46. ひかりの残像
乾いたノックの音に、ユシドは部屋の扉を開けた。
「うわ! ええと、その、こんにちは」
「ごきげんよう。……少し、お話してもいいかしら」
意外な来客に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
簡素な木製のドアの向こうにいたのは、金の髪が美しい、この国の王女だったからだ。
いつも口にする熱い紅茶を机に出したあとになって、ユシドは気が付いた。
来客者は貴人である。見慣れた学生服姿ではなく、あまり見ないつくりのドレスを着ている。華美ではないけれど庶民が着られるようなものでもなく、ミーファが家族の前でしていた格好よりも、もう少し上等だ。そんな外見からも、彼女が本物の王女であることを、ユシドはあらためて意識させられた。
だからこう思う。こんな、冒険者が常備しているような安い茶を出すべきではなかった。宿の人にでも助けを求めるべきだった。先ほど湯を沸かしに行ったとき、彼らも初めて訪れる彼女に相当に驚いていたが……。
チユラがカップを口に運ぶ。ユシドはそれを、緊張の面持ちで見る。
少女が、薄く笑っておいしいと言うと、少年はほっと胸を撫で下ろした。
「さらわれた人々は全員、戻りました。この国を救ってくれたこと、感謝いたします。勇者ユシド」
「え……と。光栄、です」
かしこまった謝辞にむず痒くなり、礼儀に欠ける返しをするユシド。それを、王女は笑ってみていた。
戦いは終わった。このヤエヤ王国、王都で起きたある事件について、ふたりは結末を確かめ合う。
すべては、光魔マ・コハが己の魔力を回復するという目的のために起こしたことだった。
それによってさらわれてしまった人間たちは……全員が、生存していた。
その中には精神を病んでしまった者もいるが、王政府の主導による治療が行われ、今はそれぞれが元の生活に戻りつつある。
そこにはチユラの姉である、パリシャ王女も含まれる。チユラは深く、勇者たちに感謝した。
未曽有の危機に陥った王国の人々にとっては、最良に近い結末だ。この経験によって彼らはより懸命になり、人々が安心して暮らせる国を形作っていくだろう。
しかし、光魔の討伐を成し遂げた、勇者たちにとっては……。
あの日、傷ついた彼らは瀕死になりながら地上へ戻り、近場の衛兵詰所へとたどり着いた。事態はその日の内に王の耳に届き、治療が始まり、遠征へ向かった軍団は呼び戻されることになる。
その足で軍団からひとり先駆け、いち早く王都へ帰ってきたチユラ王女をはじめ、王都の動ける医者や治癒術師たちが、彼らの回復を助けた。
シークの負ったケガは後遺症を残すことなく完治し、ユシドやミーファも、戦いなどなかったかのように万全な健康状態へ戻った。
だが、戻らなかったものもある。
「本当に、あなたたちには感謝してもしきれない。……このヤエヤが、その旅の助力となることを約束します。これは王の言葉でもあります」
「ありがとうございます。元々、魔人族領への通行許可をもらいに寄っただけなんですけど」
「それだけ? もっといろいろ要求してくださいな。馬車とか、ええと、船とか」
「船って、海を渡るっていうあの? あ、いや、畏れ多い。それと馬はずっと考えていたんですが、コストと実利が合わなくて。馬や荷車が進めないところを歩くこともあるし。今は、必要ないです」
「うー。世話になりっぱなしは性に合わないわ」
王女様っぽい見た目で快活な言葉遣いをするチユラを見て、ユシドは微笑む。
「……ミーファさんは。ずっと、ああなの? まだ、どこかが痛むの?」
「ううん。……眠りたい盛りなだけだよ、たぶんね」
二人の視線が、同じ方を向く。同じ部屋にある柔らかいベッドの中で、ミーファは静かな寝息を立てていた。
