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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
二つの魔王城 / 真夜中に見える影
51/63

51. 地の底に潜むモノ

 魔人族の街からほんの数時間ほど歩いたところで、イシガントが「ここよ」と言った。


「これが、37層もあるヤバいダンジョンの入り口?」


 何の飾り気もなく、荒野の中に突然地下への階段だけが現れた、といえる簡素な入り口だ。ちょっと探検してみようかな? ぐらいのテンションで足を踏み入れたくなる。しかしその油断が何人の冒険者を殺してきたか。しめしめ何か掘れるぞ、と思って中に入ると、果てが測り知れない迷宮だった……。

 ……みたいな物語がありそうだ。恐ろしい罠のような入り口である。


「感覚をひらいて、よく目を凝らして見て」


 イシガントの言葉に従い、階段をより注意深く観察する。

 ……なるほど。

 薄い黒色のもやが、そこから漏れ出ている。イシガントの言によると、これは特殊な闇属性の魔力なのだそう。魔物たちを狂気に陥らせる元凶は、たしかにこの下に潜んでいるのだ。


「覚悟を決めたら、中に入りましょうか。見た感じはちょっと身体に悪そうだけど、人間の精神や肉体に影響を及ぼすような効果はないわ」

「よかった」

「たぶん」

「多分!?」


 怖いことを言うな。



 イシガントの尻を追いかけ、地下に足を踏み入れる。ただよう魔力の影響によるものかどうかはわからないが、身体に、息苦しくなるようなプレッシャーがかかる感覚を覚えた。

 彼女に促され、宙に向けて魔法術を撃ち放ってみる。……話に聞いていた通り、手のひらからいくらも進めずに、雷は弱弱しく霧散してしまった。

 このような状況には、つい最近の出来事でも覚えがある。強大な存在が行使できる、対象の魔力放出を阻害する術。結界。呪い。それが今回は、この地下空間全体に対して働いているようだ。

 この状態で、狂暴化した魔物との会敵があるのなら、苦戦は必至だ。


「これでどうやって戦う……のですか? 魔物も徘徊しているのでしょう」


 小さいが大事な疑問をぶつけてみる。

 ……イシガントとあまりに親し気に話すと、ユシドに何かを疑われる気がして、少し言葉遣いに気をつけた。


「魔法術封じが効いているのは、あくまでこの空間に対して。今度は試しに、魔法剣を使ってみて」


 ユシドに目配せをする。彼は長剣を抜き、その刀身を輝かせ始めた。

 翠色の風の魔力が、剣に収束している。……そうか、イシガントの言いたいことが分かった。

 魔力の働きを阻害する効果が、今回は個人ではなく空間全体を対象にしているぶん、若干効力は弱いのかもしれない。体の表面から測ってほんの人差し指ほどの距離……くらいまでなら、魔力を扱うことができているようだ。

 それだけでも、できることは変わってくる。


「剣の内側に魔力を押し込めたり、刀身のほんの表面を魔力で覆うことくらいはできる……ということか」

「そうそう!」

「……ふっ!」


 ユシドが剣を一振りする。

 刃に集っていた風の魔力は、それで消え去ってしまった。


「武器の攻撃範囲を延長できるという、魔法剣の強みは発揮できませんね。これじゃあ単に切れ味がよくなる程度です」

「じゅうぶんでしょ。ふたりとも、強そうだし? この迷宮を制覇するには、このメンバーしかいない!」


 イシガントは眉をきりりと吊り上げ、拳を握りしめた。

 お気楽に言ってくれる。地下深くとなれば紫の雷神剣も使えないし、加えて魔法術封じによって手札がずいぶん制限される。不安だ。

 ……まあ、しかし、そう臆することもないか。魔力障壁もなんとか使えるし、白兵戦でも人並み以上には働けるはずだ。

 それに何より、イシガントは本当に強い。彼女の言うように、うまく連携できればどうとでもなるだろう。今回は剣術の修行だと思って、挑んでみるか。


 先導に従い進んでいくと、やがて向かう先に、どこかで見たようなオブジェが現れた。円柱形で、細やかな彫り模様(おそらく、魔力を駆け巡らせるための経路だ)が施されているそれは、以前王都付近のダンジョンで見たものによく似ている。これがこの迷宮を往来するための、“転移装置”のひとつだろう。もしかすると王都のあのダンジョンとここは、同じ時代に作られたものだったりするのかもしれない。

