34. マリンについて
日中に各自が残していた仕事を済ませ、仲間たち全員がギルドに集合する頃には、いよいよ空の日も傾いてきていた。
そろそろ、マリンがここへやって来る時間だ。併設された食堂で時間をつぶしながら、オレ達は彼女を待つ。
「な、なんか緊張しますね……」
シークが肩を強張らせながら、ジョッキの飲み物をすすっている。
いや、君の方が相手を緊張させる人間だと思うけどな。すでにこのギルドでも有名人だし。現に今も、遠巻きに所属ハンターたちの視線を感じる。
素顔が見られるのは嫌なのか、緊張した表情をごまかす心積もりなのか、シークはおもむろにフードを目深にかぶった。ますます他人を威圧しかねない感じになっているが……。
まあ、かくいう自分も少し緊張している。マリンには今日オレの仲間たちを紹介することを、事前に話せていない。彼女が勇者だと確信したのが昨日のことで、すぐにでも顔を合わせて行動を共にするべきだという方針を実行しようとして、こんなことになってしまった。
オレとてまだ、彼女とは徐々に親交を深めているという程度の仲だ。人見知りのあの子にいきなり3人も紹介するとなると、距離を開けられてしまわないか心配だった。
「いいかいみんな、マリンは気弱な感じの女の子だ。くれぐれも威圧しないように、やんわり接してあげてくれ。……ではシーク、自己紹介の予行演習を」
「……S級のアーサーだ。仲間になるのはいいが、おれの足を引っ張るなよ」
「コミュニケーション下手なの?」
フードで顔を隠し、精いっぱいの低い声を絞り出すシーク。話聞いてた?
そういえばこの子も初対面のときはこうだった。心を開くのに一手間かかるタイプである。
……まあ、他の二人は社交性のある方だ。なんとかなる、と、いいな。
適当な話をしながら、机の上の果物や菓子をつまむ。シーク、本番ではそのフードとれよな。
「……お、きた」
ギルドの扉が開き、隙間から夕日が差し込んでくる。
そこから現れる彼女の白銀の髪は、今は黄昏に朱く煌めいて見えた。
仲間たちに目配せをし、席を立つ。まずはひとりで近づいて、みんなには後でゆっくり登場してもらおう。
「ごきげんよう、マリン」
「あ、ミーファさ、ご、ごき、ごきげんよう」
しっかり目を合わせてから挨拶をしたので、突然話しかけられて驚いた、というわけではないはずだ。言い慣れないフレーズにでも手間取ったのだろうか。今日も可愛らしい。
さて。本日は一緒に仕事をするのではなく、彼女に大事な話がある。
勇者の話はもう少し後にするとして、まずは仲間に誘うきっかけづくり。新たなパーティーメンバーとして、旅の仲間たちを紹介したい。
「マリン。今日は君に、紹介したいやつらが――」
「あの、ミーファさん! ミーファさんに、紹介したい人たちがいるんですっ」
「――あん?」
固まるオレをよそに、マリンがギルドの扉を開ける。
そこからぞろぞろと、2人の見知らぬ人物が現れた。どちらもオレやユシドと同じくらいの年頃に見える若者だ。
黒い髪の青年は体格がよく、大きく重そうな盾を背負っている。印象の良い笑みを浮かべた顔からは、快活な気質が見て取れる。
ブラウンの髪の少女は、妙に冷たい眼差しでこちらを見ている。腰の短剣で今にも斬りつけてこないか不安になる程だが、彼女はマリンと青年の後ろに位置取っているし、そんなことにはならないだろう。しかしまあ、気難しそうな印象を受けた。
「あなたがミーファさんか? オレはストーン・フェンス。防御力には自信がある! わはは!」
「は、はあ」
青年が気さくにオレに話しかけてきた。何者? 一体何の話……?
