55. 水魔ミト=ケタ(2回目)
「うわーっ! 気持ちいいや! 地上の風とはまた違うんだ」
ユシドは朝日に輝く一面の青を見下ろし、興奮した様子で声を上げる。
オレは潮風にきしむ髪を手で撫で付けながら、少年の姿を、昔の自分と重ねた。
勇者の旅も、もう最終目的地まではあとわずか。
大陸での勇者捜しを終え、見つかったのは光の属性を除く6つの魔力。これだけ揃えば大変な成果だ、オレのときの二倍の仲間が集まった。風の勇者であるユシドは、胸を張って故郷に凱旋していいだろう。
そう、これから立ち寄ることが決まっている目的地は、あとほんの2か所ほど。うちひとつは七勇者の儀式を行う聖地、『星の台座』のある場所だ。
そしてそこは大陸からの地続きではなく、広い海の小さな島の上にある。つまりは、そのうち、船を使った旅に切り替えなければならなかった。
これに関しては前回のシマドの旅のように、船を調達するのにも、何かしら1トラブル分ほどの手間が発生するものだと思っていたのだが……、そうはならなかった。
ヤエヤの王が小型の軍用船を一隻、貸し与えてくれたのだ。小型といっても、長旅に耐えられそうなほどでかい。専門家の人手も雇用させてもらった。
これは彼らヤエヤの人々との間にできた縁のおかげだろう。王女ふたりと個人的なつながりを築けているうえに、大きな事件をひとつ解決できたから。こうやって次の場所への旅を続けられる。
オレたちがヤエヤで過ごした日々はきっと、無意味ではなかったのだ。
………。
ヤエヤ領の港町から発って、まだほんの一日。
いくつかの港に立ち寄りながら、大海原の上を行く船に揺られる旅は、おおよそひと月ほどもかかるという。その間、なんのトラブルもなく、仲間たちとのあたたかな日々を楽しみたい。
長いようであっという間だった、このかけがえのない旅路は、もうすぐ終わってしまうのだから。
などと感傷に浸りながら過ごすのも、三日ほどで飽きる。
仲間のみんなの顔を記憶に焼き付けるのは大事だが、四六時中仲間たちにべたべたくっついているのも悪いし恥ずかしい。オレは船の縁から釣り糸を垂らしながら、雲の形を眺めてぼうっとしていた。
ユシドもシークも、本や物語の中にしか聞いたことのない海を前にして、何日も飽きずにきゃっきゃとはしゃいでいる。オレもあいつらと同じ年頃だったらそれができたかもしれないが、実際の自分は年寄りだし、海を見るのは初めてではないし。
新たな加わった仲間、闇の勇者イシガントは……、潮風や湿気、頭上から照り付け海面にも反射して肌を焼いてくる太陽の光がいまいち好きでないようで、毎日無限に寝ている。食事のときにだけ寝ぼけ顔のあけっぴろげな服装で部屋から出てきて、男連中をむやみに刺激しているくらいか。お前はほんとに青少年の前に立つんじゃない、目の毒だ。
前回の旅のときには彼女もいろいろ働いてくれたが、今回は人手を雇っている。イシガントは基本的には誠実な性格だが、自分がやらなくていいことはやらないようだ。昔からの仲間だが、まだまだ知らない一面を見せてくれる。
……そういえばイシガントって肌青いけど、日焼けしたらどうなるんだろ。
そうそう。愉快な旅の仲間はまだいたな。
仲間のもうひとり、地の勇者ティーダは……
「オエエエエ~~~ッ」
「だ、大丈夫ですかティーダさん。まだ慣れませんか」
「お、俺……大地に足がついてないとダメなんだよ……」
この数日間ずっと、彼はイシガントよりも青い顔をして、シークなどに介抱されていた。
寝ても覚めても気分が悪いらしい。さすがに可哀想で、船旅を中断しようかとすら仲間内の議題にあがったのだが、本人がなんとか耐えると言って却下した。しかし正直、見ているこちらも気分が悪くなるほど彼は体調を崩している。いわゆる、船酔いだ。雇われの海の男たちによると、地属性の術師にはこういう人が多い、という俗説もあるそうだ。
あと、機械の腕と鋼の槍も、錆びるとかなんとかで一時的に外していた。あの状態ではもし魔物に襲われでもしたら、ひとたまりもないだろう。
抜群に優れた魔導師だと思っていたが、意外な弱点があったものだ。あれでひと月ももつのだろうか。あいつ、死ぬんじゃないかな……。
ちなみにオレの剣と鞘も彼の装備とほぼ同じ材質であるが、どうやらイガシキが必死に潮風に抵抗しているらしいので、ほっといても大丈夫。
こうなってくると、長い船旅になるかもな。
ティーダのためにも、寄港する回数やその期間を少し増やした方が良さそうだ。
……旅はもうすぐ終わる。少しくらいは伸ばしたって、大丈夫だろう。オレはまだ平気だ。これまでの経験から、体感でわかる。
とりとめのないことを考えつつ、ぼうっと水平線を眺めて、時間を浪費していく。
こんなことより、みんなと少しでも長く話した方が良いか。それにイシガントのふるまいのせいか、陽射しに肌を焼かれるのも気になってきた。これまではあまり気にしていなかったのだが。
オレは、そろそろ船の縁を離れようと思い立った。
「……お?」
回収しようとした竿に、震動が伝わる。こ、これは! 大物の予感……!?
