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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
輝きの王都 / あなたのともだち
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40. ダンジョン潜行訓練

 集合場所の地図を眺め、周りの景色と見比べ、目の前のものがそれかどうか確かめる。

 王都の街道を北東へ歩き、さらにたどり着いた小さな森の拓かれた道を進み、奥山にまで入ってしまう寸前の、とある岸壁に行き当たったところ。

 そこには大きく口を開けた、洞穴があった。

 足を踏み入れてみる。すぐにわかったのは、入り口であるこの穴は自然のものではなく、近年に掘り進めたものだということだ。下に続く石の階段が整備されている。集合場所はこの先だ。

 オレはひとつ深呼吸して、地上の空気を肺いっぱいに吸い込む。そうして地下へと続く長い階段を、ゆっくりと降り始めた。


 向かっているのは、王都の政府が近年発見し管理している、地下ダンジョンのひとつである。

 今日はもちろん制服を着ていないし、装備や荷物も探索を意識したものだ。つまりハンターとしての仕事でここへ来た。

 ……わけでは、ない。

 本日の日程は“地下ダンジョン潜行訓練”である。学園のカリキュラムとして行われる職業訓練、または実地訓練。オレは多くの職種の中から、人気があるだろうハンターズギルドのものを選んだ。これから向かう先では、ほかの学生たちや引率の教師、外部講師の現役ハンターが待っていることだろう。

 学生の訓練なんかに使うくらいだから、もうほとんど資源を取りつくしていて、潜む魔物も低級のものなんだろうが……まあ、マリンがこれを選択するというものだから、オレもついていくことにした。彼女はダンジョン関連の依頼を受けたことがないからと語っていたが、学園でまでハンターのお勉強をすることを選ぶとは、真面目なことだ。

 しかしたしかに、貴重な機会ではあるな。ハンターってのは互いにより高みを、より良い報酬を目指して競争しているわけだから、打算なしに後輩に仕事のいろはを教えてくれるような、優しさの塊人間はあまりいない。

 おそらく外部講師のハンターも、報酬を学園側から受け取ったうえで学生たちの前に立つのだと思うが、それでもありがたい話である。知識は武器だ。経験者から基礎的なものを学ぶだけでも、生存の確率は大きく上がる。この実地訓練は、魔物や迷宮を相手にする進路を考えている若者たちにとって、きっと意義があるものになる。


 階段を降りきると、地下の穴倉らしからぬ、想像より明るく広い空間が広がっていた。あちこちにテントや魔力灯の光が見え、炭鉱の道具、魔物退治の武具など揃えられているようだ。ここは王都政府が業者に建設させた、入り口にして探索の拠点となるフロアなんだ。

 周りをきょろきょろと見まわし、何人かが行きかう中で、知った顔を見つける。一緒にこの訓練を受けようと示し合わせていた友人、マリンだ。


「おおい、マリ……ゲッ」


 こちらを認めて笑顔で手を振ってくるかわいい銀髪、の横には、これまた美しい金髪少女の姿が。

 しかしその表情は、なんというかちょっと厳めしい。考えすぎだとは思うが、現れたオレをにらんでいるようにも見える……。

 金髪の少女――チユラ王女が、このホコリまみれの地下ダンジョンにいる様子は、どうにも組み合わせが悪い。

 その容姿を眺めてみる。

 彼女はオレと同様に、お姫様っぽくはない短めの髪に、いつもの学生服姿ではなく身体を動かしやすそうな軽装備を身にまとっている。しかしさすが高貴な身分の人なだけあって、そのデザインは美麗、かつ質も良さそう。何より着ている本人のオーラがそう見せているのかもしれないが……。

 ともかく、そんな彼女の輝きに、薄暗いダンジョンは合わない。

 彼女がここにいることは意外中の意外だ。別の訓練を選択すると思っていた。


「マリン、ごきげんよう」

「ごきげんよう、ミーファさん」

「……チユラ様、ごきげんよう」

「……ええ、ミーファさん。まさかご一緒することになるとは思いませんでした。うれしいです」

「そんな。わたくしもです。ウフフ」

「オホホホ……」

「ウフフフフフ!!!」

「オーホホホホ!!!」


 二人分の甲高い笑い声が地下にこだまし、間に挟まれたマリンが迷惑そうな顔をしていた。ごめんね。

 スン、と互いに真顔に戻る。

 オレはこのお姫様のことは、まあ嫌いではないのだが、向こうは少なくともこちらを好きではないらしい。

 あれから今日まで、何かと因縁をつけられている。抜き打ちの試験の点数で勝負とか、組手で背中をついたほうが負けとか。仲良くなるには、遠そうだ。


「やあ、みなさん。全員集まったようだね」


 彼女の感情をどういなしたものか考えていると、男性の声。眼鏡をかけた細身の人……魔法術の授業を担当してくれている先生が、オレたちに話しかけていた。背中には、授業のとき以上にやたら荷物が詰め込まれた重そうな背嚢が見えており、大変そうだ。

 ちなみに、彼の名前は、デキヤという。


「ん? 全員?」


 周りを見る。デキヤ先生。オレ。マリン。チユラ王女。そしてその斜め後ろに、白黒の給仕服を着た、黒い髪の女性がひとり。メイドだ。

 え? なんで地下にメイド……?


