58. 200年の恋に
「ぐ……がああああああっっ!!??」
全身を雷に蹂躙される痛みは凄まじく、意識が飛びそうになっても、しかしまた痛みで戻ってくる。それを何度も繰り返していると、いよいよおかしくなりそうで、こんな苦行から何がつかめるのか全くわからない。
雷撃に慣れ親しみ、耐性のある身体とはいえ、この痛みは消せない。逃げ出したくて仕方がないと思った。自分が今まで退治してきた魔物たちは、これに肉体を引き裂かれ、焼かれ、ずいぶんと苦しんだのだなとわかった。
「………」
気が付くと、自分は地面に伏していた。みっともなく立ち上がろうともがいているうちに、治癒術を施されたのか、雷轟でおかしくなった耳に音が戻ってきて、喉も、声を出せるようになっていた。
「少し休みましょうか」
休憩の号令。それを聞いて、立ち上がろうとしていた膝は折れた。
雷撃、休憩、雷撃、雷撃、休憩、雷撃雷撃雷撃、休憩……そんな感じのサイクルを、オレはあれからしばらく繰り返している。
地面に尻をつけ、行儀悪く脚を放り出して天井を見上げていると、すぐ近くにミナリがやってくる。
じっとこちらを見下ろされると、すこし居心地が悪い。オレは足を畳み、《《普通の》》姿勢に座り直した。
「ね。シマド、仕草がすっかり女の子みたいですね」
「ん? そうかなー……」
意識してそういうふうに見せることはあるが、ミナリの前で女性のように取り繕うつもりはなかった。ミーファとして過ごすうちに、いつのまにかそれらしい動作が染みついていたのだろうか。
《《次》》が男だったら、これは直さないといけないな。
「それに、髪なんて、昔はボサボサだったのに。服も無頓着だったけれど、今は綺麗な格好してる。あなたがシマドだって気付けるのは、私かイシガントくらいですよ」
「ああ、まあ、それはその」
せっかく、きみのような、きれいな金髪の女の子に生まれたから。
ちょっと、憧れの女性の雰囲気を真似てみた、というか。少なくとも、昔の自分のように無造作にしておくのはもったいない。
……さすがに言えない。魂は老人といっていいような男が、若い異性の立場を割と楽しんでいた、なんてのは。こればかりはオレだけの秘密だ。
「ちょっと、ヒントが少なすぎましたね。あまり厳しすぎるのも時代遅れの指導法と言いますし」
修練再会の折、すっかり師匠になってしまったミナリが講釈を始める。
ありがたい。あのままやみくもに雷を食らい続けていては、糸口は見えそうになかった。「雷と自身の境界について考えよ」という助言はあったが、もう少し具体的な技のかたちを聞きたいところだ。
……ところが、やはり、ずばり答えを教えてくれるというわけにはいかないらしい。
ミナリの次の助言も、いまいち意味が判然としなかった。
「雷を拒まないで。受け入れてください」
「……それって、敵の術を吸収して力に変える技能を身につけろ、ってことか……?」
思い浮かぶのは、過去の戦いで、地の勇者ティーダが地魔の熱光線を吸収していた光景。属性への理解を極めた魔導師なら、ああいった芸当ができるようになるようだが……。
「いいえ。今回は、吸収・変換術はむしろ禁止。それとは少し違う。……身を焦がす雷と、あなたとの間に、境界があってはならない。拒むから、焼かれるんです」
「??」
「ああっ、もどかしいなあ。丁寧に技の性質を教えようとすると、神殿側から言動を制限されるんですよ。先人たちはどういう意図でこんなシステムを作ったんだか……」
彼女にしては珍しく、なんだかイラついてる感じ。申し訳ないな。