などと色めきだった自分を、次の瞬間――、
感じたことのない、地面の大きな揺れが襲った。
足元がおぼつかず、立っていられないほどの揺れだ。船が傾いているのかと感じた。
な、なんだこの揺れは……! 海の上で地震も何もないだろうに。波が荒れるにしても、頑丈で大きなこの船が、突然こんな揺れ方をするだろうか。
船尾の辺りにいたオレは、ひとまず仲間たちと合流するため、移動を始める。その間も揺れは収まらず、ときには這って進んだ。
甲板に辿り着くと、勇者の仲間たちを含めた乗員たちが、この異常事態に困惑していた。海のプロたちをあのように慌てさせるとは、やはり普通の出来事ではないな……。
「うっ! やば……ウプッ! 自分が地震を起こすのはいいが、他人に揺らされるのは……!」
中でもティーダは、非常に深刻な表情をして口元を押さえていた。とても心配だ。
「!! みんな、あれを……!!」
誰かの声に、周囲を見渡す。
それで、ああ、これが異常の原因なのだと、すぐにわかった。
船外……青い大海原の内から、巨大なナニカが顔をのぞかせている。
魚。いや蛙、それとも亀……いや。物語の中にだけ登場する幻想の生物、“竜”にも似たその頭部。
まるで海面がそのまま形を成して動いているかのような、異様な流動体。
そして、巨大。すさまじい魔力を蓄えた、その威容!!
こいつは……!
「トオモ村で倒した、水の魔物!!」
ユシドが鋭い声をあげた。
そう。海原のど真ん中でオレ達の目の前に現れたのは。オレとユシドが倒したはずの、あの魔物だった。
「シャッ!!」
雷を纏った巨大な斬撃で、船上に上ってきたヒトガタたちを薙ぎ払う。
あのとき倒したはずの魔物は、いつかのように、水で形成した子分たちを差し向けてきた。船と非戦闘員たちを守るため、オレ達は武器を取る。
しかしこれらを相手にしていてもらちが明かない。やつの術の元となる水分は今、まさに無限!! 守りに入ってしまっては、勝ち目はない。
だが、一度は倒した相手だ。幸い雲も頭上にある。ここが湖ではなく海である時点で脅威度は段違いだが、負ける気は全くしない。あのときのように、さっさと本体を焼き殺してくれる。
「みんな! オレがけりをつけて……」
「ミーファっ」
少年の声。
このぐらぐらと揺れる凄惨な戦場で、ユシドは、まっすぐにそこに立ち、オレを見つめていた。
戦いの最中。予断は許されない状況の中、あいつは短く、気持ちを伝えてきた。
「僕がやる」
ユシドはそれだけ言って、ふわりと空に浮き、剣を握った。
つまり。自分の力のみで、ヤツを打ち倒す、と。
……そうか。あいつはずっと、トオモ村の人々の命が失われたことを悼んでいた。そしてそれをした魔物を、己の力のみで倒せなかったことを、忘れずにいたのだろう。
同じタイプの魔物が目の前にいる、この瞬間は。ユシドにとって、あのときの雪辱を晴らす好機だというわけだ。
思わず、口の端が吊り上がる。そういう青臭いことは嫌いじゃない。
本来なら被害を最小限に食い止めるために、ここは水の魔物に強いオレが出張る場面だろう。ユシドにやらせるのはあまり良い判断ではない。
だが。今のあいつになら。
成長した姿なんて、もう何回も見せられたけど。でも、何度だって見たいじゃないか。
「一瞬だ! 一瞬で決めて見せろっ!!」
声を張り上げ、少年に呼びかける。
それができなければ、オレ達の旅はここで終わり、海の藻屑に成り果てるかもしれない。
風の使い手であるユシド。その攻撃が半端なものだと、手痛い反撃を食らうことになるだろう。海の人間たちが恐れるもの――、巨大な波や、渦潮という形で。
これは恐ろしい挑戦だ。だからこそ、あいつ自身の力で、乗り越える価値がある!
