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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
機甲都市グラナ / ヘビー・アームズ・アース
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08. 呪われしミーファ

「アレ……この地図、間違ってないか?」


 歩みを阻む深い谷を、ふたりで覗き込む。断崖絶壁だ。底は暗くてよく見えないが、やはり川でも流れているのだろうか。……水の流れる音はしない。

 彼女が広げた地図を、ふたりで覗き込む。グラナとマキラ鉱山をつなぐ最短ルートの上に、このように地割れじみた渓谷はない。

 おかしい。地図はしっかり最新のものを購入したはずだ。


「うーん。とりあえず、橋は?」

「ないよー」


 振り向く。気の抜ける声を後ろからかけてきたのはティーダさんだ。

 道案内を申し出てくれた彼は、今日は例の荷車は引いていない。動きやすそうな軽装備で身を守り、穂先が奇妙な形の槍を一本担いでいた。護身用だという。

 地図があるから道案内は必要なかったのだが、結局ここまで付いてきてくれた。もしや、この崖について何か知っているのだろうか?


「それなあ、魔物が山に引っ越してきたときだったかな。ある魔導師がそいつとメチャクチャな戦いをやって、結果こんなふうに地面をパッカリやっちゃったのよ。バカだよね」


 ……1匹の魔物と1人の人間が戦って、こんなふうになるだろうか。

 両者、あるいは片方が、それだけの力を持っているということだ。にわかには信じがたい。地割れのような自然災害を、身一つで引き起こす生物など……

 ちらりと。視界の端に入った金の髪に、視線がつられる。


「地図をダメにするなんて実に迷惑な話だが、結果オーライなこともあってね。ふたりとも、向こう岸は見えるか?」


 谷を隔てた向こう岸は、地図の通りならば、山まではとくに何もない平原のはずである。しかし目を凝らすと、こちら側とは違う点が1つあった。

 いや。正確に言うと、1つというか、百というか、千というか。

 無数の鈍色の何かが、そこら中に散在している。それらははじめ岩に見えたが、じっと観察しているとわずかに動いているのがわかった。

 ……数本生えた鉄の脚。そして身体の中心に琥珀色の一つ目。おびただしい数の機械虫が、平原を徘徊していた。


「ヤツらは山のボスが生んでいる子どもだ、ってのはもう言ったよな? 知能は大したことない連中だから、この崖のおかげで街までは来ないのさ。たまに運よく迂回してきたやつが、入ってきそうなときはあるがね」


 それは良かった。万が一この数が攻めてきたのなら、グラナは終わりだ。橋を築かないのはこのためか。

 しかし困ったな。どうやってマキラ鉱山まで行けばいいのだろう。術を使えば向こうへ跳ぶことは容易だが、攻撃の効きにくい機械虫の巣窟とあってはあまりに危険だ。

 動きがのろいのを考慮して、無視して最速で走り抜けてみるか……?