神殿は勇者に試練を与える。過去の勇者の情報を伝授できる力があるのに、どうしてかそれを簡単に寄越してくれることはない。
神殿を建設した人物の思想かもしれないな。勇者たるもの、必殺技が欲しいならなるべく自分で辿り着きなさいよ、みたいな。
それに、課題に取り掛かる子供に答えをすぐ教えてしまうと、思考力、発想力が鍛えられない……という理屈も、世の中にはありはする。
頑張るしかないか。攻撃に耐える中で、何かを見出さなければ。
「ぐ、あああ、ぐ……っっ!!!」
全身を焼き尽くされ、しばらくしてまた倒れる。
ミナリの操る雷撃は驚天動地のすさまじさで、食らうと思考なんか飛んでしまう。
折れるつもりはないが……、さすがに、前途多難だ。
休息時間に、外から持ち込んだ保存食をちまちまと切り崩していると。食事をとる必要のないミナリは、退屈からかよく声をかけてくる。
ともすれば、共に旅をしていたとき以上に、オレ達は親しく、距離の近い仲になっているかもしれない。積りに積もった互いのこれまでが、オレ達の口を動かすんだ。
「ねえシマド。あなた、子孫だっていう男の子に懸想しているの?」
「ぎょああああああっっ!?!?」
「えっそんなに……?」
オレはひっくり返った。
よりによって、大昔に好いていた女性が、聞いてはいけないことを聞いてきた。性別の違いで距離感が変わるのも考え物だ。
……こっちはそれを認めるかどうかで、何カ月も迷っているというのに。
なぜそんな根も葉もない世迷言を? と取り澄まして返すと、ミナリの言うには、ここまでの旅の話に一番よく出てきた名前がユシドで、活躍を語るときの表情も穏やかなものだったから……とのこと。
それは、一番名前が出てくるのは、共に旅をした経験が一番長いのだから当たり前で、多少肩入れしているのは、あの子が自分の血を引く者たちの末裔だからだ。そう説明した。
「だから、まあその、目に入れても痛くないってやつさ」
「ふーん。ふふふ」
微笑ましいものを見るような目……とでもいえるだろうか。いや、生温かい視線といおう。そういう目で見てくるやつらはこれまでにもいたが、相手がミナリとなると……。
複雑な気分だ。
神殿に入ってどれくらいの時間が経っただろうか。
変化は、既に訪れていたようだ。
「情けない悲鳴をあげなくなりましたね。痛みを感じなくなった?」
「え?」
ミナリが放つ雷轟の凄絶さは、最初から変わっていないはず。だが……どうしたことだろう。
身体を焼く雷の奔流に対し、しっかりと立って、普段と変わらない平静さを保っている自分がいた。そうだ、もうのたうち回るほどの痛みはない。痛みに慣れたのだろうか? いや、それとは違う気がする。感覚の問題ではなく、事実として、身体が受ける電撃のダメージそのものが減衰しているように思える……。
この場での師であるミナリの顔をうかがう。彼女は、眉を吊り上げた勝気な笑顔で頷いた。予定通りとでも言いそうな表情だ。
「ここまでの時間、ただあなたをいじめていたわけではありませんよ。幾度も身体を焼かれ、焦がされたことで、今のあなたの身体は雷電に馴染んでいる! なら、どんなことができる? どんな姿になれる?」
馴染んでいる、という言い回し。それは具体的にどういう状態なのか。
再度、ミナリの雷を受けながら、自分の手足に意識を集中する。電撃はいま、この身体の肉や骨を引き裂くのではなく、それらの上を滑るように駆け巡っている……そんな感覚がする。
そうだ、今の自分はさながら、雷の魔力を纏っても刀身を損なうことのない、イガシキの鋼殻から造り出したあの魔剣のようだ。
雷はオレの身体を害さない。ならば!