水の使い魔や触手による船への攻撃は、オレとシークが対処する。シークにとっても、海は大きな力の源だ。こんな魔物ごときには負けないだろう。
あ、ティーダはグロッキーな様子で戦場を右往左往しており、使い物にならない。
そういうわけで。こちらの勝ち筋は、あいつの手にゆだねられた。
オレ達の刃となるべく空を行く、少年の姿を見つめる。
『……ファ、ファ、ファ。風使いごときが、この我に、』
「うううおおおおおおおっっ!!!」
風に圧される。オレは脚を止め、髪を押さえつけた。目を細めて、風の発生源を見守る。
凄まじい突風が、ユシドから生まれている……! 剣技の面でも成長しているが、いつの間にかここまでの魔力を扱えるようになっていたか。
魔物の発生させる波に拮抗するほどの波を生むその強烈な風は、やがて力となり、ユシドの掲げた剣に集まっていく。
荒れ放題だった海に――ほんの刹那の一時、凪が訪れた。
「“風神剣・昇”おおおおおおおッッ!!!」
竜巻。
土埃を巻き上げるそれではなく、ありあまる水を天高く立ち上らせるそれは、渦巻く巨大な柱を作りだした。
それは海面ごと、不定形の魔物の身体を巻き込んで、空へと打ち上げていく。
上昇方向への風神剣。地魔イガシキの超重量の身体を一瞬浮かせた、あのパワーを、ユシドはもう使いこなすのか!
『グオオオ!!?? 何が起きている!?』
「……見えたッ!!」
無限の海そのものを血肉とするこの魔物は、あまりに強大だ。雷の勇者でもなければ、あれを正面から焼き殺すことなど不可能だろう。
ならば、ユシドがその目に捉えた勝機とは、なんなのか。
自分が風の勇者だった経験を呼び起こし、その世界を垣間見る。吹きすさぶ疾風が生きる世界では、目に映るものすべてが緩慢で、水滴の一粒一粒が捉えられる。
あの水の魔物の他にも、不定形の身体を持つ魔物は存在する。以前倒したことのあるものだと、スライムと呼ばれる古代人の遺物由来の怪物がそうだ。
やつの生態はそれに似ている。倒すには、身体を構成する液体をすべて焼却する必要がある。でなければいつか再起し、人間を襲うからだ。
しかしそんな芸当は、風の魔法術では難しいだろう。
だから――
心臓を潰す。ほんのひとしずくの、小さな核――やつの身体を繋ぐ魔法的な器官を、攻撃する。それを成せば、あのタイプの魔物を殺すことはできる。
「風神剣・疾風――!」
剣を構え、驚異的な速度で、ユシドは自ら起こした大竜巻へと突撃していく。
その向かう先には……、わずかに光を反射する、透き通った水晶があった。水中にあっては非常に見つけにくいだろうやつの核は、魔物の用心深い性格を表しているように思えた。
竜巻の表面に露出させられたそれを、ユシドの鋭い刃が、貫いた。
『ぎいいああああッ!!?? よもや、守護精霊の一柱たる我を――』
「オエエエエエーーーーッッ!!! おろおろおろおろおろおろろろ」
「うわあっ!! ティーダさん、大丈夫ですか!!」
「ユシド、おつかれー」
戦場に降り立ったユシドは、いつになく精悍な表情をしている。満足いく戦果だったようだな?
