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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
輝きの王都 / あなたのともだち
35/63

35. 忘れられない贈り物

 今日は休養日だ。

 学校や役場などの公的機関は業務を停止しており、民間の労働者たちにも仕事を休む人たちが多い。田舎では休養日にこそ教会学校が開かれたりするため、平日は学生をやっているであろう若者たちが街を歩き回っているこの光景は、不思議に思えた。

 マリンや仲間たちは、こういう学校のない日にハンターの仕事に打ち込むようだが、今日は互いに休むことにした。目的にひたむきなのは感心するが、彼らも学生としての本分に勤しむためには、身体を休めることも大事だろう。

 合わせてオレ達の仲間もまた、今日は退治屋の仕事はしないようだ。

 宿で同室のシークは、朝早くから元気に飛び出していったが、王都の観光でもするのだろうか。どうせなら一緒に行こうと声をかけるべきだった。

 こうして部屋の窓から外を眺めていると、バルイーマやグラナの人だかりを思い出す。大都市というのは、どこもこのように活気があるものだ。

 ……この王都の場合、事件が解決しなければ人々の笑顔は失われていく。早く真相を掴めるといいのだが。

 まあ、今日は難しいことは考えない。オーバーワークも身体の成長には良くないし、一日ゆっくりしよう。

 オレは再びベッドに身体を預け、天井を眺めた。


「全然眠くない」


 全然眠くない。

 昨晩酒に酔ったわけでもないし、体調の方も今日は良い。部屋でぼうっと過ごす、という第一案は却下だ。

 ひとまずルーチンワークに沿って、外出の準備をしていく。

 人前に出られる顔つきになったら、服を着替える。身体の各部を守る防具は、今日は装備せずとも良いだろう。

 無論それでも念のため、剣は持って行く。……でもこいつ、王都に来てからは全然剣を抜かせてくれないんだよな。正直頼りにならないかもしれない。本当の本当にいざというときは、力を貸してくれるはずだとは思っているが。

 服装を整えたら、部屋に備え付けの姿見の前に立つ。


 ……ユシドでも誘ってみるか? 王都を歩くなら、自分一人より仲間と一緒の方が、ずっと充実した時間を過ごせるだろう。

 いやでも、自分が楽しい休日にしたいからと、彼の都合や心の内を考えずに引き回すのもひどい話だ。

 いやしかし。あいつと知らぬ土地を歩くのは、数少ない人生の楽しみだし……。


 自分の姿を眺め、髪を一番見栄えがいいように整えながら、鏡の中のそいつにどうするのか相談をしてみる。

 翠色の耳飾りが、金色の髪の合間から、綺麗に姿をのぞかせていた。

 少年の顔が思い浮かぶ。次に、以前デイジーさんに押し付けられた自分に似合わない服を思い出した。……あれはダメだ。今の自分が着て行ってしまえば、言い訳やごまかしはできない。

 外出の準備はできた。これ以上この頭が余計なことを思いつく前に、部屋を出ることにした。


 出てすぐに、隣の部屋のドアに視線を向ける。

 手をかけようとして、立ち止まる。躊躇しているのか、何かに緊張しているのか、妙に動悸が早まっている気がする。

 余計な自己分析をしてはダメだ。なに、ただ仲間に誘いをかけにきただけだろう。いつものことだ。ひとつ深呼吸をして、ドアの取っ手に指をかけた。


「おはよう、ユシド、ティーダ!!」

「おわあっ!?」


 笑顔をつくり、つとめて明るく扉を開け放つと、そこでは、備え付けの机に向かっていたらしいティーダが、何故かやたらと慌てていた。


「ど、どうしたのミーファちゃん。……ああ、ユシドくんなら留守だぜ?」


 部屋の中に視線を泳がせると、たしかにティーダの他には誰もいない。そう遅い時間でもないはずだが、シークよろしく、早くから出かけているのか。

 ……まあいい。逆に少し、ほっとした。今はティーダの方が相手として気楽だし、たまには彼を誘うのもいい。


「ティーダ殿? 今日はわたくしと王都の観光などいかがです?」

「いやーすまん、ちょっと用事がね」

「なんだ、つまらん」

「ごめんごめん」


 暇そうに見えたのだが、あっさり断られた。

 まあオレに比べれば暇ではないか。彼も仲間の中では、いつの間にか頭脳労働の役になっていて、独自の行動による忙しさが見えることもある。今日も何かあるとティーダが言うのなら、邪魔はよそう。


