第113話「伊純タイガ」
「壁の向こうに誰かいます」
大垣は腕時計型のウェアラブル端末を起動し、今いる地下施設内の立体模型のような映像を何もない空間に出力した。
「烏丸君、偵察隊のヴァンパイアがスキャンしてくれた情報だとそれは入口と同様にカモフラージュされた扉だ。だから、また壁に入口同様にスイッチが埋め込まれているかもしれない」
烏丸は大垣の言われた通り壁を探ってみると感触が少し違うところがあった。そこを、押し込んでみるとコンクリートの壁だったはずの場所は左右に開き眩しい光が飛び込んできた。
「い、いけ! いけぇええ!」
白衣をきたヴァンパイアが唾を飛ばしながら大垣たちに指を差して、扉の向こう側から作業着を着たヴァンパイアたちが一斉に刃物を持って向かってきた。
数は10人以上で人数としては不利だったが立華、烏丸、楓の3人を前にしてなんとも呆気なくやられた。
そして、白衣を着ているヴァンパイア。神原は大垣の望み通り生きたまま拘束に成功した。
「わ、私が血と汗と涙の結晶で作った実験装置が破壊されてしまう」
わんわんと泣き叫ぶ神原に楓たちはあまりにあっけない結末に拍子抜けした。ALPHAのヴァンパイアがここまで弱いとも思わなかったからだ。
「お、お前たち。なんでここがわかった? ここはALPHA関係者しか知らないはずだ!」
「神原。君たちはモラドを甘く見過ぎだ。私たちが今まで何も情報を集めず無謀にこの戦い望んだわけではない。何人もの尊い犠牲を払ってさまざまな手段を使って君たちの情報を掴んできた」
非力な神原がどう足掻いても動けないほど拘束され歯軋りをして、歯をすり潰してしまいそうだった。
ただ、楓たちは神原を捉えて満足はしなかった。その実験室と思われる部屋に広がる光景を見て一同唖然としたからだ。
無数にあるんじゃないかと思えるほど所狭しと並んだ人1人入れるほどの大きさのカプセルの数々。そして、実験室のドアからは腕や足、原型を止めていないただの肉の塊などが部屋に入りきらず飛び出している。そこからは虫が沸いていて、卵が腐ったような匂いがする。それを見てしまった烏丸は思わす吐き気を催した。
「ひどい」
顔をしかめる烏丸にすかさず神原はこの状況を否定した。
「こ、これも実験の結果なんです! 実験は失敗を繰り返してようやく成功にたどり着くんです! 大切な過程なんです。失敗ばっかりでも、実験をしてる時が僕にとて何より大切な時間なんです」
途中キレていたが途中に切なそうな顔になった。実験施設を乗っ取られたことがメンタルにきたのだろう。
「だ、だから、お願いです。実験装置を壊さないでください。これは僕の科学者人生の中で最も成功した作品なんです」
縛り付けられ、弱い力だが今にも飛びかかってきそうなほど吠える神原に向かって、大垣は近づいて周り転がる無惨あしたいの数々に対する、悲しみを噛み殺しながら言った。
「神原。君がやったことは決して許されることじゃない。同じ科学の道を歩むものとして君のような科学者はこの世に存在してはいけないんだ」
大垣はそこら中に雑に置いてある実験に失敗したヴァンパイアか人間を見て「どうか、安らかに」と手を合わせた。
大垣たちは部屋中無数にあるカプセルに視線をやった。カプセルの中はヴァンパイアや人間は酸素マスクのようなものをつけて液体につけらている。
カプセルには太いチューブが二本伸びていて一つは酸素を供給するためのもの。もう一つは、楓たちの視線の先にあり、カプセルが並ぶ後方の壁に磔られている白髪のヴァンパイアに向かって伸びている。
そのヴァンパイアは意識があるのかないのか不明で、項垂れたまま動かないが体に埋め込まれたチューブからは赤い液体が無数にあるカプセルたちに注がれていた。
「これは」
思わず楓は言葉をこぼす。
「あそこにいるのが伊純君の父親、伊純タイガだ」
「タイガ…それが僕の父の名前なんですね」
大垣は頷き、瞳に込み上げてくるものを堪えて先に救助のための行動を起こした。
「早く助けよう、いくら混血だから生きといるとはと言ってもあのままでは私も胸が痛む」
そして、その施設の壁の前にある操作パネルを大垣が操作すると壁に貼り付けられていた楓の父から供給されていた血液が止まり、体に埋め込まれたパイプは外れて、伊純タイガは壁から剥がれ落ちるように地面に向かって落ち、楓は父を受け止めた。
大垣はパネルを操作していると事前にシミュレーションしていた装置を壊すことができるプログラムをキーボードで打ち込むがロックがかかって解除することができない。
「やられたか」