集中し、外部から自分を苛もうとする電撃に、自分の魔力を混ぜていく。この力のめぐりをコントロールするためだ。
身体中にほとばしる雷の力を、自分の表面に留め、その上で循環させていくイメージ。そう、魔法剣のときと同じだ、この身をひとつの刃だと思えば……。
「……できた」
ミナリによる電撃の放出が終わっても、黄金の光はオレの身体の上を走り回っている。腕を振れば、スパークが軌跡となってついてくる。
この状態! 強大な力が身体を取り巻いているのがわかる。
……身体強化術。これはチユラ王女などが使っていた、身体強化の魔法術に似ている。以前それを真似たときには、電流に神経や筋肉を焼かれるような痛みに襲われたが、この状態はきっと“成功”だ。
肉体を駆ける魔力は動作を補強し、運動能力の上昇が期待できる。さらに体表面を雷魔力が走っているという特性から、魔法障壁の出力が上がり、触れるものを焼く攻性防御とすることも可能になるだろう。また、この魔力の光を宿した身体なら、ただの徒手空拳が魔法剣のごとき威力を得るはず。
なるほど……! これが、
「これが、雷の奥義……!」
「の、中途段階ですね」
「あれ?」
勝手に盛り上がってしまっただけだったらしい。
なんだか悲しく、恥ずかしい気持ちになった。
「雷を肉体に纏うだけ。そんなの、あなたの得意な魔法剣の理屈とそう変わらないでしょう。これがあなたに足りない、ここでの修行の果てに手に入れるべき力だと思いますか? ……まだですよ。その先の姿を、想像してみてください」
「これの先ねえ……」
身体能力を強化するような方向性なのは当たっていると思うのだが。それなら今の段階で十分凄まじい気がするけどな。チユラやシークのような怪物じみた運動能力を得られるだけでも、剣士には凄まじい恩恵だ。
シマドだったときに会得した風の奥義も、これと似て、風の魔力を全身に纏う技だったんだけど。まさかその先を要求されるとは。
……いや、まあたしかに。これでも、その前世の自分より《《遅い》》気がする。雷の勇者として完成したとは言えないか。
「うーん」
しかし。今の、雷を全身に纏っている状態……それ以上の姿となると、どんなのだろう。もう雷と一心同体にでもなるしかないんじゃないか。
とっかかりは見えている気がする。
腕組みして唸っていると、師匠サマが声をかけてきた。休息時間の合図だ。
「休憩にしましょう。シマド、あなた修行しっぱなしだから、ちょっとくさ……汚れちゃってますね? 水浴びでもなさいな」
清潔さは大事。お言葉に甘えることにした。
服を脱いで、神殿の中にある噴水装置の内側に足を踏み入れる。これ、ただの飾りではなくて、修行者にとって大事な水源になっている。おそらく、大きな街の水道のように、雨水や海水などを術で浄化しているんだろう。
不思議なことに、神殿の中は水場があるのに、湿気はあまり感じず、虫やら植物やらはない。部屋の中を快適な環境にする結界術でもあるのだろうか、ぜひ修得してみたいのだが。
中央の高い装置から噴き出す水を、頭から被る。冷たいものに身体を洗い流される感覚が気持ち良かった。
自分の身体に触れ、優しく撫でると、そこに電撃に焼かれた痕などはなく、白い肌のままなのがわかる。
どう加減すれば、あの威力でありながら痕が残らないようにすっきり治療できる、なんて絶妙な電撃が放てるのだろうか……。
「シマド」
「うわ! ちょ、っと、なんだよ、おい」
ひとりリラックスしているところに声をかけられ、思わずあちこち腕と手で隠す。
そりゃ、同じ空間にいるんだから、目につくし音もうるさいかもしれないけどさ。異性の水浴びを覗くのはマナー違反だろうに。
声のした方向に視線を向ける。噴水の中にやってきたミナリは、オレとは違って服を着たまま。霊体のような存在であるためか、衣服は濡れていない。
そして、こちらをじっと見ている。
「あの。オレだって羞恥心がないわけじゃないんだぞ。……君に裸を見られるのは、その、流石に勘弁してほしいというか」
「……その、背中」
ミナリの表情は。
あまり、愉快そうではなかった。
「呪刻がそこまで拡がっているなら、もう時間が……。進行が早いのは、雷の勇者になってしまったから? ……こんな修行なんて、後にした方が」
……ああ。なんだ。
心配してくれているらしい。その表情は、大昔、旅の終わり頃にも見た。
「体感ではけっこう余裕だけど? ほら、元気元気」
ポーズをとっておどけてみせる。自分の身体のことだ、状態はよく把握できている。
