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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
輝きの王都 / あなたのともだち
43/63

43. 王都を守れ!

 夜。その暗い空の下では、人は火を灯すことで闇から身と心を守る。

 ここは王都近辺の野外。オレは仲間たちとともに強力な魔物討伐の仕事を終え、設営した休息地で灯りを囲み、団らんを楽しんでいた。ちょっとした遠征だ。

 仲間というのは……おなじみの勇者仲間、シークとユシド。そしてこの街で知り合った3人の若者、マリン、ストーン、シャインのことだ。今回ティーダは王都でひとり留守番をするとのこと。

 火とお茶で身体をあたため、みんなの様子を眺める。今日は大人数で敵を打倒することを通して、さらに親交を深められたように思える。シャインもストーンも達成感のあるすがすがしい表情だ。

 また、希少かつたちの悪い魔物を討伐できたことで、実績もずいぶん稼げた。オレとマリンのAランク到達に、もうすぐ手が届くというところまできている。


「ん……?」


 準備していた食事をみんなが口にしている光景。けれど、マリンがいないことに気が付いた。準備のときにはしっかり働いていたのに。

 シャインに、彼女がどうしていないのか聞いてみる。マリンは、すぐそこにある小高い丘で涼んでくると言っていたそうだ。オレにはこの火の周りがちょうど良いくらいの暖さだったのだが、彼女には暑かったらしい。

 視線を彷徨わせてみると、テントの向こう側になだらかな自然の坂道があった。オレは席を立ち、みんなに断って、マリンを探しに歩いた。


 しばらく坂を少し上り、草の緑を踏み進むと、広大な平原に出る。岩が転がっていたり木が立っていたりするのはもう少し向こうなのだろう、いま視界にあるのは、風に揺れる緑と夜の蒼だ。

 ……それと、星明りに濡れた、白銀の髪。

 ひとりでぼうっと佇むマリンの顔は、ただ何もない平原の向こうへと向けられている。前髪に隠れた視線は遠くからではわからないけれど、なんだか、ここではないどこかを見ているような感じだった。

 どこか儚く神秘的な雰囲気に、話しかけるのをためらう。オレは少し息を整えてから、彼女へと近づいていった。


「マリン、ここにいたんだ」

「ミーファさん」


 声をかけると、いつもの彼女に戻った。まだ学生らしい幼さの抜けきらない、あどけない表情のマリンだ。

 けれどこの頃は、戦いの中でも頼れる仲間と思えるほどになってきた。すぐにオレたちと肩を並べる魔導師になるだろう。マリンには強い力がある。

 光の勇者の証、巨大な魔力、治癒術の才能、魔法術や古代語の知識、そして……信頼だ。

 彼女とは……本当に、親しくなれたと思う。今はもう大事な仲間のように思っている。それだけ、短いようで長い時間、この王都でたくさんの経験を共にした。

 オレ達は、いつまでここにいられるだろうか。この街で出会った人々との別れは着実に近づいているはず。

 そろそろ、話をしないといけない。自分たちが王都に立ち寄った、本当の目的を。


「マリン。少し、いいかな」

「ミーファさん、見て」


 話の出鼻を挫かれる。マリンはそんな台詞を言いながら、自分の真上……空へと、目を向けていた。

 彼女の隣に立ち、夜空を見上げる。


「おー、これはなかなか」


 暗闇のカーテンの上に、たくさんの小さなひかり。つまりは、見事な星空がそこにあった。

 あまり星見の趣味はなかったが、けっこういいものだ。美しく散らばった白銀の瞬きは、マリンやチユラの使う光の魔法術と似ている。絶対に手が届かないそれらを掴もうとすると、何も触れられはしない代わりに、心に何かが入ってくるようだった。


「良い場所ですよね。よその星が綺麗にみえる」

「ああ、うん」

「ねえミーファさん。空の星って、ひとつひとつがこの世界より大きいんですよ。とっても遠くにあるから、小さく見えるだけなんです」

「へえっ。なにそれ、おとぎ話の一節?」

「ううん。本当の話」

「ふーん……あ、いやまあ、知ってたけど?」

「ふふ」


 話しながらマリンの顔を見ると、やけに機嫌がいいように思えた。真実かどうかわからないが、彼女の話はおもしろい。“星”と“世界”は同じ意味のある言葉だから……ええと……なるほど。

 と、分かった気になる。学校の教科書や最近の本に載っている話だろうか。さすが博識なことだ。

 もっと話を聞きたい気分にもなったけど……先に、こちらのことを伝えよう。


「マリンはさ、ヤエヤ王国から出たことはある? 遠くの町まで、旅をしたことは」

「……あります。ええと、バルイーマまでは行ったことがあるんです。闘いのお祭りを見ました。そのときは、なんだか、楽しかった。色んなものがあって、色んな人がいて」

「ああ。旅は楽しいよ。特に、仲間たちとの旅は」


 すうっと息を吸いこむ。やっぱりこの瞬間は、どうしても緊張してしまう。

 不思議そうな表情をする彼女に、視線を合わせる。そして、少しの勇気を出した。


「だから……オレ達と一緒に、外の世界へ行かないか」


 言った。

 続きの言葉を組み立てていると、しばらく沈黙が続いてしまう。その間、ゆっくりと、マリンの目が丸くなっていく。


「ええと、というのもね。七勇者の伝説について、学園で習っただろ。……君のその手の紋章。それが勇者に選ばれた人間の証なんだ。ほら、前に見せた、オレのも。だから――」


