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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
輝きの王都 / あなたのともだち
47/63

《番外編》サバサバ積極的系巨乳美少女TS王女様

 退屈だ。


 どこぞの時代錯誤な国の王女の一人に生まれ変わってから、5年ほどが経過した。その時間は、正直、あまり面白みのない日々であった。

 ファンタジーの世界のお姫様なんて、幼い少女なら誰もがあこがれる立場なのかもしれないが、あいにく僕は自分が男だったと記憶している。日本という国で、毎日生きるために労働していたくたびれた男だ。

 それが今は鏡を見れば、日本人離れした人形のような顔立ちと、陽射しを受けて輝く金髪に宝石のようなブルーのひとみ。社会的な立場は、お城の中で優雅に暮らす王女様。これがいまわの際に見ている夢でないとすれば、最高に勝ち組の人生を手に入れたと言ってもいいかもしれない。

 だが、退屈だった。

 元居たところより文明が発展途上である世界で、このような贅沢な悩みが出来ることに感謝はしているが、退屈なものは退屈だ。

 ネットワーク技術もない。インフラストラクチャも未発達。娯楽の種類は僕の元いた世界に大きく劣る。

 毎日家庭教師に淑女教育を受け、父親は国王、兄も姉もお勉強のことしか頭にない筋金入りの王族。

 それと、思ったよりちやほやされないし、波乱がない。聞き分けのいい子だと思われていて、あまり構われないのだ。

 まあそれは別に良い。純粋な子供のふりをするのは疲れる。

 一番つまらんのは、手足が短くて身長が低く、できることが少ないこと。例えば、図書室の本を読もうにも、ひとりでは手が届かない。それとなにをしようにも常に大人の目が光っている。当然の環境なのだろうが、行動が制限されるのにはストレスを感じる。

 そういうわけで、今の自分の楽しみといえば、少し歳下の妹である、言葉もまだ流暢に話せないチユラと遊ぶことくらいしかないのだった。


 僕の新しい身体の名前は、パリシャ・ユイマール・ヤエヤという。

 早く時間が経って、行動範囲が広がるのを願うばかりだ。





 いよいよ家庭教師が“魔法”なるものを教えてくれる段階になった。元の世界にはなかった学問であり、これには大いに興味を刺激された。

 では、今日までに学んだことを復習してみよう。


 この世界には魔力というエネルギーが存在している。その源は、ただよう空気であったり、流れる水であったり、我々の立つ大地であったり、自然界の様々なところから発生しているという。また、人間と魔物を含めた生物の体内にも、魔力を生成する器官が備わっている。

 魔力は、それが引き起こす事象によって6つの属性に大別される。火、水、風、雷、地、光だ。これらは本物の火や水に限りなく近いものとなって、我々の目に映り、現実の世界に働きかける。

 また、闇という属性も存在するらしいが、非常に限られた人間にしか発現しないものであり、現代においては研究が進んでいないのだそうだ。


 以上のようなエネルギーを我々は、街の灯りや水源の浄化、土木建築など、日常生活の様々な場面に利用しているという。

 ……その割には、文明の発達が遅れている。

 というのも、どうやら魔力というものは、この世界のみんながみんな操れる力だというわけではない。

 魔力の多寡、そして属性は個人によって異なる。そして、生活の発展に寄与できるような知性と技術、魔力を兼ね備えた人間は、そう育たないらしい。

 また、仮にそういう人間がいたとしても、どうも魔法の才能をほかのことに使っているようだ。

 ここが重要だ。この不思議なエネルギーを、彼らは何に活用しているのか?

 ……『戦闘』だ。すなわち、街の外をうろついている、人類の敵対存在――魔物の討伐である。


 魔導師と呼ばれる彼らは、魔法術という、魔物との戦闘を想定した魔法技術によって、ちまたにあるギルドとかいう魔物退治稼業や、王国軍といった場所で、戦士の一人として活躍しているらしい。たしかにうちの城でも、鎧騎士だけでなく、童話の魔法使いのような、杖を携えた軍人をみかけることがある。

 魔物。元いた世界にはいなかった彼らの存在が、この異世界の人類の発展を遅らせている原因の一つだとみていいだろう。このようなエネルギーが、魔物との生存圏争いや国家間戦争などばかりに使われるなど、宝の持ち腐れというもの。厄介なことだ。


 さて。

 魔力は個人によって、体内に生成しうる絶対量と、何より属性が異なる。たいていの人が魔法術として発揮できる属性は、1つか2つ程度。魔導師として身を立てるにしても、最も自分に適した1属性を学ぶのが一般的だという。

 教師は、僕の幼い身体に眠る魔力を測定してくれた。僕が特殊な紙片を口に含み、吐き出した唾液まみれのそれを、何かの液体に浸す。すると、このとき紙片の見せた反応で、属性とその強弱を判別することができるという。

 僕の力は、雷と水と光だった。雷、水はさほどでもないが、光の魔力の量が数十年にひとりの逸材なのだという。

 あまりおもしろくない。雷か火がメインである方が、できることがわかりやすくてよかったな。光、闇、地あたりがいまいちピンと来ない。どんなことができるのか曖昧だ。……例えば、太陽光のパワーやあたたかさなんかを考えると、“当たり”の属性なのかもしれないが。

 聞くところによると、このヤエヤ国の王族たちには、強い光の魔力を持って生まれる人間が多いのだという。父上も、若いころは術師として軍事に参戦していたのだとか。今の温厚さからは想像できない、武闘派な来歴だ。

 そういうわけで、代々の王族教育のデータを参考にして、光の魔法術を伸ばす授業をしてくれるらしい。しばらくはそれで楽しませてもらおう。


 ふと、なぜ王族に光属性が多いのか、教師に聞いてみた。

 彼女はこう答えた。初代ヤエヤ王が“光の勇者”であり、その力を絶やさぬよう、これまで大切に血筋を受け継いできたのだと。

 勇者?