 イシガントが装置に触れ、オレには意味のわからない言葉をつぶやくと、あのときのように装置が光る。やがて視界が光に包まれ、身体が一瞬浮くような感覚に襲われた。


 目を開く。イシガントが、進みましょう、と言った。ユシドはこの初めての経験を経て、そわそわした様子で周囲の景色の変化を確かめていた。

 オレもみんなに続き、転移装置の底部から地面にしみ出すように描かれた、独特の術式で構成された魔法陣の内から出てみる。すると、最初の階にはなかった、何かが息づくような気配と、肌を刺す殺気を感じた。

 ここから先には、まだイシガントが手にかけていない魔物がいるのだ。


「頼りにしてるわよ、かわいい魔法剣士さんたち」


 気を引き締める。ここからは、着実に、油断せず進んでいきたい。

 いきたい、のだが。


「ところで……」


 先ほどから気になっていたことがあり、口を開く。3人の視線がオレに注がれた。


「なんで魔王ちゃんも一緒なの?」


 そう指摘すると、この場でいちばん身長の低い彼女は、その体格に対してなかなかに大きく重そうな背嚢……、リュックサックを背負いながら、何やらプルプルと震え始めた。

 そう、彼女は魔王城からここまでずっと、重い重いと文句を言いながら、健気にオレたちについてきていたのである。


「なんでとか、うちが聞きたい。うち……いや我、魔王さまなんだが?」

「荷物持ちです」


 イシガントが朗らかに言い放った。ひどい。ががん、と悲しそうな表情で妹を見やる魔王ちゃんには、上司や姉としての威厳はない。


「もし異変の根源がここの一番下にいるなら、姉さんがいないと鍵開けられないでしょー。それでいて、この状況じゃ戦えないんだから、荷物持ちくらいしてくれないと」

「一番下に何があるのか知っているの? イシガント」


 そう聞くと、イシガントは気軽な表情は崩さないものの、少しだけ真面目なトーンで語った。


「……“城”があるのよ。先代の王が今の場所に引っ越す前の、私たち魔人族のいた城が。今は、生きている人は誰も住んでないけどね。本当はこの迷宮も、今の王である姉さんが責任をもって管理しなきゃいけないの」

「ええやん、こんなかび臭いところ。墓参りのときくらいしか入らんじゃろ」

「と、このように悪びれていないので、荷物持ちです。民のためだと思ってしっかり働いてください」


 なるほど、もとは魔人族の管理下にあった建造物だったのか。……それが今は転移装置も動力切れで、魔物が住み着いている、と。

 管理責任者の顔をじっとりとねめつけると、彼女は気まずそうにそっぽを向いた。


「あの、荷物は僕が持ちましょうか、魔王様……」

「甘やかさなくていいのよユシドくん。あなたは自分の戦いに集中していて」


 魔王ちゃんの顔がぱっと明るくなって、ずんと暗くなった。

 彼女はあまり筋力とか運動神経とかがない。以前と変わっていないのなら、普段は自分の住まいの中だけを歩くことすら嫌う怠け者である。今の状態はまるで刑罰を受ける罪人のようで、ちょっとだけ気の毒に思ったが……、

 まあ、いっか。何もしないくせにあの偉そうな態度でついてこられたら、腹立つしな。それによく目を凝らせば、小さな身体にうすい光がまとわりついている。身体強化の魔法術でも使ってズルしているのだ。

