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61. こんなに、あなたのことが

 相手の剣が、こちらの剣を軽々と弾いて見せる。剣戟の応酬のなかで、自分だけが手傷を増やしていく。

 いつもとは比べ物にならない剣のスピード、そして重さだ。ミーファは、ここまでの剣士じゃなかったはずだ。雷の奥義を使っている様子もなく、あるのは風の気配だけ。

 あのとき。闘技大会の決勝で戦ったとき、剣の腕について、僕と彼女にここまでの差はなかった。どうして、なんで……。

 いや、もうその理由は、彼女が口にした。自分は普通の少女ではないのだと。


「ぐ……ッ」


 すさまじい一振りによって身体ごと弾き飛ばされる。息も上がって、肩が重く沈みそうだ。

 それでも身体はいつものように、あきらめまいと戦いの相手を注視する。

 敵は、僕の好きなひとは、ありえざる風の魔力を剣に集め、小さくつぶやいた。


「風神剣・五輪互乗(ゴリンゴジョウ)


 巨大な竜巻の柱。それが五つ。刃から生まれたそれはたちまち僕を取り囲み、逃げ場を塞ぎながら迫ってくる。

 回避不能の技――だけど、ひとつでも破壊すれば、突破することができるはず。


「!! う、あ……!」


 身体がふわりと浮く。自分の意思じゃない。周囲の気流が、こちらの足をすくう動きをしている!