視線でマリンに助けを求める。しかし彼女は、もうひとりの少女の背中をぐいぐいと押すのに忙しいようだった。
「なあマリン。本当によそ者と組むのか?」
「わ、私が決めたことだよ。やっぱり、嫌?」
「わかったよ……」
マリンより少し背が高い少女は、こちらへ一歩進み、オレと同じ高さにある目線をぶつけてきた。
しかしそれはすぐに外れる。淡い緑色の目を泳がせながら、彼女は小声でぼそりと言う。
「……シャイン・ウェイブスだ。よろしく」
「えと、ミーファです……」
困惑する自分を落ち着けながら、辛うじて挨拶を返す。
近づいてきたマリンは、顔を赤くして何やら喜んでいた。
「マリン? ……説明が欲しいんだけども?」
「えっ? あ、ご、ごめんなさいッ」
マリンはしばし慌てふためき、落ち着くために深呼吸し、やがてこちらへ向き直る。その様子を、オレは初対面の若者二人と無言で見ていた。
小さな口が開く。ようやく、今何が起きているのかがわかる。
「この二人は私のお友達なんです。王立学園の、同じ学科の人たちで、ここで一緒にAランクへ上がろうって、約束していました」
お友達。
そういえば、友人がいることは仄めかしていたな。
それに彼らは……マリンは、王立学園の生徒だったのか。
王立学園は文字通り、王の名の元に設立された国営の教育機関である。我々のような田舎者が通う、小さな習い事教室や教会学校とは違い、王国の将来を担う役人やら騎士やら領主やらを育てるためのものだ。ヤエヤの王都にも大きな敷地を持つ学校があり、シークやユシドくらいの歳の子たちが一様に、同じ意匠の服を着て門をくぐるのを見たことがある。
ちなみに、故郷であるナキワ地方にも王立の学校はあった。あちらの王都はシロノトの町からは遠いため、今世の両親はオレに家庭教師をつけ、教養を学ばせていた。まあよく森の中に逃げていたが。
前世の方のオレはもちろん、そんな金持ちの子が行くところには縁がなかった。
つまり。あんまりどういうところなのか知らない。
「ミーファさん。ミーファさんは、強いです。一緒に仕事をしたから、すごくわかります。Cランクの実力じゃない」
マリンの口調はいつになく力強い。ちゃんと考えて、練ってきた言葉なのだろう。
「私たち3人は、Aランクを目指しています。けれどそのためには力が足りず、4人目の仲間を探していたんです」
マリンの言葉を聞き、二人もまた頷く。なるほど、マリンにはちゃんとした仲間がいたのか……。
それに、明確な目標もあったようだ。
「どっ、どうか。改めて、一緒に、戦ってくれませんか?」
想いが溢れすぎたのか、口調はまた、いつものようなたどたどしいものになってしまった。
けれどそのまなざしと、二人の仲間から、彼女たちの強い意思が伝わってくる。彼らのことはまだ何もわからないけれど、どこかひたむきで、有望な若者たちだと思った。
「それはまあ、いいんだけど」
少し、マリンのことがわかってきた。このまま彼らの手助けをするために、パーティーへ加わるのもやぶさかではない。
しかし、その前に。
「あのさ……こっちも、紹介したい人たちがいるんだけど」
仲間たちが、オレの背後から顔を出す。予想とは違う状況にみんなも苦笑気味だ。
王都の学生ハンターの3人が、目を丸くした。
あれから少し時間が経ち、窓から覗く空には日はなく、夜の闇が外を支配している。
けれど振り返って店の中を見渡せば、人工の灯りの中で、仲間たちがにぎやかに声を交わしていた。
ここは街中にある大衆向けの食堂だ。自己紹介を済ませたオレ達は、誰が言い出したかは忘れたが、いつのまにか懇親会という名目でこんなところにやってきていた。
学生が宵のうちとはいえ、オレ達のような根無し草の旅人と酒を飲み交わすなどあまりよろしくないのでは。そう思ったが、顔を赤らめて楽しんでくれる彼らを見ると、まあいいかと思えてくる。
自分はというと、酒を身体に入れるとユシド……いや、みんなにどんな風に絡んでしまうか我が事でもわからないため、控えた。酔いに強い前世の身体が惜しまれる。
仲間たちの様子を眺める。
ストーンという青年は、顔を赤くしてティーダとシークに何かを熱く語っている。上位のハンターである二人に関心があり、すでに心を許しているようだ。シークは同業者の意見を求める彼に真剣に応え、ティーダは適当に相槌を打っていた。
