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落雷ブレイブガール!~TS転生勇者、子孫に惚れられる~  作者: もぬ
バルイーマ闘技祭 / ススの魔人
28/63

28. 想いを探す旅

 メインイベントである武闘大会を終えることで、しばらく続いたこのバルイーマの祭りもまた、終わりを迎える。

 例年より騒がしい日々だったが、終わってみればそれもいい思い出だったような気はする。私の今後の人生で、今年を超える闘技祭はもうないかもしれない。少し判断が早すぎるだろうか。

 それくらい色々あった。恐ろしい魔物は現れるし、アーサー様は可愛い女の子だったし、人さらいには連れていかれるし。

 そして、その中心には、いつも彼女の姿があった。

 ミーファさん。綺麗で強くて、どこか変わっているあの子。彼女は長いこと、このオリトリ亭を拠点にしていたものの、元々は旅人だ。祭が終わり、目的である仲間探しを達成したのだから、彼女とその仲間たちはもう、ここを出て行ってしまう。

 それは、はっきり言って、ものすごく、寂しかった。ミーファさんがいる日はいつだって忙しくて、だけどそれでいて、鮮烈な時間だった。いなくなってしまえば、しばらくは心にぽっかり穴の開いたような気分になることは、容易に想像できる。

 だけど。いや、だからこそ、私は彼女を盛大に送り出してやりたいのだ。

 友達って、そういうものだと思うから。

 私は最後の思い出作りに、身内で店を貸し切っての宴とか、町巡りとか、恋のアドバイスとか、まあいろいろ考えている。

 ……ところが。


 掃除の手を止め、私と同じ店の給仕服を着た、その少女を見る。

 あの記憶に残る決勝戦の余韻も冷めない翌日。朝から店にやって来て、掃除や店の仕事を手伝い始めた、と思いきや、さっきからずうっとボーっとしているミーファさんが、そこにいる。

 彼女は以前黒焦げにしたものを弁償した、新しいモップを手にしつつも、心ここにあらずといった様相で、どこでもないどこかを見ている。もうすぐお別れの私のことなど目に入っていないようで、さすがにそれは寂しすぎた。

 とはいえ、いくらなんでもあの様子は、ちょっと心配になる。ユシドさんと本気で戦いすぎて、やはり疲れているのだろうか。昨日の今日だし。


「ねえ、ミーファさん。大丈夫? 疲れてるなら、休んでいいんだよ」

「……あい」


 声をかけるだけでは反応しないため、肩をゆすってみる。

 気の抜けた声で返事らしきものを漏らす彼女は、いつもの様子とはまるでかけ離れている。凄まじい戦士であるはずの彼女だが、今なら試しに足をひっかけてみれば、盛大にすっ転んでしまうことだろう。

 あのミーファさんが、ここまで前後不覚になるなんて。一体何があった? 何が考えられる?

 それはいわば、ミーファさんの弱点となり得ること。ふらふらの防御力ゼロになってしまうような何か。そのヒントは、これまでに見てきた、彼女の様々な姿の中に隠されているはず。

 腕組みをして考える。やがて知将デイジー・マーサンドは、あらゆる可能性の中から、最も考えられる原因を導き出した。


「ユシドさんと何かあった?」


 彼女は返事をしない。だがしかし、それまでふらふらと揺れていたその身体が、ぴたりと停止した。

 いや、停止はしていない。小鳥が身体に止まるほどの緩慢な動きで、時間をかけて、汗をだらだらと流しながら、私のことを見た。


「……は、はい~~~? なにか、なにかとか、そんなことねー、そんなことないですのことわよ???」


 目をグルグルさせ、顔を紅潮させるミーファさん。

 今にも熱がこちらに伝わってきそうな湯だった声で、わけのわからないことを言っている。

 そうか……。


「あったのね……進展が、あったのね!」


 見逃していたとはな……このデイジー・マーサンドが……決定的なその瞬間を……。

 一体いつ? 大会後のわずかな隙? それとも、戦いの中で自分の気持ちに気付いちゃったの? いや待てよ……振り返ってみれば、決勝戦の終わった瞬間から私たちのところに来るまでには、二人きりの瞬間があるな。思えばあのときから様子はおかしかった。激闘の疲れがあるのだと思っていたけれど。

