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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
輝きの王都 / あなたのともだち
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42. 恋のロードレース(後)

 しばらく進むと、またしても異様な景色に辿り着く。

 顔には出さないようにしているが、だんだんと余裕が無くなってきた。あまり強烈な足止めは食らいたくないのが正直な気持ちだが……。

 ――岩だ。いくつもの大きな岩が、行く道を阻むように点在している。まっすぐ進むには邪魔だ。

 まあ別に、ただこうして転がっているだけなら、間を縫っていけばいいだけの話。

 ……しかし。やはりそうはいかないらしい。


「校長先生……!」


 チユラの声を聞き、遠くに目を向ける。転がる岩群の向こう、高くせりだした土のお立ち台の上に、綺麗な容姿の女性がひとり。

 一度見たことがある。……王立学園の、学園長を務める女性だ。王と対等な立場で話し、イフナたちの調査の手を学園に入れないようにしているという、なかなかに怪しい人物である。想像よりもずっと若く見える容貌に驚かされたものだが、学生たちの噂によると未知の魔法術で若い外見を保っているとかなんとか……。

 その彼女が、まさか学生の妨害役として出てくるとは。どんな技を使うのかを見るチャンスではあるが、さて。

 オレは学園長を見据えながら、岩のフィールドに足を踏み入れた。

 そのときだ。周りの岩が、ぐらぐらと動き出す。


「ゴーレムか」


 岩は二本の脚を生やして立ち上がり、オレ達の行く手を阻む。

 ゴーレム。岩人形。何度も戦った、おなじみの魔物だ。元は人間が魔法術で創造したものであるから、こうして訓練相手に出てくるのは不思議ではない。

 しかしまあ、こいつらが何体居ようと敵ではない。ゴーレムといえば頑丈で力持ちという理想的な兵士ぶりが特徴だが、しかしその動きは鈍い。魔物との戦闘が得意でない初心者ハンターなどには、逃げを選べば安泰だと知られているくらいだ。

 つまり、トップスピードで足元を駆け抜ければ、ここは無視できるはず。

 身体を低くして、脚の回転を上げていく。


「!!」


 丸太のような岩塊が、目の前に迫っていた。

 身体を反らして、ぎりぎりでかわす。今のは、ゴーレムの腕だ。馬鹿な、こんなに的確なタイミングで……!?

 考えをまとめる間にも、彼らの数体が腕を振りかぶってこちらを狙っている。いや! もう攻撃してきた。腕の振り、あらゆる動作が早い!!

 仕方なく、大きく跳んで後退する。まさか今さらあいつらに遅れをとるとは。

 これは……なるほど、近くにいる学園長が、魔力で直接操作しているんだ。操者がいるだけで、こうも違うとは。

 見れば、チユラの方もうまく前に進めていない。オレ達を足止めできるほどの数を同時に操っているのか。

 遠くで、不敵に笑う校長先生。

 強い。これが最終関門と見た……!


 土と岩で出来ているタイプのゴーレムには、電撃が効きづらい。

 魔力・体力の消耗を避けるためにも、動きを見極めて通り抜けるのが正解。そう思っていたのだが……とにかく、動きがうまい。熟練の軍隊のように、オレを取り囲んでくる。

 仕方なく剣を抜き、雷を纏わせ、一体を攻撃し破壊する。……だが、残りの数はまだまだ多い。雷属性では相応の魔力を込めなければ倒せないため、これではやはりだめだ。剣がもたない。

 どうする?


「! チッ……!」


 近くのやつが太い腕を振りかぶっている。これまたうまいタイミングだ。オレの身体は硬直している。

 魔力を放出して、真っ向から破壊する!


「ん?」

「うおっとお!」


 ガン、という音に阻まれて、衝撃がやってこない。オレの前に、誰かが立ちふさがったからだ。

 大盾を構えて岩の塊を受け止める、少年の背中。……学園の後輩、そしてマリンの幼馴染。この街で何度も共闘した少年、ストーン・フェンスだ。


「はは、大丈夫か、ミーファさん、はあ、はあっ! オレが来たからには安心だ! ぜえっ、ぜえっ!!」


 めちゃくちゃ疲れていた。

 そんな大盾背負ってたら、当たり前である。


「あー、ありがと」

「はあ、はあ、ミーファさん……!」

「あなたがいるってことは、ここが先頭ね」


 次いで、マリン、シャインが現れる。そうか、ひとりではなく、他の学生と協力して切り抜ける道もあったのか。

 しかしもう追いつかれるとは。後ろからは他の学生たちも次々とやって来て、一瞬絶望的な表情を見せながらも果敢にゴーレムに立ち向かっていく。そしてやられている。

 走りでかなり差をつけたつもりでいたが、やはり彼らも精鋭ということか……。まあやられてるけど。

 見たところ、追いついてこられた学生は殆どが武術クラスだ。体捌きでは素晴らしいものを持っているが、頑健なゴーレムには武器の歯が立たないようだ。そうなんだよ、こいつらには魔導師じゃないと不利だ。