「適当に出かけてくるよ。また後で」

「あいよ」


 ひとりの外出。

 気楽なような……残念な、ような。

 かぶりを振って気を取り直し、王都のどこを歩くかの計画を考えながら、オレは宿の階段を降りて行った。




 旅の中で街を回るときにどこを歩くかというと、やはり商店街だろう。そこにはその街の、独自の文化や土地柄が表れた商品が並んでいるはずだ。それらはときに自分を感心させ、退屈させない。

 というか、美味しいものを発掘したい。

 昼前の活気にあふれた人の流れを歩き回り、初めて見る果物を探し当てたオレは、店主に手ずから解体してもらった切り身を前に、はしたなく舌なめずりをしていた。

 日陰を探して優美な街道に視線をさまよわせると、都を彩るように植えられたいくつもの木の陰の内に、二人掛けの椅子を見つける。観光地はああやって休憩できる場所が設えてあって、とてもよろしい。

 腰を落ち着かせる。そしていよいよ、小さな串にさしてあったその果物を口にする。実の色は鮮やかな黄色だ。


「うまい」


 舌が痺れるほど甘く、食感はなめらかで、口の中で溶けていく。

 マンゴー? というらしい。海を渡った先にある土地から輸入した交易品で、結構な値段がしたが、退治屋の仕事でためた小遣いで購入してやった。そして味の方は、さすがお高いだけある。感動体験だ。

 そういえば、果物の名がシークのファミリーネームと似ている。彼女の両親のどちらか、あるいはその先祖は、海の向こうの出身だったりするのかもしれない。


「ん? あれは……」


 人々と露店を眺めながら木陰で涼んでいると、やがて、よく見慣れた人物を視界に捉えた。

 ブラウンの髪の少年、ユシドだ。なんだ、こんなところにいるということは、オレと同じように王都を散策していただけか。

 近付くために腰を浮かせようとして……しかし、ぴたりと止まる。

 今、声をかけるのか? 自然に体が動こうとしたが、果たして正しい行動だろうか。今朝はたしかにあいつを誘うつもりだったが、少し考えるべきである気もしてきた。


「ねえ、今日はデートでしょ! 他の女の子に見惚れないでよー」

「あ、す、すまない」


 ひとつ隣の街路樹の下から、オレと同じく椅子で休憩している男女の声が聞こえた。

 思わず、ちらと見た感じでは、ユシドやマリンと同じくらいの年頃だ。学園の生徒かもしれない。休日に仲睦まじく遊んでいるわけだ。

 ……今まで、考えないようにしていたのだが。

 あいつとオレとで華やかな王都を歩き回る。それはその、向こうの気持ちをよく考えてみれば、巷で言うところの、逢引とかデートというやつなのでは。

 以前デイジーさんがあれこれ世話を焼いてくれた理由が、今はわかってしまう。


「ぐうう」


 今がユシドに声をかけるチャンス。それを活かすべきか、殺すべきか?

 ダメだ、ダメだ。

 意図せず自然のうちに二人きりになってしまったときには、ついあいつの優しさに甘えてしまうこともあるが、こちらから声をかけてそういう状況を作り出すのは、やってはいけない気がする。ユシドの気持ちに答える勇気もないというのに、あまりに不埒だ。

 しかし、声をかけたい自分がいるのも否定できない……あいつといるのは心地良い時間になるだろうし、休日としてはベストな過ごし方だ。

 唸りながら見つめる視線の先、露店のひとつを物色していたユシドは、ついにそれを切り上げ、よそに歩き出そうとしていた。

 ふと気付くと、もう、自分は椅子から立ち上がっていた。


「ゆ、ユシド……! ん、んん?」


 勝手に喉から出てきたか細い声は聞こえなかったようで、あいつの目はオレには向かなかった。

 ただ、その人当たりのいい笑顔は今、誰かに向けられている。ユシドに誰かが声をかけたのだ。

 思わず立ち止まり、離れた場所からその様子を見つめる。現れたのは……ギルドで毎日のように世話になっている、受付嬢のユタクさんだ。

 眼鏡が似合う綺麗な顔立ちの人だが、仕事着ではないいわゆるプライベートの服装をしていると、より美人に見える。よその支部で働いていたなら、女日照りのハンターたちから鬱陶しいほど声をかけられるんだろうなと思った。