よし。荷物持ち、任せた。


「! 来た……」


 ユシドのつぶやきを耳にして、警戒を強める。暗闇の中から、ぎゃあぎゃあと何かがわめく声がして、それは次第にこちらへ近づいてくる。

 魔王ちゃんが手元の灯りを強めた。今いる部屋が広く照らされ、ただひとつの出入り口となる通路に、オレ達は向き直る。呼吸を整えながら、腰の剣に手をかけた。

 だが、それを遮る手があった。


「おほん。君たち、まずはこのお姉さんに任せなさい」


 一歩前に出たイシガントから、黒い蒸気のようなオーラが吹き出す。可視化されるほどの、強烈な闇の魔力の発露だ。この空間に漂うそれにも、決して負けていない。


「まずはあたらしい風の勇者さんに、実力をアピールしなくちゃ」


 そう言って彼女は、こちらを向いて片目をぱちりとやった。いわゆるウインクというやつ。

 う、うまい。オレはできないぞ。さすがイシガントだ。ユシドも見惚れている。オレは少年がイシガントの技を見逃さぬよう、親切にその頬をつねってあげた。

 イシガントが部屋の出入り口に立ちはだかる。魔物たちの狂った気配は、そこまで来ていた。

 黒い魔力が、彼女の両手にまとわりつき……獣以上の鋭く巨大な、“爪”を形作った。彼女が生来備える翼と尾も相まって、まるで人の形をした怪物だ。けれどその瞳には、人以上の知性が宿っているのだ。

 そうして……蹂躙が、始まる。


「さッ!!」


 丸太のように屈強な大蛇が、すばやくイシガントに噛みつこうとしたのを見た。だが、彼女が片腕を軽く振るっただけで、魔物たちの一番槍は輪切りにされてしまう。

 次いでぼんやりと光る人間の悪霊。次いで大蝙蝠。次いで大ミミズ……一本道ゆえ、一体ずつ押し寄せてくる彼らを、イシガントはきっちり容赦なく殺していった。細切れになった身体と血しぶきだけがこの部屋に飛び込んできて、やがて光の粒に分解されていく。

 うん、さすがだ。恵まれた身体能力をさらに鍛え抜いた彼女の動きには、いささかのなまりもない。むしろ200年も経って、さらに磨きがかかっている可能性もある。彼女はこの人間世界を陰から守る、魔人族の戦士だからだ。

 ……だが、本来の彼女ならば、もっとすさまじい戦いができることを、オレは知っている。こんなものではない。

 イシガントの戦闘スタイルは、シークのような“魔導戦士”だからだ。すなわち、魔法術の扱いについても、一流の使い手である。


「ふっふっふ。驚いたか風の勇者よ。だが、我が妹の力はこんなものではないぞ」

「え……!?」


 あ、我慢できなかったのか、魔王ちゃんがそれを言った。


「闇の魔法術というのはな、おどろくべき特性があってだな――」

「闇の魔法術は、他の属性の特徴を変質させることができる。つまり、“属性の強化”を可能とするんだ。炎はしつこく消えない黒炎に。雷は激しく猛り敵を蝕む黒雷に。水属性は……どういう理屈だかわからないが、“氷”になったりする」