「なんで地下にメイド?」

「おや、なぜ地下にメイドが……?」

「わあ、メイドさん、ですか。初めて見ました」

「……ええと、私の付き人です。今日はうまく撒けませんでした。すみません、先生」


 チユラ王女が謝るのに合わせ、みんなの視線を受け止めていたメイドさんがお辞儀をする。こちらも会釈をした。


「ハイムル・サザンクロスと申します。姫様のご意思とはいえ、魔物の巣窟に護衛もつけず向かわせるわけには参りませんので」

「下級のダンジョンくらい、ひとりで平気です」

「脳筋……いえ、姫様はもう少し、ご自分の立場を自覚してください」

「はいはい。……ん? 脳筋って言った今? ねえ。おい」

「お言葉遣いが乱れておられます」


 チユラ王女の嵐のような連続パンチを涼しい顔でかわし続けているこのメイドさんは、ハイムルさんというそうだ。なるほど、強いな……。

 珍しい黒髪と黒の瞳が印象的だ。歳はオレ達よりも、やや上くらいか。背格好からして20前後だろう。魔力の気配は薄いが、チユラ王女に無礼な口を聞けるあたり、ただものではない。王族の付き人とはこういうものか。……いやこういうものか? 本当?

 さて、ハイムルさんはお姫様の護衛役ということだから……参加している学生は、オレと、マリン、チユラ王女か。


「え、じゃあ3人だけ?」


 少ない。ギルドのハンターは人気の就職先ではないのか? 対魔物の激戦区だし、高い実力を持つ武芸科の生徒たちならば、裕福な暮らしも夢ではないはずだが。

 ……いや。王立学園の生徒たちの大多数は、もともと裕福な暮らしをしているし、それより国を動かす側や経営者に興味がある子が多いのかな。彼らから見れば、ハンターや冒険者のたぐいは、一獲千金を狙って刹那的な生き方をしている連中に見えるかもしれない。

 いずれにせよここにいる3人は、他の学生たちとはこれまでの生き方が異なっている。だから、実は人気のない訓練を選んでしまったのかもしれない。

 例えばマリンは、清貧な暮らしの庶民で、魔力を人より多く持っているから、この道を選ぶのが最適に思えたのだろうか。

 王女様は……わからん。拳で魔物を叩きつぶしたいとか?

 まあ、一般的に見て、変わり者が集まってしまったわけだな。


 先生を交えて今日の訓練について確認事項を整理していると、近くにある大テントのひとつから、大柄の男性が現れ、こちらへとやってきた。


「おう、訓練の学生さんたちかい。俺の名は………なんでメイド?」

「お気になさらず」


 ナンデメイドさん。覚えた。

 風体や装備品から見て、今日の引率を買ってくれたハンターだろう。……ようく思い返せば、ギルドで何度かすれ違った気がしないでもない。

 実力のあるハンターの顔はなんとなくオーラがあって自然と覚えるのだが、彼についての記憶は怪しい。腕っぷしに関して学ぶところはなさそうだが……まあ、ダンジョン侵攻の基礎知識でも教えてくれるなら、オレとしてはありがたい。


「おおう、とびきりの美人さんが4人とは、ついてるね、はは。……ん?」


 精悍に笑っていた彼は、オレ達を見るうちに、やや訝しげな表情へと変化していった。オレの顔になんかついてるか?


「そこのお二人さんは、たしか新参の……ご同業じゃねえか。え? 学生だったの? すごい勢いで昇格してるよね? 俺と同じランク……」

「先輩方のご指導のたまものです」


 にこりと作り笑いをしておく。

 先輩は先輩だ。彼に学ぶことは間違いなくあるはずなので、敬意をもって接していこう。


「お、おお。よろしくな。……あと、そこのお嬢さんは……」


 ナンデメイドさんは、続いてチユラ王女に視線を注いだ。これは、驚くだろうな。顔の良いお姫様っていうのは国民の憧れの的だ。そんな人に、こんな思いもしないところで出くわしたら、いやはや、もう。

 しかし身分を知っている者から見れば、いささか不躾な視線である。王女が気を悪くしなければいいが。


「王女様たちに似てるな! 髪を伸ばせばそっくり! 美人さんだねえっ」

「よく言われます。光栄ですわ」


 と、優雅に微笑むチユラ王女。……なんでバレないんだ? 公務のときはウィッグでもしているのかな。


「それでは、先生。学生さんたちの準備はよろしいですかい」

「ええ。各自、装備や携行品の点検と、注意事項の確認は済みました」

「オッケイ。ではこれから、地下迷宮の潜行訓練を開始する」


 ナンデメイドさんが号令をかける。彼もこの仕事は何度か請け負っているのか、慣れた様子がうかがえる。内容に期待してもいいだろう。

 出発だ。

 ……オレは試しに、腰の剣に触れ、刃を引き抜こうと力を入れてみた。しかし、やはりびくともしないそれに、ため息が出る。

 最近のイガシキはまさしく、ただのお荷物だ。一体なぜずっと機嫌を悪くしているのだろうか。ハンターの仕事を始めたとき……いや、マリンたちと組んだときくらいからそんな感じか……。

 まあ今回は、これを抜くような修羅場はない、と思いたい。


「お嬢様方。先導は俺、しんがりは先生さんがやるから、安心してついてきてくれ。……いやまあ、君らに指図するのもおかしいが」


 言葉に従い、警戒をしながらダンジョンに潜っていく。人間が設営したセーフゾーンを出れば、そこはいつ怪物たちに襲われてもおかしくはない魔窟だ。

 ただ、学生たちの訓練などに使うだけあって、この洞窟はそう危険がないという話だ。調査進行度は高く、訓練に使う浅層ではトラップのたぐいも除去済みで、魔物のレベルも低い。あくまで現場の雰囲気を掴みながら、基本的なことをおさらいするのが目的だろう。そう表現するとつまらなさそうだが、生徒を丁寧に育てるならば、大事な訓練だと思う。


