第75話「聴取」
東京都新宿区ゼロ本部の30階建てのビルの27階に鳥田の姿はあった。
「この度は多大な犠牲者を出し、さらにヴァンパイアの討伐に失敗したこと深く反省しております」
ゼロ吸血鬼対策室室長の近藤大五郎は頭を下げる鳥田と同じ目線上にあるつむじを見つめながら腕を組んだ。そして、いつも通りの野太い声で言った。
「君の実績だ。私も当然討伐に成功できると思って戦場へ送り出している。当然、その責任の一端は私にもあると思っている。それにマスコミがあれだけ過大に取り上げたおかげで噂が噂を呼んで本当の情報が国民も判別が付いていない状態だ。その火消しの方はこちらでなんとかしよう」
近藤は鳥田に対し頭を上げるように言った。そして、近藤は鳥田を見上げて言う。
「情報によればヴァンパイアの鬼化というやつが我々が予測していない自体だった。奴らはどんな方法で力を付けているのか現状は皆目検討もつかない状態だ。ただ…」
近藤は一度鳥田から視線を外してから再び鳥田を見上げた。
「不幸中の幸いではあるが奴らが仲間割れしていたところを手負いの状態だった我々の脅威である不死身を確保できたのは今回最も大きな功績だった。不死身のヴァンパイアをようやく捉えたんだあの不死身からは何か有益な情報が聞き出せるかもしれん。不死身そして、鬼化…。全く、ヴァンパイアというのは我々人間と違って独自の方法で力を手に入れている。その手がかりを不死身から聞き出せればよいのだがな」
鳥田は頷き、近藤は腰に手を組んだ。そして、背を向けて東京の街を見下ろせるガラス窓に視線を向けた。
「ところで、不死身はどこに拘束したんだ?」
「地下の収容施設にいます。これから私が取り調べを行うつもりです」
鳥田は近藤と話を済ませエレベーターに乗りゼロ本部地下一階ヴァンパイア収容施設に向かっていた。収容施設ではゼロが捕獲したヴァンパイアから情報収集をしたり地下2階で行われる新兵器の開発に向けてヴァンパイアの肉体を使った実験を行うための実験対象の選定をするなどゼロが捉えたヴァンパイアを利用して人間の世界の安寧に向けて作られた施設である。
鳥田はエレベーターを降りて真っ直ぐに続く通路を歩いている。進行方向の両脇にはヴァンパイア一匹につき特別に作られた透明なガラス板で仕切られている部屋がいくつもある。そこにヴァンパイアは一匹づつ収容されており、収容されているヴァンパイアは、その透明なガラス板に張り付いて彼らを見向きもしない鳥田に牙を剥いて睨みつけている。他のものは透明なガラス版を殴ったり引っかいているがそのガラス板は傷一つ付いていない。その他のヴァンパイアは露骨な態度を示さないまでも、素通りする鳥田を視線だけで追っている者など決して地下一階に来た鳥田を歓迎しているヴァンパイアは一匹もいない。
「全くヴァンパイアってのはどうしてこう気性が荒いんだか」
ため息まじりに鳥田はつぶやいた。
「彼はこんな性格じゃないことを祈るよ」
鳥田はこの収容施設の最も端にある部屋。特別収容室の扉の前に立ちタッチパネルに手をかざして手形と指紋認証を終えると自動扉が開いて鳥田は中に入る。
そして、扉を入ってすぐに目につくのは無数のモニターである。それは天井から吊り下げられているものや壁に埋め込まれているのものなどあり、それはすべて拘束したヴァンパイアを様々な角度や何やら観測したグラフや心電図のように毎秒ごとに波打っているものまで存在している。それを食い入るように見て目の前の対象を監視しているゼロのエンジニア兼監視役に鳥田は声をかけた。
「お疲れ様。対象の様子はどうだ?」
監視していた従業員は鳥田の姿を見て椅子から立ち上がり深々と一礼してから答える。
「何も喋りません。意識はあるようですが我々に協力する気はないと思われます」
また鳥田はため息を吐く。
「そうか。すまないが席を外してくれないか? 二人で話したいんだ」
