第68話「特訓⑦」
1号の必死の抵抗も合ったが二人の戦いに決着が着いた。
1号の体は徐々に色が薄く透明に近づいていき体の中心部に小さな球体が姿を見せた。1号は実体化していた姿からホログラムの姿に戻りその球体に円を描きながら吸い込まれていく。
1号の姿が消えたことを確認した楓も力尽きて両膝を床についてうなだれるように首を落とした。
心配した竜太がすぐさま楓のもとへ駆け寄ってい肩を貸す。
竜太が楓の名前を呼んだが返事はなかった。前髪をめくって顔を確認すると目をつむって気を失っていた。
それからしばらくして楓は目を覚ました。どれくらいの時間眠っていたのだろうか。戦っている最中、外は明るかったが目を覚ました頃には外は真っ暗になっていた。竜太は施設にある掛け時計に視線をやって時刻を確認してから楓に視線を落とした。
「楓、おはよう」
隣で眠っていた楓に竜太は言った。
目の下にあるくまは白い肌には相変わらずくっきりと写る目元を瞬かせてようやく楓は気がついてその竜太の言葉に返事をした。そして、楓は回りを見渡して少し考え込んでから言う。
「あれ、1号は?」
竜太はあの戦いを見たあとの楓のその反応に唖然とした。しかし、竜太はその問いに対して何も知らない楓に丁寧に答えた。
「1号はお前が倒したよ。すごい力だったんだぜバグって凶暴化した1号をお前は簡単にやっつけちまった」
楓は驚いた様子だった。それはとても自分の手で1号を倒したとは思っていないようだ。
「覚えてないのか?」
額に手を当てて小さく唸って楓は考え込む。
「いや、ちょっと記憶はあるんだけど。倒したところまでは…」
「そうか。でも、暴走はしてなかったぜ。楓の意識はなかったみたいだけど俺は無傷だったし、お前は1号だけに攻撃をしていた。これはこれでミッションクリアしたんじゃねぇの?」
そう問いかける竜太だったが楓は何か釈然としない様子で首を少しだけかしげた。
「でも、今回は何か掴んだよりたまたまうまく言っただのような気がしてるんだ。自分で何かを制御できたっていう感じはなかったから」
「無意識の間に制御してたんじゃね?」
「無意識の間に? いや、それは無いと思うけどな…」
二人が話していると愉快な足音をリズムよく立てて二人の向かい側の扉から一人に男が姿を表した。
その男はCATsCEOの西郷だった。西郷は二人の元へ近づいて回りを見渡した。頑丈な研究施設に付けた戦いの痕跡などの状況を確認して言う。
「やあ、二人共。お侍たちの姿がないってことは期限内にノルマをクリアできたってことでいいのかな?」
竜太は頷いたが楓は自分でまだ納得がいっていないようだった。それを見た西郷は言った。
「楓君は1号を倒したんだよね?」
「はい。でも、コントロールできたって感じじゃなくて本当にこのままで良いのかどうか」
「うん。大きな力を急に手に入れたんだから不安に思うのも無理ないよ。でも、結果を振り返ってごらん。君は1号を倒したし竜太くんも無事だ。だから、心配いらないよ君は自分の中の自分をコントロールしていたんだ。自信を持って」
西郷は楓の肩を叩いた。そして、竜太も西郷の意見に賛同するように頷いて聞いている。
「てか、西郷さん1号バグってたよ。完全に挙動がおかしかったもん。俺が2号を倒した時以上の攻撃を楓が与えたのに倒れなかったぞ」
西郷は衝撃的だったのか肩を持ち上げて目を見開いた。その勢いで黒縁のメガネが地面に落ちる。
「嘘だろ。バグがあったのか。あれほどテストではうまくいっていたのに。これじゃあ商業化できないじゃないか…」
頭をかきむしって西郷は一つ息を吐いてから言った。
「とりあえず大垣さんには僕から連絡しておくよ。うまくいったってね。あと、外に車を回してあるから最後に見送りだけさせてくれ」
竜太と楓は西郷に見送られてCATsの研究施設をあとにした。
二人はCATs社員の運転する車で送迎されてモラド洋館に到着していた。
洋館の大きな扉を開けると夜の闇に洋館の中のきらびやかな光が溢れ出す。
