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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
輝きの王都 / あなたのともだち
44/63

44. 友達

 王都が無数の魔物に襲われた事件は、多くの名もない戦士たちや次代の担い手により、これによる犠牲者をゼロに抑えることができた。

 現在はことの真相を求めて、一部の逃げだした獣人たちを追う国軍兵・ハンターの一団が編成され、のこされた足跡をたどって外の世界へと調査に向かっている。

 オレたちも同行を願い出たのだが、ここまでくればこれ以上国外の人間の手は借りられないという言い分で、隊には入れてもらえなかった。ただ、イフナやチユラ王女の口からは個人的に、留守の間の王都を気にしてほしいと頼まれている。

 そういうわけで現在は、建国以来の歴史に残るかもしれないような、恐ろしい事態にさらされたこの街を、ひとりうろうろと歩いている。


 あれから一日が経つ。王都の人々は恐怖のどん底に陥れられ、家で震えている……

 かと、思いきや。そうでもない。

 夕方を経て夜の闇が近づくにつれ、逆に街の明るさが増していくようだ。街道のあちこちに、ランプやかがり火、魔力灯のひかりが煌めいている。繁華街には臨時の商店屋台が隙間なく並べられ、笑顔の客たちが押しかけている。

 一言で言えば……街はいま、お祭り騒ぎだった。

 大変な恐怖をのり越えた彼らは、ただ震えて寝ているだけでは終わらなかった。みんなで示し合わせたように灯りを焚き、気分を上げて笑い合う。街中で出会った級友の学生たちによると、年に二度ほどある記念日の祭と雰囲気が似ているらしい。

 ……あんな目に遭ったというのに、みんなは朗らかに笑っていた。それは、恐怖を必死に押し隠している、というものではなく、何かを乗り越えたかのようなすがすがしさがあったように感じた。

 獣人たちの襲撃は、終わってみれば不思議と被害は少なかった。ならば苦しく思い悩み怯えるのは、違う。頼れる戦士たちの帰りを、人々は笑顔で待つ。

 この祭りは、こんなことには負けずに心を強く、みんなで恐怖に立ち向かっていこうという、人々の意思のあらわれなのだと思う。


 夕日も半分降りていって、いよいよ暗闇が向こうの方に見えてきた。だというのにどんどん活気を増す人々の間を、ゆったりと歩いていく。

 オレは今、王立学園の制服を着ている。これも今日か明日くらいで着納めだと思うと、なんとも寂しい。動きやすく質も上等なので、記念に貰っておこうとは思っている。

 そして、寂しいということ以外にも、これを着ている理由がある。


「あら、学生さんじゃない。元気そうでなによりだわ。これ、持ってお行き」

「その腕章、武芸科の生徒だろ? 噂は聞いたよ! ほれ、サービス!!」


 と、このように。粋な町人たちから色んな好待遇を投げつけられる。人生で二番目くらいにもてはやされている気がする。一番はバルイーマで準優勝したとき。

 ともすれば、前世で勇者の旅を終えて、地元に凱旋した時よりちやほやされているかもしれん。

 そういうわけでオレの腕は今、おいしい御当地グルメでいっぱいなのだ。


「うまいうまい」


 商店街を練り歩き、ただで食事を確保したオレは、人々が足を休める休息所で舌鼓を打っていた。こちらの方もなかなかに人が多いが、他の場所を探す余裕はなかった。欲張って何でも受け取っていたら、さすがに消費しないと歩けないくらいの手荷物になってしまったのだ。

 食べながら戦利品を検めていく。明日の朝の分まであるな、これは。いやあ、いいことをした後の報酬は格別のものがある。より取り見取りの品物たちは、どれもオレの身体の栄養となってくれることだろう。人々の好意がありがたかった。オレは、食事は好きだ。