もちろん、オレから見ても、なかなかの技だった。
……風の勇者として、追い抜かれる日も、もうそこまで来ているのかもしれない。
とりあえず、今日のところは褒めてやる。
「偉い、偉い。やるじゃないか」
「わっ! それやるの、久しぶりだな……」
ユシドに近寄り、踵を上げて、無理やりその頭に手を置いた。
……だけど、これをやると、互いの顔が近づいて、あまり良くないことに気付く。オレは早々に切り上げ、ユシドから一歩退いた。
ああ、ちょっと前までは、これもよくやっていたはずなのに。
仲間たちから少しだけ離れ、ふうと息を吐き、戦いで高揚した身体を落ち着かせようとする。今回は、魔力をあまり消耗せずに済んだ――。
傍らに、鋼の剣が突き立っている。水の使い魔を貫いたときに、敵ごと甲板に突き刺してしまっていたんだ。あとで修繕しないと。
剣を抜き、オレは腰の鞘に刃を納めた。
そうすると、そこから、独特の震えが返ってくる。鞘に宿る精霊の魂――イガシキが話すときの振動だ。
『バカな。あのミト=ケタが、風の勇者ごときに……』
「……えっ、知り合い?」
イガシキは口走ったのは、おそらく名前。つまりは、今倒したあれの。
固有の名前を持ち、それをイガシキが知っているとなれば。もしや、あの魔物――
「もしかして“水魔”?」
『……海霊ミト=ケタは、オレと同等の古参だ。やつの受け持つ海で遭遇するとなれば、勇者どもをたやすく皆殺しにするものと期待していたが……まさか、こうもあっさり敗北するとは』
どさくさに紛れて最悪なことを言うな。海に沈めるぞ。
しかし、あれが水魔ねえ。たしかに、並の魔導師や戦士たちでは到底勝ち目のない敵ではあったが……
「でも、七魔ってひとつの属性に一体じゃないのか? さっきのに似てる魔物を一撃で倒したことがあるよ。あれは山の中の湖だったけど、まったく同じ顔で、同じ能力だった」
『何? い、一撃……?』
珍しく困惑したような声を出したあと、イガシキは黙り込んでしまった。
しばらくして、再び話し始める。何か考え事をしていたらしい。
『おそらくだが。超級の魔力を有するミト=ケタは、この時代には己のコアを分裂させ、支配地域を広げようとしていたようだな。お前が倒したのはその分体だろう』
分裂……? 不定形の水の魔物となれば、たしかに可能だろうが、生物としての個々の性能がかなり下がるはずだ。そこそこ強い魔物だったが、全盛期はもっとすごかったってことか?
『やつはオレ達の中でも随一の魔力と、狡知を持ち合わせていた。雷使いとて易々と打倒できる相手ではない。……だが、今の言動から察するに、どうやら分裂することで頭脳の方もアホになっていたようだな』
「アホって……」
狡知か。言われてみれば、あの水の魔物ほどうまく人間を誘い込んで喰らうようなやつは、そういない。もし本来の力を持っていたならば……そう考えると、運が良かったのか。
『ふん。山はオレのテリトリーだというのに、欲をかくからこうなる。これがあの海霊ミト=ケタの末路だとはな』
「仲悪かったの?」
『当然だ。昔ならいざ知れず、今は人間を好んで食うようなゲテモノ趣味だぞ。度し難い』
お前も大概人間嫌いだよな……。
イガシキからの愉快な情報提供が終わり、身体も落ち着いてきた。
仲間たちの元に戻り、後片付けに参加しなければ。
………そう考えていた、そのときだ。
「!?」
また、船がひどく揺れる。ユシドは確かにあの魔物を倒したはずなのに、同じような揺れ。
まさか……!!
『おのれ、小童どもが……。圧し潰してくれる!!』
『海の怒りを思い知るがいい』
『ファ、ファ、ファ。人間ごときがこの広大な海に進出するなど、片腹痛いわ』
『一匹残らず喰ろうてくれるわ』
船の右舷に向かってやってくる、山、山、山。
……水魔ミト=ケタの“群れ”が、オレ達を圧倒していた。
「うおっ!? この揺れ……!」
「ぎゃあああ!? 俺泳げねえんだーーっ!!!」
「ティーダさんッ!」
転覆しかねないほどの途方もない揺れに、仲間のひとりが船から投げ出された。ティーダ……!!
