56. 温かい記憶を、終わりの日までに
断面が見事な紫に光る鉱石を、どんな形に加工したものかと、手の上で転がしながら眺める。そんなことをしているときだった。
仲間たちのにぎやかな声が、船の前方から聞こえてきた。
石を懐にしまって、船尾を後にし、左舷の縁から身を乗り出して景色を見る。
……ようやくたどり着いた。この小さな島にあるのが、この旅で最後に立ち寄る人里だ。
海沿いの港町や大海原のど真ん中を舞台に、記録に残すほどでもない様々な冒険がありつつ。
我々はついに、重要な目的地でのひとつあるその島へとたどり着いた。
水夫たちが船を固定し、点検する作業が終わるのを待ちつつ、オレ達は先に陸地へと降り、島唯一の港から、一本だけ伸びる細い道路を目で追った。
「ごくり……ここが例の島、勇者の旅の最終目的地なんですね」
「ん? いや、違うけど」
「えっ?」
どうやらシークはちゃんと説明を聞いていなかったらしいな。誤解したまま船旅してたの?
ここは聖地にほど近い島であるが、『星の台座』のある場所ではない。ここにあるのは……
「ここにあるのは、7つの『勇者の神殿』だよ」
「神殿?」
もちろん、勇者たちは神サマなどではないのだが。この島の住人たちは古くから、偉業を成し遂げた歴代の勇者たちを祀り崇めているのだ。いや、今でもそうなのかは、まだわからないが。
「お祈りでもしにいくんですか」
「ううん。これからみんながするのは、修行よ、修行。特訓。パワーアップ」
イシガントがシークに答えた。
そう、この神殿は勇者たちに祈りを捧げるだけの施設などではない。この建造物にはある強力な術が働いており、内側では世にも不可思議な現象が起こる。それがどういうものかは、彼らにも直に体験してもらうとして……。
ともかく。7つの神殿は、現役のメンバーたちが、魔力や魔法術の能力を極限にまで高めるための場所だ。それをしないと星の台座を起動できるだけの能力値に至らないことがあるため、これも通過しなければならない道である。
「ちなみに、シークはみんなの2倍修行するんだよ。火と水、どっちもコントロールしないといけないんだから」
「ふえっ!? あ、あのぉ……。修行って、やっぱり過酷なんですか? ミーファさん」
「……さあ? どうなのかね、イシガントさん」
「吐くぜ! 血ヘド!」
いい笑顔で言い放つイシガント。シークは青い顔でおののいた。
そうかこいつ、修行とかしなくていいんだよな。200年前にもう済ませたから。オレもやらなくていいんじゃないかと言いたいが、雷使いとしてはまだまだ未熟だ。これを機に歴代の雷の勇者たちに追い付かなければならない。
「修行かあ……。僕も、シマドさまに追い付けるかなあ」
そんな言葉を耳にして、思わず反応する。
「簡単だろ、そんなの。もうそろそろシマドより強いんじゃないか」
「え? それは買いかぶりすぎなのでは。……イシガントさん、どう思います?」
「んー。今の時点では、もし二人が戦うようなことがあれば、シマドが勝つと思うよ。と言っても、たぶん潜在能力は同じくらいだと思うんだけど――」
ユシドはオレではなく、“シマド”の直接の知り合いである彼女に意見を求め、耳を傾ける。おいおい君ィ、そいつよりオレの方がシマドには詳しいぞ。
「彼は豪快でめちゃくちゃなことをやっているように見せるけど、本当は繊細な小心者でね。そういう性格が戦い方にも出ていて、魔力の扱い方がうまくて、強かった。というか、いやらしかったな。そう、エロい人でした」
「いやらしい……」
「えろ……」
ユシドとシークが先代風の勇者の姿に想像をはせている間に、イシガントはこちらを見て、くすりと笑った。
おい。なんだその評価。お前オレのことをそんな風に思っていたのか。エロはお前だろうがよ。後輩たちに変なことを吹き込むんじゃないよ。
「ま。シマドにはきっと、そのうち会えるわ」