 こうして食べて、真っ当に成長していれば……いつか大人の身体になれる日が、またくるかもしれないから。


「けぷ」


 おっと、はしたない。

 こちとら深窓のご令嬢で通っている。人の目があるところではお行儀よくしていないとな。学園で知り合った少年少女たちにでも見られたら、よろしくない。

 取り繕いながら視線を周囲にさまよわせる。


「あ、こんなところにいた。ミーファ、こんばんは」

「!!」


 知り合いがいた。

 まあその……今この街にいる人間の中では、一番付き合いの長いやつなのだが。


「……見た?」

「ん? 何を?」

「いや。べつに」


 安心する。なんか、こいつに変なところを見られたくはない。ちょっとだけ。あまり。比較的には。どちらかというと。

 やってきたユシドは……こちらも王都の中を、困りごとがないか見回りしていたはずだ。宿へと戻る道すがら、ってところか。手に荷物は何もない。普段通りの出で立ちだ。


「ユシド、夕飯は食べたかい?」

「ううん、今から宿に戻る」

「それなら、ほら。ほらほら。ほらほらほら」


 手荷物の9割くらいをユシドに押し付けていく。困惑しているうちに、彼の手元はオレの貯めこんだ食糧品で埋まっていった。


「こ、これは……」

「先に宿に戻っといてくれ。オレも少ししたら帰るからさ」

「ええー? 勘弁してよ」

「力持ちだろ、がんばれ」


 背中をばんと叩くと、抱え込んだ紙袋から、果物がひとつこぼれ落ちる。それを拾い、服で拭きながら手に持ち、じゃあなとその場を後にする。

 バカだな、風の魔法術でもなんでも使えよ。大量の荷物で身動きが取れない様子のユシドは面白くて、なんだか可愛らしかった。


 また、街の中を歩く。

 本当はユシドともう少し過ごしたかったのだが、ひとつ用事がある。大事な話をしておきたい人がいるんだ。

 しかし待ち合わせもしそびれたものだから、適当にうろついてたんじゃ全然会えないな。

 学園も、ハンターの仕事も今日は休み。いつもはどちらかの場所に行けば会えたけど。

 彼女は……マリン・スモールは、どこにいるんだろう?


「……家かな?」


 進路を変えてみる。マリンの家は、繁華街からは外れたところにある。言い方は悪いが、少し物寂しい住宅街だ。

 でも、住宅街なら静かなのが心地いいに決まってるか。我ながらおかしな印象を抱いてしまっている。たぶん、マリン一家の住んでいる家屋の外見が、ずいぶん古ぼけていたからだろう。

 そんなことを考えつつ、人の声が少ない場所へと向かっていく。とはいえ今日のこの時間なら、多分どこにいても人の声は聞こえてくるけど。街中がお祭りだから。

 しばらく歩いて、目的の角を曲がる。もう少しでマリンの家だ。

 ……不思議なことに。人々の活気ある声は、あまり聞こえなくなっていた。


「ミーファさんっ」

「うわ!!」


 後ろから声がして、驚かされる。

 振り返ると、声で分かっていたけれど、はたして探し求めていた人物がそこにいた。

 綺麗な白銀の髪を長く伸ばしたあどけない少女。この街でできた友人のひとり、マリンだ。


「どうしてここに? もしかして、私に何かご用ですか?」

「あ、うん。そうだよ。探してたんだ、マリン」


 そう言うとマリンは、どこか機嫌が良さそうだった表情や声を、さらに朗らかなものにした。



 家の前までやってくると、マリンは扉を開けずに、ことわってからオレの手をとった。


「いい場所があるんですよ」

「え? お、おおおお?」


 互いの身体が、ふわりと浮いていく。そしてそのまま高く、高く上がる。まるで風の魔法術のようだが、光の属性らしい。授業のときは誰もやってなかったけど、こんなこともできたのか。

