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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
輝きの王都 / あなたのともだち
36/63

36. 王立学園へ

 演習用の木剣とはいえ、使い手の腕次第ではこうも痛い。

 ヤエヤ王国でも名の知れた剣士である彼、イフナさんの剣技は、得意の抜刀術を使っていないにもかかわらず、一瞬で僕の全身を滅多打ちにする。

 タイミングを計りながら耐え忍ぶ。

 身体のあちこちが痛い。彼の攻撃はとにかく手数が多く、速い。向こうの攻勢が始まれば、こうして一方的な流れになってしまう。

 だが、無限に剣を振っていられるはずはない。どこかに間隙があるはずだ。それを見極めることができれば――。

 視覚だけでなく、身体の打たれる感覚をも利用し、イフナさんの攻撃を数える。完成された剣技には、完成されているからこそ、決まった流れがあるかもしれない。


「っ!!」


 ほんのわずかに、イフナさんの手が止まる瞬間。何度も打たれてようやく見つけたそこを予期し、僕は鞘の中に剣をしまう。

 イフナさんの腕が目で捉えられたそのとき。僕は鞘の内部に溜めた、風の魔力を解き放った。

 訓練用の剣が射出される。腕がぐんと押されるのを、無理やり制御して、相手の腰から肩を切り裂く軌道に持っていく。

 ところが。

 刹那の中、イフナさんの動きが、完璧にストップした。そしてすぐに身体を動かし、身を屈めて僕の剣をかわす。今のは攻撃の隙などではなく、わざと腕を止めたんだ。誘われた!

 咄嗟に、僕は抜刀の勢いを利用し、以前ミーファと戦ったときのように、身体を回転させて二撃目に移ろうとする。


「うわっ!」


 軸にするべき足を、ひっかけられた。

 実にあっさりと、無様に地面に転ばされ、次の手が無くなる。すぐに立ち上がろうとして身体を持ち上げた僕の首に、木剣がトン、と優しく当てられた。

 脱力して地面に尻をつける。……考えてみれば、闘技大会とほとんど同じ手で、彼に一太刀入れられるはずもない。完敗だ。


「剣速は達人の域だが、来ると分かっていれば対策はできるさ。そうだろ」

「はい」


 拙い戦法を糾弾されるかと身構えていると、彼は薄く笑って手を差し伸べてきた。厚意に甘え、僕はその手を取って立ち上がった。


「とはいえ、その技を敵に二度見せることなどないだろう。その剣技を使っていくのなら、当てる技術を身に着けるべきだな。威力にまだ腕がついてきていないだろう。そして、カウンターのタイミングも適切とはいえない」

「ええ……」

「ひとまず、決まりきった軌道でもいいから、完璧にそこを斬れるようにしておくといい。型を体になじませる方向で、地道に練習かな」

「わかりました」


 まだまだ熟練度不足だ。カウンターとしてこの抜刀術を使うこと自体は有効な戦術のはずだから、もっと修練をしないといけない。

 そして命を懸けた実戦では、相手の攻撃を見切るまでに、何度も攻撃をしのぐなんてことはできない。イフナさんが本物の剣を使っていれば、僕の五体はバラバラだ。この訓練の中で、攻撃の見切り方というものを、なにか掴みたい。


「大した助言もできなくてすまないね。わかりきったことしか言えてない」

「そんなことないですよ。イフナさんの口から聞けば、考えが補強されますから」


 それに今日のように、高速戦闘の実力者であるイフナさんに付き合ってもらえば、それだけでも大きな経験値になる。木製の剣でも、だ。

 ありがたいことだった。こんなに素早い魔物や人なんて、そこらにいるはずもないんだから。


「しかし面白い技だよ。君がその技を極めるのなら、戦いの中で剣を抜くのはたった一度でいい、ってことになる。そこにすべての力を込めればいいからね」

「まあ、理屈の上でならそうですけど……」

「せっかく自分で思いついた剣技は大事にするといい。魔法剣士なら、魔力だけでなく、小手先の技量も磨かないと損だぜ」


 おっしゃる通りだ。せっかく恵まれた力を持っているのだから、色んな技に手を出して、身に着けておきたい。もちろん、それらをしっかりモノにしないと意味はないけど。


「お忙しい中、朝から稽古に付き合って頂いてありがとうございます。イフナさん」

「ああ。こちらとしても、部下たちの指導をするより充実した時間だ。もっと気軽に声をかけてくれていい、きっと相手になれるよ」


 僕たちは互いに武器をしまい、休憩に入った。

 ここは王都のとある広場だ。朝の早い時間は人もまばらで、こういう訓練をしても誰かに迷惑をかけることもない。

 以前闘技大会でぶつかったとき、イフナさんは、僕に稽古をつけてくれると言った。今日はその約束を果たしてくれた形になる。今後も付き合ってくれるというのなら、この王都に滞在する時間は僕にとって、とても大きな経験のひとつになるだろう。