 マリンの手を取って、自分の手の甲と照らし合わせる。形は完全に一致している。以前見せたときは説明をしなかったけど、これで隠し事はない。

 これは勇者の役目にふさわしい魔力を持つ者の身体に浮かび上がるもの。彼女の秘めた才能とこの刻印は、マリンが光の勇者であることを示している。

 だから、いつか共に旅立ち、使命を果たしてほしい。

 そう伝えた。


「……やっぱり、そうだったんですね。そうじゃないかなって、思っていました」


 紋章の刻まれた右手を大事そうに抱え、マリンは目を閉じた。

 あとは、彼女がどうするか。人間世界を守るためとはいえ、マリンにはマリンのこれまでがあるのだから、無理強いはできない。命を落とすことや、取り返しのつかない怪我を負うこともある。ただの気楽な旅ではない。

 それを聞いて、彼女は。


「みんなと……あなたと、旅をする。この星の色んなところを、見に行く」


 目を開いて、オレを見る。白銀の髪が星明かりなら、金色の瞳は月のようだ。


「それはきっと、何よりも素敵なことだって思うの。本当よ? 嘘じゃなくて、ほんとうに……。だから、わたしも、あなたと」


 自然な笑顔だと思った。笑うマリンは綺麗で、瞳と髪が光って見える。

 これが彼女の気持ちだ。なら、あとは、連れだすだけ。

 君の心を聞けて良かった。


「……それが素の喋り方?」

「あ、ご、ごめんなさい、馴れ馴れしくて……」

「なんで? いいよ。やっと仲良くなれたみたいで、嬉しいんだ」


 しばらく笑い合いながら星を眺める。

 そのあと、もうひとつ大事なことを伝えることにした。


「これはある意味さっきの話より大事なことなんだが……実はいま王都では、力ある魔導師が何者かにさらわれているんだ」

「え?」


 びくっ、と、肩をふるわせ反応するマリン。その表情は不安と恐怖に彩られていた。

 大丈夫だ。君に危険が及ぶことだけは、オレ達がさせない。


「マリンが狙われたら、オレ達が守ってみせる。けれど、くれぐれも気を付けてほしいんだ。もうすぐ何か、動きがある気がしてならない」

「……私がさらわれたら、ミーファさんは助けに来てくれますか?」


 上目遣いに見上げてくるマリン。声は少し震えている。


「絶対に助ける。約束するよ」

「ならきっと、ミーファさんがさらわれたら、私があなたを守ります。ヤクソク、ですね?」

「へ? お、おう。ありがとう」


 全然想定していなかった言葉をかけられ、面食らう。オレがさらわれる、か。たしかに一度あったことだしな。気を付けているつもりだったが、もっと気にした方が良いか。


「じゃ、ほら」

「?」


 小指を立てて差し出すと、マリンは首を傾げた。

 なんだ、知らないのか? ここの地方だとやり方が違うのかな。


「約束を結ぶときは、こうして小指を絡ませる仕草をするんだよ。誰でも知ってると思ってたんだけど」

「あ、その。えへへ」


 そうして約束を交わす。

 きっとこの王都で、マリンを、人々を守って見せる。できることは、あまりに少ないけど。


「……ミーファさん。わたしたちは、お友達、ですよね」

「? もちろん! マリンからそう言ってくれて、嬉しいよ」


 そう返すと彼女は、前髪から覗く目を細めて、微笑んだ。




 いつものように、学園の訓練着を着て、屋外訓練場で汗を流す。

 “いつものように”と思える程度にはここで過ごした。級友たちとも、まるで旅の仲間か家族のように多くの時間を共にしたことになる。とくにチユラ王女とは絆を深められただろう。王立学園での日々は、オレにたくさんの心地よい記憶をもたらした。

 だが……。

 並行して、消えた魔導師たちの行方を追っていた。怪しい空間の探索、関係しそうな人物の追跡など、ユシド共々、出来ることはやったつもりだ。

 けれど結果として、学園の関係者は恐らく、事件とは関係がない。あの校長先生もだ。彼女はただの頑固で学生想いな人物でしかなかった……。

 こうは言いたくないが、本来の目的を考えれば、無駄な時間となったわけだ。オレ達が王都にやって来たあたりから魔導師は消えていないという事実だけが幸いだが、結局何も手がかりがない。下手人はもう、別の町に行ってしまったのだろうか。だとしたら、悔しくてものも言えないくらいだ。それに、王都の消えてしまった人々は……。


「ミーファさん、平気? 顔色が悪いわ」

「――ああ。ごめん、考え事をしてた」

「………」


 今は、いつかのように新しい魔法術を試す訓練の時間だった。チユラが、いつの間にかオレのすぐ近くにいる。


「ミーファさん、あなた方はよくやってくれています。あまりこの国のことだけに縛られないで。私たちはそんなに、弱くはないもの」

「……うん。でも、もう少しだけここにいたいんだ」


 チユラと話していると、心が落ち着く。彼女にはなにか、人の心を掴むような力があるのかもしれない。王女様だし。

 彼女には勇者としての素性を明かした。以来、学園内の調査に協力してもらっている。いや、そもそも彼女自身も、消えた姉……パリシャ王女の行方を追って、できることを探していたのだ。王国の力ある人々はみな、この事件を追いかけている。

 なのに、なぜ。こんなにも、尻尾が出ない?