 やがて上昇は止まり、オレ達はある場所に降り立った。そこはマリンの家の屋根の上だ。

 ……たしかに、ここは良い場所だ。風が涼しくて、そして、街の灯りがぽつぽつと見える。星明かりとはまた違うけど、これもきれいな景色というのだろうと思った。


「あれ……、今夜は、あまりいい景色じゃないみたい」

「え?」

「ミーファさん。お話ってなんですか?」


 屋根に座り、こちらを見上げてくるマリン。オレもまた、彼女の隣に腰を下ろした。


「マリン。まず……この前の戦いでは、助けてくれてありがとう。やっぱり君は、頼りになる光の勇者だよ」

「いえ……」


 彼女は少し目を伏せる。おかしなことに、オレを治したことを誇るのではなく、自身を庇って怪我をさせたことを悔やんでいるようだ。

 もっと明るく考えてくれていいのに。まあ、こんな性格もそう嫌いではない。彼女の美徳というふうに見よう。


「これ食べる? 高級フルーツ。マンゴーっていうんだ」

「い、いえ。私、お腹空いてないから」

「遠慮するなよ美味しいぞ、ほら、あーんしなさいよ」

「むううっ!?」


 小串に刺した黄色い果実の切り身を、無理やり彼女の口に入れる。

 うまいと思う。あ、待てよ。特定の食べ物に体質が合わない人とかいるよな。しまった、どうしよう。マリンがそうだったら。


「ど、どう? すごく甘いと思うんだけど」

「甘い……?」


 口を動かしながら、不思議そうな顔をする。


「ええ、そうですね。あまくて、美味しいです」


 ほっと胸を撫で下ろす。思えばものを食べているところをあまり見たことがないから、マリンが体質的な問題を持っていて隠しているかもしれない可能性があったんだ。配慮が足りなかったな。今度から人と接するときには気をつけよう。

 さて。おいしいものでなんとか気を休めたところで。

 ……大事な話というのは、ここからだ。


「あのさ。……もう少ししたら、オレ達はここを出るよ。君はしばらく、この王都で待っていてくれないか?」

「え――」


 火が付いたような勢いで、マリンが顔をこちらへ向ける。


「どう、して? 連れて行って、くれるんじゃ、ないんですか?」

「ん? あ、えっと、ちがうちがう、整理しよう」


 言葉の順番を間違えたかな。

 マリンは、オレ達との旅に興味を示してくれている。けれどそのためには、やっておかなければいけないことがいくつかある。


「昨日の戦いが認められて、オレと君はA級に昇格しただろう? だから、王立学園を飛び級で卒業できる。そうだね?」

「は、はい」


 言葉通り、オレ達は昨日から晴れてAランクのハンターになった。

 なお、それには例の事件が関係している。


 魔物による王都の襲撃は、王都支部のハンターたちを大きく成長させ、功績を積むことができた。

 あのとき、彼らのひとりひとりが人々のため戦った。それについて大した報酬はないけれど、代わりに、支部はハンターとしての実績という形で彼らの戦いを認めた。結果、何人かのハンターが一段程度昇格したと聞いている。

 オレやマリンは学生として戦っているから関係がないと思っていたが、奮闘は誰かが必ず見ているもので、王立学園の生徒達を守るため戦ったという事実がオレ達の実績に記録された。よってついに、このタイミングで、A級へとたどり着くことができたのだ。

 思えば長く働いた。感慨深い。ユシドやシーク、ティーダも、こんなふうに一生懸命やって今の地位を勝ち取ったということか。そんな仲間たちに肩を並べられる自分に、少しはなれただろうか。


 思考がそれた。

 在学中にAランクハンターになった武芸科の生徒は、それが卒業までに積み上げるべき成績のひとつとして計上され、結果として他の者より一足先に卒業を許される。これがいわゆる、飛び級だ。

 マリンはそれを達成したため、今年度のカリキュラムを終えれば晴れて学園の卒業資格を得る。この経歴を持つ人間は、王都では雇用の引く手あまただ。

 何より既にAランクハンター。マリンはこれから人間として大成していき、この王都で豊かな暮らしを勝ち取ることができる。それが予定されていた、彼女の“これから”だ。

 けれど。

 勇者の旅に出る、となると、少しだけ道は変わってくる。

 そしてマリンの将来を考えるなら。今すぐには、この街から連れ出すわけには、いかない。


「マリンが学園を卒業するまで、もう少しかかるだろ? その間、近くにいるはずの、もうひとりの勇者を探しに行きたいんだ」


 オレ達は、近くこの街から出るつもりだ。事件は解決に向かっている。結末を見届けたら、ここでやることはもうない。

 マリンが卒業するまでには、まだほんの何か月か残っている。この年の学業を終えるまではまだ学生なのだ。

 そしてそれだけの時間があれば、オレ達は、ヤエヤ王国に隣接する魔人族の領土を訪ねることができるはず。つまり、先に闇の勇者を勧誘しに行くわけだ。仲間たちとも相談したが、そうした方が合理的だとオレは思う。