「え?」
「おおいみんな、そろそろ行こう。イシガントさん、村まで先導してくれるか」
「は~い。任せて、ティーダくん」
「この歳でくん付けで呼ばれるのは……」
「だってまだまだ若者でしょー。ワカゾーよ」
ティーダの声がかかり、この話題は終わった。
……振り返ってみれば少し、興味深い話だったかもしれない。
ユシドは“ミーファ”には一度勝ったけれど……、“シマド”と対決すれば、果たしてどうなるのだろうか。
………。
それは、これから、わかることだ。
これから向かう村のことを話しながら、細い砂利道を集団で進んでいく。
ヒラク村に住む人々は、七勇者の伝承と、修行場である神殿を現代まで残すこと、そして聖地を守ることを民族的な使命としていた。最初の村長は、何代目かの勇者のひとりがつとめていたという。
島に残る人は神殿の管理。島から出る人は伝承の流布。彼らがいなければ、七人の勇者という仕組みのことを知る人間はいずれいなくなってしまう。
人間世界を守ることにつながる、とても重い仕事を担っている人々だといえる。
……というのが、200年前に知った話。今現在、彼らが我々の到着を待ってくれていて、快く迎えてくれる保証はない。
200年というのは一般的に見て短くはない年月である。村が無くなっていたりしないか、やや不安だ。
道なりに進むと、やがて村の門が見えた。立ち上る白煙や、耳が拾う生活音。期待していた光景に安堵し、明るい声をあげる仲間たちの後ろをついていく。
そうして、入り口に辿り着いた。
木製の門を見上げると、それを飾るように上部に取り付けられた、アーチ形の看板が目を引いた。まるで商店のように、村の名前が書いてある。
『勇者村』と。
「勇者村……?」
「勇者村て」
おかしいな。『ヒラク村』じゃなかったか?
なんともいえない表情の仲間たちと顔を突き合わせ、軽い門扉を押し開ける。
集団で脚を踏み入れた我々を、各々の生活を営む人々の、奇異の視線が迎えた。
先導役をしていたイシガントが口を開く。
「えーっと。そうそう、まずは村長に顔見せして、神殿を使わせてもらう話をしないと……」
「やあやあようこそ、古き伝統残す地、勇者村へ! 観光客の方ですかな!?」
イシガントの声をさえぎって、明るい表情を顔に貼りつけた青年が声をかけてくる。
観光客だあ?
村内を遠くまで見渡してみると……なんだあれ。『おみやげ屋』? ずいぶん昔とは様変わりしているようだ。
今は村おこしにでも取り組んでいるのだろうか。
「いえ、その。観光客ではなく、僕たちいわゆる、まあ、勇者というか……」
ユシドは顔を赤らめながら応対する。たぶん彼はオレと同じ気持ちだ。
なんだろう。この青年や街の様子を見ていると、急に勇者を名乗るのが恥ずかしくなってきたのである。
だが、それを聞いて、青年の目は素早くオレ達の手を検めていた。表情が真剣なものに切り替わり、商売人のような揉み手をやめる。
「………。失礼ですが、それは“本物”で?」
「え、ええ」
「少々こちらでお待ちいただきたい。すぐに戻ってまいりますので」
しばらくして、観光ガイドの青年は、いかにもな威厳をまとった老婆を伴って戻ってきた。
服装は青年のものと違い、大昔に見たこの村の伝統織物の意匠が入ったもの。おそらく村長に相当する古老だ。
彼女は我々を一瞥すると、老人らしいしわがれた声で、しかしハキハキとした口調で話し始めた。
「お初にお目にかかります、今代の勇者さま方。すぐにでも歓迎の宴を催したいところですが……観光業に手を付けたはいいが、ときどき偽勇者たちがやってくるようになりましてね。失礼ながら、あなた方が本物かどうか、テストをさせて頂きたい」
「へえ……」
イシガントが目配せをしてきた。前とは違うね、みたいな意味のアイコンタクトだろうと思う。たぶん。