 道中、敵が現れた。大きなネズミの魔物だ。常であれば先頭のナンデメイドさんが引きつけている隙に倒すのだろうが、血気盛んな姫様が速攻でぶちのめしていて、彼は「えっ……」とだけ漏らしていた。わかるわかる。彼女、黙っていれば清楚だからね。

 あと、普通の王女様は人間大のネズミを殴りつけたりはしない。


「さて。ここまでの行軍は、まあその、あまりセオリー通りでは、なかったんだけれども、危ういことなく連携……連携? はできていたように思う。……さすが王立学園の生徒たちだ!!」


 ややひらけたスペースに辿り着くと、一行は脚を止めることになった。

 めちゃくちゃ言いよどみながらも、ナンデメイドさんはオレ達を褒めてくれる。実にやりにくそうだ。

 しかしこちらも感心している。彼の先頭役……いわゆる盾役としての脚運び・立ち回りはしっかりしていて、こういう場所での進み方の参考になった。きっと、護衛の仕事を数多くこなしてきたのだろうな。彼はたしかな実力者だ。

 オレ達と同じということは……Bランク。普通は数年かかると言われた等級だ。彼がこの王都で中堅ハンターになるまで生き残れていることこそが、その力の証明であるといえよう。


「よし、先生、講義の方をどうぞ」


 次は、ナンデメイドさんに話を任されたデキヤ教諭が、我々の前に出てきた。彼の方からもいろいろと指導することがあるのだ。学生3名に先生2人というのは、よく考えればいつもよりずっと手厚い。


「ダンジョンというのは、自然がつくりだした迷路や古代人の建造物までいろいろありますが、つまりは“資源と魔物が混在する迷宮”の総称です。知っていますね。……では、我々がいるこの迷宮の正体は、一体なんでしょう? ただの洞窟ですか?」

「はい」


 先生の質問に対し、王女が挙手をする。さすが優秀だ。


「チユラさん、どうぞ」

「古代人由来の何かだと考えます」

「根拠は?」

「それ」


 彼女が指さした先に視線を向ける。さっきからオレも少しだけ気になっていた。

 そこには、天然の地下洞窟にはありそうもない、なぞの物体が鎮座している。円柱の形をしているが、素材がどうもこのあたりの鉱石ではないし、形も計算されて綺麗に削られていると思う。直線で描かれた模様があちこちに彫られていて、これは間違いなく知性ある者によって造られたものだ。

 そして、円柱は一部が切り取られたように欠けている。大人の腹辺りの高さの位置だろうか。そうして欠けた部分にできたスペースには、まるで宝石の断面のように滑らかな黒い板と、人の頭くらいの大きさの丸い石が設置されている。

 こういった制作意図の全く読めない物体は、宗教的な飾りであるか、古代人の遺した“何か”だ。学者たちも当然、目を皿のようにして研究する。

 だが冒険者たちにはこの価値はわからない。直接の儲けにはつながらないものだ。だからいつも、こうしたものは無視している。

 ともかく。

 たしかにこのダンジョンは、古代人関連のものらしい。


「そうですね。そして大事なのが、こういうものには決して触れない、近づかないのが鉄則です。何故かはわかりますね」


 と言いつつ、オレ達は形状の詳細がはっきりとわかるほどに近づいていて、同じ空間で授業なんぞ始めているわけだが。

 まあ、調査済みのダンジョンだという話だから、今回は問題ないということだろう


「今回は特別に許可を得てここまで近付いています。危険性がないことは既に調査済みですので、問題はありません。……このように、ダンジョンとは、失われた歴史を解き明かすための、貴重な資料でもあるのです。まあ歴史の先生の受け売りですが」


 なるほど。今まで関心はなかったが、そう聞くと面白いな。意匠から古代文明のなんたるかを推測したりできるのかもしれない。

 でもそれより、破壊したら伝説の武器とか出てこないかな。破壊したい。

 不穏なことを考えながら見学する。みんなで謎物体を囲み、どんな歴史的意味を持つものなのか考察し合った。オレは宝箱だと思う、破壊しようぜ。


「この丸い石が気になりますね」


 王女様の言葉を聞き、それに目を向ける。

 そういえば前に、ギルドで同じような形のマジックアイテムを見たな。あれは水晶玉だが、手で触れると起動して、触れたもののステータスというのを紙に焼き付けるんだ。

 これも同じ方法で起動するマジックアイテムの類かも。触れてくれと言わんばかりの位置にあるし。


「触ってみたら何か起きるかもしれませんよ」

「こう?」

「あ、チユラさん。あまり触れないように――」


 離れて見ていた先生が、注意を投げかけようとしたときだった。

 王女様の触れた、ただの丸い石が、光を放ち始めたのは。


「これは――!?」

「いけない!! みんな、そこから離れて!!」

「っ、手が、離れない……ッ!」


 先生の声色が必死なものに変わる。指示に応じようとしたが、王女の手が、光る石に張り付いてしまったようだった。これは、罠か……!?

 王女の腕をつかみ、引っ張ってみる。びくともしない! そもそもが怪力のチユラ王女だ、力でどうこうできないものである可能性がある。

 ――破壊する!

 雷撃を腕から放出し、円柱にぶつけてみる。……王女が傷つかないよう威力を絞り過ぎたようで、壊せなかった。もう一度!