「氷!! すごいな……それだけで商売ができる……」


 魔王ちゃんが始めようとした解説を横からかすめ取り、実際に目にしたことのあるイシガントの技をユシドに教えた。彼は真面目な顔で、変な感想を口にしている。

 魔王ちゃんが目に涙をためてこちらを見ていた。泣くなよー。オレもこういう解説が好きなんだよ。すまないねえ。


「……とゆーわけで、あれは軍団長の実力のほんの一端に過ぎんというわけじゃわ。妹を連れ出すのなら、相応の働きをしろよ、ユシドよ」


 緊張した面持ちでユシドが頷く。

 ……まあ、今の風の勇者はお前なんだから、オレではなく彼自身が、魔王ちゃんやイシガントに認められる必要は、あるのだろうな。

 この戦いでそれを示してやるといい。単なるご先祖の後釜じゃないってことをさ。


「ふー。やっぱり、あんまり良い気しないな。普段は大人しい種族の子まで、襲ってくるんだもの」


 自分の浴びた返り血が、光に分解されていくのを目で追いながら、イシガントが戻ってくる。

 オレの目の前までやって来たころにはもう、汗ひとつかいていない、綺麗な彼女のままだった。


「お疲れさま」

「おー、イェイイェイ。どうだった? 久しぶりに見た私のバトルは!」

「さすがですわ。感嘆致しました」

「うーひっひ。敬語やめろ~うりうり~」


 機嫌よく肘で小突いてくるイシガント。共闘が久しぶりだからか、こっちが女性になったからか、無駄に距離感が近いな……。


「どう、ユシドくん。私は仲間にふさわしいかな?」

「え……ええ。そんな、こちらこそ、あなたに並び立てる勇者にならねばと」

「おっ、殊勝だねえ」

「シマドとは大違いじゃ」


 二人がちらちらとこちらに目配せしてくる。

 うざ。


「まあ、本当は氷結の術がお気に入りなんだけどねー。ここを出たら見せてあげよっか」

「はい!」

「ようし。それでは、第11層までのクリア目指してがんばろー」

「おい……この荷物は、もういいんじゃないかな……? 妹? ……軍団長? ねえ」


 イシガントを先頭にして、オレ達は地底迷宮の攻略を開始した。


 部屋を出て幾ばくもしないうちに、道中でもやはり、狂乱化した魔物たちが襲い掛かってくる。たしかに、ここは歯ごたえがありそうだ。並のハンターでは潜行できまい。

 だが、彼らはことごとく、イシガントの圧倒的な力によって薙ぎ払われていく。オレ達の力は要らないんじゃないの、とも思ったが、どうやら若者の見ている手前、いつもより張り切っているらしい。気持ちはわからんでもない。

 一緒に進んでいくうち、ユシドが敬意のこもった眼で、彼女を讃えた。


「すごい……これが、200年前の、勇者の力……!」


 ……………。

 オレも、200年前の勇者なんだが?


「んんっ。んん! んん、ごほっ」


 咳払いしながら前へ進み、先頭のイシガントを肩で押しのける。しすぎて少しむせた。

 ほら、魔法剣がどれほど通用するのか、そろそろ試さないと。イシガントの実力に文句などないが、君ばかりに戦わせるわけにもいかない。

 そういう意図を込めてイシガントに目配せする。彼女はしばし、きょとん、としたのち、ウインクしながら親指を立ててきた。ちゃんと伝わってるよね?


「よし、いくぞ!」


 腰の剣に手をかけ、ぐっと力を込める!

 がち、と音がした。

 抜けない。


「…………」

『ヌウッ!? なんだ、その起こし方はやめろと言ったはずだ』


 ぱりぱりと電流を流し、イガシキを優しく起こす。

 現在の事情を説明し、今回は剣が無いと厳しいことを伝えた。

 力を貸してくれるだろ、相棒っ!


『何? フハハ、いい気味だ。剣も術も使えんとなっては、いよいよ貴様も終わりというわけだ』


 剣帯から鞘を外し、地面に叩きつける。そのまま何度もめちゃくちゃに踏みつけた。


『イタタタ!! わかったから! やめろ!! 剣渡すから! 小娘! やめ……クソ人間!!』


 説得の末、剣はやがてするりと抜けた。

 オレにもイガシキを許すときと、許さないときがある。互いの機嫌を読み、もっとうまく付き合おうじゃないか。

 剣を振り、魔力を通してみたり、と具合を確かめていると、後ろの魔王ちゃんが声をかけてくる。


「精霊を宿した武器か。またしても業の深いことをするものだな、ミーハよ」

「……精霊?」


 聞き間違いじゃないよな。こいつは、イガシキは、“魔物”だ。

 ……どういう意味だ?