 オレは……オレたちは、何を見落としているんだ。


「……? 何か、騒がしいな」


 遠くの方で声がする。人が、大きい声を出している。

 耳にしてから数秒の内に。ひどく、不安な感じがした。


「きゃああああっ!!??」


 今度は遠くからじゃない。

 すぐそば。クラスメイトの女生徒の声だった。反射的にそちらを見る。

 そこにいたのは……

 赤い髪の女生徒。同じ魔法術クラスに所属している育ちのいいお嬢さんだ。

 だが、その顔はいま、涙と恐怖でいっぱいになっている。

 彼女は――大柄の、獣人型の魔物の手に、捕らえられていた。


「な――」


 なんだ、これは。

 全身の毛が浮き上がる感覚。到底受け入れられない光景。次代の平和を担う子どもたちを育てる、王立学園。そのど真ん中に、いてはならないものがいる。

 誰もが身体を固くする中、その注目を集める獣は……たしかに、その耳元まである口角を、上げた。

 笑ったのだ。


「いや、だ、だれか――」


 狼の亜人、いわゆるウェアウルフに分類される魔物。そいつが地を蹴る。向かう先は無防備に陥った学生たち――では、ない。

 あらぬ方向。学園の端へと身体を向けている。つまりやつは、捕らえた彼女を傷つけるのではなく……そのまま、連れ去ろうとしている。

 ――なにをやっているんだオレは! このままでは、まずい!!


「止まれ」


 駆け出そうとした矢先、低い男性の声。同時に、ウェアウルフの動きが止まる。見れば、全身を水と風の魔力によって拘束されていた。

 やったのは、杖を構えた男性……この時間の訓練を担当していた、デキヤ教諭だ。


「うちの生徒を、離しなさい」


 鋭い風の刃が、ウェアウルフの太い腕を切断する。手の中に囚われていた少女は、地面に投げ出された。

 すぐに走る。チユラが彼女を抱え離れるのを見届け、雷の刃で敵を焼き尽くす。

 悲鳴のような遠吠えを上げ、魔物は光の中へと消えた。


「……バカな。王都の中、いや、学園の中に、魔物が現れるなど……ありえない」


 倒した魔物のいた焼け跡を見て、先生がつぶやく。

 そうだ。このヤエヤ王都は、世界でも有数の堅固な結界に守られている。その中にいて、ダメ押しとばかりに、この王立学園にもまた独自の結界が施されている。

 どちらも強力な光の魔法術。破邪の魔物避けを、彼らが越えられるはずはない……。


「みなさん、校舎の中へ! 何か、恐ろしいことが起きている。学園の職員として、あなたたちの身は我々が守ります」


 珍しくデキヤ教諭が声を荒げるのを耳にして、我に返る。

 騒動の直前に遠くから聞こえた声。あれは、誰かの悲鳴だ。

 終わっていない。これから、始まるんだ。何かが。


「そんな……!? うわああーーっっ!!??」


 校舎の中に、屋外の生徒たちが逃げ込んでいく途中。

 次々と、魔物たちが湧いてきた。地面から、しみ出すように。

 そして彼らは人に牙を剥けず、どこかに連れ去ろうとしている。オレは訓練用の剣を抜き、逃げ遅れた生徒たちを襲う個体を焼き斬った。彼に、彼女に、走るように伝える。


「ち!」


 剣が崩れ落ちる。動揺が魔力に伝わり、必要以上の力を刃に流してしまったんだ。

 魔物は一匹ではない。周りの個体が、オレに手を伸ばしてくる。それはウェアウルフだけでなく、他の動物の魔物もいたが。やはり一様に人のような手足を持っていて、そして、笑っていた――


「ロイヤルキック!!」


 一番近くの魔物が吹き飛んでいく。オレは拳を握り、そこにつくりだした雷の刃で、周囲の獣を切り払った。

 だが終わりではない。次々と、まるで限りがないかのように、やつらは現れる。

 オレは脚に力を入れ、チユラと背中を合わせ、胸の魔力をたぎらせる。


「王女様? みんなを率いて、避難を先導するべきでは」

「御冗談。それは副委員長に任せます。……それにこれ、どう考えても“核心”でしょう」


 彼らの目は、こちらを見ている。

 オレ達の魔力の輝きに、引きつけられているかのように。校舎の中にいる他の学生達より、こっちが“対象”らしい。

 つまりは……そういうこと。

 真相は何もわかっていない。今わかるのは、こいつらが、魔力を持つ人間をさらおうとしていること。

 そして。今戦わなければ、オレがここに来た意味がないということ。

 それだけ。それだけあれば、頭を切り替えるには十分だ。

 金銀の光が弾け始める。背中越しにいる彼女が心配な気持ちが、3割くらい。……頼もしい気持ちが、7割くらい!

 考えるのはあとだ。今はただ、目の前のやつらを退ける!



 ………。

 もう何体目か分からない獣を切り裂く。

 かなり長く戦っている。オレはまだ余裕があるが……校舎を守っている先生たちが、見るからに消耗している。

 これは、まずいな。やつらが魔力を持つ人間を狙っているのだとしたら、その対象は、魔法術で戦っている先生たちも――


「ぐっ!?」


 デキヤ教諭が両手で腕を押さえこまれた。いけない!

 ここからは少し遠いが、すぐに助けなければ。

 ……いや、あれは!