「うお! やばい!! 2体同時!」


 ターゲットがばらけて楽にはなったが、悠長にしている間にストーンが2体を引きつけてしまった。同時に太い腕が振りかぶられている。


「耐えろストーンッ!!」


 剣に魔力を注ぎ、構える。

 後ろにいるマリン、シャインに視線を送る。


「ぐううっ!!」


 はたして、彼はふたつの凄まじい質量を受け、足を踏ん張って見せた。

 それでこそだ!


「肩を借りるぞ!」

「おわっ!?」


 既にゴーレムの四肢には風の魔力による呪縛が巻き付いている。シャインの魔法術だ。慣れた連携の、必勝パターン!

 2体のゴーレムのうち、左側の個体の腕を駆けあがる。そのまま跳び、宙で姿勢を変え、無防備な背中を雷鳴の剣で深く斬りつけた。

 同時にもう一体の方も、銀色の槍に貫かれる。2体は力を無くし、ただの岩へと戻っていった。


「さすがみんなだ! いえい!」

「きゃっ、ミーファさん!?」

「ちょっと、疲れてるんだけど!!」

「た、体力が……」


 3人に飛びついて肩を抱き、髪を両手でくしゃっとやる。みんな、強くなったじゃないか。前に討伐したゴーレムなんかより、校長のゴーレムの方が倍は強いぞ。ユシドといい、若者の成長は早い。

 この調子でやれば、ゴーレムを殲滅するのは不可能ではない。

 だが……。


「なあ、みんな。助けてくれてありがとう。……でも今日は、オレ達は競争相手だろ」


 横目で、戦場を見る。

 目に入るのは、チユラだ。その手と足と魔力で、身体ひとつでゴーレムと戦っている。誰とも共闘はしていない。

 まだ、“一番”をあきらめていないからだ。


「今から、オレがあいつらをまとめて倒す。そしたらまた、競争だ」

「ミーファさん、でも」

「マリン、そこで見てて! かっこいい技、見せてやるから!!」


 ならば、オレも。

 彼女のように、本気で。


 手に溜めた魔力を、上空を行く雲へと刺す。

 倒したゴーレムの上に立ち、天へと真っ直ぐに刃を向ける。

 雷鳴が轟く。そうして、オレの手に、紫の光が落ちてきた。


「……!!」


 チユラとマリンの驚く顔が見える。ふふん、良い気分だ。そういう表情、一回は見てみたいと思ってた。

 轟雷のあと、静まった学生達の視線を感じる。もくろみ通り、うまく注目を集められたようだ。


「……全員、オレより後ろに下がれッ! さもなくば、もろともに倒す!」


 出せる限りの大声で呼びかける。これは威力に加減が効かない。悪いが、一番先頭は譲ってもらうぞ。

 みんなが前方からいなくなるのを確認する。視界にあるのは、ゴーレムの軍団と、遠くで見守る学園長のみ。彼女までは効果範囲が届かないように、うまく絞ろう。

 踏ん張った脚先から地面へ、雷の魔力を放出する。それは根のように地を這い、枝分かれした黄金の筋道を作り出す。

 経路は、すべての岩人形を通過している。あとは解き放つのみ!


「雷神剣・大地雷散(ダイチライサン)――!!」


 雷電が地上を蹂躙する。空から来た力は、土と岩の身体を粉々に破壊していく。

 激しい紫光がおさまる。そのあとには、もう動くことのない岩石と土くれだけが残された。

 ボロボロに崩れ落ちる剣。それを適当に投げ捨て、オレは後ろを向く。

 他の学生たちと同様、茫然とするマリンとストーン、シャインに笑顔を投げる。恐がられたかな。化け物だと思われたかな。

 いいや。きっと、みんなはそうは思わない。

 そして、チユラに目を向ける。彼女は、驚いた表情を見せつつも……また、笑った。

 何を考えているかはわかる。それでこそ好敵手だ、とか言いたそうだ。あの子は、そういう子だ。


 みんなが呆けている間に、走り出す。

 後ろの学生たちと、観客たちの声に背中を押されるように、オレはスピードを上げた。

 ……校長先生と目が合う。準備するのも大変だっただろう人形たちを全て砕いてやったというのに、彼女は楽しそうに笑っていた。

 それはなんというか。どこか妖艶で、不思議な雰囲気があった。



「すごいわね、あの子。……でも、今年のレースは一味違うわ。フフ……」




 走る、走る、走る。

 呼吸がつらくなってきた。先頭に出てきたことで、逆に焦ってしまっているのかもしれない。

 だが、西門を過ぎた! 残りの距離は2割程度のはず。このまま駆け抜ければ……!