老婆は懐から、子どもの握りこぶしほどの大きさの、石ころを取り出して見せた。
「神殿の建材にも使われている、ヒト由来の魔力を多量に吸収してみせる鉱石です。これに触れながら、体内の魔力を高めてもらいたい。並の魔導師ならば何も起こらずに終わりますが、勇者ならば相応の反応を示すでしょう」
ふうん。魔力量に反応するようになっているなら、周りにいる仲間たちの誰が試しても、テストはクリアできるだろう。
ユシドが一歩出て、それを受け取る。彼女の言う通り、その身に秘めた魔力を石に伝える……のかと思いきや。
「誰がやる?」
こちらに振り向いて、そんなことを聞いた。
「自分でやればいいだろ」
「なんか、緊張しちゃって」
苦笑するユシド。……まあ、万が一何も反応しなかったら、自分が勇者に選ばれた人間だという、この旅の大前提が崩れる。
こんな果ての島までたどり着いて、今さら試験など、嫌と言えば嫌かもしれない。
「えと。じゃあその、ミーファ。ど、どうぞ?」
ユシドは仲間たちの顔を順繰りに眺め、最終的にオレに石を差し出してきた。
力を信頼してもらえているようで、嬉しいことだが……、
「いや、オレはいい……」
「あ、なんだよ。きみだって緊張してるじゃない」
「まあな」
その石が、魔力量の多寡を測るものだとしたら。
……今のオレは、もしかすると、触れない方がいいかもしれない。
「お嬢ちゃん。この方を驚かせてやるといい」
「むえっ、わたしですか……」
ティーダが半笑いしながら、シークに話を振った。
まあ、それが一番派手だろうな。魔力の強さでいうなら、この中で一番幼いはずの彼女こそが最強。イシガントをも感嘆させるほどの力である。
緊張した面持ちでそれを受け取るシーク。両手で大事そうに持ち、目の高さくらいまで掲げた。
シークの両手がぼうっと光る。手の甲に刻まれた紋章が、魔力の高まりに反応し発光しているのだろう。やがて、熱気と湿気が彼女を中心に高まりだし、村人たちの顔に汗が浮かぶ。
石は……シークの右手側が赤熱した様子になり、左手側は深い青に変色していた。
「うわ!!」
色がはっきりと濃くなっていく果てに、鉱石は彼女の手の中で、粉々に砕けてしまった。
これがどういう結果を示しているのかわからず、なんともいえない雰囲気で、オレ達は老婆の様子に目を見張る。
彼女は石の残骸から、欠片を手に取り、しばし眺める。とても厳かな表情で、ひとつ頷いた。
そして、くるりと機敏に身体をひるがえし、村へ身体を向ける。
「みんなあああああ!!!!! 仕事しとる場合かあああアアアア!!!! わしら当たり世代じゃああああ!!!!」
そんな大声を轟かせながら、ドドドと走り去ってしまった。
テンション高いなこの婆さん。
夜という暗い天井の下で、煌々と明るい火が、人々の心を弾ませる。
人々から絶えず声をかけられ、もてなされることに、少し疲れた僕は、喧騒から抜け、やがて適当な場所に腰を下ろした。
この夜は、村をあげての祭になった。
人々は笑顔で、勇者の来訪を歓迎してくれる。共に飲み、食い、騒ぐ。仲間の誰かが、これまでの冒険を人々に語る。
広場に設えられた舞台の上では、面で顔を隠した者たちが踊り歌う。過去の勇者をテーマにした劇仕立ての舞踊は、この村の伝統芸能だという。
……勇者なんていっても、僕達は世界の陰で動く者だ。これほどまでに旅を激励し、在り方を讃えてくれる土地は、この村と僕らの地元くらいだろう。だからこのお祭りは、得難い体験で、楽しいものだった。
少し向こうでは、初代村長を模したという守護霊像を眺め、ティーダさんが腕を組んでいる。やがて彼は大地の魔力を使い、より精巧で戦士らしく武器を構える石像を地面から生み出した。
それを見ていたイシガントさんが、対抗するように、氷でできた美しい戦士の像を創造する。彫刻家顔負けの仕事に、見物客たちから感動の声があがった。
