第88話「楓VSケニー『狂人ケニー』」
「かえ…で…さん」
楓は後ろで聞こえた詰まったような声を訊いて異変を感じ、すぐ振り向いた。楓たちが目の前で確かに視界に捉えていたはずのケニーは姿を消したと思ったら楓の後方にいる、モラドの騎士の一人の背後に立ち首に腕を絡ませていた。
首から下はマントで体が隠れていたケニーは、首に巻きつけた腕を見せてようやく首以外の肌を露出させた。そして、腕には元々の肌の色が殆ど隠れるほどの入れ墨があった。
「逃げて!」
もう一人、近くにいた騎士が楓を押した。ケニーはついでとばかりにその騎士ももう片方の手で抱え込む。その抱え込んだ腕も、肘が逆方向に曲がって首を絡めるように巻きつけた。まるで、軟体動物のように人間でも並のヴァンパイアでもそれはありえない光景だった。
ケニーのマントの両腕の袖口から短刀がスルリと滑るように落ちてきてケニーはそれを掴む。それは、青緑色のヴェードの光を灯していた。
そして、両手に持つ刃を両腕に抱える騎士の首元から差し込んで、嬉々としてその首を掻っ切った。
血しぶきと2つの首が真上に飛び上がる。
ケニーは両手を広げると手のひらに生首が1つずつ着地して、弾力のある肉と肉が接触する嫌な音がした。
「二人共…」
楓は2つの失った命に攻めても亡骸を確保しようと手を差し出した。しかし、ケニーはそれを待ってはくれなかった。
すぐに近くにいたもう一人の騎士を脇に抱えて、焦点のあっていない目を向けて、人差し指を立てた。
「鬼ごっこ、するものこの指とまれぇ〜」
ケニーは「この指とまれぇ」「この指とまれぇ」と連呼しているのか、それともエコーのつもりなのか繰り返し言いながら楓から背を向けて走り始めた。
「待て!」
楓もケニーについていく。ケニーはヴァンパイア一人抱えて走っているはずなのに疾風のごとく駆け抜けていく。通り道でALPHAと対峙するモラドの騎士たちをついでと言わんばかりに数人の首を落としていった。
楓は道端に落ちている生首、失った命を前に、楓の歩を進める力は強まっていく。しかし、ケニーはそんなことは知る由もなく、あざ笑うように時折後ろ向きで走って、舌を出し、「ベロベロバア」と笑ってみせる。
楓はしばらくケニーを追いかけていると、いつの間にか地上へ出ていた。そして、さっきまでケニーが抱きかかえていた騎士が前方に横たわっている。
「大丈夫ですか?」と楓は念の為に話しかけてみた。
「ヴーン」
喉が鳴っているのか? 痰が詰まっているのか? 変な音が聞こえた。何かが振動している音だろうか。
楓が、その騎士に対して嫌な予感を感じて離れようとしたときだった。
耳を裂くような大きな音がなった。
爆風とともに楓の白い頬に生暖かい液体がべっとりと付着した。楓は頬についた液体を手で拭き取って見ると、手のひらは真っ赤に染まっていた。
そして、ビルの陰から、わざとらしく爆風に驚いてからひょっこりとケニーは顔を出す。
また、マントの袖口からブレスレットでも見せるように茶色い小さな玉が数珠つなぎになった物を腕に巻き付けているものを見せつける。
そして、「時限爆だぁーん」と笑いながら言ってのける。
楓は今にも飛び出して切りつけてやりたい気持ちを押し殺しながら、それでも言った。
「…いいかげんにしろ。命を何だと思ってる?」
ケニーは「あーん?」と耳に手を添えて聞き返した。
ケニーは爆発で足元に落ちている飛び散ったその騎士の肉片を片手にこんもりとかき集めて「ていっ!」と楓に投げつけた。楓の顔に肉片が付着した。楓は呆れてそれを交わす気にもなれない。
ケニーは顔に肉片が付いた楓を指差して面白そうにケラケラ笑っている。まるで、無邪気な少年のように。