マリンは隅の方の席にちょこんと陣取り、みんなの話に耳を傾けながら嬉しそうにしている。人の話に対して聞きに回るのが好きらしい。あまり口を開いていないが、それが彼女にとって気楽な過ごし方であるならこれで良いのだろう。
シャインという少女は気難しそうに見えたが、今はユシドと柔らかい表情で静かに話している。聞くところによると彼女も風の術を使うようで、話が合ったようだ。良かった。
……仲良くなるのはよきことだが、初対面にしては物理的な距離が近いように見えるのは気になる。そこそこ以上の美人であることも気になる。ユシドの社交性がありすぎるのも問題だ。
まあいい。
またひとつ、自分の心を見えない場所にしまい、よそ見をして頭を冷やす。酒屋で楽しそうにしている人間を見ると、自分も酔ってしまいそうだ。
「ストーンくん、そろそろ学生にはいい時間じゃないか?」
「ええ? もうですか。全然話し足りないし、食い足りないけどなあ」
「また今度話しましょう、私達はしばらく王都にいますから」
ティーダたちの声を聞いて店の中を探すと、時刻を示す計りは予想よりも数字を進めていた。明日も彼らが学園へ通うことを考えれば、もうおひらきの時間だ。
結構、割かし、みんなして親交を深めることができたようだ。時間が経つのが早く感じるのは、このひとときを楽しく過ごせたからだろう。
誰からともなく席を立ち、店を出る。
外は暗いが涼しく、火照る身体をほどよく冷ましてくれることだろう。
解散を前にして、改めて、マリンたちはオレの方に身体を向けた。
「ミーファさん。明日からまた、よろしくお願いします」
「……ああ」
結局、オレはこの3人と仕事を共にすることになった。
7人全員でひとつの依頼を受けるような活動をすると、彼らの目的であるらしいAランクへの昇格が遠くなる。報酬や実績の分散は4人までとすることが、ギルドでも推奨されている。
彼らのことを考えると、今いる4人の勇者の中では、オレこそが最も理想的なチームメンバーだろう。全員が同ランクのパーティーなら受注可能依頼の問題もない。
そしてたまに、持ち回りでティーダやシーク、ユシドが彼らのパーティーに加わる日を設けてもいいかもしれない。先達に学ぶこともいろいろあるだろう。
ここまでが彼らと話し合った内容だが、こちらの意図は他にもある。
どうやら彼ら国民は王都の失踪事件について、あまり大事だとは知らされていないようだ。ならばオレ達が、光の勇者であるマリンも、善良な民であるストーンやシャインのことも、この国の陰にいる何かから守らなければならない。
それについて、ユシドがうまく、王都の物騒な事件のことを伝えていた。暗い道は通らないように。怪しい場所には近づかないように。単独行動は避けるように……など。
一様にCランク以上の実力を持ち、学友でもあるこの面々ならば、王都に潜む“何か”にもし襲われたとき、咄嗟にでも相互にかばい合うことができるはず。単独行動をしないように気をつければ、大事に見舞われる可能性は減る。
そしてもしものことがあれば、オレが全力で彼らを守る。これが彼らのパーティーに加わることの、最も重要な理由だ。
また、オレの仲間たちも王都からあまりに長く離れることはせず、都内の動向に気を配る方針だ。
今できることは、これくらいのことしかない。彼らの身に何も起こらなければいいが……。
ストーンとシャインは王都の同じ住宅地に住んでいるらしい。ご近所育ちの気心知れた仲といったところか。二人連れ立ってほろ酔い気分で夜道を帰ろうとしたため、ティーダとシークがそれとなくついていくことになった。二人が付いてくるのを知ると、ストーンは陽気に酒屋の続きを話し始め、他の3人を苦笑いさせながら去っていった。夜道が暗いにしても、あの明るさなら、魔物も悪人も退散していくことだろう。
そして、マリンは。
彼らが帰るのとは反対方向の、町はずれに家があるという。そんなところにひとりで夜道を歩くなど、我々からすればとんでもない。さらってくれと言っているようなものだ。
そういうことで、最初から彼女を送るつもりだったオレに加え、「女の子二人じゃ不安だから」と言ってユシドもついてくることになった。その一言は余計だと思った。