「それに旅に出るならいろいろ準備がいるだろう。ご両親の懐事情も考えないといけない、そのときは、オレ達も協力するよ」


 この屋根の下にいるはずの、マリンの父母を思い返す。素朴で優しい、温かい家庭だと思った。

 けれど彼らはあまり裕福ではない。マリンは王立学園に通わせてくれたふたりに、その恩を返したいと言っていた。


「恩返しするために今日まで頑張ってきたんだろ? 勇者の旅なんかより、ずっと大事なことさ。まずは卒業、それから、お父さんとお母さんの生活を助ける!」

「………」


 じっとこちらの言葉を聞くマリン。

 言葉の意味は、わかってくれただろうか。


「君がもう少し大人になる頃に、必ず迎えに戻るよ。待っていてくれる?」

「……わかり、ました」


 そう言ってマリンは、小指を差し出してきた。

 これは……小さな約束をするときの、幼い子どもがするおまじないだ。


「いつかきっと、一緒に、旅を。ヤクソク、です」

「うん。きっと」


 ほんの軽い約束事。

 けれどこういうものを、ユシドは大人になるまで覚えていた。

 ならオレも、見習って。こんな小さな約束を、大事にしたいと思う。




 まぶたの裏の、暗闇の中。

 どん、どん、と、静寂を切り裂く、不安な音がする。

 身体を起こす。時刻はおそらく夜更けで、こんな時間に宿の部屋を訪ねてくる客など、日常ならいるはずはない。

 寝起きの頭を振る。同じようにして切り替えたシークもまた、扉の外を警戒している。

 灯りをつけないまま、ドアの取っ手を握る。強く強く向こう側から叩いてくる、その人物は、はたして何者なのか。

 一息に、戸を開けた。


「はあ、はあ、はあ! み、ミーファ、さん」

「マリン!? どうしたんだ?」


 この深い夜に、まるで長い距離を走ってきたかのような彼女の様子は、とても尋常ではない。

 騒ぎをききつけ、隣の部屋からも仲間たちが現れる。オレ達はマリンが落ち着くまで待ち、不安を押し隠して耳を傾けた。


「シャイン、が。あの子が、この前の魔物にさらわれて。ストーンが、それを追いかけて行って。私は、助けを、あの」

「――!!!」


 この前の魔物。あの、獣人タイプの魔物たちのことだろう。まだこの街の中に、潜んでいたなんて。

 彼らにはひとつの特徴がある。魔力のある人間を襲い、どこかへ連れ去ろうとする、おそろしい習性が――。


「魔物がどこへ向かったかはわからない?」

「わ、わかり、ます。学園の、あの、ええと。案内、できます」


 学園の……? 王都の外ではないのか?


「すぐに向かおう。ミーファ、シーク、ティーダさん、今すぐに、出来る限りの戦いの用意を」


 ユシドが号令をかけた。頷き、頭を叩き起こしながら身体を動かす。

 マリンに言葉をかけながら、最低限の装備を整える。時間はない。すぐにでも、ふたりを助けに行かなければ!