 魔物に、光の槍が突き刺さる。どこかから飛来したそれに助けられ、先生はなんとか窮地をしのいだ。

 色からして光の魔法術。チユラのものではない。なら、あれはやはり。


「はあ、はあ。ミーファさん!!」

「マリン……!」


 「来てはダメだ」、最初に浮かんだのはその言葉だ。

 しかし校舎から出てきてしまったのは、彼女だけではなかった。

 大盾の少年がマリンを魔物から守り、短刀の少女が敵の首を斬りつける。……ストーンに、シャインまでもが。たしかに彼らはみな、頼りになる仲間だが。

 ……まだだ。まだ、出てくる。

 各々の武器を手にした武術クラスの学生たちが、魔法術クラスの子たちを厳重に庇う陣形で展開しつつある。拙さはあるものの、しっかりと互いをかばい合い、獣人に立ち向かっている。

 大人に守られるべき彼らが、自分たちの学園を守ろうと奮闘している。それは、良いことなのか、愚かなことなのか。

 魔物たちの目的を知っているオレからしてみれば、それは褒められた行為じゃない。

 けれど……

 気分は、上がってきた。


 彼らに魔の手が伸びないよう、敵の群れに切り込んで暴れる。

 自分の身は自分たちで守ると、みんなは主張しているのだ。ならばオレも、後ろを気にせずに攻めてしまっていい。

 魔力の猛りに惹かれ、獣たちが向かってくる。これでいい。うまく引きつけられている。

 電撃の刃で、前方の敵を吹き飛ばす。そして、後ろの敵は――


「風神剣っ!!」


 翠の風が切り刻んでいく。

 やっと来たか。これでもう……不安は、何もない。


「ごめん、遅くなった。学園内の魔物は、ここに集まってきてる」

「わかった。なら、戦うぞ、ユシド!」


 そばにいるユシドの魔力に、右耳の飾りが反応している。

 翠色の光を宿した剣が振り上げられる。周りを取り囲んでいた獣たちは、風に巻かれて宙に投げ出される。

 彼らの身体を斬りつける荒々しい風に、さらなる破壊のエネルギーを上乗せする。竜巻に乗った稲妻が、敵を貫いていく。

 ふたり分の魔力が敵を蹂躙していく。それは、文字通りの嵐だ。

 そうして、目につく敵を倒していく。何故今ここを襲ったのかは知らないが、それは失敗だ。オレはおまえたちを倒しきるまで、戦うのをやめない……!

 やがて、嵐が止む。学生たちを襲う獣の群れは、ほとんどが光に消えていった。

 もう少しで、どうにか乗り切れるか。


「ぐあああっ!!」

「っ! ストーン! 大丈夫か……」


 向こう側から、ひとりの少年が吹き飛ばされてきた。得物の大盾とともに弾き飛ばされてしまっている。すぐに駆け寄ろうとして、けど、嫌な予感がして、みんなが戦っている校舎の辺りを見た。

 ……ひとまわり、大きい身体。鋭く長い爪。今まで蹴散らしてきたやつより、明らかに格上だ。

 それが。

 マリンの前に、立っている。


 すぐに、身体が動いた。

 風を纏った足が、地面を抉る。景色がぐんと流れて、真っ直ぐ向かう先にあるひとつの光景だけに意識が集中していく。

 もう腕を振りかぶっている。鋭い爪だ。マリンを連れ去るにしても、傷つけずに、という決まりはないんだと思った。あれが振り下ろされればただではすまない。

 どうする。腕を斬り飛ばすか。殺すか。爪はもう届く寸前だ。だめだ。だったら――

 手を伸ばす。マリンの、見たことないくらいの驚いた顔が、見えた。


「……が、ふッ」


 血が流れる。なんとか、追いついた。

 オレの身体に、爪が突き刺さっている。気持ちが、悪い。

 この、や、ろう。人の、腹に。痕が残ったら、どうして、くれる。

 爪を掴んで、力を入れる。吹き飛ばしてくれようと思った、けど、うまく頭が回らない。


「うああああっっ!!!」


 どうしたもんかと思っていると、獣は、横から来た翠の風にぐしゃぐしゃにされて、目の前から吹き飛んでいった。

 残った爪を握りながら、膝をつく。これ、抜いたほうが、いいんだっけ……? 抜かない方が、正解?


「かふ、ぶッ、ぐ……」


 痛い、な……! 久しぶりだ、こんなの。まあこういう、うまくいかない日もある。大丈夫だ、これ、くらいの、傷!


「………どうして」

「――?」


 ぼやけてくる目と耳。なんとか首を動かすと、目の前に、銀色の少女が立っている。

 顔が良く見えない。声は……心底不思議だ、とでも言いたそうな、そういう声だった。


「ミーファ! ……ミーファ!! 今すぐに治療する、少し耐えて……!」

「ぐ、あ、があああっ!?」


 眠りそうになっていた意識が引き戻される。これは、刃を引き抜かれる痛みだ。痛い、痛い、痛い!!

