50. シマドのいた町
「さて。早速だがお前たちに頼みごとがある。よもや断るまいな、勇者ともあろうものが」
頼みごとをする態度かこいつ。
あれから一夜が明け、この魔人族が治める影の国にやってきてからは二日目。
朝からオレたちを呼び出した魔王ちゃんは、例によって王様の椅子にふんぞり返りながら、高圧的な物言いをしてきた。
断るかどうかは頼み事次第だぞ。そういう意思を視線に込めてみたものの、やつは主にユシドのほうを見ていて、どこ吹く風だ。断らなさそうな人間がどちらか、よくわかっているようだ。
「なんなりとお申し付けください、魔王様。一等の宿や食事をふるってくれた恩がありますから」
「ほう、感心な若者じゃが。なるほど、こういうところがなー。好ましいのかなー。ほだされるのかなー」
ちらちらとオレのほうを見ながらにやつく魔王ちゃん。
あ? ほかの誰におちょくられてもいいが、お前だけは許さんぞ。なんとなく。
ユシドに見られないタイミングを計り、顔面の筋肉を総動員させて魔王ちゃんを威圧する顔をつくる。
それを見た彼女は、けっこう狼狽していた。
「で、では、おっけーってことでよろしいな? 少し説明をしちゃろう」
ひとつ咳払いして、王は語り始める。
「ちょうどここ最近の話だが、このあたりの土地に生息する魔物たちがかなり狂暴化している。お前たちは見たか? 黒い魔力が彼らを覆うところを」
「……!!」
見た。一度は背を向けて立ち去ろうとした魔物たちが、狂乱して襲い掛かってきた瞬間を。
あのとき、たしかに、彼らは黒いもやに身体を取り巻かれていた。
「人気のないところにひっそりいた大人しい連中も、これに憑りつかれると、狂ったように人間の居所を探して襲う魔物に成り果てる。昼夜問わず、休みもせず、体力がつきて死ぬまでだ。……我が国の精鋭たちですら手を焼いている。隣国のヤエヤにでも流れ込めば、旧人の戦士たちでは歯が立たんだろう」
ヤエヤで出会った人々の顔を想起する。彼らは、決して守られるだけの弱い人々じゃない。だが……、
魔人族たちは、人間に害をなす強力な魔物たちをこの地方に抑え込んでいる。それらがさらに猛り狂い、ヤエヤの王都に押し寄せるようなことになれば。
絶対に、犠牲者が出る。
玉座に座る少女の目を見返す。どうすればいい。……魔物たちを、殺しつくせというのか?
「そうなる前に、だ。我々はつい先日、この異変のファクターである、魔物たちに作用する黒い魔力が、どこからやってきているかを突き止めた。軍団長、バトンタッチ」
説明に疲れたのか、魔王ちゃんはイシガントに続きを投げた。
視線を移す。
「この魔王城からやや離れた地に、ある地下迷宮への入り口があるの。特殊な《《闇属性の魔力》》は、そこから湧き出ている。たぶん、最下層に原因があるみたい」
「たぶん、と言うなら、まだ調べてはいないのですか?」
「これが厄介でね……、この迷宮の中では、“闇”以外の魔力がうまく働かないの。中には狂った魔物たちがうじゃうじゃいるけど、戦えるのはこの国では私だけ。地下37階まであるから、もー大変で」
「地下37……!」
ハードすぎる。なんだってそんな深い迷宮があるんだ? どうやって建造したのやら。
それに、闇属性を体内に持つ人間は非常に希少で、それを戦闘で扱える者となればさらに希少だ。人間による探索は不可能じゃないか?