今度は舞台を囲む人々の声がして、そこに目を向ける。壇上には、飛び入り参加させられた様子のシークがいる。初めは困り果てた顔だったものの、周りのキャストが客を魅せるのを真似て、派手な火吹き芸やらを見せていた。強すぎる魔力に苦しめられていたあの子が、ああやって魔法術を戦い以外のことに使う様子を見ると、あたたかい気持ちになる。
ある程度観客から拍手をもらい、ほっとした様子でシークが舞台を降りると、面で顔を隠した出演者たちは、今度は金髪の少女……ミーファを壇上に引っ張り上げた。
やや照れた様子の彼女だったが、目立つのが嫌いじゃないのは知ってる。次の瞬間、ミーファは派手に魔力を瞬かせ、蒼や金の電光で夜空を彩った。さすが、芸達者。求めにしっかり応えた少女に、人々が歓声をあげる。
綺麗で力強い雷の芸も愉快なものだけど、僕はそれよりも……光の下にいるミーファの、人々に向けた柔らかい笑顔を見ていると。なんだか、顔が熱くなって、胸の中が、心地よく締め付けられる感覚がした。
ひととおり騒ぎ終えて、仲間たちもまた、腰を落ち着けられる場所までやってくる。
舞台や祭りを楽しむ人々が見えるところに集まって。どこからか椅子をもってきたり、敷物を広げたりして。屋台や商店から頂いた品を飲み食いしながら、楽しい話をした。
やがて、夜も深くなった頃。広場の中心にある大きな明るい焚き木を囲み、楽器持ちたちが奏でる、僕らにとっては耳慣れない民族的な曲に合わせ、人々は好き好きに踊り始めた。
どこのお祭りも、最後の方は似たような光景になる。疲れて眠くなるまで、楽しく踊り明かすんだ。
彼らのそれは、先ほどの舞台劇でみた気がする振付の一部だったり、都会の貴族たちの舞踏会を真似たようなものだったりした。
守るべき人たちの笑顔を眺めながら、飲み物を口に運ぶ。
すると、ある仲間の小声を耳が拾った。我ながら、ジゴク耳というやつだった。
「……ねーねー、シークちゃん。ティーダくんをダンスに誘ったら?」
「え、ええー? で、でも、わたし踊りなんかやったことないし、というかその、なな、なぜティーダさんを……」
「ふ……。みなまで言わせるでないよ。ほら見なさい、あっちで踊ってる若いふたり、いい雰囲気だわ。あっちのふたりも。こういう特別な夜にこそカップルは成立するんだぜ?」
「うむむ……!!」
なんかいたいけな子供に悪いことを吹き込んでいる大人がいる。
イシガントさんにそそのかされたシークは、やがて腰を上げ、ほろ酔い気分で地面に座るティーダさんの前にやって来た。
しばらく彼女の両手は自身の服をつかみ、もじもじとしていたが、ついには意を決したような表情で口を開く。
「あ、あの! ティーダさん、わ、わ、わたしと、おっ、踊ってくださいませ!?」
言葉の途中から目をぐるぐると回しながらも、アドバイス通りなんとか誘いをかけている。シークのその必死な姿を見ていると、まるで我が事のように応援したくなった。
ティーダさんは地面からシークを見上げ、だらけながら返答する。
「あー? いやだよ、おじさんこういうの、参加しないで見てる派」
「ガーン……」
我が事のように、シークの心臓が冷たい槍に貫かれているのがわかった……。
しかし彼女もあの見た目で、僕なんかよりもずっと強くたくましい戦士だ。あきらめない不屈の精神を持っているらしい。
「え……ええーい!!」
「のほぉっ!? 左腕もなくなる!!?」
少女は無理やり男の手を引き、人の渦の中に飛び込んでいった。
ティーダさんがこぼしていってしまった飲み物を片付けながら、僕は笑った。
踊る人々や揺れる火を眺めるのに戻ると、やがて、なんだが汗が出てきた。火の熱にあてられたような感じがする。
いや、これは……ふたりが席を立ってしまい、ここには、僕とミーファのふたりきりになってしまったことに、気が付いたからだ。
あれ!? イシガントさんは!?
