表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
二つの魔王城 / 真夜中に見える影
48/63

48. 魔人族の国

 またいつものように、森中でやや開けた土地を見繕い、野営の準備を設える。

 旅の中で、ここで泊まろう、と発言するのは、大体は僕かミーファで、思い返せば二人とも森のロケーションが好みなのかもしれない。なぜだろう。子どものころによく遊んだミーファの家の敷地が、こんなふうに緑に囲まれた場所だったから、とか?

 木々が風にざわめく音は落ち着く。緑のカーテンは魔物にとっても身を隠すために絶好の場所だけど、この旅の中で結界を破られたことはまだ一度もない。火や荷物の管理もうまくやっている。ずいぶんこの生活に慣れたものだなんて思ったけれど、よく考えてみれば僕の人生は、あまりひとところにいたことがない。慣れるも何もないか。


 火の番をしながら、その向こう側にいるひとを盗み見る。

 暗い夜でも、火にあたる金髪は色彩の美しさを落としていない。けれど、紫水晶のようなひとみには、以前のような鮮烈な光はあまり、みえない。

 旅の中で、彼女にもいろいろあった。王都ではあんな目に遭ったし、その前にも、後先考えていない僕から勝手な想いをぶつけられたりして……。

 だからだろうな。

 こうして二人きりなった旅の景色は、場面を切り取れば最初の頃と同じものなんだけど。でも、昔のように話すことは、うまくできなかった。余計なことは考えないようにしていても、こうして向かい合ったとき、ちょっとだけ、沈黙が長い。

 今のミーファは……どんなことを、想っているのだろう。


 そういった、面白くもないことを頭の中でかき回しているとき。盗み見ていたつもりが、目が合ってしまった。

 ミーファは穏やかな笑みをつくって、口を開く。


「随分久しぶりだな」

「うん?」

「こうして、ふたりだけで野宿をするのがさ。いろいろと思い出すだろ?」

「う、うん。そうだね」


 考えを見透かされているかのような言葉に、少したじろいでしまう。

 あのときは……ミーファは、僕の想いを知らず、明るくて鮮やかだったな。あとまあ、無防備で、やんちゃで、横暴で、男勝りというか。

 今の彼女はというと。たまに、僕と目が合うと、そらしてしまったりする。逆にじっと見てきたりもする。それとあんまり隙は見せてくれなくなったな。機嫌の良いときは、こうして話しかけてくれることもあるけど。