「とゆーわけで。ミーファちゃんとユシドくんが手伝ってくれたら、お姉さん超助かるな」
「そう。それが頼み事じゃ」
強者っぽい見た目にそぐわない、柔らかくて明るい笑顔で、イシガントは言う。
もちろん、力になりたいのはやまやまだが。
無理じゃない? 勇者なんて、魔力を封じられればどうしようもない存在だ。そんな条件下で37階層も潜行できるはずがない。そうでなくとも、そのような長い道のりでは補給に戻るのも難しい。これほどのダンジョンアタックを試みるのなら、綿密な計画と準備が必要だ。
「もう少し詳しく説明してもらっても? その状況じゃ、僕たちなんてとても力になれるとは思えません」
「あ、うん。なにも37階分をぶっ通しで進み続けるんじゃないよ。迷宮の中には、えれべー……は、わかんないか。えーと……転移装置、って知ってる? 大昔のだけど、それが各階にあるから、魔力を充填してあげればその階と地上とで簡単に行き来できるようになる。だから、気楽にぶらりと進めばいいわけ。というか、もう10階までは攻略済みだから、あと27階層」
……転移装置! 以前王都で関わったあれか。離れた距離の間をほんの一瞬で移動するという、驚異的な魔法術が発動する祭壇だ。
なるほど、それはいい。最高だ。全く条件が変わってくる。
いやはや、転移装置。オレはあれ、好きだな。ひどい目にも遭わされたが、やはり便利さが勝る。37階建ての建造物にこれがあるのは道理だ。迷宮を作り上げたのが古代人だか大昔の魔人族たちだか知らんが、とにかくそんな往来が大変なものを建設するはずがない。
「あ。いま、余裕だとか思ったでしょ。油断しないの、ミーファちゃん」
「え……ええ。すみません、イシガントさん」
「昔会ったときみたいに、気軽な口調でいいよー」
イシガントはそう言いつつ、目配せしてくる。
……ユシドの目が少し気になるが、そうさせてもらおう。
「まあ、まずは実際行ってみた方が話は早いじゃろ。お前達は明日、軍団長イシガントと共に地底迷宮へ潜れ。今日はそうさな、城下町の観光なり、探索行の準備などしておくがいい」
「明日? よろしいのですか?」
「それほどしっかり準備しておけ、ということじゃ」
うーん、このふたりが脅かしてくるからには、相応のダンジョンだな。仕事で長期探索の経験があるユシドも、やや緊張を感じ取っているようだ。
しかし、わざわざ観光をすすめてくれるとは嬉しい言葉だ。オレにそういう時間を与えてくれるのは、魔王ちゃんなりの気遣いだろう。良いところもあるね。
話し合いを終えて、王の前から下がる。
さっそく街に出ようとユシドに声をかけると、どうやらそれを今まで我慢していたようで、みるみる内に喜色満面といえる様子になった。
かわいいやつだ。
しかしまた変なものを買わないか、しっかり見張らないとな。
肩を並べて、魔王城の中を進む。分厚い城門を開けば、そこは独特の活気がある、魔人族たちの里だ。
ユシドが足を運びたがったのはやはり、メインストリートに立ち並ぶ商店の群れだ。
市場をふたりで歩くと、魔人族たちの好奇の目線が突き刺さる。王の客だというのは伝わっているはずだが、オレ達が彼らとは異なる種族で、滅多に訪れない異邦人である以上、興味をひきつけてしまうのは仕方がない。それをなるべく気にしないようにして、純繰りに店を見て回っていく。
食料品を売っているエリアに寄り、ダンジョン探索に必要な物資を頭に浮かべながら、品々を眺めていく。
あーそういえば、昔からこんなふうにいろいろ商品があったな。魔人族っていうのはどういうことだか、こんな辺境の土地に暮らしているのに、物珍しい食料品を豊富に取り揃えているんだ。畜産や農作も、オレ達より発展しているのだろう。
相場よりずいぶん安く質のよい品を見て、ユシドは愉快そうだ。
それに引っ張られるように、気分が高揚してきたところで。……自分に向けられた、ひとつの視線に気付く。
珍しい人族の客をじろじろと見ていた店主の男性が、何かに気付いたような顔をして、口を開いた。
「あの、人族のお嬢さん。まさかとは思うけど、この気配、もしや、シ――」
「ユシド、あの果物は何かな? ちょっと見ておいでよ」