ミーファはこの数日、一日の大半をそうして眠りの中で過ごしている。ユシドはそれを、心を癒しているのだと考えていた。呪いがどうとかいう話をしていたから心配したが、光魔のそれは失敗に終わったのだとミーファは説明し、それ以上を語らなかった。
ミーファ・イユには、なにか隠していることがある。
それをユシドはずっと感じていたが、しかし、本人の方から話してくれるまで気にしないようにする、と決めた。
しかしそれは、そこに踏み込む勇気がまだ、少年にはなかったからなのかもしれない。
チユラがミーファに近づく。その心に寄り添うように、少女は、少女の髪を撫でた。
「それじゃ、もう行きます。何か思いついたら、城に直接おいでくださいな。言っておくけど、直接お礼を言うくらいじゃ、私は満足できませんから」
「うん。ありがとう、チユラさん」
「だから、“ありがとう”はこっちだって」
眉を吊り上げて昂る様子は、“学園でできた友人”のチユラのままだ。ユシドはそれが嬉しくて、また笑う。
そして、外まで王女を送り届けようとして……ひとつ、確かめたいことを思い出した。
「王女様。手を、見せてくれませんか?」
「え、え? え、っと、その……。こうですか」
顔をほのかに赤らめて、チユラは手袋を外した右手を差しだした。
うやうやしく手を取ったユシドは、王女の顔ではなく、手の甲をじっと見つめる。
そこには、彼の期待するものは、なかった。
「……勇者の紋なら、私にはないわ」
顔を上げる。どこか残念そうな、困り気な表情で、チユラは言葉を紡ぐ。
「城にある文献で、勇者のことを調べたの。紋章は姉様方にも、兄様にも、妹にも、お父様にもない。特に姉様なんて、私が足元にも及ばない光の魔力を持っているのだけど……それでも選ばれないのだから、今代の光の勇者は、信じられないほど強い魔力を持っているのかもしれないわ」
「そうなんだ。なら、いつか見つけられるかもしれないな」
ユシドが手を離すと、チユラは名残惜しそうに手を見つめた。ユシドには、その仕草の意味は分からなかった。
「じゃ、外に馬止めてるんで。お見送りは結構です」
チユラは踵を返して明るく話す。
「また、ミーファさんと話したかったな。旅立つときはきっと教えてね。また会いに来るわ」
「うん。また」
部屋の扉を開け、チユラ王女は出て行った。
ユシドは窓から宿の外を見る。馬、というからには、馬車で従者たちに囲まれて帰るのだろう。と、思っていたら。
チユラはやたらかっこいい白馬に自ら跨り、町民たちの迷惑にならないよう微速で去っていった。主に女性から黄色い声を浴び、人々に手を振りながら進んでいる。
王子か? とユシドは思った。よその国に嫁いだりせず、次のヤエヤ国王は彼女かもしれない。チユラ女王だ。
「おもしろ。後で教えよう」
かたわらにいる少女の寝顔に目をやり、ユシドはつぶやいた。
「うーん。うまくいかん」
隣の部屋。
赤髪の青年、ティーダは机に向かって唸っていた。
「なにしてるんですか?」
「これはね、手紙書いてるのよ」
ティーダは、一通の手紙を準備していた。それはヤエヤ王政の公的な連絡に使う封筒であり、王国の印と王の直筆の署名までがそこに準備されている。
ティーダはこれを、バルイーマの自治組織に送ろうと考えていた。内容は、光魔にあやつられて人さらいを働いた者たちを擁護するような文書だ。
大事な仲間に手を出したどうしようもないやつらだが、彼らは光魔の暗示によって操られた可能性が高い。あの特殊な幻術を目の当たりにして、ティーダはそう結論づけていた。冤罪のようなものをそのまま放置しておくのは、彼にとって寝覚めの悪いことだ。この話は、ミーファにもしておいた。一緒にさらわれていたデイジーにも手紙を送るつもりだ。
ところが……