強がりではない。まだ、平気なはずだ。何度も体験しているのだからわかる。
……この先、聖地へ辿り着いて、みんなと勇者の旅を終えて、その後。あともう少し、猶予はある。ヤツを探すのはそのときだ。ずっと前から、そのつもりでいた。
勇者の素質を持って生まれるなんていう、奇跡のような好機は、もう訪れないかもしれない。やれることはやっておかないと……。
「この修行は必要だよ。今のままじゃ、あいつには敵わないんだ」
「……痛くないの?」
「平気さ。雷の勇者は強いんだ。そうだろ?」
これはまあ、虚勢かもしれない。けれど、雷の勇者は、仲間の進む道を切り開く閃光だと、鮮烈な輝きを担う者でなければと、オレは思っている。だって、君がそうだったからだ。
「今の仲間たちには、話していないの? 死の呪いを背負っていることを」
「それは……」
話してどうする。話して、悲しい顔をされたらどうする。
彼らが目にするのは、強いミーファだけでいい。無様なところはこれまでにも見せたが、これだけは……。
みんなは、共に旅の目的を達成したという想い出をもって、それぞれの故郷に帰ればいい。
君たちと俺のように、悲しい別れ方をするのは、嫌だろ。
「また意地と見栄を張って。自分が彼らと同じように、今の時代を生きる一人の人間だとは、認められないのね。シマドでいなければ、彼らの先達でいなければと思ってる。隔たりを作っている。だから助けを求めない」
「……なんだそれ。オレはそんなふうに、面倒なやつじゃない」
「えっ?」
「え? ってなんだよ」
じゃぶじゃぶと脚で水をかきわけ、ミナリから離れる。
水浴びくらい静かにさせてほしい。
「逃げた」
「逃げてない」
風呂やら食事時の語らいは、もっと楽しい話題にしてほしいもんだ。
「こ、これが……!」
時間が経った。そしてその長い時間は今、無駄なものではなく、意味のある大事なものになった。
自分の首から下を眺める。オレの腕や脚は今、金色に激しく発光している。これは雷魔力の光がもつ色のひとつ。自分には馴染みの光で、この輝きで多くの敵を倒してきた。
その光は今、剣や手足だけでなく、全身に行きわたっている。見た目にはまるで、雷の鎧だと形容できるだろうか。
だが、この雷は纏っているものではない。内から湧きだすもの……いや、溶けだした自分の血肉そのもの。
――オレの肉体は。激しく迸る、雷魔力の流動体へと変化していた。
魔力で肉体を補うことの先は、肉体を魔力と同化させることだった……とでもまとめられるだろうか。いや、難しい。まだ理論的に説明できそうにない。今の自分の状態を解明し、把握しなくては……。
「ようやくここまできた。あとは、使いこなす訓練ね」
ミナリの言葉に頷きを返す。修行はここからが本番だとも言えるだろう。
……しかし、動く前からわかることもある。今の自分は、人間の思考能力と可動性を持った雷。意思を持つ稲妻だ。それが強力でないはずがない。
だが、奇しくも。
この自分の姿は、あいつに……雷魔ロクに、まったくよく似ていた。
長い修行を終え、ついに神殿を発つ日がやってきた。
新しい技……過去の雷の勇者が編み出したという雷化の術について、自分なりの理解はできた。あとはこれで、倒すべき相手に立ち向かうだけだ。
今度こそ、一人でも、やれる。
「お疲れさま。これでもう、あなたは私なんかよりずっと強い、正当な雷の勇者ね」
「何言ってるんだ。なんとか追いつけるかどうかって程度だろうに」
最後の会話をしながら荷物をまとめ、そうして、神殿の出入り口まで戻る。
扉の近くまで来て。オレは、彼女に振り向いた。
「君と言葉を交わせるのも、もしかしたらこれで最後かもしれない。……今日まで、楽しかったよ。あの頃の自分に戻れたようで」
「そうね。夢のような時間だった」
「だ、だから。言っておきたいことがあるんだ、せっかくの機会だから」
荷物を下ろし、息を整える。
少し、緊張する。人間、いくつ歳をとっても、こういうときは若者に戻ってしまうものなのかもしれない。
やや早まる鼓動を、手で押さえて。今の自分と似た紫の瞳を見据えて、気持ちを口にした。
「俺は……、君のことが好きだった。恋してた。初恋だった。君と結ばれたい、とか、お、思ったりしてた。……ずっと好きでしたっ!」
途中から何をどう言ったものかわからなくなり、投げやりに叫んでしまった。
ああ。うう。
ユシド、お前はすごいな。あんな大勢の観客の前で、こんな……こんな、心臓が破裂するようなことを……。