 情けない。こんな姿を見られるなんて。おかしいな、こんなこと、勇者なら、シマドなら、平気で立っていないといけないのに――

 爪が抜かれる。赤い血が流れだす。熱い痛みのあとは、力が抜ける恐怖と寒さがやってくる。

 この感覚は、知っている。魂が知っている。すべてが暗い場所に落ちていくような感覚は、初めてじゃない。

 これは、死というものだ。

 目を閉じる。温かいものを身体に感じながら、オレは、眠りについた。

 どうして、こんなことになってしまったんだ。

心残りだらけだ……。

 ごめん、みんな。マリン。ごめん、ユシド………。

 ………。

 …………。

 ……………。

 …………あれ、もう痛くないな。


「あれ? うおっ」


 目を開ける。泣きそうになっていた少年の顔が飛び込んできた。近い。


「よかった、ミーファ!!」

「ちょっ、おい、アホか……!」


 横になっていた身体を起こすと、盛大に喜びながら、ユシドは抱き着いてくる。ユシドの身体はオレより太く、重く、硬くて、強く抱きしめられるとちょうど心地がいい。首からはいつもの香りがする。

 いや、こ、こんなことしている場合か。魔物がすぐそこにいるはずだ。

 頭をぽかりと叩き、やつを引き剥がす。ユシドは立ち上がり、首を振って、表情を落ち着いたものに戻した。


「ミーファ、身体はなんともないんだね? ……マリン、ありがとう。君はすごい人だ」

「………」


 その言葉を聞いて、すぐそばに、マリンが座っていたことに気が付いた。

 そうか。彼女がオレを治してくれたんだ。あの一瞬で、完璧に。

 すごい、すごすぎる。彼女は正真正銘、光の勇者だ。人々を救うのに、こんなに明確に役立つ力は他にない。マリンの手は、人を癒す手なんだ。

 でも……浮かない顔を、している。


「ミーファ、さん。ごめんなさい。こんなことになるなんて。私のせいで、あなたが……」

「マリンのおかげで、治った、だろ。ありがと!」


 手を差し出す。まだ、こんなところで座っている場合じゃないさ。喜び勇むならともかく、うじうじする理由なんかあるか?

 ためらいながら、それでも、マリンはオレの手をとった。強く引き上げ、手を繋いで、共に並び立つ。


「さあ、もう少しだ。みんなで、学園を守ろう」


 振り返れば、オレを見守っていたのは、ふたりだけじゃなかった。

 お世話になった先生に、クラスでの時間を共にした少年少女達。離れた所で戦っているチユラやストーン、シャインも、こちらを気にしてくれている。

 情けないところを見られちゃったな。だったら、ここから挽回だ!


「ミーファさん。手を離さないで」


 マリンがそういうと、白銀の光が、彼女の手からオレに流れ込んできた。

 身体が熱い。治癒の魔法術……? いや、これは。

 腕に、足に、力がみなぎるようだ。まさかこれが、光の、身体強化の術?

 他の学生から、訓練用の片手剣を受け取り、無造作に振るってみる。それだけで、ちょっとした風が起きた。……なるほど、感覚としては、魔力の流れが筋肉の動きを補助しているかのような……。

 口角が上がる。これなら、誰にも負ける気がしない。

 手を離して一歩下がってしまったマリンの、その手を、また引っ張る。目を合わせて、自分の手と彼女の手を叩き合わせた。


「オレと君なら、なんだってできる。一緒に戦うよ、マリン!」


 この身体に満ちる力は、彼女の光だ。だから、一緒に戦っている。

 振り返って、戦場に向き直る。ユシドと頷きあい、残りの獣たちを視界におさめる。

 さあ、力を振り絞れ――!




 同じ時間。学園の外。

 すなわち、ヤエヤ王国、王都守護結界壁の内側にて――

 おびただしい数の、獣人が出現していた。


 魔物と呼ばれる彼らは、本能のままに人を襲うものたちだ。人々は結界が機能していない事実に驚愕しつつも、戦う者、守る者たちは武器をとり、国を守るために獣へ立ち向かった。

 そして、気が付く。人を襲うだけでなく……人を、どこかに連れ去ろうとしている個体が存在することに。

 事態に当たりをつけた王国の兵士たちは、国民を守るべく街中を奔走する。王の膝元で、兵たちの目の前で、人々がかどわかされる。それだけは決して、あってはならないことだ。兵たちは指示に従って魔物の襲撃地へ向かう。

