表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/127

第67話「特訓⑥」

 楓は1号の木刀を取り上げて真っ二つして放り投げた。お互い対峙している姿に武器は持っておらずお侍1号も武器を使うことを諦めたのか顔の前に両手の拳を握って構えを低くした。


 1号の木刀を素手で止めてから一言も言葉を発していない楓に竜太は心配の眼差しを向けた。今の楓はどっちなのか。支配されているのかされていないのか?


 楓の瞳は血で濁ったように真っ赤に染まっている。そして、口角を持ち上げて口元からは白い歯を覗かせる。そんな不敵な笑みを1号に向けて見せるが1号は全く怯むこと無く血の通っていない目でまっすぐに楓の瞳を見つめている。感情のないロボットは握る拳に少し力を強めてから楓に先制攻撃を仕掛けるべく地面を蹴り上げた。


 相対する楓はまだ笑っている。そして、ようやく口を開いた。

「来い。そして、俺に死を見せてくれ」

 楓はわざと両手を脱力してぶら下げた。当然ながら1号が助走を付けて放った勢いのある拳が楓の頬を捉える。楓の顔は波打つように歪み白い肌には口元がキレて垂れ流される赤い血液があった。

 楓は口元の血を拭った。

 そして、まるで痛みを楽しむように笑みを浮かべたままでいる。

 

 いつもの楓と違うのは明白だが暴走はしていない。自我は保っているように捉えた竜太は胸の前で構えていた木刀を下ろしてしばらく様子を見た。

 1号は楓の要望に応えるように何発も何発も楓に力強い打撃を当て続けた。楓の顔の所々は赤く腫れ上がって出血もひどくなってきた。

 しかし、1号から一撃をもらってから変わっていないことがある。それは楓がはじめに立っている位置から一歩も動いていないということだった。どんなに強いパンチを食らっても一歩も後退すること無くその場に立ち尽くしていた。

  お侍1号の拳は皮膚がめくれ上がり楓の血液で真っ赤に染まって、肌色の面積が少なくなりダメージを忠実に再現されている。

 

 そして、1号はこの勝負に決着をつけようと思ったのか楓の額めがけて拳を振った。その拳は1号の狙い通り楓の額ど真ん中を捉えてもろに食らった楓は上体が少しのけぞった。あまりの衝撃に楓の眼球は震わされて自然と寄り目になった。

 腕をめいいっぱいに振り切った1号は勢いそのままに楓の後方へ床の上をスケートで滑るかのようにして地面に手をついてブレーキをかけ静止する。

 楓はのけぞったままの上体をゆっくりと起こして額に手を添えた。額に当てた手のひらに視線を落とす。そこには真っ赤に染まった液体が付着していた。

 額が切れて血が鼻の付け根を境に二手に分かれ、鼻の形に沿うようにして口元まで流れ出ている。


 自分の血を見て喜んでいるのか楓は手のひらをみて笑みを見せた。そして、ギュッと握りしめる。

「あの時の恐怖を感じる。ひんやりと冷たい地下。鼻腔にまとわりつくようなカビの臭い…」

 小さな声でつぶやいていた楓だったがそれを聞き逃さなかった竜太は聞き返した。

「楓何言ってんだよ。今、大丈夫か?」

 楓を心配する竜太は楓が正気であってほしいと願う意思もあって無理やり貼り付けたような笑みを見せる。

 竜太の言葉が届いていない楓は更に独り言を続ける。

「あの時の恐怖…あれが死」と遠い昔の思い出でも思い出すかのように目を細めてそれを噛みしめるように言った。

 楓は遠くにやった視線を目の前で構えるロボットへとようやく向けた。それは下級の人間を見下すように冷徹で蔑むような目つきだった。  


 楓は首を左右に曲げてコキンコキンと音を鳴らす。まるで準備運動が終わったかのように手首を左右に曲げてほぐした。

 竜太の頬に風が走った。気づけば1号は顔が凹んで体は壁にめり込んでいる。この研究施設で壁がめり込むほどのダメージを受けたものはいなかったし、めり込むことなんてなかったことから一撃の重さが伝わってくる。

