59. めちゃくちゃ強い最強の光の勇者!
神殿から出ると、天井などない無限の青空と日の光、何日かぶりの外の空気が、まったく心に染み渡る。思うに、ダンジョン潜りのやつらなんかは、この瞬間のために働いているんじゃないだろうか。
そうしてすがすがしい気分で胸を膨らませていると、誰かの足音を耳が拾う。外を守ってくれていたらしいユシドが、こちらを認めてすぐに駆け寄ってきていた。
ものすごく明るい表情をしていて、ああ、オレの顔を久々に見られて、嬉しいんだろうな、などと思ってしまった。
オレも、そういう気持ちだからだ。
「やあ、異常は無いかね、衛兵くん」
「うん、今日も平和です」
「それはよかった」
などと軽口を投げて見たものの、いつものようには、続く言葉が思いつかなかった。ちらちらと向こうの表情をうかがいながら、会話の種を探す。
……ユシドの顔を見てしまうと、どうしても。さっきミナリに言われたことが頭をよぎる。
変わることを恐れず、今の自分を生きてと彼女は言った。それと、彼らに本当の自分を知られることも、恐れる必要はないと。
まあ、つまりは。
目の前にいるこいつに、自分の心を全部ぶちまけてしまえば、オレはもう無意味に悩むこともない……そういう話だ。
「……ユ、ユシド」
「?」
目が合う。ユシドはオレの気持ちなど知らず、きょとんとした顔でいる。
今。今なら、周りには誰もいない。オレとユシドの二人だけだ……。
「あ、のさ。オレ……オレは……」
心臓が急激に運動をはじめて、あちこちに血液を送ってきて、熱くなってくる。
ま、待った。なんで今、自分の身体はこんなに火照っているんだ。勝手にその気になってる。ちがう、こんなにいきなり、あっさり言えるわけがない。
キミのことが好きになってしまった、なんて。
そうだ、言えない。ユシドは、もしかすると喜んでくれるかもしれないけれど、それじゃダメなんだ。
隠し事がある。これを伏せたままじゃ、オレは彼を騙していることになる。
でも、本当のことを言えば、ユシドは……。
……ミナリ。やっぱり、簡単には言えないよ。
「キミの好きな“女の子”なんて、最初からいないんだ」、なんて話は。
「ミーファ?」
やっぱり、もう少し、考える時間が欲しい。
オレは、顔を伏せて地面を見つめ……なるべく普段通りの表情をつくって、顔を上げた。
「……そうそう、あたらしい必殺技を身につけたよ。見る?」
「え! 見る見る!!」
「へへ。いい反応を頼むよ」
髪が、肌が、肉が、骨が、神経が。ぴりぴり、ぱりぱりと逆立ち、裏返るような感覚。
全身を雷に変貌させ、オレはユシドの前に立った。
「す、すごい。なんというか……まるで本物の雷が目の前に落ちてくるような、圧倒的な威圧感だ」
「褒めるのうまいね」
手をぷらぷらと振り、ユシドを挑発する。
「攻撃してみろ」
わかった、と素直に応じる少年。ユシドは剣を抜かず、徒手空拳を武器に身構えた。
別に抜いてもいいんだぞ。今のおまえじゃ、脅威にならない。
「くっ!」
「フ、当たらないねえ」
ユシドの速さでは、やはり今のオレに攻撃を当てることはできない。この状態の自分は、体感では、全盛期のシマドに匹敵するスピードで動けているはずだ。まだまだ若いやつには捕まらないぞ。
とはいえ、目はオレの動きに追いついているようだが……。
「よっと」
「いだだだだ!! し、しびれる!!」
後ろから密着し、手足を動かせないように絡みつき、組み伏せる。
なるほど、触れているだけでも相手にダメージを与えられるようだ。
「はあ、はあ。すごいな。ただでさえ素早いミーファが、もっと速くなるなんて……」
「術の威力も上がってるぞ。食らってみる?」
「勘弁してください」
雷への変化を解き、ユシドに手を差し伸べる。彼はそれを握り返し、立ち上がった。
「どんな理屈でこんなことができるんだ……。気になりすぎる」
「技名だけなら教えてやれるよ」
「なんていうの?」
「雷迅黄煌戦閃葬装」
「なんて?」
「雷迅黄煌戦閃葬装」
「名付けた人のセンスが……」
……もう、ユシドとも、いつものような会話ができる。身体を動かして気分が落ち着いたみたいだ。