 体勢を立て直し、反撃を。浮遊の術を使い、剣を握れ。

 そう自分に命令する頃にはもう。視界も、空間も、嵐に埋め尽くされていた。


「ぐあああああっ!!??」


 全周囲から、五体をバラバラに引き裂かれるような、痛烈な斬圧。魔法障壁を纏っていても、切り刻まれ、圧し潰されるようだ。

 こんな凄まじい威力のある風の魔法剣を、雷使いであるはずの彼女が使うなんて……。


「が……あ」


 地面に落ちた衝撃が身体の内側に響く。なんとか立とうとしても、足が、手が、震えて力が入らない。

 それほどのダメージを受けたから。

 ……いいや、ちがう。


「こんなものなのか、ユシド。俺を失望させるな」


 冷然とした目つきで見下ろしてくる少女。

 彼女が動くたび、話すたびに……これまでのすべてが、繋がっていく。

 ミーファ。年下なのに、年上のような、不思議な女の子。

 そのミーファが、旅の中で口にしてきた言葉。情報。違和感。

 それらはすべて、彼女がシマドの生まれ変わりとして記憶を残しているのならば、何もかも説明がつく。ついてしまう。


「う、う……」


 でも、それの何が、自分にとってそんなにショックなんだろう。

 僕はどうして、自分がいま立てないのか、わからない。


「……いきなりあんなこと話して、悪かったよ」


 遠くで構えていたミーファが、剣を下ろす。


「少し休め」


 その言葉は、すぐ耳元から聞こえた。

 腹部の方に衝撃があった。電撃か、殴打のどっちだったのかはわからない。苦しくて目を閉じると、そのまま思考が、暗いところに沈んでいった。




 次に目を開けたとき、僕はミーファに介抱されていた。

 柔らかい太腿を枕にしてくれていて、いつもならたぶん、顔を紅くして飛びのいてしまうところだけど。そういう気分にはならなくて、ゆっくりと身体を起こした。


「あっ……」


 ミーファの漏らしたか細い声が、どうしてか耳にはっきりと残る。


「……まだ、傷は治っていない」

「自分で治療できる。できます」


 少し距離をあけて、自分の身体を魔法術で癒していく。

 僕たちは互いに話すことなく、しばらくは時間だけが過ぎていった。


「ミーファは。ミーファには、シマド様の記憶がある?」


 彼女の方を見ずに聞く。

 彼女に聞いた、というより、自分の中で話を整理するための発言だったかもしれない。

 答えてほしかったわけではない、かもしれない。我ながら理不尽なやつだった。


「記憶があるし……魂も、シマドそのものだ。自分はシマド本人だという認識で生きている」

「………」

「……すまなかった。どうしても自分の手で、先代として、きみに試練を……」


 今のすまなかった、は、どういう意味だろう。

 これまで隠し事をしていたことに対して、というより、今このタイミングで真実を明かしたことについて……だろうか。

 よくわからない。

 たしかに、動揺はしたけど。でも僕には、それで謝られるおぼえはない。

 そんなことよりも。


「この試練。あなたは、あなたの本気で、僕と戦ってくれる。そうでしょう」

「……ああ。その戦いの中で、奥義を見出してほしいんだ」

「……わかった」


 などと返事をしたものの、奥義とか、正直もうどうでもいい。ついでだ。ついでのことになってしまった。

 僕は……本気の君に、勝ちたい。ミーファとしてだけでなく、シマドだったことをさらけ出した、本当のあなたに。

 もしもそれが叶ったら、そのとき。言いたいことがあるんだ。

 あのとき……武闘大会で君に勝ったとき。あれはひょっとすると、本当の勝ちじゃなかった。だから……、


 理由はできた。

 もう、足が折れることはないだろう。




 剣を交え、傷を負っていく中で、彼女の声が耳に届く。


「言っておくが、風の奥義を得ないことには俺を打ち倒すことはできない。がむしゃらに戦っても無駄だ」


 また重く速い剣に弾かれる。すぐに体勢を整えて反撃の流れを……


「ッ――!」

「ぜえッ!!」


 速い! 追撃が速すぎる。

 なんとか剣を合わせて防いでいるけど、この速度は魔法使いとしては異常だ。以前手合せした超神速の剣士、イフナさんのスピードにも近い……!

 ミーファはもともと、反応速度や脚の速さに優れた剣士ではあった。でも今は、脚だけじゃなく、あらゆる動作が速い!


「がっ!?」


 胴体に強い衝撃があり、ミーファが目の前から離れていく。いや、自分が蹴りで吹き飛ばされたんだ。

 膝をつきそうになるのを、耐える。相手から、もう、目を離さないようにしないと。


「おまえ。俺の動きが見えているだろう。太刀筋を見切っている。……それでいい。大事なことだ」


 ミーファが言葉をかけてくる。それは彼女からの、何かのヒントだと感じて、聞き漏らさないように耳を傾けた。


「そして、“見えた”なら。次は“追いついて”みせろ」


 追いついて?

 ……あのスピードで動く彼女に勝つには、いろいろと作戦が考えられる。例えば、耐え抜いてスタミナ切れを狙う。高速カウンターで打ち破る。相手の動きを制限するような……術による拘束や、移動ルートを限定する策を考える。

 だが、それではだめなのか? こういったやり方ではなく、あの速さに自らも追いつかなければ、彼女には勝てない。

 これまで、動きのスピードで相手を翻弄する、なんて戦い方はあまりしたことがない。鍛えたこともない。その僕が、どうやればミーファに追いすがれる……?


 剣のぶつかり合う音。ミーファは再度斬りこんできた。

 やはり速い。空いた距離を一瞬で詰めるその駆け足。旅の最初のときから、彼女はこういう動きをしていたけれど……

 それに加えて、今は剣腕も重い。膂力では僕が勝っているはずだったのに、鍔迫り合いで押されている。どうやってその細い腕で?


「いいか。お前は既にその“技術”を見ているし、身に着けている」

「……!?」


 激しい攻防が再開される。

 神殿内を走り回り、剣を振り、魔力を絞り出し。傷を負い、呼吸を乱しながら、しかし考える。

 見ている、と言った。

 もしかして、ミーファはその風の奥義を、既に使って見せているということか。

 一体どの場面なのか。最初の方に使った、回避不能の魔法剣……?

 いや違う。もしかして、いままさに使っている、のか?