 っと、よくないな。人のことを無遠慮に観察してしまっている。普段からどうしても彼女を目で追ってしまうから、これは僕の習性みたいなものなんだけど……。

 しばらく間をおいて、またミーファが話し始める。こっちの変な心の声が伝わっていないといいけど。


「強くなったね、ユシドは」

「どうしたの、いきなり」

「いやほら、最初はさ……、トオモ村で水の魔物と戦ったときなんか、相手の強さに、足ガクガクさせて涙ボロボロだっただろ」

「はあ~? そこまでじゃないし」


 そりゃ、苦戦はしたし、ひとりじゃ勝てなかったけれど。

 ミーファはくつくつと笑い、悪い悪い、と軽口を叩いた。


「野営に使う結界も最初に見たときより優れているし、剣の腕も冴えてるじゃないか。今ならひとりでも、あのときの敵を倒せるんじゃないか?」

「そうかな。だといいけど」


 今二人きりになるのは気まずいと思っていたけど、意外にも思い出話は弾んだ。

 彼女は……僕に対しては、つとめて、今までと変わらないような接し方を心掛けているんだろう。僕もなるべくそうした。ミーファがそうしてほしいのだと、わかったから。

 そのまま、夜が深くなり、眠りにつくべき時間まで、僕たちは昔のように他愛のない会話をした。この時間が突然終わらないよう、話題には少し気をつけながら。


「ずいぶん長くおしゃべりしたな。もう寝ないと、明日が大変だ」

「そうだね。今夜は僕が先に見張りをやるよ」

「んー」


 ミーファはがちゃがちゃと装備を外していき、テントの中に入っていく。シークが仲間になる前の、ひとりだと広い寝床だ。

 火に燃料をくべ、見張りに備えて紅茶のお代わりを沸かそうかと考えていると……テントの入り口から、ミーファが首だけを出した。

 可愛らしい仕草だった。いつかも見たような気がする。


「なあ」

「?」


 声をかけておいて、あとから目を泳がせる。何か言い淀んでいる様子だ。

 少しの間をあけ、ミーファはよその方に視線を向けて、続きを口にした。


「こっちに入れよ。たまには、一緒のテントで眠ろう」

「………」


 …………。


「いやです」

「な、なんでだ。もう見張りなんか必要ないだろ。お前の結界を破れる魔物なんてそうはいないよ」


 たしかに、結界はしっかり研究している。今回設置したのは、基本的な魔物避けの機能に加え、害意あるものに反応して風が巻き起こるという攻性の結界だ。何かが侵入しようとすればこれらが襲撃を報せ、深く眠っていても対応できる自信はある。

 だからと言って、ふたり一緒に同じテントで横になるのはよろしくない。

 ……ずいぶん前に、似たやりとりがあったような気もする。

 でも、僕たちはあの頃とは違う。ミーファはもう、僕の気持ちを知っているはずなのに。それをもう隠せないとも僕は言ったはずだ。

 からかっているんだろうか。それは、少し、ひどいなって思う。きみは、こっちがどれだけきみのことを好きなのか、ちゃんとわかってない。


「駄目か。……そうだよな。意地悪なことを言ってしまったな、許せよ」


 僕の動揺に勘付いたのか、ミーファはそう言って取り繕った。

 けれど、その顔は、なんだかすごく不安そうで。僕はそれを見て、王都での出来事を、いろいろと思い出した。

 だから……


「あ、あの」


 ついに。了承、してしまった。



 外の火を消すと、星の光は木々とテントが隠していて、視界はとても暗くなる。木々の静かなざわめきや小さな虫の声は、普段なら眠るのにちょうどいい、心地よい音だ。

 けれど今は、自分の鼓動の音がうるさくて、眠れない。

 背中越しのすぐ近くに、ミーファの存在を感じるからだ。ひどく目がさえてしまう。

 これはやっぱりだめだ。彼女が眠ったら、自分のテントに戻ろう。


「なあ……」


 かすれた小さな声が、後ろから聞こえてくる。そしてその声はなんだか、微妙に遠い気がする。ミーファも僕に、背中を向けているんだと思った。


「風の魔剣とは、うまくやっているのか」

「……うん。気まぐれだけど、本当に必要なときに力を貸してくれるんだ」

「よかった」

「ミーファは、あの地魔の魂とは、信頼し合ってるよね」

「ああ……、ん。いや、そうかな。いうこと聞かないことのほうが、おおいけど」


 そうは言うけれど、傍から見ればうまく相棒のような関係を築けていると思う。魔物だからといって、全部が邪悪なものとは限らないのかもしれない。ミーファがイガシキと話す様子は、それをちゃんと最初からわかっていたかのようだ。

 ……魔物のすべてが、邪悪なものとは限らない?