『しかし、この場に漂う魔力……まさかな』


 イガシキの特徴的な声が、オレの思考を中断させる。

 また、気になる物言いをした。何かあるのか聞いてくれと言わんばかりだ。

 でも、匂わすだけ匂わせておいて、こいつは何も言わない。性格が悪いんだと思う。


「イガシキ。何か言いたいことでも?」

『………』


 ほら。

 別にそういうところはとくに嫌いではないのだが……ちゃんと教えてほしいと思うときも、ある。

 テルマハと違って結構お喋りなのだから、たまには饒舌に、言いたいことを言ってくれ。


「なあ。お前がそうやって意味深な発言をすると、大体トラブルが待ってるって、そろそろ学んだよ」


 バルイーマでも王都でも、思い返せば、何かに勘付いているような口ぶりをしていた。


「この前は……お前がずっと黙っていたから、大変な目に遭った。いや、違うな。イガシキのせいにはしたくないし、最後に助けてくれたから、感謝はしてるよ。でもさ……」

『………』


 うまく言葉を選べず、静かになる。みんなが耳を澄ませているのだと分かった。

 やがて……、鞘にかけた指が、かすかな振動を受け取る。彼が、話し始める音だ。


『……同胞たちを狂わせるほどの闇の魔力となると、心当たりはひとつ思いつく』


 イガシキが応えてくれたことに、ささやかな喜びを感じる。みんなもまた、オレたちを取り囲むようにして集まり、その声に耳を傾けた。


『そいつは星霊マ・コハに匹敵する力を持つもの……“夜霊ヨニナグ”。お前達の呼び名で言うなら――』

「……闇魔(あんま)?」

『そうだ』


 闇魔・ヨニナグ。闇を司る魔物。強大で測り知れない何かを秘めていたあのマリンと、対を成す存在がいる……。

 汗が一滴、頬を流れた。


「それが、この先にいると?」

『わからん。……あいつは、むやみに己の魔力をまき散らすことを良しとしないはずだ。ましてそれで同胞たちの理性を奪い取るなど。なにせ、人間と精霊がいがみ合うことを嫌っていた馬鹿者だ……』

「ちょっと待った。精霊、って?」


 さっきから時々話に出てくるが、どうもオレの知るものと言葉のニュアンスが異なる気がする。

 その疑問を口にすると、答えは、思わぬところから帰ってきた。


「精霊っていうのは、彼ら魔物の元々の姿よ。本来は、星の自然が生み出した純粋な魂たちなの。星を豊かにする役割を持っている生命のひとつ――の、はずなんだけど」

『お前たちが魔物呼ばわりしているのは、人間への負の感情に侵された精霊たちだ。よその世界から人間どもが引っ越してくる前は、うまく星を運営していたさ』

「あら。失礼を言って、ごめんなさいね」


 ………。

 初耳、だな。

 魔物たちの由来は、この世界に漂う魔力の影響で強靭に発達した動物たちであったり、その動物たちの霊がさらに魔力の影響を受けて、恐ろしい怨念となったもの、だというのが俗説のはずだが……。

 古くからの文明の一部を継承している魔人族たちと、一体何歳なのかわからないイガシキが言うのなら……うそだ、なんて、言えない。

 星を豊かにするはずの存在、か。それが明確な憎しみのまなざしで人間を襲い、ときには下劣な悪意を持って陥れたりもする。

 なんだか、ショックな話だった。


『ともかくだ。もしも、マ・コハのように魔物に堕ちたヨニナグが、この先に待ち受けているというのなら、お前達に勝ち目はないだろう。そこの女(・・・・)は多少やるようだが、この闇の結界内ではな。……解決したいのなら、この地下施設をまるごと永久封印するか、あるいはせめて、貴様らの仲間のガキども二人と合流しろ』

「……おや、意外。二人のことを買っているんだな、イガシキよ」

『勇者共の中では、お前が一番弱いからな』

「あ゛あ゛?」


 今とんでもないことを言ったか、こいつ。

 ぎりぎりと鋼の鞘を力んで握り締めていると、ユシドが声をあげる。


「どうしましょうか。彼の情報は貴重です。そう的外れなことではないかも」

「はー、最悪じゃ。帰っていい?」


 やる気のなさそうな人が一名いるが、それは無視。

 イシガントは、顎に手を当ててしばらく考えたあと、口を開いた。


「……まずは異変の元凶の、顔と居場所だけでも確かめないと。退却を念頭に入れつつ、迷宮を調べていきましょう。それで、武力で解決できそうなら、そのまま倒してもいい」

『忠告はしたぞ、人形』

「むっ。失礼な鞘なのねー」


 方針は、このまま進むということに決まったらしい。

 オレも賛成だ。イガシキの言うように、ティーダとシークの合流を待つにしても、まずは偵察が必要だ。そもそも、闇魔が元凶だとはまだ決まっていない。イガシキの知るそいつとは齟齬があるようだし……。