 勇者とは、なんだ。





 背も少し伸びてきて、暇さえあれば図書室にこもっていた日々の中で、わかったことがいろいろとある。


 この世界には、勇者と呼ばれる存在が、一つの時代に最大7人まで出現する。

 彼らは、魔物の脅威から人々を守るために、“星”によって選ばれた、人類最高の魔力を持つ7人だ。7人というのはこの世に存在する魔力属性と同じ数字であり、つまりは、火の勇者だったり水の勇者だったりが存在するという。

 例えば火の勇者には、その時代に生きる人間の中で最高級の火の魔力を有しているものが選抜され、身体のどこかに剣の形をした紋章が現れる。

 そしてそれを持つものは、勇者として旅に出て、人々を脅威から救わねばならない。

 具体的な役割としては……、彼らが最終目的地である“聖地”で“儀式”を行うと、魔物たちの脅威は薄れ、儀式に使用した魔力が生きている間は平和な世界が訪れるという。この世界に生きる人々は、しばしの休息を得るのだ。


 ……正直、曖昧で真偽のわからない言い伝えだと言わざるを得ない。魔物も人間もこの世界で生きる者に違いはあるまいに、“星”とやらが人間だけに肩入れするものだろうか。どこかキナ臭い。

 剣の紋章が体のどこかに出現するというオカルティックな現象も、いかなる魔法技術によるものなのか、仕組みがわからなくてスッキリしない。魔法はびこるファンタジーの世界だからといって、必ず理屈があるはずだ。

 できることならこの勇者の伝承の、具体的な部分を解明してみたい。


 ひとつ想像できるのは、これは人間が作ったシステムなんじゃないかということだ。文明発展に邪魔な魔物たちをけん制するための、魔法的儀式。そんなことをして得をするのは当然、人類しかいない。つまり少なくとも、“星”によって勇者たちが選抜されるんだという記述は、怪しいということだ。


 僕の考えでは、このシステムは、“古代人”の生み出したものではないかと思う。

 考古学の書物によると、この世界の古代人は、現在の世界より発展した文明を有していたのだという。(それがどのようなものかはわからないが、“機械”というワードを見つけたときは驚いた。魔法とは縁遠そうな単語だ)

 しかしそれらは滅び去り、現代を生きる我々の時代には恩恵はあまり残っていない。遺跡から用途不明のオーパーツが発見されるのみだ。

 つまり。古代人たちは、機械を生み出すような科学と、ファンタジーな魔法学を組み合わせた、未知のオカルト技術を持っていた可能性がある。そのひとつが、勇者の役割を果たせる者を選別する、何らかのシステムなのではないだろうか……。


 とまあ、なぜこんなに興奮気味に考察などしていたのかというと。

 それはもう、興味があったわけだ。僕だって子供の頃はテレビゲームなどして、画面の中で魔王と戦う勇者にあこがれたりもした。それがこの世界では、本当に存在したし、今もどこかにいるのだという。

 ならば自分も。勇者にはどうしたらなれるのか、などと幼心に火をつけ、一通り調べてみたわけだ。

 結果として、僕の体には剣の紋章などなく、落胆することになったわけだが。

 ああ、窮屈な城を飛び出して、世直しの旅などしてみたかった。旅の最後には胡散臭い儀式の裏にある真実にぶちあたって、そんなバカな~とドラマチックに嘆いたりしてみたかった。

 ……ま、お姫様ってのは、魔王にさらわれて勇者に助けられるっていう、ヒロインの役回りな気もする。あと、裕福な暮らしのできる立場に生まれただけでもすさまじい幸運なのだし、それに加えてあこがれの勇者にまでなりたいというのは、欲しすぎなのかもしれない。


 けれど、叶うなら会ってみたいな。

 ゲームの中の物語に出てくるような、勇気のヒーローたちに。





 生まれ変わって12年ほど。

 身体が大人に近づくにつれて、護身術など身につけさせられるようになった。

 魔法術などという武器要らずの異能があり得るこの世界では、悪人が大きな武力を持つこともあるだろうし、何より魔物の脅威がある。王族もこうして自分の身を守る手段を持つのは大事だろう。僕も無用なトラブルには遭いたくないので、そこそこ真面目に取り組んだ。

 しかし……やらされているのは、剣術である。

 剣。ファンタジーの世界では主流かもしれないが、実際に握って敵対者と対峙するとなると、どうにも心もとない。リーチが短いのだ。槍の方が良いと思う。

 だが、ヤエヤ王国に伝わる伝統の剣術があるとかで、父上や家庭教師たちも大層この剣という武器を気に入っている。というか他の武器を教えてくれない。ゆえに仕方なく、これを学んできた。


 さて。

 近々、王宮内で開催される、少年少女剣術大会がある。兄上や姉上、貴族連中の息子どもなんぞが参戦するらしい。次代を担う若者がしのぎを削るのを大人が見て楽しむ、お遊びイベントだ。

 この細い剣で、教師以外の人間相手につつきあうのは初めてになる。他の子どものスペックと言うのは、一体どの程度だろう。散々剣を貶してきたが、自分がどれほどやれるのかは気になるのが男心だ。