 ………。

 今はあまり、深く考えたくない話だった。思い出す顔がある。

 でも、それはいつか、ちゃんと考えないといけないことだという気がする。


 ミーファはどうして、魔剣とうまくやれているか、なんて聞いてきたのか。

 勝手な推測だけど……、やっぱりまた、あの子のことを考えているのかな。

 彼女のそういう、“友達”を忘れずにいる優しいところは、すごく好きだ。でも、ときどき悪い夢を見るようだし、あまり後悔を追いかけすぎないようにしてほしい。


 沈黙が続く。

 気が付くと、ミーファの呼吸の音が深くなっていた。寝息だ。

 ほっとする。無事眠れたのなら、さっさと退散してしまおう。

 上体を起こす。隣を見ると、暗闇の中だけど、ミーファが仰向けになって、安らかな顔で眠っているのがわかった。

 やっぱり、ドキドキする。あんまりそうやって無防備でいられると、困る。

 ……さて。彼女が悪夢を見てしまったり、起きたときに寂しがるかもしれないと思うと心苦しいけれど、こればかりは許してほしい。

 すぐそこの出入り口から出て行こうとして、身じろぎする。

 何かが、僕の服に引っかかった。

 首を動かして確かめる。……服が引っかかるような物が、寝具以外何もないテントの中にあるはずがない。僕をひっぱったのは、眠っているはずのミーファの手だった。

 身動きができなくなる。彼女は眠ったままだ。このまま無理に引き剥がして出ていったら、起きてしまうかも。

 ……いや、こんな寝相が本当にあり得るのか? 実は起きているんじゃないか。


「ミーファ」

「………」


 小さく呼びかけると、深い寝息だけが返ってくる。

 彼女が寝たふりをしているのか、眠っているのか、どっちが本当かはわからない。寝たふりだとしたら、彼女はどんな気持ちで僕を引き留めているのか。いや、疑うなんて僕も失礼というか、おかしいけど。

 ………。出ていくわけには、いかないよな。

 身体を寝床に戻す。

 本当にすぐそばに、ミーファの体温を感じる。からだのにおいや、吐息の音色も。

 もうこの夜は、あまり眠れそうにない。




「ああ゛~」


 ずんずんといつも通りの歩幅で進むミーファの後ろを歩いていると、悲鳴のようなおそろしいあくびが出た。

 さらに、あまりの疲れに足を止めてしまう。こちらを振り向いたミーファは怪訝な顔をしていた。


「お前、なんだ。寝不足か? その顔は」

「うん、まあ……」

「おいおい、冒険者何年目だい君ぃ。あきれちゃうぜー」


 寝不足は誰かさんのせいなのだが、それを言うのは負けな気がする。

 ここのところ、二回に一回くらいの頻度でミーファと同じテントで横になってしまっている。一度うんと言ってしまうと、なんだか断りにくくなる。その結果、いまいち眠れない日が続いている。

 ……次からは、強い心でもって、断ろう。ミーファもたぶん、シークのいない広いテントが寂しいのだろうが、やっぱりよくない、これは。婚前前の男女が。いろいろと勘違いしてしまう。

 僕はなけなしの気合を入れながら足を動かし、彼女に追いつく。人間、足を動かしている間は居眠りなどしないものだ。次の野営地を見つけるまで、今日はなんとか耐えよう。


「よその土地なら、眠気覚ましのハーブでも嗅いでおけと言うところだが……、あまり、無理をするな。ここらの魔物はそこそこ強いぞ。他の国に強力な魔物がいかないように、魔人族たちが彼らを引きつけるまじないを使っているんだ」

「うん。大丈夫、油断はしてない」

「そうかねえ」


 ミーファが立ち止まり、こちらの顔をのぞきこんでくる。

 だから、そういうことをされると眠れないんだって。


「まったく、もっと早く言えばいいものを。ほれ見ろ、奇跡的に、まっすぐ先に岩の穴倉がある。大方魔物か動物の巣だろうが、実はああいうのが休むにはおあつらえ向きなんだ」


 抜き身の剣を肩に担いで笑い、ミーファは遠くを指さした。そのまま剣を揺らしながら先導してくれる。魔物の襲撃を警戒してくれているんだ。

 ……休もう、と言われると、一気に疲れが重く圧し掛かってくる。

 ぜいぜいと旅の初心者のようにあえぎながら、しばらく歩いて、僕は、ミーファの言った浅い洞穴へとたどり着いた。

 ちょうど涼しいくらいの気温。背負った荷物を下ろすと、すぐに尻もちをついてしまった。結界を施さないといけないのに、立ち上がれなくなる。

 ハンターの仕事でも一晩眠らないで気を張るようなことはあったし、これからもそういうことはきっとある。睡眠不足で前後不覚だなんて、剣を振って収入を得ている者としても、聖地へ向かう勇者としても、情けない限りだった。