「飛び越えていけばいいだろ、あんなの。ティーダ殿はユシドに掴まりなさい」


 ふわりふわふわと、ミーファが空に浮いていく。脚の付け根の、例の白い布が見えそうになって、少し目を背けた。

 ……なるほど、飛翔の魔法術。これを使えば平原を飛び越えることは可能だ。あまり長く飛んだことはないが、魔力はもつと思う。試す価値はあるだろうか。


「あ、いや、それはやめた方がいいかな。ビーム飛んでくるから」

「びーむ?」

「おーい! なんてー?」


 せっかちなもので、すでにミーファは崖を越え、虫たちの領空へと侵入している。

 次の瞬間だった。

 虫たちの一つ目が、頭上の少女に向けて一斉に輝く。

 なんと奴らは光線を撃ってきた。前回は見なかったが、あれが攻撃方法か。

 虫1匹につき1本の光。だがしかし、彼らは群れだ。

 無数の光条が、少女を襲う。


「ホゲーッ!!??」

「み、ミーファーッ!」


 あわれ、彼女は盛大な一斉射撃にて迎撃されてしまった。

 全身をおそらく魔力ダメージに蹂躙されたミーファは、そのまま墜落するように虫たちの楽園へ飛び込んでいく。

 一瞬まずいと思ったが、表情が怒気に溢れているのが見えたので、ほうっておく。


「虫けらがあああああ!!!」


 稲妻がぽこぽこ巻き起こっているのが遠目に見えた。雷は基本効かないっていうの、忘れてないかな。

 さて。どうしたものだろう。

 遠回りになるが、この平原を迂回していくしかないか……といったようなことを考えていると、ティーダさんが、話しかけられるのを待っているような顔で眼前へやって来た。


「ティーダさん、鉱山に行く方法は?」

「それを教えようと思ってついてきた」


 ティーダさんは口笛を吹きながら、槍の石突で地面に地図のようなものを描き始めた。

 あっちの方でやかましく轟く雷鳴と、ハーモニーを奏でて……ない。不協和音。


「俺の知っているルートは2つ。まず、迂回していく方法。

 街道沿いに虫の巣を大きく避け、マキラ鉱山の反対側から入り、虫まみれの坑道か山中を進んで、ボスにたどり着く。日にちがかかるから、しんどい」


 現在地から大きくカーブしながら山へ入っていくように、軌跡が描かれた。これだけ遠回りすれば安全かと思いきや、結局山で戦うはめになると。


「2つめ、古い地下道を通る方法。……このすぐ先に地下坑道の入り口がある。出口はボスのすぐ懐に繋がっている」

「この有様では、地下など崩落しているのでは?」


 崖を示す。あんなものができる戦いがここで起きたのだ、地下道なんて地中に埋もれたと思う。


「そう、一番楽なルートはそうなんだよ。しかし実は深い部分が頑丈に残っていて、崩れていない。

 というのもこの地下坑道、もともとは大昔からあるダンジョン……何者かが建造して、今では魔物の巣になっている遺跡だ。その上層部分を坑道に使っていたわけ」


 こういうときは深い部分ほどダメになっていそうなイメージがあるが、ダンジョンとなると話は変わってくる。

 現代では再現できない建造技術によって成り立っているそれらは、よほどのことがない限り失われない。

 (ちなみに、未踏破のものならば古代のマジックアイテムだとか武具だとかが眠っているのだとか。ダンジョン専門の冒険者も多い。)


「うまく抜ければ半日もせずに、虫をスルーしてボスのところに行ける。ただし、中にもやはり魔物がうろついているうえ、古代人がしかけたトラップまみれだ。帰れないダンジョン潜りたちの死霊もいるだろうな」


 ふたつのルートを提示したうえで、ティーダさんは判断を委ねてきた。

 話を反芻する。どちらの道も同様にリスキーだ。山中で虫と戦う場合は、僕とミーファの連携でしとめなければならず、消耗を強いられるだろう。また、遠回りをするというのもマイナスだ。


「地下を行きましょう」

「おじさんもそれがおすすめだな。虫よりこっちの魔物の方がマシだよ」


 そうならより助かる。

 僕の考えとしては、こちらのルートを拓けば、いざというとき拠点のグラナへ戻るのも早い。ただ1回目の挑戦ではトラップまみれというのが厄介だ。

 遠く見えるマキラ鉱山へ、視線を飛ばす。

 さっさと倒して凱旋……とはいかないらしい。ダンジョンとは何度も挑むものだし、山の強力な魔物もそうだ。ミーファがいるとはいえ、一度の戦いで倒そうとは考えない方が良いかもしれない。