 せっかくのこれほど恵まれた人生だ。……頂点を目指す、というのも、面白いかもしれないな。



「だああっ!!」

「………」


 少年の大ぶりの一振りをうまくかわし、隙をついてその武器を弾き飛ばす。そのまま身体を足蹴にして地面に叩きつけ、首に刃を突き付けた。

 少年の顔が、しばし呆けたのち、悔しさにゆがむ。舞台を取り囲んでいた大人たちから、まばらな拍手が届いた。


「こんなものか」

「!! っ……」

「っと、ごめんなさい。あなたを悪く言ったのではありませんわ。さあ、手を」


 作り笑いを顔に貼り付け、少年に手を差しだす。彼はそれを取ることなく、僕に背を向け、その場を去っていく。

 最後に、少し振り返って、肩越しの視線をこちらに向けていたのを見た。強い感情がこもっているように思えて、印象に残った。


「パリシャ、驚いたぞ。座学に傾倒していたお前が、アンダーギア軍団長の子息に剣で勝つとは」

「お父様。……おほめに預かり、光栄ですわ」

「次の試合も応援しているからな!」


 汗を拭いていたところに、父が興奮ぎみに話しかけてくる。こういう言動はまったく普通の父親で、王様らしくない。周囲からはそういうところが人気らしいが……。

 しかしさっきの、王国軍トップの息子だったのか。アンダーギア軍団長と言えば筋骨隆々の恐ろしい親父で、この家長からして武力に重きを置く家柄なのは間違いない。

 こんな色白の女子、しかも守られるべきお姫様に剣で負けたとあっては、彼もそれはそれは悔しいかもしれないな。

 しかし、こちらの鍛錬もそれなりの努力であったということだ。

 この調子で、どこまでいけるか試してみよう。チユラも大声で応援してくれていることだし。



 長い戦いの果てに、こちらの剣が大きく弾かれ、ついに手元から離れてしまう。

 僕は反射的に光の魔力を腕に込めようとして……試合の趣旨を思い出し、腕を押さえつけて、無様に膝をついた。


「ちッ……」

「良い戦いだった、パリシャ! 君が俺と同じ歳なら、俺は負けていたに違いない。兄として、君の技の冴えを誇りに思う!」

「……光栄です、兄様」


 屈辱に歪む表情を、顔を伏せている間に取り繕い、立ち上がる。

 兄である第一王子と固い握手を交わし、舞台を後にする。結果として、僕はたかだか4番手の順位で、このちびっこ剣術大会の成績を止めることとなった。


 言い訳をしよう。ファンタジー世界の剣術など、やはり肌に合わない。

 前から疑問だったのだが、どうやって剣一本で「敵の攻撃を弾き、防ぐ」なんてことができる? 常識的に考えて、反射神経がとても追いつかないと思うのだ。あと、攻撃を受け止める構造をしていない。

 だから、必ず先攻に出て素早く勝負を決めていたのだが……剣才のある人間が相手となると、通用しないらしい。兄は目をかっぴらいて僕の動きを見つめ、漫画のように剣をぶつかり合わせてきた。そうなればいずれこちらが守る側に回ることになり、最終的には、こうなってしまうわけだ。

 もしも僕が剣の腕をさらに磨くのならば、反射神経だか何かを鍛えねばならないだろう。そのときこそ僕もファンタジー剣士の仲間入りを果たせるわけだが、さて、できるかどうか。

 いずれにせよ、兄にはまだ勝てそうにない。剣の腕にしろ治世の能力にしろ、トップを目指すならば、彼が一番の競い相手となることだろう。



 そして、その兄もまた、彼と同じくらいの年頃の女の子に敗北していた。

 優勝した少女は、ハイムル・サザンクロスという名だ。貴族らしからぬ清貧な身だしなみだったが、聞くところによると、父が懇意にしている剣術家先生の娘らしい。

 あれこそがファンタジーだ、と思った。日本刀らしき武器を使っていたのはわかるが、その技が目で捉えられないのだ。

 たかだか10代の前半でこれとか、どんな鬼の家なのだろう。天才だったとしても相応の鍛錬が必要に違いないし、修行の様子を想像するだけで怖い。



 大会の後は、参加者の少年少女を労う名目の立食パーティーだ。しかしこれも貴族王族による繋がりづくりイベントの一環であり、当の子どもたちをよそに、大人たちはそれぞれの会話に夢中である。これが彼らの仕事のようなものだ、文句は言うまい。

 そうなると手の空いた子どもたちは、各々が各々の感性で友達づくりに走ることになる。こういうとき、いつも僕はさっさと部屋に戻って本など読んでいたが、今日はちゃんと出席しておいた。

 無暗にひらひらしたドレスを着て、チユラと手を繋ぎ、会場を練り歩く。そして、目的の少女を発見した。

 黒髪黒瞳が目立つ少女。ハイムルだ。優勝者だというのに誰かにねぎらわれることもなく、ひとりでぼうっとしている。そんな彼女に、僕は声をかけた。


 興味があったので、いろいろと質問をしたり、剣技を間近で見せてもらううちに、多少仲良くなれたかなと思う。懇親会がお開きになるころには、人見知りのチユラもハイムルに懐いていた。彼女も、表情に乏しい少女のようだが、最後には微笑んでいるように見えた。


 この縁は後になり、超人的な剣の実力を買われたハイムルは、チユラ付きの騎士に任命されることになる。

 本人は騎士という肩書が気に入らないのか、いつもメイド服を着てチユラの従者ぶっている。





 10代の半ばになり、教育を受ける場も、城の中から王立学園へと移った。

 しかしどうも、この王立学園の中での生活が将来にえらく響くらしく、人間関係での腹芸や成績には気を遣っている。おかげで周囲からの評判は上々で、兄に次ぐ王候補のひとりに挙がっているという噂もある。

 手足や身長は伸び、図書室の本は自力で取れるようになり、身体もずいぶんと動かせるようになった。魔法術も鍛えているし、同世代でも僕ほど能力のある人間はそういないだろう。そう思える自信を手にした。というかこの身体はやはり多方面に才覚があるらしく、努力が結果になるので、自分を高めることが楽しい。第二の人生は今のところ、充実していると言っていいだろう。


 学業を終えて王宮へ戻ると、王である父が声をかけてくる。

 それを耳にした僕は、内心、舌打ちをした。彼が出す話題はここのところ毎日、同じ内容である。


「そろそろ従者をつけてくれないか? 私はお前が心配でならん」


 これである。チユラに対するハイムルのように、僕に常についてくる人間を選べというのだ。今はおられないが、母も目が合うと同じことを言ってくる。

 嫌に決まっている。


「お父様。わたくしに護衛となる従者や騎士など必要ありません。それに、一人でいる時間が好きなのです」

「そうは言っても、城の外に出ればお前を見守る目は減ってしまう。平和な我らの都であるが、どこに危険が潜んでいるとも限らない。自分の立場について、もっと自覚を持ちなさい」

「………」


 ……そろそろ、年貢の納め時だろうか。

 仕方あるまい。父の言う通り、王族がほんの一瞬でもひとりで外をうろつくことは、よろしくないだろう。他国の密偵、町民に紛れた盗賊、ふいに起こりうるかもしれない魔物の襲撃。考えられるトラブルはいろいろとある。

 僕は護身のすべを十分身に着けたつもりだが、盾役になる輩のひとりくらいは、たしかにいた方が良いかもしれない。


「そこまで言うのなら、わかりました」


 父が顔を明るくさせる。彼の頭の中では、どんな人間を娘のガードマンにするのかいろいろとリストアップしていることだろう。

 しかし……自分の従者は、自分で決める。当然だ。賃金も、僕が個人的に投資などで稼いだ金から出す。本当に信頼できる従者をつけるのなら、雇い主は王ではなく、この僕であるべきだ。

 つまり、やるべきことは……


「面接をします」

「ん……んん?」

「そう、例えば……護衛が護衛対象より弱い、などということがあれば、お話にならないとは思いませんか?」

「つ、つまり?」

「わたくしの目に適う戦士は、わたくしが選別いたします。近々、護衛として働きたい人間をつのり、集まった者たちを対象に採用試験を開きますが、お父様はこれに口出しすることのないよう。それが従者をつける条件です」