慣れない左手でペンを動かし、ティーダはまた顔をしかめた。字が、綺麗に書けなかったのだ。
シークはそれを察し、沈痛な面持ちでティーダの右手を見る。
正確には……ティーダの右手は、もうない。服の袖の先、肘から進んだところにある空虚を、シークは見つめていた。
「おいー。そんな顔すんなよ」
「でも、私のせいで……」
「そんなわけないでしょ。もう飽きたぜ、この話は」
「………」
「ああごめんって。泣くな、泣くなよ。泣きそうな顔禁止ね」
しばらくそんなやりとりをしたあと。シークは突然顔を上げ、泣きそうな顔というわけでもなく、まるで一世一代の何かの告白をするような決意の表情で、ティーダの目を見た。
鼓動を押さえつけながら、いま懸命に考えた言葉を口にする。
「ティーダさん。あの……私が、あの。わたしが、これから、ティーダさんの右腕になります。ずっと」
「マジで? じゃあお願いしようかな」
即座にペンとインクを渡され、シークは妙な表情をした。
半泣き、半笑いだ。えへへと暗い声で漏らしている。その感情がわからず、ティーダは少し引いた。
二人は机に向き直る。シークは、ティーダが言葉にする文面を聞き、新しい紙に向かってペンを動かした。
そして。ミミズが這いまわった後のような字が、できあがった。
「………」
「あ、あの……わたし、教会学校にはちゃんと行ったことなくて……字は、今は読めるようになったけど、書いたことってあんまり、なくて」
眉尻を盛大に下げてシークは述懐する。
ティーダはそれを見て、微笑みながら右腕を持ち上げ……そして、下げた。代わりに、左腕を持ち上げる。
利き手ではない左手で、少女の髪をくしゃくしゃと粗雑に撫でた。
「一緒に字の練習、しないとな」
その言葉に、シークは、頬を紅くして笑った。
「ティーダさん、これは、どこに送るんですか?」
「ん? ああ、それは」
ティーダが準備した封筒は3つ。ひとつはバルイーマの衛兵、ひとつはデイジーに宛てたもの。
そしてもうひとつは、個人的な用事で準備した安物の封筒だ。
「グラナってところに送るんだよ。おじさんの地元」
「ティーダさんの? じゃあ、お知り合い……ご家族に?」
「いや、友達」
「へーっ。近況報告ですか?」
「それもあるけど……」
ティーダは、何も無い自分の右側を見る。
その表情は悲観的なものではなく、どこかいたずらっぽい笑みだった。
「内緒にしておこう」
「え? ……え、なんですか? なに? 気になるんですけど」
「ハハハ」
「気になる! 気ーにーなーる!! 待って!」
ふたりは連れ立って、その部屋を後にした。
まどろみの中で、目を開く。
この王都にきて長く経ち、もう大分見慣れた天井が目に入った。
ベッドの上で、身体を起こそうと身じろぎをする。
……そうだ。今日も、ハンターの仕事に行かないと。みんなと一緒に、A級になるんだ。
この街での臨時の仲間だけど、たしかに認め合ったみんなの顔を思い出す。
ふたりの若者。そして……白銀の、少女を。
「……あー。ああ」
いや、違う。まだ、寝ぼけているな。
あの子は、マリンは、もういない。オレが殺した。
マリンも、マリンの両親も、ストーンもシャインも、最初からいなかった。彼らが存在していたのは、オレの頭の中だけだ。本当にいたのは、光魔という、不思議で変わっている一匹の魔物だけ。
彼女は……最期に、何を言いたかったのかな。
激しい憎しみは、今はもう薄くなって。光魔がどうしてすぐに正体をあらわしてオレと戦わなかったのか、なんてことを、ときおり考えるようになってしまっていた。
「ミーファさん、おはようございます」
「寝坊だけどね」
身体を起こすと、良く知る声がオレを呼んだ。
