかぁー! 鬼ごっこだな!」

 ケニーは楓から視線を反らして後方を走るユキに視線を向けた。そして、楓を無視してユキのもとへ向かおうとした。


「お前の相手は僕だ。絶対にここは通さない」

 そう来ることを予測していたのかケニーはなぜか嬉しそうだった。

 その途端、楓は急に大量の血を口から吐いた。思わず口元に手を添えるが吐血の量が多く手から収まりきらなかった赤い液体がこぼれ落ちた。

 楓が気がついたときには腹の中心にクナイが刺さっている事に気がついた。そのクナイにはストラップのようにピンポン玉ほどの大きさの球体が繋がれている。

「時限爆だーん。ちなみに、クナイは桐ケ谷っちから盗んだやつ」

 ケニーは片手に持ったピンポン玉ほどの大きさの球体を指と指の間に挟んで残りに4発の爆弾を見せびらかした。

 楓は急いで自分に刺さるナイフを引き抜いて捨てようとした。

「そいじゃ」とケニーが楓の肩をトンっと優しく叩き、楓の目の前から姿が消えると薄暗い地下通路に目がくらむほどの閃光が瞬間的に広がった。

 

 ナイフを捨てる途中で爆弾は爆発して楓の体は首から下の右半分が無くなっていた。体の断面からはボロボロの内臓が崩れ落ちるように飛び出して、片足を無くした楓は体のバランスを崩して地面に倒れた。

 動かない体に頬を地面に擦り付けて1cmでも前進しようと芋虫のように張って進もうと試みるがそれをするだけの体のパーツが揃っておらず、1cmの前進は叶わなかった。だから、見ているしかなかった。ケニーがユキを捕らえたところを。

 まるで、少年が買ってもらった飛行機のおもちゃを追いかけるように弾むような足取りで、必死に走るユキにケニーは追いかける。ユキはケニーが近づいていることに気がついて振り返り、更に走る速度を上げたがそれでもケニーは悠々と追いつく。


「つーかまえた!」


 嫌な予感が、当たってしまった。

 ケニーはフェンシングの真似事をするみたいに短剣をユキの右胸に突き刺した。

 ユキは自分が刃物で胸を貫かれたことを理解するのに数秒の時間を用した。そして、自分の胸から流れる赤い液体を自分の手で拭ってそこで初めて今の状況を把握する。


「やめろ…やめろやめろ! やめろーーーーー!」


 地べたに体を密着させることしか出来ない楓の願いは聞こえていなかったかのように、いやわざと間を置いてその時間を楽しむかのように「あーむ」とケニーはユキの首筋に噛み付いた。噛みつきながら楓の方を振り返る。まるで見せびらかすように、しっかりと楓の眼を見て、


 ちゅるるるるるる。


 ヴァンパイアが人の血液を吸うときにこんなにも派手に音を立てるものなのかと問いただしたくなるほど大きな音が3人しかいない密閉された空間に響いた。楓は無論、首しか動かせない状態で見ていることしか出来なかった。

 ユキは急に顔が青ざめ始めた、咳き込んで血を吐いて。それでも必死に声を絞り出す。


「楓。ごめん、私ここまでかも。でも、これだけは、これだけは信じて、私は楓を裏切るようなことは絶対にしてないの」

 楓はそんなこと当然分かっている。だからこそ、1秒でも長くユキの命が続いてほしいと声を出さないように、無理をしないように言ったがユキはそれに従わなかった。

 そして、ユキは自分の現在の状況にもかかわらず、いつものように快活に笑ってみせる。今までと同じように。楓がヴァンパイアになる前もなった後も、そして今もユキの笑顔は変わらない。その笑顔で楓は何度も支えられてきた。いつ見てもどんなときでもユキの笑顔には元気づけられてきた。

「今までありがとう」

「そんな、ダメだよユキ…まだダメなんだ、まだ…何も」

 そう言いかけた楓だったが、ユキは首を横に振る。もう十分だと、満足そうな表情をしていた。そして最期に一言だけ、

「好きだよ…楓」

 楓の顔は時が止まったように固まった。楓だけ時は止まったがユキの命は終わりに近づいている。

 地べたでスライムのように首から下の半分が肉片の楓は驚きが360°一回転してむしろ引きつったような笑みを見せた。信じたくはなかったから僅かな可能性の方を信じたのかもしれない。

 だから、


「ユキ?」

「…」

「ユキ!」

「…」

「ねえ?」

「…」

「ユキ?」

「…」


 問いかける。返ってくるはずのない相手に対して、何度も何度も。

「嘘だ…そんな。僕ら3人で元の日常を取り戻そうって約束したよね? もう少しなんだよ? 竜太を取り戻してALPHAを倒したらもとに戻れるんだよ。ねえ、ユキ?」

「…」

「返事をしてよ。お願いだから!」

「…」


 

 ユキは何も反応しなかった。がっくりと項垂れて、ケニーに掴まれているから立っているだけで、手を離せば、その華奢な体躯が地面に崩れ落ちそうだと思えるほどに体に力を感じなかった。


 ユキが死を迎えたことを理解した楓は地面に額を擦り付けて唸り声を上げる。唸り声は徐々に大きさを増していって密閉された地下通路ではよく響いた。

 いつの間にかぐちゃぐちゃの体は肉片が楓に向かって吸い寄せられて、もとの形に戻るための修復を始めた。地面に落ちた心臓含め臓器が主人のあるべきところへ戻っていく。 


 ようやく人の形を形成した楓は、ふらつきながら立ち上がって、修復を終えた自分の体を確かめるように手を握って開いてを繰り返して体の感触を確かめた。

 しゃっくりをするように肩を上下させて笑っている。ケニーから見る横顔はニッと白い歯を見せて不敵に笑っている。


「も…て…よな」

「あ?」

「もう…して…よな」

「だから何言ってんの?」


 ケニーが呆れてから気だるそうに懐から短剣を取り出した瞬間だった。突風が吹いたようにケニーの長い髪が揺れた。

「およよ?」

 楓はケニーの体に穴を開けてくぐり抜けた。上半身に空いた穴から心臓がこぼれ落ちないようにケニーは失っていないもう片方の手で支えた。そして、楓はケニーの後方で安らかに眠っているユキを抱きかかえる。

 そして、ケニーは自分の体にできた脇腹からへそまである空洞を覗き込んでその存在を視認した。


 一方で楓はユキを腕の中で丁寧に抱きかかえて、優しく額に唇を付けた。

 そして、目を細めて憂うようにケニーを見るとパッと表情が変わって笑顔を見せる。

「もう殺してもいいよな?」

 それ以降、楓は自分で言って自分で納得するように数回うなずいた。その他にもなにかブツブツと聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でなにか喋っては、笑って、頷いて、首を傾げている。ケニーは誰に向かって話しているのかわからず頭の上に「?」がいくつか見えている。そして、真顔になって冷静にツッコむ。


「何いってんのこいつマジでいかれてるんだけど」

「ケニーも他人事ではないぞ。いつも独り言を言っているじゃないか」

「それでもあんなイカれてないから。一緒にしないでよジャック」

 

 楓は視線を手元のユキからケニーへと徐々に上げた。真っ赤に染まった瞳は戦いを楽しみにしている様相を思わせた。

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