「ええ~」


 なんで残念そうなんだ。どうやらやはり、娘の騎士となる人間を勝手に見繕っていたようだ。冗談ではない。

 というわけで。

 募集要項をひっそりと、有望そうな界隈にだけ広め、国の休養日に、試験を開催することにしたのだった。


 そして、その日がきた。

 浅慮を反省しよう。この状況は、想定していなかった。

 王城の門を跨いではみ出すほどの、想定の数十倍の人数が並ぶ行列を部屋の窓から眺め、ため息をつく。そう大々的にお触れを出したりなどしていないのに、一体どこから情報を聞きつけてきたのか。

 こうなれば、受験者の足切りを手すきの兵たちにでも頼むしかないか。人に迷惑をかけたくなかったのだが……。

 ちゃんと何人かスタッフを雇おう。もちろん、バイト代も支払うとして。


 城勤めの役人や兵たちに指示を出し、集合場所を定める立札を王宮の屋外庭園の一角に設け、列の整理を行う。

 募集要項が読めてないどころか、「姫様に会えると聞いて来た」みたいな者たちには、申し訳ないが引き取ってもらった。祭か何かだと思っている。

 そうして列を縮めていったのだが、まだ数えるのも面倒なほどの人数が残っている。……もう時間に余裕もない、試験を始めよう。

 予定を変更する。面接の前に、“一次試験”をする。


 僕は城内を移動し、門兵たちが立つための、城壁上部に姿を現した。眼下に並ぶ希望者たちを一度に見下ろせる高さだ。

 事前に外国から取り寄せた、拡声器の役割を果たすマジックアイテムに向かって、声を出す。


「「お集まりいただいた皆様、ごきげんよう。パリシャ・ユイマール・ヤエヤと申します」」


 彼らの視線が集中し、ざわめきが起こる。表情を観察してみたところ、どうも護衛に必要のない下心を持っていそうな者が、男女ともに混在しているようだ。なるほど、こうまで人数が押し寄せた理由がわかったかもしれない。高給に惹かれたか、僕の美貌に近づきたいと考えたか……、高貴すぎるのも考えものだ。

 残念だが、彼らは僕の従者にはなれないだろう。僕の姿を視界に入れることで、そのように油断する人間が、この仕事を全うできるはずがない。

 油断をしてしまった彼らには……この、今しがた即興で考えた試験は、通過できない。


「「これより一次試験を行います。立っていた者が一次通過となります。では」」


 懐からアンチョコを取り出し、しおりを挟んでいたページを開く。

 眼下の庭園内を見下ろし、攻撃対象の数を脳に入力。

 携えていた魔導杖を高く上げ、体内の魔力器官を稼働。メモしていた術式を頭の中に貼りつけ、展開し、実行に移す。

 人混みとアンチョコに視線を行き来させながら、トリガーに設定した呪文を口にしていく。


「『矢』、『矢』、『麻痺』、『多重』、『多重』、『多重』、『多重』!!」


 人数分の光の矢が、頭上に現れる。

 ひとつひとつに標的を設定。処理に時間がかかるため、彼らが準備をする隙は十分に与えた。

 ぎゅうぎゅうとひしめいていて身動きも取りづらいだろうが。あなたたちはこれを、凌げるかな?


「『射出』」


 斉射の命令を受け付けた魔法術が、雨のように庭園へと降り注いだ。

 大丈夫、怪我とかはしない。身体に突き立ったら、ビビビッと痺れるだけだ。護衛として適当な人間なら、この程度で膝を折ることはないだろう。

 阿鼻叫喚の醜態を晒す民衆たちを見下ろし、笑いそうになった口の端を引き締める。メモ帳と杖を仕舞う頃には、真っ直ぐに立っている人間はずいぶん減っていた。

 本当のことを言うともう少し減らしたかったのだが、まあいい。

 ここからなら、うまく予定通りに採用試験を進められそうだ。



 一次通過者を集め、王宮の講堂に移動させる。

 まだまだ参加者が多い。面接を行う前に、また口減らしを行う。二次試験だ。これは最初からやるつもりだった。

 内容は簡単。父に申し立てた通り、護衛対象よりはるかに弱い護衛など頼りにならない。すなわち……

 一対一の模擬戦で僕を満足させられたら、合格にする。


 試験の概要を説明したら、用意させていた訓練用の剣を握り、希望者たちの前に立つ。最初のひとりを眼前に招き、武器を手に取らせた。彼の得物はオーソドックスな片手剣のようだった。


「では、どこからでもかかってきなさい」


 と声をかけたものの、向こうも緊張しているのか、王女に刃を向けることに抵抗があるのか、なかなか来ない。

 仕方ない。くじ運と判断力に欠ける彼には、後に並ぶ希望者たちへの見せしめになってもらおう。

 地面を蹴り、静の世界から動の世界へと踏み込む。相手が正眼に構えていた剣に、こちらの剣をぶつけ、弾いた。ガードの崩れた敵の懐に飛び込み、魔力で強化した腕で腹を殴りつける。膝を折ってうずくまる姿勢になってしまった彼の背を乱暴に足蹴にし、地面に這いつくばらせた。

 傍目から見れば、将来有望そうな青年を踏みつける形になってしまったので、退いて体裁を整える。勝敗は決定した。

 弱々しく立ち上がる男に作り笑いを向け、なるべく優しい声で囁いた。


「これで試験は終了です。お疲れさまでした。……では、次の方」


 まだ両手で数えきれない程度の人数が残っている。この中に、何かぴんとくるものを持っている人材がいればいいのだが。


「……次!」


 槍の薙ぎ払いを受け止め、へし折り、男を蹴り飛ばす。


「次!」


 大盾での制圧を図る男の背後を取り、刃を首に突きつけた。


「次!」


 魔導師の女が放つ術を、すべて光の術で打ち破った。


「……次は?」


 そんなふうにやっているうちに、講堂に残る人間の姿はもう数えられるほどになっていた。

 僕の臨時の護衛たちとバイトスタッフ、そして……受験者が、ひとり。

 困ったな。十分に手加減したつもりだが、まさか全員に不採用を突き付けてしまうことになるとは。

 まあ、しかし、これで父も僕にケチをつけるのは難しくなるだろう。これからも、護衛のたぐいを付かせるのは外交のときくらいでいいし、王国軍兵士の中から適当な者を選べばよい。騎士など、僕には必要ないんだ。