その従業員は直ぐに返事をしてデスクの上に無造作に散らばっていた資料をかき集めてから特別室をそそくさと出ていった。
そして、鳥田は分厚い指で素早くキーボードを叩いてからEnterキーを押した。すると、ガラスで区切られた隔離領域と鳥田がいるモニタールームの音声をONにして室内の声がガラス板越しに見える隔離領域に直接聞こえるように設定された。さらに、ガラス板のフィルターを解除して隔離領域で拘束されたヴァンパイアからはモニタールームの様子が見えるようになっている。
そして、特殊な金属で目を覆われ、視界を遮断している不死身の吸血鬼に対して鳥田は言った。
「私の声が聞こえるかい?」
不死身は椅子に座った状態で両手足を椅子の足とひじ掛けに固定されて身動き一つとれない状態でいる。足元、胸の高さ、そして天井からも拘束している対象に向けてホコリの影を捉えるほどの強い光が当てられている。そして、隔離部屋の四隅には小型カメラが設置してあり温度検知、動作検知のセンサを搭載して室内のほこり一つの動作さえ逃さない精密な動きや体温のわずかな変化をとらえられるような設備を整えている。
この盤石の設備を整えた特別収容室で拘束されている不死身は鳥田の問いに対してうなずいた。
反応を確認した鳥田は目の前にいる脅威に対して非行を犯した少年を説得するかのように柔らかな口調で続けた。
「初めまして。私はゼロのS級隊員の鳥田玄治というものだよ。よろしくね」
目の前で無力な姿を晒す不死身は視界を絶たれているため声のする方を察知してから頷いた。それを確認した鳥田は話を続ける。
「私は君のことをなんて呼んだらいいかな?」
不死身の目を隠しているが鳥田はしっかりと不死身の目の位置を見てそういった。
「なんとお呼びしても構いません」
鳥田は腕を組んでから笑みを見せた。
「そうか。どうやら君はそこらのヴァンパイアと違ってちゃんと話ができるようだね。安心したよ」
鳥田は「では」と前置きしてから少し前のめりになって話し始めた。
「実は君の不死身の力の理由を知りたくてね、勝手ながら君のDNAを採取して調べさせてもらったんだ。そして、ゼロにある国民全員及び亡くなった人間、捕獲したヴァンパイアすべてのの遺伝子情報と照合した結果…」
不死身の額から頬に一筋の汗が伝う。モニタールームではその動作、温度変化を検知していた。
「誰とも一致しなかったよ。どうやら君は正真正銘の初対面のヴァンパイアのようだ。というのもね、君と容姿が似ている被害者がいるという報告が上がっていて彼は遺体が発見されていないんだ。だから、もしかしかしてと思ったんだが私の勘違いだったようだ。遺伝子も大きな異常は発見できなかった。だから、君の名前を教えてくれないか? ヴァンパイアには人間と同じように名前があるんだろう?」
不死身はそれを聞いてから唾を飲み込み喉が上下した。温度検知を示しているモニターを一瞥した鳥田は不死身の反応を見てから訝しんで不死身を見た。
「何か知られたくないことでもあるのかな?」
不死身はこのとき思った。
(人間の僕とDNAは一致しているはずだ。もしかしてヴァンパイアの血も流れているから一致しなかったのか? とりあえず僕が伊純楓であることはゼロにはバレていないようだ)
「あなた達は僕のことを不死身と呼んでいるのでしょう? でしたらそう呼んでください」
鳥田は組んでた手をほどいて椅子の背もたれに背中を預けた。
「それじゃあ味気ないだろう? この部屋には私と君しかいないんだぞ、何もそんな固くなることはない。君も何か名前があるんじゃないのか?」
「…」
不死身は沈黙した。そして、鳥田は小さくため息を吐く。
「まあいいか」と鳥田は小声で言ってから机に肘を付き、顔の前で手を組んだ。
「まずはじめに君にはこのような手荒な真似をしてすまなかったね。君の言う通り我々ゼロの中でも君のことは不死身と呼んでいる。文字通り君は死なないらしいじゃないか。すごい力を持っているんだね。人間の私達から考えたらありえない力だ」