石造りの整備された道を、3人で歩く。
田舎町と違い、王都には魔力や火を利用した街灯が道を照らしている。おかげで夜道もこうして人が歩くことはできる。
不穏な気配がないか神経をやや尖らせながら歩いていると、気付けばそんな二人に挟まれたマリンは。委縮して縮こまってしまっていた。
「マリンさん。ええと、王立学園の学生だと聞きましたが、学校生活は楽しいですか」
ユシドが適当な話題を振る。声をかけられた本人はしばし慌てたそぶりを見せたあと、たっぷり考え込んでから、ようやく口を開いた。
「は、はい。今でも毎日が新鮮なことに感じて、とても、素敵な日々だと思います。人がたくさんいて、みんなが何を考えているのかわからなくて……そこが、楽しいと」
「ふうん」
不思議な感想だ。人付き合いが苦手なようでいて、人のことが好きということだろうか。
横目で彼女の表情を見ると、とても穏やかな顔に見えた。それは初めて見る彼女の表情で、心から思っていることを語ったのだと感じた。
「学園の卒業までは、あとどのくらいかかるのですか?」
他にもそれらしい質問を投げかける中で、ユシドがしれっと重要なことを聞いた。
そうだ。学生の身分となれば、オレ達の旅に同行するのは困難だろう。彼女の卒業まで待つという選択肢もあるが……。
「通常通りなら、あと2年と少しです」
……さすがに、長いな。
ため息をつきたくなったのを我慢する。こうなってはマリンを仲間に入れるより、先に闇の勇者を訪ねるべきだ。王都の事件を解決できたら、また方針を変えていく必要があるな。
「あ、あ、でも、今やっていることがうまくいけば――あ、すみません。あれが私の家です」
「え?」
足を止める。
いつの間にか町はずれに来ていたらしく、周りを見渡せば、ややつくりが古く心もとない建物たちに囲まれていた。……はっきり言うと、王都の中心部よりもさびれていて、貧しそうに見える。
そんな住宅地の端も端。マリンが指した木造の家屋は、言いにくいが、今にも崩れそうなほどのボロ家に見えてしまった。灯りが窓から漏れていなければ、人が住んでいないようにすら見えるかもしれない。
いやまあその、ボロ家といっても、王都にしては、という言葉がつく。前世のオレが暮らしていた家といい勝負だ。住めば悪いものではない。たぶん。
安心したのか、軽い足取りでマリンは家の扉へと進んでいく。その後ろをついていきながら、“奇麗な服装に美しい髪をしている王立学園の生徒”と、その帰る家の絵面が、あまり合っていないなと思ったりした。失礼なので口には出さない。
家の扉に手をかけながら、マリンが礼を言う。後は踵を返して宿に戻るだけだと考えていると、彼女は何かを言いたそうにこちらを上目遣いに見ていた。
「どうかした?」
「……あ、あの。少しだけ、中でお話しませんか? い、いえ、迷惑ですよね、すみません」
ユシドと顔を見合わせる。彼女からそう言ってもらえて、悪い気などしない。マリンのことをもっと知りたくて、オレは笑みを作って頷いた。
「今日知り合ったばかりの女の子の家には上がれないよ。外で門番でもしてる」
「そ、そんな。お客様なのに」
即刻首を縦に振った俺に対して、ユシドは断固辞退していた。なんかオレが気遣いのできないやつみたいになってない?
こうと決めたらこいつは入ってこない。マリンをなだめ、オレだけで家にお邪魔させてもらうことにする。もう少し親交を深めてから、みたいな線引きがユシドなりにあるのだろうが、好意を無碍にするのも失礼だと思うんだがな。
ひとりで外にずっと立たせておくのも良くないし、あまり長話はできないか。
「ただいま」
扉を開いたマリンの後ろにおそるおそるくっつき、小声でお邪魔します、と口にする。
そうすると、家中から返事があった。
「おかえり、マリン」
「あら? こんな時間にお客様なの?」
妙齢の男女が、広くも狭くもないリビングに座っていた。
人のよさそうな金髪の男性と、美しい容姿をした銀髪の女性だ。ふたりはおそらく……
「お父さん、お母さん。こちら、お友達のミーファさんです。夜道を送り届けてくれたの」
「お初にお目にかかります。ミーファ・イユと申しますわ」
「ふえっ……」
恭しく挨拶をすると、マリンが驚いた顔をしている。
なんだ。淑女のふりをするのは、印象を良くするのに有効な処世術だぞ。