 ……二人が親しく話すのを見て、よくわからない気持ちがこみあげてくる。

 まあ、オレだって彼女に街中で遭遇することがあれば、笑顔を作って挨拶くらいする。大人として普通のことだ。何を気にする必要があるだろうか。


「な、な……!?」


 ところが。

 二人はいくつか言葉を交わしたあと、ユタクさんが行先の方向を指さすと、連れ立って歩き始めた。まるで事前に会う約束でもしていたかのよう。

 笑顔を交わす二人は、思っていたより親密に見える。

 な、なんで。

 ユシドは、ユシドはオレのことを好いているはずじゃ――、


「?」


 そのとき。不思議そうな顔で、あいつはこちらの方を振り返った。

 自分の狼狽が伝わったのか、右耳の飾りが揺れる。そうか、このピアスが、オレの位置をあいつに気取らせる……!

 オレは踵を返し、王都の街中を走りだす。ユシドに感知されないどこか遠くへ。最近の癖で足に魔法術を使ってしまったため、何人か善良な通行人を巻き込んで吹き飛ばしてしまったかもしれない。

 ……別に、普通にふたりへ話しかければよかったものを。

 そう思ったときにはもう、だいぶ走り込んだ後だった。




 利用している宿屋まで逃げてきたオレは、勢いのまま屋上まで駆け上がり、太陽の下に座り込む。自己嫌悪の唸り声を垂れ流していると、陽射しは熱いが、少し頭は冷えた。

 何がしたいのだろう自分は。

 心を乱され過ぎだ。ユシドがユタクさんと並んで歩いたから何だというんだ、オレだってデイジーさんと街を歩いたこともあるし、何か目的があるのなら、ああして現地に詳しい地元住人を頼ることもあるだろう。

 頭では、わかっている。


「………」


 しばらくぼうっとしていると、要らぬ考えが頭を巡り、やがてひとつの欲が頭をもたげてくる。

 あいつは今、どこを歩いているだろう。散策の目的はなんだろう。どのように街を歩くのだろう。……ユタクさんと、どんな顔をして話すのだろう。

 ……それを、覗き見したら、やはり怒るだろうか。

 一度そう考えると、それに抗えなかった。普通に会って、素直に聞けばいいという選択肢を、心が選ぼうとしない。

 今日だけ。今日だけだ。この一度だけ、ユシドがどんな休日を過ごすのか、勝手に覗くのを許してはくれないだろうか。


 許しを求めているのはユシドに対してか、それとも自分になのか。わからないまま、立ち上がる。

 あそこから逃げたはずの自分は、何故かもう一度、そこに立ち合おうとしていた。頭が、変になっているのかもしれない。


 屋上の縁に立ち、王都の町並みを見渡す。

 今から追いかけるにしても、この中のどこをあいつが歩いているのかわからない。しかしそれを解決できる手段を、以前から考えていた。

 オレが身に着けている、風の魔石の耳飾り。これにはユシドの魔力がその中心に込められている。それゆえあいつは、自分の魔力を扱う要領で、この石の位置を感知することができるというのだ。

 そこで思う。以前自分が彼に贈った髪紐には、まじないと共にオレの魔力を刻んである。ならば先の話と同様に、あちらの位置をこちらが把握することもできるのではないか。

 遠く離れていれば難しいだろうが、試してみたい。あいつにできてオレができないなんて、悔しいし。


 深呼吸をして、自分の内面に感覚を向ける。

 そこには、体内でたゆたい、主からの命令を待つ、熱い魔法の力がある。体外に放出すれば、それには金の色がつき、雷のごとく弾け空を舞うだろう。そんな自分の魔力を、しっかりと覚える。

 次に、よそに感覚を向ける。

 魔物の気配を探るときの要領で外の世界を見ると、街を行く人々の生命のエネルギーを感じる。やや曖昧な表現をしたのは、それが魔力の気配だけでなく、人によっては体力や気力といったものの方を強く感じることもあるからだ。まあ他人の気配については感覚的な話なので、気のせいと言えばそうかも知れない。

