第99話「連堂VSパッチ③『思い』」
その国はALPHA寄りの思想を持った国だった。街中では地上から手に入れたのか人間の死体を運ぶ運搬業者があちこちで見られた。
その国で俺はある貴族階級の用心棒をするように頼まれた。戦いが絶えない国だったため金で武力のあるやつを手懐けて要人を守ろうと言うことなのだろう。
母を失って自暴自棄に陥っている中で明日を生きていく金すらなくなった俺は、どこで嗅ぎつけたのか知らないが高額の報酬を提示してきた縁もゆかりもない国の用心棒として雇われた。
その国で俺は数えきれない程のヴァンパイアの命を奪った。
独裁政治。それがこの国ではまかり通っていた。だから、俺は国王が殺すように命じたヴァンパイアとして反政府組織、国王が地位を維持するために脅威、国王の意見に従わない政府内のヴァンパイア。国王の都合が良くなるように何百人、何千人と俺はこの手を汚してきた。
この仕事をしていると、ヴァンパイアを殺す時さまざまな感情を経験する。初めは何の罪もない女子供や泣き叫ぶ者を殺すたび自責の念に駆られた。しかし、この感覚は何百人と殺し続けるうちに慣れるものでむしろ殺しに対して楽しささえ覚えた。それ以降、俺は国王から命じられるヴァンパイアを殺すことが快楽にすら感じた。
この国では国王の右腕として栄誉ある称号を受け継ぎ、国民には尊敬された。影では俺のことを鬼と称するものもいたが気にしなかった。
ある日、突然俺は国王に呼び出された。
「京介、余は地上に進出したい。余の権力を地上に知らしめるためまずは、手始めに人間を100ほど殺してきてはくれぬか? ほれっ」
国王は国のバッチを俺に渡した。このバッチをつけてこの国ヴァンパイアが地上進出したと知らしめるためだろう。
「できません」
「ほう、それはなぜじゃ?」
「俺は人間を殺せません。それだけです」
「貴様、余の言うことが聞けないと言うことじゃな?」
「これだけは譲れません。あなたのためにどんな処罰でもお受け致しましょう」
国王は大きな背もたれの椅子をゆっくりと立ち上がり俺の耳元で囁いた。
「貴様には期待してたのだが、残念だ。命を取らないだけ余の最大の譲歩じゃ。ありがたく思え」
それから、国王は俺の横を通り過ぎて後方に待機している家来たちに言う。
「こやつをつまみ出せ。二度とこの国に入れるな」
家来の数人は深々と頭を下げ国王はその部屋を去った。こちらを振り向くこともなくただ前を見たまま俺の視界から消えた。
抵抗する気力もなく俺は国を追放された。隣国ではこの国で働いていたことや『鬼』として名前が広がったことから入国すら許可されなかった。
国を追い出された俺は行くあてもなくふらついていると、気がついたら地上に出ていた。夜の闇の中、人間は数えるほどしかいない数名が俺の視界の中に捉えられた。
「腹が減った」
自然とそうつぶやいた。目の前には生きの良い肉体がそして生き血が存在しているからだろう。
もう1人ぐらいは…。そう思った時だった、誰かが泣き喚く声が聞こえた。
人間の少女が親とはぐれて迷子になったのか涙を流して鳴き声を立てながら歩いている。こんな夜に少女1人で家に帰るはあまりにも無謀すぎる。無事に帰れないだろう。まあ、そんなことはどうもいい。
そう思っていた矢先、その少女の前方から大型トラックが加速しながらツッコん来た。トラックが近づいてから運転席を見てみると運転手は居眠りをしていた。
急ブレーキの音、そして、弾力のあるものが当たる鈍い音が人気のない夜の世界の広がった。トラックは、轢いたことを確認すると慌ててアクセル全開にしてその場を去った。
俺が背中に受けた痛みは数分で治癒すると、腕の中の少女は泣き止んで辺りを見回した。一瞬、助けた者がヴァンパイアだと知って驚いた様子だったが、その少女は俺の顔を見て花のようにパッと笑った。
ヴァンパイアに助けられて何で笑ってるんだこの子は。そんなことを思っていたがそれよりも、何で俺は自分の命を危機に晒してまで人間の少女を助けてるんだ。と、自分に問いかけてすぐに結論は出ないでいたが、もはやそんなことはどうでもよかった。結論はわかっていたから。母親に耳にタコができるほど言われてきた言葉が体に染みついて、反射的に行動に起こしたのだろう。
どうやら少女はヴァンパイアである俺を怖がっていないようだ。それとも人間と勘違いしているのかわからないが、少女は俺の顎髭を触って快活に笑ってみせる。
