33. 白銀の少女
「おめでとうございます。これでミーファさんはC級へ昇格ですね」
カウンターから新しく、ひとつ上のランクを示す加工魔石を貰い、古いものは返却する。
貰った石を灯りの下で眺めてみる。新品のように状態はいいが、システムを考えると、この石もきっと多くの戦士の戦いを見守ってきたのだろう。悪く言えばお下がりの中古品だが。
この青い宝石は、聞いた話ではランクによって装飾が若干異なるという。スタッフは一目で見分けることができるようだが、オレにはいまいち以前のものとの違いは分からない。
ただ、S級のものだけは一目でわかる。より多くの魔物の遺骸を収集するためかサイズが違うし、高級店の装飾品のように磨かれ豪奢に飾ってある。こちらは中古品ではなく、S級と認められた者のために貴重な資源を用いて新たに作られるらしい。あれを首から下げてギルドに足を踏み入れれば、誰もが実力を察して息を呑むことだろう。
なぜそれを知っているのかというと、うちのシークに見せてもらったから。彫金師なり魔法細工師なりが手掛けたのだろうとわかる、綺麗なデザインの首飾りだった。
Cランクの宝石を手に持ち、後ろに控えていたマリンさんに見せる。彼女は自分事のように顔を赤くして嬉しそうにし、自分の石を取り出して見比べていた。
「ようやくマリンさんと同じランクですね」
「は、はい。恐縮です」
思わず笑ってしまう。そちらが先達であるはずなのに、おかしな態度だ。
「あ、あの。ミーファさん」
「ン?」
宝石を懐に仕舞っていると、彼女がこちらへ一歩近づいてきた。表情がよく見える。
前髪から覗く、意を決したような目。……かと思えば、その目を細めてもじもじと身体を小さく揺らす。何を言い出すのかしばらく待っていると、彼女は再び口をきゅっと結び、こちらへもう一歩踏み込んできた。
「あ、あの。マリン、がいいです」
「?」
「マリン、って呼んでほしいです。お友達はみんなそう呼びます」
……ああ、なるほど。他人行儀なさん付けは不要だと言いたいわけか。
友達、ね。
若い女の子にそう言われると、デイジーさんのことを思い出す。取るに足らないこの人生の中でできた、大切な縁のひとつだ。
ああいうふうに親しく、この子ともなれるなら。それはとても良いことだと思う。
オレに呼び捨てを要求した少女は恥ずかしそうにうつむいているが、ちらちらとこちらを上目遣いで見ている。普段の態度から人見知り気質なのがわかるし、彼女なりに勇気を出して、心を開こうとしてくれているのだろう。ならばこちらも、ちゃんと応えてあげないと。
「じゃあ、マリン。……オレのことも、ミーファでいい」
「お、オレ?」
「ああ。こういう喋り方は、おかしいかい?」
「う、ううん。なんだか格好いいです」
その表情を見て、ほっとした。魂が男であることを告白したわけではないが、素の自分の口調を受け入れてもらえると、やはり安心する。
デイジーさんを相手にしているときは違う口調で話していたが、あれはあれで本当の自分だ。人間、相手によって接しやすい話し方というものがある。
このマリンが相手なら、いつもの気軽な話し方が楽だと思う。
「ええと。これからも一緒に仕事してくれるってことで、いいのかな」
「は、はい。ミーファさんが良ければ」
「呼び捨てでいいって。……じゃあその。またよろしく、マリン」
こういうふうに改まってしまうのは、どうにも気恥ずかしい。うまく笑みをつくることはできているだろうか?
