第125話「死への克服。そして…」
楓の真っ赤に染まる瞳が竜太を睨みつける。
「覚悟してよ」
楓は腰に携えていた刀を抜いた。その刀は依然として赤く燃えるような輝きを放っている。
「こうやってやり合うのは久しぶりだよな。お侍と特訓した時以来か。見せてくれよ、不死身が覚醒した強さってやつを」
竜太も同じように鬼化した状態で腰の刀を抜いた。鬼化、そして混血の血を自らの体に取り込んだ竜太のヴェードは楓と同様に赤くなっていた。
竜太が不死身になってまだ数分しか経っていないが、鬼化と不死身の力を組み合わせてヴェードの赤色はさらに力強さを感じさせた。
そして、二つの赤い刃が火花を散らしてぶつかり合う。
ヴェードが最高ランク赤同志の威力は、交わった刀の衝撃だけで周りにあったコンテナはひっくり返って大きな音を立てる。
「いい力持ってんじゃねぇか。ここまでやりあえる奴に出会ったのはルイ以外にいなかったな」
楓の力に喜ぶ竜太とは対照的に楓の表情は厳しかった。
「竜太」
「?」
「一つだけ聞いていい?」
「なんだよ」
「人を殺した?」
「ああ、殺したよ。何人もな。どのくらいだったかな? うーん、数え切れないな」
「何も思わないの?」
「言っただろ。この世界は弱い者は死んで、強い者は生き残るようにできてる。ただな…」
2人は刀を弾いて、一旦距離を取った。
「最初は辛かったよ。俺も元は人間だから目の前で命が亡くなる様を見るのは辛かった。でもな、この世界は弱肉強食だ。弱ければ食われて強ければ生き延びられる。結局はこのシンプルな原理に基づいてるんだよ」
「ユキが殺されたことは知ってるよね? それも、何も思わないの?」
竜太は今までとは違って少し、深刻そうな表情に変わった。そして、答えるまでに今までよりも少し時間を要した。
「ああ、ルイから聞いたよ。ケニーがやったとか言ってたな。でもな、楓、お前は死なないから、もうわかんねぇかもしんねぇけど、死んだやつはただの肉の塊だ。死んだら、ただの有機物でしかない。死んだら今まで生きてきた意味がなくなるんだよ。死んだら終わりなんだ」
「そんなことない、ユキが亡くなっても今までユキと作っていた思い出は消えないでしょ。竜太、どうしてそんなに変わっちゃたの? 今までそんなこと言わなかったよね」
再び赤い刀同士が、交え合う。
「もっと現実的に考えろ楓、共存とかいう夢物語だ。今は、共通の敵に対して協力してるかもしれないが、この戦いが終わったらそれも元に戻るだろう。それに、終いにはモラドの大垣は私利私欲に犯されて自滅した。この世に救いはもうない。だったら、自分で生き延びる方法考えないといけねぇ」
「だからって、竜太は不死身の吸血鬼がどういう存在なんかわかってない。たとえ、ALPHAが無くなったとしてもこの力を狙ってくる組織は必ずいる。ALPHAが不死身を作り出せる薬を開発した以上、今後そういう奴らが出てくる。それに、死なないってことは、死を超える痛みが永遠に襲ってくるってことなんだ」
竜太は真剣な楓の訴えにむしろ笑っていた。
「わかったよ、楓。同じ不死身のなっても俺らの意見が同じ方向を向くことはないんだな。だったら、見せてくれよ俺にその死を越える痛みってやつをよ」
楓は赤く輝く刀に視線を落とした。
「わかったよ。僕が竜太を動けなくさせるまで追い込んだら、今まで奪った命に対して罪を償って。そして、もう一度モラドに戻ってきて」
「いいぜ、俺はたった今ALPHAを抜け、ルイもいなくなった自由の身だ。ただし、お前が勝てたらの話だけどな」
それから楓はその宣言通り、竜太に手加減なく刀を振るった、赤く輝く刀は鋭く竜太の肉を裂き、腹をえぐる。竜太も同じように楓を殺すつもりで挑んだ。刀の連撃の後に拳銃で額を狙って、殺す気で戦っている。