 王族に生まれ、最高級の教育を受ける環境と鍛錬に費やす時間が多くあったことが、毎日を懸命に過ごしている一国民である彼らとの、実力差の正体だろう。そう思うと申し訳ないような気持ちもややある。環境と身体の才能にあぐらをかいているだけだし。いや、どうやら彼らの中にも、服飾から見て、貴族の家の者もいたようだが。


 最後の受験者が剣を構える。どうやら同じくらいの年齢……まだ学生くらいの少年だ。

 剣を握り締め、向かい合う。……汗をかいてしまった。湯浴みが待ち遠しい。

 ケガをさせないように、一気に制圧してやった方が良かろう。

 一人目の受験者にやったように、僕は地面を蹴り、少年に肉迫した。

 刃をふるい、その剣を叩き落としにかかる――。


「……!!」

「ぐ、ぐ……おおッ!」


 こちらからの攻撃をやり過ごされたのは、これが本日初めてのことだった。

 ふたつ、みっつ。鋼のぶつかり合う音がこだまする。数歩退いて体勢を整え、相手を見やる。丁寧にこちらの剣を耐え忍んだ彼は、警戒を解くことなく目をぎらつかせていた。


「……あなた、名前は?」


 ひとつ尋ねる。興奮した様子の少年の頭には、問いかけが届くまでやや時間がかかったようで、数秒の間をあけて、彼は答えた。


「サータ・アンダーギアと申します」

「アンダーギア? 軍団長のご子息ですか」

「ええ、まあ」

「ふむ……?」


 家のことを聞くと、少年は目線を泳がせ、礼儀もないぶっきらぼうな返事をした。

 あの目つき、どこかで見た気がしていたが……。

 過去の記憶を手繰り寄せる。髪の色や顔つき、扱う剣の種類……、アンダーギア家の者。


「――ああ、思い出した。たしか、ちびっこ剣術大会で」


 そう口にした瞬間、彼の瞳に火が付いた気がした。

 たしか数年前、このサータという少年は、僕に剣でこてんぱんに負けたのだ。その悔しそうな表情を思い出した。

 なるほど。従者の試験に来たはずなのに、こいつときたら……今は、リターンマッチのつもりでいるようだな。


「よろしい。どうか遠慮なく、あなたの力を示しなさい」


 今度は、向こうから攻め込んできた。

 大ぶりの剣技。のろまな敵ならば両断できるのだろうが、大したことのない一手だ。容易くかわし、隙を探す。

 ……おや。

 切り返しが早い。既にガード可能な姿勢に入っている。豪快な剣のようでいて、先の展開を考えた立ち回りを意識しているようだ。

 こちらから手を出してみる。少年にダメージは通ることなく、すべて見切り、対処された。それどころか調子に乗ってカウンターを入れようとしてくる。

 なるほど。……これは、守りの剣! 空想世界の技だとして僕が避けてきたそれを、こいつは学んでいる。家長であるアンダーギア軍団長に師事して得たものだろう。

 プロスポーツ選手級、いやそれ以上の反射神経や運動能力で剣を振るうことができるのは、彼らが剣と魔法の世界に生きる異世界人であるからこそだ。なかなかやる。

 とはいえ。

 今は、僕も、異世界人だ。

 全身に光の魔力を行きわたらせる。血管を、神経をイメージした空想の経路を、力の奔流が駆け巡っていく。

 空気が変わったことに気付いたのか、少年はさらに身を固くし、堅固の姿勢に入った。守りの剣。果たしてどれほどのものか、見せてもらおうか。



 何度目かの激しい剣戟に打たれ、しかし、少年はまだ立ち上がった。

 ふむ。やはりまだ発展途上だ。彼の技術はまだ、僕の魔力という天授の才をしのげるほどの高みには無い。剣の結界は未完成で、強化された剣速には追いつけていない。

 だが……

 大の大人でも立ち上がれなくなるほどの攻撃を入れたのだが、まだ膝を折らない。体力、身体の頑丈さに恵まれている。そして何より、目が負けを認めていない。こちらも呆れてしまうしつこさだ。

 どうやら、“しぶとさ”というひとつの才能が、少年にはある。


「あなた、なんのつもりなの?」

「……え?」

「目が、従者が主人に向けるものではない。何故ここに来たの?」


 そう、こいつ、僕とケンカをしに来たとしか思えない。

 志望動機を聞いておこう。そういえば、これは面接試験なのだから。


「そ、それは……」

「嘘は許さないわ」

「……ち、父上が……王女の従者を選抜する試験に、必ず参加しろと……」


 あーあ、本当に正直に言ったよ。バカなのかな?

 アンダーギア軍団長は王である父とも交流が深い。おそらく、父から彼に頼み、差し向けたものだろう。サータ少年は、父のピックアップしたガードマン候補のひとりだったわけだ。

 だが、本人には全然やる気がないようだ。


「この仕事について、何をしたい?」

「え、っと。それは、あ、お、王女様を、身命を賭してお護り致すべく」

「できるのかしら? 後ろからわたくしを斬ったりするのではなくて?」

「め、滅相もない」


 受け答えがつまらんな。

 僕は剣を再度構え、彼に斬りかかった。

 今度は全力に近い攻勢をかける。それに対処するうちに、少年の目にまた熱が宿っていくのを感じた。

 斬りつけながら、また同じことを聞く。お前の、本心を聞かせろ。バカな若さをこじらせてそうな、青い本心を。


「なぜここに来た! 従者になって、どうする! 望みは!!」

「お、俺は……あなたが俺以外に負けるのは、許さない!! あなたを倒すのは、この俺だッ!!」


 聞いた。

 気持ち悪っ。何言ってんだこいつ? あー、面白い。気に入った。今の言葉は一字一句覚えて、一生からかおう。


 体内に溜め込んだ魔力を爆発させるイメージで、身体強化の出力を引き上げる。

 剣を強く弾き、自分でも知覚が追いつかなくなりそうな速度で、少年の後ろにまわる。蹴り飛ばし、腕をつかみ、地面に押し倒し、身動きをとれないようにマウントをとり、締め上げた。