 腕を振りかぶろうとして、さらなる異変を目の当たりにする。


《……ザザ……移門を起動し………市民の皆様は……の内側に……ザザ……》


 この場にいる誰のものでもない。無機質な声。おそらく、この柱が発したもの。イガシキの出す声質と、どこか似ていると思った。

 気付くと、円柱に彫られていた直線模様に、同色の光が走っていた。同時に、円柱を起点に、彫模様の線がはみ出るようにして、地面に魔法陣が描かれる。見たことのないタイプの術式で、効果が想像できない。

 何かが起きている。オレ達は一刻もはやくここから離れるべきだ。それはわかっている。

 魔法陣がまばゆい光を放ち始める。どうする、このままではみんな……!


「ナンデメイドさん! 先生! ここを離れて!!」

「……えっそれ俺のこと!? くそっ!! みんな――痛あ!?」


 大人の二人を蹴り飛ばし、魔法陣から追い出す。

 何が起きるか分からない以上、効果範囲内に人は少ない方が良い。

 マリンと、ハイムルさんを遠ざけようとして二人を見る。だがそこで、視界は完全に光に覆い尽くされ――

 世界が、白く染まった。



「……どうなった?」


 閉じていた目を開く。

 身体の感覚を確かめながら、自分の姿を見下ろす。どこも異常はない……と、思う。思いたい。


「ミーファさん、手を離してくださいな」

「あ、ごめん……って、チユラ王女! 平気ですか?」

「ええ、身体の方はなんとも……」


 すぐそばから声をかけられ、慌てる。言葉の通り、彼女は五体満足、無事のように見える。石にくっついていた手も離れているみたいだ。

 視線を彷徨わせる。目の前には例の物体。先ほどの派手な光はなんだったのやら、最初のときのようにただそこで沈黙している。

 そして、魔法陣の広がった範囲の中にいた、マリンと、ハイムルさんも異常はなさそうだ。

 じゃあ今のは、一体なんだ?


「ミーファさん、大丈夫ですか? ケガはありませんか?」

「うん、なんともない。ありがとう」

「……これは。大変なことになりましたね。どさくさに紛れて姫様を見捨てるべきでした」

「あなたねえ」

「お嬢様方。周りをご覧ください」


 言葉に従って、きょろきょろと見回してみる。

 ……デキヤ先生と、ナンデメイドさんの姿がない。そして。

 天井の高さが違う。部屋の広さが違う。においが違う。……ただよう魔力の気配が、違う。


「どうやら我々は、どこか違う場所に“跳ばされた”ようですね」




 しばらく、オレ達のいる部屋を、手分けして探索してみた。

 これといって特徴はない。すべては岩土に囲まれ、洞窟のように見える。

 ただ、ところどころに。“整地”されていた過去が垣間見える。これは洞窟ではなく、建物だ。巨大な城のような。それが地中に埋まり崩壊していったものが、この迷宮の正体なのかもしれない。

 つまりは、あれは古代人の仕掛けた、侵入者を離れた場所に跳ばす装置。そういうことになるだろうか。


「こういう罠もあるんですね。人間の考えるものって、面白いです」

「そうかな……」


 考えたやつは相当性格悪いと思うけどな。

 ……あれはおそらく、大きな魔力を感知すると起動する仕組みなのではないだろうか? これまで動かなかったものが今になって作動するのは、メンバーに問題があったと推測する。雷の勇者に光の勇者、初代光の勇者の子孫だ。何が起きても不思議ではない気がしてしまう。

 まったく最悪だ。おかげで先生やナンデさんとは離れ離れになり、帰る道もわからない。

 そう。帰る道が、わからない。

 どうやらここは、事前にもらった地図には記されていない、新たな階層であるらしかった。周囲のつくりと、情報との特徴が一致しないのだ。


「みなさん、良いかしら」


 チユラ王女が呼んでいる。オレたちは例の、謎の魔法術発生装置の前に集合した。


「もう一度触れたら戻れないかと思って、やってみたんだけれど……これを見て」


 王女が示したのは、丸い起動装置に近い位置にある、黒い板だ。

 いや。……ただのっぺりとした黒い板では、なくなっている。そこにはいつの間にか、何かの文様があらわれていた。

 この並び方は、図絵、ではない。これは文字列……現代では失われた、古代人たちの扱う文字だろうか。


「古代文字を読める人は?」


 王女の呼びかけに対して首を横に振っていると、オレの背後から、はい、と控えめな声がした。

 マリンだ。


「自信はないんですけど、選択科目で習ったので……試しに、解読してみます」


 マリンは荷物から、紙と金属ペンを取り出した。黒いプレートにあらわれた文字を写したあと、何やら書き込んでいく。みんなして後ろで見守っていると、ときどきこちらを振り向いては、やりにくそうにしていた。ごめん。


「できました。意味の分からない部分は、なるべく発音のままです」


 マリンの広げた用紙を、みんなで覗き込む。



 6番転移門 上層 飛空船発着所行き

       下層 モール・マーケット行き

 ※一級市民専用につき 血中マナ・ライセンスの提示を求めます


 エラー 駆動系のトラブルにつき 動作不能

 現在使用不可 専門技師によるメンテナンスを実施してください



「“転移門”。なるほど、聞いたことがあります。遠く離れた場所に、一瞬で移動できる魔法術があったとか……。いわゆる、ロスト・マジックのひとつですね」


 現代には術式が伝わっていない、大昔の魔法術ということか。

 うーん、失われてしまったのが勿体ない。こんなことができるなら、いちいち長い旅をすることもないし、交易も楽になる。古代人はさぞいい暮らしをしていたのだろう。

 ともかく。マリンが解読し、王女様がピックアップしたこの箇所。読み取るべきはここだ。


「転移の術だというのなら、同じように使えば元居たところに戻れないのでしょうか?」

「“使用不可”とある。もうこの装置は壊れてしまったのだと思います。でも……」


 ハイムルさんの声に答えながら、マリンの解読書の字を指でなぞる。


「“転移門”の前に番号が振ってあります。マリン、これは確か?」

「数字は比較的読み取りやすいので、確度は高いです」

「ならば、6番というのは、他にもこの装置があることを示していると考えられます。だったら」

「別の、まだ動くものを探して、動かしてみる」

「ええ」


 みんなと顔を見合わせる。帰還の糸口が見えてきた。

 たぶん、“上層”というのが、今まで我々が初心者向けダンジョンだと思っていた階層だ。上層へ行くことができる転移門、もしくは、昇りの階段を見つければ、地上に戻れる可能性はある。