「行くぞ!」


 宿を出たら、全員で走る。

 場所は学園の中だという。途中から、ユシドがマリンを抱きかかえて走った。


 学園の門を乗り越え、そこへとたどり着く。

 夜の王立学園は、日中に訪れたときとは、まったく雰囲気が違う。あるべき人の気配がなく、ありもしない気配を自身が見つけ出そうとしてしまう。

 正直に言うと。怖い、と感じた。今の精神状態のせいもあるだろう。

 マリンの声に従って、学園の校庭を横切る。

 彼女が案内したのは……中庭にあるガゼボ。庭園に配置された休憩所で、生徒たちが腰を落ち着けて時間を過ごす、石造りの憩いの場だ。

 どういうことだ? ここも調べた。異常は何もなかったはずだ。

 冷や汗が流れる。自分が見落としていた致命的な間違いを、今、指摘されるんだ。


「ここに、ここに、地下への階段があったはずなんです。魔物はそこに入っていって、ストーンもそれを追って……でも、あれ、そんな」

「嬢ちゃん、どいてくれ」


 マリンの言う階段はない。そこに、ティーダが前へ出た。

 槍の石突で、強く地面を打ち付ける。音を鳴らそうとするかのように。これは、ティーダが魔法術を使うときの動作のひとつだ。

 ぐらぐらと、地面が揺れる。


「!!」


 石造りの柱が、屋根が、ぼろぼろと崩れ果てていく。無残に割れ砕けていくものの瓦礫を転がすと……そこには、本当に、地下への階段があった。

 心臓が跳ねる。学園に、学園にあったんだ。すべての真実は。

 恐ろしい想像がいくつも頭を過る。自分がのうのうと楽しくやっていた、その地面の下で、人々が囚われていたのだとしたら。


「……行こう」


 後悔などしても意味がない。今は、今できることをしなければ。

 身体に力を入れて、足を踏み入れる。オレ達は昏く、じめじめとした地下室へと、階段を下っていく。

 階段を下りきる。つくりからして、人間の建造した空間だ。もともと学園の一部だったのだと思う。

 ……かすかに、魔力の気配がする。どうしてわからなかったんだ。学園の地下にもう一階あったなんていう、くだらないことが。

 進もうという意思を込めて、仲間たちの顔を見る。そこで大事なことを思い出した。

 マリンは、これ以上進ませることはない。危険な戦いの予感がする。彼女には、さらなる救援の手を求める役を頼みたい。

 そう思って、一歩近づいたときだった。


 オレ達の立っていた地面が、光り輝き始める。

 ただの光ではない。なんらかの術式を描いた魔力の光だ。形と文様を目に焼き付け、その機能を記憶の中から高速で探す。これは――

 ――転移。転移の魔法陣!!

