第76話「希望」
不死身が沈黙して約1時間が経過した。
「頼むから私達に情報提供してくれないか?」
「…」
「そうか」
鳥田は今度はなんの躊躇いもなく空中にあるタッチパネルのYESをタッチした。そして、眩しいくらいの電流が不死身の体全体に流れる。
その後、不死身の体には何度も何度も電流が流れた。その様子は指先や耳たぶが黒く焦げていることからも電流の強さ、受けたダメージが見て取れる。それでも不死身はモラドの存在について一切口を割ることはなかった。
根負けした鳥田は呆れたように言った。
「君の根性に負けたよ。今日はここまでにしよう。また明日、同じ時間にここに来るよ。その時に話さなかったら。わかるよね?」
不死身は答える余裕も残されていなかった。電撃で口元が麻痺してしまっているのか息を荒くしてよだれを垂らしている。
鳥田は情報収集として有益な情報を得ることができずに口元をへの字にして不満を顕にしているが、しょうがないかとでも言うように席を立って再び壁に備え付けられたタッチパネルに手のひらをかざした。そして、扉が開く。拘束された不死身を一瞥した。
「ヴァンパイアを全員倒していつか、人間が優位に立つ時代を必ず作ってみせる」
小さくそうつぶやいて鳥田は特別収容室を後にした。
その日の真夜中、地下一階の収容施設では人間が眠りについた地上とは真逆で収容されているヴァンパイアたちの中で眠っているものは少ない。
そのヴァンパイアたちの視線は通路を通る一人の隊員に注がれていた。
「弱そうな小僧がこんなところに入ってくるなんて命知らずだな」
「若くてうまそうな血だ」
収容されているヴァンパイアたちはガラス板に顔を張り付けそうなほど近づいてそう言った。しかし、通路を進むゼロの隊員はその言葉には目もくれず一直線にある場所へ向かった。
不死身が拘束されている特別収容室に明かりが着いた。目を隠されて視界を絶たれている不死身は人の気配を感じて顔を上げた。
不死身の視線の先にある壁は鏡のように自分の姿を反射していたが徐々に霞が晴れるように向こう側のモニタールームの様子が顕になる。
そして、不死身に目を覆って視界を遮っていた金属が同化している壁に吸い込まれるように消えていき不死身は再び視界を取り戻した。
「あなたは…」
「僕のことを覚えてますか?」
不死身は頷いた。それから、初めて山本や木並と戦った時のことを話すとゼロの隊員は不死身の話をゆっくりと飲み込むようにうなずいた。
「そうですね。まだ、あなたに僕のことを名乗っていませんでした」
ガラス越しに見えるゼロの隊員はまだ少年のようなあどけなさを残しつつもその表情にはゼロの隊員としての自信も宿しているように見えた。不死身が以前対峙したときとは雰囲気が変わっている。
「僕は鷹橋悠真といいます。そして、貴方をここへ連れてきたのは僕です。一度貴方と話をしてみたかった」
「話を?」と不死身は首を傾げた。
「やっぱりあの時のことは覚えていませんか」
不死身は小さくうなずいた。
鷹橋は上部に設置されている温度検知や心電図を表しているモニターに目をやった。
「どうやら本当のようですね」
それを確認した鷹橋は西園寺との戦いで不死身を発見してから現在に至るまでの経緯を説明した。その間、不死身は鷹橋の目を見ておとなしく鷹橋が言うことを時折頷きながら聞いていた。
「僕はあの時、あなたが言った言葉を覚えている。人間とヴァンパイアの味方だって言ったこと。あの時、僕はC級隊員だったけど今はB級に上がっていろんなヴァンパイアに出会ってきた。それでも、面と向かって僕にそう言ったのはあなた以外いなかった」
そして、鷹橋は両手を広げて室内の後方を示した。
「ここで取り調べを行うヴァンパイアの一部には人間との共存を望むヴァンパイアがいます。しかし、それ以上は何も口にしないし、もちろん取り調べを行うゼロの隊員もそんなことは不可能と真剣に取り合うこともない」
鷹橋はキーボードに何かを打ち込んでからEnterキーを押した。すると、拘束されていた不死身の手足に巻き付いていた金属は同化していた壁へと吸い込まれるように消えていく。不死身は手足が自由になり、自分の手のひらに視線を落として手を握り、そして開いて感覚を確かめてから鷹橋を見た。
「いいんですか。足枷も手錠も外して」
鷹橋は頷いた。
「僕はあなたのことを信じています」
手錠、足枷を外された不死身は椅子に座ったままで抵抗することもなかった。
「これで僕のことを信用していただけましたか?」
不死身は驚いた様子だった。先程あった取りたとは違って鷹橋は無理やり口を割らせるための電気ショックを使うこともなく、ただ対等な立場で話し合おうという姿勢だったからだ。
「ゼロはあなたを自由にするつもりはありません。何を言ったとしてもあなたをここで拘束して逃ささないつもりです。そして、あなたが不死身である理由を地下二階の実験室で調べるでしょう」