「はい、ミーファさん!」
あちらさんからマリンでいいと言っておきながら、彼女自身は呼び捨てができない性分らしい。おかしくて、自然と笑ってしまった。
ああ。こうして、自分とは全く違う友人ができるから、やはり旅は嫌いになれない。
少しの休憩を挟んだら、再び割のいい仕事を求め、依頼掲示板を眺める。
Cに上がったからには、特例措置のことを考えると、自分はB級や、場合によってはA級の仕事を受けることができるはず。そう考えB級の欄を眺めていたが……。
ふと、不安げな視線に気付く。
そうだ、マリンがC級ハンターであるなら、特別に認めてもらわなければ上位の仕事を受注することはできない。
「マリンさん……マリンはもう、アレやった?」
「あれ?」
「あれ」
受付カウンターを指さす。正確には、そこの脇に飾られている水晶玉を、だ。
それを受けて、彼女は不思議そうな顔をしていた。なるほど。やっていない。
手招きをしてそこへ連れていく。受付スタッフのひとりであるユタクさんを呼びつけ、例のあれのことを説明してもらう。
そうそう、『ステータス占いくん』ってやつ。
マリンはユタクさんが具体例として出した用紙をしばし眺めたあと、やがてその視線をオレに映した。
「ミーファさんが先に、ステータス、を見せてくれるなら、やります」
「え? いいけど」
またしても顔を赤くしながら言う。別にかまわない。オレの数字は、この子には隠さなくともいいだろう。
水晶に手を置く。魔導具が反応し、紙に字を焼きつけた。それをマリンに手渡す。
彼女は受け取ったそれを見ずに、同じように水晶に手を置いた。出てきた用紙を手に取り、ここでオレのものと並べて見比べ始める。なるほど、やっぱり興味あるよね、他人との比較。
二つの紙面に目を這わせる彼女は顔色を赤くしたり青くしたり、ころころと変えていて面白い。一体どういう感情なんだろうか?
「あの……見ますか、ミーファさん」
「いいの? ありがと」
別に彼女の診断結果を覗き見するつもりはなかったのだが、断る理由もない。むしろ興味がある。……たとえば、魔力の値、とか。
手渡されたものを視界に広げ、検める。
マリン
まどうし レベル25
こうげき 55
ぼうぎょ 70
まりょく 650
すばやさ 60
かしこさ 75
「……!!」
汗がひとつ流れる。
目を強く惹かれるのはやはり、“まりょく”と書かれた箇所である。
650という数値は、仮にも雷の勇者であるオレのものよりも大きい。破格の才能を持つオレの仲間たちと同レベルだ。すなわち、人類で最高クラスの魔力を秘めているということになる。やはり彼女こそが、光の勇者に選ばれた人間なのではないか。
だが。
「“魔導師”……」
ここに現れる文字は、勇者、ではないのか?
少し考える。そもそもこの箇所の表記は、どういう基準で決まるものなのだろう。
「ああ。そこはあまり気にしなくていい部分ですよ。精度もまちまちです」
ユタクさんに説明を求めると、分かっていることを詳しく教えてくれた。
話はこうだ。
ギルドのスタッフが“職業”などと呼んでいるこの箇所は、本人が自分の役割はこうだと自覚しているものが表れるらしい。
例えば、ギルド向かいの武器屋の店主がこのマジックアイテムに触れたならば、“ぶきや”、“けいえいしゃ”、“しょうにん”などといった言葉が表れる可能性があるとか。ちなみにユタクさんは“うけつけ”と出た。
「ミーファさんやお仲間の皆さんは、自分は勇者である! というふうに自負しているわけです」
「むむ……」
そう言われると恥ずかしい。ユタクさんからは、伝承にある勇者という称号を自称するアホとでも思われているのだろうか? “魔法剣士”とでも書いてあればよかったのに。
そうやって本音を読み取ってしまうわけだから、身分を隠したい者にはまったくもってよろしくないブツである。
「あ、あの……やっぱり弱いですよね、私」
あれこれユタクさんと話すオレを見て不安を覚えたのか、マリンが弱気に声をかけてくる。
とんでもないことを言うものだ。たしかに魔力以外の値は目を見張るようなものではないが、魔法術を鍛えれば間違いなく大成する。それを彼女はわかっていない。
そして多分……自分が勇者である、などということは、夢にも思っていないのだろう。
「マリン。手袋を外して、手の甲を見せてくれないか」
「えと。ど、どうしてですか」
「……どちらかの手に、剣のような形の痣がないか? こんな風に」
おもむろに籠手を外し、自分に刻まれた紋章を見せる。マリンが、息を呑むのがわかった。