 肩が曲がらない方向に向かって、少年の腕をひねる。


「いっ……いたたたたた!?」

「ギブアップ?」

「しない!! 痛ーーっ!!??」


 涙目気味になりながら、いつか見たときのように、目を動かしてこちらを睨んでくる。


「ガッツがあるとこは気に入ったよ、サータくん」

「くそッ! なんだこの女! あれだけ修行したのに……っ!!」

「だが、雇い主への口の利き方がなってない。感情で動くガキめ」


 ぱっと腕を放し、ぜーぜーと呼吸を繰り返す少年を、馬乗りのまま見下ろす。


「明日から僕につけ。目つきから教育してやる」


 熱が冷めたのか、こちらを見上げて青い顔をしている少年を見て。僕は逆に、自分の身体が熱くなるのを感じた。





 十代の後半。

 色々と毎日に刺激があり、これまで以上に人生は充実している。

 身体は成長し、生まれ変わる前の自分の身長にほとんど追いついたのではないかと思う。

 しかし、身体が成長したことは歓迎しているのだが……、

 発育が良すぎた。胸が、やや大きすぎる。どう鍛錬しても何故かここが痩せない。ファンタジーだ。元男として、女性の魅惑的な体つきは良いものだと考えてはいるが、自分についているとなると残念ながら運動の邪魔だ。剣技の修練すら億劫で、近頃は魔法術に傾倒しているほどだ。

 無駄に視線も買ってしまう。例えば学園で交流のある若い生徒たちは、王族である僕に失礼のないよう、鋼の理性でリビドーを抑えつけながら接してくるのだが、まあ、そうしているのが見てわかるので、哀れに思えてきた。


 そして……、

 美しすぎるのも、良いことばかりではないらしい。


 生徒会室、という、教師と生徒の橋渡しとしてあくせく働く若者たちが集まる、校内に設けられた専用の一室。

 僕は用意させた紅茶を口に運ぶ。忙しい中にほんのひととき許された、優雅なティータイムだ。

 王立学園の生徒会の一員、中でも生徒会長となると、経歴に大きく箔が付くらしい。たかだか学生時代のことがそうまで将来に響くとは、これもファンタジー、フィクションならではだろうか。

 席を立ち、窓から校庭を見下ろし、嘆息する。

 最近になってひとつ、大きな悩みが浮上した。人生に関わる大事なものだ。


 結婚。

 王宮での自分の地位を押し上げるべく、めきめきと自分を磨いてきたのだが、磨きすぎた。交流のある他国の王が、ヤエヤにおける僕の評判を聞きつけ、跡取り王子との婚約を望んでいるそうだ。

 関係強化のための、ありがちな政略婚である。

 よその国で女王として活躍するのも良いルートかもしれないが、どうも気乗りがしなかった。どうやら僕は、自分で思っていたより、このヤエヤという国を気に入っていたのだ。


 家族は無理に他国に嫁ぐことはないと言っているが、どうしようか。

 断るような特別な理由がないのなら、この話に乗ることこそが王女に生まれた僕に課せられた仕事なのだろう。押し付けられた役割、ともいえるが。

 どうしようかな。コヤミ王国の第一王子は相当の人気者だと噂を聞く。相応の伴侶が求められているのだとか。光栄な話だが、やはりどうも……気乗りしない。

 僕だって元は男だし、イケてる王子さまに、求められる女性らしさを前面に出して媚びを売るなど、性に合わない。時代遅れだし。むしろお前が僕のところに嫁いでこいという感じだ。有能な男だというなら、僕がのし上がるのに協力してくれるだろう。


 結婚……結婚ねえ。

 王族として求められるのは治世の手腕だけではなく、後継ぎを産み育てることもそうだ。

 これがちょっとな。ろくに人となりも知らんやつとまぐわうとか、特に僕の男性の部分が悲鳴を上げている。出産もたいそうしんどいものだと聞くし、異世界の医療は僕のいた世界ほど信頼できるかというと不安だし……。


 子ども……子どもか。

 僕は自分の国民人気はそこそこあると考えているが、兄から王位をさらうには力が足りない。最近はチユラの人気も見逃せなくなってきた。この国でトップに立つことは、難しい。あちらの国の女王になるのがベストなのかもしれないが……

 ……子ども。次代のヤエヤ王となる子を産み育てる……そういう手も、あるな。

 やはり僕はこの国にいたい。飛び出して世界を旅したい欲はあるが、それとこの話は別。僕はヤエヤが好きだ。

 適当な伴侶を家族に紹介し、愛し合っているので嫁ぐことはできません、と訴えてみるか? 

 うまく演じれば、お人よしの彼らのことだ。父もうまく向こうの王様に断ってくれるだろう。大体、人気者の王子だというなら、もっとふさわしい女が現れるだろうさ。僕のような偽物女ではなく。

 うん、そうしよう。それがいい。

 やはり僕は最高に頭がいいのでは。女王の器。


 ……だが、しかし。

 相手。……いないなあ。学園の男子生徒達のデータは把握しているが、どれも王家に入れるのにふさわしいかと言うと。

 そもそも、仲良くないし。表面上優しく接してはいるが。

 うーん。


「……あの、パリシャ様? 先ほどから悲しそうにしたり、にやにやしたり、唸ったりしていますが。体調が優れませんか?」

「うん? ああ、いや」


 同じ生徒会室にずっといた、もうひとりの人間が話しかけてくる。

 パッと見精悍な印象で、実際体格がよく鉄のように頑丈だが、精神的に貧弱でアホなやつ。僕の騎士、サータ・アンダーギアだ。

 同い年ということで、学園内でも着替えのとき以外は常に斜め後ろを歩いている。

 僕が素の自分でいられるのは、こいつの前だけだ。猫を被ることは苦ではないのだが、やはり己の内面をさらけ出しても問題ない人間をひとり確保していると、人生がやりやすい。こいつは否定するだろうが、友人、と言ってもいいだろう。

 ……待てよ?

 サータの顔をじろじろと眺める。あのヒョロヒョロのガキだったこいつも、今は男性らしい精悍な見かけになった。生意気なことに、学園の女生徒からそこそこ人気であるらしい。僕にはただの唐変木にしか思えんが……。まあ、見栄えは良い方ではあるのか?