「横になっていいよ。オレが守るから、キミは眠りなさい。安心安全、快適快眠を保証しよう」

「でも……」

「いいから。たまには頼ってくれよ。こっちはまだ、お前の師匠のつもりなんだから」

「……ありがとう。甘える」

「ああ」


 洞穴の壁に寄りかかり、目を閉じる。しばらくして思い直し、身体を地面に横たえた。

 荷物を枕にすればよかったなと思いながら、呼吸が深くなっていく。もう動く気になれなかった。


「おやすみ」


 その声を聞くと、本当に安心する。僕の中でも、彼女は頼れる雷の勇者だ。少し弱さがあるところを知っても、それは変わらない。

 だからそのまま、眠気に身を任せた。




 退屈なので、自分の膝の上に置いたその寝顔を覗き込む。

 深い眠りだ。昼寝という感じじゃない。夜の眠りが足りていないのは、もしかして、オレのせいかな。

 そっと髪を撫でる。柔らかい手触りが指に返ってきて、嬉しくなった。こうでもしないとそろそろ、頭に手が届かなくなるかもしれない。オレもこれからもう少し、一緒に、背が伸びればいいんだけど。

 背が伸びるまで、ここに、いられればいいんだけど。

 ……寝息を聞きながら、妙に心地よい気分に浸る。

 ユシドが目を覚ますまで、それなりに長い時間、そうしていた。




 目を開ける。

 最初に飛び込んできた景色は、世界で一番、自分の好みな顔であった。


「よう」

「うわあああっ!?」

「おごっ!?」


 額に衝撃。痛みに目が覚めていき、この惨事は、自分が身体を勢いよく起こしたのが原因だと把握する。

 立ち上がって彼女の方を向く。ミーファが顔を押さえ、恨みがましい目つきでこちらを見上げていた。

 地面に女性特有の座り方をしていた、白い脚が目に入る。自分が枕にしていた柔らかいものが何だったのか、わかってしまった。


「お前。顎に食らってたら、舌噛むか歯が欠けるかしてたぞ。美しい顔が台無しになったらどうしてくれる」

「ご、ごめんなさい」


 ミーファは脚が痺れたとかなんとか言いながら立ち上がり、身体を伸ばす。

 しばらくしてから荷物を背負い出したので、僕も同じように出立の準備をした。

 おかげで、身体はずいぶん軽い。お礼を言おうと思って彼女の顔を見ると、先に口を開かれた。


「さ、行こうか。今日はもう、日が暮れるまで休みなしだ」




 道中。ミーファが足を止める。彼女が眺める遠くの景色に、自分も目を向ける。

 青い空が続く先に、それとは対照的な暗雲が立ち込めている場所がある。まるで、空に天気の境界線がきっちりと引いてあるかのようで、違和感と不自然さのある光景だ。

 暗雲からは時折、雷が迸っている。おどろおどろしい雰囲気とでも言おうか。


「あれが目的地だよ。あの下に、魔人族の住む城と城下町がある」

「お城。王様でもいるのかな」

「おや、鋭いね。あんな雰囲気だから、地元のやつらはお城のことを魔王城って呼んでるよ」

「ま、魔王?」


 魔王。それはおとぎ話や物語で聞く単語だ。

 どんな物語かというと、それは例えば、“魔王”は、“勇者”という人間の英雄に立ちはだかる、最後の強大な敵だったりする。悪者の名前だ。そういうイメージしかない。

 そして奇しくも、自分は仮にも勇者だ。

 息を呑み込む。緊張に唇をかむと、ミーファは、そんな僕の顔を眺め、にやにやといやらしく笑っていた。


「なんだ、怖いの? せいぜい本物に会えるときを、震えながら待つといい。期待していいぞ」


 そうしてまた歩き出す。期待していいってなんだ? どういう意味!? 想像通りの恐ろしいものが待っているとでもいうのか。

 背中を追いかける。華奢な後ろ姿と、遠くの暗雲を見比べて、僕はやや気を引き締めた。


 ミーファは、魔人族の国に詳しい。

 どうしてか聞いてみると、少し言葉をつまらせたあと、本で調べた、と言って……実は、一度訪れたことがあるのだと、答えた。

 ……少し、疑問を覚えた。ミーファは僕の知らない間に、シロノトからこんなに遠い土地まで、来たことがあるという。

 どんな用事で。何歳のときに。誰と。

 問い詰めることはできる。でも……それは、しなかった。


「!」


 しゃりん、と鋼がこすれる音を聞いて、目の前の光景に意識を引き戻す。ミーファが、剣を抜いていた。

 前方に、魔物がいる。二足歩行で前傾姿勢、武器であろう前脚には鋭い爪がある。魚かトカゲみたいな顔にはびっしりと牙。丸まった背中にはヒレか骨かわからないけど、背骨の節に沿うように何かが生えている。