「!」


 行く先に人影がひとつ、他には何もない。次は、一体誰だ? だがただひとりならば、いくらでも出し抜けるはず――


「おや。まさか姫様でなく、お嬢様がトップとは」

「な――!? あぐっ!!」


 とっさに剣を抜き、《《それ》》を防ぐ。硬い音がして、腕が強く痺れた。

 衝撃に押され、後退しながら姿勢を整える。オレは顔を上げ、立ちはだかる相手を確かめた。

 ……遠くにいた影が、一瞬で目の前に来て、攻撃をしかけてくる。そんな芸当ができる人間は限られている。

 白と黒のエプロンドレス。恭しく頭を下げるその人は、髪の色も、手に持つ鉄鞘の色も、黒。

 チユラ王女の侍女、ハイムル・サザンクロス――まさか、こうして剣を交えるはめになるとは。


「あら、もう来ましたね。なんだ、姫様の負けに賭けていたのですが……」

「ふっ、ふっ、はあ、最悪……」


 勝ち筋が見えず、身動きを取れないでいるうちに、後続が追いついてきたようだ。

 あのチユラ王女が素直に悪態を吐いている。いやはや、気持ちは同じだ。

 オレ達は何も、ハイムルさんを倒す必要はない。ただ通り抜ければいいんだ。

 だが、どうやって?


「メイド……?」

「なぜメイド……?」

「メイドがどうして?」

「あ! 君たち――」


 懸命にここまで頑張ってきた武術クラスの生徒達が、オレ達を追い抜いていく。いけない、彼らは油断しているが、その人はただのメイドじゃないんだ。

 ……ところが。ハイムルさんはこれをスルーした。何事もなかったように、他の生徒達は先へ進んでいってしまう。

 どういうことだ? 気付かぬうちに斬られてたりしないよな?


「……ふっ!」


 チユラが高速で飛び出した。身体強化に使う魔力を溜めていたのだろう、凄まじいスピード、スタートダッシュのとき以上だ!

 だが――


「峰打ち」

「ぎっ! ……な、なによ! どうして私達だけ攻撃するの!?」

「おふたりだけに集中しないと、ここ通られちゃうので」

「他のみんなは通っちゃってるでしょう!」

「彼らはいいんですよ。今年はそう簡単にゴールできませんから。なので……」


 ゆらりと動き、ハイムルさんが構える。

 腰を落とし、柄に手を当てる姿。見えない抜刀術を繰り出す予備動作だ……!


「――ミーファお嬢様には、刃の試練を。姫様には、賃金に関するストライキを」


 汗が、地面に流れ落ちる。

 ここまで走ってきた疲労によるもの、ではあるだろう。だが。きっと、彼女の殺気がオレの身体にそうさせるのだと、このときは思った。


 雷撃を放つ。とにかく当てることを目的とした、範囲攻撃だ。

 だが、当たらない! 術を放つ段階になって、忽然と姿が消える。そしてお返しとばかりに、カタナの鞘でオレの身体を叩いてくる。伸び方が不規則であるはずの雷術の間隙を見極めている、あるいは、術の範囲に当たらないよう、オレの間合いの外と内を、一瞬で往復しながら攻撃しているのか……!

 チユラの攻撃も似たような結果だ。いかにパワーとスピードを兼ね備えた彼女の拳打でも、追いつけないものはある。そのうえ、リーチは刀の方が上だ。

 ハイムルさんはオレ達をすんなり通す気はない。……どうやって勝つ。こんな訓練用の剣一本で、超速の刃を打倒できるのか?


 カタナのひと振りに仲良く弾き飛ばされ、地面にみっともなく片膝をついたとき。すぐそばから、チユラが声をかけてきた。


「ミーファさん。提案があります」


 ああ。……オレも、共闘を持ちかけようとしていた。ハイムルさんは、命を懸けて、殺す気でかからないと倒せない。“学生”のミーファ・イユでは、ひとりでは倒せない。

 だから耳を傾ける。


「限界まで力を溜めて、彼女を封じる技を出します。……30秒。時間を稼いでください」


 それだけの時間、ハイムルさんを引きつけなければならないと。30秒、短いようだが、あの超常の剣士にとっては、敵を葬るのにあまりに十分な時間。秒の内に数体の魔物を斬り捨てる人だぞ。

 困難な仕事だ。その辺の魔物と命のやりとりをすることよりも、ずっと。


「共同戦線とは結構なことですが……よろしいのですか、ミーファお嬢様? そのまま置いていかれるかもしれませんよ。姫様は、ワガママのケチの業突く張りですから」


 それは言い過ぎじゃない?