2人の不死身は脳を破壊しても、心臓を貫いても死ぬことはない。決着がつくはずがない戦い。それでも、お互いに体がどんなに損傷しても力と力をぶつけ合う。
肉体は何度でも回復する。しかし、同じヴェードで同じ力を持った武器は何度も何度も激しくぶつかり合うことで、やがてダメージが蓄積し、やがて武器としての機能を失う。
2人が倉庫のコンテナや木材などを足場にして、飛び交ってほとんど空中戦で人間がその場に立ち尽くしていたら人間の動体視力では姿を追えないほどの速さで戦っていた。しかし、次の一撃で互いの赤い刃は、ただの鉄屑と化した。2人の刀はやがて互いの威力に耐えきれなくなり、真っ二つ別れて光を失った。すぐに刀を投げ、互いに銃を取り出し、突きつける。
しばらくは銃撃戦になった。身を隠すところが多くあるこの倉庫では、銃撃戦で戦うのに適していた。
赤い弾丸がコンテナに着弾するごとに、コンテナを吹き飛ばしていき倉庫の中は嵐で起こったかのような状況になっていた。
楓も竜太も赤い弾丸を互いに容赦なく打ち込み合う、心臓を貫く一撃や体に簡単に穴を空けるほどの弾丸の威力があった。
しかし、銃撃戦も球数に制限があり長くは続かない。相手に着弾したところで、死ぬはずがない。
すでに、刀も銃も全ての武器を使い尽くした2人は次の戦い方において考えることが一緒だった。
銃撃戦でコンテナの陰に隠れていた2人はまるでこれから行うことを予期していたように互いに姿を現した。
1人は額から角を生やしたオッドアイの白いスーツを着たヴァンパイア、もう1人は黒いスーツに身を包み、真っ赤な瞳と白髪のヴァンパイア。
2人はこれから何をするかを言葉に出さずとも理解していた。弾の入っていない拳銃を放り投げて互いに歩み寄る。武器は何も持っていない。刀も銃も用意してきた武器は全て使い果たした。
「楓、歯ぁ食いしばれよ」
「そっちこそ」
楓の頬を歪めた竜太の拳がまず一撃、そして今度は楓の拳が竜太の頬を歪めた。
お互い、渾身の一撃に足元がよろつく。
「楓、わかってるんだろ? 武器なしで俺と体力勝負しようと思ってるんならお前に勝ち目はないってことをよ」
竜太の拳を楓は鼻でモロに食らって、鼻の周りを赤く腫らした。楓はふらつく足を何とか持ち堪えているが、色白い肌の楓には傷の跡がよく目立っている。鼻血は出ているがそんなことは気にしていられない。
「だったら、勝つまで何度でも立ち上がる」
楓は竜太を力一杯再び殴りつけた。拳にヴェードなんて宿していない2人の拳は、光を宿すこともなく、ただの肉弾戦。自分の身体能力に委ねた威力しか出せない攻撃だとお互いわかっているが、同時にそれが2人が繰り出せる最高の攻撃はそれだとわかっている。
竜太は余裕そうな表情から意外と足元がよろついてその威力に驚いた様子だった。
「お願い竜太、自分のやったことの罪を償って。じゃないと、ALPHAのヴァンパイアと同じになっちゃう」
「お前に関係ないだろ、そんなこと。俺が誰を殺そうと俺の勝手だ」
まだお互いになぐり続ける。お互いの顔は腫れて、拳の皮はめくり上がり痛々しく出血している。
散々、殴り合って2人とも額には玉のような汗が滲み出ている。そして、息を切らしながら竜太は言った。
「正直、ここまでやるとは思ってなかったよ」
そして、口元の血を拭って息を切らしている楓も答えた。
「まだ…諦めきれない。僕は竜太を取り戻すまで、何度でも立ち上がる」
「本当にお前は諦めが悪いよな。小学生の頃からそうだった、小4で転校してきたやつ助けた時からだ」
「あの時の話?」