 動物の種類で分類することができず、警戒を強くする。そういう魔物は強い。強いて言えば、顔つきや、体表にある鱗の感じからして……トカゲの獣人、だろうか。

 リザードマン。そう呼ばれる種に近い。仮に、そう呼ぼう。


 4体ほどのリザードマンが、僕たちをにらんで警戒している。膠着状態だ。普通なら、魔物は本能のままに襲い掛かってくることが多い。そうしないことから、やつらの知能が平均より高く、人間との戦いに向いた習性を有していることが見て取れる。

 だが、この程度の数ならば大したことはない。こちらから攻めてしまってもいいだろう。

 剣を構え、胸の内にある魔力を高めていく。一歩前に出ようとすると……細い腕が、僕の前をさえぎった。

 ミーファの手が、僕を制していた。


「敵意が弱い。どいつも後ずさりしている。たぶん、襲ってこない」

「え?」


 ミーファの言葉を聞いて、よく感覚をひらく。言われてみると、いつもは肌につき刺さる魔物の殺気が、あまり感じられないようにも思える。

 ミーファが武器を鞘にしまった。心臓の鼓動を押さえつけながら、魔物たちから目は離さずに、僕も剣を下ろす。

 ……彼らは、こちらに背を向け、ゆっくりと去っていった。


「いいのかな。いつか、他の人間を襲うかもしれない」

「ここは強靭な魔人族の治める土地だ。やつらがそういう生き方をするのなら、どうせすぐに討たれる。大した悪さはできやしない」


 そう言って魔物たちの背中を見送る。……こんな景色を見るのは、初めてだ。

 他の土地では、魔物を見逃したことはない。彼らのほとんどが、人間を憎むような目をしているからだ。ミーファは、人々に害を成す魔物たちに、容赦などしてこなかった。

 ……何かが、変わったのかもしれない。彼女の中で。そうなるきっかけが何だったのかも、想像がつく。


『ほう』

「……なんだ。なにか、文句でも?」

『いや、別に。たしかにお前の感じた通り、人間に関わらないようにしているものはいる。慣れれば見分けられるだろうよ』

「そうか」


 剣を仕舞った鞘からする不思議な声と、ミーファが言葉を交わしていた。

 人間を襲わない魔物も、いる? 

 ……たしかに、すべての個体が同じ行動をするわけではないのは、人間も、動物もそうだ。魔物のすべてが人間を憎んでいると、言い切ってしまっていいのだろうか。僕は魔物たちについて、本当は何も知らないのかもしれない。

 今、耳にしたイガシキの言葉にも、何か含みを感じる。彼は多くを語らないが、たまに人間の常識にないことを話す。

 魔物には、どこか人間には測り切れないところがある。特に、これまでに戦った七魔たちの存在がそう思わせる。人間の言葉を話すなんて機能が、彼らに必要だとは思えない。敵対するのに、言葉は邪魔だ。

 僕の手の中にある、この剣は。ミーファのかたわらにある、地魔の魂は。

 あの、光の中に消えた少女は。

 何か、僕たちの知らない世界を知っている。


「? なんだ……?」


 低い唸り声がする。先ほど僕たちに背を向けた魔物たちが、身体を丸めて身もだえしている。その様子はまるで、頭か内臓の痛みに苦しんでいるかのようだ。

 それと、見間違いにも思えたが、彼らの身体に黒い《《もや》》のようなものがまとわりついているように見える。

 リザードマンたちが振り返る。その眼は先ほどまでと違い、爛々と見開かれ、こちらを凝視していた。ああ、あの目は……。

 猟奇的な叫び声をあげてこちらへ走り寄ってくる。僕たちは武器を構え、刃で彼らとの距離を測る。


「……。止むを得ない」


 ミーファの声は、少し、悲しそうだなと思った。

 そうして、僕たちは各々の戦い方で、彼らを迎え撃った。


 戦いを終え、剣を納める。リザードマンたちの死体が光に還るのを見届け、彼らに対して覚えた違和感を反芻する。

 突然苦しむような動きを見せたあと、豹変して僕たちを襲った。戦闘時のがむしゃらな動きはまるで、発狂してしまったようにも見受けられ、今の彼らが通常の状態に無いのではないかと思わされた。凶暴化、という言葉がしっくりくる。