「な、なんですか。紅茶のお代わりですか?」

「サータ。貴様、軍団長の息子だったな。さらにたしか兄貴も次期団長候補の現役隊長で、お姉さんは僕も出資している魔導研究部の室長候補……妹は、三年生の学年主席だっけ? フフ、すごい家だな。もしかして、劣等感とか、ある?」

「さあ。……私の家が、何か?」


 うん。

 いいんじゃないかな? これで。


「よし、婚約しよう。家柄もいいし、見てくれも清潔で減点はなし。何より気心知れてる方がやりやすい。猫を被ったまま夫婦の営みなど、そのうち気が狂うからな」

「………は?」

「よしサータ。指輪でも買いに行くか。そしてご両親に挨拶しよう。スケジュールを組め」


 席を立っていそいそと下校の準備をしていると、しばらく凍り付いていたサータが、それなりの時間をかけてようやく再起動した。


「何してんの? 僕の荷物を持て。アクセサリ店に寄るぞ。お前は僕と結婚するんだ」

「は、はあ? 正気ですか?」

「正気だが。何、嫌なの?」

「嫌ですね。私は心から愛することのできる方と添い遂げるのが、夢ですので」


 バカっぽい夢だな。


「なに、恋人でもいるわけ?」

「いえ、いませんが」

「じゃあいいだろうが、僕以上の女がこの世にいるか?」

「愛のある家庭を築きたいんです! 人間味のある女性と!」


 生意気に口答えしやがるじゃないか。口で僕に勝てると思ってんのか?


「な~にが愛だよ。お前最近僕の胸ばかり見てるだろ、従者の分際で。ああ、別にいいんだぞそれは。だが男女の結びつきなんて性欲以外ないね、それを潔く認めたまえ。ほら、婚約するなら揉ませてやってもいいぞ? どうせそのうち触るんだから」

「いーやーだ!! 俺はおしとやかで清楚な人がいいんだ!!」

「だーかーら、わたくしに何の不満があるというの? 清楚の塊でしょ」


 じりじりとにじりよれば距離を取られ、狭い生徒会室でしょうもない攻防が繰り広げられる。

 クソだなこいつ。王女様の求婚を断るとは何様だお前は。手ずから教育してくれる。




 かたくなに婚姻を認めようとしないので、とりあえず今日のところは下校を決める。いつもより帰りが遅くなってしまったため、辺りはすっかり日も沈んでしまっていて、夜の暗さが訪れていた。

 やれやれ、どうしたものかな。あいつが首を縦に振らざるを得ないよう、追い詰める企てを組む必要があるか。

 ま、こいつは僕の手のひらの上から逃れられはしないのだ。誰が主人なのか、そのうち改めて教えてやるさ。それまでせいぜい優秀な遺伝子を鍛えておけ。


「………?」


 ふと、街の景色に、違和感を覚えた。

 まだ暗くなったばかりだというのに、人々の生活の音がしない。酒屋は賑わい、夜営業の商店もまだ元気に客引きをしているはずだが……。

 僕と、サータの足音しかしない。

 心臓の音や、喉が動く音が、やけに自分の中に響く気がする。

 緊張をおさえつけながら、家路を急ぐ。

 王立学園から王宮はそう遠くない。何も起きない。起きやしない。そう思いながらも、歩く足が速度を増していく。

 そして……


『見つけた』


 ぞくり、と。全身の毛が立つ感覚。

 いつのまにかすれ違っていた誰かが、僕の耳元でつぶやいていた。


「姫様ッ!」


 大きな背中が眼前に広がる。異音が聞こえ、彼が、何かから僕をかばったのだとわかった。


「平気か?」

「問題ありません」


 横に並び立つと、剣を構えたサータの腕に、わずかな切り傷がある。僕はすぐに患部に手を当て、傷の治癒を行った。

 その間、それに目を向ける。

 僕たちを攻撃した何者か。その姿は……ボロボロの白いローブを身に纏った、背の低い、少女だった。フードで顔が隠れているから、もしかすると少年かもしれない。


『その魔力。やっぱり、つよいひかり。見つかって、よかった』


 可愛らしい少女のものであるはずの声には、怪しい何かが宿っているように思える。

 ……深く被ったフードの下から、瞳が見えた。それは夜の闇の中で、うすぼんやりと金色に光っていた。

 サータがまた一歩前に出て、警戒を強める。僕もまた、体の中に眠る魔力を叩き起こした。


「貴様、何者だ。人間ではないな」

『………』


 問いただすも、答えは返ってこない。

 人間に擬態する、魔物? しかし魔物がどうやってこの王都に侵入するというんだ。

 疑問を解決する時間を、敵は与えてはくれない。少女の周囲に虚空から出現した光の槍が、僕たちを目がけて飛来する。

 サータが素早く腕を動かす。彼がこの程度の技に串刺しにされることなどない。僕の選んだ騎士だ。

 だが、この技。魔力の特徴。もしや光の魔法術……!?

 この属性を術として扱えるほど使いこなす魔物が存在するなど、僕の知る常識と違う。王都を守る破邪結界を乗り越えることができたのは、このためか。


「サータ、僕も戦う。前衛をつとめろ」


 一番慣れたやり方で、光の魔物と対峙する。王都を脅かす者は、この僕が許さない。




 時間が経った。

 夜が深くなるほどの時間が。


「サータ……!!」


 僕を守り立ちはだかる男には、何本もの光の矢が突き刺さっている。白銀の槍に利き手を貫かれ、今すぐに治療してやる必要がある。

 強い。人間の魔導師には想像もできない、不可思議な魔法術を使ってくる。まずい、貫かれた足を治癒して、サータの元に行かなければ。

 だが、怪我を負った上に、両手足が拘束されている。同じ光使いのはずなのに、それらは未知の術式で構成されていて、解析ができない。解除ができない……!


『もういい? 疲れたわ。はやく、あなたの魔力をもらわないと』

「ち……ッ!!」


 ゆっくりと、力の入らない弱々しい様子で歩き、僕へと迫る白い少女。しかしそんな見かけの様子に反して、尋常でない使い手であることを、もう思い知らされた。

 こちらに伸びてくる細い手は、ただの少女のものであるはずなのに。ひどく、恐ろしいものに見えた。


「やらせ、ねえッ……!!」


 それから、守ってくれる人がいる。動けない身体を無理に動かして、彼は僕を背中に庇う。

 サータは動く方の腕で剣を振り回し、少女を退けた。僕の方を向き、刃で足の拘束を、なんとか破壊することに成功した。


「姫様、お逃げください」


 お前を残しては、行けない。

 そんな言葉が喉まで来た。だが、サータの言うことこそが正しい、僕は身体を治し、走って助けを呼びに行くべきだ。


『逃げられないわ。ニンゲン除けの結界でここを囲んだもの』


 ……!