こうして、雷の試練は無事に終わった。これで、自分を含めた5人の勇者のうち、2名が修行を終えたことになる。
次はユシドが風の神殿に入る番だ。その間はオレが、仲間たちと共に神殿とこの島を守る。
と、言いたいところなのだが。ひとつ別の用事ができた。
“光の勇者”を仲間に引き入れるという、大事な用がな……。
ユシドに、光の勇者に該当する人物が、魔人族の王である少女(に見える年寄)、マブイである可能性について話す。
それを確かめ、話をつけるべく、オレは魔人族の里を再訪問しなければならない。船で行ってまたここへ戻ってくるとなると、ひと月以上はかかるだろう。
ふざけるなよあいつ。絶対ボコボコにしてやる。真剣な話、オレの寿命が尽きたらあいつのせいだ。
そういうわけだから、ユシドには修行を後回しにして、島の守りについてもらいたい。今はシークが水の神殿に入っているらしいから、ティーダ、イシガントと協力して、オレが戻るまで待っていてほしい。そう話した。
「それなら、ミーファが離れている間、僕は神殿で修行しているほうが効率的だと思うけど」
「悪いけど、それは我慢していてほしいんだよ。ちょっと理由があってさ。……この島は過去に、勇者と敵対する魔物に襲われたことがあるんだ」
大体200年前の話だ。仲間が神殿に入っている間、ひとりで外を守っていた風の勇者は、急襲をしかけてきた雷の魔物と壮絶な一騎打ちを繰り広げた。襲ってきたのは、ここが人間にとって重要な場所だと知ったからだろう。
そして。勇者と魔物は、互いに致命的な傷を負い、戦いを終えた。このときの傷が元で、のちに風の勇者は死んだ。
これは遠い過去の出来事だが、しかし同じようなことが起きないとも限らない。神殿の中に入り機能を作動させると外部の情報が遮断されるから、島を守るには誰かが常に外にいる必要がある。そしてそこには、常にそれなりの戦力が揃っていてほしいんだ。最低でも2人、できれば3人、動けるようにしておくべきだ。
……と、ユシドには説明した。その無様な風の勇者というのがシマドだとは、言わなかった。カッコ悪いところは教えたくないし。
修行を後回しにして防衛にあたれ、というのは臆病でやや過敏かもしれない提案だったが、素直に納得してくれた。ユシドはティーダに知らせると言って、その場を離れていった。
こちらはイシガントを探そう。言いたいこともある。
「というわけで、君のお姉さんをこれから殴りに行くんだけど」
「ふうん。どうしてあの人が、光の勇者だって思うの?」
イシガントはきわめて平静だ。隠し事がバレた人間らしからぬ態度だが、果たして。
「ミナリから聞いたんだ。雷の神殿で、彼女の写し身と話した」
「……なーるほど」
彼女の名を出して、ようやく、イシガントは観念したようだ。
「いやあ~~ついにバレたか。ごめんね、シマド。ごめーん!」
「絶対ゆるさんぞ」
「むぁーっ、ほんとごめんて! ウチにもいろいろ事情があるの」
「事情ってなにさ。じゃあ結局、マブイは仲間になってくれないのか?」
「うーん。どうだろう。聞いてみないとわからないな。姉さんにも色々と、役割ってものがあるから……」
どっちつかずな答え。仲間になってくれるかどうかわからないやつのために、航海一か月という時間を支払うのは損だ。
マブイを勧誘するために船に乗るか、乗らないか……。
彼女が来てくれれば、勇者七属性勢ぞろいという、前代未聞の偉業が達成できるんだよな。星の台座の性能をフルに発揮できる。数千年にも及ぶ平和が訪れ、人類は魔物たちの脅威を忘れ、目覚ましい発展を遂げる……なんて未来が待っているかもしれない。
やはり簡単にふいにできる話ではない。マブイに会いに行こう。
「オレは影の国に行ってみるよ。また船でひと月以上かかると思うから、その間、ユシドたちと島を守っていてほしいんだけど」
「ううん、船は必要ないわ。私が連れていってあげる。これまで姉さんのことを黙ってたお詫びってことで」
「? ええと……」
ありがたい申し出? なのだろうか。
……餌を脚で捕らえる鳥みたいに、オレを掴んで飛んでいってくれるとか?