すると、向かい側の道路から少女の名前を呼ぶ声が聞こえた。俺は、声のする方に振り返る。
そこには、40代くらいだろうか。その割には顔の皺が多い、医者か何かなのか白衣を着た男性の人間がいた。流石にその男性は俺のことをヴァンパイアだと認識しているはず。でも、恐れる様子はなく、それどころか俺の方へと迷いなく近づいてきた。
「よかった。孫が無事で。君のおかげで助かったよ」
その男性もヴァンパイアの俺に対して何も警戒することなく、まるで人間に会話するように俺に言った。それどころか、握手をしようと手を差し出してきた。俺は急に詰める距離の近さに驚いたが、あまりにも積極的なもので恐る恐るその要求に応じた。
その人間の男性は目を丸くして、本当に心の底から驚いたみたいにして言う。
「君はヴァンパイアか。どうりで車に引かれても軽傷なわけだ。すばらしい生命力だね」
なぜ、ヴァンパイアを前にして人間がこんなに堂々としていられる。そんな疑問を初めに抱いた。しかし、それよりも彼と出会った第一印象は人間なのに何か暖かくて包み込まれるような、そんな安心感を覚えた。
「あんたは俺が怖くないのか?」
不思議に思って思わず聞いていた。しかし、男は俺が予測していた反応とは違った。
「怖い? 何を? 私の孫を助けてくれた命の恩人を怖がるわけがないだろう」
その男は、当然のようににそう言った。少し、彼の言うことに驚いた人間がヴァンパイアに直接こんなことをいうと思わなかったからだ。
そんな表情のぎこちない俺を見かねたのかその男性はしばらく俺の様子を確かめるように見つめてから口を開く。
「人の命を救った。それは誰にでもできることじゃない素晴らしい心を持ったヴァンパイアじゃないか。そうだ、君は名はなんというんだ?」
娘を助けたのだからさっさとこの場を去ってくれるだろうと思っていたがその男性はさらに俺に問いかけ、会話を続けようとした。そして、俺は質問されるがままに自分の名を名乗った。
なぜだろうか口を滑らせて自分の出身国まで言ってしまった。そしたら、その人間は俺の経歴について興味を持ち始めた。もう、夜が明けるそんな時間帯。俺はこの人間をさっさとやり過ごして、地下へ戻ろうとした時だった。
「君はなぜ人間を助けた?」
聞かれるのはわかっていたその質問がその人間の男性から投げかけられた。俺は答えに戸惑った。本音を答えるべきか、話題を広げないように適当な理由を並べ立ててこの場をやり過ごすか。
「母親から人間には感謝するように伝えられている。だから人間を襲わなかった。それだけだ」
本音を言った。いや、言ってしまった。この男から感じるものがそうさせたのだろう。
大垣と名乗ったその男性はモラドという人間とヴァンパイアの共存を目指す組織の代表をしていると言った。そして、どこにもいく宛のない俺にその組織に入ってくれないかと言われた。
俺の答えは決まっていた。
「大垣…とか言ったな。俺はあんたが思っているようなお人好しなんかじゃない。この手で何人ものヴァンパイアを殺してきた。時には殺すことに快感さえ覚えていた時期もあった。そんな俺がモラドなんていうこの世界の正義のような組織。他にふさわしい奴を探した方がいい」
「確かに大勢の罪のない同志を殺めたことは褒められることではない。しかし、私は君が悪人には到底思えない」と大垣は泣き疲れて眠っている少女を見る。
「君は私の目の前で自分の命をかけて人間を救った。それが本当の君の意志なんだ」
「フッ、俺の命なんてもうどうでもいいんだよ」
「だったら、その命私のために使ってくれないか?」
「は?」
「今ここで私は君を仲間にすると決めた。いや、私は君しかいないと確信している」
誰かを信じていたい。その人が自分の心の支えになっていてほしい。そんな、亡き母のような存在を俺は求めていたのかもしれない。
大垣に強引に引き入れられた形になって俺はモラドに入った。
モラドに入ってまるで世界が180°変わったようだった。同じヴァンパイアでもここまで違うのか。同じ人間でもここまで違うのか。同じ組織の長でもここまで違うのか。
大垣さんがいて今の俺がある。母とあの時約束したことを同じヴァンパイアの同志たちと、そして人間と共に達成する。それが、今の俺の意志であり「思い」なんだ。




