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第114話「誕生」

 鈴江アンナはどこもいく宛のない俺を家に招いた。都内のアパートで一人暮らしをしているという。

 見ず知らずの男を家に入れるなんて、俺が人間の姿をしているけど、女性として軽率すぎはしないだろうか。しかも、俺はヴァンパイアでもある。ヴァンパイアと言っても、人は襲わないけれど。


 いきなり女性のしかも人間の部屋に通されて驚きの連続で俺は唖然とした。ただ、一つだけ聞いておきたかったことがある。

「なんで俺を助けたんだ?」 

「助けたってほどのことしてないけどさ、なんか捨てられた子犬みたいで可哀想だったからつい拾ってあげたくなったって感じかな?」

 鈴江アンナは当然のことのように言っていた。俺が逆の立場だったら絶対そんなころしないだろう。


 この人間は今まで会ってきた人間とは何か違う気がした。信用してもいいのだろうか。まだ、確信は持てないが、俺の力を狙っているようには思えなかった。結果として、どこかに行くあてもない俺は鈴江アンナに拾われるような形になって居候することになった。



 人間と生活を共にするのは初めてで、どういう生活を送っているのか少々興味深かった。自分は人間でもありヴァンパイアでもあるから、普通の人間と同じ生活は送れない。だから、見ているだけでも自分が純粋な人間になったような気分になれた。

 アンナは二駅先のハンバーガーショップで朝から働いていてお互いよく寝坊して慌ただしい朝を迎える。

  コーヒーとトーストにバターを塗っただけのシンプルな食事だが、必ず一緒に朝食を食べる。 


 

 俺はアンナを仕事へ見送った後は家でちょっと過ごしてから外へ散歩に出かける。今まで地上の外の景色なんて何回も見てきた。俺以外の他のヴァンパイアではきっと考えられないことだろう。そんな特別な時間を過ごしてきたのに今まで外の景色に色を感じなかった、アンナに会うまでは。

 アンナと出会ってから俺は外に彩を感じるようになった。春の若葉が芽吹く色、燦々と輝く太陽の色、無限に広がる空の色、澄んだ空気の色。同じ世界でも全く感じ方が違う。

 ベンチに座りその公園の全てを自分の五感で堪能する。平日の昼間に母親と小さい子供が遊んでいる光景がなんとも美しくさえ思える。


 ある日のこと、俺は公園から帰るといつもアンナに言われた食材をスーパーで買ってきて家でアンナの帰りを待っている。そして、夜になってアンナが帰ってきた。

 仕事先でもらってきたというハンバーガーとちょっとしたサラダをアンナを作って机の上に夕食を置いて美味しそうにハンバーガーを頬張り始めた。


「食べたい?」

 そう言って食べかけのハンバーガーを俺に差し、俺は一口かじってみた。まるで、腐った魚を食べているような味がした。飲み込もうにも体が拒絶反応を起こしてすぐに戻してしまう。


「悪い。無理みたいだ」

 夜の俺はアンナと同じ生活をすることができない。夜は外に出られないし、見た目も違う。体の中身も違うから同じものも食べれない。

 そう考えているとアンナはふと思い出したかのように言った。

「私の血を吸おうと思わないの?」

「吸うわけないだろ。俺は…お前の血を吸ったりはしない絶対に」

 思わず少し声を荒げてしまった。途中、それに気づいて萎んでいくよう最後つぶやいていた。アンナも冗談で言ったつもりだったのか俺の反応に驚いた様子だった。それから、アンナは真剣な表情に変わる。

「なんで?」

 なんで? なんでだろうか。真剣に考えたことがなかった。確かに人間は襲わないようにしてきた。でも、毎日人間と生活してもう半年が経ち、それまでの間、こんなに近くに人間がいても一瞬たりともそう感じたことはない。


 俺がアンナの問いに答えないでいるとアンナはおかしそうに笑った。

「冗談、冗談。本気にしないでよタイガ。タイガが人襲えるわけないじゃんね」

「おい、俺だってヴァンパイアなんだぞ。人の1人や…2人…くらい」

「無いんだね」

 見抜かれていた。ヴァンパイアは人の血を吸う人間のに恐れられている存在なのにまるで、立場が逆転したかのようだった。

 