 今回はこのような形で長期戦を強いられるようだ。少し気の長い攻略を計画していこう。


「ユシド! ティーダ殿! 聞いて驚くなよ。ここを通るのは……無理!」


 ようやく戻ってきた彼女が、ボサボサに跳ねてしまった髪を撫でつけながら話しかけてくる。めずらしく、こっぴどくやられてしまったらしい。

 男二人で顔を見合わせ、苦笑する。それから先ほど決めた今後の方針を、彼女に伝えた。

 ……今さらになって気付くなんて馬鹿だけど、ミーファも無敵じゃないんだ。

 風の技が津波になって跳ね返されたように、相性というものがある。あのときはミーファが助けてくれたのだから、今度は僕がしっかり働かねば。




 地下の道は、やはりほとんどが崩れていて、とても役割を果たしてはいなかった。

 ティーダさんの先導でしばし歩き、さらに下層への道を見つけるまでは。


「ティーダ殿はどこまで付いてくる気なのです? さすがに危険ですわ」

「冷たいなあ、君らが守ってくれるでしょ? ……なんてな。足手まといにはならんさ、これでも魔物退治や雇われ兵の経験はあるのよ」


 ティーダさんが担いだ槍を見せつけてくる。これで一丁やってやるぜ、と。

 他にも腰に剣を二本下げているが、ミーファのものが折れたら貸してくれるとのことらしい。彼女が今装備しているものと同様に、カゲロウさんの店のものだろうか。


 ティーダさんの示す方角を逐一確認しながら、ダンジョンを暴いていく。

 壁や通路はとくに変わったところのない、洞窟のようなつくりで、高度な古代技術で建造されたものには見えない。適当に魔物が掘ったものじゃないかと思えてくる。

 だが、そうではない。魔力の気配がかすかに漂っている。ここまでマッピングを進めた箇所には無かったが、トラップのたぐいもそろそろ……あった。

 ただの地面に見えるが、一部に空気の流れる通り道がある。落とし穴か、はたまた。

 手前にしるしを刻み、大きく迂回する。……魔物との戦いは少ないが、精神的な疲労がある。はやく道を拓きたいところだ。


「おーい、助けてくれ」


 小さくくぐもった声がして、振り返る。

 先ほど通りすぎた落とし穴から、2本の脚が生えていた。

 正確には、ミーファが頭から突き刺さっていた。こんなかかり方する人いる?

 スカートが捲れ、白いふとももと、それ以上に白い布が丸見えである。よその方をみながら脚をつかみ、引っこ抜いた。


「ユシド君」


 やれやれとか言いながら悪びれもせず、今度は壁の不自然なでっぱりを触ろうとしているミーファに注意を促していると、ティーダさんに話しかけられた。


「あの子はお前さんより強いみたいだな」

「ええ。彼女は僕の、剣の師なんです」

「ふーん、どうりで」


 強いか、といったら、ものすごく強い。僕も旅立ったときに比べればやや成長しているはずだが、それも師である彼女の導きがあるからだ。そして、あの子の底は、未だに見たことがない。

 彼は隣に立って、小声で続けた。


「いいかい。あれだけ強くて、師匠で、しかも顔が超かわいいとなると、自分よりずいぶん高みにいる人間のように見えるだろう」


 視線の先にいる彼女について考える。思い当たる節があって、頷いた。


「でも結局のところ、君と同じ人間だ。欠点もある。……例えば、強いヤツっていうのは油断しがちなんだ。トラップなんぞにかかっても死なないから、気分によってはああやって突っ込んでいく。でもそれって危ないだろ?」


 そうだ。ミーファだって無敵じゃない、っていうのは、さっきも思い直したばかりじゃないか。ああやってわざと起動して処理していくのもひとつの方法だが、対処可能なトラップばかりとは限らない。

 ……今、どこかから飛んできた矢を、刺さる前に手で掴んだけど。


「お前さんが気を付けてやんな」


 彼女を守れるくらいに強くなるというなら、そうあらねば。

 ティーダさんに強く頷き返し、ミーファの元へ駆け寄る。あの子を先頭にはしておけない。


「おわっ!?」


 …………落とし穴に、ハマった。

 呆れた顔のティーダさんと何故かうれしそうなミーファに引き上げられる。

 ダンジョンは、少し苦手かもしれない。これを機会に勉強せねば。




 歩測にあまり自信はないが、そろそろマキラの足元に潜り込む頃だろうか。

 あとは階層を上がっていけば、目的地へ出ることができそうだ。少し消耗したが、次回は同じルートを行けば容易に進めるだろう。はじめて自分で作ったこのマップは、大事にとっておきたいものだ。