 例えば……、“運動速度を引き上げる技”を。


「せれッ!!」


 また剣のぶつけ合い。

 至近距離で、観察する。彼女に、いつもと違うところは。

 ――ある。それは、ここで戦い始めてからずっと、写し身のシマドが変じた風の魔力を身に纏っていることだ。ミーファの腕、背中、全身を薄い翠の気流が取り巻いている。

 これは、雷の勇者である彼女に、風の神殿が魔力を貸していることを示す現象だと思っていた。身体を取り巻く魔力を使って、強力な風神剣や魔法術を撃ってきているのだと。

 それだけじゃない、気がする。


 それと……今までの旅でも、ミーファが瞬間的に、凄まじいスピードで動くときはあった。

 あの動きはどうやって実現していたのか。……そう、たしか、脚に風の魔力を纏っていた。

 旅の初めに、高速で魔物に近づいて、焼き殺したとき。王立学園のロードレースで、チユラのスピードに対抗するとき。他にも、頻繁に使っていた。

 よくよく考えてみれば、あの術はなんだ?

 あれは、教わっていない。

 少なくとも、一般的な風の魔法術の教本にはないものだと思う。ほとんどの場合、風使いが魔力を身体に纏うときは、彼らが空中を浮遊し飛行するときか、魔法障壁として防御力を高めるときくらいだ。

 けれどミーファは、あの風で「加速」している……?


 奥義の性質が見えてきた。けど、まだ明確な答えとしてまとまらない。

 ………。

 ――お前は既にその技を“見ている”し、

 ――“身に着けている”。


「風神剣・昇」

「!!」


 下から突き上げる暴風に襲われる。これまで何度も世話になった技で、元はミーファに教わったものだ。向こうが使えるのは当然。

 この狭い嵐に巻き込まれれば、ダメージとともに空に投げ出され、さらなる追撃や落下の衝撃までありうる。単純だが有用な技だ。

 しかし、逆に、うまくその風に乗ることができれば。こちらが反撃する機会を作り出せる。

 僕は攻撃圏内から紙一重の位置で地面を蹴り、自分から上昇した。


「風神剣・断!」


 宙で相手に狙いを定め、薄く研ぎ澄まされた風の刃を、剣の振りと共に放つ。

 使いやすい中遠距離攻撃。斬撃の魔法術は多くの風使いにとってポピュラーな技だが、僕たちのような魔法剣士が刀身に乗せて撃つそれは、さらに洗練された刃となり得る。

 しかし斬撃そのものは撃った時点で攻撃範囲が決まっている、見切る眼を持つ相手にはそう当たらない。ミーファはほとんどその場から動かず、身体をそらして太刀の風をかわした。

 まだだ。それなら手数で攻める!

 地面に降り立ってすぐに、先ほどと同じく飛ぶ斬撃を幾度も放つ。風神剣・断は速度に優れ、消耗も少ない。こうして数を増やすことで技として幅が出る。

 刃の群れはミーファに殺到する。さきほどのようには避けられない。

 ……が、有効打にはならない。手数と技の出を優先したそれらは威力に欠け、彼女が展開した、可視化されるほど厚い魔法障壁によってかき消された。

 防御に力を割いたことによって、彼女の脚が一瞬止まる。

 ならば次の手は!


「風神剣・穿」


 既に自分はその型に入っていた。

 刺突の要領で、範囲を引き絞った魔力の竜巻を、剣先から撃ち出す風神剣。

 敵の防御を突破したい場面、弱点を正確に突きたい場面に使うものだ。これで、ミーファの障壁を崩す。


「―――。」


 一連の流れは、ミーファには読まれていた。螺旋の槍は角度を変えた障壁と、剣技によって逸らされ、ミーファの後方の地面を穿った。

 やはり通じない。ミーファに、シマドに教えてもらった技では、本人には……。

 ………。

 ミーファに教わった技は、まだある。


「風神剣――!」


 身体を沈め、風の魔力を体外に渦巻かせる。

 相手のいる方向を意識し……地面を蹴ると同時に、身体を押す追い風になるように、魔力を後方で炸裂させた。


「“疾風”!」


 高速で景色が流れ、あっという間にミーファとの距離がうまる。接触するタイミングで剣戟を繰り出すと、彼女は冷静な表情でそれをしっかりと防御し、しかし踏ん張ることはなく、弾かれるようにして飛んだ。衝撃の方向に合わせて飛び退いたんだ。