「え? おお、すごい! 大きい!!」
無理やり身体を振り向かせ、向かいの商店を示してやると、ユシドはうまくつられ、そちらの方へ行ってくれた。
このくだり、ちょっと慣れてきたな。
「シマドさん、シマドさんだよな? 違う?」
「そうだけど、ええと、どなただったかな」
「やだなあ。継承の儀で今の魔王様の対立候補だった、コイートですよ。いやあ~っ、本当にシマドさんですか!? 懐かしいなあ、あなたに剣で負けてからは、すっかり商売人です」
「んん~。ははは。お久しぶり」
全然思い出せないが、とりあえず笑顔をつくった。
「その姿、何か事情があるのでしょうが……まあ、それより、あなたが来てくれたのなら嬉しい! お安くしますよ!」
「……ありがとう」
今度は、自然な笑みが漏れたと思う。
ここの人々の中には彼のように、オレをシマドと呼んでくれる人がいる。昨夜イシガントや魔王ちゃんと話したときもそうだったけど、自分のことをはっきりその名で呼ばれると、強い旧懐の情が押し寄せてくる。
嬉しいものだ。オレの中にはまだ、シマドの心がちゃんと残っているのだと思わされる。もちろん自分ではそのように考えていたけど、それが他人の口から補強されて、気持ちが落ち着いた。
「お連れさん、まさかシマドさまの血縁では? 容貌が似ているようですが」
「そうだよ、子孫なんだ。でも、オレがシマドだというのは、くれぐれも内緒にしといてくれ」
「ふむ。……わかりました、商店街の仲間たちにも、伝えておきますよ」
「ありがとう」
「よければ夜にでも、あそこに見える居酒屋に来てください。みんなシマドさんと会えるのを喜びますよ。あなたは、我々を救った英雄のひとりだ」
「大げさだな」
この国が今もあるのは、この国の人々が力を合わせたからに他ならないし、まとめあげたのは魔王ちゃんとイシガントだ。オレはちょっと前の方で働いたってだけで、英雄呼ばわりはこそばゆい。
悪い気はしないが。
……ところで。魔人族のみんなは、200年なんて長い時間ぶりに会うのに、喜んでくれはすれど、あまり驚いた感じが見えない。オレは200年前の知り合いが突然現れたら、結構心臓が動くと思うけどな。
彼らは寿命が長いから、せいぜい10年か20年ぶりくらいの感覚だったりするのかもしれない。
「あ、そうだ。……そこの干し肉、たくさんください」
「まいど! じゃあ、今回は半額にしちゃいますよ。夜にみんなに、冒険の話を聞かせてくれるならね」
「よっしゃ!! 任せとけ」
ありがたすぎる。
勇者としての行いをもてはやされるのも、たまには悪くない。
どうせならイシガントも呼んで、外の話が好きな彼らに、酒の肴になるお話でも提供してやるか。
10年ぶりに会ったな、くらいの、ちょっとした友人の感覚で。
買い物の途中、ユシドの後をついていると。あいつは軽快な足取りのまま、商店街の主要な道を逸れ、裏通りの何を売っているのかいまいちわからない怪しげな店に入っていった。
い……いかがわしい店! 子孫の情操教育は、このオレがしっかりしてやらねば。
入り口の引き戸に手をかけようとする。しかし、中から誰かが開けたのか、店の扉はオレが手を触れる前に、勝手に開いた。
誰も出てこないのを不思議に思いながら、中へと足を踏み入れる。
「おお!! カード映えしそうな人族のお嬢様!!」
中にいたのは、ずいぶんと機嫌を良くした様子の、店主らしき魔人族の男性だ。
狭い店の中をきょろきょろと見渡す。ユシドが背を屈めて覗き込んでいる、ガラスの張られた棚に飾られているのは……、
たくさんの、小さな絵札だ。門番のふたりが遊んでいた、魔物や人間の戦士が描かれた札。
驚くべきはその絵の精緻さだ。まるで本物が絵の中に閉じ込められたように精巧な出来である。どんな画家を雇っているのだろう。
素直に感心していると、店主の親父が話しかけてくる。
「魔王様に招かれた、人族の勇者さま方ですね。まさかこんな娯楽屋にお越しになるとは、いやはや、油断しておりました」
「これが、魔人族の皆さんの娯楽なんです? 絵画の店かと」
「まあ、元々は画家の家系ですが、一念発起して新しい商売を始めてみたら、これが大当たりしまして。近々隣国のヤエヤにも商品展開しようかと企んでいるところです。勇者さまがたもどうですか? 遊び方など」