なぜかマリンと同じように、彼女の両親も固まっている。しばしの間をあけて、こちらが不安になってきたところで、ようやくふたりは相好を崩した。
「学園のお友達かしら。こんな家に上がらせるなんて、申し訳ないわ」
「いえ、そんなことはありませんわ」
「不快でなければ上がっていってください。マリンの部屋なら、少しは片付いてるだろ?」
「もうっ、お父さんたら」
3人は仲睦まじい家族に見える。こういう家庭には、憧れる。
家の中の様子は外観の印象に比べて、そう貧困に窮しているというふうでもない。王都の中心部ほど華やかではないが、慎ましく、温かく、こういうのは清貧というのだろう。マリンの自然な笑顔が、普段の家庭の姿を物語っているように思えた。
少女の後ろをついていくと、小さな部屋に通される。ここはマリンの部屋だという。
あまり飾り気はなく、生活に必要な最低限のものがあるだけだ。以前に田舎町で泊まった宿屋のようだと思った。
彼女のいうことに従って、部屋にひとつしかない椅子に座る。勉強机と一緒に使っているようだ。マリンは小さなベッドに腰掛け、こちらと対面する形になる。
お茶を出そうと言ってくれたが、今日は断った。あまりに失礼であるが、次に来たときは欲しいというと、彼女は喜んだ。
さて。
聞きたいことはたくさんある。そしてそれは、マリンがオレに話しておきたいことと、一致しているようだった。今夜はもう少し、彼女のことを知ってから帰ろう。
「両親には、ハンターをしていることは言っていないんです。優しいから。二人は少ない稼ぎの中から、私の学費を出してくれているんです」
「ふむ」
あのふたりは知らないのか。
ますます、マリンを危険な目に遭わせるわけにはいかない。マリンは両親にとって宝なのだろう、それはオレにも、覚えのある気持ちだ。
「……マリンは、どうしてギルドの仕事を?」
「最初は王立学園の、武芸科の職業体験学習で、この仕事を知ったんです」
武芸科、か。名前からして、兵士や魔導師を育てるためのクラスだろうか?
「そこから在学中にハンターの仕事に従事する学生もいるのですが、その中で、A級の資格を手にした者は、武芸科を飛び級で卒業することができるんです」
「へえ……」
未熟な若者に魔物との実戦を許可するなど、厳格そうな学園のイメージと違うな。それで生徒が死んだりしたら親が怒り狂いそうなものだが……。
しかしギルドでは学生ほどの若者などあまり見かけない。さすがに許可が出るまでに、厳しい審査や手続きなどあるものと思われる。それにしたって、それほどに実力主義の機関だったとは。
……飛び級で卒業、か。
「速く卒業できれば、両親への負担を減らせます。その後はハンターとして本格的に働いてもいいし、王宮魔導師として雇ってもらえる進路もあるかもしれません。そのときにやっと、ふたりに恩返しができるんです」
ふむ。
なんのことはない。マリンが、とてもいい子だとわかった。それだけわかれば、彼女に肩入れするのには十分だ。
「マリン。みんなでA級になろう。オレは君を応援する」
「あ、ありがとうございます、ミーファさん」
A級になれば、彼女は学生という身分に縛られなくなる。
そうなれば勇者の旅に誘うこともできるが……家族のことを考えると、難しいかもしれない。
……ひとまず、それは置いておこう。まずは彼女の夢を叶えたい。
家族への慈しみを感じるマリンの顔を見ていると、打算を抜いても、そう思った。
本当に少しの話をして、マリンの家を出る。
やるべきことが増えたな。
マリンとその仲間たちと共に、A級を目指す。そして王都の事件が解決するまで、手の届く範囲の人々を守る。
簡単なことではないが、不思議とやる気や使命感に溢れている。きっと、みんなで笑ってこの地を発てるような、そんな結末に導ければと思う。
「あ、ミーファ。もう帰る?」
本当に外で門番をしていたらしいユシドが、声をかけてくる。
彼を連れ立って、夜の道を歩いていく。
「見張りごくろうさん。ひとりの夜は怖くなかったか?」
「へいきへいき。好きなひとが近くにいるんだから」
「……っ、そうか」
会話はすぐに途切れる。からかうつもりが、そのたくらみは壊されてしまった。