 オレを惑わし、姫をからかい煽る言葉を投げかけるハイムルさん。

 それに対して、チユラは……意外にも、落ち着いた表情をしていた。


「そうね。ハイムルの言う通り。……それでも、信じてくれる?」


 ブルーのひとみがこちらを見据える。

 信じるも何も。ここでうそをつくような人間が、オレに何度も真っ向勝負をふっかけてくるはずがない。

 脚を伸ばして立ち上がる。一振りだけ残された剣、その切っ先を、打倒すべき相手に突き付けた。


「ハイムルさん、一騎打ちだ!」

「くす……」


 きち、という音。黒鉄の鞘から、鋼の鈍い光が覗いていた。


 自分より速いやつを相手にするなんて、どれくらいぶりだろう。

 まだ風の勇者の奥義を手にする前、使命の旅を終える前に、何度かあったくらいか。あの頃はオレも速度で勝負する戦い方じゃなかった。

 だけど最後の最後に、本当の力の使い方を知った。それからは、誰にも遅れることはなくなった。疾風のごとき速さこそ、本来の、風の勇者の――、……。

 今の自分は、戦い方を変えた後のスピードタイプの動きをそのままやっている。けれど、あの頃のような風の魔力はない。だから、本当の速さを持つ彼女には、追いつけない。

 姿を捉えることすらできていない。


 ある日の、少年の姿を思い返す。闘技の祭で、自分より上の相手を打ち破った。

 ユシドはあのとき、己の知覚を上回るほどの速度で仕掛けてくる相手に、一撃返してみせた。なぜ、そんなことができたのか。

 見えていたからだ。身体は動かないまでも、その世界に目が追いついていた。

 その眼こそ、風の勇者に必要な資質のひとつ。


 今は身体が追いつくすべはなくとも、あの世界に入ることはできるはずだ。できないはずはない。オレは、俺なのだから。

 思い出せ。“疾き者”――かつての風の勇者だった自分を。

 神速の世界を。


 景色から音を、においを、味を、色を追い出す。

 挑むのはただひとつのこと。凄まじい速度で動く敵を、この目の内に捉えることだ。

 ハイムルさんの身体が沈みこむ。厚い靴で踏み込み、地面を割り砕いている。


「シッ――!」


 ――見えた!

 すべてがスローな世界。かつての自分に見えていたもの。今のユシドにも、同じものが見えているはずだ。

 だが、その世界の中にあってなお、彼女は動く。動いて見せる。まっすぐにこちらへと切り込んでくる。

 カタナが抜きはなたれた。閃くそれは、刃を潰してはあるものの、ぎらりと光を返すさまは処刑人の刃のよう。

 だが今は、見えることが重要だ。彼女は無駄のない動きで、こちらの胴を打つ軌道に入ろうとしている。それがわかる。無駄のない動きということは、そこにフェイントのたくらみなどはない。

 ならば、対応できる……!

 剣を握り締め、向こうに合わせる。刃がぶつかりあい、舞い散った小さな火花に、ハイムルさんの顔が照らされる。そのときの彼女はほんの少しだが、驚いた顔をしていた。ああ、これなら、この神速の世界を垣間見た甲斐がある。


「ぐっ……はぁっ、はあ、はっ」


 刃は受けたものの、腕の振りの速さに弾き飛ばされ、後退させられる。世界の音が戻ってきて、自分の乱れた息遣いが耳を叩いた。

 心臓と頭が痛い。30秒は、まだだろうな。まだ、やらなくては。


「一振りで倒せない人と、1対1で戦うのは、得意ではないのですが」


 またしても、ハイムルさんが動く。脳みそを回して、彼女の速さに感覚だけで追いすがる。

 刀を一撃、さばいた。だがこちらが次の姿勢をとる前に、もう向こうは攻撃態勢に入っている。オレが剣を一度振るごとに、彼女は二度振っている!

 剣閃の嵐。なるほど、イフナと同門なのは間違いない。数秒の中で、彼女が10回剣を振ったなら、5回は身体を打たれている。もう全身が痛い。魔法障壁に守られているから立っていられるが、本当の刃なら何度も殺されている。

 しかしこれなら。この、命を奪わない立ち合いの中なら。


「!! む……」


 刃が交差するとき、オレの剣が金色の光を帯びる。幾度の打ち合いの中のただ一度か二度、向こう側が守りの態勢になるときを見計らい、電撃をその刃に押し付けた。

 剣を通して流れた魔力は、ハイムルさんの身体を蝕む。ほんの少しの痺れが腕にあるはずだ。

 初めて、彼女の方が後退する。間髪入れずに、魔法術で追撃する。まあ当たりはしない、牽制だ。

 だが、ようやく――!