船の方が良さそう。
「あっ。翼で飛んでいくのか? とか思ったでしょ。バカだねー」
「はっ? お、思ってないし」
「転移の魔法術を使うのよ。あんまり得意じゃないけど」
「……何?」
転移。転移の魔法術、と言ったのか。
地底の迷宮内を移動するのに使った、古代に作られたと思しき装置を思い出す。転移とは、長距離を瞬時に移動することができるという、旅人や行商人には夢のような魔法だ。いや、あらゆる人にとっての夢だろう。
あれを使えるのか? 今から、装置もなく? うそだろ。
「術式教えて!!!」
「いいよ。でも、理解して再現するのに何十年もかかったし、魔力も死ぬほど要るから、人族の魔導師にはほぼ不可能だと思うな」
なんだよちくしょう。革新的な移動手段なのに。
「装置の補助なしに個人で使うとなると、けっこう制限があるよ。具体的には……」
イシガントは、転移術についての話と関連させ、ここから影の国に移動するまでの旅行計画のようなものを説明してくれた。
この術は、移動距離と移動させる人数に比例して難易度が上がる。よってイシガントがオレを目的地に連れていくには、一度のジャンプでは足りず、魔力を回復させるための休息を入れながら、複数回の転移を行うことになる。とのことだ。
一度の転移に使う魔力は、一両日ほどゆっくりすれば回復できるという。そこに時間がかかってしまうことを勘定しても、船で戻るよりは早いだろう。ありがたい話。
ところでそんな術が使えるのなら、前の旅でももっと勇者探しがはかどったんじゃないか。などと言ってみた。
しかし彼女の使う転移術は、事前にその場所を訪れ、煩雑な儀式による特殊な陣を設置して、ようやくそのポイントに跳べる……というものらしい。そしてさっきも聞いた通り、距離にも限界がある。
十分便利ではあるが、たしかに制限があるな。勇者探しにはあまり寄与しなかったかもしれない。
「というわけで、まあ一週間はどうしてもかかるかな。……ね、シマド?」
「うん?」
「二人きりじゃ退屈だしさ。あなたが神殿で会ったミナリのこととか、たくさん話そうよ」
「……ああ。いいよ」
こうして、イシガントのおかげで、影の国まで短期間で行く目途が立った。
島の守りがティーダとユシドの二人しかいないのはやや不安で、他の案も考えたが……オレは結局、短期間でことを解決するため、明日からイシガントと出発することを選んだ。
寝床で明日からのことを考えていると、魔王ちゃんの能天気な顔が瞼の裏に浮かぶ。全く、本当に余計な手間だ。どうしてくれようかな。
影の国。魔人族の城にて。
威風堂々たる王の姿を置くべき玉座の上で、寝そべりながらだらけている少女がいる。
「いやあ。何かと問題が解決して、すっかりヒマ……忙しいわ。魔王って大変。誰か~。アイスクリーム持ってきて、アイスクリーム」
臣下にそう要求し、冷たい目を向けられる少女に届けられるのは。残念ながら、城下町で流行りの甘い氷菓子などではない。
突如、轟音とともに、玉座の間への重厚な扉が猛烈な勢いで開く。少女は小さく悲鳴をあげ、ソファのように寝そべっていたその玉座から転げ落ちた。
「な、なにごと!? くせもの!?」
「そうだよー。少し久しぶり、魔王ちゃん」
「お、お前は……シマド! 何故ここに!?」
オレは笑いを顔に貼りつけて、魔王ちゃんににじり寄る。
どう声をかけたものか迷ったが、さっき随分暇そうにしているのを扉の隙間から見ちゃったので、こいつに遠慮とかしなくていいなと思い直し突入した。
さっと警戒態勢になった城勤めの魔人族たちも、訪問者がオレとイシガントであることを認めると、今にも酷い目に遭いそうな魔王ちゃんを放って、各々の持ち場に戻っていった。みんなから王様と思われてないんじゃない?