 ただ。ひとつだけ、聞きたいことがある。


「闇の魔力に、その……精霊、が操られているのなら。光の、破邪の魔法術で、彼らを黒いもやから解放することはできないのか?」


 その問いには、この国の王である少女が答えてくれた。


「もう試した。結果は失敗じゃ。一度ああなれば、もう殺してやるしかない」

「そうか。わかった」


 なら、今まで通り、彼らを斬るだけだ。


『なんだ、やつらに同情しているのか? お前がか? 今さら?』

「……うるさいな」


 多少思うところは、あるさ。

 だがオレは、人間は、わがままだ。彼らが襲ってくるのなら、迎え撃つ。本当は魔物たちの世界だから、邪魔な自分たちはこの身を捧げます――、なんて考えになるはずもない。この話を聞いたくらいで、やるべきことが今までと変わることは、ない。

 オレ達は聖地に辿り着き、世界中の魔物たちの力を抑制する。これも人間のわがままだが、この世界の悲劇を減らすためには、必要なことだ。


 みんなで顔を見合わせ、先へ進む意思を突き合わせる。このとき、魔王ちゃんだけが嫌そうな顔をしていた。

 先の見えない暗闇の中へまた一歩、踏みだしていく。オレはその、自分の足を見た。

このずっとずっと下に、何かがいる。“もうひとつの魔王城”で待ち受けるものは、果たして――。



「よし、装置のメンテと、魔力の充填完了! これでまた一階層クリアね。いや~だいぶラクできました、ありがとね! 動作確認をしたら、帰って休みましょ」


 と、イシガントが明るい声をあげたのは。

 攻略を開始して、一日が経ってからのことだった。

 一日である。暗く埃っぽいダンジョンの中を歩きまわり、魔法術が制限される中で強力な魔物たちと戦い、次の階層の転移装置に辿り着くまでに、およそ一日が経過していた。

 疲労に膝を折り、深く息を吐きながら、イシガントに悪態をつく。しかしこいつ、こんなところをたったひとりで、これまでに十階層ぶんも進んだというのか……。

 さすがだ、と思う。それはそれとして、しんどい。


「ひとつの階層がこんなに広大かつ複雑だなんて聞いてない。……なんなんだ、このダンジョン」

「さあねえ。うちの王様になる人って偏屈ものだから、性根の捻じれた人が趣味で迷宮を創らせるとこうなるんじゃない?」

「趣味で迷宮なんか作るのか……?」

「すごいなあ、ここ! 見てよミーファ、発掘されてない古代のアイテムがたくさん! 魔王様もいくつか持って行っていいって!」

「おー、よかったね」

「ほら、物凄い純度の雷の魔法石だよ。み、ミーファにあげるよ、雷だし」

「……おー、ありがと」


 断面が紫色に輝いている鉱石を受け取り、眺める。たしかに、いい品だ。

 荷物の中に仕舞う。ユシドの顔を一瞥すると、目が合ってしまったので、逸らして知らないふりをした。

 ……良いことを思いついた。これは、後で……。


 それにしても、疲れたな。早く帰ろうじゃないか。

 イシガントがいそいそと転移装置を操作しているのを眺めながら、雇い人に文句を言う。


「こんなところを攻略させようだなんて、魔王様も人使いが荒いですこと。……あれ。魔王ちゃん?」


 返事がない。部屋を見渡して魔王ちゃんを探す。

 彼女は……疲れ果てた彼女は、哀れにも、自らが背負っていた大きなリュックの下敷きになり、死んでいた。

 かわいそう。とりあえず、安らかな眠りとなることを祈ろう。

 地べたの方から、か細い声が聞こえてくる。


「妹よ……。最下層にたどり着くまでは、別にうちはいなくてもよくない?」

「どうせ暇でしょー。このふたりと仲良くなるためにも、一緒に頑張りましょうよ、姉さん。それにたまには運動運動! 私達は無駄に長生きな分、健康寿命こそが大事なんだから」