「……30秒! ミーファさん、すごいわ。私の目には何が何だか。でも、ここからは!!」


 そう声をかけてくれた、チユラに目を向ける。

 その身体からは、白銀の光が立ち上っていた。これが、彼女の奥の手!


「いくわよ、ハイムルッ!!」


 彼女の立っていた地面が、爆発した。

 いや、一歩目の踏み出しが、大地を破壊したのだ。その姿は既に、彼方の敵へと迫っている。ハイムルさんに追いつくスピード! チユラの奥の手とは、凄まじいまでの肉体強化術か……!

 刃と拳のぶつかり合いは、もはや目で追いきれない。頭が限界を訴えてきて、オレは膝をつき、瞼を閉じた。しばらくは彼女に任せるほかない。

 眼を休めるための暗闇の中、嵐のような戦いの音が聞こえる。人と人が接近戦をしている音とは思えない。ヤエヤ王国、すごいな。こんな王族や兵士が守る街なら、強力な魔物に囲まれていたとしても幸せに暮らせそうだ。

 ………。搦め手には、弱そうだけど。


「っ!! 姫様の筋肉魔力バカ! 外面だけ美少女!! 筋肉!!」

「うるさい! 不敬罪パンチ!!」


 なんかケンカしている。ハイムルさんもヒートアップしてしまっているようで、このままでは互いが倒れるまでやり合いそうだ。

 目を開く。もう何が何だかわからない領域の戦いになっていて、石壁の上の国民たちも頭がおかしいくらい熱狂してしまっている。よろしくない空気だ。

 チユラはハイムルさんを封じると言っていた。たしかに、それを成し遂げてはいるが――この戦いは、終わるのか?

 たぶん、思ったよりさらにもう一段、ハイムルさんが強かったんだろう。予定通りには、いっていない。

 ならば。


 ……チユラの技。あの若さで、感心する出来だ。恵まれた魔力を、あえて肉体の強化に使う。あそこまでのレベルまで練り上げるのには、並大抵でない努力をしてきたはず。彼女の性格を考えると、きっと原動力は“民を守るため”とかそんなところだろう。尊敬に値する。

 しかしまあ。

 お忘れかな、姫。これはハイムルさんとの死闘ではない。

 君の相手は、このオレだ。


 腕をまっすぐに伸ばす。魔力の通り道を、竜巻、あるいはバネのように、ぐるぐると腕に巻いていく。そして、一気に雷を走らせる!