そこにいるのは、この人生でできた大事な仲間たち。シークは人懐っこくベッドにやってきて、ユシドはお茶を入れてくれている。少し離れたところでは、ティーダが机に向かって何やら唸っていた。
ここは二人部屋だろ。この大所帯は定員オーバーだ。
少しおかしくて、それと、寝ているときの顔を見られたことが恥ずかしくて、オレは笑った。
「みんな」
寝起きのかすれた声が出て、みんながこちらを見る。
まだ頭がぼうっとしているから、こんな、自分らしくないことを言うのかもしれない。
「ユシド、キミは……ティーダ、シークも……みんな。みんなは、消えたり、しないよな」
あの、白銀の幻のように。
このミーファとしての人生は、死んだシマドが妄想した幻なんじゃないかって、ときどき思うことがある。
都合がいいくらい、幸せなことがたくさんあるから。
病人みたいにベッドに座ったまま、顔を伏せる。
少し冷えてきた手に、火のように温かい手が触れた。
「ミーファさん、手、あたためてあげます」
「じゃあ僕は、隣に座ってる」
「……ええと。歌でも歌ってあげようか?」
3人分の視線がティーダに行く。
「なんてな。果物でも貰ってくる」
しばらくあと。
宿屋の食堂でテーブルを囲み、食事を共にする。
温かいものを食べると目が覚めて、頭が回る。あらためて仲間たちの顔を見ていると、まだ、言っていなかったことを思い出した。
「ティーダ。……腕、すまないな。たくさんの人を助けるその腕を……」
ティーダは、それを聞いて……一瞬だけ神妙な顔をしたけど、やがて左手でスプーンを握って悪戦苦闘を再開し、気にするなよ、と笑い飛ばした。
「シーク。すまない。君の剣、大事なものだったのに」
「どうしてミーファさんが謝るんですか?」
「………」
シークの剣は粉々に砕け、手元に残ったのは握り締める柄の部分だけだ。あの剣は死んでしまった。
ティーダの腕も、シークの剣も、オレが光魔ともっとうまく相対していれば、犠牲は避けられたはずだと思ってしまう。
だから、謝った。
謝るのもきっと、彼らに許してほしいという、自分勝手な気持ちからだ。
「……剣が無くなっても、お父さんは、わたしの中にいますから。お母さんも」
だからいいんです、と、シークは微笑んだ。
食事を終え、宿の二階へと上がる。
いつものように、男部屋と女部屋に分かれるように自然と歩き、ユシドとシークはそれぞれの部屋の扉に手をかけた。
「なあ」
別れる前に、声を出す。
呼び止めてから、少し後悔する。さすがに、いい歳して、気持ち悪いよな。
どうしよう。やっぱりなんでもないと言おうかな。
3人と目を合わせず、床の木目を見つめる。次にオレが出した声は、消えそうなくらい小さなものだった。
「今日は、みんなで一緒の部屋で眠りたい。……ダメかな」
小娘のような、甘えた言い方。それを自分が言った事実に、耳が熱くなる。むしろ聞こえていませんようにと思いながら、顔を上げる。
オレは一度みんなの顔を見て……また、床に目を落とした。
旅立ちの日。
ヤエヤ王国に隣接する、魔人族の住む領土。そこへの入り口である国土の境界線、南の関所。
そこでは、イフナが兵士の格好をして立っている。実はここの門番が本職なのだそうだ。なるほど、強力な魔物が侵入してくる入り口となるのがこの場所だ。王国兵でも指折りの手練れが配置されるのは、正しい人事な気もする。
そんな、盛大に記念すべき旅立ちの日だが。今ここにいるのは、ほんの数人だけだ。
そして……ティーダとシークは、ここにはいない。彼らは、まだ王都に残っている。
オレ達はこれから少しの間、ふたつに分かれて行動する。大事な話し合いで決めたことだ。
ティーダとシークはまだ、王都に用事が残っている。それが済むにはひと月かふた月ほどかかるらしい。それなら、王都からそう遠くない魔人族の居場所になら、オレ達二人は先に入ってしまってもいいだろう、と提案した。