 そんな、たくさんの気配の中から、自分の体内を巡るモノと同じやつを探してみる。


「これは……」


 これだ! とピンとくるようなことはないのだが、やがてある方角に、自分と引き合っている何かがあるように感じた。そこにユシドがいるかどうかは、自信はないが……。

 感覚としては例えば、自分が町や宿泊地に張った守護結界を何者かに破られたときに、突破された箇所を報せる信号が飛んでくるのに似ているかもしれない。

 ともかく、この感覚がヒントだ。


 ひとまずそこに向かってみようとして――

 また止まる。結局、この耳飾りをしている限り、ユシドから隠れながら様子を覗き見ることはできないのだ。

 それを解決するのは容易で、ピアスを外して部屋にでも置いておけばいいだけなのだが……

 それだけはない。これは、簡単に外すものじゃない。あいつがオレのために作ってくれた、大事なものだから。

 ……だからこの話は、ユシドに感知されない遠い距離からその様子を観察するのだという、不可能なものになってしまう。

 どうしたものだろう。


「そうだ」


 つぶやきを漏らし、踵を返す。

 宿屋の上から飛び降り、地に足をつける。正しい入り口をくぐり、階段を上がっていく。向かうのは、今朝も立ち寄った、ティーダがいるであろう部屋だ。

 扉の前に立つ。中にユシドはいない。よって遠慮なく開け放つ。


「たのもー」

「のわあっ!? ま、また!?」


 ティーダは今朝も向かっていた机に、今度は身体ごと覆いかぶさりながら、珍しく何やら焦ったような顔でこちらを向いていた。

 ……なんぞ隠し事でもしているようだが、まあ、それは後で追及するとして。


「やあティーダ、今朝ぶり。ところで、たしか以前、遠く離れた場所を見渡す道具を自慢していたよな」

「あ? あーっと、望遠鏡のことかい」

「そうそれ。ぶしつけですまないが、一日貸してくれないか?」

「あ、ああ。いいよ。……あの、ちょっと外で待っててくれる?」


 言葉に従い、しばらく部屋の外で待つ。

 やがて出てきたティーダは、筒の形をした道具を手渡してくれた。


「けっこう高級品だから、くれぐれも壊してくれるなよー」

「わかった。ありがとう」


 礼を言って、その場を後にする。

 ……する、前に、ひとつ言っておこう。助言である。


「スケベ本とか読むなら鍵かけとけよ」

「え? スケ……? あ、は、はい。すいません」




 再び屋上に立つ。

 先ほどのように意識を集中し、ユシドの髪紐の魔力を探ってみる。

 そうして方角にあたりをつけたら、よその屋根へ飛び移る。いくつか移動して、また気配を探る。それを何度も繰り返していると、漠然とした勘のようなものだった気配探知は、徐々により強いものを訴えるようになっていく。方角はもうかなり確信に近い気がしているし、距離も縮まっているはずだと思う。

 何回目かのジャンプをしたオレは、ここでついに例のアイテムを取り出した。

 筒の形をした道具の、先端を片目で覗き込む。これがただの穴の開いた棒ならば何の意味もないことだが、この望遠鏡という道具はすごい。のぞき穴の向こう側の遠く離れた場所を、拡大して見せるのだ。

 一応前世の頃にもあった道具ではあるが、これでなんと、魔力を伴わないアイテムだというのだから驚きだ。最初に発明した人間は古代文明か異世界からやってきたに違いない。


「みえるみえる」


 人の家の屋根に腰掛け、眼下の町並みの様子を覗き見る。見える範囲は狭いものの、遠く離れた通りの屋台に並んだ果物の形までわかる。オレも買おうかなこれ。

 ひとしきり街の姿を楽しんだら、勘の告げる方向を探してみる。探すのはブラウンの髪と、深緑の外套の組み合わせだ。あいつがよくする服装のひとつである。

 人々を円の中におさめ、人相や服装を確かめていく。休日の王都の、身なりの整った人々の中で、いかにも旅人らしいあの格好はやや目立つはずだ……。

 ……いた。


「え?」


 それを視界にいれた途端、細い声が口から漏れた。

 ユシドとユタクさんは、仲が良さそうに歩いている。それは、まあ、いいとしよう。

 しかしそこには、先ほどはいなかったはずの新たな人物がいた。銀の髪が目立つ美しい少女、マリンだ。いつの間に仲良くなったのか、笑顔で彼と話している。

 ふたりに挟まれたユシドは、時折、露店の品物を眺めては立ち止まりつつ、ゆっくりと商店街を回っている。

 オレは、スコープを覗き続ける。

 彼女たちと会話をしているときの気の抜けたような笑顔を見ていると、自分のいないところで嬉しそうに、楽しそうにしているのを見ていると、たまに何かを言われて照れたように顔を赤らめているのを見ていると、ふたりと一緒に洒落た雑貨店に入っていくのを見ていると、