「…」
そう言った後、不死身の反応をまるで予測していたかのように鳥田は腕を組んでから更に言葉を添えた。
「ああ、だからといって私達ゼロで君を実験に回したりひどい目に合わせようなんて考えているわけではないよ。だから安心してほしい。私はこう見えてもS級隊員だ、それが確約できるだけの権力はある。ただ…」
鳥田は視界を遮断されている不死身の前でも少しだけ笑みを見せた。それは、作ったような笑みだったが徐々に真剣な顔に戻った。
「私達も生きるために必死なんだ。皆ヴァンパイアを恐れている。もし君が私達に情報提供をためらったら少し手荒なやり方をしてしまうかもしれないがそれはどうか勘弁してほしい。だから、できれば平和に話し合って解決したいと思っている。君も素直に話してくれれば無傷で開放することだって出来るし、もし仲間がいるならその仲間の生命も保証しよう」
鳥田は目尻のシワをより一層深くして微笑みかけた。
「ごめんね。こんな狭苦しいところに手足を縛って一方的に話してしまって。でも、どうか許してくれないか? 私達も怖いんだよヴァンパイアによって殺されるのが。それほど君等は独自の発展を遂げている。人間の私達が理解できないほどにね」
不死身の吸血鬼は首を横に振ったが鳥田はそれをまるで見ていなかったかのように少し前のめりになり目を見開いて話を続けた。
「では、本題に移ろうか。唐突ではあるが私が訊きたいことは3つだ。1つはどうやって君は不死身の力を手に入れたのか。そして、もう一つはあの鬼化の正体はなんなのかということだ。そして、3つ目は…」
鳥田は疑うような視線で眉尻を下げ、不死身を見た。
「人を躊躇なく殺すヴァンパイア、殺さないヴァンパイアの2種類あるがそれらの違いは何なのかということだ」
不死身の吸血鬼はそこでようやく口を開いた。
「僕が不死身になった理由を言ったところであなた達は信じてくれないと思います」
鳥田は無言のまま首をかしげてから言った。
「それはなぜ?」
「あなたは世の中のヴァンパイアが全員人間の敵だと思いますか?」
鳥田は楓のその問いに対して少し首をかしげてから眉を潜めた。鳥田はしばらく考え込んだ後、答えた。
「いいや。私は今まで何匹ものヴァンパイアと戦ってきた。しかし、不思議なことに人を殺さないヴァンパイアも存在することを知った。今回の戦闘においても鬼化したヴァンパイア以外による攻撃で命を落としたゼロの隊員はいなかった。これは偏にヴァンパイアによって人間に対する考え方にばらつきがあるということだ」
鳥田は机に肘を付いて再び顔の前で手を組んだ。
「そして、ここの収容施設で取り調べをしているヴァンパイアで人間をかばっているヴァンパイアもいた。彼らは総じて『共存』という言葉を残していたよ。このことからヴァンパイアが人間に対して味方している物と敵対視しているものの二通り存在していることを私は知った。しかし、彼らは自分の目的を話すだけでその背景にある組織や仲間について一切口を割らなかった」
その途端、空調から冷たい空気が不死身の頬を撫でた。その空気は嗅覚の優れている不死身の鼻腔にじんわりとまとわりつくような嫌な空気だった。不死身は以前その匂いを嗅いだことがあった。それはあの時の地下室で嗅いだ血の匂いだった。
「では、質問の順番を変えよう。君たちヴァンパイアが人間と共存を目指しているらしいがそれは組織単位で行っていることかい? それとも個人単位でそういった信念のような物があるのかな?」
不死身は口を開いて声を発そうとしたがその瞬間、今までの出来事が脳裏によぎった。
(モラドの人間のみんなのことを彼に言ったらみんなが無事でいるわけがない)
不死身はそう考えて発言を選択した。
「…」
不死身は黙秘を選んだ。目の前にいるのは人間の救世主であるゼロ。そして、その組織の中で最上位に位置しているS級隊員。味方につけられたら共存という目標に何歩も前進する。しかし、それが出来るような状況でないことを不死身は理解していた。