「是非!」
「おい……」
全然ダンジョン攻略とか関係なさそうな品に飛びつくな。
店主から何やらうろんな解説が始まるが、まったく用語の意味が分からず、やがてリタイアする。ユシドは途中から楽しさがわかったのか、首がガタガタになるほど頷き、目を輝かせていたが……。そういうの、おじさんは興味ない。
魔物や戦士たちの絵は、なかなか見ていて飽きないので、店の中をゆっくり歩き回ってみる。
今まで見てきた魔物たちが、共通の枠模様にふちどられ、カードの中に閉じ込められている。強力な魔物ほど、枠のデザインが豪華になっているように見えた。ギルドのハンター稼業のように、手強さでランク付けされているのかもしれないな。
人間たちの絵が飾られた棚を眺める。まあやっぱり、魔人族の人物絵が多い。ときどき人族が混じっているようだが……
と、ある一枚に目が留まる。見知った人物だったからだ。豪華に輝く絵の縁には、『闇の勇者 イシガント』と文字が書いてある。
やはり、人間のカードも、実在する人物を使っているのか。絵の中のイシガントは大きく翼を広げ、艶やかな表情で闇の魔力をまとっている。なかなか真に近い迫力があり、感心した。
気になり、飾られたカードの下にある、売値らしき数字を見てみる。
120万エン。
「高っ!!」
どんな遊びだ、これ。金で叩きあうゲームなのか?
「これ、イシガントさんだね。カッコいいなあ」
遊びの解説は終わったのか、ユシドが声をかけてくる。
「あ……そうだ、もしかして。あの、すみません。……シマド様のカードはありませんか? 風の勇者、シマド・ウーフ」
「おお、ご先代様ですね。ございますよ。少々お待ちください」
ユシドのせりふを聞いて、少しどきりとした。
そういえば、門番の誰かがシマドの絵札を持っていたな。イシガントのものがあるなら、あってもおかしくはないのか?
……思えば、ウーフの家には肖像画の類など残してはいない。もしや、ユシドは初めてシマドの顔を見ることになるのだろうか。
店のガラス棚をあらため、店主が一枚の札を取り出す。それをうやうやしく盆にのせ、オレ達の前まで持ってきた。
「こちらがシマド様のカードです。風属性のSSRですね」
小さな絵札をふたりして覗き込み、凝視する。
茶けた荒っぽいくせのある髪に、薄い翠の宿った瞳。身に着けた装備はおそらく、この影の国に訪れたときのもの。手には風魔の魂が宿った剣を携え、不敵な表情でこちらを見返している。
……驚いたな。たしかに、これは俺だ……。
特徴を見つけるほど、昔の記憶がよみがえってくる。けれど、見るのが久しぶり過ぎて、変な感じもする。確かに自分であると感じつつ、なんだか、遠い他人のような気もする。
顔を上げ、横にいるユシドの様子をうかがう。
彼は少年のように目を輝かせ、食い入るようにその絵札を見つめていた。
なんか、照れるな。
「これが、シマド様のお姿」
感動しているらしい。なんというか、偉いな。オレなんて、イユ家にある先々代雷の勇者の肖像画は見飽きたぞ。
「かっこいい、って言う感想はありきたりすぎるかな。でも、本当に憧れる。強い大人の戦士って感じがして」
「……そうか? お前の方がカッコいいよ」
「え? そ、その。あはは、ありがと」
正直、いまいち角度が気に食わない。もっと左から映す構図にしてほしかったな。ポーズもあんまり決まってない。
あとまあ、ユシドの方がシマドより顔が良いというのは、本当にそう思っている。こうして見比べるとやはり、オレ達は似ていないなと感じる。
……それにしても、どうやってこんな精巧な絵画を起こしたのだろう。影の国に初めて寄ったときに、似顔絵を描かせた記憶なんてないが。
「ユシド様、シマド様にそっくりですねえ。これは子孫組み合わせコンボを是非考えたいな……」
「もし。この勇者シマドの姿は、どのようにしてここまで正確に描いたのですか?」
「わかりますか。これはですね、我が家には古い先祖の代から、記憶力の良い精霊様がついてくださっていまして。モチーフが故人の場合は、精霊様のお力と、古い記憶をお借りしているのです」