「あっ!? これは――」


 先ほど打っておいた布石。ハイムルさんのカタナには、オレの魔力を流していた。

 それを操作し、カタナの鉄を、オレの腕と引き合う金属に変える。雷属性による、限定的な物体の操作術だ。

 果たして、彼女の武器は今、オレの手の中に飛び込んできた。


「ふん!」


 がっしりとキャッチしたそれを、膝を使って思い切り折り砕く。

 細い剣だ、一流の使い手の掌中に無い状態なら、横腹を思い切りやれば折れる。見たところ訓練用のものだし、あとで弁償できる値段だろう。たぶん。

 さて。

 これで、ハイムルさんは武器を失った。あとにはただ、水を差され、茫然とそこに立つ二人がいる。

 やがて、彼女は深く息を吐き、ここまで何事もなかったかのように、恭しく頭を下げた。


「参りました。刀が無ければただのメイドなので……」


 オレ達を交互に見て、ハイムルさんは微笑んだ。こちらは息も絶え絶えだというのに、向こうは乱れた様子がない。


「お嬢様方。完敗でございます。……姫様、本当に、強くなられましたね」

「ハイムル……」

「どうぞ、先へ。刃の試練、よくぞ乗り越えました」


 ふたりで顔を見合わせ、息をつき、やがて横並びになる。息を整え、身体を伸ばす。

 ここからはまた、ライバルだ。


「……いや。なんか良い戦いだったふうにまとめてきたけど、悪口は全部記憶したわよ」


 明後日の方を向いて知らん顔をするハイムルさん。彼女が気の抜けた声で「早く行って下さいよ」と漏らしたのを合図にして、オレ達は走り出した。

 もう、多くの学生たちに追い抜かれてしまった。一等は望めないかもしれない。

 それならそれでいい。あとはただ、懸命に走るだけだ。

 彼女と、最後まで。




「はあ、はあ……!」

「……っ、ふっ、ふっ」


 並んでいると、体力の差がよくわかる。

 あれほどの魔法術を使ったというのに、チユラはまだ余力を残している。正直、負けたくない一心で食らいついているだけだ。オレはもう、疲れを隠せなくなっていた。

 ゴールまではあと少し。それが見えるまでは絶対に、彼女から離れない。

 あいつの名前を出されたら。負けたく、ない。


「う、うわああーーーーっ!!」

「!?」


 悲鳴。そして。

 上の方から、何人かの学生たちが《《降ってきた》》。

 チユラとともに、彼らを避けながらも進んでいく。あ、いや、助けるべきだろうが、一応普通に元気そうだったので。

 一体何が起きている? このゴール目前の場所で。


「な、なんだあの用務員! 強すぎる!!」

「いやあああっ!! 風はやめてくださいましーー――……」


 悲鳴をあげながら後ろへすっとんでいく学生達。絵面が面白い。

 この先。ゴール寸前、最後の壁がある。ハイムルさんをさしおいて最後の門に選ばれた人間。

 何者――!?


「あ、やっときたね、ふたりとも」

「お前かーーーーー………」


 一気に疲れがやってきた。

 翠色に光る剣を右肩に担ぎ、ついでに左肩に掃除のモップを担いでいる青年。

 彼の周りには突風が吹き荒れ、寄る者を尽く吹き飛ばしていく。

 やつこそは。王立学園の臨時清掃員。その名も、ユシド・ウーフである。……応援に来てくれてないなと思ったら、そういうことか……。

 目立たないように掃除屋をやっていたはずじゃないのか。何やってんだこいつ。


「さあ! ここは通さないよ」

「ユシドさん、どうしてあなたが?」

「校長先生と仲良くなれたときにお願いされてね、一定のタイムまでは、本気で誰も通さないようにやってほしいと言われてる」


 校長や学校職員に取り入ろうとしているという方針は聞いていたが、普通に気に入られてないか? いつの間に。

 ……じゃあ、やっぱり、学園の運営者たちはシロなのか。

 と、それは後で聞こう。


「チユラ」

「ミーファさん」


 横にいる彼女に呼びかける。同時に、向こうもオレの名を呼んだ。

 たぶん、同じことを考えている。


「……これで最後だ。あいつを倒したら、そこからは最後まで走り抜く」

「ええ。それじゃあ……」


 四肢がいかずちを纏う。

 身体が白銀に輝く。


「――彼に想いを告げる権利をかけて。ふたりで、ユシドさんをぶっ飛ばしますわよ!」

「ああッ!!」

「え? ぶっ飛ばすって言わなかった今?」


 同時に地を蹴る。ここまでの戦いの中で、チユラの動きは何度も見てきた。

 呼吸がわかる。拳打の繰り返しで相手が下がったなら、首を刈り取るような蹴撃。そして今回限り、その大振りの隙をついて動くのは、戦いの相手ではなく、オレだ。身を屈めた態勢から、スパークする拳を振るう。

 互いの体術の隙を埋めながら、ユシドに攻撃を重ねていく。やつは訓練用の長剣と、何故かモップを使って丁寧に対応してくる。その力にも感心するが……今日は、容赦しないぜ。

 弟子だったやつに対して2対1。プライドがやや悲鳴を上げているものの、まあ、仕方ないだろう。

 オレ達はユシドを相手にしている。だけどその実、こいつを優勝賞品にして競っているのだ。

 バカみたいだし、知ればさすがにユシドも怒るだろう。けれどなんだか、楽しくて、笑ってしまう。

 でも、ただ遊んでいるんじゃないんだ。……オレは真剣だよ、ユシド、チユラ。


「あっ!? 何その技!?」


 ユシドの握っていた長剣が、すぽーんと飛んでいく。オレが雷の魔力でいたずらして、“引き離す力”で射出してやった。

 焦りを見せながらも華麗なモップさばきでなんとか耐えるユシド。だが、これで終わりだ。

 勝たせてもらう!


 やがて足を止めてしまったユシドに、虚空から現れた黄金のつると白銀の光錠がかみついていく。四肢を縫い留められ、胴と首をがんじがらめにされる哀れな奴。オレの拘束術に合わせ、チユラも似た魔法術を使ったんだ。

 これではユシドは、もう数秒は動けないだろう。ま、王女様に気に入られるような態度をとった、罰だと思いな。


「すうううっ」


 深く息を吸う王女様。

 そのすぐ横で、オレの右手がばちばちと音を立てる。

 握られた二つの拳は、互いの利き手。チユラの左とオレの右が、まったくの同時に光った。

 受け取れ、ユシド!