 もう推理とかめんどくさいな。

 本人に聞いてみよう。


「ユシドさんに告られたとか?」

「あ、うう……」


 ミーファさんはへなへなと足を折り、いよいよ倒れてしまいそうだ。肩を貸してあげると、戦わない私と同じくらい華奢なその身体に、やけに熱がこもっていた。

 マジで愛の告白されちゃったのか。

 ユシドさん……素晴らしい。素敵だ。素敵な組み合わせだ。あの人、奥手そうな印象に反して、やるときはやる人だったようだ。

 上辺を見ると、勝ち気グイグイ女子とややヘタレ男子のコンビに見えたものだが、その実、純真攻め男子と恋愛弱者女子だったというわけね。

 聞いた話だと、ユシドさんはもうこんなちっちゃな子供のときから、ミーファさんを想っていたのだという。

 ミーファさんの方は誰が見ても彼のことを意識していたし、晴れて両想い発覚でハッピーマリッジだな。今夜はもう、祝うしかねえ。


「いやー、めでたいですな。ミーファさんはユシドさんのこと、好きでしょ? くっついちゃえばいいわ」

「………」

「……ミーファさん?」


 ちょっとからかってあげようと思って、声をかけたミーファさんは。

 どこか、浮かない顔だった。

 少なくとも、両想いで嬉しいなという表情ではないようだった。その様子を見て、心をよぎったことが、そのまま私の口から出てしまう。


「……ミーファさんは。ユシドさんのこと、好きじゃないの?」

「それは」


 彼女は私から離れ、視線を下に彷徨わせる。


「わかり、ません。わからない」

「……そっか」


 ああ。そうだったんだ。

 ユシドさんの気持ちを伝えられたからといって、話はそれで終わるはずがない。彼女はいま、自分の気持ちを考えている。

 傍から見ると好きあっているようだし、私やティーダさんはやいのやいのと囃し立てているが、今はそれはダメだ。彼女にとって、これは大事な時間なんだから。

 この子が今どんな葛藤をしているのかは、本人以外にはわからない。自分の気持ちが分からないようだが、それは恋心と親愛の違いがわかっていないのかもしれないし、何かユシドさんの気持ちを受け入れられない理由でもあるのかもしれない。色んなことが考えられる。

 けれどもそれは、私が根掘り葉掘り聞くことでは、ないと思った。友達だからといって、心の深い部分まで踏み込むようなことは、しない方が良いこともある。何より、その葛藤に答えを出すのは、彼女自身に他ならない。べらべらと恋のアドバイスなどを語るタイミングではなく、私の出る幕はないだろう。

 でも。

 背中を押すくらいのことは、してもいいよね。


「ミーファさん。お昼になったら、ちょっと買い出しをお願いしたいな」

「え? は、はい。いいですよ」

「それまでは部屋で、ゆっくり休んでいて。掃除は私がしておくわ」


 ミーファさんが自分の気持ちを考える時間は、必要だ。だけど、ただひとりで考え込んでいても、気持ちに答えは出なかったりする。

 きっかけがいる。本当の心は、咄嗟の行動にこそあらわれるものだ。

 大方、告白されてからは、ちゃんと言葉を交わしていないのだろう。男というのは狡いもので、告白してしまえばあとは高みの見物と洒落込めるわけだ。……と、ユシドさんを悪し様に表現してしまった。

 二人に必要なのは、面と向かって話してみることだ。とはいえ、何も言えなくてもいい。重要なのは顔を合わせることだ。とにかく目の前に、悩みの種がいた方が、自分の気持ちに気付くきっかけになるはずだ。


 別に、遠くから様子を見てニヤニヤしようなどという、邪悪なことは考えてはいない。


 私はミーファさんを部屋に連れていき、ゆっくりしているように勧めた。きっと彼女は約束の時間まで、うんと頭を悩ませることになるだろう。オリトリ亭に来たのは、ルーチンワークに逃げこんできたんだと思う。こうして追い返してしまうのは、少し厳しかったかな。

 そのまま私は、しばし仕事を離れ、オリトリ亭を出る。

 さて、ユシドさんは、自分の宿にいるかな。





 以前も待ち合わせに利用した、バルイーマの中心部にある闘士の大石像の下で、デイジーさんを待つ。

 今日は買い出しを頼まれている。デイジーさんからは先にここで待っていてくれと言われ、言葉通りにこうしてひとりでいる。

 ずっとそうしていると、やがて通りがかった街の人々が声をかけてくる。武闘大会を見てくれた人は大勢いたから、結構話しかけられた。あまり人付き合いは得意ではないから、適当に返事をして、その場を移動し、日陰に逃げ込んでしゃがみ込む。うつむいて地面を眺めていると、彼らにおざなりな対応をしたことを、少し後悔したりした。