「なんでここに来たと思う? 当ててごらん」
「はあ~? なんや偉そうに。……えーと。うちの超可愛い顔が見たくなったとか? えへ」
「ちがうよ。別にかわいくないよ」
今はオレの方が顔はかわいいよ。
「チッ……お土産もないなら来んなや、我は忙しいのだ」
などと言いながら手を振り、帰れという意味のジェスチャーを見せてくる魔王ちゃん。だが、本当は訪問の理由に見当がついているんだろう。若干動揺している様子がオレには分かる。
さて。言葉で問い正してもいいが。まあ暴力を働いたほうが答えはすぐに出るだろう。
オレはおもむろに彼女の両手を掴み、電撃を流した。
「ぎゃああああああ!!?? なにすんじゃボケーーッッ!!!」
強い魔力の発揮によって、オレは吹き飛ばされる。予期していたため、すぐに体勢を整え、そして、一時的に麻痺させた彼女の手を注視する。
……!!
たしかに見えた。ほんの一瞬だが……、
勇者のひとりであることを示す剣の紋章が、マブイの右手に現れ、すぐに薄れて消えたのが。
不意の攻撃と、本人の強い魔力行使に反応してしまうという紋章の性質から、右手を上塗りしていた幻が一時剥がれたのだろう。ミナリやイシガントの言う通り、彼女は己が勇者である証拠を、ずっと人の目から隠していたようだ。
「ついに見つけたぞ、光の勇者ァ……」
「……へっ? あ、な、何の話? うち魔王ですし」
「ごめーん姉さん、もうバラしちゃった」
「何ーーーーーーーー」
顔を青ざめさせて、目をぐるぐると回す魔王ちゃん。いや、顔は元から青い。
ともかく、彼女の百年の秘密はここに暴かれた。嘘をつき通すという選択肢はもうないんだ。このあと口を開くのなら、仲間入りの宣誓か、仲間入りができない真剣な理由でも語ってほしいものだ。
なるべく冷たい目つきを作り、腕組みをして、背の低いマブイを見下ろしてみる。
彼女はしばらくうろたえていたものの、やがて、ひとつ決心をした様子で、こちらの目を見返してきた。
「ば、ばれてしまってはしょうがない。我もお前たちの旅に同行しよう。……と言うとでも思ったかああああ!!! 絶対にこの椅子から離れんぞ!!!」
叫びながら玉座にしがみつく姿は非常にみっともなく、とても最強クラスの魔導師には見えない。
こいつ……。やっぱり外に出るのが面倒くさいだけじゃないのか?