「雷神グ・ブローーーッ!!!」

「ロイヤルパンチッッッ!!!」


 まばゆい光が少年に突き刺さる。


「ギャアアアア!? 普通に死ぬ!!」


 ユシドは勇者らしからぬ情けない声をあげながら、王都を囲む石壁へと吹き飛んでいった。

 右手にまとわりつく雷を振り払う。

 少年よ。これはご先祖様からの説教だ。そう――

 あまり色んな人間にいい顔をしすぎると、こういうこともある。

 ……あるかな? いやある。現にあいつは今、壁に突き刺さっているしな。


「ふふっ」

「あはは……!」


 さっきも戦っているときに笑ってしまったけれど、やっぱりなんだかおかしい。ユシドの有様は傑作だ。チユラもつられて、口を開けて笑っている。

 そして……


 ……ひとしきり笑ったら、互いに視線を交わす。

 やがてチユラは、手に光の球を生み出した。スタートのとき、彼女の父が使った魔法術だ。

 彼女はそれを高く投げる。オレ達は再び、前を見据えた。

 今度こそ、最後の戦いだ。


 ――降り注ぐ、眩い白銀の光。

 全力で、地面を蹴った。




 ユシドの妨害で、先を行く学生は残らず後ろに飛ばされてしまっていたらしい。観客たちが、オレ達の一位争いをやかましく見守ってくれていた。

 石壁に沿って、カーブを曲がる。……一際、大きな歓声。ゴールの前に集ってお祭り騒ぎの人々と、高い来賓席から見守る貴人たち。ついにオレ達は、元の南門へと戻ってきた。

 だが……


「はあっ、はあっ、うっ! く!」


 足が重い。肺が、心臓が破裂しそうだ。

 やはり最後の最後、懸念していたスタミナ切れがやってきた。チユラだって限界に近いはずだが、追いすがるのが精いっぱいだ……!

 南門。ゴールである一線が見える。

 そして、チユラは。

 スピードを、上げた。

 ラストスパート。みっともない呼吸をしながら、ついていく。チユラの姿が視界にある。それは彼女が真横ではなく、半歩前にいるからだ。

 ああ、やっぱり。チユラは、最後の力を残していた。それだけでなく、精神もタフだ。オレの足はもう折れそうなのに、彼女は真っ直ぐに走る。

 すごい子だ。オレは本当に、精いっぱいに戦った。ミーファ・イユの出せる力を全て出した。それでも最後に上回られたのは、オレもまだまだだということだ。

 最後の勝負が終わる。楽しかった。

 この戦いが終わったら、何をするんだっけ。

 ああそうだ。彼女は、ユシドを。それはきっと良い記憶になる。心の内に秘めた想いを交わして、少し、大人になるのだろう。オレにも覚えがある。それは大事な経験で、彼女がオレに勝つのは、良いことだ。

 でも、じゃあ。

 オレが、彼女に、勝ったら。

 どうしようとしていた?

 ――何故、勝ちたいと思った?


「あああああっ!!!」


 剣を引き抜く。

 走るだけの勝負にはもう、必要のないもの。邪魔な荷物だったそれ。それが、光を帯び始める。

 終着点となる一線が眼前に迫る。チユラはオレの前にいる。走っても追いつけない。オレの足はもう、折れる寸前だ。

 魔力を、叩き起こす。

 剣に集う、《《翠色》》の魔力。これはオレの魂の光だ。ずっと使っていなくとも、殆どを失っていたとしても、それでも。

 これは“駆け抜ける戦い”。その最後、この瞬間に、最も信頼できるのは!


風神剣(フウジンケン)ッ!! おおおーーーっっ!!!」


 風が巻き起こる。

 後方に向けて放たれたそれに、ぐんと押され、足は浮き、身体は空を駆ける。

 チユラの背中と、戦いの終着点。

 勢い余って転ぶ直前、それらが見えた。


「う! うお! いたっ! いだだだ!!」


 地面にごろごろと転がる。それが止まると、身体があちこち痛い。

 それと、多くの人の視線を感じる。這いつくばりながら辺りを窺うと……おそろしいことに、あれだけ熱狂していた彼らが、すっと静かになっていた。それに気づくと、全身に刃を突き付けられているかのような緊張が襲ってくる。あわてて体勢を整えようとして……また転ぶ。

 だめだ、身体が動かない。本当の体力の限界だ。全身が震え、死ぬんじゃないかというほど鼓動が響いて苦しい。魔物と戦っていてもこんなふうになることはない。

 少し、息を整えないと。


「ミーファさん」

「ち、チユラ……」


 なんとか上半身を起こすと、オレとは違って、呼吸を荒くしながらもしっかりとした足取りで歩く王女様がやってきた。

 ……勝敗は、どうなってしまったのだろう。終わった後のこの差が、結果を表しているように思えてならない。やはり、土壇場であがいたところで……。

 少しこちらを見下ろしたあと、彼女は手を差し伸べる。

 逡巡し、震える手で、彼女の手を掴んだ。

 強く引き上げられ、しゃんと立たされる。やはり彼女は力持ちだ。そのまま、オレに肩を貸してくれる。おい、この衆人環視のなかで、王女様にこんなことをさせるなんて、仲良くなれても恐れ多すぎる。困ったな。