「………今のは」


 高速で動き、間合いを瞬時に詰める突進術。

 ずいぶん久しぶりに使ってみたけれどこれは、思えばまるで、ミーファの戦闘スタイルに似ていて。

 これだけのスピードでいつも動けたなら、今のミーファにも、追いつくことが……、


「……風で、身体を、押す……?」


 単純な理屈の技。追い風が吹いているときとそうでないときでは、全力疾走のスピードがほんの少しだけ変わる……そんな当たり前にある出来事を、風の魔力で再現するスキル。

 それを、ミーファが今。

 “すべての動作”において、使っているのだとしたら?


「………!」


 教わっていない、わけではなかったのか。

 やってみるべきだ。

 風神剣・疾風の要領で。すなわち、体外に放出した魔力を操作し、自分の肉体の動作と連動するようにコントロールする。

 魔法剣士として経験を積み、ついには先祖シマドによって直接叩きあげられた今の自分なら、そのような魔力行使も可能なはず。


 再び身体を沈め、低い姿勢になる。全力疾走の予備動作。

 ミーファが何度も旅の中で見せたように……身体に、走りの起点となる脚に、風という推進力を加える。そんな自分のイメージを、翠色の魔力がなぞっていく。

 今だ。

 スタートを切る。

 ぐん、と。空気の壁が、自分を拒むような感覚。それに耐える。


「――――ッ!?」


 跳び過ぎた。

 ミーファの横を思いきり通り越して、神殿の内壁に着地する。頑丈そうなそれにひびが入って、僕の足も軋んだ。

 もう一度、今度は出力を調節して――


「しゃあッ!!」


 その前に、おそらく同等のスピードで、ミーファがすっとんできた。

 剣の腹を腕で支え、障壁と共に盾のようにして、なんとか攻撃を逸らす。一瞬の間、僕たちは壁に足をつけたま、にらみ合った。

 ミーファは、うすく笑っていた。

 地面に降りてすぐに、また向こうの一撃。それを受け止めると、相手も刃をひるがえそうとはせず、普段のミーファが好まないはずの鍔迫り合いに持ち込まれる。

 やはり重い……! 圧し潰されるような力だ。 そして、その秘密は!

 剣を受け止めながら、ミーファを取り巻いている魔力の流れを観察し、模倣する。

 いまから行うのは、腕力と、踏ん張る脚の補助。そのために必要な、力を加える箇所と、力の向きは……!


「む……」

「うおおっ!!」


 風が吹く。

 魔力を吹かす。

 それで、こちらを追い詰めつつあった刃の侵攻は止まる。

 ぎちぎち、きしきしという音の錯覚を、耳以外の感覚が作り出す。地魔の剣・風魔の剣でなければ、どちらの刃も砕け散っているだろう。それほど大きな力の拮抗。

 いや、バランスは再度傾いた。ミーファの剣を、徐々に押し返していく!

 至近距離で、また、ミーファが笑った。


「残念」

「―――うわあああっ!?」


 たぶん、向こうが、力を抜いたんだと思う。

 地面をごろごろと転がり、体勢を立て直すと。ずいぶん遠いところにミーファがいて、また長い距離を吹っ飛んだものだと思った。

 なるほど。そりゃ、こうもなるか。


 けれど、腕力を補うあの力。速度を著しく上げる推進力。

 きっとこれは、大ハズレじゃない。まだ、いろいろ試したい。


 再度、ミーファと剣を交える。

 動作に合わせて、身体の各部に風を起こす。そんなことをしたらやっぱり、腕も足も胴も、無様に流れて、とても剣技にならない。まるで、握りたての武器に振り回されている、見習い戦士のような有様だ。

 でも……

 そうだ……

 これなら……追いつける!