 オレ達は話し合い、今いる広場を拠点にして、脱出を目指すことに決めた。

 みんなの荷物を検めたところ、食料は一週間分程度。

 正直、これにはどきりとしたのだが……他のみんなの顔色を窺うと、絶望した様子などなく、意外にも落ち着いている。命がけで戦うこともあるマリンはまだわかるが、温室育ちなイメージのお姫様までこうも精神的に強いとは。

 負けてはいられないな。近頃は若者に負かされすぎていて、そろそろ勇者シマドの名が泣く。


 それにしても、マリン。まさか古語を読み取れるとは。

 稀有な能力じゃないだろうか。彼女が旅に出て冒険者になれば、きっと役に立つに違いない。というか今まさに役に立った。

 オレは、自分にできないことをできる人間が好きだ。敬意を抱く。


「マリンさん、でしたか。あなた、本当にこれを学園の講義なんかで学んだの?」

「あ、その、正確には、学園の図書室で……こういうものに、興味があって……」

「……そう。すごいわ」

「み、身に余る、お言葉で、その」


 彼女が王女様に褒められているのを見ると、我がことのように嬉しくなった。




 迷宮の中は、意識してよく観察してみると、なるほど、何かの建造物の内部であることは見えてくる。壁のつくりなどが、岩山を掘削してできるものじゃないからだ。進むごとに、ここが地中に掘られた洞窟ではなく、地中に埋まった何かだったのだ、という説が補強されていく。

 地図を作成しつつ、ゆっくりと進んでいく。恐れ多いことに、地図を描いているのはお姫様だ。

 最初はオレがやろうとしたのだが、へたくそな線画を見た彼女に用紙を奪い取られた。だってやったことないし……地図が無くても道覚えられるタイプだし……。

 チユラ王女のほうは一度やってみたかったらしい。本当なら今日の訓練で、こういうことを学ぶはずだったのかもしれないな。


「ん……」


 足を止める。先頭を歩いていたオレの合図で、後続のみんなも警戒する体勢になっているはずだ。

 行く先から魔物の気配を感じる。それはかすかな足音、唸り声であったり、けものの臭いであったり、彼らの身体を形作る魔力の波動であったりする。

 肌を刺す殺気は、どうやら上層の大ネズミとはレベルが違う。だがみんなを危険にさらすことはない、オレが倒してしまおう。マリンもチユラ王女も強い子だが、彼女たちはいろいろな役割を担っている。露払いは、戦いしか能がないオレに任せてもらおうか。


「魔物なら大丈夫よ、ハイムルに任せておけば」

「へっ?」

「お嬢様、お下がりを」


 勇ましく前へ出ようとしたところ、誰かに先を行かれる。

 ゆっくりと歩くのは、メイドのハイムルさんだ。


『グアアアアアッ!!』

「!! ハイムルさん!」

「はい」


 ちん、と何かが鳴る音がした。


 暗がりから素早く飛び出してきた魔物。蝙蝠の翼や牙、爪をもち、しかし人に似た形をしている。ウェアウルフのような、亜人型の魔物だ。

 襲い掛かってくるやつに対し、なんとハイムルさんは、無防備にオレの方を向いている。名前を呼んでしまったからだ。

 冷たいものが全身を流れる。咄嗟に魔法術を放とうとして――

 しかし。

 蝙蝠の魔物は、真っ二つになって、地面にぼとりと倒れた。


「……これは……?」

「うー、久しぶりに見たけど、やっぱり見えない……」


 隣で王女様が悔しそうに唸り声をあげている。魔物は光の粒をまき散らし、暗闇に消えていった。


「ミーファお嬢様。魔物の退治ならばご心配なく。ただ、私の定位置は姫様より後ろと決まっていますので……」

「は、はあ」


 恭しく頭を下げるハイムルさん。その両手に、何かが握られていることに気付いた。

 カタナだ。イフナと同じ武器。

 魔物が倒れる前に鳴った音。たしかに聴いたことがあった。あれは、刀を鞘に納める音だ。

 嘘でしょ? この人が斬ったってこと?


「おや、これは……巣に踏み入ってしまったようですね」


 道の先、やや広い空間に出る。マリンが灯りの魔法術を強め、部屋が照らされていく。

 そこには何匹もの蝙蝠人間が、天井にぶら下がっていた。

 一斉に顔を向けてくる魔物たち。この数となると、誰かを守りながら戦うのは難しいぞ。今度こそオレも助太刀せねば。


「いい運動になりそう。お嬢様方、お下がりを」


 くすりと笑い、ハイムルさんが前に出る。鋭い殺気のようなものに押され、オレは思わず後じさった。

 ひらひらのメイド服を着た女性が、腰を深く落とす。黒い鞘を腰だめに構え、右手が、柄を握り締めた。


「――ここで死んでいけ。シッ」


 あ、消えた。


「シャッ!」

「ぬぅん!!」

「イヤアアァーーオ!!!」

「斬る!」


 んん……?

