第123話「最悪」
「クソ! あいつどこ行きやがった」
「だいぶ弱ってたくせに動きだけは早かったですね」
「ちょっと、あれじゃないの?」
美波の呼びかけに京骸と鬼竜の2人の足は止まった。3人の視線の先には、ALPHAの本拠地がある国バスティニアであり、地下世界の始まりの場所である巨大な湖があるところだった。
その湖にはちょうど、アガルタを照らす光が元の場所に戻ろうと、湖の中に沈んでゆく瞬間だった。
意識のないタイガを抱えて皺だらけの老人のルイは3人に気がついて「ヒヒッ、ヒヒッ」っと骨張った体を揺らして笑っている。
「おい、あいつ何をする気だ」
「京骸さん。早く止めましょう。弱ってるからって油断できませんし、なんか様子がおかしいですよ」
「わかった。行くぞ!」
3人は湖のそばにいるルイの元へ急いで駆けつけようと走った。
ルイは伊純タイガのこめかみに指を突き立てて力をこめる。突き立てた指はやがてタイガのこめかみを貫いて、タイガの脳内にルイの指が入ってゆく。そして、ルイの指はタイガの脳に入り込んだ。
「お前は僕のものだ。体が朽ちても意識だけはいただいていく」
か細くて途切れそうな老人の声だった。タイガの頭に差し込んだ指にルイは意識を集中させる。
すると、ルイはタイガの中に魂を全て注入したみたいに元あったルイの体は抜け殻のように地面に崩れ落ちて、気を失っていたタイガが目を覚ました。
目を覚ましたタイガは自分の手や足を触り、自分の体であることを確認した。
そして、タイガにとって前方から向かってくる3人に向かって余裕の笑みを見せた。
「不死身計画はもういい。次なる計画で、人間は今日で絶滅する」
その顔は、伊純タイガの表情ではなかった。伊純タイガを乗っ取ったルイは自ら広大な湖の中へ体を投げ込んだ。
「何が起きた?」
アガルタを照らす太陽が湖に沈むと同時に、ルイが湖に飛び込んでから湖全体が光り始めた。
そして、バトンタッチして入れ替わるようにアガルタの太陽が沈んだ方は湖に溶けて消えてなくなり、ルイが飛び込んでからできた大きな光の塊であるアガルタの太陽が今度は水面から登り始めた。
アガルタは本来夜を迎えるはずだったが、太陽が落ちてからすぐに登るという異常現象にアガルタにいるヴァンパイアたちは町中でざわついていた。
湖から朝日が上がるように姿を見せたその大きな光は、今までのアガルタの太陽のように地下世界を一周するような軌道ではなかった。湖を離れてから、その光の塊は地面から地上へ向かうようにほぼ真上に上がってゆく。
「まずい、このままいったら地上へ出るぞ」
京骸はそう言った。
「これがルイの目的だったってことね」
場所は地上。鬼竜たちがルイを追いかける前の時間に遡る。
「品川、目黒は落としました隊長」
「ご苦労さん」
「あと、もう一つ」
「ん?」
「ルイ様が混血に追い込まれたそうです。増援に向かいましょうか?」
そのヴァンパイアはあぐらをかいて、顎に手を置いてから少し考えて言った。
「いや、いい。混血はしばらくしたらここに来る。だから、待ってればいい。お前たちはその辺を見張っとけ」
「「はっ!」」
隊長と呼ばれた眼帯をして、朱色をした瞳を持ったヴァンパイアに礼をしてから部下と思われるヴァンパイアたちは各自の見張りに散っていった。
そして、新地竜太は気だるそうにしてしゃがいんでいた場所から立ち上がった。
「ようやく到着したか」
辺りは廃棄された自動車や機械などの廃材が放置されているようなところだった。倉庫だからか、すぐそこには現在も使われている様子のシートを被せて箱詰めした荷物が山積みなって置かれている。
その箱をおぼつかない足取りで倒して大きな音を立てながら近づいてくるものがいた。
「あ、あ、これはご無事で何よりです。新地様」
「ご苦労、神原。ルイはどうした?」
「ルイ様はもうダメです。不死身計画を諦め、タイガを乗っ取りました」
「そうか。ルイも楓には勝てなかったのか」
「え、ええ。そ、そこで新地様。私はあなたこそが第二の不死身の吸血鬼として相応しいと考えます。そこで、この不死身になる薬をお持ちしました」
「ほう、薬を持ってきたのか」
「は、はい。それはもう大変な思いをしました。大垣が作った薬をどさくさに紛れてくすねて、実験で廃棄処分を貯めてる部屋に隠れてそれは鼻がもげるような大変な思いもしました。ゴキブリもウヨウヨいましたし…」
