第59話「会議」
交流会を終え、モラドの人間に挨拶を終えた楓は連堂に言われた通り2階にある会議で使われる部屋のドアの前まで来ていた。
楓が恐る恐るドアをノックすると連堂から「入れ」と返事があって楓は部屋の中へと入る。
中は長方形の長テーブルが一台あり、楓が部屋に入って正面、長方形の短辺の方には顔の前で手を組んで大垣が座っている。そして、その両脇の長辺の方では楓が今まで話したことがあるヴァンパイアでは連堂と鬼竜がいた。
その向かい側の席には黄土色のトレンチコートにハット深々とかぶり目元が影で覆われている男性のヴァンパイア、そしてその隣には白いワイシャツのボタンを半分以上開け、大胆に胸元を強調し、濃いめのメイクをした大人な女性がスマホを操作しながら座っている。
ただその部屋から感じることは今まで立華や烏丸からは感じなかった重厚な空気感を感じる。それはまるでこの部屋の中だけ空気圧が増したような感覚だった。
楓は部屋の中その空気感に圧倒されているとそれを見かねた大垣は鬼竜の隣、ドアの近くに空いている席を進めて楓はそこに座った。鬼竜は無事に帰還した可愛い後輩の頭を「おかえり〜」とワシャワシャと撫でてまるでペットのように可愛がる。
そして、正面にはハットを深々とかぶったヴァンパイアが座っている。楓が正面に座って近くで見てみると目元はよく見えなないが鼻や口元は外国人のように彫りが深くて人間の年齢で言えば30代後半くらいの男性を思わせた。
その男はうつむき気味に落としていた視線を楓の方へと向ける。すると、ハットの影の中から緋色の瞳の鋭い眼光が楓の事を突き刺すように見つめた。
「君が例の子供か。話は聞いているよ」
その男はその顔に似合った野太い声で楓にそう言った。
楓は眼光と声の威圧感だけでその射抜くような眼力に一瞬背筋を伸ばしてたじろいだ。少し声が裏返って挨拶を交わした。
「は、はい。よろしくお願いします」
すると、その男は「ああ、よろしく」と言って楓に握手を求めた。その手は白い手袋をしていて楓が握手をするとまるで赤子の手を握っているかのようでその男の手は大きかった。
しかし、
「にゃあ〜」
拍手を交わしたあと数秒の沈黙があってからこの仰々しいほどに重圧を感じる空気感の中では似つかない声が聞こえて楓は思わず「え?」と声を漏らしてしまう。
楓の反応はお構いなしと、先程楓と握手を交わした男が再び足元に視線を落として言った。
「こりゃこりゃ達磨出てきちゃダメでちゅよぉ」
楓の目は文字通り点になった。
楓は思わず目をこすってから目の前でエキゾチックショートヘア(まんまる顔に潰れた鼻をしているブサカワ系の猫)を膝の上で撫でる男に再度視線を戻した。
その男の膝の上でふてぶてしくあくびをする猫は餌でも欲しそうに男の顔を見上げながらまたのんきな鳴き声を上げた。
そして、隣に座っている胸元を大胆に開けたシャツを着ている女性が吹き出して笑う。その女性はスマホから目を離して隣の猫を撫でる男に言った。
「ちょっと、ルーカス。貴方のギャップにその子も戸惑ってるじゃない。あとその子の悪趣味な名前やめてくれる? 可愛そうよ」
その女性は楓に視線を送ってからルーカスと呼ばれた男を再び見て言った。そして、膝の上で猫を撫でるルーカスは顔を上げてその女性を見た。
「美波、いいことを教えてやろう。この子はな、私が考えた名前135種類を試した結果この名前で呼んだ時に唯一嬉しそうに返事をしたんだ。この子にとってこの名前が最適解なんだよ。決して悪趣味なんかじゃない」
満足気に猫を撫でるルーカスに対して隣に座る美波と呼ばれた女性はため息交じりに一瞬天井に視線を移した。
「呆れた。それってあんたに懐いてないだけでしょ」
ルーカスの膝の上に乗っていた達磨と呼ばれた猫は膝の上からジャンプして飛び降り、椅子の下でのんきに丸くなっていた。
連堂が2人の様子を伺ってから口を開く。
「今回の会議は伊純の暴走についてと今後の伊純の措置についてだ」
美波は足を組んで両腕を椅子の背もたれに投げ出すようにしてから言った。
「どうせ実験で得体のしれない薬物でも投与されたんでしょ。アイツらのしそうなことよ」
大垣は美波の言うことに頷いてから言う。
「ルーカス君、ALPHAへ送っていた偵察隊の情報はどうなっているかな?」