 異様な光景に目をこすり、もう一度そちらを見ようとすると。既にハイムルさんは鋼が擦れる清廉な音を鳴らし、納刀しようとしていた。

 キン、と鍔が鳴る。人の来ないダンジョンで健気に生きてきた魔物たちは、哀れ、地面に墜落し、光のつぶへと崩壊していった。

 なるほど、惚れ惚れするほど鮮やかな手並みだが……

 幻覚でなければ、いま、ハイムルさんは、4人くらい見えた。


「今なんか分身してませんでしたか? あの人」

「残像よ」

「残像……」

「普通の人には消えたようにしか見えないはずだし、ミーファさんは目が良いのね。さすが私の好敵手」


 なんか……勇者なんて、大して強くないのかもしれないな。世の中広い。風の勇者の奥義を継ぐものとして、スピードの世界に関しては自信があったのだが。もうだめだこれ。

 ん? ていうかこの姫様、最後にさらっと変なこと言わなかった?


「メイドさんって、すごい職業なんですね」

「いや……そうかな……」


 うちのメイドとはえらい違いだけど。みんなこんなだったらハンターとか勇者とかいらないよ。


 着実に地図を埋め、魔物を討ち払い、進んでいく。

 道すがら、激強メイドのハイムルさんに、ひとつ気になったことを聞いてみた。


「ハイムルさん。イフナさんとはお知り合いですか? 王宮勤めの、剣士の」

「うちの兄弟子とお知り合いですか」

「兄弟子……なるほど。いえ、以前バルイーマの闘技大会でお見かけして……」

「ふうん。イフナ殿ったら、また護衛任務の合間に出場したのね。お父様も甘いわ」


 やっぱり。

 あんなほそい剣で目にも止まらぬ抜刀術を操る剣士など、そこらにいるはずがない。兄弟子と言うからには、ふたりは同じ流派の出身ということだ。

 あとついでに、王女様もイフナのことは知っているらしい。まあ兵士の中では一番活躍してそうだしな。


「二人とも超人のような強さですが……さぞ名のある剣術流派なのでは?」

「いえ。マイナーすぎて、門下生がいなくて」

「マイナーだからじゃなくて、超常の剣だからでしょ」


 姫様のつっこみ。もっともである。才能と凄まじい鍛錬なしに、あの域にはたどり着けまい。修行の風景を想像するだけで怖い。


「ちなみに、流派の名前は?」

「インフィニティエターナルセイバーブレイド流」

「なんて?」

「インフィニティエターナルセイバーブレイド流」


 ちょっと意味が分からない。


「しかしよくぞ同じ流派と見切りましたね。技の型は、イフナさんとは厳密には異なるはずです」


 いや。見切ったのではなく、見えないからそうだと判断したんですけどね。

 とはいえ興味が出たので聞いてみる。


「技の型とは?」

「私のものは殲尽(センジン)の型。イフナさんのものは千刃(センジン)の型というものです。他にも、閃迅(センジン)の型というものがありまして……」


 全部同じじゃん。


「まあ、外の人から見れば全部同じですかね。聞き流してください、お嬢様」


 さらっと3人目の使い手がいそうなことが示された。それにこんなものを教える師匠とは、創始者とはどんな人物だろう。謎は深まるばかりだ。





「む、あれは……」


 またしても魔物が現れる。地属性の魔法生物、ゴーレムだ。この地方に来てからよく見かけるが、古代人が使役していたのかもしれないな。彼らは人間が作り出し操った、岩の魔法人形が由来の魔物だ。

 敵のゴーレムを見やる。やつを倒さなければ、向こう側にすこし見える狭い通路を抜けるのに、邪魔になるだろう。

 しかし。見たところ、このゴーレムの外殻には金属的な光沢がある。人間が加工した鉱物からつくられたのだろうか。岩石製より硬そうだ。


「姫様、ここはお任せ致します。なけなしの賃金で購入した剣が折れますので」

「はいはい……」


 ええ。あの人、ご主人様に戦わせるの? なんか面白。


「ロイヤルパンチ……! フンッッッ」


 ガインと、奇妙な音。やつの身体がチユラ王女の光る拳を阻んだのだ。そりゃそうなる、相手はどうみても物理攻撃に強い。


()った~~っ!」


 王女は顔をしかめ、利き手をふりふりとやっていた。……しかしよく見ると、ゴーレムの体表面が一部へこんでいる。すさまじい拳打だ、魔法術クラスとは一体……。

 あの子、訓練の授業のときにたまにオレの顔面に入れようとしてくるけど。加減を誤ったらこっちは死ぬよね。


「王女様、交代っ!」


 数歩引いた彼女の、開いた手のひらをパチッと叩き、前へ躍り出る。

 ああいうのは体内に魔法の核があるんだ、それを焼き切ってしまえばいい。


「雷神剣っ!!」


 雷の刃を形作り、敵に押し付ける。出力を高めれば装甲を焼き切ることも可能だが、そこまでする必要もないだろう。

 魔力を放出し続け、やつの内部に電撃を染み渡らせる。派手な電光が迷宮を照らし、やがてゴーレムは、柱のような足を曲げ、膝をついた。

 後退する。……まだ、頭部に魔力の灯りが揺らめいている。しぶといな。


「マリン、交代!」

「ひゃ、ひゃいっ」


 後ろにいたマリンを引っ張ってくる。とどめをさしてやれ!