 だが、その中には、指示を無視して自分の大切な人間の元へ駆け出す者もいる。救援の届いていない区域に家を持つ者たちだ。

 この広い王都の全域で起こった突然の事態に、軍はまだ対応しきれていない。その手が国民のすべてに届くには時間がかかる。……とりこぼす可能性が、出てしまう。

 例えば。

 城や駐屯地から離れたこの区域にも、逃げ遅れた人々が、そこかしこに。


「な、なんで街の中に、魔物が!?」


 立派な槍や剣を担いだ彼らは、王都のギルドに所属する若いハンターたちだ。しかし仕事をこなして帰還する途中、気を抜いていた街の中で襲われ、今は混乱の極みにある。

 逃げ遅れた人々どころか、自分たちの身を守るのが精いっぱいだ。今も、パーティーの魔導師が執拗に爪に狙われ、得体のしれない恐怖にさらされている。


「ギルドに、ギルドに逃げ込めば安全だ。早く行こう!」

「でも、こいつら、強くて――あ」


 惨事から逃げ出そうとして、背中を見せたのがいけなかった。無防備な背中に、魔物の非情な爪が迫る。


「ううっ!! ……う?」


 しかし、それが届くことはなかった。

 舞い散る血しぶきが、光のつぶに変わっていく。獣人の魔物は、大質量の鉄塊によって脳天から叩きつぶされていた。

 王都の整備された道を割り砕いた大剣は、持ち主の背中に戻される。

 やったのは……背の低い、フードを目深に被った少年だった。


「あ、あんたは……S級のアーサー!」

「た、助けてくれたのか」


 腰を抜かしてしまった魔導師の男性が、アーサーを見上げる。それによって、普段は見えないはずの少年の素顔が、垣間見えた。

 紅と蒼、二色のひとみ。遠くを見ていたふたつの目が、ふと、ハンターの男を見下ろした。


「……弱い奴らは、大人しくしていろ。おれが、全部倒す」


 まだ声変わりもしていない、幼い少年の声だった。しかしそこには、本当にそれを成し遂げるだろうと思わせる威圧感がある。

 大剣を背負った少年がそこを去る。その区域にはもう、魔物の姿は無かった。


「……おい。弱いやつら、だってさ」

「S級だからって、新参に活躍持ってかれていいのか」

「みんな。ひとまず、できることをやろう」


 若いハンターたちは、震える身体をなんとか持ち直し、恐怖に怯える人たちを導いてハンターズギルドへと向かった。その場所こそが、彼らが王都で最も安全だと信じる施設だからだ。

 人々を守りながら、そちらへ向かう。破裂しそうな心臓を押さえつけながら、なんとか最後の角を曲がった。


「あ、あれは……!」

「はいダイモさん、12体討伐ね。あー、全然ランキング外ですよ。オーフさん、東門付近が手薄みたいです、すぐ行ってください。はい次の人ー」

「武器防具レンタルはこちらのカウンタでどうぞー!」


 ギルド前広場。そこでは、臨時の受付所を設営したギルド職員たちに荒くれたちが詰めかけ、また別の意味で戦場になっていた。

 王都のベテランハンターたち。彼らはこの突発的な危機に対しても、自分の力を示すことを忘れていない。次々と戦果を報告し、また次の戦場に向かって走っていく。


「これは一体……」

「あ、ディーゴさん。住民の避難を成し遂げるとはさすがですね。実績に記録しておきます」

「ユタクさん」

「彼らは我々のところで守ります。さ、次へ行った行った」


 眼鏡をかけた受付嬢から忙しいとばかりに追い出されたディーゴは、仲間たちと顔を見合わせる。だがそれは、先ほどまでの恐怖に陥った表情ではない。栄光と自尊心、そして手の届く人を守るという使命感に溢れた、血気盛んなものだ。


 王都を守るのは、国軍の兵たちだけではない。

 彼らもまた、人々の盾であり、剣である。




「あれ……さっきの人たちだ」


 ひとり王都を走り回りながら魔物を斬り捨てていたシークは、やがて逃げ惑う街の人々よりも、剣を取ったハンターや衛兵とすれ違うようになったのに気が付いた。


「ギルドの中の方が安全だって言ったのになあ」


 言っていない。

 シーク・アーサー・マンゴーパイン。彼女は、コミュニケーション能力が低かった。


 視界内の魔物を排除したあと、大剣を肩にかつぎ、考える。

 戦える者が事態に対応できつつある。これなら、最悪の事態は避けられるかもしれない。ハンターや兵の助けが届きそうな地域は任せていいだろう。そして……王立学園には、信頼できる仲間がいる。これも後回しでいい。

 シークは感覚を研ぎ澄ませ、人々の声や血のにおいを探す。飛び上がり、近くの屋根に上り、周りを見渡す。魔物が消えるときの光の粒子が上がっておらず、戦士による闘いの気配がなく、悲鳴がこだまする区域。それらを見つけ出す。

 家々の屋根を飛び移り、最短距離で移動する。

 やがて、人家に押し入ろうとする獣の群れを、目の内に捉えた。


「だっ!!」


 両断。そして周りの個体には、渦巻く水流をぶつける。いくつかの攻防により、周囲の獣人を一掃した。

 しかし――家に入ろうとしているやつがいた。これは、よくない。シークの顔を一筋の汗が流れる。

 耳を澄ませる。既に家に侵入している魔物がいる可能性がある。惨劇を見つけ防ぐには、悲鳴を捉えるか、痕跡を見つけるか、もしかするといちいち扉を開け放って調べる必要があるかもしれない。

 いま、シークの耳が、かすかな叫び声をつかまえた。ここから一つ飛ばして右の家屋からだ。

 急いで駆けつけ、扉を開ける。今まさに、若い女性が獣人の腕に捕まろうとしていた。


「はああっっ!!」


 シークの強烈な蹴りが、狼の頭を撃ち抜く。

 がっしりとした腕をこじ開け、女性を助け出してから、まだぴくぴくと動く巨体を大剣で切り裂いた。


「い、いや、おかあさーん!!」


 女性が口にした礼をさえぎる金切声。すぐに表へ出ると、声の主はシークと歳が同じくらいの女の子だ。……今まさに、最悪の窮地に陥っている。少女を乱暴に抱えた魔物は、獣の俊敏さで地を蹴り、ここを去ろうとしていた。