「わかりました。おい、入れ」
ルーカスはドアに視線を送って声をかけるとドアの向こうから返事が聞こえてドアから一人のヴァンパイアが姿を見せた。
そのヴァンパイアは黒人を思わせる風貌に坊主頭の男性だった。
「彼は私の部下のジャンセンだ」
「ジャンセンと申します。我々の偵察隊がALPHAへ潜入して知り得た情報を報告いたします」
ジャンセンは美波に視線を送ってから言った。
「大方、美波様の言うとおりで間違いないでしょう。奴らは不死身のヴァンパイアを再び作り出すだけでなく高い戦闘能力を備えた不死身の兵士を伊純様を元に量産するつもりです。その戦闘力を引き出すための薬を開発したという情報が入っていますが試作品のためか伊純様以外に成功例は無いようです。そのため、不死身であり薬の適合に成功した伊純様を取り戻そうとしているということで間違いないでしょう。ただ、」
ジャンセンは途中まで言いかけると息を吸い込んでから意を決したように話を続けた。
「奴らが追いかけているのは伊純様だけでなく伊純様のお父上も探しているようです。未だゆくへは知れていませんが奴らも手がかりはつかめていないようです」
大垣は顔の前で組んでいた手を崩して背もたれに体重を預けた。
「やはり、両親のどちらかが混血の一族。今回で父親の方が混血であることがわかったか」
ジャンセンは頷いて答える。
「我々の方で父親の捜索を継続して行います」
ジャンセンは「定期報告は以上です」と言うとルーカスは「下がれ」と指示を出してジャンセンは一礼して部屋を去っていった。
「さてと、伊純君の父親の捜索は彼に任せるとしよう。そして、伊純君の今後の対応についてだが私個人としてこれ以上伊純君をALPHAと接触させるわけにもいかないと思っている。よって、この洋館で隔離するという手段を講じたほうが良いと考えてるんだがみんなの意見はどうかな?」
「私はさんせーい」と美波は肩まであるカールした髪を指で巻きつけながら言った。
「しかし、大垣さん伊純をここで匿ったままにすればいずれ居場所が割れるのも時間の問題では? それにこれ以上に地上にとどめておくのも人間に危害が及ぶ可能性もあります」
「しかし連堂君、彼を戦闘に出すというのはあまりにも危険な選択だと思うが…」
「どうせここにいることがバレてるんです。奴らが今回のようにいつ襲撃が来てもおかしくないです。それに、京骸が助けに入らなければ彼は連れて行かれていたかも知れません。いつ襲われても良いように準備を進めるべきではないでしょうか」
「そう言えば京骸がいなくない?」
美波が大垣と連堂の会話を断ち切ってそう言った時だった、ドアが割れるような音と共に勢いよく開いて京骸が現れた。
「おいおい、京ちゃん遅刻だよ」と鬼竜が言う。
「鉄山のじじいに捕まってたんだ、しょうがねぇだろ。そんなことより…」
京骸はすぐそこにいる楓を指差した。
「俺はコイツが表に出ることは許さねぇ。コイツはいずれ仲間を殺す可能性があるからだ」
「烏丸の件か」連堂は言った。
「ああそうだ。お前らはコイツが暴走したところを見てなかったからわからないかも知れないがあの時のコイツはもはやヴァンパイアじゃねぇ。ただの殺戮兵器だ。生物ですらなかった」
京骸は楓の白髪を鷲掴みして頭を揺らしながら言う。
「コイツは核爆弾でもぶっ壊れねぇような地下のシェルターに永久に隔離しときゃいいだろ。そしたら奴らも手出しできねぇから俺らがALPHAを潰すまでそうやって保護すればいい。簡単な話だろ」
「京骸君、伊純君に乱暴はしないでくれ。彼もやりたくてやったわけじゃないんだよ」
「でも、大垣さん…」
「落ち着け京骸。お前の言うこともよく分かる。しかし、それでは伊純のためにはならない」
「連堂の言う通りだな。俺たちはか弱い子猫を守っているんじゃない。一人のヴァンパイアを敵に渡さないために戦ってるんだ。仮に強靭なシェルターなんてどこにあるのかな? もっと現実的な対策を考えるべきだ」
ずっと黙り込んでいた鬼竜は思いついたように拳を手のひらに落としてから言った。
「逆にあの暴走した力をコントロールして僕らの戦力にするってのはどうです?」
相変わらず面白いことでも思いついたかのようにニヤリと笑いながら言う。