 この一撃で勝負が着いたようだった。攻撃を受けた1号は壁にめり込んでから全く動く気配がない。


 楓は1号のもとへゆっくりと歩を進めて、戦闘不能になった1号の胸ぐらを掴む。

 1号がまるで中身が綿しか入っていない人形にでもなったかのように軽々と持ち上がり地面についていた両足は宙に浮いた。

 その直後に施設内で拳銃を打ったような弾ける音が響き渡る。


 床に叩きつけられた1号は腕と首が人間ではありえない方向に曲がって見るも無残な姿になっている。その姿を面白がる楓は1号に馬乗りになって集中的に顔を殴り始めた。

 肉を叩く鈍い音が静まり返ったこの施設ではよく響いた。

 1号は全く動くことがなくされるがままのサンドバッグ状態であった。

 すでに決着は着いた。見守る竜太もそう思っていたが竜太はある疑問に気がついた。

「なんで1号は消えないんだ」

 楓に何発も殴られている1号は竜太が2号を倒したときのように小さな球体の中に吸い込まれるようにして姿を消すはずだったが1号は何度殴られてもまだその球体が姿を見せることはない。

 忠実に再現された血液がお侍1号の顔を真っ赤に染めていた。そして、楓は嬉々として1号の顔を殴り続ける。そして、楓が打撃を繰り出すために振りかぶったときだった。楓の顔は片手で包み込まれて視界が真っ暗になった。楓が繰り出した攻撃は空振りし、1号は楓の顔を握ったまま立ち上がる。

 1号の視線は楓を見ていない。首が後ろに曲がって、肘関節は本来あるべき角度の逆を向いている。人間の容姿をしているが今の1号は人間ならばすでに死んでいる状態であり今の状態は人間とは程遠い。

 1号は力そのままに楓を押し倒そうと力を加え楓の上体が反らされていく。一方、振り切った拳が空振りしていた楓は両手の手のひらを天井に向けたまま腰を反らして上体が上向いていく。

 

 1号は顔が真後ろを向いたままでボールを叩きつけるように床に楓の頭を叩きつけた。鉄筋コンクリートの硬い床に楓の後頭部を中心にくぼみを作った。

 楓は地面に叩きつけらてしばらく動かなかった。1号はしっかりと止めを刺したことを確認するために楓に背中を向けて対象を確実に確認した。1号は眼球がそっぽを向いているが目の前で横たわる楓をつま先から脳天までスキャンするように視線を下から上へと動かした。

 

 少しの間。ほんの少しの間だが楓は目を閉じたまま地面に埋もれて静止していた。そして、しばらくしてからカッと目を見開いて緋色に染まった眼球を再び見せた。

 眠りから覚めたように体を起こして左右に振って首を鳴らす。その姿はまるで寝起きの悪い朝を迎えているようだった。

 1号は楓がまだ生存していることを確認するとまるで意識だけで飛びついたみたいに楓に磁石で引き寄せられるがごとく止めの一撃を刺そうと試みた。その攻撃の速さは今までの比ではなかった。正常の1号ではここまでのスピードと威力で攻撃を仕掛けてくることはなかった。しかし、楓は1号の攻撃を待っていたかのように自分の腕を1号の首筋に引っ掛ける。

 ラリアットのような形になって勢いよく楓に向かっていった1号は勢いそのままに逆上がりを楓の腕を軸にして一回転した。

 そして、1号は少々足元がふらついてから元の位置に戻る。

 この間、楓は致命的なダメージを与えるスキはあったがそれでもあえて止めを刺さなかった。

 一回転したお侍1号が楓の真隣で顔を並べる。

 

 楓の挨拶代わりの一発は1号にとって挨拶にもならなかったようで施設の壁に体を強く叩きつけて1号からは腕が剥がれ落ちた。

 楓は跳躍して今度こそ決着をつけるとばかりに壁に叩きつけられた1号を何度も何度も殴り続けた。あまりの凄惨さに竜太は止めようとした。それでも竜太の非力な力は楓に振り払われて攻撃を止めさせることができなかった。

 竜太は楓に蚊でも叩くように弾き飛ばされて地面に伏した顔を持ち上げて楓を見た。

 

 しかし、竜太の視線はすぐに床面に向かった。目の前に小さな球体のようなものが落ちてきたからである。

 竜太はそれが何かわからず手にとって確認した。それは白い球体でピンポン玉のような大きさだ。

 その正体を知った竜太は「うわっ!」と叫んですぐに放り投げた。

 それはお侍1号の目玉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