一度気づくとダメだ。隣にいるだろう存在に意識を集中してしまう。戦闘用に鍛えた感覚が勘違いを起こして、彼女の息遣いを耳が拾い、ほのかな香りを鼻が察知する。
ど、どうしよう。イシガントさんの言葉を聞いていたせいだろうか、彼女を意識してしまう。ミーファが答えを返してくれるまでは、変に惑わせないようにしないといけないのに。
でも、こういう機会ってそうないし。お互い退屈だし、こういうときは、僕から声をかけないといけないのでは? いや待て待て、イシガントさんの言葉に踊らされているぞ、あのひと、僕が聞き耳を立てていたことに気付いていたに違いない。
そんなふうに、ばかみたいに、一人悶々と懊悩していると。すぐ近くに座っていた少女が、椅子から腰を上げた。
思わず目で追う。ミーファは、髪を耳にかける仕草をしてから、僕のほうを向いた。
「……あー。オレたちも、その、踊りに行こうか? ……ユシド?」
火のせいかいつもより紅く見える顔で、ミーファがはにかむように笑う。こちらの名を呼びながら少し身をかがめ、目線を合わせてきた。
紫水晶の眼。急に顔が近づいてきて……、それで、ふわっと浮くような感覚から後頭部への衝撃。僕は椅子からひっくり返っていた。
「なんだよ、おい。大丈夫か」
「う、うん」
彼女が差し伸べてくれた手を取り、強く引かれるのに合わせて、立ち上がる。
そうなると、互いがどういう体勢になってしまうのかは、自明なわけで。
さっきよりもさらに近づいてしまい、僕は至近距離からミーファを見下ろす形になる。視線がぶつかり合ったのはほんの数秒のことだと思うけど、頭が戦いのときくらい目覚めてしまって、無駄に体感時間を引き延ばしていた。繋いだ手から心臓の音が伝わってしまわないか、焦った。
「近いぞ、少年」
「いて」
でん、と空いた手で押される。けれどもう一方の手は繋いだままだから、あまり距離は離れなかった。
ミーファは照れた様子でよそを見てから、そのあとにまた僕を見て、いたずらっぽく笑う。
「この手はもう、踊ろう、ってことかな」
「あ……その、うん。あっ、でも、僕、ダンスとかわからないし」
「そりゃいい。リードしてやる、おいで」
手を引かれて、村人たちに紛れ、向かい合って立つ。ミーファが、繋いでいない方の手を僕の肩に回してきて、ぐっと身体を近づけてきた。これは、お貴族様がやるタイプのやつでは。ああそうか、彼女は領主家のご令嬢だった。
これはまずいと思って、よそ見をする。ほとんど密着状態だ。
あまりのできごとに、心臓が普段の二倍くらいうるさい。人間二人分の鼓動が身体に響く。……二人分?