 あのとき、チユラやハイムルさん、マリンと一緒に、地下階層に飛ばされた。あのときのものと似ている。

 魔法陣は全員の足元にそれぞれ展開している。

 ……罠だ。これは、オレたちを分断するための罠。

 みんなの位置を見る。オレは一番近くにいたマリンに、必死で手を伸ばす。

 光が、視界を白く染めていった。



 ……空気のにおいと、音が変わる。

 目を開ける。不安から来る心臓の高鳴りを抑えきれない。

 予想通り、周りに仲間たちの姿は無かった。オレは勿論、みんなも、それぞれ別の場所へ飛ばされてしまったんだ。


「ミーファさん……」

「……マリン。こうなったら、オレから離れないで」


 けれど、ひとりだけ。仲間がいた。

 跳ばされる寸前で手を掴んだおかげか、彼女とは離れずに済んだ。……良かった。不幸の中の、せめてもの救いだ。

 みんなは、強い。ひとりでも戦い抜けると、オレは信じている。けれどマリンはまだ経験が浅く、やや心配だ。誰かと一緒にすることができて良かった。

 さて……

 ここから、どう動く。警戒しているが、すぐに襲われる気配はない。道は先に続いている。進むべきか……けれど方向もわからない。

 仲間との合流を目指すにしても、どうしたものか。

 いや、待てよ。合流、合流か。それなら……少なくとも一人は、心配はない。


「ミーファさん、みんなを探したほうがいいんじゃ」

「ああ。……でも、もしかしたら、さらわれた人々やストーンもいるかもしれない。……ここを、探索してみる」


 危険な選択だ。罠であることは明白ないま、軽々に動くべきではない。

 だが……動かなければ、何にもならない。リスクを覚悟してでも、足を動かすべきだ。

 それに、仲間と合流する手段はある。同じ空間にいるのなら、そのうちあいつとは出くわすはずだ。

 翠色のピアスの重みを、耳に感じた。


「わ、私も行きます」

「わかった。油断せずにいこう」


 マリンのことは心配ではあるが、彼女が頼りにならないというわけでは全くない。この王都ではずっとオレの相棒だった。誰よりも彼女の良さをわかっているつもりだ。

 力を合わせれば、この苦境は乗り越えられる。

 シャインを、ストーンを。人々を、助けに行こう。



 静かな空間を歩く。

 時にマリンが先行し、時にはオレが。二人で感覚を研ぎ澄ませ、進んでいく。

 魔物とは出くわさない。それが不思議だった。闘いの気配も、感じない。


「!!」


 いや。いま、地面が一瞬揺れたように思える。

 ……ティーダだ。彼が、どこかで戦っている。戦闘が起きているんだ。

 どうする。感覚としては、遠いな。ここからティーダとの合流を目指すか……?


「ミーファさん! あそこ……!」


 やや高揚した声。マリンの示した方向に目を向ける。

 そこには次の部屋への扉がある。何の変哲もないドアだが……考えるべきは、その向こうにあるものだ。

 かすかな魔力の気配がある。それも、複数だ。あの獣たちの巣である可能性があり、そこにシャインやストーンが連れ込まれているとしたら。

 ……いや。魔物に特有の感覚がない。毛や足跡などの痕跡もなく、そして、より集中してみるとわかる、これは、魔物のものというより、そう。人間の、魔力。

 まさか。

 これまでさらわれてきた人たちが、あそこに捕らえられているのか? 王宮の魔導師たちや、チユラの姉君も。


「行きましょう、ミーファさん」

「あ、マリン――」


 罠の可能性はある。だが、確かめないわけにもいかない。

 せめてマリンに先を行かせないようにすべきだ。そう思って後を追いかける。

 だけど、彼女も焦っているのだろうか。マリンは先に辿り着き、すぐにドアに手をかける。待て、と声をあげようとしたときにはもう、彼女はそれを開けてしまっていた。

 ……何も、起きない。罠ではないのか?

 扉が開かれると、中の気配はより明瞭に感じられるようになった。確かに、これは人間のもの。だが弱々しい。きっと何か月もここに閉じ込められているんだ。

 早く、助けないと。

 マリンがこちらを見て振り向いて頷く。

 その後に続いて、オレはドアへと向かっていく――。


『待て』


 足が、止まる。

 全く、予想もしていない声がしたからだ。その声は、オレの腰に下げた鞘から出ている。

 本当に、どれくらいかぶりに。イガシキが、話しかけてきたんだ。思わずそちらに目を落とし、耳を傾ける。


『その入り口をくぐるな。そいつの後に続くな』


 声を聞いて、顔を上げる。

 目の前では、マリンがこちらに背を向けて静止している。

 そいつ、って?


『そいつは人間じゃない。オレの同類だ。“何か”にさらわれようとしているのは、お前だよ。雷の勇者』


 ………。

 彼が、何を言っているのか、わからない。

 久しぶりに喋ったと思ったら、それは唐突で、支離滅裂だった。


「……はは、ごめんマリン、こんなときに。しゃべるんだよ、この道具。驚かせてごめん」


 しばしの沈黙の中で絞り出した声は、何故か震えていた。

 汗が落ちてくる。身体が冷たい気がする。

 ああ、なんだよ、こんなときに、こいつは。困ったものだ。意味が分からない。その言い方だと、まるで。


 マリンが、ゆっくりと、振り返る。

 その顔はいつものように、戸惑った笑顔なんだろう。あどけない顔立ちで身体を引きながら、困った顔で見つめてくる、記憶の中のマリン。何度も見た顔だ。

 身体がこちらを向く。

 戸惑った笑顔――

 では、なかった。


 虚無。

 平静。平坦。なんの感情も読み取れない、そんな顔。

 その中で。その金色の瞳だけが、地下の暗い闇の中で、灯りのように淡く発光している。

 そして、小さな口が、開く。




「―――イガシキ。どうして、話してしまったの? あなたはヒトの側についたの?」





「え……?」

『お前こそ、なんだその姿は。笑わせる、人間は嫌いなんだろう。……何より、あの強大な魔力はどうした?』


 知っている口、知っている声。知らない言葉。知らない、色。

 何を、言っている? どうしてイガシキの名を。どうして、そんなふうに、知り合いみたいに話す?