「イガシキ。話が違うようだが」

『………』


 荷物を背負い直し、ミーファは腰の鞘に語りかける。


『……わからん』

「わからん、とは?」


 どういうことだ? 彼の目から見ても、おかしな状況だということか。

 人間に背を向ける魔物が、一転して狂ったように襲ってくる、という今の出来事は。


『わからんが、せいぜい気を張れ。マ・コハ以外にも、“王”はいるぞ』


 思わぬ名前が出てきて、ミーファと顔を見合わせる。

 地魔イガシキは、それから何を訪ねても、応えることはなかった。




「ここが……!」


 見上げた先にあるのは、分厚く巨大な門。街の周りが高い壁に囲まれているのは、ヤエヤ王都のつくりに似ているけど、ここの門はさらに頑丈そうだと思った。

 さらに後ろに下がって首を上に曲げれば、大きな城と黒い雲が見える。


 僕たちは今日、あの暗雲の下へとたどり着いた。確かに王都からそう遠くはない。隣国、どころか、距離的にはほぼ同じ国だと言ってもいいかもしれないと思った。

 世の中の人里が全部、最低限これくらいの近さなら、世界を巡る旅も楽なのだが。もちろん大体の場合は点在する村々を辿って進めるけど、たまに全然人が住んでいない領域がある。そういうとき困るんだよな。


「しかし、どうやって通るのこれ。人力で開く門には見えないけど」

「あー、入り口は、こっち」

「ん?」


 笑い混じりの声がしてそちらを向くと、ミーファが示した先、門の脇に、人ひとり通れる小さな扉と、そのそばには誰かが詰めている小屋があった。そこかよ。

 近づいていくと、小さな窓から中にいる人が見える。門番の方かな。

 ミーファに手招きされ、覗いてみる。……僕は息を呑んだ。

 中には二人の人間がいる。たぶん、体型の違いからいって、男女の組み合わせだ。

 ただ、外見は。ひとりは赤い肌の色をしていて、ひとりはうすい緑色。赤い女性にはトカゲのような尻尾が生えていて、緑の男性の額には一本の角が真っ直ぐ伸びている。どれも、仮装というわけではなさそうだった。

 これが、魔人族。感覚を澄ませると、彼らの体内から強い魔力を感じる。一般的な人々とは比べ物にならないものだ。

 ミーファによると、彼らは総じて、僕たちよりもあらゆる能力に優れた種族だという。

 それが本当なら、彼らがよそに戦争でもしかけていけば、すぐにこの世界は支配できてしまうだろう。なぜ、こんな荒れた地にひっそりと暮らしているのだろうか。


 ミーファに目配せされて、咳払いする。話しかけようとタイミングをうかがいながら、窓から中をよくのぞき込むと。

 彼らは……机を挟んで向かい合い、互いに真剣な表情をしていた。肌がぴりぴりと刺激される。まるで、激しい戦いに立ち合っているかのよう。こちらに気付かないくらい集中しているようだ。

 何をやっている? 机の上を見てみる。

 あれは……絵札? 占い師なんかが持ち歩いてる、カード?


「オレは防御力2000のアイアンゴーレムを召喚!! こいつのブロックは突破できまい!」

「ククク……、本当にそれでよかと?」

「……ターンエンド!」


 なんだありゃ。


「絵札遊びでもしているらしいな。彼ら魔人族は、寿命が長いのとお気楽な性格からか、やたら色んな遊びを知っているんだ」


 イメージと違うんだけど?