「さすがに気恥しいな……。ま、まあいい、想い出作りだと思って、付き合いなさい」
音楽の変化と、彼女が動くのに合わせて、ついていく。僕が足をもつれさせたり、変にもたついても、ミーファが手を引いて導けば、結果的にそれはなんだか愉快な絵になる。へんてこな動きも、彼女が一緒なら、踊りと言い張ることはできないこともない。
「うまいもんだろう。なんでもそれなりにできるミーファさんだ」
言葉通り、彼女は色んなことをそつなくやってみせる。ひとつ年下だというのに、一回り以上はなれた大人のように経験豊富な人だ。いつ、どこで、たくさんのことを学び、身に着けたのだろう。
ミーファは僕にとって、最も頼りになる先達だ。けれど、いつかその横に並びたいと思う。剣の腕だけじゃなく、他にも、色んなことで……。
旅の中で、多くの出来事があったけど。なんだかんだで僕の、彼女への気持ちは、あまり最初と変わってはいない。
ミーファのことが、好きだ。
「旅が終わって、シロノトに帰ったら……今度は、僕から踊りに誘いたいな。内緒で練習して」
「……ああ。楽しみにしてる」
金の髪を火に濡らして、彼女は微笑む。
それはなんだか、彼女らしくない、儚げな雰囲気で。寂しそうな表情だと感じた。
素人と経験者の妙なダンスは、村の人たちに溶け込みながら、それからもしばらく続いた。
心地よく跳ねる心臓のリズムと、目の前の少女のまつ毛の長さや瞳の色味、髪の香りと息遣い、触れ合ってしまう部分の温度。ミーファのすべてが心を占領してきて、この場面が記憶に焼き付いていく。
これが想い出作りだというなら、こちらにとっては大成功だ。と、思った。
勇者の神殿は、この島の中に7つある。
例えば、風の神殿には風の勇者のみが入ることができる。内側でもたらされる“試練”に打ち勝った者は、外の世界に戻ったときには、強くなるための、何かしらのきっかけを得ていることだろう。
仲間たちと話し合い、オレ達は、イシガント以外の全員が一斉に神殿へ入ることを、避ける方針にした。
神殿内部は神秘性の強い閉鎖空間であるためか、一度足を踏み入れると、外部で何が起きているのかわからなくなる。このときにもし、何か不測の事態が起きたとして、イシガントだけにその厄介ごとを任せるのは無責任で、勇者として本末転倒だという話になった。(正直、彼女一人がいれば、よほどのことでない限りどうとでもなるだろうとは思うが)
そこで、神殿には、二人ずつが入ることになった。まずはオレとティーダが入る。ユシドは雷の神殿を守り、シークは地の神殿を守る。イシガントも、想定できるトラブルに備えて待機する。
という感じ。
「じゃあ、お先に」
「しっかり守るよ」
「一日そこらじゃ終わらないぞ。夜はちゃんと寝ろよ」
見送るユシドに軽く手を振り、固く閉ざされた扉に手を触れる。
剣の紋章が浮かび上がると、扉が反応し、やがて重々しく石扉が開いた。
内側は、遠い記憶に残っている風の神殿の中と、同じつくりに見える。
だからきっと、“機能”も同じだろう。
「!!」
ぴしゃりと。空も見えないこの屋内で、空気を切り裂くような、雷の音がする。
神殿が溜め込んだ雷属性魔力の源。それは歴代の勇者たちが過去にここで使い込んだ、彼ら自身の魔力の残滓である。
それらが瞬き、光り、やがて神殿内の一点に稲光が収束し始めた。光は塊になり、塊は、形を変えていく。
神殿は修行・訓練のための場所だ。ところで、より効率の良い修行には、一体何が必要だろうか。
……それは、“修行相手”、あるいは“師”だ。
集った雷の魔力が、やがて非常に具体的な形になる。頭、胴、二本の腕、二本の脚。
……五体揃った、人間の形だ。
魔力は次第に、一個の生体に置き換わっていく。黄金の雷霆は、一本一本が美しい、見事な金の髪に。蒼の稲妻は、女性的な魅力を備えたしなやかな肉体に。
紫電の光は……、いつか、どこかで、見たことのある、強い意思を秘めた眼差しに。
気付くとそこには、ひとりの女性が立っていた。
オレより……ミーファより、ひとまわり年上の美しい女性。
でも、だけど、ああ。
俺は、彼女を知っている。
「ふう。なんか変な感じ。……あら?」
瞳が、オレを捉えた。
女性は柔らかく微笑み、初めて出会う者に向けて声をかける。
「かわいらしいお嬢さん。あなたが、今代の“雷の勇者”ですか?」
「………」
思わず、ふらふらと近づいて、その容貌を確かめた。
困った様子でこちらを見返す表情を見て、自分の深い記憶がよみがえってくる。
そうか。この人はたしか、こんな声をしていた。
「……ミナリ」
「え? あれ、もう名乗りましたっけ?」
200年前の雷の勇者、ミナリ。
その再現が今、目の前にいる。