「ところで、そういえば……誘拐事件の方は、動きはありましたか?」

「……いや。不甲斐ないことだが、進展はない」


 話題を変える。

 イフナさんは暗い顔をする。良い話題ではないが、これは互いに顔を合わせるたび、どうしても聞かざるを得ないことだ。

 王都に来てから、もうそれなりに経つ。この感じだとバルイーマより長く滞在することになるかもしれない。そんな長い時間を、不穏ななにかを警戒したまま過ごすというのは、正直、歯がゆいことだった。この美しい街で知り合った人々が消えるかもしれないこと。あるいはすでに消えてしまった人々が今、どうなっているのかということ。ここで生活していると、何をしていても、必ず頭の中のどこかにそれがある。それは、嫌なことだ。

 もちろん、解決への進展がないことについて、調査に携わっているイフナさんや王国の兵たちを責める意図はない。彼らこそ毎日気が気ではないはずだ。できることなら、その不安を拭いたい。


「僕たちにできることがあれば、なんでも言ってください。協力します」


 もう何度目になるだろう、同じセリフを投げかける。イフナさんはまだ、よそ者である僕らに迷惑をかけまいと遠慮をしている気がする。もしも、現状を打破する助けとなることが僕らにできるなら、ぜひ声をかけてほしい。そういう意味で、言った。

 しばらく、イフナさんが押し黙る。その沈黙に何かを感じて、僕は彼の目を見た。

 いつになく真剣な表情で、彼は口を開く。


「実は、提案したいことがある。それはきっと君たちに、負担をかけることになるような話だ」

「是非。話を聞きたいです」

「……わかった。みんなを集めてくれないか」


 僕は頷いた。

 きっと、僕の仲間たちだって、同じ気持ちだと思う。




 僕たちは例によって、イフナさんの家に集まらせてもらった。

 互いに近況を報告しあううち、やがて話は先ほどのように、イフナさんの“提案”したいことへと移っていく。


「今後の方針だが。“学園”と“教会”の内部を探りたいと思っている。これまで調査を後回しにしてきたのが、この2つの施設だ」


 イフナさんの言葉に、その2つを頭に思い浮かべる。

 学園とは、やはり王立学園のことだろう。王国が設立したものだし、生徒の安全を確認するためにも、真っ先に調査は入っているものと思っていた。

 教会というのは、こちらの国でもメジャーな宗教である『聖人教会』のことだろう。人々の心の拠り所である教会が、悪事に関わっているとはあまり考えたくない。

 ……大勢の人が消えたということは、大勢の人を隠す空間、あるいは、大勢の人の“残骸”を隠す空間が必要なはず。

 それを考えると、王都の中で広い敷地を持つこれらの施設は、真っ先に疑うべき対象かもしれない。


「どちらもおおやけに開かれた機関だからね、正当な理由があっても、おおっぴらに中をひっくり返すことはできなかったんだ。特に教会はね。各国に大きな影響力を持つ組織だから、大義名分があっても入りにくい」

「教会ね。いかにも怪しいんじゃないか? 聖教を隠れ蓑にして、裏で邪教やってるのかもしれませんよ」


 ティーダさんが口を挟む。たしかに近年、いかにもな新興宗教のうわさをあちこちで聞くけど……。なんでも、聖人教会のように古代にこの地に現れたという聖人たちを崇拝するのではなく、なんと魔物たちの方をこの世界の本当の主だとする、やや過激な教義を掲げているという話だ。

 ティーダさんのいう邪教というのは、その噂のことかもしれない。


「教会のほうは、ようやく幹部の方から協力の返事を頂けてね。施設内の調査許可だけでなく、教会騎士団からも人員を貸してくれるという話になっている」

「おや。やけにあっさりだ」

「もちろん、先方には遠慮なく、洗いざらい中を見せてもらう。そうだな……提案ですが、よければティーダ殿も同行して頂けませんか? あなたに協力いただけるならば、魔物の痕跡などにも気が付くことができるだろう。負担をかけることになり申し訳ないが……」