 少し、休憩したくなった。


「………」


 まぶたを閉じ、こめかみを揉む。眼が、疲れているんだろう。

 高い建物の屋根から、ぼうっと街を眺める。そうすると人々を目で追ってしまうため、やがて視線を青い空へ向けた。

 感知の要領はなんとなくわかった。あいつの居場所が大きく動けば、それはわかる。


「ふー」


 ユシドの、いろんな顔。

 それを見られるのは、別に、オレだけじゃないんだな。


「っ! とと……」


 髪紐の魔力が動き出した。望遠鏡を取り落さないよう気をつけながら、おもむろに中を覗く。

 雑貨屋を出たユシドの様子は。


「なっ、あ……シークまで?」


 なんかいつの間にかひとり増えてた。

 シークは紙袋をユシドに見せ、互いに笑い、マリンとユタクさんがそれを見ている。

 シーク……今日は用事があるから一緒には過ごせないって、オレには言っていたのに。

 それに、あんなにユシドに懐いているとは思わなかった。オレやティーダと話していることの方が多かったから。……いや、それがなんだ。仲間なのだから、何も不思議なことではないはずだ……。

 理性と心情が、連動してくれない。

 みんなの様子は、各々が深く通じ合っているようにも見えた。遠く離れた場所にいる自分は、文字通り輪の外にいる。ユシドの目に、映らないところに。


 踵を返し、建物の陰に跳び下りる。

 宿に戻ろう。彼には彼の交友関係があるというのに、無断で覗き込むものじゃない。

 ……いや、そんなことは最初からわかってる。本当は、これ以上見ていたくなくて、逃げ帰るんだ。



 とぼとぼと歩く。人波を避けようと思うと、自然と暗い路地を行くことになってしまった。

 華やかで伝統ある王都でも、細い裏道の景色はあまり他所の街と変わりはしない。驚きや感動はなく、そうなると退屈で、別の考え事をしてしまう。


 今日という日を過ごして、わかったことがある。オレはまたひとつ、自分の愚かなところを見つけてしまった。

 ユシドが自分でない誰かと過ごすのを見て、こみあげてしまうこの薄暗い気持ちは。

 ……独占欲。とでも言えるだろうか。

 ユシドを、自分の元だけに置いておきたい。純粋に慕ってくれるあいつに対して、いつからかそんな、ひどい独占欲を向けている。思い返せば、たぶん、ずいぶん前から。

 それはオレが見た目通りの少女だったならば、可愛らしい嫉妬心だとでも言えたのかもしれない。しかし実態は違うわけだ。

 さすがに、醜さが過ぎる。前世の友人たちが知れば、気持ちが悪いやつだと言うだろう。今はそれを誰にも知られないことだけが救いか。


 考えれば考えるほど、自分を嫌いになりそうになる。

 はっきりと答えを返していないくせに、あいつを縛り付けようとするなんて、自分本位の極みだ。そういう優柔不断な人間には感心しないのだが、他でもない自分がそうだとわかってしまった。

 オレはユシドの先祖だ。先達だ。彼を、仲間たちを導くのに、ふさわしい精神を持つ人間でなければならないのに。今さらこんな、子どもじみた心を持ってしまうなんて。

 この気持ちに気付いてしまったいま、オレはどうすればいいのだろう。独占欲をなんとか鎮めるか。そうでないなら、認めて受け入れるか。

 ……いっそのこと、開き直ってしまうか。子どものような心のまま、ユシドが自分だけを見るように、縛り付ける。


「はは。馬鹿な話だ……」


 考え事は、ここまでにしよう。疲れた。

 魔物の悪事も関係ない、勇者の使命も関係ない、こんなことなんかで、うじうじ悩むことになるとは。

 いつからオレはこのような性分になったのだろう。死ぬ直前か。別の人間として生まれ変わったときか。ユシドに出会ったときか。あるいは二度目の旅の中で、徐々に変わっていったのか。

 生まれ変わるたびに、自分の魂が別の形になっていく気がする。

 そのことを深く考えすぎるのは、怖い。




 日が落ちるまでベッドで横になっていると、やがて少し寒くなってきた。それで今、目が覚めたようだ。部屋の中も窓の外も暗い。

 冷える夜には、食事や湯浴みで身体を暖め、明日のことを考えながら気持ちよく寝る、というのがいいだろう。いつもの生活習慣である。ちょうど夕食や身支度などに手を付けるのに、もういい時間なのは間違いない。