「ん。なあ、あれ」


 地図を眺めてにやついていると、ミーファに袖を引っ張られる。

 取り繕いながらそちらの方を見ると、これみよがしに、財宝か大仕掛けでもありそうな台座が配置されていた。

 3人で近づく。台座の上には、豪奢なつくりの一振りの剣が、主を待っているかのように突き刺さっていた。


「これあれかな。伝説の剣とかかな」


 わくわくした様子で剣に駆け寄るミーファ。もしそうならば、今の僕たちにとってあまりにも都合が良い。グラナにやって来た目的は剣の入手なのだから。

 ……罠では、ないだろうか。しかし確かめる術は無い。ティーダさんの顔を窺ってみたが、彼も緊張した面持ちで考え込んでいた。


「……待てミーファちゃん、ここは俺が……」

「よっと」


 ティーダさんの静止が届く前に、ミーファが剣を引き抜く。

 見事な刀身だ。白刃は暗い迷宮の中にあってなお光輝いて見える。何年もここに放置されているはずのものが、ああも形を残しているとは。


「……ご、ごぼっ!」

「え?」

「ミーファちゃん、そいつを離せッ!!」

「ふたり、とも、にげ……」


 同じように剣に見惚れていたはずのミーファが、苦し気な声を絞り出した。

 剣から薄く、煙のように、青い魔力の流動体が立ち上っている。それが、ミーファに絡みついていた。

 地面を爆破するつもりの威力で、跳躍の魔法術を使う。青いなにかが、大きく開いた彼女の口から、中へ侵入していくのが見えた。

 彼女の元へ辿り着く。呼びかける。顔を伏せ脱力しているその肩をゆすった。

 何か良くないことが起きている。ひとまずあの手の剣を遠くへ――


「く……くひ。くひひひひひひ」


 白刃がひらめいた。

 後ずさり、とつぜん熱を訴えてきた、自分の頬に触れる。

 赤い血が、そこから垂れていた。


「ああ……ようやく……ようやく余は、新たな身体を得て蘇ったぞッ!!」


 天を仰ぐ彼女の表情は、狂喜に満ちていた。

 知っている声で、知らない音色を奏でる、目の前のモノ。

 目が合う。寒気を誘うこの気配。いつもの深く鮮やかなアメジストとは、真逆の印象を伝えてくる。

 ……ミーファじゃ、ない。


「疾く死ねえっ、王墓を荒らす愚か者共が!!」

「な……ぐああ、がっ……!!」


 金色の雷霆に、身体を蹂躙される。

 魂まで焼き尽くされるかのような威力! これがミーファの力なのか……!

 風の防護膜を内から呼び起こし、力の限り抵抗する。全力を絞り出しても、無傷でやり過ごすことなど不可能だった。

 雷撃が止んだ。膝をつき、呼吸を整える。喉が焼けつくようだ。


 ……ミーファの魔法術まで、使えるというのか。

 目の前に立ちふさがる少女を見上げる。美しい容姿と立ち姿、手には妖しい気配を放つ剣。

 しかしその顔には、いつも僕に力をくれる鮮烈な笑顔はない。昏いよろこびに打ち震える古代の死霊が、そこに立っていた。

 これ……最強の敵じゃないか?


「しゃあっ!」


 大ぶりで斬りかかってきた敵に合わせ、剣を抜く。鋼のぶつかる音が鳴り響き、鍔迫り合いの状態になった。

 まずい、と思ったときには遅い。僕の身体はまたしても、すさまじい雷撃に侵されていた。剣の触れた箇所から雷を発生させているのだ。

 死に物狂いで風を呼び起こし、敵を追い払う。魔法剣までも……!


「ああ……なんと強い身体だ。未来永劫、我が手足として役立つに違いない」

「……!」

 

 ミーファの顔を使って、倒錯した表情をつくったそいつに、今度は、自分から斬りかかった。

 剣を伝い、電撃が全身を焦がす。関係ない。剣に、つよく、つよく、風を纏わせる。


「朽ち果てるがいい、侵入者。これはもう余のものだ」


 これ、と言ったか。

 その言い草に、態度に、目つきに、心底腹が立った。


「うるさいッ!! ミーファは僕の大切な人だ! 貴様などに……渡すものかああッ!!!」

「な……なんだ、その魔力は……!?」


 荒れ狂う暴風で、身体を痺れさせる電撃を弾き飛ばす。

 ミーファの魔法術も使えるのか、だって。そんなわけがない。彼女のいかずちが、この程度のものであるはずがない……!

 身を包む風に指向性を与える。拮抗していた剣は大きく弾かれ、やつが身体をぐらつかせた。

 ――隙!

 一歩踏み込む。そのまま剣を振ろうとして……手を止める。


「ふ、ふ、はは。どうした。来ないのか?」


 剣を持ち上げる。


「おっと! この身体を傷つけるというのか?」

「………」


 怒りで血が沸騰しそうだ。

 こんなこと、たえられない。思考が高速で回転する。自分の修行は無駄だったのか? この状況を打破できる方策を、何も持っていないのか?

 手のひらが、痛い。見ると、強く握り締めたあまりに、血がにじんでいた。

 誰かが、肩を叩く。


「手伝おうか?」


 冷静な声色が、頭の温度を少しだけ下げた。

 そうだ。ひとりじゃないだろう。


「お願いします……!」

「りょうかい。何をすればいい? 指示を出してくれ」


 彼が一歩、前に出た。二人で敵に対峙する形になる。

 ティーダさんの声を反芻し、自分を落ち着ける。二人ならばやり方に幅がずいぶん増える。

 自分の持つ選択肢を頭に並べていく。探すのは、彼女の身体を傷つけずに、死霊を追い出す方法。

 ――ある。


「ミーファを傷つけずに拘束することはできますか?」

「できるよー」


 こちらを振り返って気楽な表情を見せるティーダさん。僕を安心させようとしているのかもしれないが、それはさすがに無防備……、

 金色の亡霊が、彼の背後で刃を振りかぶっているのが見えた。危ない――!