『ああ、ようやくわかった。何があったのか知らんが、失った力を回復するために人間どもを飼っていたわけか。飯さえ食わせておけば、魔力を生むからな』

「……どうして?」


 イガシキの言葉に、マリンのうつろだった顔が、声が、だんだんと仄かな怒りと卑屈な不安定さを帯びてくる。

 これは、こんな、こんな彼女は、見たことがない。


「どうして、どうしてばらすの? お友達だったでしょう? ほ、ほら、この子はあなたがモデルなの。ねえ、イガシキ?」

「っ、え? す、ストーン?」


 いつの間にか、マリンの隣にはストーンが立っていた。まるで闇の中からじわりとしみ出してきたかのように、静かに、突然に。

 一体どこから。わからない。そして……

 そこにいるストーンの顔には、なんの感情も浮かんでいない。明朗快活だったあの少年は、まるで別人のように。……人形のように、ただそこに立っていた。


『知るか。お前と友になった記憶はない。単なる同族のくくりだろう』

「そんな……ひどいわ……ひどい、ひどい、ひどい!!」


 悲痛な叫びとともにマリンの手が白銀の光を帯び、それはやがて鋭い刃に変わる。

 そして。彼女は、傍らにいた少年の身体を、刺した。


「!? や、やめろッ! マリン、何を!? ストーン、が……え……?」


 何度も何度も何度も刺され、地面に仰向けに身体を投げ出したストーン。

 だがそれでも、彼の顔には何も浮かんでいない。そして、血も、流れていない。

 そして、消えた。こつぜんと。何の前触れもなく。目を擦る。たしかに、ストーンはそこにいたはずだ。なんで、なんで。


 足が折れる。膝が地面に着いた。

 ストーンを刺して顔を伏せていたマリンから、目が離せない。

 その白銀の髪が、淡い光を放っている。頭のてっぺんには、魔力の光で形作られたナニカがじわりと現れていく。

 あれは、王冠だ。光の、王冠。


「マ、リン……?」

『でも、いいの!』


 顔を勢いよく上げる少女。金色の輝く瞳は、今度は、喜びに満ちていた。


『わたしにはミーファさんがいるもの。素敵な方よ。ね?』


 目を細めて笑ってくる。それは、自分の知っている笑顔のようでいて。どこか、肝心な部分が、違っているような。


『驚かせてごめんなさい。そのうち話すつもりだったの、本当よ?』

『わたしの本当の名前はマ・コハ。でも好きなように呼んでね? 今まで通りマリンでもいいの。あなたにそう呼ばれるのは好き』

『あなたは優しいひとだわ、イガシキと仲が良いもの。優しいひとはきらいじゃない』


 マリンは、マリンだったなにかは、一方的に話しかけてくる。

 その目はオレを見ていて。だけど、本当にオレを見ているのか、わからなかった。


「きみ、は」


 かすれた、ふるえた声が出た。


「人間じゃ、なかったのか?」

『そうだけど。それが何?』

「君の両親や、仲間たちは」

『このひとたちのこと?』


 いつの間にか。さっきみたいに、マリンの傍らに、人がいた。

 優しく懸命なマリンの父親と母親。若く明るい仲間だった、シャインとストーン。


『最初からいないわ。ほんの少しの間、人間の真似をしてみたかっただけ』


 つまらなさそうにそう言うと、マリンは腕をひとつ振るった。

 4つのヒトが、ぐしゃぐしゃにひしゃげて、つぶれる。たたまれて、丸くなって、小さくなって、そのまま消えた。


『すべてはやつの光の操作で見せられた幻覚だ。得意技だよ』

「まぼ、ろし? あれが?」


 そんなはず、ない。シャインにもストーンにも、触れた感触があった。人格があった。将来の夢を語っていた。

 あれが、全部、嘘? 魔法で作られた影だっていうのか?