 しかし。今日はいつもに比べてあまり動いていないせいか、腹が空いたのかどうかもわからない。……仲間たちには悪いが、このまま続けて眠ってしまおうか。

 そう考えているところに、ちょうど、扉を軽く叩く音がした。暗い部屋の中に、廊下からの光が差してくる。

 徐々に明るく、木目が見えるようになっていく部屋の壁を眺めていると、オレの背中に、音が高く可愛らしい、少女の声がかけられた。


「あ、あれ? ミーファさん、いますか?」

「……ああ、いるよ。寝ちゃってたみたいだ」


 返事をするかどうか迷ったが、寝たふりをするという嘘をつくのが、なんだか妙に心苦しかった。オレは身体を起こし、シークに顔を見せる。

 彼女は返事を聞いて安心した顔をしていたのに、オレと目が合うと、なぜだか表情を曇らせた。


「大丈夫ですか? 元気、ないです」


 近寄ってきて、シークは廊下からの光を頼りにオレの顔色を注視したり、額に手を当てたり、体調を聞いてくる。

 いつもはシークの方が、大きすぎる魔力の影響で熱を出して看病されることが多いのに、立場が逆で変な感じだ。


「平気。寝すぎて頭がくらくらするだけ」

「下の食堂から、熱いお茶でももらってきますよ」

「ありがとう」


 出ていく折に、シークが備え付けの灯りをつけると、魔力の輝きで部屋が照らされる。ふと鏡を見てみると、寝起きのみっともない顔をしていた。ちょっとシーク以外には見せられない。

 しばらくして。トレイをひとつおそるおそる支えながら戻ってきた彼女から、カップを受け取る。熱い液体は喉を通って身体中に広がるようで、少し目が覚めてきたように感じた。この時間ならふつう、身体を暖めてより気持ち良く眠るために飲むのだろうと思うと、なんだかおかしかった。


「ミーファさん、晩御飯は食べられますか? そろそろ今夜の準備ができる頃です」

「今日は少し遅いんだね。……んー、その、あんまりお腹空いてない」

「そ、そんなあ……」

「?」


 やたらと残念そうにされる。昼間に深く寝てしまって、全然腹減ってないから夕食はいらないかなと言おうとしたのだが。


「ミーファさん、ちょっと運動した方がいいですよ、運動! ストレッチ!」

「お、おう」


 そんなに一緒の夕食がいいんだろうか。シークは言外にオレへ、食堂へ来るようにと訴えているようだ。起きたばかりのオレに、変な動きの体操を強要してくる。


「わかった、わかった、顔を洗って下へいくから」


 別に、どうしても席を外したいわけじゃない。飯が入らなさそうなだけだ。仲間たちの顔を眺めに行くくらいのことはできる。

 だったら、まあ、寝癖くらい直したい。

 そう言うとシークは、見るからに機嫌のいい笑顔になって頷いた。何か、楽しい話でもあって、それを聞かせたいのかな。

 でも、昼間のシークは、たしか……。


「後で呼びに来ますから、準備して待っててくださいね」

「え? うん……」


 シークは行ってしまった。いちいちまた呼びに来なくたって、自分から行くのに。

 気を遣わせてしまったか。



 仲間の前に出られるくらいに顔を整えたつもりだが、鏡を見ると、たしかに表情が暗くて気持ちが悪い。眠ればもっと、すっきりすると思ったんだけどな。

 先ほどのシークのように、あとの二人にも心配をかけるのはよろしくない。つとめて明るく、口角を上げていこう。

 それで、ユシドやシークに、今日がどんな一日だったか、適当に耳を傾けていればいい。

 いつもの夕食の景色だ。


「ミーファさん、準備はできましたか!?」

「うおっ。あ、ああ」


 うじうじと暗い自分とは対照的に、シークはやたらとテンションが高い。いつもならこのくらいの時間帯は、そろそろ眠そうにしていてもおかしくないはずだが。宿の人に好物でも作ってもらったのか?