「おお。よろしいんですか? むしろありがたい話ですよ」


 やはりティーダさんも、この件の解決を望む気持ちは同じだ。イフナさんの話を二つ返事で快諾していた。


「イフナさん。提案というのはその話ですか? 僕にも何か、協力できれば」

「ああ、その。本題は、むしろ次の話だ。……“学園”だよ」


 ティーダさんは息をつき、一度ここで表情を平静なものにする。それは、ここからの話をよく聴いて判断することを、僕たちに求めているように思えた。


「王立学園はその名の通り、国王陛下が名目上のトップになる。管理運営しているのは王政府。国費から予算を出している。よって今回の件について、国から命令を出し、学校を休みにして内部の調査を真っ先にやった。……結果は、今のところ問題無し。魔物の痕跡も、怪しい人物もいない」

「……? さっき聞いた話と、違いますね」


 シークが疑問を口にする。イフナさんはたしかに、学校と教会は調査をしていない、と言った。


「ああ。正確に言うと、最初の調査を行ってから、そのあと一度も入れてもらえなくなった。まだ調べは不十分なのにな」


 話すうちに、イフナさんの眉が険しくなる。苦い表情というやつだ。


「王国兵ないし王政府の役人である我々が、二度目の調査を申し入れると、あちらの管理者があれこれ理由をつけて拒否してくるんだよ。生徒を不安にさせる。学園の職員を動かして内部調査は進めている。こちらは問題ないから、よそを調べるのに注力した方がいい。といった具合に」

「あちらの管理者、というのは?」

「校長だよ。我が王とは信頼し合い、対等に話せる仲で、この国の重要人物だ。彼女が言うことならば、王も大人しく聞き入れるだろう。……たとえ、娘である第二王女様が、校内で失踪していてもね」

「な……」

「向こうの話だと、失踪されたのは校内ではなく通学路の途中だという。たしかにパリシャ王女は、市民に合わせ、自分の足で城から学園まで歩いて通学するという、王族らしからぬ少女ではあったが。……人目のある公道で、あのお方がものの数秒で不覚を取られたなど、王国兵は誰も信じない」


 ……イフナさんの口ぶりを素直に受け取るなら、学園はたしかにキナ臭い点があるように思える。

 彼が疑わしく感じるのも無理はない。


「そこで、だ。……その。これはあまりに、君たちに迷惑をかける話なのだが」


 言葉を切って、言いにくそうに呼吸を繰り返してから、イフナさんはようやく続きを口にする。


「学園内を、潜入調査してもらいたい。生徒に扮し、内部で怪しい場所や人物がいないかそれとなく見回ってほしい」

「……そりゃいい。囮を放り込んで、連絡が無くなったら、やはり学園が怪しいというわけだ」


 なるほど、要は、校長に悟られないように、学園の中を調査したいという話だ。やる価値のある仕事だと思う。

 とその話に納得した矢先に、ティーダさんが少し棘のある言葉遣いをした。イフナさんの表情が硬く、苦し気になる。


「……そうだ。内部を見回りつつ、生徒の内で派手に目立ってもらいたい。君たちの魔力はこの世界でも随一だ。知れば犯人が狙わないはずはない。今この国にいる人間では、君たちこそがもっとも……」