 力の入らない足で地面を押して、みっともなく後ずさる。気付いたら、そうしてしまっていた。

 それを見た彼女が、眉をわずかに動かす。


『ねえ、ミーファさん。そんなに怖がらないで』


 あたたかい声で、語りかけてくる。


『人間はわたしたちを魔物と呼ぶけど、ひどい言いがかりだわ。わたしたちだって、この星を救いたいだけの、あなたと同じひとつの命なのに。こうして、お話だってできるでしょう』


 マリンが、白い手を差し伸ばしてくる。

 あのときと同じように、あのときと同じ微笑みで。


『ミーファさん。手を取りあいましょう?』

「……戦わなくても、いいの?」

『もちろん! 一緒に星を救う旅に行きましょう。わたしとミーファさんなら、きっとできるわ。“なんだってできる”、そう言ってくれた』


 優しく笑う白銀の少女。

 オレは、彼女の手に、右手を伸ばす。

 ……そのとき。無意識に左手で触れていたイガシキが、かすかな振動を伝えてきた。


「……どうやって、星を救う?」


 そう聞くと少女は、にこりと花が咲くように笑った。


『まずはこの街を壊しましょうね。人間は星にとっての害悪だもの。今のうちに滅ぼさないと、大変なことになるわ?』


 無邪気な……いや。

 こういうものを、酷薄な笑み、というんだろう。

 それで、彼女に伸ばそうとしていた手が、止まった。


『あなたにはまだ想像できないかもしれないけど、一緒に見た綺麗な星空だって、やがて人間の手で見えなくなる。そんなの、いや』


 足に力を入れて、立ち上がる。

 破裂しそうな心臓を手でおさえて、相手の目を見る。


「なぜ、こんなことを」

『?』


 小さな声しか出ない。喉が何かにしめつけられているかのようだ。


『ああ、魔法使いたちをここに連れてきていたこと? 魔力を分けてもらっていただけです。この先のお部屋でみんな安らかに眠っているし、心はわたしが作った異界で幸せにしているのよ』

『魂を静止させられることが幸せかどうかは、大いに疑問だがな』

『もう、イガシキったら。何百年経っても皮肉屋なのね。ほんとうに、ひどい』


「ちがう……」


 そんなこと、今はどうでもいい。そんなことが聞きたいんじゃない。


「どうして……どうして、オレに近づいて、ずっと騙していたんだ。最初から、他の魔導師みたいに、襲ってさらえばいいだろう」

『……………さあ?』

「ふざけているのかッ!!」


 話すうちに声が荒くなっていく。それを受けても、彼女は、まるで本当にわからないというような、とぼけた顔をした。

 そして。


『そんなの自分でもわからないわ。――いちいち、理由がないといけないの?』

「ぐ、っ……!」


 重圧。

 言葉が、視線が、態度が、重くのしかかってくる。膝がまた折れそうだ。儚く気弱なマリンにはなかったものを、瞳の奥から感じる。

 これが、本当の彼女。得体のしれない、圧倒的な何かを秘めた、上位の存在。

 でも……

 屈するわけには、いかない。


『ほら。一緒に行こう、ミーファさん。あなただって、心の底では人間は好きじゃないでしょう? 目を見れば分かるの』

「……は」


 人間を好きじゃないって? たしかに、そういう時期もあったよ。苦しくてつらかった。人のいやなところはよく知ってる。

 だけど……

 目を見れば分かる? 笑わせるな。ずっと一緒にいて、オレの何を見てきたんだ。


「……いいや。君はオレのことを、何もわかっていない」


 オレも、君を、わかっていなかった。


「好きな人間も、いるんだ。――いっしょには、いかない」


 柄に手をかける。マリンと出会ってからずっと抜けなかった剣は今、驚くほど簡単に抜けた。

 切っ先を……マリンに、突き付ける。

 いや。

 人々を脅かす、光魔マ・コハに。


『そう。なら、遊びましょうか』


 少女は目を細めて笑い、星明かりのようにきらめく。

 楽しいことが始まるのだと、声を弾ませる。


『ミーファさん。わたしの、素敵なお友達』


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