 ややもたついていると、ついにはシークにぐいと手を引かれ、オレは慌ててついていく。

 一階への階段を降りて、食堂への扉の前まで来た。シークに背中を押され、そこをくぐる。


 そのときだった。

 突然、目の前で、赤や青、橙や翠の光がパチパチと火花のようにはじけ飛んだ。

 あまりに油断していたところで、何が起きているのかわからない。反射的に身構える。

 きょろきょろと室内に目を這わせると……オレは、満面の笑みを浮かべた仲間たちに囲まれていた。


「「誕生日おめでとう!!」」


 それを聞いて。

 自分の心に、ゆっくりと、みんなの光が差し込んできた。


「…………」

「わーわー! ミーファさん! ひゅー! ……あれ?」

「やっぱりスベってない?」

「そんな……わたしの考えた完璧なサプライズが……」


 シークとティーダのやりとりが頭を抜ける。

 誕生日。誕生日、ときたか。サプライズ。サプライズか。びっくりどっきりか。なるほど。


「ミーファ、大丈夫? ほら、おいでよ」

「あ、っ……」


 ユシドに手を引かれ、テーブルに案内される。その上には、いつも以上に豪勢な食事が並んでいて。その彩りを見ていると、幼い子供の頃のようにどきどきした。

 仲間たちが席に着き、オレの反応を眺めてくる。それは気恥ずかしかったけれど、でも、やっぱり。


「……うれしい。みんな、ありがとう。なんか、言葉とかでない」


 悪戯を成功させたように、楽しそうな、みんなの顔。事実として、彼らのたくらみは成功だろう。

 ……自分の生まれた記念日など、歳を重ねるほどどうでもよくなる。こうして忘れてしまうほどだ。ましてオレは、“生まれた日”がひとつじゃない。身体の年齢を数えることに使う以外、そこに特別な意味は、何もなかった。

 けれど今日、それは、大事な仲間たちが祝ってくれる日なんだと、教えてもらった。人を祝うことはあるが、自分が、オレなどが、こうしてもらえるなんて。

 当人ですら忘れてしまうそれを覚えていて、わざわざ祝ってくれる存在なんていうのは、恋人や、仲のうまくいっている肉親くらいのものだろう。

 ならばオレにとって、彼らは家族のうちだと言えるのかもしれない。……いや、もう、そう思っている。

 そんなことを口に出せば、さすがに引かれてしまうだろうか。だけどもう、年甲斐もなく頬が緩むのは、抑えきれそうもない。


「喜ぶのはまだ早いですよ、ミーファさん!」

「みんなからミーファちゃんに、贈り物があるよ」


 ティーダから、小さな革袋をひとつ手渡される。中を覗くと、そこには色とりどりの小さな鉱石が詰まっていた。

 お馴染みの魔石だが、中でも上質な物である、とのこと。彼が手ずから採取し、厳選したものだという。ひとつ手に取って灯りに透かせると、たしかに綺麗で宝石にもなり得る質の良さだ。手に伝わってくる魔力も澄んでいる。


「鞘にでも食わせるといい。機嫌も良くなるんじゃねえかな」

「ありがとう、ティーダ。スケベ本読んでたんじゃなかったんだな」

「スケ? ……こほん! ミーファさん、わたしからはこんなものをあげます」


 シークが取り出した包みを開くと、中には円い缶の容器。これは……磨き油だ。

 防具や武器の手入れをするのに使う。なるほど、戦士のこの子らしい。オレとは違っていつも剣を大事に扱っている、シークならではの発想だ。まあ戦闘時は岩とか叩き斬ってるけど。