「釣り餌に適している」

「……ああ」

「ティーダさんっ。あまりイフナさんをいじめないでください」

「おっと。皮肉がわかる歳になったのかいお嬢さん。……すみません、イフナさん」

「いや、断ってくれていいんだ、こんな話。こちらこそ、すまなかった」


 彼がイフナさんを咎めるような口調になったのは、おそらく、僕たちを心配しているのだ。

 生徒に扮するとなると、ティーダさん以外の誰かが、その役を買うことになる。自分の手の届かない危険な所に仲間を行かせるのは、不安なことだ。

 だけど、イフナさんの提案は一理ある。誰かがやってみるべきだろう。となると、その危険な役はもちろん……


「なら僕が――」

「興味があるな。やりたいやりたい」

「痛って!」


 あげようとした手を、横から掴まれて制される。無理やり下げさせられた手が机にガンと当たり、痛かった。

 横をみると、ミーファが笑顔で立候補していた。


「は、反対!」

「なんで? 絶対オレの方がいいよ、学園内に友人もいるんだしさ」

「危険だよ」

「お前が行ったってそうだろ」

「ミーファがさらわれたりしたら、僕、心臓止まる」

「平気だって」


 ミーファは笑いながら、きれいな金の髪を右耳にかけてみせた。翠魔石の耳飾りが、部屋の灯りを受けて淡く煌めいていて、白い頬に映えている。


「さらわれたら助けに来てくれるんだろ? ま、今度はキミが来る前に悪人はやっつけるけどね」

「う……」


 それはもちろん、絶対に助けに行く。ミーファの位置を察知することはできるんだし。

 そのことを考えると、もしかすると囮としては本当に最適なのかもしれないけど……やっぱり、すぐには頷けない。

 それに、それに……


「……学園に入るってことは、学生のふりをするわけでしょ。……男子学生に人気が出て、声かけられたらどうするんだよ……」

「はあ?」

「ブフッ」


 後半は小声になってしまったが、静かな部屋の中だ、しっかり聞かれた。ティーダさんが思わずふき出していた。

 ちらと表情を窺うと、ミーファは呆れた表情で頭をかいていた。


「無用な心配だそんなもん。今さらお前以外の若者に悩まされることなんてないさ……あ、いや、言葉のアヤだ」


 ミーファはごにょごにょと話したあと、拳で口元を隠し、咳払いする。


「とにかく。その話に乗るとすれば、私が適任です、イフナ殿」

「ううーん」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 真面目な話、いやな予感がする。教会のほうではなく、こちらのほうが、真実に近い場所にある気がするんだ。

 彼女をひとりで行かせることだけは、絶対に反対だ。


「では、こういうのはどうだろう。ミーファさんは生徒として。そしてユシド君は……」




 今日はいよいよ、予定の日だ。王立学園へ潜入し、内部を調査する日々が始まる。

 宿屋の部屋で、イフナさんから預かった服装に着替える。長袖のシャツに、長ズボン。どちらも地味な暗い灰色で、汚れたとしてもそれが目立たない、厚手で頑丈なつくり。

 鏡を見ると、なるほど、理にかなった格好だ。


「ユシド君は何着ても似合うね」

「ありがとうございます。なんだか自分でも、小奇麗な学生服よりはしっくりきます」


 この、いろんな作業に向きそうな服は、王立学園の中を掃除する清掃業者の皆さんが身に着けるものだ。

 今回、彼ら清掃員に紛れて学園内に入り、生徒とは異なる視点で調査をすることになった。意味のある試みだし、何より、同じ校内にいれば、ミーファやマリンさんに異変があったとき、より早く駆けつけることができるだろう。

 イフナさんは清掃業者の中に知人がいるらしく、その方の協力で実現できる話だ。ありがたい。

 ところで。掃除を専門職にして生活している人たちがいるなんて、初めて知った。庶民にとっては、自分の居場所は自分で掃除をするのが当たり前のことだから。……いや、思えばこれは、メイドや執事のような職業といえるかもしれない。実際にこうして需要があるんだ。サービスを売る職業として成り立っている。とても面白い目の付け所だ。どんな業務をしているのか、せっかくだから本来の目的のついでに、学ばせてもらおう。


「では、行ってきます、ティーダさん」

「ああ。気をつけて」


 その簡潔な言葉を重く受け止め、部屋を出る。


「お。来たな。……なんか妙に似合うね、ユシド。飾り気が無い方が合ってるんじゃないか」


 言葉を聞きながら、隣の部屋を見る。扉からミーファが首だけを出し、こちらを見てニヤついていた。

 褒めてるんだろうか。いまいちわからないけど、ひとまずお礼を言っておこう。


「ありがとう。……それで? そちらの準備は終わりましたか、お嬢様」

「終わったよ。見たいか~?」

「見たい」

「お、おお」


 食い気味に返事をすると、ミーファはたじろいだ。そして、自分から見たいかと言っておきながら、中々出てこない。

 しばらくもじついた動きと顔を僕に見せたあと、ようやく、扉から全身を出した。

 ……やっぱり、何を着ていても、ミーファは綺麗だ。

 青や白を基調としたデザインで、女生徒は長めのスカート。印象は、彼女が地元で着ていた、いかにも貴族のご令嬢といった服装と同じ雰囲気だ。清楚な外見で、彼女がこのまま大人しくしていれば、魔物をちぎっては投げる豪傑だとは誰も気づかないだろう。