泳げないと丁寧に自己申告した彼は、武器や義腕も無しに水面に叩きつけられ、やがて海中に沈んでいってしまう。仮に彼が泳げたとしても、隻腕になって日も浅い。間違いなく溺れてしまう!
――いち早くそれを追って海に飛び込んだのは、シークだった。オレは彼らのいるあたりに意識を割きつつ、水魔を警戒する。ユシドも先ほどのように空を飛び、魔力を練りつつ、船と仲間たちを守るように、やつらに立ちはだかった。
……二人は、無事か……!?
「んっ?」
海面が、揺らいだ。
波の揺れではない。
渦巻いている。……渦潮だ。だが、ユシドの技ではない。これは……
螺旋を穿ち始めた海に、やがて大穴が開く。覗き込んでみれば、船上からは決して見えるはずのない、“海の底”が見えた。
目を凝らす。そこには、ふたつの人影があった。
シークだ。シークが、水の魔力を猛烈に発揮して両手を掲げ、海水を操っている。彼女がこの大穴を作ったんだ……!
大質量の海をこうも操って見せるとは。まさに、水魔にも劣らない力の持ち主だ。
そんなシークのかたわら。少女に庇われ、ぐったりとしていた様子の男が、よろよろと立ち上がった。ふたりの声に耳を傾ける。
さすがに距離があるのと、渦潮や波風の音で聞き取りづらい。何を話しているのだろうか……。
「……ん? 何だこれ、“地面”がある……」
「ティーダさん、大丈夫ですか!? このままだと、わたしたち……」
「――シークっ!! このまま海を開いていてくれ! 柔らかく湿った海底でも、船の上と比べりゃ天国だ……!!」
「え、え、でも」
「俺の隣にいろ! ここから反撃するッ!!」
「とっ、となりに……!? は、はいぃ……」
なんか元気そうだ。
いけるか……!?
「ユシド! オレも加勢する!!」
さすがにこの局面では、ユシドだけに任せるわけにはいかない。オレも飛翔の魔法術を使い、彼の隣に飛び上がった。
すぐ横に並べば、頼もしい魔力と、かすかな体温を感じる気がする。それだけで、力が湧き上がってくる。一人で戦うときには無い力だ。
やがて、雨がふってきた。上空に広がる黒雲は、雷を増幅させるオレの味方だ。運が向いているようにも思えて、気分が高揚する。
剣に力を奔らせる。仲間たちと、ユシドと一緒なら、絶対に負けない!
そのあと。
オレたちは死力を尽くし、水魔の群れと戦った。無限に思えるほどの軍勢であるやつらを、千切っては投げ、千切っては投げ。それは、筆舌に尽くしがたい戦いだった。
ちなみに、最終的には。
昼寝を邪魔されて死ぬほど機嫌の悪い状態のイシガントが船内から出てきて、一面の海を凍結させ、水魔たちを粉々に砕いてしまった。
凍結は海の割と深い部分にまで及んでおり、我々が航海を再開するのには、それなりの時間がかかった……。
陽射しも白雲に隠れ、のどかな天気の昼。船の縁から釣り糸を垂らし、物思いにふける。
「いやあ、水魔ミト=ケタ……なかなかの強敵だったな」
そうしていると、やがて。釣り竿が大きく揺れたのが、手に伝わってきた。
「おっ!? 今度こそ大物……!?」
足腰を踏ん張り、しなる竿を必死に引く。広い海に生きる魚たちとのこの激しい攻防は、やめられない。独特の魅力がある。
しかし……
「なんだよ、食われちゃったか」
竿にかかる力は突然失われ、釣り糸が切れたか、餌を持って行かれてしまったのだとわからされた。敗北か……。
だが、これしきで心を折っては釣りには挑めない。オレは気持ちを新たに、青い海と再び向かい合うのだった。
『おのれ、人間どもめ……。いつの日か必ずや、報復してくれよう』
陽の光も届かない、深く昏い水底で。何者かの低い声がささやく。
いつの日か、彼は再び現れるだろう。この星に、生命への恵みをもたらす豊かな“水”が存在する限り……。