「ああ。そいつから聞いた話だ、学校の帰り道で転校生が同じクラスの奴らにいじめられていた時、お前が真っ先にそいつを庇った。お前はその時も、転校生をいじめてる奴らから嫌がらせを受けていたのにもかかわらずだ。そいつを庇ったお前は奴らに気の済むまでボコボコにされた。お前は奴らに反撃することなく、ただただ転校してきてすぐのやつのために体を張った。だからな…」
竜太は再び拳を握りしめて、赤く腫れてまだ治癒しきっていない拳に視線を落とした。
「俺はお前のガッツあるところを前から認めてんだよ」
「じゃあ…」
楓が途中まで言いかけた時、竜太は話を遮った。
「けどな、お前がどんなに粘ろうと、俺はもうモラドに戻るつもりはない。それに、俺が今まで人間を殺してきたことにも後悔はない。自分が生きるためにやってきたことだ。お前みたいなやつは誰それ構わずを助けるかもしれないが、俺は自分の命を守るためだったら誰だろうが自分の特にならないのなら助けることはないだろうな。これからは、自分のために生きると決めたんだ」
楓は自分の口から出ている血を手の甲で拭い取り、そして竜太を睨みつけた。握る拳の力は強くなってゆく。そして抑えられぬ怒りに身を任せて、竜太の胸ぐらを掴んだ。
「いい加減にしろ! 何人もの命を奪って、何人にも迷惑かけて。反省もしてなければ、本心を聞けば自分が生きるためにやった? 人間でもヴァンパイアでも必ず死ぬ時はくる。だからこそ、次の世代に繋げて未来を紡いでくんだよ。だからこそ、一人一人の死を無駄にしちゃいけない。死ぬことが意味ないなんて思っちゃいけない。僕らは死ななかったとしても助け合って、未来のために紡いでいかなくちゃいけないんだよ」
竜太は捕まれた胸ぐらを振り解き、楓の腹を蹴り飛ばし、楓はコンテナに体を打ち付ける。
「だったら、お前は俺の弟がヴァンパイアに殺されたことをどう思う? 俺の弟の死に意味を見出せるのか?」
楓は立ち上がり竜太の方へゆっくりと歩き始めた。
「竜太の弟が亡くなったことは確かに許されることではないと思う。この世界は、確かに残酷だ。僕も目の前でユキを亡くした、大切な存在を亡くした気持ちはよくわかる。だからこそ、弟が亡くなったことで僕らは、もう大切な存在を失わないために考え続けなくちゃいけない。心の痛みを目の前で経験して、もう争わなくていい選択肢を見つけなくちゃいけない。それができるのは、永遠の命を得た僕らがこの痛みを風化させないようにしなくちゃいけない」
竜太の近くまで歩いてそこで楓は足を止めた。
「だからこの力は、自分が生き残るために誰かを殺す力であっちゃいけないんだよ」
「だったら、どうしたらよかったんだよ? 俺の頭じゃ、不死身になるってこんなことしか思いつかねぇんだよ。なあ、楓…」
悲痛な面持ちを浮かべる竜太は涙ながらに声を絞り出した。
「俺は死ぬのが怖くてたまらなかったんだ。死んで自分が今まで生きた存在が全くの無に帰るのが怖い。弟もそうだった、死ぬ前日まではいつも通りの姿を見せていたのに、死んだら何もない」
「僕らのような永遠の命があるものは後世に命を繋ぐ役割をしないといけない。永遠に生きていても後世にとって明るい未来を作っていかなくちゃいけないんだ。でも、今、地上では昼間でも人間の血を求めてALPHAのヴァンパイアがいる。こんな状況、竜太の弟が望んでた世界じゃないでしょ」
「じゃあ、どうすりゃあいい?」
楓は初めからこの言葉を言うことを決意していたように。竜太の問いに対して、ゆっくりと言った。
「始まりの湖へ行こう。僕ら不死身が今、後世に残せることはそれだけなんだ」
「おい、それってまさか…」
言いかけた竜太は言おうとしたことを引っ込めて、少々ため息混じりに笑った。
「わかったよ。俺がヴァンパイアになった時もそうだったけど。結局、俺はお前のわがままに付き合わされる運命なんだろうな」