 不思議だ。どうして俺は人間とこんな会話ができるのだろうか。どうしてアンナはこんなに俺を受け入れてくれるのだろうか。

 ふと自分の内側に目を向けてみると俺は何かとんでもないことを見落としているような気がした。今まで、壺に蓋をしてみてみぬふりをしてきた何かを見つけたその中身がどっと溢れでるような。そんな感覚を覚えた。


 気づいたその感覚に俺は唇を震わしていた。

「なあ、アンナ」

「ん?」

 アンナは残り僅かなのハンバーガを平らげて口元についたソースをティッシュで拭き取った。 

「なんかこうわからないんだけど、多分、俺アンナのことが…」

 壺の中身が勢いよく飛び出して今にも顔から吹き出してしまいそうな感情に囚われた。今、胸の奥から湧き上がる言葉を発するべきかどうな悩んでいた。でも、言わないと後悔することも同時にわかっていた。

「好きだ」

 

 この日から俺たちの関係は一歩前進した。だからずっと隠していた、自分が不死身の吸血鬼であり俺の力を悪用しようとしている奴らがこの世界には存在することを俺はアンナに伝えた。 

「そしたら、今度はあんたが私たちを守ってよ」

「ああ、絶対に守る」

「この子にも辛いことがたくさん訪れるかもしれないね」



 2人でいつもの公園を歩いている時、季節の変わり目が明確に現れているのを感じた。新緑が包み込む世界から色は変わり紅葉が美しく世界を彩っていた。

 そんな季節の陽が差し込む暖かい日、木陰の下でアンナは大きく膨らんだお腹さすってそこには紅く染まった紅葉の葉が一枚止まった。

「この子の名前決めたの?」

 この公園で最も立派な幹の紅葉に背中を預けているアンナは、紅葉の幹に手を添える俺に視線を上げた。

「この子の名前は楓。伊純楓だ」

「それは紅葉が綺麗だからってこと?」

 俺が頷くとアンナは「それは安直なんじゃない?」

「いや、俺はこの世界が気に入ってる。地下と違って四季折々の世界の色があって美しさがある。楓はこの美しい秋に生まれた俺たちの奇跡の子だ」

 アンナは紅葉に向かって話していた俺を見上げてふふふっと笑った。

「そっか、確かに楓、いい名前だね」



 アンナが妊娠してから一家の稼ぎ手は俺になった。と言っても、陽が出ているうちしか人間の世界で働けないし、ヴァンパイアの知り合いがいない俺は迂闊に地下に戻ってアンナに迷惑をかけたくなかった。だから、少ない給料ではあるが一家を養っていくだけのお金はなんとか賄えていた。

「タイガ、いってらっしゃい」

「行ってきます」


 それが俺とアンナが交わした最後の会話だった。


 俺が仕事から帰ってくると家にアンナの姿がなかった。その代わり、部屋を荒らされた痕跡がある。その光景を見て、胸騒ぎが止まらなかった。

 夕方になって俺はヴァンパイアの姿になりアンナの匂いをたどってある場所にたどり着いた。

 地上の山奥にある工場跡だった。アンナの匂いは何も無い壁の向こうからして向かいの壁に近づいてみると待ち構えていたように自動で開閉し、俺はその中へ入いろうと足を踏み入れた時だった。身体中に今まで経験したことのないような激しい電撃が襲った。あまりにも不意に起こった出来事だった。