 どうりで、粘っても粘っても、誰も助けが来ないわけだ。こんな王都のど真ん中で戦っているのに。

 ははは。魔物除けの結界があるのだから、人間除けがあってもおかしくはない。

 笑いが漏れる。

 いいさ、彼をおいていくなんて、性に合わないことをしなくて済んだ。

 足を引きずって、痛みと絶望にうずくまるサータのそばに行く。

 ――視界を埋めつくすほどの数の、光の矢を見て。僕は彼の手を取り、強く握った。



 光の槍で四肢を地面に縫い付けられ、寝転がりながら少女の声を聞く。


『はあ、はあ。魔力を、もらわないと』


 苦しみにあえぐような声。どうやらこの魔物は、魔力を求めているらしい。扱う属性からして、この僕の身体を欲しているのだろう。


『こっちは、いらない……』


 僕をかばって全身に矢を受け、虫の息で横に転がるサータに、少女がとどめとなるだろう光の刃を向けた。

 それを見て、急激に収縮する心臓に脳みそが叩き起こされ、僕は声をあげる。


「待て」


 少女の刃が止まり、視線をこちらに感じた。

 落ち着け、落ち着け。言葉が通じる。相手をうまく説き伏せろ。


「殺す必要はないだろう。君は、僕の魔力が欲しいんだろ? あげるよ。だから、そいつはほっておけ」

『……顔を知っているヒトは、じゃま』


 ……どういう意味だ。

 正体を知られないようにしている。人間への擬態を続けるつもり? もしや、この街で、人間に化けて潜むつもりなのか。


「まあ待て。君の目的はなんだ。これからこの街で何をする?」

『……魔力を、回復する。魔力がないと、誰もいうことを聞いてくれない』

「僕や国民たちを食い殺して回るのか?」

『……どこかに、あなたを眠らせて、力を、貰い続ける。動けるようになったら、他のヒトを、眠らせて、つれてくる』


 やはり国民たちに手を出すつもりか……!

 そんなことになれば、人々が。……同じように光の魔力を持つ、僕の家族が。チユラが。

 どうする、どうする。こいつを食い止めるルートが見えない。


『もう、いいでしょ。殺すわ』

「待てッ!!!」


 すべての思考が吹っ飛んで、大声を出した。

 いい、わかった、僕はどうなってもいい。


「そいつに手を下せば、僕は舌を噛み千切って自害する。君がこの戦いで消費した魔力は、回復させない」

『………』

「そ、それがいやなら。殺すな」


 少女は……静かに、その手から刃を消し去った。

 心底ほっとする、とはこのことだ。だがまだ何も終わっていない。

 少女が緩慢な動きで、こちらを覗き込んでくる。フードの下に隠された素顔が、見えた。

 銀色の髪に、金色の瞳を持つ、幻想的な容貌の少女だった。人間の外見をしているのに、人間らしい感情の宿っていない奇妙な瞳は、不思議そうに、僕の顔とサータの顔を、交互に眺めている。


『どうしてあなたは、このひとを守ろうとするの? どうしてこのひとは、あなたを守ろうとするの?』


 それは、どうやら彼女には、言葉の通じるはずのこの生き物には、まったくわからないことのようだった。

 どうして、か。サータの方はそれが仕事。僕も国民を守るのが仕事だ。

 ……いや、まあ、うん。正直、こっちはそんなのが理由じゃない。


「こいつは僕の、最も親しい友だ。友達だ。だから死んでほしくないのは、当たり前のことだ」

『……トモダチ?』


 首をかしげる。仕草だけなら、普通の人間のようだ。


『トモダチ、って、“お友達”のこと? お友達、って、死んでほしくないものなの? そんなふうに、かばい合ったりするの?』

「何かおかしいかい? 人間の常識では、大体そうだよ」

『………』


 少女は沈黙する。何を考えているのかは、わからない。

 僕ももう、打開策を考えるのはめんどうになった。というかおそろしいことに、この少女がどこか無垢な存在にも思えてきた。

 動けないし頭も働かないので、思ったことを、好き放題口にしてみる。


「きみ、隠れ家とか欲しい? 向こうにある王立学園っていうところの地下に、大昔の空き部屋があるんだ。今は誰も使ってない。人を攫うなら、そこを使えばいいよ」

『……いいの?』

「だめだよ」

『意味が分からない』


 だよな。余分なことまでいっちゃった。どうしよ。

 交換条件を提示したいんだよ。相手にもメリットがあるようなこと言わないと、って思ったんだけど。


「わかった、わかった。魔力をあげるから、その代わり。……僕以外の誰も、殺さないでほしい。満足したら、みんなを解放してほしいんだ。あとさ、そこに転がってるやつを治療させてくれ。……あ、そうだ。妹のチユラにも手を出さないでくれ」

『そんなにたくさん、覚えられない』


 かすれた声で少女が言う。イラついた声色……でも、ない気がする。静かなトーンだ。


『それに、そんなヤクソク、守る必要ないわ。ニンゲンは滅ぼさないといけないの』

「そう。じゃあ今、こいつと一緒に僕も死ぬよ」


 真上に広がる夜空を見る。異世界の空、地球とあまり変わらない。むしろ空気が澄んでいて、もっときれいだ。

 んーいいね。狙っている異性と地面に転がり、天体観測。ロマンチックである。


 そんなバカなことを考えていると。

 視界の端で、白銀の光が輝いているのがわかった。

 顔を動かしてみる。少女の身体から魔力が漏れ……サータの傷が、治っていく。

 そして彼女の手が僕の顔にかざされる。途端に、つよい眠気が、おそってきた。

 なんとか、言葉をつないでみる。


「治して、くれたの? ありがとう」

『あなたが、いちいちうるさいから』

「そう。きみは、いちいち真面目だな」


 返事はない。

 これからどうなるのかな。もう、目覚めることはないのだろうか。

 それはつまらない。やっと、面白くなってきたところだったのに。


 最後に、横で眠るやつの顔を目に収める。僕なんかについたばっかりに、こんな目に遭わせて、悪かったな。


 いつの間にか、僕を地面に縫い付ける光の槍は消えていて、手が動いた。その手でサータに触れる。


 でも……。

 君が、まだ、僕の騎士でいてくれるのなら。

 願わくば、また。何気ない時間を君と過ごしたいのだと、思う。


 願いを内に抱きながら、舞台の幕が落ちていく。

 落ちきる最後まで、この世界でただひとり友人と呼べる彼の姿を、見つめ続けた。


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