「スピア・レイ」


 膨大な魔力を凝縮した、白銀の槍が顕れる。肌をびりびりと震わせたそれは、マリンの振るった腕に合わせ、敵に向かって撃ち放たれた。

 異音とともに、光が突き刺さる。あの鋼を貫いたのだ、恐ろしいほどの威力が込められていると言っていい。

 そしてそれは、うまく核にダメージを与えたようだ。ゴーレムは地面に沈み、やがて動かなくなった。


「よっし。マリン、ないすふぁいと」

「わっ」


 彼女に片手を上げさせ、ぱちんと自分の手と叩き合わせる。これはハイタッチといって古代の戦士が互いの健闘を称えるときに行ったという伝統的儀礼であり……まあどうでもいい。

 ともかく、さすがだ。彼女の魔法術の腕は上達している。


「すごい魔法術。姉さまみたい……」

「姫様も見習って下さい」

「うるさいですね」


 実のところ、マリンは動く敵に術を当てるのが苦手だ。まだ戦闘経験が必要なのだが、仲間との戦いならば、彼女の長所はしっかり発揮できる。

 これからも、もっと強くなるかもしれない。……底が、見えないくらいだ。彼女が秘めている魔法の才能は。シークにも匹敵する可能性が、ある。

 暗い迷宮の中で、マリンの白銀の髪が、光って見えた。


 みんなで、先に進もうとする。

 ふとマリンを見ると、彼女は自分の手のひらを見つめていた。


「ミーファさん、手が、じんじんします」

「え。ごめん」

「……でも、なんだか。楽しい、です。とても」


 長い前髪に隠れた目を細めて、マリンは笑った。

 そりゃよかった。強く叩きすぎたかと思ったよ。

 ぼうっと立っているマリンの手を引いて、チユラ王女とハイムルさんの後へ続く。

 まだまだ。もっと楽しくいこう。迷宮の暗闇なんか、吹き飛ばすくらいにさ。




 その日の夜。

 いや、本当に夜かどうかはわからない。体内時計や疲労の具合から判断しているだけだ。迷宮には、マリンや姫が使う灯りの魔法術以外に、光源となるものはない。

 オレ達は、最初に転移した場所とは別の広い部屋に拠点を移していた。破邪結界で魔物を避け、ついでに姫様が力任せにどこかから剥がしてきた石畳で通路を塞いだ。彼女は「ドアだ」と言っていた。閉めないと眠れないのだとか。わからんでもない。

 食事を済ませ、見張りを交代で務めながら、身体を休めていく。荷物の中には宿泊を想定したブランケットやらの寝具があって、岩でゴツゴツのこんな場所でも意外にぐっすりといけた。

 何時間か経った頃だろうか。一眠りしたオレは、姫様と見張りを交代するため、形の良い岩に腰掛ける彼女に話しかけた。

 彼女はオレを見上げ、すこし間をあけたあと、口を開いた。


「……ありがとう、ミーファさん」


 なんだろう。まだ脱出できてないけど。

 それにしおらしい。表情も穏やかだ。いつの間にか魔物と入れ替わったかな? なんて。

 めちゃくちゃ無礼なことを考えながら、なんのことかと返してみる。


「転移装置が動いてしまったとき、ずっと私の腕を離さなかったでしょう。あなたはきっと、逃げることも出来たのに」

「ああ……まあ、その、必死だったので」

「多分、ミーファさんとマリンさんが一緒じゃなかったら……つらかった。だから、ありがとう」


 そう言って微笑むチユラ姫は、うん。

 良い子だな、と思った。

 そんなことは口には出せないので、当たり障りのない返事をする。彼女は立ち上がり、寝床の方へと行った。

 オレは彼女が残した魔法の灯りを見つめながら、王女さまのことを考える。

 正直……こんな目に遭えて、よかったかもしれない。だって、少しだけ、仲良くなれたように思う。

 誰かと、繋がることができた。そう思える瞬間は、オレがどれだけ歳をとっても、かけがえのない、嬉しいものだ。

 さて。できれば、明日で脱出したい。こんなとんでもない事故を、あって良かったと思うためにも。マリンやチユラ王女のような優しい子を、地上に返すためにも。

 しっかり、頑張っていこう。


 ちなみに。

 ハイムルさんがこのやりとりを、寝ずに暗がりから見つめていたという事実を知ったのは、次の交代時間になってからだった。





「あった――」


 あれから少し経って。やっと、転移装置を見つけた。

 広い広い空間の、奥の方にある。まだ動くかどうかはわからないが、ひとまず見つかって良かった。

 だが……。


「霊体のタイプね、あれ」

「刀で斬れないものは苦手です」


 こちらが灯りをつけずとも、そこにいることがわかる存在。青白く発光する球体は、人間や魔物の魂が肉の形をとらないまま力を得た存在だ。

 あの手の魔物には、物理攻撃が効きにくい。魔法術による攻撃も、属性によっては吸収してしまう。

 加えて、浮遊する霊の周り。やつの周囲が心地よいのか、迷宮に棲む魔物たちの憩いの場にでもなっているらしい。なかなかの数が集まっている。ここにきて、一番の修羅場になるかもしれない。


 だけど、不安は無かった。

 霊体の魔物は、光の魔力を持つふたりならば全く問題なく倒せる。数の多い連中は、ハイムルさんが殲滅せしめるだろう。けど、半分はオレに任せてくれていい。身体がなまりそうだから。