「ふーん……?」
精霊、って。自然が生み出した霊的な存在ってやつか? あまり良く知らないが、本当にいるものなのか。
「……と、ところで、あのお。勇者さま方? ひとつ、恐縮ですが、お願い申し上げたいことがござりますれば候にて……」
「なにか?」
「お二人のカードを作成させてください!! ほんの数分で済みます!!! 謝礼金を出します!!!」
「うおっ」
すさまじい勢いで、店主が詰め寄ってきた。
「僕がカードゲームに登場できるんですか?」
「ええ、ええ。もちろんです。ユシド様にミーファ様、お二人とも若く健康的で、絵になる容姿です。これは是非、商売の糧に……いや、若く強い勇者たちの記録を残したいな、と」
正直な商売人である。
時間の無駄だ、と思うが、ユシドの方は乗り気なようだ。むしろお願いしますと言い放ち、話はまとまってしまった。
仕方ないから付き合ってやるが、報酬はちゃんとふんだくるぞ。オレの顔は安くはない。
店の奥に案内されると、黒いカーテンを背景にしたお立ち台に導かれる。そこにいつになく子供っぽい顔をしたユシドが立つと、店主は何やら見たことがない道具を持ち出してきた。
小さな箱、だ。その中心には水晶がはめ込まれた筒のようなものがある。店主は箱の筒をユシドに向けると、その反対側から箱の中を覗くような姿勢を取った。
……これは? 記憶の中から無理やり類似品を探すなら、ティーダの持っていた望遠鏡、に似ているが……。
「とりまーす。目はつぶらないように」
店主がそうつぶやくと、まぶしい光が一瞬、瞬いた。
何をしているのだろう。ちょっと説明が欲しいな。
「これですか? 古代人が使っていた“機械”のひとつですよ。景色を絵にする機能があるんです」
機械。なるほど。久々に聞いたワードだ。彼曰く、光を放った瞬間に水晶が映していた景色が、絵となって箱の中に閉じ込められるらしい。
この驚異のアイテムと、さらに精霊の力を借りれば、今は亡き人物ですら絵として蘇らせることができるのだと豪語していた。理屈は……理解出来そうもない。
サツエイは進んでいき、ユシドはさまざまなポーズを要求される。数分と言っていたくせに結構な時間が経ってから、店主の親父は「オーケーでーす」と言って、ようやく満足そうな顔をした。
「では、次は雷の勇者・ミーファ様! そちらへどうぞ」
気乗りせんな。めんどくさそうだ。
ちら、とユシドの様子を見ると、期待するような顔でこちらを見ている。
仕方ないな……。
「では、魔法を放つような立ち姿で……」
「こうですか」
「おお!! 美しい!! 希代の大魔女のようだ! 次は剣で!」
「こうか」
「勇ましい!! 姫騎士のよう!!」
「フフ……」
適当に指示に従っていると、親父のテンションにあてられてか、だんだんと身体が熱くなってきた。
「こう?」
「美少女!!!」
「こうかな?」
「妖艶!!!」
「ふふ」
「セクシー!!!」
と、時間はあっという間に過ぎていき。
サツエイを終え、オレ達は店先でできあがりを待たされた。
これもまあ遅い。数分で終わるとか大嘘中の大嘘だな。
とはいえ、他にない経験だったから、文句は控える。
やがて、大満足といった様子の親父が、ゲームのカードとやらにする前の、先ほどのオレ達の姿を切り取った絵札を持ってきた。
「なるほど。……いいものだな」
試験的にだがひとつできあがった、ユシドの絵札を、「風の勇者 シマド」と並べる。
この世に二本は存在しないはずの同じ剣を持って、背中合わせに構える、ユシドとシマド。
ありえない共闘だ。ふたりが同時に並び立つことは、現実にはない。
それをこうして想像できるのは……まあ、たしかに。楽しい娯楽だと言っても、いい。
そろそろ帰ろう、と、店に心を奪われつつあるユシドに声をかける。
名残惜しそうな顔をしてから、ユシドはある一枚の札について、店頭で口に出した。
……風の勇者、シマドのカードだ。
「このカードはおいくらですか?」
「えー。シマド様は当店で取り扱う中でも最上級のレアカードでして、まあそのお……5万エンになりますねえ」
高い。こんな小さい紙っ切れが。しかし……
……イシガントより物凄く安い……っ!