 こんど、手入れの仕方を教えてもらうことになった。


「僕の番だね。ちょっと待ってて」


 ユシドは席を立ち、厨房の方に引っ込んでいった。

 ……心臓が妙にうるさい。顔が熱く、高揚しているのが自分でもわかる。

 前にオレが誕生日を祝ったとき、キミもこんな気持ちだったのかな。きっと、そうだと、いいな。

 やがてユシドは、ゆっくりとこちらへやってきた。その両手には、円柱型の何かが乗った、トレイ、いや皿があった。


「甘い焼き菓子だよ。王都のあたりの人たちって、誕生日のときはこのケーキを食べて祝うんだって。ユタクさんから教えてもらった」


 目の前にどん、と置かれると、なかなかの大きさに目が丸くなる。菓子のたぐいをこんなにいっぱい食う経験などないぞ。

 テーブルに並んだ色とりどりの料理と、大きなケーキ。ちら、とユシドの顔を見てみる。


「あの、いっぱい食べてるところが好きだから……」


 思わず顔を伏せ、手探りでフォークとナイフを探す。さっき見えたユシドの顔は、少し赤かった。


「じゃあ、みんなで食べよう。ひとりで食えってんじゃないだろ?」


 ついさっきまで悩んでいたことは、今はもうどうでもよくなった。いや、良くはないんだけど。

 ともかく。

 今夜の、みんなの顔は。きっといつまでも、自分の中に残していたいと思った。




 身体が火照って眠れなくなりそうだったので、表へ出て涼む。

 まだ口の端が下がってくれない。幸せという言葉は、こういうときに使うのだろう。

 今日の思い出があればきっと、自分はずっと自分でいられる。

 たとえもし、また、別の人間に生まれ変わることがあったとしても。


「ミーファ、ここにいたんだ」


 声に振り向く。

 ユシドもまた、宿屋から出てきたようだ。


「今日はありがとう。本当にうれしかったよ」

「ううん。いつもお世話になってるし、僕も君に贈り物をもらったし……今日一日、何を贈るか、いろんな人にアドバイスをもらったりしたんだ」

「ん」


 ……その様子は、見ていた。

 覗き見した上に、あげくお前を自分の元に縛り付けたいとか、思ったりしてた。

 不誠実なのはわかっているが、さすがにこれは本人には言えない。今日の自分を振り返ると、いくらなんでも滑稽だ。一生秘密にしたい。


「それで、その……贈り物なんだけど……」

「美味しかったよ。オレの家でも、あんなにお腹いっぱい食べたことはない」

「う、うん。でもその……そうじゃなくて……」

「?」


 目の前のユシドは、妙に歯切れの悪い様子だ。なんだよ、すっきりしない。


「こ、これ!」


 しばらくして、何かを決心したような表情になったユシドは、オレに手のひらを突き出して見せた。

 正確には、そこに乗っている小さなものを。

 ユシドの大きな手の中で、きらりと光ったそれは……


「指輪?」

「う、うん」

「それがどうしたんだ」

「さっきは渡さなかったけど。これを、ミーファに贈ろうと思って、その」

「…………は、はあ!?」


 心臓が跳ねる。これは、さすがに、お前、どこからそんなこと覚えてきたんだ。


「おっ、お前……渡す意味をわかってやってるんだよな?」

「ご、ごめん、そうだよね。わかってるんだ、うん」


 ユシドが手を握り、指輪が隠れる。

 その様子をみて、「あっ」と声が出た。物欲しそうな、名残惜しそうな、卑しい声だ。


「で、でも、これはちゃんと魔よけの効果がこもってるんだ。装備する価値はあるよ。……指につけてっていうんじゃないよ! 決して!」


 漏れたその声は、ユシドに聴こえなかったようだ。

 目を泳がせて顔を赤くして、言い訳みたいなことを言っている。そうなるとこっちは少し余裕が出てきて、可愛いヤツだ、と思った。


「だから、これはこうして……」

「へ?」


 不意打ちだった。

 ユシドの腕が、オレの首に回される。

 距離はとても近くて、ユシドの顔が、顎、唇と拡大されていく。


「っ……!」


 このままこの距離で、真正面から目を合わせてしまったら。

 自分がどうなるのかわからなくて、咄嗟に、ユシドの顔を見ないように、目を閉じた。

 沈黙と、真っ暗なまぶたの裏。彼の首のにおいがする。自分の心臓の音がする。


「……はい、おわった」


 気配が離れるのがわかって、そっと目を開く。

 オレの首には、紐を通して首飾りになった、さっきのリングがかけられていた。

 ユシドが顔を赤らめて笑う。自分の顔も、似たようなものになっているんだろうと思った。


「18の誕生日おめでとう、ミーファ」

「ああ。……またしばらくは、同い年だな」

「そうだね。ミーファは年下って感じがしないから、この方が好きだな」

「そうかい」


 心臓から伝わる、心地いい感覚。

 それを邪魔するように、血の巡りが傷口に痛みを与えるように、背中が、ちくりとした。


「………オレも、キミとは、同じ歳の方が、いい」

「やっぱりそう思う? 昔っから態度が年下のそれじゃないもんなー」

「はは」


 夜が更けていく。オレ達はそうやって、少しの間、他愛のない話を楽しんだ。

 宿屋へと戻っていくその背中を見ながら、首に下げた指輪をそっと握る。


 ありがとう、ユシド。

 キミの気持ちは、伝わっているよ。


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