 そのまま静かに、膝を抱えて座っていると、ようやく声をかけられなくなった。これは街の人々が、ひとりでじっとしている小娘を誰も気にかけない薄情者というわけではなく、単に気配を薄くすることに成功しているのだ。こう見えて気配を断ったり、空気に溶け込んでしまうことは得意だったりする。不意討ちとか、自分がやる分には好きだ。派手に光って鳴る雷の属性とは相性が悪く、今ではあまり使わない手段になってしまったが。

 そういうことなので。デイジーさんが見えたら、オレの方から声をかけよう。そう思っていた。


「あれ? ……ミーファ?」


 その声を聞いて、顔を上げる。

 ああ、そういえば。こいつには、オレがいくら気配を殺してみても、見つかってしまうんだった。


「……なぜここに?」

「デイジーさんから呼び出されて、ここに集合するように言われたんだけど」

「………」

「えっと……」


 何が起きているかなんて、説明されるまでもない。どうやらデイジーさんはいろいろと暗躍していたようだ。このまま待っていても、彼女はここには来ないつもりだろう。

 それは、たぶん。彼にももう、わかったはずだ。


「とりあえず、その。買い出し、行く?」

「……ん」


 手を差し伸べられる。

 オレは何の気もなしに、その手を取って、引かれるままに立ち上がる。

 ――その顔が、視界いっぱいに広がった。


「あっ……」


 掴んだ手はやけどしそうなほどに熱くて、オレは手を離す。ついこの前も繋いだはずのその手が、オレより大きくなっていることに、今は気が付いてしまう。

 ダメだ。これは、よくない。あいつの目も、真っ直ぐに見ることができない。どうしたらいいのか、わからなくなってしまうからだ。

 下を向いたまま、動くことができない。沈黙が続く。

 自分の心臓の音だけが、やけにうるさい。何故だ。これは、何だ?

 いつもは、どういうふうに会話をしていたんだっけ。くらくらして思い出せない。

 思い出したとしても、きっと、うまくはやれないだろう。だって、もう、今までと同じようには……。


「ね、ミーファ。今日は少し暑いね」

「……ん? ああ……熱い」

「ちょっと待ってて。冷たい飲み物を買ってくる」


 彼がオレに背を向けて、歩き出す。それでようやく、オレは顔を上げることができた。


「飲み物? 昼間から酒はいらないぞ」

「お酒じゃないって。これくらいのサイズで、冷えた果実水を安く売ってる店を見つけたんだ。最近の世の中では飲み物って言ったら、こっちだよ」


 早足で、行ってしまった。

 少しだけ、熱が冷める。冷たい水なんて関係ないな、と思った。

 冷たい石壁に背を預け、空を見る。

 こうしてひとりになると、オレは考え事から抜け出せない。そうさせているのはもちろん、他でもないあいつだ。

 思い出の中の様々な場面が、頭に浮かんでは消えていく。どの瞬間でそれを切り取ってみても、その絵の中には常にあいつの姿がある。

 幼い頃に、木製の剣で訓練をつけたこと。今となってはお遊びの範疇からそう出ないものだったが、ほんの小さな子どもだというのに、あいつは懸命についてきたな。なぜ、そこまで、頑張ることができたのか。

 オレの元へ戻って来て、旅立つにふさわしい力を見せたこと。生意気にも贈り物なんぞをくれた。そんなことまでせずとも、戻って来てくれた時点で、オレは許したというのに。

 器量良しに育った容姿でからかってやると、顔を赤らめて逃げるのが面白くて、二人のときにはつい何度もやってしまったこともあった。楽しい記憶だ。

 旅の中で、オレに負けないくらいに強くなっていったこと。終いには勝ってしまった。まだまだ人生は長く、頼れる仲間も増えていったというのに、どうしてそうまで強さを追い求めたのだろう。


 ……何もかも、説明がついてしまう。

 あいつはオレのことを……異性として、好きになってしまっていたんだ。

 気持ちを伝えられてしまった。はっきりと。あの言葉には他に込められた意味もなく、ただオレに真っ直ぐ向けられたものだった。目を背けることは、できなかった。


 それは、その気持ちは、理解できる。オレとて生前には憧れた女性もいた。

 だがあいつの憧れているヤツというのは、本当は、男だ。しかも実の血縁で、親の親の、そのまた親の……まあその、じいさんだ。

 それは、許されることだろうか?