「……ありがとう、シマド。すごく、すごく嬉しい。あなたの温かい気持ちが、今頃になってわかるなんて」
優しい声がして、ちゃんと彼女の表情を見る。
ミナリは、慈母のように目を細めて。オレに、その美しい顔を近づけてきた。
心臓が一段と大きく跳ね、そして……。
「でもね。私……。故郷の幼馴染のことが、好きだったんです」
しばらく壁に向かって膝を抱えて座っていると、後ろからミナリが肩を叩いた。そのあと杖で突いてきた。
「なあに落ち込んでるんですか。今のあなたは、新しい道を歩いているでしょう。大昔の秘めごとを口にしてスッキリしたなら、晴れやかな気持ちで、ここを旅立ちなさい」
「わ、わかったよ。つつくな」
気を取り直して、いよいよ出発だ。もう、言い残したことはない。
……このミナリは幻影で、本当の彼女には、シマドの想いは届けられなかった。その過去は動かせない。だから、今の気持ちは自己満足だけど。
それでも少し、心が前に進めた気がする。
気がしないでもない。たぶん。おそらく。
ミナリに向き合い、別れを告げるべく息を吸う。
だけどオレが声を出す前に、彼女が口を開いた。
「私からも、最後に、いい?」
頷く。オレの大切な人からの、最後に贈られる言葉に耳を傾ける。
「まずひとつ。今の仲間たちに、本当のあなたを明かすこと……もう一度ちゃんと考えてほしいな。隠すのもひとつの生き方だと思うけれど、あなたの、仲間たちへの想いを聞いていたら。本当は彼らにも、全部話してしまいたいんじゃないかって思えた」
「………」
「特に……あなたの子孫、ユシドには。本当の自分を受け入れてほしい気持ちと、拒絶されることへの恐れがある。違いますか?」
ずけずけ言うじゃないか。きみ、そういえば、そういうやつだったな。
………。
他でもない、君の言うことなら……。
少しだけ、考えてみる。
「そして……。意気地なしで弱虫で意地っ張りで、素敵なあなたへ。私から、最後の激励。ううん、お説教です。心して聞くように」
すうっと大きく息を吸う仕草をするミナリ。
ああ。口うるさい、あの頃の彼女だ。誰かに説教されるなんて、どれくらいぶりのことだろう。
誰よりも信頼できたあなたの声は、オレの心に、しっかりと届いてしまう。
「知られることはそんなに怖い? あなたの仲間たちは、本当のあなたを受け入れられないような子たちだと思うの? 向こうはきっと、あなたを信頼している。それに応える勇気はあなたの中にもあるはず。ないなら、何年勇者やってるの? って感じ。
……それとも。変わることが、怖い?」
……ああ。
怖いよ。変わることは、怖い。
だって、本当は、自分が自分としてちゃんと続いているのか、自信がないんだ。単にシマドの記憶を持っているだけの、まったく別の魂なんじゃないかって、ときどき思うんだ。
だから……
たしかに男だったはずの、こんな気持ちを抱くはずのない自分が……ユシドのことを想うこの気持ちを、口にしてしまったら。
自分がシマドではないと、認めるみたいで、怖いんだ……。
「ふんっ、なーにうじうじ悩んでるのやら。子孫の男の子を好きになることくらい、長生きしてればそりゃありますよたぶん。しかも今は血縁でもない同世代の女の子なんだから、誰かに恋路を咎められることもない。大ラッキーじゃないの。何か問題がありますか?」
「ひ、人の悩みを、そんな適当に」
「だいじょうぶ。大丈夫です」
背を屈め、ミナリはオレの目を覗き込んでくる。
「長い時間がどんなにあなたを変えても、瞳の中にはシマドがいる。魂を感じるわ。イシガントや魔王ちゃんも、きっと、すぐにあなたをわかってくれたでしょう? あなたがミーファでいることで、シマドがいなくなる、なんてことは、絶対にない。だから……」
ミナリは、オレを両腕で抱きしめてくれた。雷の魔力で作られたその肉体は、けれど、何よりも優しい感触で、あたたかくて。
……そうして彼女は、オレをくるりと神殿の扉に向かせて。ひとりでに開くそこに向かって、とん、と背中を押した。
「私は本物のミナリではないけれど、きっとミナリはこう言うわ」
最後の言葉が、心に刻まれる。
「――どうか、恐れずに。今のあなたを、全力で生きて」
「……ああ」
外からの涼やかな風が、通りすぎていく。背中の向こうには、もう誰の気配もない。
振り返ることはもうせずに、心で、あなたに礼を言う。
ありがとう。俺の、ずっと好きだったひと。