 一言でまとめると。

 かわいい。


「似合うか?」

「似合う」

「お、おお。お前、今日は機嫌が良いな」


 上目がちにこちらの目を覗いてくる彼女は、まるで外に出たことのない非力な箱入り娘みたいで、いつもとまた違った魅力がある。

 やはり心配だ。男子学生たちに、言い寄られないかどうか……。


「ユシドさん! なんか似合ってますね、その格好!」


 シークが部屋から現れ、みんなと同じ感想を言う。よほどこの格好が合っているらしい。僕、転職した方がいいんだろうか。


「ミーファさんと並ぶと、えっと、お嬢さまと庭師みたい」

「庭師……」

「そうだ。ひとつ、頼もうと思っていたことがあるんだが」


 ミーファが一度部屋に入る。戻ってくると、その手には筒状の袋があった。

 中には、彼女が愛用している剣、そしてそれを納める魔性の鞘があった。


「学生は高価な剣とか持ち込めなさそうだからさ。日中は誰かに預かってもらおうと思って」

「なるほど」


 自分は清掃用具に見せかけて風魔の剣を持ち込むつもりだが、ミーファが同じことをしようとすると難しいだろう。

 大事な得物が彼女の手元にないのは不安だが、仲間の誰かが預かるしかないか。見た目はすばらしい剣だ、宿に置きっぱなしでは盗まれるかもしれない。


「じゃあ、ユシド。これを」

『……待て』


 そのとき、金属が震えるような不思議な音が、ミーファの声を遮った。


『オレを風の小僧に預けるな。テルマハと揉めるのが目に見えている。そこの赤髪の小僧でいい』

「俺?」

「うわっ、ティーダさん」


 いつの間にか後ろにいたティーダさん。さっきは見送ってもらった感じだったのに、なんか普通にいた。

 ミーファは不思議そうな顔をしながら、ティーダさんに地の魔剣……いや、魔鞘……ともかく、イガシキを渡していた。


「久しぶりに声聞いたな。最近はどうして力を貸してくれない? こっちはけっこう困ってるんだけどな」

『………』

「まただんまりか。ティーダ、勝手に魔力を食ったりしたら、踏んでいいよ」

「大丈夫、おじさんもこいつの魔力吸えるから」

「そういえば、そうか」

「えっ。ティーダさん、吸収の術まで使えるんですか……?」

「地属性だけね」


 仲間と他愛ないやりとりをしながら、階段を降りていく。

 そのまま宿屋の玄関まで、見送ってもらってしまった。残るふたりに、ミーファと一緒に手を振った。


 王都の、綺麗に整備された通りを、二人で歩いていく。

 そういえば、初めてだな。ミーファと一緒に、学校に向かうなんて。

 シロノトでは僕も教会学校などに通っていて、友達もいたけど……ミーファだけは、同世代の子どもたちと、一緒に学ぶことはなかった。他の子どもたちにとっては、彼女は“領主のお屋敷のお姫様”で、何度も会いに行く僕は、変にからかわれたり、不思議に思われたりした。

 そんなふうに、住む世界が違っていた彼女と、一緒に通学路を歩くときが来るなんて。……まあ、僕は、掃除をしに行くんだけど。

 それでも、なんだか嬉しくて、僕は歩きながら、横にいる彼女の顔を見ようとした。


「っ、と」


 アメジストの瞳が、一瞬、こちらに光を返していた。ミーファの方も、自分を見ていたようだ。

 肩を並べて歩く。

 今朝は楽しく話したばかりなのに、二人きりになると、どうしてかこんなふうに無言になってしまう。

 だけどそれは、気が重くなるような沈黙ではないと思った。


 やがて、ミーファと同色の服を着た若者たちが、同じ方向へと向かいながら、どんどん人数を増していく。

 こうなると逆に、この格好は目立つな。一緒に正門から入るのはよそう。

 巨大で華美な造りの、門が見えてきた。そしてその向こうには、小国のお城と見まがうくらいの立派な建物がある。もっと大きいヤエヤ城があるから学校だとわかるけど、なかったらまったく、未知の巨大建造物だ。噂に加えこうして真正面から見ることで、裕福な家の子が通うところだという印象が強くなった。


「じゃ、ミーファ。後で」


 短く言い、事前に聞いていた、用務員舎の場所を思い浮かべ、駆けだそうとする。

 ……だけど。服を、後ろから掴まれた。


「待てよ。……門までは、ゆっくり行こうよ。一緒に」

「あ、う、うん」


 なるべく目立たないように、魔物退治の経験を活かして、自分の気配を極力消しながら。

 ミーファと、初めての道を、一緒に歩いた。


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