「これ、買います」
「はあ? やめとけ、金が勿体ないぞ。こんな小さな絵に」
「ご、ごめん。でも、シマド様の写し絵なんだよ。家に持って帰りたい」
「んんんん」
いじらしい言い方をするな。甘やかしたくなる。
「勝手にしろ、オレの見ていないところでな」
それほどご先祖様のお顔が好きなら、まあ、とやかくは言わない。無駄な出費だとは思うが、金銭感覚はオレよりもあいつの方がしっかりしているし、財布の余裕はよく把握しているだろう。
オレは店の出入り口をくぐる。またしても、その扉はひとりでに開閉した。魔力で動かしているのだろうか。
しばらく外で待っていると、会計を済ませたユシドが、平たい包みを大事そうに抱えて出てくる。いつになく嬉しそうな顔をしていた。
そんなに、シマドの絵札を手に入れたことが嬉しかったのだろうか? 先祖冥利に尽きるが……。
たかだか一枚しか買っていない割には、袋の面積が結構大きい気がするな。気のせいか?
「……お前まさか、他のカードも買ってはいないよな?」
「えっ? ……いやあ? まさか、そんな」
ユシドの目が泳ぎ、平たい紙袋を胸にぎゅっと抱え込んだ。
こいつ……。
「見せなさい」
「買ってないよ」
「みせろ!!!」
「ノー!!!」
攻防の末、紙袋を奪い取ることに成功した。無駄なあがきをしおって。
中身を見る。やはり一枚ではなく、いくつか入っているようだ。手に取ってみる。そこに描かれていたのは……
挑発的な表情で笑う金髪の少女。
まあ、ミーファだ。オレだ。
「………」
「………」
しかも、一枚だけでなく、色んなポーズのやつが、いっぱい出てきた。中にはちょっと、調子に乗せられた立ち姿のやつもある。今になって、本当に恥ずかしくなってきた。
それを、このばかは、大事そうに店から抱えて出てきて。
耳が熱い。
「……返してこい」
「えっ」
「返してこい!!」
「うう。はい……」
異様にしょぼくれた顔をして、ユシドはみじめに背中を丸めていた。どういう感情なんだ? 他ならぬオレに見られた羞恥なのか、手放したくないとでも思っているのか。
……今までにない物悲しい姿を見て、少しだけ可哀想になって、後ろから声をかける。
「……一枚だけなら、持ってていい」
「え?」
「早くしろ、置いていくぞ」
店に背を向け、裏通りから出るべく歩く。気分を変えないと気まずい。
そんな絵札など、欲しいものかね。陰気な奴め。
……本物が、いつも横にいるだろうに。
そんなふうに、色んな店に寄って。声をかけられたり、かけられなかったりしながら、買い物を済ませていく。
どういう理屈なのか不明だが、どうやら力の強い者には、オレがシマドだとわかるようだ。すごいな魔人族。
だから……ここでは、“シマド”のことを、たくさん思い出せて。
悪くない、時間だった。