 大切な予感を得て、試練に挑む。気が付くと、自分も、笑っていたようだった。




 楽しい時間、だったのかなと思う。

 自分の呼吸のリズムも忘れて、没頭していた。

 だから、彼女が剣を下ろしたとき、呆けてしまった。


「どうやら、モノにしたようだな」

「え?」


 ミーファの攻撃に一方的に傷つけられることは、いつの間にかなくなっていた。

 それで、ようやく自分が……彼女と同じものを纏っていることに、気が付いた。


「それが、シマドの使っていた風の奥義のひとつ、『追い風の衣』だ」

「……なんか、安直なネーミング」

「オレだってこの神殿で教わったんだよ、文句は受け付けないよ」


 ミーファは……試練の中で、いつもの彼女に、戻っていた。


「こんなやり方で習得するなんて、すごいよ、ユシドは」

「あなたに教えてもらった風神剣がヒントになったのと……、それと、ミーファがずっと使っていた技だから」

「そうだったか? 人のことをよく見てるじゃないか」


 悪戯っぽく笑う表情は、ずっと旅の中で見てきたもので。

 でも、そこに、僕が出会ったシマドを感じる。

 こうして落ち着くと、現実に実感が追いついてくる。

 似ている、というより、同じ。変わらない。話し方とか、笑い方とか。

 本当に、彼女は彼なんだと。僕の先祖で、男性で、今は女の子で、けれど魂は変わっていないのだと。


 そして……。

 僕は、今この瞬間の自分に、心底安心した。


「おめでとう。お前は試練を乗り越えた。正真正銘、風の勇者だ。この俺が認める」

「まだだ」


 ほんとうのことを知っても、まだ――、


「まだ、あなたに、君に、勝っていない」


 こんなに、あなたのことが、すきだ。


 剣を握る。

 魔力も体力も、当たり前の事実としてかなり消耗しているはずだ、とは思うけど。それでも、今が人生で一番絶好調。追い風は心にも吹いている。


「……勝ってどうする?」

「なんでもいうこと聞く、っていう約束だ」

「約束? ……ああ、それはもう、前に済んだ話だろ」

「ううん。あれじゃやっぱり、不満だよ。だって――」

「わかったよ」


 彼女は再び剣を抜く。

 鈍色の刃と紫水晶の瞳が、これ以上の言葉を断った。続きは、剣で語れと。

 約束の先には、願いがある。

 最初は、君を守れるくらい強くなりたかった。それで、認めてもらいたかったんだと思う。

 いまは、まあ、それとは少し違う感じ。

 こうだ。

 “君と、並び立てる自分になる”。

 それができたなら、そのときは――、


「行くぞ!!」

「ああッ!!」


 そうしてまた、刃が瞬く。

 剣の打ち合いは、互いに傷をつけ合うもの。少し間違えば殺し合いだろう。

 でも気持ちとしてはなんだか、この前の夜の、ダンスみたいだった。

 ミーファだけしか目に映らない。息遣いや体温を感じる。心臓の駆け足は止まらない。

 ずっとこうしていたい。


 これがすべての力を振り絞る戦いである以上、終わりは来る。

 そのときまで、僕たちは舞い続けた。




 やがて、ひとつの剣が、使い手の元から弾き飛ばされ、離れていった。

 嵐の終わり。ふたりの風の勇者に、凪が訪れる。


「完敗、だな。さすがに悔しいよ」


 勝者は決定した。

 ミーファの手に、もう剣はない。


「本当の意味で、キミは(オレ)を超えたんだ……」


 自分の握っていた剣をしまう。

 これで戦いは終わって、僕たちはもう剣士も勇者もない。

 そして……、

 目の前のミーファでもシマドでもある少女は、僕にはミーファもシマドもない。

 ただ、そこに好きなひとがいるだけだ。


「えっと、約束、だっけ。どうしたら――」


 両手で彼女を抱き寄せる。あんなに強い戦士なのに、細い身体で、力を込めすぎると折れてしまいそうだった。

 でも、あまり加減ができなくて、ぎゅっと抱き着いてしまった。彼女の吐息が耳にかかる。