「どうして、そんなことまで僕に教えてくれるんですか?」
鷹橋は気持ちを整える準備をするかのように大きく息を吐くと同時に一度持ち上げた肩をゆっくり落としてから話し始めた。
「僕はあなたがこの腐った世界を変えてくれると思っているからです。いつまでも続くこの戦いを終わりにしたい」
「どうして鷹橋はさんはそう思うのですか?」
「僕には4つ上の姉がいるんです。姉は落ちこぼれの僕なんかよりも優秀でゼロに16歳で入りました。姉はC級隊員からすぐにB級、A級へと昇格していき、出世の速さでは歴代記録に並ぶほどです。しかし、姉は、A級隊員に昇格してすぐに戦った上位クラスのヴァンパイアに深手を負わされてそれ以降今もその後遺症で寝たきり状態です。意識を取り戻すには先端医療を受けさせてやるしか無くてそれには高額の医療費が必要になります。だから、僕はその医療費を稼ぐためにゼロに入りました」
鷹橋は勢いに任せてそこまで言い切ると一度俯いてから再び真っ直ぐに不死身を見た。
「姉はヴァンパイアをかばって深手を負いました。当時の僕にとってヴァンパイアをかばうなんて信じられなかった。ヴァンパイアなんて人間の敵でどんな理由があろうともすべて殺すべきだってそう思っていました。でも、姉は違った。当時、姉はよく僕に言ってたんです。ヴァンパイアに命を救われたことがある、ヴァンパイアは全員が悪者じゃないと。その時、僕は冗談だと思って本気にしていなかった」
鷹橋は話しながら瞳が潤み始めた。湧き上がるものを零さないように瞳を余計に見開いて充血した瞳を不死身に向ける。
「でも、ゼロに入ってヴァンパイアと戦い始めたら姉が言っていたことは冗談ではなかったことに気がついた。ヴァンパイアは人間の血を吸うことだけ考えていると思っていたら違っていたんです。ヴァンパイアの中には今の争いが絶えない世界に共存という平和を願う者もいた。当然、人間の血肉に飢えるやつもいたけど、僕はヴァンパイアの口から共存なんて言葉が出てくるなんて思わなかった。その時から僕のヴァンパイアに対する価値観は変わった」
不死身は鷹橋が向ける瞳にあることを思った。
(やっぱりモラドの活動は共存へ向けて前進していたんだ。今までやってきたことは決して無駄じゃなかった)
そして、鷹橋は続ける。
「そう思ったときに僕は貴方に出会った。人間とヴァンパイアの味方だと。そして、あなたが木並のことを庇った時僕はあなたならこの世界を変えてくれると思った。だから、僕はあなたのことを信じているんです」
(彼はヴァンパイアの僕にここまで話してくれた。この人だったら信用してもいいのかもしれない。)
不死身は長い瞬きの後、ガラス板越しに見える鷹橋を一直線に見つめた。
「僕の名前は伊純楓です」
その言葉を聞いた途端、鷹橋は目を見開いた。
「まさか…あの時亡くなったはず」
「僕が人間からヴァンパイアになったと言ったら鷹橋さんは信じますか?」
驚きを隠せない表情を見せる鷹橋だったが楓の瞳をしっかりと見つめて嘘を言っていないことを確かてうなずいた。
「でも…どうやって」
楓にはしばらくの沈黙があった。頭の中で渦巻く情報を整理するように意を決してから口を開く。
楓は時間をかけて今まで自分の身に起きたこと、モラドの存在やヴァンパイアはすべて敵ではないことなどを目の前にいるヴァンパイアが最も恐れる政府の対吸血鬼組織ゼロの隊員にすべてを打ち明けた。楓が話している間、鷹橋は軽く頷きながら真剣に楓の話を聞いていた。
「ヴァンパイアに協力する人間…。確かにそれがゼロの中で知られたらその人間は無事ではいられないと思います。ヴァンパイアも同様でしょう。ただ、楓さんの話を訊いて本当に僕らがやらなければいけないことがハッキリしました」
鷹橋は一度俯いてからまっすぐ正面を見た。
「楓さんが言ったことが事実ならばモラドという組織に僕らゼロが加担してALPHAを倒せば平和が訪れるはずです」
楓は拘束を解かれて座っていた椅子から腰を上げて立ち上がった。
「ALPHAには竜太がいる。竜太は自分の意志でALPHAに入ったけど僕は竜太を取り戻したいんだ。竜太は僕の前ではいつも強気でいるけど本当は脆くて弱い。だから、不死の力やALPHAが求めている力に依存してしまったんだと思う」
楓は一度下げた視線を上げて鷹橋を見た。
「竜太を取り戻して、ALPHAを何が何でも壊滅させなければならない。でないと、この世界は良くない方向に向かってしまう」
鷹橋は再びキーボードを叩き始めた。すると、厳重にロックをかけられていた隔離施設の扉が開いた。
「楓さんはきっと竜太さんを追うでしょう? そしてALPHAと戦うつもりだ」
「でも、僕を逃したら鷹橋さんは…」
「大丈夫です。ちゃんと証拠が残らないようにカメラもログも消しときましたから」
楓は人間の年齢で言えば同い年ぐらいの少年に深く一礼をして収容施設を後にした。