鳥田は自分の問に対して黙秘を続ける不死身に対して腹を立てた。今まで穏やかに接してきたことがまるで嘘のように。鳥田はゆでダコのように顔を真赤にし始めた。
「また黙秘か、ならば仕方ないな」
鳥田は空中に浮かぶタッチパネルで2ステップほどの簡単な操作をした後、その画面にはYESとNOの二択を選ぶ画面が現れた。そして、鳥田は迷うこと無くYESを選択した。
不死身に接している椅子、そして手錠や足枷などこの施設で拘束している不死身に接している部分全てに雷のような電撃が走った。不死身はその刺激に思わず声を上げて苦しんだ。うなだれようとしたが顔を固定されている金属がそうさせてくれない。
「言ったはずだ。私の問に素直に答えないとこうなると。改めて教えてもらおう。人間をかばうヴァンパイアはその背景に組織があるのか? それとも個人で行っていることなのか?」
「…」
しかし、不死身は答えない。
そして、鳥田はいつまで立っても口を割らないヴァンパイアに呆れてモラドのヴァンパイアたちがおかしなことでも言っているかのように鼻で笑った。
「共存か。君は出来ると思うかい? 食うものと食われるものが手を取り合って一緒に仲良く生活するだなんて。私はそんな未来を想像できないな。実にくだらない」
不死身は顔が固定されていて分かりづらいがうつむくような動作をしていた。しばらくの考える時間があって不死身は口を開いた。
「あなたは、ヴァンパイアが憎いですか?」
鳥田は大きな拳を机に叩きつけた。出ていった監視官が飲んでいたであろうをマグカップに入ったコーヒーがその勢いでカップから溢れた。
顔を赤くして短髪の頭からは湯気が立ち上りそうなほどだった。
「当然だ! お前たちヴァンパイアはどれだけ人間の命を奪ってきたかわかるか? 私の大切な仲間はヴァンパイアに何人も殺された。S級になってもだぞ? 私のS級の友人は入れ墨だらけヴァンパイアに殺された。死体も無くどこでどうやって最期を迎えたのかもわからない。彼は今まで一緒に切磋琢磨してきた仲間だ。娘だっている。そんな人間がある日突然、どこに行ったのかわからなくなった。報告を受けてやっと彼が死んだことを知るんだ。大切な仲間の死に様にさえ合わせてくれなかった。そんな奴らを憎くないわけがないだろ」
しばらくの沈黙の後、鳥田の問に未だ答えない不死身を見かねた鳥田はジャケットのポケットをまさぐって何やら手のひらサイズの小瓶を取り出した。
「これは新鮮な血液だ。ここのヴァンパイアに提供している中では最も上物の血液。私の言うことに素直に答えてくれたらこの血をやろう。もし、これだけでたりなかったら私の血液も君に分けよう。悪い話ではないと思わないか?」
楓は首を横に振った。それでも鳥田は話を続ける。
「不死身を手に入れた力の根源はなんだ? 鬼化の理由はなんだ? 少しずつで良い、私に教えてくれないか? 教えてくれたら君を自由にする。もし君に仲間がいるのならば安全を約束する。僕もS級隊員としての名誉がかかっているんだよ」
楓は目の前で必死に訴えかける鳥田の声が聞こえていなかった。
その間、楓は思っていた。
(また、同じ状況なのか。
不死身だから周りは恐れてこうやって手足を拘束して僕のことを脅威と考える。そして、その力を欲する者もいる。やっぱり、僕なんか存在しなきゃよかったんだ。そうすればゼロだって僕のことを脅威だなんて考えなかった。あんな目に合うことなんてなかったんだ。
やっぱり人間にとってヴァンパイアは恐ろしい存在なんだ)
楓は顔を上げて見えないとわかっていてもガラス板越しにいる鳥田に目をやった。
(きっと、この人だって不死身ってだけで目の前にいるヴァンパイアに対して恐怖を感じているはずだ。当然だ。戦ったって僕は死なないんだから。簡単に死んでしまう人間はそれを脅威と思って当然なんだ。やっぱり、共存なんて…)
それから、楓が沈黙して約1時間が経過した。