 その後、俺の目が冷めた時には視線が高い位置にあって、目線の下方にはアンナが実験に使うカプセルのようなもので拘束されて眠らされていた。

「アンナ! アンナ!」

 必死に叫んだが俺の声はアンナには聞こえていないようだった。すると、鼻がもげるような悪臭がする部屋から白衣を着た1人のヴァンパイアが姿を現した。

「や、はり餌に釣られてきましたね」

「お前は誰だ! アンナをどうするつもりだ!」

「お、落ち着いてください。僕はこの世界をより良いものにしたいだけのただの科学者です」 


「科学者? アンナをどうする気だ! そこから出せ」

 俺は壁の拘束を解こうと必死でもがくと「ひ、ひえーー」と科学者は俺が飛び出してくることに怯えていた。

 しかし、拘束は全く解けずそれどころか手足が動かなかった。俺が全く動けないことを確認した科学者はビビって顔の前を覆っていた手を降ろして。ニヤリと笑った。

「ど、どうやら、ちゃんと拘束できているようですね。よ、よかった、よかった」

 それから、その科学者は急に強気になって、さらには腕を組み曲がった腰を伸ばして言った。

「わ、私はALPHAの研究所所長、神原学と申します」

「ALPHAだと…地上まで嗅ぎつけてやがったのか」

 そして、神原は開き直って友達に愚痴でもこぼすみたいに急に馴れ馴れしく言い始めた。


「い、いやあねぇ、ルイ様に不死身と鬼化の研究を進めるように言われたんですが全く成功せず…」

 神原は辛い過去を思い出して急に項垂れる。

「つ、辛い日々が続きました。0から鬼化も不死身の量産もできるわけがない。そこで私は閃きました」

 神原は手のひらに拳をポンと置く。

「そ、そうだ! もう連れてきちゃおう! と」

「だから、アンナと俺をここに連れてきたわけか」

 神原は長年の研究がようやく達成できると満足げに大きく頷いた。

「い、一度研究の手を止めて私含めて捜索にかなりの時間を要しましたよ。まさか、人間の世界に溶け込んで人間と子供を作っていたとは驚かされました」


 神原はアンナを拘束している寝台カプセルを覆っている透明の球面に手を添えた。そして、アンナの妊娠中の腹部に視線を落とした。

「こ、この子供が十分に育って血を供給できるようになれば混血2体で不死身の力を作ることができるかもしれません」

 神原は俺の方へ向かってきた。そして、俺の真下にある操作パネルをいじり始めた。

 その途端、この空間にごおおおという低い機械音がなり始め俺の意識は朦朧としてくると、壁に吸い込まれるように体が壁に引っ張られる。

 背中の皮膚が全て剥がれ落ちてしまいそうなほど引っ張られ皮膚に続いて肉が、骨が、引っ張られていく。


 そして、俺の背中から伸びている太いチューブから俺の血液が取り出され、そのチューブの先はアンナが眠っているカプセルに続いていた。

 そして、カプセルの中のチューブはアンナがいるカプセルの中に続いていて、チューブはまるで自らの意思を持った生き物のようにくねりと動いて液体の放出先を探しているようだった。そして、ある場所で止まった。それがアンナの腹部だった。


 アンナの皮膚は簡単に破けチューブが挿入される。

「さ、さてこれで神原特性の鬼化液をこの赤子に注入することで不死身の力と鬼化の力を宿した最強の成功体が生まれるはずです」

 神原は操作パネルの再びいじり始めて何かパスコードのようなものを打ち始めた。きっと、それが開始の合図だと言うことはその機械についてよく知らない俺でもよくわかった。

「やめろ! やめろぉぉぉぉ!!!!」

「ぽ、ぽちっとな」

 

 直前で供給が止まっていたチューブの中の液体は勢いよくアンナの腹部へ注入された。

 アンナは苦しそうにもがいている、目も口も手足も拘束されてカプセルの中で必死にもがき苦しんでいるアンナを見ていると、もうどうしていいのかわからない。


 カプセルの中でアンナの悲鳴が広がった。それと同時に新しい命が生まれた。

 それが俺たちの奇跡の子、楓だった。


「き、奇跡の子だ」


 神原が生まれて泣き声をあげる楓をカプセルから取り上げた。俺はこの張り付いた壁から体を引きちぎってでも飛び出してやろうと思っていたが、筋肉すら動かすことを許されないほどの壁からの吸引力でそれも叶わなかった。

 そして、初めて生まれた子供を抱くことすら、初めて恋した人間を守ることもできなかった。 

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