勇者であるということを確認する方法は、やはりこれしかない。今日まで言い出すことはできなかったが、オレはもう確信してしまっている。
彼女は革のグローブを外し、オレを見た。
「……あの。ど、どうしてミーファさんは、これのことを知っているんですか?」
やはり。
その右手には、淡い白銀の光を放つ紋章があった。
マリンの占い結果を見せると、ユタクさんはいつぞやのように目を回しながら「支部長に確認します」と言っていた。うまくいけば、魔力を評価されて特例措置を受けられるかもしれない。
そうでなければ、今日までのように地道にC級の依頼をこなしていけばよい。随分仕事にも慣れてきたし、小遣いも貯まって来てありがたいことだ。
そして何より、大きな収穫を得た。
「……オレが一緒に仕事をしている、マリン・スモールっていう女の子がいるんだけど。今日、彼女が光の勇者だとわかった」
「根拠は?」
「右手に白く光る紋章が。あと例の占いで、魔力の数値が600ほどあった」
「ふうん……」
「すごいじゃないですか! ミーファさんは、幸運の女神ですね」
夜の食事を終え、食堂の端のテーブルで仲間たちと話し合う。入れたときには舌を焼くほど熱かったお茶は、いつの間にか冷めてぬるくなっていた。
シークが素直な表情で大仰なリアクションを返す。対してティーダは、反応が薄い。
「随分あっさり見つかるもんだな、勇者ってのは」
「……ああ。こうも都合よく、うまくいくとは」
「なんか運命的ですよね、ティーダさんっ」
シークの声を聞き流しながら思う。自分が風の勇者だったときとは大違いだ。何年か続いたオレの旅で仲間にできたのは、雷の勇者と闇の勇者の二人だけだった。
招集役のユシドに、あるいは共にここまで来た今の自分に、本当に幸運の女神でも憑いているのだろうか?
「運命ねえ。どうだかな」
「??」
「良ければ、そのマリンさんを紹介してほしいな。魔導師誘拐事件のことも解決まで長くなりそうだし、ゆっくり親交を深めてからスカウトしてみたい」
ユシドの言葉に頷く。明日にでも皆を紹介するべきだろうか。それとも、もう少し彼女のことを知ってから誘いをかけるべきか。
そういえば自分はまだ、彼女という人間のことを何も知らない。あくまでハンターのマリンとしてしか知らないが、あの若さと性格で、激戦区の王都支部で働いているのには、れっきとした理由があるはずだ……。
せっかく友達だと言って貰えたんだ。さらにもう少し、互いに深く踏み込むことができたらと思う。
「というか、まさにその子が誘拐されなければいいけどな」
「………」
ティーダの言葉に、皆が黙る。
言われてみれば、強い魔力を秘めた少女など格好のターゲットではないか。仲間に誘うとかいう話の前に、その身を護り通さなければならない。
イフナとの定期的な情報交換によると、やはり調査はあまり進んでいないらしい。ただ、近頃は被害に遭って消える者が出ておらず、もしかすると事件は終わった可能性もあるという。
だが。オレ達もイフナも、それは嵐の前の静けさにしか思えなかった。
「……そろそろ、全員で行動した方がいいかもしれない。ミーファとマリンさんの二人だけじゃ、“何か”に遭ったときが不安だ」
「む。オレは力不足だと」
「違うよ」
ユシドが身体をこちらに向ける。
「万が一君がまた何者かに、かどわかされるようなことがあったら。……とても正気じゃいられない。だから……」
ユシドの顔色はあまり良くない。以前のことがよほど心に残っているのか、ずいぶんと心配をかけてしまっているようだ。
「……わかった。明日にでも、みんなをあの子に紹介しよう。マリンはいつも王国の休養日か、平日の夕方に来る。オレや彼女とパーティーを組めばずいぶん稼ぎは減ることになるが、みんなはそれでもいいかな」
「はい! 新しい仲間になる人を、みんなで守らないと」
シークが返事をして、ふたりも頷いてくれた。
方針は決まった。状況を考えると、やはりみんなで行動するのが一番だ。生活費も今日までにちゃんと稼げていると思うし、ランク差の問題は気にしない方が良いだろう。
重要な話し合いが終わり、緊張がゆるむ。シークは飲み物を取りに行くと言い、席を立った。
空のカップをあおって顔を隠しながら、ユシドを見る。我々の支出を書き込んでいるという帳簿を眺めながら、思案顔でティーダと言葉を交わしている。
なあ、ユシド。
オレも、お前のことが心配だ。手が届く範囲にいれば、きっと何者からも守ってあげられると思う。だから君の言葉に賛成したんだ。
さっきはそれと同じような想いが、ユシドから伝わってきた。
その想いは実に生意気なものだが、決して不愉快ではなく。
心地いいと、思えてしまった。