「おっと」


 突如、猛烈な勢いで地面から土色の壁がせり出し、敵と僕たちを隔てた。

 ……地属性の魔法術、だ。ティーダさんが使ったのか?

 腕を動かさず、後ろも見ずに。


「小賢しい真似を!」


 壁を回り込んで襲ってきた、ヤツの剣を受け止める。雷撃を流し込まれないよう強く弾いた。

 数合の剣戟を交わしたあと、距離が空く。敵が腕をこちらにかざしているのをみて、身を固くする。

 視界の端で、ティーダさんが片足を持ち上げ、地面を思い切り踏んづけているのが見えた。あれは……?


「何……!?」


 少女の周りの地面から、4本の柱が伸びた。

 柱というより蛇と表現するべきだろうか。4匹の土蛇は大口を開け、電撃を撃ち放とうとしていた彼女の四肢に、飲み込むように食らいついた。

 そのまま土から、岩のように、固い拘束へと変化する。

 ティーダさんに感謝しつつ、僕は少女へと駆け寄った。

 肩をつかみ、名前を呼ぶ。


「ミーファ! 正気にもどってくれ!」

「離せ愚か者が。小娘の魂など、余が食らい尽くしてくれる」


 やはりただ言葉をかけるだけでは、どうにもならない。

 逡巡し、彼女の顔を見る。歪んだ形相の中に、ミーファはいない。今は眠っているんだ。

 思い切り息を吸い、肺に空気を取り込む。

 魔力を練り上げ、複数の属性を合成し、体内で破邪の風を作り上げた。

 慣れない魔法術で気分が悪くなる。失敗は許されない。今はこれに賭けるしか……!


 死霊に最も有効なのは、破邪の魔法術だ。これでヤツを引き剥がす。

 敵がミーファに憑りついたとき、その入り口はどこだっただろうか。それは、彼女の喉だ。

 肩にかけていた手を、ミーファの頬に当てる。


 こんなのは本意じゃないと思う。だけど、ごめんよ。


 四肢を拘束されて無防備になった彼女のお腹を、掌底で叩く。


「かはっ!」


 空気を求めて大きく開いた口を、自分の口でふさいだ。

 そこから、彼女の体内へ、破邪の風を流し込む。


「んぐもお!?」


 初めてのそれは、雰囲気も何もあったものじゃなかった。

 絞り出せるだけの魔力は注いだ。これがだめなら……また、違うのを考える。ミーファを助けられるまでは帰らない。

 数歩下がり、警戒しながら様子を見る。

 ミーファは痙攣を繰り返したあと、首をのけぞらせる。……そして、その口から悪霊を吐き出した。

 彼女が崩れ落ちる。地面に倒れ伏す前に、なんとか身体を受け止めた。

 目を閉じて苦しげな表情だが……息をしている。額や首筋に触れて状態を診る。どうやら気絶しているだけのようだ。

 ……良かった。


『おのれ……次は殺してやる』


 おどろおどろしい声がして、そちらを向く。ミーファの透き通る声を操っていたときとは違う、薄汚い悪党のものだ。

 青い魂の火が、僕らから逃げ去ろうとしていた。これだけのことをしておいて、おめおめと……!