「どうしても仲間にしたいのなら、この我を倒してみろ! 転生し弱体化したお前ごときに負けんぞシマド! いやミーファだ!! ハハハハ!!!」
「ん?」
「……え? ……何?」
一番わかりやすくて良い言質がもらえた。
ちょうどいい。マブイほどの使い手に、自分の新しい力がどれくらい通用するか、試させてもらおうか。
「隠しててすいませんでした……」
お互い本気ではないじゃれ合いみたいなものだったとは思うが、ひとまず結果として、魔王ちゃんは全身ボロボロの状態で地面に座っている。
良い手応えだ。体感だが、シマドだったときの自分に匹敵する速度での戦闘ができていたように思える。ユシドに技を見せたときと同じだ。
……実はこれまで、自分のトップスピードで動くには、この身体には乏しい量しかない風の魔力が必要だったのだが。これからは、ミーファの得意分野である雷だけで戦っていけそうだ。
自分の中にあるシマドをひとつ捨てるような気がして、寂しさもあるが……。
雷装を解き、魔王ちゃんに話しかける。
「で、どうする? 光の勇者として、星の台座まで一緒に行ってくれるか」
「……6つも集まるなら、7つにしても同じか。よし、わかった。いいぞ、仲間になってやろう」
「え?」
立ち上がりながら、魔王ちゃんは身体のホコリ汚れを手で払っている。この重要なやりとりが、なんでもない話題であるかのような仕草だ。
……意外だ。断られると思っていた。そのときに、勇者の役割を敬遠するような理由が何か、というのが彼女の口から聞ければと。
「いいのか。ずっと隠すくらいだから、大層な理由を抱えているんじゃないのか」
「……そうさな。マジメな理由ならあるぞ。聞く?」
はい。
と頷くと、彼女は、簡単に話すと……と前置きをしてから、語り始めた。
「勇者が“星の台座”を稼働すると、星への魔力充填に加え、魔物たちの活動力を抑制する効果がある。けど、それってウチら魔人族としては~、魔物というか精霊たちをないがしろにして人類だけに肩入れするのって、よろしくないんスよね。惑星の寿命問題とかあるしね? だから、勇者はあんまり集まり過ぎないようにしたい。……それが、お前に正体を隠していた理由よ」
……なるほど?
我ら勇者の使命は、人間世界を守るためのもの。それは確実だ。
しかし、長い目で見れば……星と生命を永久に見守る、魔人族の眼から見れば。
魔物たちを排除して人間だけが発展することを目指すのは、この星にとってあまり良いことではない、ということになるのか……?
納得がいくような。いかないような。
「それと余談だが。実際、過去の魔人族の王にも、その時代の勇者たちの旅を思いっきり妨害したやつがいてな。すべてはこの星のためなのだろうが、形としては人類に敵対している。……おとぎ話の題材によく魔王vs勇者みたいな話があるのは、そういう歴史が本当にあったからじゃ」
「へえ~……」
そりゃ面白い話だ。つじつまが合うかも。
ともあれ。マブイが正体を隠していた理由は、まあ聞けた。そういうことなら、魔人族の王が、堂々と勇者に協力するわけにもいかない。のかな。
無理やり連行などせず、あらためて、ちゃんと確かめないと。
そんな理由があるうえで、本当に仲間になってくれるのか、そうでないのか。
「話してくれてありがとう、マブイ。まるっと納得したわけじゃないけど、少なくとも、君を無理やり連れていく気持ちはなくなったよ。それで……」
「おお、そうか? いやあ、ぜんぶ今適当に考えたんじゃけどね!」
「は?」
「ずびまぜんでじた……仲間に入ります……」
光の勇者が仲間になった!