 そこに、誰かがやってくる。たぶん、ゴールを監視していた、審判役の男性だ。


「王女様。ロードレースの、第一着は――」

「わかっています。私が皆に伝えますから」


 チユラが、オレを見る。とても近くから見たその青いひとみは、晴れたときの空のように、気持ちのいい色だと思った。


「ほら、ちゃんと立つ」


 チユラがオレの腕を肩から降ろす。ふらつきながら、なんとか立ってみる。

 彼女はそれを見届けて……そして、オレの腕をつかんだ。


「勝ったのは、あなたです。ミーファさん」


 そう言って、オレの腕を高く上げる。

 人々の声が沈黙を破り、割れんばかりの音が広場に響き渡った。




 これで、ロードレース大会とやらはようやく終わった。

 一着と二着が決まってしばらくして。オレ達の後にも、ぼろぼろのへとへとになった武芸科の生徒たちが帰ってきて、人々に温かく迎えられていた。

 その後は表彰の式だ。街の人々や学生たちに見守られる中、チユラをさしおいて、よそ者の自分が王の前に立つのは、さすがに緊張した。大昔の勇者たちは王様の前に立つことも多かったと聞くが、オレにはとても務まりそうにない。たしかに、ほんの数えるほどの似た経験は、ありはするけど。

 優勝者をたたえる祝辞をつらつらと述べ、オレに栄誉を与えたあと。轟く拍手の中で、王はオレだけに聞こえる声で言った。


「イフナ隊長と、娘から、君の話を聞いている。ここまで、この国のために心を砕いてくれてありがとう。雷の勇者よ」

「……!」


 もったいないお言葉だった。何故なら、王都の怪異はまだ何も解決していないからだ。

 栄誉と、友人を得た。たくさんの経験を得られた。思い出を手にした。光の勇者も見つけた。

 けれど……どこかへ消えた人々は、未だ戻らない。このひとつのひっかかりが、どうしても。いつも心に、しつこく染みついている。

 それだけが、本当に、嫌だった。


「ミーファさん。私に勝っておいて、なにかしら、その顔」


 すべての予定を終え、人々が会場から去っていくなか、話しかけてくる女の子がひとり。

 これは申し訳ない。気持ちを切り替えて、笑顔をつくる。


「ミーファさん。私、今日は楽しかった」

「わたしも、です。王女様」

「なに。その話し方。せっかく、その……友達になれたって、思ったんだけど?」

「……まあ、人の目が、まだあるし」


 彼女の言葉を聞くと、口の端が上がってしまう。

 あっちも、友達だと、言ってくれた。嬉しくないはずはない。長い距離を走った労力が報われる。


「さて。勝った人には、やるべきことがあります。……人の恋路のチャンスをダメにしたんだから、ミーファさん、わかっていますね?」

「えっ、う、その」


 眉を吊り上げた顔を、ぐっと近づけてくる。

 ……悪いことをした。なんでもないふうに彼女はふるまっているけど、実は悲しさを押し隠しているかもしれない。

 チユラを負かしてまで、その、なんだ。

 想いを告げる権利、とやらを勝ち取った、オレは。それを果たさなければならないということになる。


 ――ああそうだ。オレの中には、ユシドを大切に想う気持ちがある。それはただの親愛の情とは、少し違っている。

 こんな勝負を持ちかけてきやがって。とんでもない子だ。必死に頑張ってしまった以上、彼女の前では言いつくろえない。

 でも。オレは、まだ……その気持ちに、形を与えることは、できない。まだ。


「チユラ。……それって、今すぐじゃないと、ダメかな」

「あら。ミーファさん、意気地なしなんだ」


 言葉が心臓に刺さる。

 それを指摘されると、つらい。


「――オレとユシドは、一緒に旅をしている。長い旅だ。だから、その」

「じゃあ、期限をつけますか」


 石壁の向こうに、夕日が落ちていく。

 今日の一日を讃えるような、大きな赤い夕陽だ。


「旅の目的を終える頃に、必ず、気持ちを伝えることです。そのときのミーファさんが、彼を、どう思っているとしても。それと……」


 チユラは金の髪を赤く染めて、それと同じくらい、顔を紅くほころばせた。

 それは、笑っているようにも……少しだけ、泣いているようにも、見えた。


「明日会うときは、これまでの旅の話を聞かせてください。よその国から来た、勇者さま」


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