 遠い。既にそこは遠かった。シークは敵を指さし、驚異的な視力で魔法術の狙いを定める。だがこの距離では、間違って人の方に当たるかもしれない。

 判断ミスによる数秒のロスを察したシークは、すぐにスタートを切った。獣すら追い詰める速足。いくらかの時間をかけ、狩人は獣へと追いつく。

 そして、追いつくよりも倒すことの方が簡単だ。鈍い剣の閃きに、魔物が沈黙する。足の何十歩と腕の一振りにより、シークは少女を助け出すことに成功した。

 だが……


「また……!!」


 反対方向。シークの目が、ほとんど同じ光景を捉える。すなわち、壁の向こうに人を連れ去ろうとする獣人を。

 すぐに走りだすも……また別の個体が、別の方向へ逃げようとしている。心臓が跳ね、背筋を冷たいものが走る。彼女はいま、完全に後手に回ってしまっていた。

 一匹を殴り飛ばし、ひとりを助け出したシークは、遠く離れたもう一匹を見る。

 捕らえられた人にとっても危険だが、魔法術で水をぶっかけてやれば、動きを一瞬止められるかもしれない。……そう考える頃には、既にそいつは、攻撃範囲の外にいた。


「待てっ!!」


 追いかけられる人狼が一瞬、こちらを向く。シークの目には、彼が人間のように笑ったように見えた。


『ギャウッ!?』


 しかし。

 敵の目論んだようには、いかなかったようだ。

 人狼の行く道が突如、泥沼のように液状化した。それに足をとらわれ、抱えた男性を取り落す。

 そして。次に、泥沼から、岩の杭が勢いよく突き出された。身体を貫かれた魔物は息絶え、光に還っていく。

 一部始終を見届けたシークは、まず、地面に投げ出された男性を介抱した。


「大丈夫ですか? 歩けますか?」

「あ、ああ……なんともない。助かったよ」


 これで、周辺の魔物は倒した。屋内にも気配はない。次の場所へ向かう必要がある。

 シークは魔物を探して走りながら、ふと、遠くにそびえたつ、細く高い塔を見上げた。ついさきほどまで、この街には無かったものだ。



 岩でできた、王都のあちこちを見下ろせる塔の天辺。そこでは、赤髪の男が、あぐらをかいて座っていた。


「あ、いた」


 遠い場所を見通す筒型の道具、望遠鏡を覗き込みながら、ぶつぶつと独り言をもらしている。

 そして、覗かれた先にいた巨躯の魔物は。地面から生えだした岩の杭に身体を貫かれ、絶命するのだった。

 次々と、あらゆる場所に岩杭が出現する。魔物を貫いたあとはボロボロと崩れ、土くれに戻っていく。

 それらはすべて、ティーダが発生させている魔法術だ。遠く離れた箇所へ、正確に、攻撃を行っている。間違っても住人へと危害を及ぼさないよう、細心の注意を払いつつ。

 超人的な集中力と、魔法術の経験値が、このような技を実現させていた。


「やばい、疲れた」


 魔物の数が確実に減少していくのを見届け、ティーダは空を仰いだ。


「でも、今回はマジでやらんとだ。場所を移すか……?」


 そしてまた、望遠鏡を覗きこむ。筒が向けられているのは……彼が、彼らが、この王都に来て何度か通った、ある幸せな家だった。



 木造の家。扉をくぐった先のリビング。家族が幸せな食卓を囲むためのテーブルが、無残にひっくり返されている。

 低い唸り声を上げる巨躯の獣人。それを、ふたりの子どもを背に庇った母親が、強く睨みつけていた。

 彼女は強い人間だ。夫がいない間は、いつも家と子どもたちを守ってきた。けれど、残忍な魔物の爪に対しては、なすすべを持たない。

 この家を守るべき勇者たちは、今はそれぞれが別の場所で戦っている。ならば、少し住宅街から離れたところに建つ、この家を守りにやってくる者は、いない。ハンターや兵士たちも他の区域に気を取られ、手が届かないのだ。


 獣が狙っているのは彼女の子どもだ。邪魔をする人間は大した魔力を持っていない。

 ならば、殺してしまってよい。


 獣人の爪が迫る。子どもたちを強く抱きしめ、視線は後ろに迫る魔物から目を離さない。最後のときまで、彼女は目を閉じることは、しなかった。

 だから……

 突然、人狼が細切れになって、光に消えるところまで、しっかりと見届けた。


「間に合った……!!」


 イフナは唯一の武器である刀を投げ出し、家族を二本の腕で抱きしめた。

 彼は国軍兵として剣を振るっていたが、虫の知らせから、状況が優勢に傾いたところで上司に許可をとり、凄まじい速度で自分の家へと帰ってきた。

 愛する妻と子に怪我はない。イフナは、これまでの様々な巡り合わせに感謝した。


「みんなはこの家にいるんだ。今からここが、世界一安全な場所だからね」

「そうね」

「なんで安全なの、おとうさん?」


 投げ出したものを拾い上げ、扉を開ける。

 外には醜い獣たち。少ない数ではない。この場所に守りが行き届いていない証拠だ。

 しかし、それでも。


「父さんが、ここにいるからさ」


 襲い来る魔物たちが、この家の敷地を跨ぐことはもうない。

 イフナの刃が、鉄の鞘から、その光をのぞかせる。だが、刀身の全貌を見たものはいない。これから、いなくなるからだ。

 一にして千。無限の刃が、全てを切り刻む。



「――しっ」


 人にも、人でないものの目にも捉えることの出来ない、超速の刃がひらめく。

 傍目には、ただその女性が腰を深く落としたようにしか見えない。しかし結果として、彼女の周りにいた獣たちは、すべて無残に斬られていた。


「少し多いですね。早く姫様の元に行かねば……」


 エプロンドレスを着た黒髪の女性、ハイムル・サザンクロスはいま、王立学園を目指し進んでいた。

 本来ならば王都で最も魔物の侵入できない場所であるが、この状況ではそれも怪しい。そう考え、主人であるチユラ王女の元へと急ごうとしていたのだが、行く先々で魔物と出くわす。