その光の中から最初に飛び出してきたのか鬼竜だった。二人を両腕で抱え込んで頭をグシャグシャとなでる。ヴァンパイアの鋭い嗅覚には刺激の強い香水の匂いが二人にとっては2週間という間だったが懐かしく感じた。
「後輩! おい、後輩たち! 無事だったか? 心配したんだぞ」
飲みに言って以来2週間ぶりの再開を楽しむ鬼竜に竜太は成果を自慢気に語りながら鬼竜に無事生還したことを告げた。楓も少し控えめに成果を報告して鬼竜は安心したようだった。
二人の歓迎にモラド洋館内でもある程度話し込んだ。この2週間あった出来事。ヴァンパイアの力の源である負の感情、恐怖。バグで異常な強さを見せる1号を叩きのめした楓の圧倒的な強さなど様々なことを大垣や連堂、工藤などモラドのメンバーに話した。殆どは竜太が話していたがいつの間にか時が過ぎていくようで帰ってきてからどのくらい話しただろうか時計は深夜0時を回ったところだった。竜太が熱弁して話を聞いている鬼竜が後輩の有志に気分を良くして言った。
「よし! 飲み行こう! 2週間ぶりだ、禁酒してたんだぜ俺。願掛けみたいなもんだ。もっともっと話を聞かせてくれや」
竜太はその言葉を待ってましたとばかりにノリノリでいつものバーに向かう鬼竜の背中に付いていく。楓も少し呆れた様子で二人の背中を追いかけた。
竜太と楓の2人は久しぶりの地上の澄んだ空気を胸いっぱいに吸って大きく吐いた。そして、山奥の澄んだ空気でくっきりと黒い背景に現れる満天の星々を見上げながら竜太は言った。
「今日は満月かぁ。めでたいな〜」
二人の見上げた視線の先にはどの星よりも煌々と輝く満月が手の届きそうなほどだった。
鬼竜は「二人をお祝いするには最高の日だな」と楽しそうに言う。
普段だったらすぐに地下通路を通ってルーカスが経営する以前言ったバーへ行くが今日は特別にとバー真上まで地上を歩いていった。
「鬼竜さん今日はたくさん飲みましょうね!」
「当たり前だろ。竜太は俺の弟子1号なんだぞ。死ぬまで酒に付き合ってもらうからな」
「1号って。俺はロボットじゃないんですよ」
二人はケラケラと笑うが楓は死ぬまで酒に付き合うことを想像したら苦笑いするしかなかった。
「そう言えばルーカスさんは今日いないんですか?」と楓は鬼竜に問いかけた。
鬼竜は両手を点に広げて首を左右に振って言う。
「達磨が腹壊して家から出れないんだと。全く気持ち悪いやつだよな」
楓はモラド洋館に帰ってきた時ルーカスの姿がなかったことを思い出した。京骸がいないのはなんとなく予想がついていたけどルーカスがいないのは疑問に感じていた。一緒に飲んだ時に二人のことを後押ししていただけにいなかったのが心に引っかかったのだろう。
3人は雑談して盛り上がっているうちに以前ルーカスも一緒に来たバーの扉の前にいた。相変わらずそこは地下通路のコンクリートでできた壁に溶け込んでおり、そこにバーが有ると知っていなければ確実に通り過ぎてしまうほど擬態していた。
鬼竜はコンクリートの壁に決まったリズムでノックをする。すると、中から筋骨隆々の黒人が顔を出した。ジャンセンである。
「ルーカスさんから話は聞いています。今回はルーカスさんからすでに料金は頂いています。中へどうぞ」
「なんだよルーカス。話は通してあるかよ水臭いな一緒に飲めばいいのに」
3人はジャンセンに店内に通されて鬼竜の両脇に楓と竜太は座る。
ジャンセンは3人分のグラスに赤い液体を注いで3人の目の前に置いた。最初にグラスを掴んだのは鬼竜だった。
「それじゃあ。二人の出所祝にカンパーイ!」
「出所?」と竜太は吹き出すように笑う。
「ずっと、施設に隔離されてたら刑務所にいるみたいじゃん。同じだろ?」
二人は時が止まったように顔を見合わせてキョトンとして静止したが竜太が再び動き出して「そうっすね!」と乾杯の邪魔をしないように答えた。
3人のグラスがカチンと音を立ててきれいな音を立てた。これからはヴァンパイアの時間。ヴァンパイア同士の宴が始まる。