こいつ……外面は優しいふりをしているが、実はオレには意地が悪くはないか? 人の悩みを知っているはずなのにそんなことを言ったのか、それとも一丁前に口説いているつもりか。
その顔を盗み見てみる。
ユシドは……うぶな少年らしく、顔を赤らめていた。
まったく、そうなるなら滅多なことを言うなというんだ。やめろ。心臓に悪い。
「きょ、今日は色んな人と仲良くなれて良かったね。マリンさんと、ストーンくんと、それとシャインさん」
「ん」
新しい仲間たち、それぞれの顔が思い浮かぶ。
シャイン、か。彼女は特にユシドと仲を深めていたな。気質の相性がいいのかもしれない。自分も彼女と話したが、つっけんどんなのは最初だけで、マリンの友人らしく良い子だった。
やたらと、ユシドとの距離は近かったが。
「…………なあ。夜になると、少し寒いな」
「外套を貸そうか?」
「いや。そのグローブを貸してくれよ」
「え? 汗で汚れちゃってるよ」
隣を歩く少年との距離を一歩詰め、腕をつかみ、手袋を片方奪い取る。
それは適当に、自分の小さな荷物入れに仕舞った。
腕の装備を外して少し冷えていた指先で、ユシドの手を取る。
「これでいい」
その手はたしかに多少汗ばんでいた。けれども、もくろみ通り、自分の手を暖めてくれた。
夜道をゆっくり歩いていく。隣にいるやつの顔は、見ない。
こんなことは、彼の心を弄ぶようなものだとは、わかっている。
答えを返してもいない。自分の心を直視するのも怖くて、目を逸らしている。
でも……オレは、ユシドと手を繋ぐことは、好きだ。
これまでも、ずっとそうだった。
旅立ったときと違って、今は二人きりになると気まずい。けれど、手を繋ぐ権利は、まだあるはずだろうと、思う。
人数がひとり減った、心もとない夜の道。
けれど、まあ、怖くは、ない。
巨大な岩のゴーレムが腕を振るう。
人間の身体くらい大きな拳を、青年が大きな盾で受け止めた。
「ぐううっ!! ……シャイン!」
ストーンもうまく立ち回るもので、魔物の注意をちゃんと引きつけ、パーティーの中では文字通りの盾役をこなしている。あの岩の拳を受け止め踏ん張るなど、オレには難しいことだ。
そして。合図を受ける前に、シャインはすでに、ゴーレムの背後に展開していた。
「はああっ!!」
緑の風がうずまき、ゴーレムの四肢に絡みつく。やつはストーンに拳を叩きつけたときの姿勢のまま、硬直する破目に陥った。
風の拘束術か。彼女の秘める絶対魔力は勇者には劣るのだろうが、それで魔導師としての実力が低いということにはならない。ゴーレムの動きを数秒に渡って止めているあの風は、オレから見ても優秀な出来である。ユシドにも彼女から学ぶところがあるかもしれない、とすら思わせる。
「みんな、下がって! ……スピアレイ!!」
上空から丸太のように太い、光の杭が降ってくる。それは岩人形の腹を貫き、地面に縫い付けた。
以前シークとユシドの合体技で倒したゴーレムよりもランクの低い個体とはいえ、岩を貫くこの魔法術の威力! 経験を積んでいけばどうなることか、末恐ろしいものがある。
「ミーファさんっ!」
みんなの視線を受け、大地を蹴る。彼らの連携のおかげで、オレの手には既に、岩を焼き切る雷が充ちている。
動きの停止したゴーレムの伸びきった腕を駆けあがり、肩を蹴って、背中を見渡し、斬るべき線を定める。
「雷神剣」
落雷の音に似たものを鳴らし、岩の巨人を両断した。
「ふう」
「や、やった!」
「Cランクの最上位クラスを、こんなにあっさり……」
「すごいぞ、ミーファさん! みんな!」
相変わらず何故か抜けない剣の鞘を小突きながら、嬉しそうに騒ぐ若者たちに、笑顔を返す。
こちらとしても、彼らには感心している。勇者ならばひとりで倒せるレベルの敵とはいえ、現時点の彼らには格上のはずだ。
しっかりと身につけた技術を使い、仲間との連携を意識して動いている。確かにとどめは派手にやったが、オレがいなくともいずれ勝っていたはずだ。彼らなら、Aランクに届くのもそう先の話ではないだろう。
「さあ、次の仕事に行こう、みんな。走るよ!」
「ええ!? 勝利の昼飯には行かないのか?」
「ミーファ、意外と厳しい……」
「ふふふっ」
彼らをなるべく鍛えてやるのが、ここでの自分の役目かもしれない。
一緒にいられる時間を、大事にしよう。