大変な目に遭ったいま、せっかく集まった勇者を分断するのは愚かかもしれないけど……王都には、頼れる戦士たちが何人もいる。そして、これから行くあの城には、それ以上に、頼れる、信じられる仲間が、待っているはずだ。
だから、大丈夫。きっと大丈夫だ。
それに。
ユシドが、一緒にいてくれるから。
「きっともう一度来てくれ、と言いたいが……君たちには、大きな負担をかけてしまったね。本当にすまない。いや、ありがとう」
イフナはきっと明るく送り出したいのだろうが、なんとも困ったような顔でオレに視線を向けている。事件の詳細を知っているからだろう。気遣い屋だ。
だから、こっちの方から、ちゃんとあいさつしてやらないと。
……そうさ。彼の気にしている通り、オレはこの街で長く過ごして、……長く過ごしたから、悲しい記憶が刻まれた。
でも。温かい記憶も、たくさんある。
「イフナ殿。……ここは良い街でした。いつかもう一度、仲間たちと共に立ち寄ります」
「……ありがとう」
握手を交わす。剣技を教えてもらったユシドはとくに、彼との別れを惜しんだ。
「さて……」
「ん? なんか聞こえない?」
「はあ?」
ユシドの言葉を聞き、耳を澄ませる。
遠くから、なんか音がする。人の声、かな。
「……ぁぁぁぁああああああ!!!」
「うわっ」
「こわい」
遠くの丘に、人影がひとつ。それは土煙をあげながら、凄まじい速度で近づいてきた。
誰なのかがわかって、苦笑する。青い学生服を着た、金髪の少女だった。
チユラは、王都からわざわざひとりで走ってきたらしいこの危ないお姫様は、オレ達の前までやってくると、やや息を切らしながらこちらをにらんだ。
「………」
何も言わない。彼女には、一応別れの挨拶はした。まさか王女がこんなところまで見送りに来るわけはないと思って、出発の時間はとくに伝えはしなかったのだが。
彼女の方は、見送りたかったらしい。ここまでやってきたのはそういうことだろう。その気持ちが、嬉しかった。
「ん!!」
「うお」
「わっ……」
チユラはオレ達を並べ、まとめて両手で肩を抱き寄せてきた。
か……怪力!! 肩がみしみしと言っている。というか首も。抗議しようと思って近くにあった顔を見ると、彼女は目尻に少しの光るものを溜めて、楽しそうに笑っていた。
だからあんまり、長々と言葉を交わすことはしなかった。代わりにしばらく、こうしていた。首が痛い。
そうしてオレたちは、友人と、ここでの最後の時間を過ごした。
「きっと、また!!」
大きく手を振るチユラ、イフナを振り返り、手で合図をする。
大事な縁を記憶に刻み、オレ達はまた先へ進む。
この先は、魔人族たちが治める領域だ。魔物たちは強いし、ユシドにとっては、交流のない未知の文化を持つ人々が住む土地。
また、何か、大変なことも起きるかもしれない。けれど今度はきっと、最良の結果を手繰り寄せる。
……闇の勇者。懐かしいあいつ。今のオレを見たら、どう思うかな。変わらないようにつとめているつもりだけど、短いようで長い時間は、オレを知らぬ間に変えているだろう。彼女は、シマドではないオレを、受け入れてくれるだろうか。
関所の門をくぐり抜け、ユシドとふたり、新たな地へと踏み出す。
………。
もしも……
あり得ないことだけれど、もしも。
もしも、あの子がいまここに、一緒に歩いていたのなら。広い星の、知らない場所を見に、共に旅に出たのなら。
どんな顔をして、どんなことを言うのかな、と。
そう、思ったりした。
「!」
耳のそばを風が撫で、誰かが自分の横を駆け抜けた気がして、顔を上げる。
……見たことのない場所に足を踏み入れ、見せたことのないはしゃいだ笑顔で、こっちに手を振る銀の髪。
そんな光景の、幻を見た。