楓の瞳は白目の部分に血液を注入したかのように液体が渦を巻いて、徐々に赤みを帯びていく。まだ、赤い瞳が識別で着るほどの薄さに治まっていた。そして、鞘に収めた刀を抜いた。その刀は、緑色の輝きを放っていた。
ケニーはまたわざとらしく、両手を胸の前で上げて、ちょっと腰を引き、驚いた様子を見せた。
「ギョエー、戦うの?」
「当たり前だ、ケニー。私達はコイツを手に入れるために今までやってきたのだ。ケニー、私達は今、千載一遇の好機を手に入れたんだぞ。ここで、取り逃がしたらルイ様になんとお詫びしてわよいやら…」
表情が忙しいケニーはいつの間にか、真顔になって淡々と語りだして途中、頭を抱えたジャックだったが、即座に顔を上げてケニーは言った。
「よくわかんないけど。コイツ、ぶっ飛ばせば良いんだよね?」
ジャックはため息を吐いて言う。
「まあ、そういうことだ」
ケニーはジャックに判断を肯定されたことを嬉しそうに、再び袖口から二本の青緑色に光る短刀を滑り落とし、両手で握る。そして、緑の刀を構える楓に正面からぶつかってゆく。楓も向かい打って、二人の刃が交わった。そして、互いに交差してから1歩、2歩と歩く。
「や、ら、れ、た」
ケニーの肩から血が吹き出した。そして、ケニーは「ぬおぉぉぉ」と予想外の出血に目を丸くした。
「ケニー! 真面目にやれ! いくら格下とは言えあのどってはいけないぞ!」
「はい、はーい。でもなぁ、なんかつまんないんだよなぁ? なんでだろう?」
ケニーは吹き出している自分の血なんて気にもとめず、自己完結したのか、なにか納得した様子だった。そして、傷口は浅かったのかすでに治癒し始めている。
「もっと、本気になってもらお! 混血のMAXと僕はぶつかりたいよ、ジャック」
「しかし、ケニー。彼は我々ALPHAの唯一の実験成功体だ。どんな力を持っているかわからない。自身で謎の力を手に入れたと聞く」
「えー? そうなの?」
「ルイ様がおっしゃっていただろう! お前がルイ様の話を聞かない代わりに私が訊いていたんだ。しっかりしてくれ、ケニー」
「ジャック、こわ! もっと、楽しくやろうよ。僕、ジャックと違って、楽しみ方はこうだよ…」
ケニーは対峙する楓から真上に跳躍して、ビルの上を登った。楓も同じように跳躍してケニーを追う。
ケニーが立つビルの眼下。白い隊服を着たALPHAのヴァンパイアとオレンジ色の蛍光色のパワードスーツアトンを身にまとった人間の精鋭部隊ゼロが戦いを繰り広げていた。
すると、ケニーはビルから飛び落ち、脱力して落ちていった。地面に落ちる速度は徐々に加速して、あっという間に地上へ到達した。楓もケニーの後を追ったが、空気抵抗のない姿勢でどんどん加速していくケニーの方がスピードは速かった。そして片足で、ビルから落ちる衝撃を吸収して、ストッと最小限の音で裸足で着地する。
そして、アトンを着た人間の精鋭部隊ゼロの隊員を一人をそこら辺にいるやつならどうでもいいと、後ろ向きの奴の首を掴んで引き寄せて自分の脇に抱える。その抱える力が強いのか隊員は、必死に抵抗していたが首がしまって意識を失った。そして、ケニーは一度立ち止まって楓に空いた腕の人差し指を向けた。
「鬼ごっこ、するものこの指とまれぇ〜」
そして、またケニーは楓と鬼ごっこをするように、ゼロの隊員を抱えたままビルの壁を伝って登っていく。振り切られた楓は、必死にケニーを追いかけるべく、ビルの壁を伝って登っていくが、ケニーのほうが早く大きく差がついたようだった。
ケニーは屋上へ、ストッと着地する。まるで、体重が殆ど無いかのようにまた軽やかに着地すると、脇に抱えたゼロの人間を地面におろした。その隊員はようやく、首の圧迫から開放されて、咳き込んで吹き替えして呼吸を始めた。それでも、呼吸をするのに喉が苦しそうである。