「わ、私も馬鹿じゃない。お前たちが装置を狙っていることぐらいわかっていた」
大垣はパネルに手をついて悔しそうにする。そして、こんな時でも冷静にと深呼吸をして自分の精神を落ち着けることに徹した。
「私はここで解除方法を探す。伊純君は父の安全を確保していてくれないか。さすが混血だよ、まだ息はある」
楓は頷いてから、腕の中で眠っていた父親に視線を落とすと父の目がうっすらと開き始めた。混血の象徴である白い髪、そして長いまつ毛が特徴的でその目を何度か瞬かせて目を開き。自分のの視線先にいるヴァンパイアを見た。そして、痩せ細って骨と皮だけになったタイガはわずかに笑う。
「会いたかったよ。楓」
楓は思わずこぼれ落ちそうなるものを堪えて、父に言葉を返した。
「僕もだよ。父さん」
「すまなかったな。こんな姿で会うことになっちまって。それに、今までお前のこと見てやれなくて」
楓は何度も首を横に振る。そして、涙を拭き取って息を整えてから笑顔を作った。
「大丈夫だよ。支えてくれた仲間がいるから」
タイガは視線を横にやり、大垣、立華と烏丸を見た。
「そうか。大変な思いをさせちゃったけど、いい人たちに巡り会えたんだな」
楓は頷いて答える。そして、タイガは安堵したように一つ息をゆっくりと吐いてつぶやいた。
「俺にもこんな仲間がいてくれたらよかったんだけどな」
「仲間って母さんは?」
「ああ、俺の唯一の味方は母さんしかいなかったな」
「母さん?」
「そうか。お前が生まれる時に亡くなったんだもんな」
「え?」
「驚くのも無理はない。そうだな、少し話をしよう。俺と母さんの話だ」
◇
俺は自分が混血の一族でこの世界でどんな役割を果たさなければいけないかよく理解していた。
だから、自分がこの世界でどんな存在かを知っていたんだ。
俺はこの世界で唯一人間とヴァンパイアの混血の血筋の持ち主。
だから、この力を狙うものは多い。なれるはずもないのに俺らの血を飲めば不死身になれるという噂が広まり、地下には居場所がなくなり俺は地上へと出た。と言っても、地上で人間を狩って暮らす勇気もなくただただ何も食べるものもなく、陽が出ている時は人間の姿になれることをいいことに、地上の街をふらついて、時が過ぎて行くだけの日々を過ごしていた。
そんなことを繰り返している雨の日のことだった。都内のビル街。中には入れないがヴァンパイアが人に見つからないように過ごすにはちょうどいい場所だ。
俺はそこで、身を隠すようにひっそりと雨を凌いでいた。この雨を凌いだら、どこへ行こうか? 食べるものが無くて空腹を感じるだけで延々に生きることができるこの体でどこへ行こうか。そんなことを考えている時だった。
「え!? 大丈夫ですか? 傘、もう一本ありますよ。どうぞ使ってください」
人間の女性が俺に話しかけてきた。そして、この大雨の中、俺に傘を渡してきたんだ。
俺はこの好意にその傘を受け取らざるを得なかった。そうでもしなければ地上の世界に溶け込めないからだ。
「…どうも」
今まで地上にいたくせに挨拶程度しか人間と会話したことがない俺はその人間の好意を受け取らざる終えなかった。
俺らは2人、傘を差しながら都内の喧騒の中をただ歩いていた。最初はお互いに沈黙が続いたがその女性がこの沈黙を破った。
「そういえば私の名前言ってなかったよね」
その女性は、何も話さなかった俺にもにっこりと快活に笑ってそう言った。まるで、雨の中でも輝く太陽のように見えた。
それを聞いた俺は確かにそうだったと思い、彼女の言ったことに頷いた。
「私は鈴江アンナっていうの。あなたは? そういえば名前聞いてなかったわよね?」
俺は自分の名を言うことをためらった。見ず知らずの人間に自分の名前を言っていいのか。そんな葛藤があったが、この女性の前ではなんと無く言葉を漏らしてしまった。
「…伊純タイガ」
名を言うと彼女はクスリと笑いを堪えた。だから、俺は思わず聞いた。
「何かおかしいのか?」
彼女は俺の問いを否定するように首を横に振った。
「いいえ、なんかさ伊純タイガって言うから強そうな名前って思ったけど、なんか私でも倒せそうだね。なんかヒョロくてガリガリだし」
彼女は俺に笑いながらそう言った。でも、図星ではあった。もう何年も人間の血を摂取しないで飢えを凌いできたから意識はどんどん遠のいていくけれど、自分の体型が自然と変わりつつあることを理解していた。
でも、もし自分がヴァンパイアだと知れたらどうしよう。そんなことよりも、急に見捨てられるんじゃないのか? そんな恐怖がふと俺を襲った。