 ハイムル自身に魔力はほとんどない。ゆえに、彼らの標的にはされにくい。だが、魔物たちが人々を襲っているのだから、無視はできなかった。そこに敵を殲滅するまで戦いをやめない彼女の性格が重なり、これまで王立学園に辿り着くことができていないのだった。

 しかしもうそこまで来ている。先ほど敷地内から雷と竜巻が見えたことから、戦いが起きているのは明らかだ。

 何もチユラを保護しようと考えているのではない。彼女は強い。だが、「王は民を守るために前に立つべきだ」と考えている。その無鉄砲な性格が、従者としての心配の種だった。


 また1匹魔物を斬り捨て、学園に続く道へ視線を向ける。ここまでくれば、全速力で向かってしまうか。

 そう考えていたときだ。向かうべき方から、ひとりの男が、ハイムルの元へと歩いてきた。

 その人物の、いつもの朗らかな表情が崩れていないのを認め、ハイムルは胸を撫で下ろした。


「兄さん。学園の人たちはご無事ですか?」

「うん。なんか今年は肝の座った実力者が多いみたいで、戦力過剰なくらいさ。学園の外の人たちの方が心配でね」

「その荷物は?」

「あれ。間違えて持ってきちゃったよ。俺もけっこう動揺しててさあ……」


 その男は、灰色の作業服を着て、掃除用具の詰まったバケツを右手に提げていた。彼――ニヌファ・サザンクロスの職業は、学園や王都の清掃員である。

 ただ。左手にある長物は、モップや箒……ではない。ハイムルの手にあるものと、同じもの。


「あ、兄さん後ろ……」

「後ろが?」

「いえ、なんでも」


 ニヌファの背後に、爪を振りかぶった獣人が現れていた。なぜ魔力を持たない彼がこうして狙われたのかは、はっきりとはわからない。それは例えば、周囲に魔力を持つ標的がいなかったゆえの、優先順位の問題か。

 それとも……圧倒的な上位者に対し脅威を感じとった、獣の本能か。

 いずれにせよ。襲い掛かった獣の身体は、既に脳天から股間までを両断されていた。

 誰が斬ったのか? それはこの場にいる兄妹しか知りえないことだ。ニヌファの腕が《《ブレた》》のは、同じ次元にいる剣士にしか見えなかっただろう。


「ふふん、まだまだやるもんだろう。兄さんカッコいい、と言ってくれていい」


 その言葉を聞いたハイムルは、ちら、とニヌファの足元を見た。

 左手に保持していた刀を右手で抜き放ったため、右手に持っていたバケツの荷物が散乱している。

 全然、かっこよくはなかった。


「自分より弱い魔物相手に得意顔。兄さん、かっこ悪いですね」

「ふふふ! そうだろそうだろ……ん?」


 ニヌファはやりとりの中であれ? と思ったが、それを訴える前に、周囲に魔物の群れが現れた。

 仲間の無残な死にざまを見ても逃げ出すことはない。彼らは、死を恐れていないようだ。


「さて。大変なことになってしまったけど、頑張らないとだね。王都の掃除は、俺達の仕事だ」

「いえ。メイドの仕事です」

「張り合うなよ。それじゃあ……」


 二人は鞘に納められた刀の柄に触れる。

 同じ構え、同じ流派だ。だが、ここからの展開は異なる。兄弟が修めた型はそれぞれ別のものだ。

 しかし。その目にも止まらぬ速さは共通している。これから斬り伏せられる者たちにとっては、見えもしない型の違いなど関係のないことだ。


「やるか」

「ええ」


 二振りの刃が、十字の閃光になる。




 数多の魔物を切り裂いた。これで、最後の一匹!

 マリンの光がオレを走らせる。剣に迸る雷の光に、白銀の色が混じった気がした。

 標的は大柄の獣人。数は脅威だったが、それももう終わりだ。

 光の刃を振りかぶる。


「雷神剣――!!」


 剣を受けた魔物の身体がよろめく。刀身が限界で、両断とはいかなかったが……ともかく、これで。


「ロイヤル! ブレイカアアアアッッ!!!」


 よろよろと何かに向かって手を伸ばす獣人。それを、チユラの光パンチがぶっとばした。

 学園の敷地の端へとすっとんでいく巨体。飛んでいきながら、彼の身体は光のつぶへと崩壊していった。


「ふふ、最後の一点は私ね」

「はあっ? さっきのやつは殴り飛ばす前に死んでたからね」


 チユラの宣言に異議を申し立てる。絶対オレの攻撃で倒してたから、今の。オレの点だ。

 下らない言い合いをしたあと、笑いあう。オレは疲れて、尻もちをついてしまった。

 ……ああ、疲れたな。魔力も体力も、気力も使った。ユシドもチユラも元気だというのに、この有様だ。悔しいぞ。


「ミーファさん」


 顔を上げる。薄く微笑むマリンの顔があった。

 手を差し出してくる。彼女の方からだ。

 それで嬉しくなって……、にっと笑って、その白い手を強く掴んだ。


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