「その人間を開放しろ!」
楓は緑に光る刀をケニーに向ける。そして、ケニーが何か言いかけた時、楓はその言葉を最後まで聞くつもりはないとケニーに向かって切っ先を向けた。力いっぱいに、剣を振りかぶってケニーへ降ろした。
すると、ケニーもまた袖口から短剣を出して、楓の攻撃を防御した。
楓はその攻撃を皮切りに何発もの連撃を繰り出した。ケニーは、ケラケラと笑いながら楓の攻撃を受け流している。
攻撃を終わってみると楓は肩で息をして、汗をにじませていた。
呼吸を整えて、勢いを付けてもう一撃、これで勝負を決めようとケニーに飛びかかったが、その期待は虚しく終わった。
「ああああぁぁぁぁぁ!」
二人が交差した時、血潮を吹き出したのは楓の方だった。また、ケニーの短剣で楓の片腕は吹き飛ばされて。少しの滞空時間があって、地面に落ちた。地面には腕が飛ばされた進路に血が落ちている。
「あれぇ? 腕取れちゃったぁ〜。ざんね~ん」
楓は地面にうずくまって切断された腕の断面を抑えている。徐々に、修復は開始されているが痛みが尋常ではないのか、楓は悶絶する。
ケニーはまるで陽気に歌でも歌いながら、そして、踊りながら言う。
「血がぶしゃぁ!おぉお怖い」
ケニーは自分の足元に落ちている、楓の切断された腕を拾い上げた。
「これ飲んだら不死になれんのかな」
ケニーはずっと装着していたマスクを外した。
その口は、こめかみまである大きな口で。自分で無理やり口の大きさを広げたのか、広角には無数の切り傷が存在していた。口の両端もナイフで引っ掻いたようないびつな形をしている。
ジュースでも飲むみたいに楓の腕から滴り落ちる血液をラッパ飲みした。そして、喉を鳴らして飲み込んだ。
ジャックはまたため息を吐く。
「ケニー。それもルイ様が言っていただろ。血を飲んだだけじゃ不死身には慣れない。神原氏が開発した装置がなければ意味を成さないんだ」
「えー、じゃあ実験施設まで連れて行かないと不死身になれないジャーン」
「だから、そう言ってるだろ!」
「はぁーあ、ジャックはうるさいな。ここで捉えたら良いんでしょ、ここで」
ケニーは再び袖口からまた短刀二本を滑り出して、胸元でクロスするように構えた。
楓の失った片腕は徐々に止血し始め、刀を握る手で地面を抑えて立ち上がる。もう片方の手で出血している断面を抑えてからよろつく足で体勢を整えた。
そんな楓を無視して、ケニーはてくてくと歩き自分で連れてきたゼロの隊員の元へ歩み寄った。
「命は無くなっちゃーう。悲しいぃ」
そして、短刀を手元で一回転させて握り直した。その切っ先は、気絶して横たわるゼロの人間の隊員の喉元を向いて静止していた。
「やめろ…」
「儚い、命ぃ♪」
楓の声が聞こえていたのかいないのか、ケニーは切っ先をそのまま横たえる隊員の喉元へ降ろし始めた。
もはや間に合わないかも知れない。それでも、楓は叫び、隊員の元へ駆けた。
「やめろー!!!」
が、遅かった。
隊員は、バウンドしたかのように体が上下して喉元から入った刃は首から抜けていた。喉元から貫通した刃を抜いてから、刃物を差し込んだ部位からは噴水のように勢いよく、血が飛び出した。
人間の目が充血したときほどの赤みを帯びた瞳をしていた楓の目は、また、より一層赤みを帯び始めた。それは、緋色の瞳が同化する直前まで赤さを持っていた。
楓は呼吸が荒くなる。肩を上下させて運動後のように滝のように汗が吹き出していく。
「もう、いい加減にしろ。お前は何人の命を奪えば気が済むんだ」
「えー? わかんなーい」
楓はケニーと会話する気さえなかった。ケニーは楓を試すように、何か楽しそうにして言った。
「じゃあ、君はどうするのぉ?」