「は? お前正気か? 自我を失ってたんだぞ。コントロールできるわけないだろ。それに万が一また暴走したらどうするつもりだ。暴れられたら誰が抑えんだよ」
鬼竜は顔の前で手を振って京骸の意見を否定した。
「あるじゃないですか。しかもちょうどいいタイミングでその強靭なシェルターとやらもありますし、コントロールするための訓練をするには最適な物ができた」
連堂は鬼竜の方を向いて確かめるように言った。
「西郷のホログラムAIか」
鬼竜はその発言をしてくれることを狙っていたかのように数回頷いてから言った。
「そう。CATsで戦闘ロボが完成したそうじゃないですか。ロボットだったらいくらでも殺していい。しかも、CATsの訓練施設は核爆弾なんて簡単に防げる強化設備付き。この機会を逃すわけには行かないっしょ」
鬼竜は指をパチンと鳴らして言い切ったが京骸はまだ納得がいかなかった。
「ちょっと待て。それとこれと何の関係がある? そのロボットを倒したからってコイツが暴走をコントロールできるとは限らないだろ」
「ええ、だから暴走させて自我を保てるようになるまでそのロボを倒してもらうんですよ。それができたら初めてコントロールできたと言える。そしたら僕らは強力な戦力を得たことになります。つまり、ALPHAが作った兵器を僕らが逆に利用してやるんです。逆にそれができなければ僕ら全員で彼を止めてから安全な場所にでも永久に隔離するってことにしましょう」
楓の隣に座る鬼竜は背もたれに体重をかけて前後へ椅子を動かしながら楓の肩に手を組んで耳元で囁いた。
「楓ちゃんもずっと室内じゃ息苦しいでしょ。頑張って外に出なよ」
大垣は前かがみになって机に肘を置き顔の前で手を組んだ。
「たしかに、鬼竜君の言う通りかも知れない。考え方を変えてみれば我々は強力な戦力を手に入れたことになるかも知れないね。ただ、」
大垣は途中まで言いかけると顔の前で組んでいた手をほどいて背もたれに体重を預けた。
「一番は本人がどうしたいかが重要だ。伊純君はどうしたい?」
楓は視線を下げて少しの考えてから言った。
「僕のやりたいことはあの日から変わりません。平和な世界を実現したい。それだけです。そのために守られてばかりじゃ圧倒的な力を前にして救いたい人も救えない」
「それでは決まりだね」
モラドの上位クラスのヴァンパイアと大垣プラス楓で行われた会議は終わった。
それぞれが部屋から出る時に楓も部屋を出ようと立ち上がった時だった美波が楓の目の前に立っていた。
大胆に胸元が空いたワイシャツがちょうど楓の視界に現れて楓は驚いてもう一度着席し、頬を赤らめた。
美波は人差し指で楓の額を突いた。赤紫い色のネイルを施した長い爪は楓の額に少しだけ食い込む。
「君は不幸な少年ね。どんな辛いことがあったか知らないけど悩みがあったらちゃんと吐き出しなさい。溜まったものはちゃんと出さなきゃダメよ」
美波は楓の額に付けた指をデコピンするように払ってから、
「それだけ」と言い残して部屋を出た。
楓は隣に座る鬼竜に肩をゆすられてハッとした。
「何期待してんだお前は。これだからガキは困るよ」
「いえ、期待してないですって」
鬼竜は楓の否定などお構い無しで「まあまあそういう時期だからわかるよ。六花ちゃんはきれいだもんね」と自分で解決している鬼竜を横目に楓は異変に気づいた。
会議室の中はいつのまにか楓と鬼竜そして、正面に座るルーカスの3人になっている。
外もカーテンをしていて気づかなかったが夜も遅い時間になっていた。
「さてと…」と鬼竜はいじっているスマホから視線を離して立ち上がる。
「交流会も終わったし、当然飲み行くっしょ?」
「もう深夜ですし、夜遅いですよ?」
「何言ってんの。これからはヴァンパイアの時間だよ。それに、今度飲み行こっていったじゃん。とりあえず行くっしょ」
当たり前のように言う鬼竜は楓の返事を必要とすることもなく前に座るルーカスに視線を送って、
「行くよルーカス」
「あの、僕お酒は…」と楓が途中まで言いかけた時、鬼竜はその言い訳を待ってましたとばかりにスマホを楓の目の前に突きつけた。
「竜太も来るんだから当然楓ちゃんもくるっしょ?」
そこにはいつ交換したのか不明だが竜太の物と鬼竜の物と認識できるアイコンでSNSのやり取りの痕跡があった。
「わかりました」
異様な恐怖を感じる楓は渋々返事をした。