 ちがう、そういう話じゃない。

 その想いを知ってしまった今、何よりも怖いのは。

 彼は。……オレの正体を知れば、拒絶してしまうのではないか。


 オレは、何を、一生懸命になって、考えているのだろう。

 昨日のあの瞬間から、一日中ずっと、同じようなことを考えている。頭の中は一つのことでいっぱいで、そのときの心臓はまるで、全力で戦っているときのように、激しく熱い血を送り出してくる。

 これが、おかしい。

 そうなると、まるで。

 オレもまた、ユシドのことを、恋い慕っているようではないか。


「ああ。熱い」


 それが、わからない。

 オレはユシドのことを、どう思っている?

 どうしてやりたいと、思っているんだろう。


「ミーファ!?」


 空を見るのをやめて、街並みに視線を戻すと、おかしなことに、景色が斜めになっていた。

 目の奥が熱く、魂が沸騰しているよう。立っていることが億劫だった。これから自分が気絶するのだと自覚し、心が強張る。

 でも、オレを支えようと駆け寄ってくるやつがいるのがわかって、最後に少し、安心した。




 目が覚めると、見慣れた天井が目に入ってくる。

 自分の部屋だった。

 ベッドから身体を起こそうとすると、自分がなぜ倒れていたのかがわかってきた。……身体が熱い。どうやら熱を出してしまったようだ。

 大病の類である可能性も否めないが、経験則から言って、これは魔力の枯渇と体力の低下によるものだ。栄養をつけてゆっくり休んでいれば、治るものだと思う。


「ミーファ、大丈夫? ……これ、デイジーさんが切ってくれたフルーツなんだけど、食べられる?」


 声の主を確認してから、視線を部屋に彷徨わせる。

 どうやらここには、オレとこいつだけしかいないようだ。

 それはよかった。誰かに見られたり、聞かれたりは、したくない。


「あー」

「あー、て。自分で食べられないの?」

「この熱は、おまえのせいだ」


 はっきり言ってやると、ユシドはオレと目を合わせないようにしながら、フォークに刺した果物を近づけてきた。

 口で迎え入れ、咀嚼する。しゃりしゃりとした触感と酸味が、身体を癒してくれそうだった。

 そうだ。この熱は、お前のせいだ。

 お前がオレを思い切り試合で負かしたせいだし……お前が、オレを好きだと言ったせいだ。

 そして。

 オレは、そんなキミのことを……。


「なあ。その手を、少し貸してくれ」


 彼が右手を差し出してくる。

 オレはそれを掴んで、自分の頬に当てた。冷たくて、気持ちがいい。

 だけどやがてその手は、オレの熱が移って熱くなっていく。それとも、もしかすると、彼自身の体温も上昇しているのかもしれない。恋い焦がれた人と密着しているとき、人間の身体は熱くなるからだ。

 ユシドの顔をじっと見る。今度はちゃんと、向かい合うことができた。

 紅潮していく顔。その顔を巡る血液は、勇者シマドのそれを受け継いでいる。

 オレの顔もまた、同じくらいには紅くなっているのだろう。けれどこの身体には、シマドの血は流れてはいない。オレとユシドの本当の関係は、オレが口にしない限り、誰も気が付くことはない。