「お前の感想はどうでもいい」
「は、は! すいません! では、この薬を」
神原は竜太に混血の血と神原が作った特別な薬品を調合した不死身を量産するための薬を渡した。
「わ、私はルイ様より竜太様こそが不死身の力を手に入れるにふさわしいと考えます」
「理由はなんだ?」
竜太はあぐらをかきながら頬杖をついて退屈そうに神原に問いただした。
「は、はい。竜太様は元々人間でおられまして、その過程でヴァンパイアになりました。ヴァンパイアとしてもこれほど人間から適合している方はおりません。まさに、ヴァンパイアになるべくして生まれた人間。センスの塊であります。そんな竜太様こそ混血のヴァンパイアとしてヴァンパイアの王になるにふさわしいと私は思います」
「ふふ、まあいいか。神原、その薬をよこせ。これからは俺がALPHAを仕切る」
神原は懐から小瓶位入った赤い液体を丁寧に貴重なものでも扱うように、両手に乗せて竜太に献上した。
竜太はその小瓶を受け取って、月光に照らし中を透かして見た。
「これでようやく永遠の命を手に入れられるのか」
そして、地上では大きな地震のような揺れが襲っていた。震度7は裕にある大きな地震だった。地上にいる人間たちはヴァンパイアとの戦闘に加え更なる恐怖を感じていた。
「おい、地震だ。逃げろ!」
「もうやだ! やめてえ!」
地震に怯える声、そしてなすすべもないこの現状に対する諦めに声。一つの恐怖に対して様々な感情が渦巻いていた。
大きな地震がが続いた後、地面は盛り上がりビルや家家をまるでおもちゃのように持ち上げながら、地面から大きな光の塊が姿を現した。
それはまるで、もう一つの太陽のように眩しく激しく輝く光の塊だった。その光の塊は夜を迎え始めた地上の世界を再び、真昼間のように照らし初めてさらに上へ上昇し始めた。
「ルイのやつ、無理するな」
「ま、全くですね」
神原と竜太が見上げる空では二つの光の塊が衝突して、地上では大きな衝撃波が突風になって返ってきた。
そして、二つの光がぶつかり合って沈みかけていた太陽には、まるでビー玉とビー玉をぶつけたようにヒビが入って、下から上がってきた光の塊はさらに太陽を押して、粘土が潰れるみたいに簡単に太陽を飲み込んだ。
「まさか、不死身計画が頓挫したからって地下の太陽で地上の太陽を破壊するなんて斬新な発想するような神原」
「ま、全くその通りです。これもこれでルイ様の決断。ALPHAにとって目標に近づけるために取った選択なのでしょう」
「そうか。まあ、俺は不死身になれればそれでいいんだけどな」
「り、竜太様はご自身の意志を尊重すべきだと思います」
「言われるまでもない」
地下の太陽と地上を照らす太陽がぶつかり、両方の光の塊がガラス玉のように砕け散った。
地上を照らす太陽が壊されてから地上に熱を供給するものがなくなり、壊されてから数時間が経つと、まるで氷河期を迎えたように地上には極寒が訪れた。それから何時間も経って、本来ならば朝日が出て暖かい朝を迎えるはずだったが朝の6時になっても太陽が出るどころか、寒さは時間と共に増してゆく。
人間にとっての脅威は耐えきれないほどの極寒のみではなく、太陽が無くなったことによって地下で陽が沈む機会を待ち続けていたヴァンパイアたちが溢れ出てくるように地上へ進出し始めたことだった。
地下で待機していたヴァンパイアたちは太陽の光がなくなったこと、ヴァンパイアにとってはなんとも感じない寒さは人間にとって致命傷となる。このヴァンパイアにとって圧倒的に有利な状況を見越して、地上の戦況ではALPHA側が圧倒的に有利に働き始めた。
「楓君、この状況は異常です。きっと、楓君のお父さんを連れ去ったルイの仕業に違いありません」
楓は握る手に力を込めた。なんとか、溢れ出る怒りをコントロールして冷静さを保っていた。
「わかってる。今は人間側が危険だから長期戦にはできない。空太と烏丸さんは重傷者の避難と治療をお願い」
「僕らは楓君に加勢しなくていいんですか?」
楓は頷いた。
「ここからは僕と竜太の問題なんだ。1対1で話し合いたい」
「なていうんでしょうねぇ。なんか、そういうと思ってましたよ。行きましょう烏丸さん」
「うん」
そして、烏丸は去り際に立ち止まって楓に言った。
「楓、後悔しないようにね」