 ミーファが小声で説明してくれる間にも、なんか彼らはヒートアップしていく。


「わたしのターン! 手札からマジックカード『星の導き』を発動! デッキから任意の“勇者”カテゴリーのユニットを1枚選び、直接召喚する!」

「な、何ーー!!」

「『風の勇者シマド』を召喚!!」


 となりでミーファが、「おっ」と嬉しそうな声を出した。


「シマド様でアイアンゴーレムにアタックや!」

「攻撃力は?」

「5万」

「ありえんだろ!!!」

「ダメージは受けてもらうばい」

「アガーーー!!!」


 緑の肌の男性が椅子ごとひっくりかえった。決着がついたらしい。

 彼はすぐさま起き上がり、怒り心頭と言った様子で赤い肌の女性に向かってまくしたてた。


「このゲームおかしいやし! “人類”と“魔物”と“精霊”のバランスが崩壊してるやんに」

「知らんよそんな。あんたも裏通りのショップからレアカード買うてくれば?」


 何やら言い争っているようだが、言っていることの意味がいまいち分からない。

 どう切り出したものか逡巡していると、見かねたミーファが、大きな声を出した。


「あのー。ごめんください。私たち、こちらに人探しに参ったのですが」

「ああ?」

「おおん?」


 ふたりが振り返る。迫力のある目つきでこちらを睨んでくる。異なる肌の色や実力からくる威圧感がなかなかのものだ。

 雰囲気を音であらわすなら、ゴゴゴゴゴゴ……


「……やあ、やあ!! 客なんて珍しい! 旧人の旅人さんかい!?」

「バッ、おま、旧人っていうのは差別用語やけん、言い直し! あっちは“人族”、うちらは“魔人族”よ」

「そうなん? ウーキー」

「オーケーのことウーキーって言うな」

「……人族の旅人さんたち!! 探しているのは、どなたですかな?」


 ふたりは気さくな言葉遣いと笑顔を向けてくる。意外だ……。

 ミーファはあまり驚いた様子はない。もしかしてこのふたりだけでなく、魔人族の人々自体がみんなこんな感じだったりするのか?


「こちらにお住まいの……イシガントという人を探しています。私たち、こういう者でして」


 にこやかな作り笑いを保ちつつ、ミーファは右手のしるしをみせつける。え、いきなり?

 彼女に促され、僕もまたグローブを外した。

 ……そこからの反応は、劇的だった。

 門番のふたりは小窓から我先にと身を乗り出し、僕たちの手を凝視した。


「勇者!? 現役の!?」

「すげーーっっ!! 次の弾のSSRになるよや! サインもらっていいかな?」

「は、はあ」


 目を輝かせ、あれこれ話しかけてくるふたり。

 しばらくしてミーファが、再び探し人の名を出した。“イシガント”、と。


「ああ、軍団長ね。……今さっき帰ったばかりだよ! 案内するから、ついておいで」

「走るばい!」


 小屋を出た二人が、門のそばの小さな扉に手をかざす。すると、かちゃりと音がして、ひとりでに扉が開いた。


「魔人族が走るって言ったら馬より速いぞ。いこう、ユシド」


 風のように行ってしまう彼らに、慌ててついていく。大門の先には、城下町の大通りが続いていた。

 赤い肌、青い肌、真っ白な肌、角や尻尾、翼まで。様々な外見をもつ人々の好奇の視線を受け止めながら、僕も彼らを同じ視線で見返す。

 家々の建築様式も見たことがない。頑丈な建材でできていそうで角ばったフォルムは、魔物に襲われても傷すらつかなさそうな印象だ。

 商店の並ぶメインストリート。武具屋に食べ物、……レストラン……カード屋? 何屋? いろんなものが矢継ぎ早に僕の視界を流れていく。興味深いぞ。

 立ち止まりそうになると、ミーファに腕を引っ張られる。ちょ! なんで走らないといけないんだ! ゆっくり進みたい!

 そうやって、せっかちな案内人たちにくらいついていく。気が付くと僕たちは、山のようにそびえたつ城の、すぐふもとにいた。

 重厚な城門のすぐ前に……ひとりの、女性が立っている。

 門番のふたりが呼びかけると、城に向かっていた彼女は、こちらに振り返った。


 美しい女性、というのはこういう人のことだと思わされる。

 青い色の肌。これはたとえではなく、皮膚の色がブルーであるということだ。僕の常識からすれば人の容姿からかけ離れた色であるはずなのに、なまめかしい美しさを感じてしまう。