「ユシド……。もっと近くに来てくれ。顔を、よく見せてくれ」


 ユシドは緊張した面持ちで、ベッドに腰掛け、オレに近づいてくる。

 たしか、彼は言っていた。自分の言葉を、聞いてくれるだけでいいと。ユシドは自分の気持ちを伝えてきたが、それに答えを返すことは、必ずしも求めてはいないということだ。

 ……そうは、いかない。気持ちを一方的に知り、こちらの想いについて何も言ってあげない、なんてことは、できない。このままでは、一緒に旅を続けることはできないだろう。

 だから。

 今の自分の心を、打ち明けてみよう。


「キミはオレを好きだと言ってくれたね。それを聞いて……オレは、嬉しかったよ」


 ユシドがオレの目と、言葉を紡ぐ唇を見ている。

 そう。嬉しかった。

 お前はオレの宝だと、今でもずっと想っている。その想いはまだまだ、どんどん強くなる。キミがオレを超えて、立派な勇者へと成長していくのを見るほどに。

 そんなキミに、大きな愛情をぶつけられて、それが嬉しくないはずはない。

 だけど。

 キミに答えを、返してあげられない。


「ユシドのことはオレも……好きだよ。だけどそれは、君の好きとは違うものかもしれない。まだ、わからないんだ」


 本当の気持ちと、それらしく誤魔化す言葉を、混ぜた。

 キミを目の前にしたときの、この胸の高鳴りがなんなのか。わからない。けれど、親愛の情だけではない、何かがある。それは確かなことだ。

 わからないというのは、正直、誤魔化しかもしれない。

 けれどそこに、素直に恋心という名前をつけるには、オレは少し歳を取り過ぎていた。

 そして。

 自分の正体を隠したまま、その純粋な想いを受け入れることは、とても苦しくて。こんな人間に焦がれてしまったというユシドが、可哀想だった。

 いっそ教えてしまおうか、とも思った。

 そして、自分に愕然とした。ユシドの想いを知った今、自分の正体を明かす勇気が、ない。

 そんな矮小な自分を、とにかく嫌われたくなくて、こんなことを言う。


「時間をくれないか。旅が終わるまでに、君の気持ちに答えを出すよ。それまでは……今まで通りで、いてくれないか」


 話しているうちに、オレはだんだんと、自分の心が重く深く、暗いどこかに沈んでいくように感じた。

 あまりに卑怯で、狡く、醜悪な心だった。自分を慕ってくれる少年に、曖昧な態度で接するオレは。自分の本当の姿を打ち明ける勇気のないオレが、勇者などと。大層な名前を背負っているのは、あまりに滑稽なことだ。


 ……だけど、嘘じゃないんだ。口をついて出た誤魔化しの言葉に過ぎないかもしれないけど、それを本当にする。旅が終わるまでには。きっと、答えを探す。キミへの想いに、名前をつけてみせるよ。

 だから……。

 すがるような声で、ユシドに話しかける。

 その音色は、まるで甘ったれた少女のようで、正体をさらに覆い隠すような真似をする自分を、嫌悪した。


「優柔不断なオレを、嫌うか?」

「……ううん」


 ああ。

 きっと、そう返してくれるのを期待して、自分はあんな声を出したのだ。

 最悪だ。


「でも、ごめん。今まで通りには、いかないかもしれない」

「……そう、か」


 ユシドはベッドから離れ、部屋のドアへと向かう。

 心の距離が開いてしまったようで、強い喪失感を覚えた。

 ドアに手をかけ、そこから出ていこうとする。

 その前に。こちらを見て、言った。


「もう隠せないんだよ。君のことが、大好きだってこと」


 いつものような、やさしい微笑みで、いつもとは違うことを言う。

 そのままあいつは、部屋から去っていった。


「あ、う。ううううう~っ……」


 熱がぶり返してきて、顔を手で冷やそうとする。手も熱くて、逆効果だった。

 人から恋愛感情をぶつけられるというのは、こういう感覚なのか。実のところ、初めての経験だった。それはあまりに強いエネルギーで、落雷のパワーなどよりもよっぽど、オレの身体を熱くした。

 あんなことを言っていたが、あいつの性格なら、極力今まで通りのように接しようとしてくれるだろう。

 だとしたら。

 ……今まで通りでいられないのは。自分の方、かもしれない。





 4人の勇者たちが、私達の街を、旅立っていく。

 割と長い付き合いだったけれど、別れの瞬間は思っていたよりあっさりしていた。

 昨日の夜までに、散々お別れパーティーを開催したからだろうか。お酒の入ったミーファさんには二度と絡まれたくないと思っていたが、それもいなくなると思うと寂しく、何回か飲ませたりした。なかなかに楽しかった。

 驚いたのは、ユシドさんの視線を感じると、酔っている状態でもやや大人しくなったことだ。いじらしい。このバルイーマで二人の関係に進展があったらしいことは、彼女の友達として、なんだか誇らしい気分になる。まあ、本人はやたらと悲痛に狂おしく悩んでいるようだが。それも人生というものだ。

 みんなでふたりを見守りつつ、これまでの旅と、これからの旅の話をする。その間だけ私は彼らの仲間になったみたいで、冒険のお話には、子どものときみたいにワクワクした。


 別れるとき、私はみんなと、ミーファさんと、約束した。

 旅の帰り道。いや、旅で何か困ったことがあったときでもいい。きっとここに寄って、また話を聞かせてほしいと。

 4人の背中が、だんだんと遠くなる。

 また会うときが楽しみだった。楽しみ過ぎて、すこし、涙が出た。みんなの姿が見えなくなるまで、手を振った。


 彼らがいなくなれば、また戻って仕事だ。私は振り返って歩き、ふと思い立って空を見る。

 空は、青く爽やかに晴れている。

 彼らの行く道もまた、きっと、澄んだ青に彩られているはずだ。


 私はずっと、ここで彼らのことを覚えている。

 勇者の使命を果たす旅。それはきっと、いずれ必ず果たされると信じている。……けれどもうひとつ、大事なことがある。

 女の子にとって、大事なことだ。まあ、男の子にも。


 長い長い旅路。それは、私の友達であるあの子にとっては。

 自分の本当の想いを探しにいく、大切な旅になるだろう。

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