「月一でエクササイズもヨガもしとるもん……」


 これだけ体力と時間を使って、ようやく一層。ユシドとイシガントは平気なようだが……。

 単純に考えて、全て調べ終えるまでにはあと一か月はかかりそうだ。元凶が最下層にいないことを祈りたい。






 二カ月。

 二カ月が経ち、オレ達はようやく、そこに辿り着いていた。

 最下層の転移装置を稼働させ、すさまじい達成感。だが、いまいち、はしゃげなかった。

 ……しばらく進んだ先。非常に広い空間に出る。天井になるべき岩肌も、ずいぶん上にある。そしてそこに納まるようにして……“城”が、ある。

 地底の中にたしかにあった、魔王の城。

 そこから、何か禍々しい気配がする。イガシキの言うような、人間と争わない精霊が発するものだとはとても思えない。


「どうする? イシガント。今日は戻るか」


 横に立って共に城を見つめていた、闇の勇者に、声をかける。


「……みんなが良ければ、中を見ていきましょう。退却の準備はしっかり用意したし」

「やれやれだ。湯浴みか水浴びをしたい」


 わざと軽口を叩き、緊張をほぐす。

 実際、服の胸元をひっぱって鼻をすんすんと鳴らすと、なんともよろしくない匂いがする。なるべく清潔でいたいんだがな。


「大丈夫大丈夫。汗臭いくらいがエロいみたいなときもあるから。そのままユシドくんにくっつきなさいよ」

「何言ってんのお前?」

「なによー、元男性なんだからわかるでしょー」

「……いや、いやいや、それは特殊な嗜好ですから」


 しょうもない会話をしていると、ユシドと魔王ちゃんが追いついてくる。

 少しユシドと距離を取りながら、先へ進んでいった。


 際限なく高まっていく、闇の気配。

 この場所の主であるべき魔王が、城門に手をかざす。

 扉が、ゆっくりと、開いていく――。




 地下を行く勇者たちは、ついにそれと対峙する。


 そして――場所は変わり、地上では。


「な……、あれは……っ!」


 魔人族の都を守る門番たちは、高く厚い門の上に立ち、遠くの地平を見渡す。

 荒野には土煙。そして、荒い息遣いと、暗くよこしまな魔力の猛り。

 闇に侵された魔物たちが、大群の群れとなって、人々に害成すべく、この都へと押し寄せようとしていた。


「まずいな。軍団長も魔王様もいないときに」

「うちらだけじゃきついけん、犠牲者が出るかも……」

「だがやるしかない。兵たちを招集しよう!!」

「……おおーーい!!」


 決意の表情で不安を覆い隠す門兵たちに、はるか下、門のふもとから声をかける人間がいた。

 ひとりがすぐに跳び下り、その異邦人たちに事情を説明しようとした。


「すまん、人族のお客さん方。大変なことになっちまったよ。ええと、絶対に傷つけさせないから、さあ、ひとまず街の中へ」

「あー、向こうから大群の足音がするなあ」

「そうなんだよ。だから、お連れの方々も早く……」


 門兵の焦る声は真剣なもの。優れた軍事力を持つ魔人族の戦士のひとりが、このように取り乱すことから、尋常でない災厄が迫っていることがわかる。

 しかし……

 男は、なんでもないことだというように、へらへらと笑った。


「ちょうどいい。俺達が加勢しよう。それで宿とか安くなるかもしれんし……」

「あ、あんた! 待ってくれ!」

「魔人族の兄さんたちは、後からゆっくり来てくれたらいいよ。……行こうか、シーク」


 赤髪の男が、豪奢な馬車を護衛していた少女に声をかける。

 巨大な斧を肩にかつぎ、少女は元気よく返事をした。そこに恐れの色はない。

 それを聞いた男は不敵に笑い、その両手で、槍を握った。


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