 みんなと手順の打合せをする。失敗の恐怖はない。まるで、今も地上にいる仲間たちと一緒にいるかのような、心強さだけがある。

 さあ。

 みんなで、外に出よう。


「行くかっ!」


 雷光をひらめかせ、魔物の群れに突進する。

 両手に二振りの刃。長く長く伸ばし、襲い来る亜人を、獣を、石人形を、視界におさめていく。


「雷神剣ッ!!」


 左右の剣を振るう。魔物たちは彼らを焼く稲妻に身体を巻かれ、光の中で動きを止めた。

 そこで、後退する。

 ゆらりと前へ出てきたのは、洞窟には似つかわしくない、白黒のエプロンドレス。

 そして、鋼の黒と、光を跳ね返す刃の白だ。


「安らかに眠れ……!」


 消えた。いや。

 何度も戦いを見るうちに、少しだけ見えるようになった。だが目に焼き付く残像は4人じゃきかない。彼女はこの一瞬で、この場にいるすべての魔物を、尽く斬り伏せようとしていた。


「ディメンションエッジ」


 いつの間にかオレ達の前に戻ってきていたハイムルさんが、刀を納め、こちらへ悠々と歩いてくる。

 背後を振り返りもせず、ただぼそりと技の名前をつぶやく。その瞬間、あれほどの数がいた魔物たちは、一斉に光に還った。

 か、カッコいい……。


 魔物たちが一斉に消えたあと。

 この部屋を照らす、青く、昏い光を見上げる。今にもこちらを焼き尽くさんと蠢き燃え猛る彼らを倒さなければ、オレ達が地上へ帰ることはできない。このくらいくらい迷宮に、ずっと、囚われ続けるだろう。とても暗く、重く、黒い想像だ。

 光線が放たれる。あれは破滅の光だ。オレ達の身体を焼き、骨を永遠にここへ置き去りにするための、昏い敵意。

 けれど。

 ふたりの光は、その闇を討ち払う。


「ブラスト・レイ!」


 マリンの杖から放たれた光の怒涛が、敵の魂を蹂躙していく。青は白銀の光に飲み込まれ、こちらへ攻撃が届くことはない。

 敵の動きが止まる。さまよう霊魂を眠らせることができるのは、暖かい破邪の光だ。

 そして。

 目を焼くほどの眩い光が、いま、一点に集まっている。

 その光が走り、飛び、跳ねた。

 迷宮を閉ざす魔物を切り裂かんと、真っ直ぐに振り下ろされる、それは――!


「はああああっ!! ロイヤル……! ブレイカーーーーッッ!!!」


 それは。

 ものすごく、光ってはいたが。名前も、少しカッコいいが。

 やはりただの、パンチであった。


 チユラ王女の鉄拳が、迷える魂に叩き込まれる。ダイナミック鎮魂である。

 光る球のなかに囚われていたものが、霧散していく。悲鳴のような、いや、どこか安心したような、不思議な断末魔が、耳に残った。



「じゃあ、みんな、私の身体につかまって」


 チユラ王女の身体に、みんなで触れる。ハイムルさんは姫の目を隠す悪戯をして、一回怒られたりしていた。

 いよいよだ。姫様が、転移門の起動装置に触れようとしていた。……緊張がすごい。これが動かなかったら、また探索だ。さすがに精神的にしんどい。

 それを彼女も感じているのか、険しい表情をして、なかなか触れられない様子だった。ハイムルさんが文句を言い始める。


「王女さま」


 しずかで細い声に、みんなが耳を傾けた。

 マリンの声だ。心を、休めてくれるような、安心する声だった。


「大丈夫です。みんなで、帰りましょう。上の方が、ここよりもっと、楽しいもの」

「………」


 チユラが、装置に触れる。

 光があふれ、チユラの、ハイムルさんの、そして、マリンの笑顔が、はっきりと見えた。


「お願い、上層へ……!」


 チユラの声にかぶせて、自分も祈る。

 頼む。地上へ、返してくれ!





 立ち続けるのに疲れて、膝を折る。

 冷たい石と土の地面が、恨めしい。


 オレ達はあの転移装置で、ようやく上層フロアへと戻ることができた。思えば都合よくうまくいったものだが、まあ、幸運の女神っぽい人がひとり、いやふたりくらいいそうな面子だからな。これくらいの奇跡は、起こってもいいだろう。

 今は、オレ達を心配して不眠不休で調査や救出活動、人手の動員などの対応にあたっていたデキヤ先生とナンデメイドさんから、小一時間泣きながら帰還を祝福されて、ちょっと疲れたというところだ。はやくベッドで眠らせてくれよ。そちらも疲れているだろうに。

 あと、話を聞きつけてやって来たらしいユシドとかも、かなり泣きそうになっていた。心配かけちゃったな。


 救助にやってきた王宮の人たちや、親切なハンターたちと一緒に、外への階段を上がっていく。なんだか長旅を終えた気分だ。ダンジョン探索、きついな。ユシドやティーダをはじめ、これを生業にしているハンターたちはすごい。

 ようやく日の光が見えてきたところで、オレは転びそうになった。マリンもしっかり歩いてるってのに、情けないもんだ。


「ん」


 差し伸べられる手がひとつ。

 見ればオレと同じくらい、土埃に汚れている。

 見上げたその顔は、後ろからの陽射しも相まって、目が開けられないくらいに、眩しい笑顔だった。

 マリンの光が夜の星なら、彼女のは、太陽ってところかな。我ながら詩的じゃないだろうか。などと、適当な感想を抱く。


 チユラの手を取る。

 ちょっとだけ久しぶりに吸う外の空気の味やにおいと、次の彼女との小競り合いが、少し、楽しみだった。


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