「さーさ戻ろうイシガント。このボロ雑巾と一緒にな……」
「いいけど、ここからは姉さんに転移術使ってもらうんだから、機嫌取らないと」
「え? そうなの?」
「私のは定員ふたりまで。魔力も技術もそれで限界なの。3人以上を送れるのなんて、たぶん世界でこの人だけよ」
「へえ」
転移に回復、強固な結界に破壊の光……様々な神秘の力を使いこなすさまは、まさに光の勇者。とでもいっておこうか。
今は地面に正座してめそめそと泣いているが。
しばらくして。
反省の時間は終わりだとでもいうのか、魔王ちゃんはすっくと立ちあがり、いつもの調子で話しかけてきた。座っている状態から立ち上がるまでの一瞬で全身の傷を完治させているのが、なんか気持ち悪かった。
「じゃあ、まあ、ついていくけど。ちょっと準備があるからそこで待て」
そう言うと、彼女は静かに目を閉じる。白銀の光が全身から溢れ出し、まばゆく輝いて――、
気が付くと、目の前に魔王ちゃんが二人いた。
こわい。
「準備おわり。じゃ、おまえ、シマドと一緒に行け」
「はあ? おまえが行くんじゃろが」
「はあ~? 本体が残るに決まっとろうが」
「本体はウチやろがい!」
「何言うとんじゃ! バカか!」
「おまえがバカじゃ!!」
「はいはいはい。はーいストップね」
二人のマブイはイシガントになだめられ、互いをにらんで威嚇する。
あまりに異常な光景で、逆に冷静になった。何が起きているのかいまいちわからないが、とりあえず、両方ともバカだと思う。
「いくら勇者の仲間になるからといって、王が席を空けるわけにはいかん。旅には分身体がついていく」
イシガントの右手で頭を撫でられている方の魔王ちゃんが言う。
分身体。身体を分ける術があるというのか。幻のたぐいではなく?
「幻術とは異なる。分身は本体と限りなく近い存在だ。ただ注意事項として、分身体を増やすほど魔力が分割されてしまうことと、死ぬようなダメージを受けると消滅してしまうことがある。そしてこの場合、分けた魔力は二度と本体に戻らない」
「え! デメリットがやばい。いいのか?」
「お前のためだぞ、感謝せえ」
イシガントの左腕で肩を抱かれている方の魔王ちゃんは、オレに向かって指をぴっと突き付けてきた。
そこまでしてくれる気になったなんて、ありがたいことだ。
しかし、ひとつ疑問。
「魔力が分かれるなら、光の勇者に選ばれるための魔力量に届かないんじゃ……?」
光の勇者に選ばれるには、人類最高の光属性魔力を保有していなければならない。
そしてその順位付けは、常に変動していく可能性がある。過去には、ある不幸から魔力を失ってしまったと同時に、手の紋章が消えてしまった勇者がいたという伝承もある。この場合、世界で二番目に魔力の多かった人物の手に紋章が移動しているわけだ。厄介な仕組みである。
光の魔法使いといえば、チユラとか、そのお姉さんとかも半端じゃなかった。マブイの力がいくら凄まじくても、半減してしまえばよその魔法使いに抜かれるのでは。その場合、彼女は光の勇者と認められない。
「ああ、それは要らん心配じゃ。見ろ」
左右のマブイが、同時に利き手の甲を見せてきた。
……右の方のマブイには、白銀色に発光する勇者の紋章がある。そして、左の彼女にはそれがない。これは……?