 ええと、なんて言おうか。気持ちがはちきれそうだ。

 もどかしさを吐き出すように、僕は、ミーファと出会ってから今の瞬間までに胸に溜まった想いを、口に出した。


「あなたを愛しています。ずっと、ずっと一緒にいてほしい」


 ……ああ。

 いつかのときより、もっと好きになってる。

 本当はもっと気の利いた言葉で想いを伝えたかったんだけど、いざとなるとそうもいかないみたいだ。気持ちが先にぽろっと出て、いまいちな台詞だったのをなんとかしたくて、僕はミーファに自分の心臓を押し付けた。

 表情は見えない。当たり前だ。ミーファの顔はいま、僕の肩のところにある。相手の気持ちが分からなくて、怖い。一回目の告白よりずっと怖い。でも、伝えずにはいられなかった。

 どんな強大な敵と戦うときよりも、心臓がばくばくと動いている。


「……本当に?」


 耳のすぐそばで、ミーファが、小さな、小さな声でつぶやく。

 うるさい心臓の鼓動は、まるでふたりぶんみたいだった。


「オレは、男なんだよ」

「うん」

「お前のおじいさんの、そのまたおじいさんの……とんでもないおじいさんなんだ」

「そうだね」

「性格も、こう見えて暗いんだ。気分屋だし、頑固だし、嫉妬もするし、面倒なやつなんだ」

「知ってる」

「オレは……シマドだ。ミーファでもあるけど、でも、ミーファじゃないんだ。この魂は――」

「だから、あなたに恋をした」


 そうだ。きみが、きみじゃなくて、ただのきみだったなら。きっと僕はこんなに惹かれなかった。

 あなたはいつだって、優しくて、強くて、僕を見守ってくれていた。愛情をくれていた。

 でも、あなたは、ばかだと思う。

 歳が近くて、可愛くて、幼馴染なんだ。そんなふうにされたら、好きになるに決まってるだろ。


「じゃあ、じゃあ……オレは、キミを……」


 背中に、優しい感触。

 ミーファの手だった。

 今度こそ、この時間がずっと続いてほしくて、僕はいっそう力をこめる。想いは、伝わっているはずだと思った。



 でも。

 とん、と胸を押されて。

 突き放されて。そうしたら、やっと顔が見えて。

 ミーファが、困ったような笑顔を、つくっているのを見て。

 それで、返事が、わかってしまった。


「ユシドの気持ち、嬉しいよ。でも…………。一緒にいることは、できない」


 ああ。

 さっきまでうるさかった心臓が、ぎゅっと締め付けられている。


「約束だから、聞いてあげたいんだけどさ。……ほら、その、男だから。オレにとってキミは、恋仲になるような相手じゃないんだ。悪いな」


 軽口を言うときの声で、彼女は話している。冗談で済ませるみたいな。そんなの、僕は怒ってもいいだろう。

 でも、そんな顔で言われたら、口を挟めない。

 ……どうして。僕よりも、つらそうなんだろう。


「……それは。本当、に?」

「…ああ」


 ミーファは、僕に背を向けた。そのまま、一歩、二歩と、行ってしまう。

 これ以上ない、わかりやすい意思表示だ。


「………………わかっ、た」


 ひとつの終わりを、噛みしめる。

 恥ずかしいことに、少し泣きそうになった。

 失恋のショック、なんだろうか。それとも、ミーファにそんな顔をさせたことが?

 地面を見る。いや、失敗だったな。このままでは熱いものが落ちていきそうだ。

 そんなものはおさえこんで、彼女に言うんだ。せめてよき友人でありたいと、言うんだ。


「……?」


 ふと、変な感じがした。

 それは音だったのかもしれないし、何かの魔力的な気配だったのかもしれない。

 虫の報せだったのかもしれない。


 顔を上げる。

 視線の先、すぐそこに。

 地面に、ミーファが倒れていた。

 今の今まで、互いに言葉を交わしていたあの子が。


「……ミーファ?」


 呼びかけに、返事はない。


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