 その、体型が、出るところが出ている。大きかった。あと、薄着の軽装で、やばいと思ってそこから目を逸らす。

 黒い尻尾と、蝙蝠のような翼があった。

 肌よりもさらに深い青色をした、長く美しい髪。その上には、大きな牡牛のごとき二本角がある。そこらの魔物よりずっと立派な角だ。

 切れ長の目は、驚くことに、眼球の色が黒い。瞳の色は湖のような淡いブルー。

 吸い込まれそうな目だ。ここまで美しいひとは、あまり、見たことがない。


「おい。……おい! 見惚れるな、ばか」

「いてっ」


 ミーファに頭を叩かれ、我に返る。おおう、なんか、人ならざる怪しい魅力があって……見すぎるとまずい。彼女が、ミーファの探していた人物なのだろうか。

 ミーファがちら、とこちらを見たときの目は、なんか冷たかった。あと当たりが強い。

 彼女は咳払いして、青肌の、長身の女性に話しかけた。


「ええと、その。何と言ったらいいかな。……初めまして。あなたが、闇の勇者イシガントですね?」

「!!」


 闇の勇者……! この人が?

 そう言われると、彼女からはただならぬ魔力の気配を感じる。ただ、それは僕らのものとどこかが違うように思えた。異質な魔力。感じたことのない魔力。

 たしか、軍団長、と言われていた。どの程度の地位なのか知らないけど、やはり実力者なのか?

 なら本当に、この人が――。


「……? 初めまし、て? ええと、人族のお嬢さん……」


 女性は、きょとんとした気の抜けた顔で、ミーファをじっと見つめた。どうしたのだろう。様子が変だ。

 疑問をたたえた顔で、ずい、とミーファに近づいていく。ミーファは緊張した面持ちで一歩下がった。

 女性の顔が、だんだんと、目を見開き、どこか嬉しそうな表情へと変化していく。ミーファの両肩を掴み、妖艶な容姿に反して、無邪気な子供のように口を大きく開いた。


「その魂の色! もしかして、あなた、シマ――」

「うわーーーーーーーっっ!!!!!」


 甲高い大声。誰かと思ったら、ミーファのものだった。慌てた様子で女性の口を押さえにかかっている。ど、どうしたんだろう? こんな様子を見るのは初めてだ。


「しょ、紹介しようユシド。実は初めましてじゃなくてね、知り合いなんだ。そうでしょう、イシガントさん。まったく久しぶりですね」

「え? え? まあ、そうね。え、何?」

「彼女はイシガント。200年前の、“闇の勇者”だ」


 200年前の。

 え、この人いくつなの?


「そして私は! ミーファ・イユ! 雷の勇者! こっちは! ユシド・ウーフ!! 風の勇者!!」


 やたらと力強く自己紹介をするミーファ。え、知り合いじゃないのか?

 紹介に預かり、頭を下げる。すると、闇の勇者であるというイシガントさんが、こちらに近づいてきた。うわっ、良い匂いがする……!


「……もしかして、シマドの子どもか何か? うそ、似てる」

「似てない」

「似てるわよ」

「あ、ええと。シマド様の子孫です。よろしくお願いします……」

「似てないわね、態度とか」


 何故かミーファに目配せをするイシガントさん。彼女は、シマド様のことを直接知っているのか。

 なんだか、すごい人と話している実感がわいてきた。


「勇者の旅? もうそんな時期か……それに、なるほどね」


 彼女は僕とミーファを見比べ、なにやら頷く。

 そして、朗らかな笑みを見せてきた。

 彼女の右手で、剣の紋章が“黒”に光る。


「闇の勇者、イシガントです。これからよろしく、ええと、ユシドくん」

「は、はい」


 良い匂いにくらくらしていると、足先に痛みが。見ると、ミーファが人の足を踏んでいた。痛え。


「そしてようこそ、“魔王城”へ!!」


 ぴしゃり、と。

 紫電が空からほとばしり、暗い城の全貌を一瞬だけ、照らす。


「思わぬお客さんだったけど、来てくれてうれしい。歓迎するわ。……これまでの旅のお話、お姉さんに聞かせてね。ね、ミーファ(・・・・)ちゃん」


 花の咲くような笑みを向けてくる、彼女に対して。

 ミーファは、なんだかひっかかるような、苦笑いをしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