「待てッ! 逃げるな!!」

『そこで吠えていろ、間抜けめ。この王墓を侵す者がいる限り、余は不滅――』

「逃げんなって若者が言ってるだろ。ヨイショ、っと」


 拳が、無造作に振るわれる。

 その一撃で、青い魂は断末魔のひとつも残せず、粉々に霧散した。

 あとに残ったのは、汚いモノに触れてしまったとでも言いたそうに、顔をしかめて右手を振るティーダさんだけだ。

 ……実に、あっさりと。

 旅を始めて以来個人的に最大のピンチは、助っ人の活躍によって、こうしてあっさりと幕を引いたのだった。


「ティーダさん……破邪の属性を使えるんですか?」

「おうさ。達者なもんだろ? まあ、霊体の魔物を一発殴れるくらいだけどね。手も足も出ないのってムカつくよな」

「はは……」


 今日の攻略は、ここまでにしよう。

 まだ目が覚めていないミーファの状態も心配だし、僕の方も消耗している。ふたりでそう決めて、しばらく膝に寝かせた彼女の介抱をしていた。

 金の柔らかい髪を、そっと撫でる。

 アメジストの瞳が、暗い迷宮のわずかな灯りを反射した。


「うわ」


 ミーファはばちりと目を開き、ガバリと身体を起こした。なんか元気そうである。

 膝を貸して痺れた脚を伸ばしていると、彼女は、明後日の方向に顔を向けながら話しかけてきた。


「あ、その、迷惑かけたな。助けてくれてありがと。じゃっ」


 彼女は唇をおさえ、そそくさと早歩きで迷宮の道を引き返していった。

 は、速い! 雷光の如し!


「………」


 まさか。

 操られている間、意識あったとか?







 眠れない。

 あのあと、グラナへ引き返し、今は宿のベッドの上。天井を見つめていると、余計なことを考えてしまう。

 僕は今になって、とても、悶々としていた。

 死霊を追い出すのに、絶対他のやり方あったよな。破邪結界に閉じ込めてじわじわ追い出すとか、ティーダさんが霊体だけに攻撃するとか。

 なんであのときはあれがベストだと思ったのだろう。自分の中に、ああいうことを彼女としたいよこしまな気持ちがあったとしか思えない。

 あああああ。

 やったな。やらかしたよこれ。


 しばし悶えたあと、ベッドから起き上がる。

 下で、冷たい飲み物でも貰おう。別に水でも良い。湯だった頭を冷ましたかった。

 部屋の戸を開け、廊下を歩く。


「「あっ」」


 曲がり角で、ミーファと鉢合わせになった。


「よう……」「あの……」


 目を合わせられない。何か話そうとして、声が被ってしまった。それだけで、お互いに言葉が出なくなってしまう。

 いやいや、なんでこんな。だめだ。やましい気持ちがあると明かしているようなものだ。この沈黙はまずい。

 意を決し、ミーファの顔を見る。


「あのさ」

「ちょっと待って」


 やわらかい左手が、自分の頬に添えられた。

 ミーファの手。ミーファの手のひらが、すごく熱い。ともすれば、やけどしてしまいそうなくらい。熱が、頬から頭、首、やがて全身へと伝播していく。


「な、なにを……」


 心の臓にも伝わってきた。鼓動があまりにうるさい。

 彼女の顔が、すさまじく近い。視点が降りていく。甘い香りのする美しい金糸の髪、宝石の瞳、筋の通った鼻、そして、柔らかい唇。


「治ったよ」

「え?」


 さっきまでミーファが触れていた部分に触れる。

 ……そういえば、剣でつけられた切り傷を治療するのを、すっかり忘れていた。

 触れられた頬の熱さは、治療の魔法術による活性の効果だ。なるほど。ははは。びっくりした。


「今日はすまなかったな。キミに、あんな傷をつけてしまうなんて」

「いいよあれくらい。本当の君の技と比べれば、大したことないよ」


 ミーファの表情は暗い。

 嫌だな。そんな顔は、あなたには似合わない。

 実際にこうしてぴんぴんしているのだ。平気だと、胸を張って見せた。


「それに……気持ち悪かっただろ? その、最後のあれは」


 あれというのが何を指しているのか、その仕草ですぐにわかった。

 謝るのはこっちなのに。彼女に暗い表情をさせているのは、自分だ。


「い、いや! 気持ち悪くなんか、ない。その、あの……むしろ……あの……」


 勢い任せに変なことを言おうとした。いや何言ってんだほんと。僕が気持ち悪いよ。

 どう返したらいいのかわからなくて、言葉がしりすぼみになる。


「そ、そうか。ならいいんだ」


 どう解釈してくれたのだろうか。ミーファは顔をあげ、はにかんでみせた。

 そのまま上目遣いにこちらを見ながら後ずさり、自分の部屋の戸に後ろ手をかけた。


「じゃ。おやすみ」


 扉が閉まるまで、僕は彼女から、目が離せなかった。

 ……明日から、普通に接しなきゃ。まだ実力で勝ってない。ノーカウント。そしてあれも、ノーカウント。

 今は、山の魔物を倒すのに集中しよう。


 伝えたい気持ちは日に日に膨らんでいく。それだけが少し、苦しかった。



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