「本体に49%、分身体に51%の配分で魔力を分けた。だから、今はこっちが“光の勇者”というわけじゃ」
「……あっ! おまえ、最初からうちの方を行かせる気か! 配分変えろや!!」
「やだもーん、光の勇者はおまえじゃもーん」
また自分同士でケンカしてる……。思考が完全に同レベルなんだろうな。とんでもない術だ、常人が使えば頭がおかしくなるだろう。
しかし、そうなるとこいつ。ほぼ半分の魔力でも光の勇者だとみなされるということは、仮に地上で最強の光使いと比べても、少なくともその2倍は強いってことか。
あのヤエヤの王族たちよりも、倍以上。
底知れなさすぎる。もしかすると、あの光魔マ・コハが王都からそう遠くない場所にいるはずの魔王ちゃんを狙わなかったのは、戦えば敵わないと判断したからかもしれない。
うーん。
「おのれ! シマド共のお守りを押し付けおって! ちゃんと働け!!」
「うるせー!! お前も働け!!!」
「もう、姉さんたち。ケンカ続けるなら、もう二度と外からお土産買ってきてあげないわよ」
「「すいませんでした……」」
まあ口に出してまでこいつを持ち上げたりはしたくないな。あと、よく考えたら、魔力が多いほど戦闘が強いってわけでもないし。
畏敬の念を抱きはしたが、今まで通りの接し方でいいや。
「じゃ、マブイ。200年越しに、やっとだ。一緒に来てくれること、感謝する」
「……お、おう。隠していて悪かったな。まあ、その。……よろしく」
互いに握手を交わす。オレからは、200年分の想いを込めて。
彼女が一緒の旅についてきてくれるなんて、すごいことだ。この人生はやっぱり、捨てたものじゃない。
「……あ、あの。ついていくのは、こっちの方なんじゃけど?」
握手してない方の魔王ちゃんが、物悲しい表情でこちらを見ていた。
ミーファは、思っていたよりもずっと早く戻ってきた。
新しく仲間に加わってくれた魔王様が、凄まじい距離を一発で転移してきたからだという。しかも半分の魔力しかない状態で。
あまりにも頼もしい味方すぎて、話を聞いた僕は魔王様にへりくだった。なんか気に入ってもらえたようで、余暇の時間にはよく話しかけてくれる。
そうして、ついにすべての勇者が揃った。
シークという例外がいるため、6人という数ではあるけど。7つの“剣”を集めたお前は歴史に残る偉業を成し遂げたのだと、ミーファは言ってくれた。でも、みんながこうしてひとつに集まれたのは、全部ミーファのおかげだと、僕は思う。
長かったこの旅は、もうすぐ終わる。
あと、やるべきことは、この場所で自分の力をできるだけ高めることだけだ。
風の神殿の扉に触れる。
僕がここに入る間、外はミーファが守ってくれることになっている。今も、後ろに彼女がいて、僕を見送りに来てくれていた。
紋章に反応して厚い扉が開くと、神殿の内から風が吹き出してきた。それは単なる建物の外と内の差が生む空気の圧じゃない。濃密な魔力の波だった。
神殿では、過去にここを訪れた勇者の写し身が、師となって多くのことを教えてくれるという。ここで偉大な先人たちの胸をかりて、僕は強くなってみせる。勇者の使命のために。
「ユシド」
後ろから声。振り返って彼女を見る。
きっと僕を激励してくれるんだ、なんて思いながらそっちを見たけれど……ミーファは、なんというか。
あまり、明るい表情じゃ、なかった。
「がんばれよ。たとえ中で何があっても、きっと。折れないで、ほしい」
「う、うん。もちろん」
じゃあ、と手を振り、僕は暗い神殿の中へと、脚を踏み入れた。
……やっぱりもう一度振り返って、ミーファと話そうと思ったけど。重い扉はもう閉じて、外のことはなにもわからなくなっていた。
神殿は大きな建物だけど、内に入るともっと広い感じがした。これならどんな修行もできそうだ、と思った。
「!」
ひとつしかない出入り口を閉じてもなお、ここでは風が吹く。
魔力。神殿が溜め込んだ魔力の風が、どこからともなく吹きすさび、渦巻いている。
風はやがて翠色に色づき、一点に収束しはじめた。それは目に見えるほどの魔力の塊になっていき、やがて、何かの輪郭を成していく。
人だ。人のかたち。
魔力で再現されていく、誰か。それは本物の人間のように肉を持ち、服を着て、靴を履いて、僕のところに歩いてくる。
風がやんだ。
その人の顔を見て、僕は。驚きのあとに、歓喜の想いがあふれてくるのを感じた。
「ん……お、お。これが神殿のアレか。なんか変な感じ」
その人は首を鳴らしたり、身体をあちこち伸ばしてから。やがて僕に気が付いて、目が合った。
深緑の瞳。
「やあ。君が今の風の勇者かな。……ん? なんかどこかで……というか、俺と似てるか……?」
この人のことを、知っている。
風の勇者シマド。200年前の勇者で、僕の、ご先祖様だ。




